むかしむかしあるところに一柱の男神がいました。
彼はその土地唯一の神で自分の思い通りに人々を使い、土地に恵みを与え、またその感情のおもむくままに嵐や雷を起こして土地を荒らしていました。
「神様、神様。なぜその様にお怒りになられ、いたずらに人々を苦しめるのでしょう」
その土地に住む八つの村の人々の代表が、神の座したる山へとかわるがわる、幾度となく、登り、問いかけました。しかし、男神は一切を耳に入れようとせず、社の奥へと入っていくばかりでした。
そしてまた、男神が気まぐれに山より降りて、周辺八つの村々へ一つずつ災いを起こしては去っていきました。
「もはやこれまで」
「このままでは我々は生きてゆけぬ」
「神様にこの土地を去っていただこう」
八つの村の代表達は七日七晩話し合いをし、男神を追放しようと意見がまとまりました。しかし、ここで問題となったのは、いかにして追放するか、でした。
さらに七日七晩、決着のつかない話し合いをし続けていると、西方より旅をしてきたという女神がこの土地に流れ着いたのです。
もっけの幸いと、八つの村の代表達は、この女神に我等の新たな神として残ってもらえないかとお願いをしました。
人々の苦難を知り、また流れてきた神である自分に対して厚く遇してくれたことに感激した女神は、引き受けたい気持ちで一杯でした。しかし、もともといる男神が必ずしも悪神とも思えず、まずは話し合ってみる事を村人達に伝え、山に入り、登っていたのでした。
再び七日七晩の時がうつり、人々はうわさをし始めました。
「男神に女神は殺されてしまったのではないか」
「山に入ったふりをして逃げてしまったのではないか」
「いいや、もう山に神はおらず、共に流れていったのだ」
様々な噂が飛び交いました。
しかし、八日目の朝、女神は男神を連れて山を降りてきたのでした。
「村々人達よ、済まなかった」
驚いた事に、男神が素直に謝ってきたではありませんか。
「我は我のみが神で、我と共に在る者を知らず、対等に語らえる神がいなかった。そのことに悲しくなり、嘆き、怒って、嵐や雷を起こしてしまっていたのだ。だが、お前達がつかわしてくれた女神と出会い、語らったことで、我と対等なる者を得た。
なんという喜び。なんという幸せ」
今まで全く語ろうとしなかった男神は長舌に語りました。その顔は今まで村々の天空にあった暗雲と同じく一気に晴れ上がっていったのです。
「とはいえ――我は流れ神。一つ処にはおれぬ神」
女神が話を続けたその言葉に村人達は、ではまたもとに戻るのか、とがっかりとしてしまいました。
「落ち込む事はない。我も流れ神となり、この土地を離れよう」
なんと男神からの思いがけない言葉でした。
「もともとが我の起こしてしまったこと。それに人々よ、お前達は自ら考え、行動することができるではないか。この土地に、神などいらぬのかもしれない」
自ら出ていく、と男神は言ったのでした。
しかしここで、人々はあることに気付いたのです。
神がいなくなった土地に恵みはあるのか? と。
それを知った男神と女神はいいました。
「それこそが人が最も怖れ、敵たるもの。不安というものよ」
「たしかに神たる男神がここを去れば、この土地は一時不毛となることでしょう。ですが、あなたがたはそれを選んだのです。
これは対価。人の願いにより神が去る対価と知りなさい」
人々は、ことの重大さに恐れおののき、悲しみにくれてしまいました。
そう、人々が対価を支払い始めた瞬間でした。
しかし、それを哀れと思った男神は女神と一つの儀式を行いました。
それは一晩続き、朝日が昇ってきた頃、男神と女神は人々を集めいいました。
「この山の社に、この卵をおいてゆきます」
女神が大事そうに両の手で包み込んだ小さな卵を見せました。
「この卵は神の卵。今は未だ何者でもなく、いわば器。お前達の想いや願いによって生まれるものが変わってくる」
「神が不在のときは、この卵を大切になさい。これは男神の今までのつぐないと、男神を連れだってしまう我のつぐないです」
「よいか、この卵は今は未だ何者でもない。お前達の心がけ次第で生まれいづる者が変わる器であるということ、ゆめゆめ忘れるなかれ」
それだけいい終えると、男神と女神は流れ神となり再びこの土地に戻ることはありませんでした。
神が去った後、八つの村人達は再び話し合いを始めました。
神がいないことでの不安はあるものの、よりどころとなるものは残った。さて、どうしたものか……
話しはなかなかまとまらず、延々と話しを続け、九日目に一つの決定がなされました。
山のふもとには村がなく、神の卵を護る者がいませんでした。
神が去った今、神の卵まで失ってしまうわけにはいかない。
八つの村から、守人となるべくつがいの若者達が集められ、山のふもとに九番目の村が作られることとなりました。
そして村の代表となる者が守人として山の社近くに居を構え、社と神の卵を護り続けることとなりました。
こうして、この土地からは神が去り、器といわれた神の卵のみが残る、神のいない土地、神が一時のみ依り坐す土地、神代の地と呼ばれるようになりました。
流れ神が一時依り坐し、その手を揮い、時代ごとに、その名と姿を変える、無垢なる土地で、これからいく星霜、神々の手で様々な姿をみせていくことだろう……
(はじまりの物語【神の卵】 了)
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