【ANGELUS】第二話『全ての基盤となりしこと』
闇……
深淵の闇……
その闇の中に、あたし〈東 飛鳥〉は何をするわけでもなく漂っていた。
『死んだのかな……あたし……』
声に出して言ったつもりが、闇の世界はそれを許してくれなかった。
それどころか、どこをどう見回してもあたしの姿が見えなかった。
やっぱり死んだんだ…
『死んだら生まれ変わるなんてやっぱり嘘だったんだ…』
やっぱり声が出ていない…
あたしは昔から生まれ変わりなんて信じていなかった。
死んだら今までの経験が失われ自分という存在がなくなると言う事だ。
その先もし生まれ変わったとしても、それは自分ではなく全くの別人という事だ。
そんな気持ちの悪い事実ではなく、この闇が死後の世界であったことにあたしは何故かほっとしていた。
『貴女はおもしろい方だ…』
心の中に直接話しかけられているようだ。
誰だろう…
死後の世界って事は死神かな…
『えぇ、死神の総司令をさせてもらっています。』
やっぱり…
『部下から貴女の報告を受けた時はとても驚きました。
まさか、貴女の様な人が存在していたなんて。』
『へぇ、死神の総元締めでも知らない事があるんだ。』
つい、そんな事を思ってしまうと、すぐに答が返ってきた。
『まぁ、私も万能では無いですからね。
最近、妻に死なれてしまいましたよ…』
矛盾に気付きながらもつい、反射的に「ごめんなさい」と謝ってしまった。
そう、死の神が何故妻の死を操れなかったのか。
いや、その前に死神に奥さんがいると言う事自体驚きだが
『天才だの死神だのもてはやされても、人の身ではどうしようも無いですからね。』
人の身……
じゃあ、ここはどこなの?
『少なくとも、死後の世界ではありませんよ。』
でも、あたしの姿が見えない。
『それは、自分の事を死んでしまったと思っているからですよ。
そうですね…
昨日の今ごろの時間、自分が何をしていたのかを考えてみたらどうですか?』
昨日の今ごろ…
水浴びをしていたような…
思った刹那、あたしの目には自分の同年代の女と比べてやや小振りの谷間と、一糸まとわぬ自分の姿が映った。
『な、なんでよぉぉぉぉぉぉっ!』
あたしの悲鳴と辺りの闇に浮かんだままうろたえる姿を一通り見てたためか、少し間を置いて話しかけてきた。
『だめですよ。そんな事考えちゃぁ…』
何なのよ!こいつは!あたしにいったい何がしたいの?
『なに…少し見てもらいたい事があるだけですよ…』
Angel-Knights
神歴0974 全ての基盤となりしこと
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《1》
どこの風景だろう…
底が見えるほど綺麗で透き通った水が水面を静かにたたえる湖。
辺りを囲む木々は深緑に染まり輝いていた。
あたしは窓枠に肘を着き、閉じられた窓の外を眺めていた。
「桃華様!
桃華様!
と・う・か・さ・ま!」
三度呼ばれて初めてあたしは振り返る。
……え?
「まぁ、ごめんなさいね。少し考えごとをしていたものだから…」
……えぇ?
「例え零落したとはいえ紛れもなく王家正当の血を持つ姫なんですからね!
しっかりしてくださいよ!」
気が付くと、あたしは桃華と呼ばれた女性の中にいた。
「わかっているわよ……」
そっけなく答えると再び振り返り、目の前に先ほどの風景が映し出された。
「〈あの3人組〉ですね!
どうせ遊びの種にされているだけなんですよ!
分からないんですか?」
3人組?いったい誰?
「でもねぇ…
みんないいひとよ。
ラストラ様も、
武龍(タケル)様も、
武蔵(ムサシ)様も…」
一人一人の顔を思い出すように指折り数える桃華。
しかし、彼らをよく思っていない…
彼女の侍女なのだろうか?
彼女の数えた指を両手で握り、3の数を0にすると顔を突き出し、唾が飛び散らんと言うほどにわめきたてる。
「桃華様!
いい加減にしてください!
彼らが例え次代の王、王位継承権を持つ方々でも、王家で最も身分が低く、ほとんどの 人の記憶にとどめられていない家の姫など…
相手にしてくれるはず無いじゃないですか!」
それって…
すでに自分で自分の仕える家を卑下しているんじゃあ…
「だめよ香奈!
そんな事言っちゃぁ…」
どうやら、侍女の名は香奈と言うらしい。
香奈の眉間にしわを寄せて怒る姿とは裏腹に、桃華は満面の笑みを浮かべてそれをたしなめた。
すると、それを見たためなのか、香奈は後ろを振り返り言う。
「ずるいです!
桃華様の微笑みは殺人者でも改心させる効果があるんですからね!」
桃華が香奈を後ろからのぞき込むと、彼女の頬が赤く染まっているのが分かった。
女性に対してこの威力、桃華の顔が見てみたいものだ。
すると、おもむろに自分の顔が映った手鏡を取り出し…
あれ?あたしの顔が映ってる…
でも、こんなに丸い表情ができた覚えが無いけど…
おかしい。あたしは今、桃華の身体に入ってるんじゃあなかったのか?
なのに、また同じ顔なんて…
弥生さんはあたし達の事を〈双子〉と言っていた。
三つ子の間違いだったのか?
疑問に疑問を重ねているあたしを残し、身体の方は別な行動をとっていた。
「ねぇ、香奈。
今日は何日だったかしら?」
桃華は日時を香奈に尋ねたのだ。
しかし、香奈は簡単には教えてくれず、先に説教を始めたのだ。
「桃華様!
そのくらいは自分で調べてください!
どうして貴女は何でも人に頼ろうとするんですか!
私は貴女の教育係兼、護衛剣士兼、護衛符呪師兼、友人として警告しておきます!
そんな自主性の無い生活を送っていると本当にお人形の様になってしまいますよ!」
この人、桃華とあまり歳が違わないようなのに…
ずいぶん苦労してるのね…
「もぅ!香奈の意地悪!」
言うと桃華は頬を膨らませ、カレンダーを見つめた。
「神暦0974年12月24日…
じゃぁ、みんなは龍国に着いた頃かしら…」
桃華の後の言葉が耳に入らなかった。
神歴0974年…
あたしがいた時間は神暦0999年…
25年前!
じゃあ…
まさか…
あたしの母親?
思った刹那、世界が歪み、視点の中心から闇が訪れあたしを覆い尽くした!
《2》
『おかえり、飛鳥…』
再び漆黒の闇に漂っているあたしが耳にした、正確には頭の中に響いた声に、思わずある人物の名を呼んでいた。
『ウィルザー!』
しかし、そこには誰もおらず、ただ沈黙があった。
その、少しの沈黙のうちに声の主がウィルザーではない事に気付く。
『…死神?』
言うとすぐさま返事が返ってくる。
『えぇ、死神です。』
闇の中において、一条のまばゆき閃光とともに彼は現れた。
閃光は闇を突き抜けたかと思うと彼の身体に集束、形を成しはじめる。
翼、天使の翼が12枚。
死神と言えど、闇の中において彼の姿は神を名乗るにふさわしい荘厳な姿に思えた。
そして、その12の翼が一斉に開かれ、輝きがおさまりだしたそのなかに見知った人物がいた。
銀糸で呪が編み込まれた白いスーツ、右手には見た事のある魔力剣。
顔は…
ウィルザーだった。
ただし、長髪で無造作に垂らされた黄金色に輝く髪は腰まで届いていたが…
あたしが口を開くより早く、彼が話しだした。
『お気に召しませんか?
一応、貴女が心に思った人の姿をとったのですが…』
もちろん、あたしは彼に心を覗かれまいと強がって見せた。
『下手くそ!
彼は金髪でもなければ長髪でもないわ!』
彼は「それは失礼」と言うと、その姿のままゴーグルの様な形をした色眼鏡をつけ、椅子に座っているような格好で闇の中に静止した。
沈黙…
暗黒のなかでひときわ光輝く翼を持つ彼。
しかし、彼がここに存在しないのではないかと思えるほど重くのしかかる沈黙。
全き虚ろと同化しているかのようだ。
あたしはこの沈黙に耐えられず、たまらず彼に疑問をぶつけた。
『あれは誰?』
彼はその問を待っていたかのように淡々と語りだした。
『貴女の母親であると同時に全ての災いの母でもある。』
『災い?それって…』
どういう…
《3》
また別な風景が広がっている。
彼から答を聞かぬまま、また別な世界…いや、時代に放り出されたようだ。
見渡す限りの海。
見事な水平線がそこに存在り、あたし達がそこにいた。
……達?
『死神!』
そう、そこにはウィルザーの姿をした死神もいた。
『ルシェールと言う名があります。
死神、死神言わないでください。』
わざわざゴーグルを外してまで困った表情を見せるルシェール。
それが作られた物なのか、本当にそう思っているのか…
あたしは後者だと思いたいのだが…
しかし、〈ルシェール〉とは女性のような名前…
当然、この世界で思った事は彼に筒抜けになっており、返事が返ってきた。
『女性らしいですか…
では、〈ルー〉と呼んでくれてけっこうですよ。
でも、そんな事を考えるようでは、貴女も女性を一段低い者と考えている証拠ではない ですか?』
ショックだった。
彼の言う通りなのかも知れない。
しかし、あたしはつい感情的になり、彼に怒鳴りかかろうとした。
すると、彼が再びゴーグルをつけた刹那、周囲が暗転し、あたしもいつの間にか大量に並ぶ椅子の一つに座っていた。
そして隣にはルーが現れる。
暗闇と静寂のなか突然鳴り出したベルとともに、目の前の暗闇が四角い光とともに開いていった。
そこには〈舞台〉があり、五体の人形が立っていた。
『なんなのよこれ!』
思わず席を立ち上がり、ルーに怒鳴りかかる。
『劇場では静かにするものですよ。』
『劇場って…』
彼にたしなめられ、ひとまずあたしは席に着いた。
しかし彼の意図がわからず、あたしは混乱するばかりだった。
『始まりです。』
言われて視線を舞台に移すと、人形だと思っていた者達が生きているかのごとく動きだした。
しかしその表情は堅く、文字どおり能面のような顔をしていた。
その中に、桃華と香奈がいた。
「桃華様、龍国とはどういう事です。
彼らは何故に龍国などに行ったのです。」
舞台の中心にでた香奈は、ケレン味たっぷりの振る舞いで、あたし達に向かってそう言った。
すると、今度は桃華が中心にでてくる。
「彼らは、私のために龍国の遺跡より宝物を取ってきてくれると言うのです。
最も高価な物を持ってきた順に私に求婚するつもりなのです。
私は彼らの無事を願う事しかできないのです。」
桃華も同様に大袈裟な振りであたし達に向かい、この劇場全てに響かんばかりの声で言った。
劇場…
そう、彼女達は劇を演じていた。
『タイトルは〈天使の誕生〉…
と言ったところですか。』
ルーは混乱するあたしに、静かに教えてくれた。
天使の誕生…
天使…
Angel!
まさかこれが事実なら……A-Kの事がわかる!
でも何故、彼が…
『大袈裟な事を考えないでください。』
彼の返事がいきなり返ってきて身体を震わせるほど驚いてしまう。
あたしに学習能力が無いと思われてしまうかもしれないが、あたしがすぐ疑問に疑問を重ねてしまう性分はどうしようもない。
『昔話しと思って観ていてください。』
あたしに自己嫌悪に陥らせる間も与えず、劇に集中しろと暗に促された。
舞台の上はいつの間にか船に乗る三人の王子の場面になっていた。
「恨み言は無しだ!
我々の誰か、国は違えど桃華姫を幸せにするために!」
龍国風の鎧を装備した双子の王子の片方が歩みでてきた。
『あれが龍王、龍神 武龍様です。』
あれが、あたしの父…
でも、双子…
何故、双子なのに両方生きているの?
あたしと弥生さんの時は……あたしが殺されるかもしれなかったのに……
「そうだ、我々の親を納得させるためにも、我々が姫への愛を示すためにも!
いざ、前史民族の遺跡〈万魔殿〉へ!」
赤毛の王子が今度は前にでる。
もしや、あれはウィルザーの…
『そう、ウィルザーの父にしてウェンデル国国王。
ラストラ=グランバードだ。』
ここで舞台が暗くなり、ナレーションが入る。
「桃華姫の愛を得んがため、海を渡った三人の王子。
龍国第一王位継承者 龍神 武蔵、
龍国第二王位継承者 龍神 武龍、
ウェンデル第一王位継承者 ラストラ=グランバード。
恋は盲目と申しますが、この時の彼らは万魔殿の本質を知らなかった。
同時に、それがこの後再来する千年目の悪夢の引き金となる事と同義である事も…」
万魔殿?
千年目の悪夢?
いったい何の事なの?
ルーが教えてくれる事が当たり前であるように、今度は意図的に疑問をルーにぶつけた。しかし、ルーは何も返事をしてこなかった。
このまま劇が進み、終わったときに全ての謎が解かれる事を望み、あたしは静かに劇を観ていることにした。
けど…
やっぱり納得いかない。
納得いかない!
納得いかない!
納得いかない!
納得いかない!
納得いかない!
いつの間にか、あたしはルーにそれだけを言い続けていた。
『わかりました。
私の負けですよ…
各国の王一人に伝えられてきた伝説があります。
〈約束された千年の封印の後、全ての裁定者が現れる〉
というものがあります。
それが、千年目の悪夢です。
そして、彼が封印されているのが万魔殿です。』
裁定者…
裁く者?
何を裁くの?
『ヒトですよ…』
それだけ言うと、再び劇が始まった。
まるで、あたし達が話し終わるのを待っていたかのように。
「ここが万魔殿。
大地に埋もれた黄金の城!
さあ、行こう!桃華姫の心を射止めんが為に!」
舞台の中心に出た武龍はケレン味たっぷりに演じる。
「こうして三人の王子は意気揚々と万魔殿に入って行ったのでした。
しかし、彼らはそこでとんでもない物を見てしまったのです。」
急に背景が変わり、黄金色に輝く壁が現れた。
床は朱塗りの絨毯が敷き詰められていた。
「どういう事だ、この惨状は!」
武蔵の初めての台詞である。
「この城は戦場となったのか!
なんと惨いことよ!」
武蔵の台詞とともに、彼らの足元にかつて人であったモノが現れた。
「よく見ろ!彼らには翼が生えている。
どうやら前史民族は背に翼を生やしていたようだ。
まるで天使のように。」
ラストラが前に出て台詞を言うと、武蔵の時と同じく死体の背に翼が生えた。
これは…
事実なの?
また、ルーは答えないのか…
『信じるか信じないかは貴女の自由です。』
あたしには…………まだわからなかった。
それよりも……
この後の展開、それが気になった。
「丁度道が三つある。
一つの道に一人、三方に別れて宝物を探そう。」
最後に武龍が二人に宝物探しを促す。
この状況でずいぶん冷静な事を言うものだ。
それだけ彼女、桃華姫を彼らに渡したくないと言う事か。
ここでナレーションが入る。
「宝物を探すため三方向に別れる三王子。
その先で、武蔵は黄金に多種の宝石がちりばめられた王冠を、
ラストラは三つの宝玉を見つけた。
しかし、武龍は何も見つける事ができなかった。」
なぜ?
どうして父が何も見つけられなかったの?
これじゃあ、あたしと弥生さんが生まれないじゃない!
新しく疑問をつなげる暇を与えられず、再びナレーションが入った。
「万魔殿を出て桃華姫の元に帰った三王子は、武蔵、ラストラ、武龍の順に求婚する事と なった。」
場面変わって林檎の木の下、寄り添う武蔵と桃華の姿が現れる。
そしてナレーションが入る。
「武蔵王子の求婚を受け入れた桃華姫は、その後とても幸せな人生を送ったそうです。」
寄り添う二人のシルエットを残し、幕は静かにおりていった。
『どういう事?
これがあなたの見せたい事だったの?』
あたしはルーに問いただそうと詰めよった。
『貴女にここで知ってほしかったのは〈悪夢の伝説〉と、彼らの〈軽率な求婚劇〉です。
それが…
これから起こる事の基盤となっていると言う事です。』
これから起こる事?
それは何?
尋ねたと全く同時にもう一つの光が現れる。
そう、ルーが現れたときと全く同じ。
黄金色に輝く翼をはためかせ、白のスーツにゴーグルをつけた金髪の女性が現れた。
あたしはなんだか鏡を見ているような錯覚に襲われた。
ゴーグルのせいで顔の半分が隠され、どんな女性なのかを確認する事ができないはずなのだが……
多分、体型が似ているせいかもしれないな。
そう自己完結させると、ルーと彼女が内緒話しをしている仕草を見せる。
二人を見つめるあたしに気付いたのか、ルーが紹介すると言ってきた。
『娘のフィニーです。
他にも妹が六人いるのですが、機会があったら紹介しますよ。』
フィニーはあたしに軽く会釈をすると、ルーの後ろに下がった。
そんな彼女を見て、あたしはつい悪態をついてしまった。
『ずいぶん無愛想で失礼な娘ね。
人に挨拶をするときには顔の物を取るものよ…
あぁ、親の教育が悪いのね。
自分の本当の姿もさらさずに、勝手な事を押しつけて来るんだから…』
いつのまにか両腕を組み、あたしは〈うんうん〉うなずいていた。
『これは手厳しい…
しかし、勝手ついでで悪いのですが、急用ができました。
部下が反乱を起こしましてね。
まぁ、もともと斬る予定だった男が自分から斬られる口実を作ってくれるとはね…』
切る?
クビにするということか?
でもそれにしてはとても楽しそうな…
そう、部下を切り捨てる事に喜びを感じているような雰囲気だ。
『えぇ、そうです。
とても嬉しいですよ。
これが自分でできたらもっと嬉しいのですが…』
少しの沈黙の後にルーは娘のフィニーに尋ねかけた。
『今、残っているのはだれだ?』
その問にフィニーは間を置かずに答える。
『フォースとベルが残っています。』
『よし、ならば二人にアレク暗殺を命ずる。
〈あの日〉に間に合うのであれば方法は任せる。』
『わかりました。そう伝えます。』
フィニーは言うとそのまま闇に飲み込まれていった。
この二人のやりとりを見ていると、何だか父娘と言うよりは上司と部下の様に思えた。
『えぇ、一応仕事中ですからね。
まぁ、プライベートは違いますが……』
ルーはそのまま闇に消えようとしていた。
『ち、ちょっと!』
今度はあたしをどこに放り出すのか、それが心配になってつい声をかけた。
『また、夢の中でお会いしましょう。』
ルー!
「ルシェール!」
気がつくと、炎と屍の戦場に座り込んでいた。
《4》
寝ぼけてたのかな?
ルシェールって…誰だ?
たしか…
そうだ!あたしは生きているのか?
A-Kのリリィとか言う女の撃った弾丸があたしを狙っていたはずじゃぁ……
垂れた頭を起こしてみると、そこにはウィルザーの大だんびらが盾となってあたしを守ってくれていた。
「なんでぇ?
なぁぁぁぁぁんで砕けないのよ!
どう見たって物理剣じゃなぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃっ!」
地団太を踏みながらも、正確に大だんびらの刀身に当ててくる。
このあたりがA-Kと言ったところか……
「司令!
あンた、私達の敵にまわるからって不良品渡したわね!」
わめくリリィのさらに奥でマックスを殴り続けるウィルザーが………って、どうやらあたしを守るために大だんびらを投げつけたようだ。
助かったのはありがたいが、これではウィルザーが戦力的に不利なのでは?
「馬鹿言うな!
俺は作ると言ったからには最高の物を作る!
お前が対人散弾で鉄の塊を撃っているのが悪い!」
しかも、敵にアドバイスまでしている……
「吸精拳!」
ウィルザーが叫ぶと同時に左の掌打をマックスの胸部にそっと当てた。
青白い、生命の光が辺りに輝く。
吸精拳…
西方の幻の拳技、白虎流舞術の奥義と言う噂だが…
ウィルザーが体術に精通しているとは思わなかった。
掌打を打たれた者の生体エネルギーが拳者を通して体外に放出させる技らしく、マックスの身体がみるみる干涸らびていった。
「すごい…」
あたしは思わず感嘆の声をあげ、動きが止まってしまった。
「今度こそ…バァィ♪バァァァァァァァイ♪」
リリィはいつの間に弾丸を込め直したのか、あたしの目前に聳える大だんびらめがけて撃ち放たれた!
青白い光を激しくまき散らし、一直線に大だんびらの刀身にめり込んでいく。
このテの剣は刀身の腹を叩かれると以外に弱いモノ…
この剣、耐えられるのか?
次の瞬間、弾丸の光がしだいにおさまり、刀身のなかで止まった…
違う!
止まってなんかいない!
大だんびらの刀身に亀裂が入り、粉々に砕けた!
それだけでは止まらない、光と回転のおさまらない弾丸はあたしの右肩を貫いた!
「ぐっ…」
初めてうける激痛。
全身の毛穴が開き、滴となって流れ出す冷たい汗。
肩の傷から流れる血は少しずつあたしの短衣を赤く染めていった。
右肩を押さえ、歯を食い縛り、恐慌状態に陥りそうになる自分を制した。
「弾丸は貫通した。出血は少ない。」
口に出して自分の傷の程度を見きわめる。
しかしその息は荒く、戦えそうにもない。
でも、たった一人のA-Kに勝てないようではこの先やっていけない。
道具袋から取り出した呪符-再生符=傷を治すための呪符-を朱に染まった服の上から無造作に叩きつけた。
叩きつけた痛みを感じる間もあらばこそ、肩の激痛は清流に流した雪のように拡散、消失していった。
「いける!」
吼えて立ち上がったその時、額に硬く、冷たい物を押しつけられた。
「動きが遅いよ、お・ひ・め・さ・まぁっ!」
しまった!
そう、考えてみれば殺しあいとしての実戦は初めてだった。
山中でのウィルザーとの手合わせなんて所詮手合わせでしかない。
彼女は明らかにあたしを殺そうとしている。
ただ、不思議な事に彼女から殺気と言う物は感じられず、子供が玩具を壊すときのような純粋な目をしていた。
しかし、言い替えれば彼女は人を玩具としか見ていない、人殺しを遊びの一つととらえている……そう、言えてしまうのだ。
あたしは……まだ死ねない!
次の瞬間、自分の身体が勝手に動いている……そんな感覚に襲われた。
あたしの左手はリリィが引き金を引くより早く銃を掌で突き上げ、右手は彼女の銃を持つ腕の肘を折り曲げていた。
「えぇ!」
パン!
気付くと彼女の上顎から上全てがなくなっていた。
「あぁ・・・」
動けなかった。
例え過剰な再生能力を持つA-Kでも、人を殺したのだ。
彼女の身体は力無く崩れ、あたしはとっさに胸に抱いた。
返り血を浴びるが、すぐに赤い霧となって霧散する。
あたしは何もできず、ただ立ち尽くしていた。
「……せ!」
後ろからなにか聞こえる。
「……させ!」
悠太郎?
「止めをさせ!」
弾かれたようにあたしは我に返る。
リリィの無くなった頭部を形作ろうと、血が、肉が、蠢いていた。
「ひっ!」
小さく悲鳴をあげたあたしは呪符を取り出し、リリィに叩きつけた。
その呪符の力が解放された刹那、術者本人たるあたしは轟音とともに後ろに吹き飛ばされた。
思わず使ってしまった呪符は〈爆裂符〉だった。
その名の通り、呪符の貼られたところを中心に爆発を起こす物である。
受け身もとれず、地面に叩きつけられたあたしは、胸が詰まって息苦しくようやっと顔を起こして彼女……A-Kリリィがどうなったのかを伺った。
そこには誰もおらず、半球状にえぐられた地面のみが存在った。
「倒した……」
この時のあたしは彼女が逃げたのではないかと言う事すら考えられず、均整に敷き詰められた石畳の地面に大の字になって寝ころんだ。
あたしは疲弊していた。
自分が龍牙衆の骸と並んで寝ている事も気にならないほどに……
「とんでもねぇ女だな!」
近づいて手を差し伸べてくれた愚弟、東 悠太郎は開口一番あたしの逆鱗を突つきまくった。
当然、あたしはこの馬鹿の手を振り払い、固く握られた右の拳が馬鹿の顎を打ち抜いた。
「今までなぁにしてたのよ!」
あまりこの馬鹿を期待していなかったためか、言葉と裏腹に『よし!右腕が完全に動く!』などと考えていた。
だが、まだ体力は完全じゃない。
ふらつきながらも剣を拾って鞘に納め、落ちていた魔導銃を拾い上げた。
このとき、あたしは妙な疑問がわいた。
そう、漠然とした疑問。
なんら具体性がなく、あたしは何も考えられなかった。
「なんだろう…」
疑問を声に出した次の瞬間、奥からあたしを呼ぶ声が聞こえる。
「〈弥生〉!それを貸せ!」
ウィルザーだ。
『あたしは飛鳥だ!』と叫ぼうと口を開きかけたが、思いとどまった。
忘れていたが、ここは龍国首都龍心の都。
炎と骸だらけと言っても誰が聞いているとも限らない。
あたしは自分が仏頂面をしているのに気付きながらも、手にしていた魔導銃を彼に向かって放り投げた。
少し強く投げすぎたか…
銃は彼の頭上を通り過ぎ、マックスが叩きつけられている壁に弾かれた…
いや、銃は妙な軌道をとり、納まるべき所に納まったといわんばかりにウィルザーの右手に滑り込んだ。
銃口をマックスの胸に向けた。
そして、ゆっくりと左手をマックスの胸から離す。
刹那、ウィルザーは銃に残った全ての弾丸を撃ち尽くした。
しかし、それらの弾丸は全てマックスの身体に当たらなかった。
「やはりダメか…」
ウィルザーは再び吸精拳をマックスに打ち込み、手を離さず引きずるようにあたし達の元に来た。
「俺の造ったマテリアルの自己防御を破れなかった。」
マックスの干涸らびた身体、その胸を指さし言った。
そこには淡い光をたたえて輝く水晶球が埋め込まれていた。
今になってやっと思いだした。
マテリアルだ!
あたしはリリィのマテリアルを砕いていない。
あわててリリィを吹き飛ばした辺りを見回した。
そして、最後にすり鉢状にえぐられた穴をのぞき込んだ。
いた…
服はボロボロ、上半身が完全にはだけたちょっと目の置き場に困る姿だったが、あたしの視線は未発達な谷間に釘付けになった。
「マテリアル…」
次の瞬間、赤い霧に包まれ、吹き飛ばした頭部を再生し始めた。
しかし、身体の他の部分と違いその再生はゆっくりとしたものだった。
「どうにかならんのか?」
武蔵がウィルザーに尋ねる。
その問にウィルザーは首を横に振るばかりであった。
父ならどうかと思ったが、吸精拳が彼以外の誰にも使えない以上、どうする事もできなかった。
「ふん……だったら、今倒せばいい。」
言うと、悠太郎はリリィに向かって剣撃を繰り出した!
しかし、頭部が失われているはずのリリィがその一撃を素手で受けとめた。
「なっっ…」
驚いた事に、それだけでは終わらなかった。
受けとめた手で悠太郎の長尺刀を弾いた刹那、頭部の無いリリィの身体は悠太郎の弱点とも言える、懐に飛び込んでいた。
「くそ!」
あわてて飛び退こうとしたが後の祭、たった一発の掌打で悠太郎の意識は飛び、その場に崩れ落ちた。
その掌打が吸精拳でなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
「自己防衛システム…」
首無しリリィに身構えたあたしと武蔵の横でウィルザーが呟いた。
まさかとは思うが…
最悪の事を考えながらあたしはそれはなにかを尋ねた。
案の定、ウィルザーは喜々として語りだした。
「あぁ、実験しないでいきなりメンバーに組み込んだから心配していたが、どうやら成功 らしい。」
もったいつけないでと付け加えると、彼はさらに顔を緩め…
そう、子供が玩具で遊んでいるように破顔して言った。
「そんな事あるまい…と思ってはいたが、もしA-Kの肉体だけ、しかも身体をコントロ ールし、〈脳〉が破壊されたとき無敵のA-Kが無防備になり封じられる可能性がある。それを防ぐためにマテリアルに脳と同じ能力を発揮するプログラムを組み込んでいたんだ。
ただ、意識までは作り上げられないと思っていたから攻撃する者に反撃、仲間がいない 場合は肉体の保護を最優先で帰還するようにした。」
やっぱり…
これもウィルザーの造った物だった。
これではほとんど最強ではないか。
本当にただ人がA-Kに勝てるのか…
唸るあたしを後目に彼はさらに続けた。
「見ていろよ、もうすぐ始まるぞ。」
言ってリリィを指さすとマテリアルが金色の光を発していた。
間を置かずそれは彼女の背後に集束、形を成していた。
そう、それは…
「天使の翼…」
あたしが言葉にすると、ウィルザーが『天使の騎士団たるゆえんだ』と付け加えた。
彼女の翼はいっそう光を増し、羽撃いた。
一度瞬きをするほんの少しの間に彼女は視界から消えていた。
逃げた…
「ちょっと、ウィルザー!逃がしてどうするのよ!」
この事態に、あたしはつい感情的に彼に食ってかかった。
しかし、ウィルザーは満面の笑みでそれを受け流すと、あたし達をも殺しかねない残酷な笑みを浮かべて、『まず、こいつでマテリアルの破壊法を考えよう』と肩を揺らして笑ったのだ。
あたしは、恐怖した。
彼の残酷な笑みにではなく、自分の造った物を説明しているときと今の感情との落差に…
「ウィル……ザー?」
震える声で訊ねるあたしに、彼はどちらでもない、いつもの仏頂面で逆に訊ねられた。
「〈弥生〉、〈精喰符〉を作れるか?」
その問にあたしはハッとした。
そう、符術の中の一つ、〈精喰符〉…
先ほどウィルザーが使った〈吸精拳〉と似たような効果をもつ呪符である。
ただし、呪符に生命力を吸い取られるまでは同じだが、それを放出する事はない。
呪符が満腹になる、つまりキャパシティを超えると燃え尽きてしまうという代物なのだ。
「でもそれじゃあ…」
無尽蔵にエネルギーを放出するマテリアルには無意味なのでは…
それは言わずに口を噤んだ。
そのことは誰よりも彼が知っている事だ。
なにか考えがあるのだろう。
あたしは、たぶんとだけ答えた。
「ならば、応用して〈精放符〉を作れるか?」
〈精放符〉?
そんな物、符術には無いはず…
戸惑うあたしにウィルザーはさらに言った。
「呪符のような小さな器ではマテリアルの力に持ちこたえる事はできない。
しかし、呪符をエネルギーの出口として使えば器はこの世界そのものとなり、マテリア ルと同じく無尽蔵にエネルギーを貯める事ができる。
分かるか?」
あたしはしっかりとうなずいた。
まさか、既存の術をアレンジして全く別な術に仕上げるとは…
「呪符連剣をあみだしたお前らしくもない…」
その言葉に少々ムッとしたが、反論できなかった。
仏頂面になったのを悟られまいと、ウィルザーに背を向け”聖霊紙”を取り出した。
〈聖霊紙〉とは、満月の夜に月光と清水をもって清めた紙の事で、これに文字をかき、精霊の力を封じる事によって完成するのが呪符である。
そして、残された一枚の聖霊紙に祈りを込めながら”精放符”作成を試みた。
ここだけの話、〈精喰符〉を完成させた事があるのは一度だけなのである。
が、〈精放符〉に作成は以外と簡単であった。
〈呪符に力を貯めて置く〉と言う部分が難しかったらしく、ただのエネルギーの通り道として作ったら簡単にできたのだ。
「へぇ…以外だったな…」
言って後ろに振り返り、呪符をウィルザーに渡した。
すると、彼がマックスを掴む手から光が漏れていた。
ウィルザーは〈吸精拳〉の力を持続させたまま普通の会話をしていたのだ。
今更ながらウィルザーのA-K総司令たる実力を思い知った気分であった。
「どうやら…成功らしいな。」
呪符をマックスのマテリアルに直接貼ると、〈吸精拳〉と同じように青白い光がサラサラと流れだした。
同時に、龍牙衆の骸は灰と化し、辺りを包んでいた炎が消えた。
「浄化能力でも付け加えたのか?」
訊ねるウィルザーに、あたしは首を横に振る。
少し間を置き、うなるあたし達の沈黙を破ったのは父、武蔵であった。
「炎が消えたのであれば丁度良い。城に行くぞ。」
それもそうね、と言おうとした刹那、無数の殺気に囲まれた。
そしてなだれ込んだのは龍国正規兵、体術隊の〈龍爪衆〉だった。
《5》
「まさか、お前が娘を連れてこようとは思わなかったぞ。
あぁ…」
「都を出てより東 武蔵と名乗っております。」
「そうか、武蔵だな。礼を言うぞ。」
父と龍王のやりとりを、ただの傍観者としてみていた。
この人があたしの実父……
でも飛鳥とは名乗れないんだ……
そう思うと少し悲しくなってきた。
しかし、それを悟られまいと毅然とした態度で龍王の隣の椅子に座っていた。
「それと…
まさか、A-Kの天才魔導剣士殿が亡命しようとはな。
何か目的あっての事か?」
単刀直入に訊いている。
龍王は遠まきに訊くとか、暗にほのめかすとかしないのか?
それともウィルザー相手に小細工無用と感じたのか…
あたしは〈弥生〉を演じ続けなければならない。
初めて会った実父に悪い気もするが……
いや、生まれたばかりのあたしを殺そうとした男だ。
何もそんな事を考える必要はない。
「まぁ、よい。
つまり、お前は偶然潜入した船がA-Kの攻撃対象で、我が娘を助ける事により…
無事、亡命を果たせたわけだ。」
あからさまにウィルザーに対しての嫌悪の情をぶつける龍王。
はっきり言って、余り誉められた感情ではないな…
ウィルザーは敵対国の王子なのだ、それも仕方の無い事か…
ただ…
前のように感情を爆発させる事がなければいいのだが…
仕方無い。
「お父様!
いくら敵対国の王子とは言え、
あた……いえ、
私の命の恩人に対して無礼ではないですか。」
あたしは静かだけど力強くを心がけ、偽りの父に進言した。
すると、龍王は驚いた様に目を見開いた。
しまった!
弥生はもっと大人しい女なのか?
内心焦りながらも龍王の声を待った。
「大人になったな…
弥生…
フェミニーアの大学に留学させたかいがあったと言うものだ。」
初めて見せる笑顔とともに、うんうんうなずきだした。
あたしはその顔に困惑しながらも微笑んでみせた。
笑顔がひきつってないか心配だったが…
「で?
逃亡した訳を詳しく聞かせてもらおうか?」
いきなり真顔に戻り、ウィルザーを見おろした。
その変貌に多少驚きはしたが、それでなければ〈王などやっていけないか〉と自己完結してウィルザーをみつめた。
「まず…
父、ラストラは狂っている。
俺が創り出したマテリアルで自分が神になろうとしている。
おそらく、マテリアルを埋め込んだ自分に忠実な下僕を増やし、奴らを使って世界の支 配者になろうとたくらんでいるのだろう。
支配して何をしたいのかは分からないが、支配者になろうなどと月並みな事を考える男 の事だ。
内容も月並みだろう。」
そっけなく言うと、肩をすくめておどけてみせた。
初めて見るウィルザーの姿だ。
しかし、龍王の一言で彼は豹変した。
「ラストラに似て嫌な男だ。」
と言う、その一言で…
ウィルザーはゆっくりと右足を浮かせたかと思うと、再びその場を踏みしめた。
ゴゥン…
轟音とともに城が揺れ、石造りの天井からパラパラと小さな石片が落ちてきた。
「これ以上、あの男の事は言うな!」
おそらく彼は、おどけてみせる事で揺れる心のバランスを保っていたのかもしれない…
それを龍王は…
「フン…話しを続けろ!」
これなのだ。
怒り満身、〈憎しみ〉と言う言葉が当てはまるようなものすごい形相に顔を歪め、話しを続けた。
「自分の考えに同調しまいと思う国の排斥を始めるだろう。
この国の様に先刻のA-Kを使ってな…」
そこまで言うと再び龍王が口をはさむ。
「なるほどな…
では、標的はこの国だけとなったわけだ。」
それがどういう意味なのかは分かっていても、皆一様に声を出せないでいた。
「ランロードが先日落ちた。」
これから龍王が続ける話しの内容はさらにあたし達に衝撃を与えた。
「正確には、一晩のうちに城内の人間全てが殺されたらしい。
そしてその朝、つまり昨日の朝だが、一人の男が声明を出したそうだ。
そう…名は〈アレクザード=フォンフォーネル〉」
「くそっ!」
その名を聞いたウィルザーは吐き捨てるように言った。
そう、この男もまたA-Kなのだろう…
「A-K No.Ⅶ 封影のアレク。
A-Kのなかで最も地位と名声に固執する嫌な男だ。」
いつもの仏頂面に戻りはしたが、怒りを無理矢理押し込めようとしているのか、ときどき語調が荒くなる。
「奴に与えた〈封影〉と呼ばれるマントは、その名の通り〈影までをも隠す〉能力を持っ ている。
おそらくその能力を使って城内に忍び込み、飲料水に毒を混ぜたのだろう。」
ゲスな奴!
つい、その言葉を口に出しそうになり、慌てて口を押さえる。
しかし、そんなあたしの素振りに誰も気付く事無く、皆うつむいてしまっていた。
「我らの龍牙衆もすでに敗退、A-Kに勝つ方法はあるのか?」
先ほどまで、威厳と嫌悪と皮肉に満ちていた語調もやや沈み、ウィルザーに訊ねた。
「マテリアルさえ砕ければ倒せる。
ただ、砕く事のできる〈光輝剣〉は紛失してしまったようだからな。」
始めは静かに答えていたウィルザーの語調が最後で激しく荒れる。
無理もない。
〈弥生さん〉の墓標として立ててきたはずが、彼女の遺体とともにA-Kに持ち去られたのだ。
こちらの戦力低下を狙っての事なら光輝剣だけを持ち去ればいい。
なのに何故、弥生さんの遺体が必要だったのか。
情報が少なすぎて疑問の解決に至っていない。
彼女の遺体をどのように使うのか…
あたしには悲劇的結末にならない事を祈る事しかできない。
A-Kのブレーンがここにいる以上、あたしの懸念は現実とならないとは思うのだが。
「光輝剣だと?
唯一天使を傷つける事のできる伝説の剣!
そんな、まさか…」
〈光輝剣〉に対する龍王の驚き様は尋常ではない。
ランロードが落ちた原因を聞いたときでも威厳を失わなかった実父が、明らかに狼狽していた。
「どうした?
俺が文献から再現した模造品だぞ。
本物は千年前にすでに失われているはずだ。」
ウィルザーの言葉に幾分落ち着きを取り戻したもののまだ何かを…
そう、念仏のように呟いていた。
「そうだ、あるわけない…
あるわけないのだ…」
どうやらこの呟きはあたしにしか聞こえていないらしい。
あからさまに怪しい口調。
龍王はなにか知っている。
「うむ、すまん。
昔見た剣に似たものがあったのでな…」
取り繕うように龍王がこたえる。
しかし、それが龍王の墓穴を掘る事になるとは、あたしも思わなかった。
「俺は形状の事は言ってないし、文献にも〈光輝く〉としか書かれていなかった。」
顔をひきつらせる龍王を見て、あたしは本当にこの男の娘なのか疑いたくなった。
いや、養父に育てられたからそうなのかも知れない。
情けない実父を横目で見ているとウィルザーがさらに続けた。
「何を知っている。」
低いが強い、その一言が龍王を再び狼狽させ…
まぁ、一言で言えば、キレた。
「やかましいわ!
これ以上貴様のたわごとにつきあってられるか!
全員下がれ!」
始めの威厳はどこに行ったのか。
あたしは、慌てていたが整然と去り行く兵士達を見ながら、実父への嫌悪が強まるのを感じ、あきれていた。
最後に、ウィルザー、悠太郎、武蔵に順に王の間を去ろうとしたとき、龍王は武蔵を呼び止めた。
「武蔵…
龍牙衆の再編、頼めるか?」
力無く養父に訊ねる実父は情けない限りだった。
対して、養父、東 武蔵は仮面で表情は分からないものの、その声と内容は自信に満ちていた。
「龍牙衆の全てを任せてくれるのであれば、A-Kに勝てる龍牙衆を編成してやろう。」
このとき、あたしは養父に育てられたことにとても感謝した。
すると、感謝の念にひたっているあたしに実父が話しかけてきた。
「弥生よ、母上にまだ会っていなかったな…」
はい、と静かにうなずくと、龍王は人を呼び、会ってきなさいとあたしに促した。
あたしは大人しくそれに従い、母の居所を呼ばれた兵士に訊ねた。
「はっ!龍妃様は弥生様のお部屋におられます。」
あたしは誰に気付かれる事無く安堵していた。
あたしはまだこの城の内部を完全に知っているわけではない。
それどころか、正門から弥生の部屋までと、弥生の部屋から王の間までしか分かっていない。
知っている場所にいてくれて本当に良かった。
あたしは、一瞬、この兵士にいろいろ訊ねようかと口を開きかけたが、極力人との交わりを避けた方がいいと判断し、無言で後についていった。
部屋の前に着くと兵士を帰し、通路に誰もいなくなったのを確認してから部屋の扉を開けた。
兵士の言うとおり、部屋の中にはあたしと同じ顔の、少し化粧が濃いめに見えるが、一人の女性がいた。
あたしは一目で彼女を龍妃と感じ、一言つぶやいた。
「お母さま…」
次の瞬間、彼女はあたしの元に走り来て、そっと抱いてきた。
あたしは少し照れくさいような、悪いような…
どうしていいかも分からないまま、初めて母に抱かれた心地よさに負け、彼女の胸に顔を埋めていた。
こんな姿、他の誰にも見られたくないな…
思った刹那、次の一言にあたしは弾かれたように彼女の身体から離れた。
「ごめんなさいね、飛鳥…」
《6》
「なぜ、そのことを…」
あたしが〈弥生〉ではなく〈飛鳥〉であること、それををすでに知っていた龍妃と向き合っていた。
「やっぱりね…」
しまった!
かまをかけられた!
うかつにも彼女の予想通りの反応をしてしまったあたしは自分を呪った。
「大丈夫よ。誰にも言えないから。」
明らかに敵意の眼差しを向けていたのであろう。
あたしをなだめるように、優しく言ってきた。
少し間を置き、実母である事には変わり無いではないかと思った瞬間、彼女に敵意を向けたあたしは自分を恥じた。
こんなに温かい女性があたしを殺そうとするはずがない。
この想いは彼女の次の言葉で確信と変わった。
「やはり、武蔵殿にあなたを頼んだのは間違いではなかった。」
言って、涙を浮かべながら母はあたしを抱きしめた。
そうか……だからさっき〈誰にも言えない〉と言ったのだ。
「おかあさん…」
つぶやくと、再び彼女の温もりを感じる心地よさに、あたしは泣いていた…
共に落ち着いたあたし達は、今までの事を話しあった。
「皮肉なものね…
龍姫として何不自由無く育てられた弥生が死んでしまい、生まれてはならぬ者として城 を追われた飛鳥が龍姫として入城するなんて…」
悲しみに彩られた母は、テーブルに肘をついて顔を伏せ、その目からは再び光るものが流れようとしていた。
あたしは声を掛ける術を失っていた。
今、初めて会った娘が、19年育ててきた娘の死にたいして何が言えると言うのか。
何が……そうだ!
〈遺髪〉!
「お母様。あたし、ちょっと出てきます。
すぐ戻りますから待っててください。」
言うと、あたしは小走りに部屋を後にした。
まずは正門の方に行き、彼…
ウィルザーを探した。
どうやら、亡命者として待遇されているため、余り良いとは言えない質素な部屋に通されたらしい。
女官達がしている噂を耳にして、どうにか目的の部屋にたどりつく事ができた。
「弥生様、どうなされたのですか?」
兵士二人が扉を挟むように立っている。
表向きには亡命者として扱っているとはいえ、敵国の王子には違いない。
しかも、あのA-Kの総元締め…
無理もないのだろう。
「龍姫様?」
再び訊ねられ、慌てて静かに言った。
「命の恩人に一言礼を言いたいのです。
通してもらえますね。」
威厳とまではいかないものの、あたしに気圧された二人は〈失礼しました〉と、慌てて扉から離れた。
「弥生です。入りますよ。」
あたしは彼の返事を待たずにズカズカと部屋に入った。
「何の用だ…」
いつもの仏頂面で、彼は部屋の真ん中に立っていた。
「ウィルザー、その……さっきはありがと…」
大だんびらを盾にし、あたしへの致命傷を回避してくれた事に対して、ひとまず礼を言った。
すると、彼は一瞬驚いたような表情を見せた。
あたしが礼を言う事がそんなにおかしいのか?
あたしまでも仏頂面になり彼を睨んだ。
「いや、すまない。
礼を言われるどころか、非難されても仕方の無い事を言ってしまったのにな。」
おそらくリリィにアドバイスしてしまった事を言っているのだろう。
まぁ、あの時は非難したい気分になったが、今はそんなつもりはない。
しかし、彼が一瞬驚いた事に、何故か妙な腹立たしさを感じ、気分を落ち着かせる前に口が動いていた。
「悪いと思うなら、弥生さんの遺髪が欲しいんだけど?」
失敗した…
ちゃんと理由を話して言うはずがこんな言い方になるとは…
「お前……どういうつもりだ?」
当然の反応だ。
あたしとウィルザーは相対し、互いに目を見た。
ウィルザーの瞳……なんて澄んでいるのだろう。
変に片意地を張っていた自分が情けない。
ウィルザーの〈弥生〉への想いを前に負け、あたしが目をそらそうとした、その時であった。
「ウィルザー!A-Kが来やがった!」
勢いよく飛び込んできたのは言わずと知れた我が愚弟、東 悠太郎だった。
しかし、登場の仕方に問題がある。
あたしが思わず身体を震わせ馬鹿の方に振り向いたのに対し、ウィルザーは何事もなかったように落ち着きはらった物腰で振り向いた。
「あぁ!てめぇ…」
目敏い…
多分、あたし達が今とは別な感情で見つめ合っていたと思ったのだろう。
それを悟ったあたしは顔が熱くなるのを感じた。
「てめぇ!俺の…」
まずい!
仮面の上からで少々痛そうだが仕方無い。
馬鹿が〈飛鳥〉と呼ぶ前に、あたしの平手打ちが飛んでいた。
「無礼者!
例え亡命者の部屋だからとて、どんな状況でも礼儀はわきまえなさい!」
『それに、あたしはあんたのモノじゃあない!』
最後の言葉を付け加えられなかったのが悔しいが、その場にいた悠太郎、大開きになった扉から覗いていた兵士二人、彼ら三人は明らかに気圧された。
もっとも、ウィルザーはいつもの仏頂面だが…
「で?何用です!」
ウィルザーの瞳から逃げられた事を内心安堵しながら、悠太郎に訊ねた。
「は、え……っと、その、龍王様が先ほどのA-Kに人質にされました。」
突如、兵士の礼を取った愚弟の話した内容はとんでもないものであった。
「お母様は無事ですか?」
慌てて、悠太郎に訊ねる。
実父はともかく、母は何も武装していないし、武器を扱えるとも思えない。
「は、龍妃様は弥生様のお部屋でおやすみとのことだ……です。」
よかった…
安堵のため息をついたと同時に、ウィルザーが悠太郎に訊ねる。
「どんな奴だ?」
そう、今度現れたA-Kの情報が少しでも欲しい。
ウィルザーの部下が襲ってくるのだ。
彼になら対策も立てられよう。
「はっ!先刻我々が戦ったリリィなるA-K……って、何でテメェにまでこんな言葉遣いしなけりゃならんのだ!」
それだけ聞くと、ウィルザーは馬鹿の悪態につきあう事なくあたしに訊ねてきた。
「精放符は何枚つくった?」
時間が無かったため、すぐ使いそうな呪符を数枚ずつしか作成できなかった。
もっとも、精放符は一番始めにつくっておいたので問題はない。
その旨を伝えると彼は、悠太郎から場所を聞き、兵士から剣を一振り借りた。
あたし達三人はその場所に向かった。
そう、先ほどと同じ王の間に…
《7》
「遅かったじゃない!」
王の間に入ると、最悪の状況になっていた。
王座に座った龍王と、その傍らに立ち左手に握られた銃を実父の頭に突きつけるA-Kリリィ。
そして何より目を引いたのはその姿である。
やや、茶色の入った髪は全て後ろにまとめられ、どこかで見たような妙なゴーグル。
戦闘での防御力の期待できそうにもない、彼女の幼い肢体をくっきりと見せるぴったりとした服。いや、服と言うより下着の様な薄いモノを着ている。
もしかしたら、噂のレオタードと言うモノかもしれない。
そして、彼女の華奢な身体に不釣り合いな大きな銃。
いや、銃と言うより大砲と表現するのが適切かもしれない。
炎のような赤に塗られた大砲を右腕で抱えていた。
「あれは…」
ウィルザーのもらした驚き(?)の言葉に、あたしは悪寒を感じた。
まさか…また、ウィルザーの造ったモノでは……
訊ねるまでもなく、彼は顔をほころばせ、喜々として説明を始め……
違う!
「研究室に入ったな…」
苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、敵意の眼差しをリリィに向けた。
「扉の鍵をかけておかない司令が悪い!
それより…」
彼女の顔には半日前のような余裕の笑みがない。
それどころか、純粋に見えた瞳も怒りでくもっている。
ウィルザー同様、彼女の眼もあたし達に対する敵意で満ちているのだ。
「大人しくマックスを渡せばよし!
さもなくば、このアークフレアをぶっぱなす!」
その言葉にウィルザーの顔はさらに険しいものとなる。
「てめぇ……それでも騎士か!」
悠太郎が握りしめた拳を突き出し、怒鳴りつける。
「何とでも言えっ!
マックスさえ……マックスさえ帰ってこれいいの!
あの馬鹿!いっつもそうなんだから!
バーバラと一緒よ!」
涙…
リリィの目に涙が…
そうか…
異常な再生力を持っていたって、強力な武器を操っていたって…
彼女は人なんだ。
あたしよりも……まぁ、見た目だけど年下の女の子なんだ。
あたしは、どうすればいいのだろう。
もし、ここで彼女とマックスを引き離したままにすると言う事は、弥生さんとウィルザーを引き離しと同じ事になるではないか?
「なんだよ!お姫様!
大好きな男と一緒にいられるあんたなんかに同情されたくない!」
多分、この想いが表に現れたのだろう。
でも、あたしはウィルザーの事をどうとも思ってないし、彼は死んだ姉さん…弥生さんをずっと想っている。
あたし達がどうにかなるなんて事はまずない…
実父から銃口を外せない彼女は涙を拭う事ができず、強がる事しかできないでいた。
「さぁ!どうなんだ!」
龍王に突きつけた銃をさらに頭に突きつける。
しかし、先ほど見せた狼狽はどこへ行ったのか、王座に座する龍王は落ち着き払い、王としての威厳さえも見て取れた。
「騎士を捨てるのか?リリィ。」
ウィルザーの言葉に、リリィは一瞬の迷いをも見せなかった。
「マックスが帰ってくるなら騎士なんていらない!
バーバラがA-Kになった理由と一緒よ!
マックスがA-Kになるって言ったから、私もなったの!
認めたく無いけど、認めたくなかったけど、きっとそうなのよ!」
彼女は肩を上下に揺らし、息を荒らげ言い放った。
あたしは……そこまで男を想えるのだろうか……
あたし達三人は、彼女の想いに心が揺さぶられていた。
どうしたらいいのか…
こんな時、養父の武蔵はどの様な行動を取るのか…
そういえば、この非常事態であると言うのに武蔵が現れない。
どこで何をしているのか…
膠着状態となるかと思えた戦場は、実父の一言で急激に時が流れ出した。
「女だな…」
その一言に逆上したリリィは左手に握られた銃で龍王を殴りつけた。
殴られた龍王の左の側頭が切れ、鮮血が頬を伝う。
呻き、傷を押さえようと身体を丸めたが、リリィはそれを許さなかった。
龍王の前に立ち、銃を顎の下から突き上げ、実父を睨みつけた。
当然、あたし達に右の大砲、アークフレアを向けたまま…
「死にたいのか?」
まずい、どうにかならないのか…
唸るあたしに、ウィルザーが話しかけてきた。
「アークフレアは威力はあるが、一発撃つ毎にエネルギーチャージに時間がかかる。
一発耐えれば……あるいは……」
少しとは言え、希望が見えた。
あたしが持っている呪符で結界を張ればどうにかなるか?
そんな事を考えていると、あたしが何を思っているのか分かるのか、20秒は耐えられると言ってきた。
20秒…
どうにかなるのか?
長い沈黙に苛立ちを覚えたのか、あたし達にとって好運の、リリィにとって最悪の行動を彼女は取った。
コゥゥゥゥ…
赤い光がアークフレアの砲身全体に集束し、先ほどまで軽々と持ち上げていたはずの右腕が集まってきた莫大なエネルギーに震えだした。
彼女は両手でなければ無理と判断したのか、龍王に突きつけていた銃を戻し、両手でアークフレアを支えた。
そして、引き金が引かれた!
キィン…
剣同士をぶつけ合わせたような金属的な音の後に轟音が轟いた。
あたしは結界を張る事も忘れ、放たれた赤い閃光を見ていた。
閃光は始めにあたしの目を灼き、すぐに視界が失われ真っ赤な世界が訪れる。
少し間を置き、どうにか視力が戻ったときには真っ赤な空が見えていた。
「天井が…」
覗くと言うには余りに大ざっぱな穴がではあるが、夕暮れの、淡く、朱に染まった空が姿を見せていた。
「どぉ?私の力は!」
好機!
龍王から銃が離れ、アークフレアはエネルギー切れ。
これなら……倒せる?
倒していいのか?
その一瞬の迷いの間に、リリィの背後に思わぬ人物を近づける事となった。
「それはお前の力ではない。
ウィルザー殿に与えられた力だ!」
驚愕の表情とともに振り向いたリリィは、左の肩から胴まで、斜めに一本の線が引かれた。
次の瞬間、線から血が吹き出し、リリィの身体は二つに別れていた。
「そんな…」
あたしの言葉とリリィの言葉が重なり、深い沈黙が訪れる。
「マ…クス……マックスを返せ!」
片肺と心臓が潰され、唯一動かす事のできる右腕がもがき、切り離された半身を探る。
武器を探しているのか?
あたしは足の裏が床に張り付いたように重い。
その行為を止める事ができない。
「弥生様、精放符を!」
養父のその言葉に身体を震わせ、どうにか一歩踏みしめる事ができた。
しかし、続かない。
本当に彼女を封じていいのか?
迷うあたしは、呪符を握る手が震えていた。
「弥生、貸せ…」
ウィルザーはあたしの手にそっと手を重ね、それに驚いたあたしは呪符を放してしまった。
ウィルザーは、あたしの手からするりと呪符を抜き取り、リリィの元に向かった。
「あ…」
小さく声をあげてしまった次の瞬間、朱の空が黄金色に染まり、なにかが降ってきた。
暖かい、光輝く……羽!
まさか、新手?
辺りを見回すが舞い落ちる羽で視界を塞がれ、近くに居るはずの悠太郎の顔さえ見えない。
まずい、助けるつもりか?
輝く羽をかき分けながら、リリィの居る方向に駆け出した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
リリィの声だ!
どういう事だ?
「入ってこないでぇぇぇぇぇぇ!」
悲痛な叫びが光の中に木霊する。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
止まった。
まさか、暗殺!
どうにかリリィの元にたどりつくと、背に翼を生やした、金髪の女性が立っていた。
リリィが着ていた様な服、右腕に巻かれた布、左手には盾のようなものを携えている。
あたしに気付き、こちらを振り向く。
その顔には、やはりリリィが着けていたようなゴーグルがあった。
「だれ?あなた…」
訊ねるあたしに微笑むと、彼女は金色の翼をはためかせた。
「ウィルニーヌ…」
そっと呟き、彼女は穴の開いた天井をぬけ、飛び去った。
たった一度、瞬きをしたその間に辺りは闇に包まれていた。
目に映るのは、たった一つの小さな光。
リリィのマテリアルが……砕けている。
「なんだ、今のは?」
言いながらウィルザーはあたしに近づいてきた。
この口ぶりだと、ウィルザーは”ウィルニーヌ”の存在も、光の正体も知らないようだ。
ひとまず、あたしは闇に光る砕けたマテリアルを示した。
「これは…」
さすがのウィルザーもこれには驚いたようだ。
マテリアルが砕かれると、光とともに身体が消滅すると言っていたのだから無理もない。どうやら昔の資料とは大きく違ったようであった。
そう…
リリィは息絶えていた。
どうする事もできなかった…
うつむいたその時、またもまばゆい光があたし達を照らした。
光源は…
リリィ!
いや、正確にはリリィだったモノと言うべきか、彼女の身体が瞬時に再生し、立ち上がった。
「こいつ!また生き返ったのか?」
悠太郎が吐き捨てる様に叫ぶ!
しかし、そうではなかった。
明らかに姿が違う。
翼が生え、茶色がかった髪は黄金色に輝いている。
『我、大天使ハミエル。新しき世界に豊饒を!』
頭に直接流れ込んでくる。
『来たれ!来たれ!来たれ!来たれ!……』
その言葉が頭の中で何重にも重なり、理解できない事への恐怖で頭を抱え、あたしはうずくまった。
そして、光がいっそう強まったとき、駆け抜ける白い閃光とともに再び闇が訪れた。
理解できぬまま空を見上ると、月が出ていた。
リリィの命がそこにある様に、寂しい光をたたえた満月だった。
アルファポリスの
『第二回ファンタジー小説大賞』
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