【八十神の舞】神々の舞う地、神代市を舞台につむがれる物語。

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2009年09月27日

【another】第四話『再会は離別のはじまり』

プロローグ

人とも魔物ともつかぬ屍に囲まれ、何故彼女は涙を流すのか・・・・
一振りの槍を前に、何故彼女は泣くのか・・・・
異母姉を殺したから?
義理の娘を手に掛けたから?
その真意を知る者は彼女一人しかいない。
そう、今となっては・・・・
「・・・・姉さん・・・・」
地に突き立てられた槍を掴み崩れる様にかがんだ彼女は、腰までとどく深く蒼い髪に全身を覆われる形となる。当然、彼女の今の表情を窺う事はできないのだが、彼女の目に溜められた涙が大粒の滴となって地に落ちている事だろう。
「彼女は貴女のお姉様だったのですか?」
近寄り難い空気を放つ彼女の背後に一人の少女が現れる。この戦が起きた場には相応しくない、華奢な体型である事は見て取れた。そして、少女に相応しく無い物がもう一つある。戦場には必要だが、戦いをした事もなさそうな少女には不釣り合いな物、剣である。それが荘厳な雰囲気を持っている事は少女に釣り合ってはいるのだが・・・・
「私のせい・・・・ですね・・・・
私があんな事言ったから・・・・」
だが、その言葉を彼女は否定した。
「そんな事関係ないわ・・・・
あのヒトとあたしは、どちらか一人しか生き残れなかった・・・・
仕方無い事なのよ。
この壊れ行く世界に定められた律なのだから・・・・」
否定はしていたが、彼女の背中は小刻みに震えを見せている。それは彼女の言葉と心が相反するものである事を物語っていた。
「無理はいけないわ。
貴女は自分を殺している・・・・
そんな事をしていたら貴女が壊れてしまうわ・・・・」
しかし、少女のこの言葉で彼女の放つ空気が一変した。
「うるさい!
黙れ!【弥生】!
【表】に出るなぁ!」
悲しみの領域に侵入できた少女は驚き、一歩、二歩と後ずさった。
少女は【弥生】と呼ばれた事にではなく、彼女の放つ怒りの空気に気圧されていた。
「アナタが弱かったからあたしが存在( い る)んじゃないか!
アナタは自分が弱いと認めたくないんでしょ!
だったら邪魔しないで観ていなさいよ!」
彼女は震えを止めようと自分の肩を必死に押さえ込んでいた。
『黙れ』と言う言葉を連呼しながら・・・・
すると次第に震えの間隔が大きくなり、やがてそれは止まった。
「そうよ、アナタは観ていればいいのよ。」
震えが止んだ身体を解放し、彼女はすっくと立ち上がると大きく胸を張った。
「後はあたしが・・・・
あたしの子が全てを創り直すわ。
アナタとルーの子では無く、あたしとルーの子が!」
その時少女は気付いた。彼女が少女に見えない人物と会話をしている事に・・・・
「貴女は、誰なんですか?」
順序立てた行動を美徳とする少女であったが、今まで会った誰とも違う雰囲気を持つ彼女に、心の中より生まれいでた疑問を口にしていた。
「あたしは・・・・」
ゆっくりと振り返った彼女は小さく微笑み、その自信に満ちた姿は先ほどのそれとは全く違っている事を少女に認識させた。
「貴女は誰なんですか?」
そして彼女の口から、小さいがハッキリとした言葉がつむぎだされた。
「あたしは・・・・」







《1》

彼女は何度目の夢を観ているのだろう。
記憶の奔流が生み出す、夢とも現ともつかないリアルな映像。
その中で彼女は自分を見つめていた。
「その子はボクの子だよ!
ボクがお腹を痛めて産んだ子なんだ!」
夢の中の彼女は一児の母となっていた。しかしその手に子の姿は無く、対峙する蒼い髪の女に一人の幼女が寄り添っていた。
「ミーチャさん・・・・
ならば何故、ローザを捨てたりしたの?」
「それは・・・・」
その問に、ミーチャと呼ばれた彼女は答える事が出来なかった。
「この子が、ウィルザー様の子だから?」
蒼い髪の女は構わず問いただす姿勢に入っていた。
「そう・・・・だね。
それだけだったら貴女の御主人様の敵になってもあの人にしがみついた・・・・」
その言葉に蒼い髪の女は顔色を変えた。
今までの威圧的な態度とは一変し、ミーチャの前で驚きを隠す事すら出来ずにいた。
「まさか、そんな・・・・
ローザの父親はミシェルじゃないなんて・・・・」
蒼い髪の女は顔を蒼白にさせ、ミーチャに懇願しはじめる。
「お願い、弥生様にはこの事を言わないで・・・・」
「・・・・・・」
答が夢の中の彼女から語られる事無く、ノヴァは急激に現実世界に引き戻された。

「あたしに過去があった・・・・」
ベットから半身を起こし、彼女・・・・ノヴァ=ディ=ドゥーディは自分の掌をまじまじと見つめた。
「あたしには・・・・何にもないと思ってたのに・・・・」
しかし、彼女はそんな自分がいつもの自分ではない事に気付くと、あっさりと先ほどの自分の想いを否定した。
「夢は夢だ・・・・
現実じゃない・・・・」
絡んだ髪を手ぐしでかき上げ、ノヴァはそのまま両手で顔を覆った。
「本当にそれでいいのかい?」
突然の声だった。
突然の声にノヴァは一瞬身体を萎縮させるが、声は最近聞いたものであり、忘れたくても忘れられない者である事に気付き、彼女を横目で睨み付けた。
「何の用だ、フォース・・・・」
しかし、壁に背を預けて立っていたのは彼女ではなく彼・・・・ナラ=ツインスターであった。
「久しぶりだね、オバサン・・・・」
「あぁ、久しぶりだっ!」
刹那、ノヴァは左腕を横薙に振り切った!
その突然の攻撃にナラは反応する事が出来ず、飛来する物体を手で受けとめる羽目になる。
「危ないじゃないか・・・・
冗談なら止めてほしいな!」
憮然としながら受けとめたそれ・・・・透明な液体の入った瓶を手の上で遊ばせると、ノヴァの反応はいつも通りの冷たい反応であった。
「冗談じゃないさ・・・・
A-Kでも治癒困難な毒薬だそうだ。」
その言葉にナラは顔を引きつらせ、遊ばせていた瓶をしっかりとつかまえた。
「ちょっと、それって・・・・」
「用がないなら出て行ってもらおうか・・・・
裸のまま外を出歩く趣味は無いからな・・・・」
威圧的な眼差しでナラを見据えたノヴァであったが、一向に出て行こうとしないナラに興味を失い、背を向けて着替えを始めたのだった。
『どうやら、精神に影響は出ていないみたいだね・・・・』
ナラはそんな相変わらずな仕草を見せる彼女に、ほっと胸をなで下ろしていた。
しかし、かつての戦いにおいて意志を持つ剣【魔剣】を体内に吸収した事による影響は夢という形で現れていた。その事はナラも気付いてはいたが、彼は重要視していなかったのだ。
「何を安心している?」
ノヴァは着替えをしながらナラに問いかけた。
突然の事では無かったのだが、ナラはその声に身震いさせて反応した。
「あ、いや・・・・」
そのまま、髭が生えたあとすら見えない細い顎をしごき、ノヴァから目を外らした。背を向けているのでこちらが見えているはずはないのだが、ひとまず目を外らすのが礼儀であるかの様に、部屋に置かれた調度類に目を移したのだ。
「まぁいいさ・・・・
ところで、あたしの服はどうした?」
下着姿となったノヴァは辺りを見回すが、いつも着ていた戦闘服が見当たらなかった。
「そこに掛けてあるよ・・・・」
言葉とともにナラが指さした壁には、AランクのA-Kのみに与えられる礼服が掛けられていた。
「これは・・・・」
さすがのノヴァもこれには驚いたらしく、ナラに回答を求めようとした。
「オバサン、今日は何日だと思う?」
ナラは服についての回答はせず、今日という日が何日であるかを逆に問うてきた。しかし、ノヴァの答えを待たずに話しを続けるのだった。
「神暦〇九九九年一月五日・・・・
オバサンが倒れて一二日目だよ・・・・
その間にA-K組織内に大きな変化があったんだ・・・・」
Aランクの大半が反目したウィルザー総司令によって天使化され、昇天。その事により、現在A-Kとしての本来の機能を果たしていないこと・・・・
ナラの口から語られた現実は、ノヴァにとって重要な意味を持っていた。
「つまりこういう事か?ローザの情報を入手する事が不可能だ、と・・・・」
ノヴァの声は震えていた。自分がA-Kとなり罪もない人々を斬殺、毒殺の黙認、汚い仕事に手を染めてきた意味が失われようとしているのだ。
「御名答・・・・表向きは、ね・・・・」
ナラはA-Kのスーツを指さし、ノヴァにそれを着るよう促す。それに彼女は、一瞬抗議の声を上げようとしたが、大人しく袖を通す事にした。
『随分しおらしくなったねぇ・・・・』
ナラは俯き、躊躇する。これから話す話しの内容で、彼女が新たな拠り所を見出だせるかどうかが心配なのだ。
『やっぱり不安定なんだ・・・・
これ以上糠喜びさせるとオバサンは・・・・』
だがナラの心配は、その対象であるノヴァ本人によって打ち消された。
「先を話せ。
裏の情報があるのだろう?」
深いため息の後、ナラは顔を上げ話しを続けた。
「ローザ・・・・
いや、Leftが捕獲したTEST NO 1000、通称サウザンドが一時間後にライトパレスのゼブルエリアに出現することになって・・・・」
「・・・・!」
声は無かった。しかし、反射的に動いた彼女は着替えもそこそこにナラの胸ぐらにつかみ掛かる。
「分かってるんだろ・・・・
こんな行為が何の意味も持たない事に・・・・」
襟で頚が絞まり、足が地から離れてもナラは冷静だった。彼自身、苦痛に対する耐性を持たないはずなのに、彼は耐えていた。
そんなナラを見たためか、恐らく初めて見せたであろう、怒りに染まったノヴァの心は急速に萎えていった。
「分かっているさ・・・・」
ナラを解放し、彼がもたれ掛かっていた壁にノヴァは額を押しつけ壁を叩いた。
「だから、先を話せ・・・・」
せき込むナラはゆっくりと息を整え、三度話しを始めた。
「怒ると見境がないのは相変わらず、だね・・・・
続きは一言だけさ・・・・」
言うと、今まで見せた事のない神妙な表情となり、その一言は発せられた。
「ローザを止めてほしい・・・・」
その時、ノヴァの心は決まった。





《2》

ノヴァは走っていた。
『ローザがそこにいる!』
ローザと再び会う事に想いを馳せ、ナラより与えられた最後の情報、【研究室】の在処を目指して走っていた。
しかし、ノヴァはレフトパレス・・・・つまり地下が目的地である事に気付いたのは、地上城(ライトパレス)と地下城(レフトパレス)の境界が封印されている現実を突きつけられた時だった。
「封印?」
レフトパレスへの入り口と言う入り口、その全てに淡い光を放つ壁が立ち塞がっていた。しかも、よく目を凝らしてその壁を見つめれば、封印の壁が何重にもある事に気付いた。
「こんなモノがあるなんて・・・・」
ノヴァは肩から力が抜けていく感覚に襲われていた。一瞬、屈託のない笑みを見せるナラの顔が浮かび、ナラの立場を、地位を思い出した。
「あいつは・・・・Leftだ・・・・」
更にナラがフォースであったら、と言う考えまで及び、ますます気うつになっていった。
『Leftナンバーズの中級三番隊を統べる上位A-Kのフォース。あいつの策にはまったのだろうか・・・・』
ノヴァの頭の中では堂々巡りの考えが、浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していた。
「あの・・・・もしや、姐さんでは?」
突然の声に振り返ると、そこにはかつてのハンター仲間、カ・ルファンがいた。短く刈り上げられた髪と、突き出た顎、筋肉質の大柄な体躯が特徴的であったが、ノヴァにとってはその容貌に似合わぬ信心深さのギャップで記憶していた。
「ファンか・・・・
お前もA-Kになったのか?」
いつもとは違う雰囲気を纏っている事にカ・ルファンは気付いていたが、気付かぬ振りをして訊ねられた事のみを答えようと思っていた。
「えぇ、Rightの下級三番隊のCランクっスョ。」
だが、彼の性格はそれを許さなかった。
「姐さんは流石に凄いっスね、バーバラ様の後釜で中級一番隊のAランクっスか。
その封印も素通りっスね・・・・」
その言葉でノヴァはいつもの凄みを取り戻した。と同時に、ノヴァよりも頭一つ大柄なカ・ルファンの襟首をつかみ、引き寄せる。
「その話し・・・・間違いないな?」
カ・ルファンは軽口を叩いた事を後悔し、冷たい瞳で見据えられた自分の顔が引きつるのを感じていた。カ・ルファンはどうにか『はい』とだけ答え、解放されてからもしばらくその場で硬直していた。

「通れる・・・・」
ノヴァが光の壁にゆっくりと手を当てると、触れた所を中心に淡い光が波打ち、何の衝撃も返ってくる事なく、手は壁の中へと入っていった。その感触は触れているのに触れていない。空気の様なものであった。
『まるで、あたし・・・・だな・・・・』
自嘲的な笑みを浮かべ、壁など存在しないかの様に大股で歩を進めた。しかし、長い階段を下りきったところで再びノヴァは足止めされる事となった。
「闇の・・・・壁?
Left側の封印か!」
そう、レフトパレスはこの通路一面を覆った闇色の壁のすぐ後に続いている筈なのだ。Rightの封印があれば、Left側にも封印があることは予想されて当然の状況であった。
だが、今のノヴァにはもう関係のない事だった。迷う事はないのだ。彼女の心は一つになっていた。
「ローザ!」
ノヴァは妹の名を呼ぶと、漆黒のカーテンに身をゆだねた。Rightである彼女は、何度か弾き出される覚悟で壁へと飛び込んだのだ。だが、その予想は再び大きく外れた。彼女は泥の中に身体を埋めた感覚を体験していた。光とは異なり、輝きあるもの全てを漆黒へと帰す闇。その無に近いものの何と存在感のあることか。
そんな全身を圧迫される状況の中、彼女は前進を止めようとはしなかった。止めようとはしなかったが、善戦空しくあっさりと排出されてしまった。
「くそっ!」
冷たい床に突っ伏し、吐き捨てたノヴァであったが、その後にやってきた、自分でもぞっとするほどの倦怠感に襲われた。
『闇に力を吸われたのか?それとも・・・・』
一瞬、このだるさに対する正答を得かけたが、彼女はそれを否定した。
「ローザを、助けなければ・・・・」
床のひんやりとした感覚を頬に受けながら、彼女はもがき始めた。ゆっくりと腰を挙げ、震える両腕で四つん這いになる。彼女はもう一度、闇の壁に挑もうと言うのだ。しかし、頭はうなだれたままだった。あの、漆黒の空間を見てしまったら、今度こそ動けなくなるような気がしていた。
『・・・・らしくないな・・・・』
気付いた様に動きを止めたノヴァは、頭を二三度振ってゆっくりと立ち上がった。
『・・・・もう一度だ!』
重い重圧を振り切り、闇の壁を凝視した・・・・はずだった。























《3》

ノヴァが力を振り絞り立ち上がった同刻、フォースは二週間前に訪れていた国、ランロードの王の間に現れていた。
「相変わらず、突然やってくるのですね。」
若い家臣らが慌てどよめく中、落ち着いた語り口で宙に浮くフォースへと語りかけたのは、彼女が帰国した後に女王の座に着いた少女、クイーン・アリシアであった。
「今回はどんな御用向きかしら?」
言われると、フォースはゆっくりと朱の絨毯の上に降り立ち、自らを光輝く翼で覆い隠した。そして、一閃の光が弾けた後、そこにいたのは、彼女ではなく、彼であった。
「この姿では初めて、かな?
ボクの名はナラ=ツインスター。
ナラって呼んでくれていいよ。」
この自己紹介に家臣の大半は激高し、衛兵を呼び立て、ナラを取り囲む結果となった。この状況において、アリシアは深く、大きなため息をついていた。
『なんでこうなるのかしら・・・・
まぁ、いきなり現れたフォース・・・・いえ、ナラ殿も悪いけど、話しも聞かずに衛兵を呼ぶなんて・・・・』
自分の家臣の愚かさに頭を抱えるアリシアに対し、ナラは自分を囲んだ兵士を指さし、にこやかに言った。
「倒して、いい?」
兵士達の嘲笑と罵声が上がったが、次のアリシアの言葉で彼らは一斉に引いていった。
「倒す前に用向きを聞きましょう・・・・
若きA-K殿・・・・」
兵士達の間に伝わる噂で唯一、世界中に正確に伝わっている噂がある。つまり【A-Kは死神だ】と・・・・
その注目のA-Kが目の前にいるのだ。名も無き一兵士の相手になろうはずがない。そんな兵士の様を見た若き家臣らは、彼らをけしかけようと怒鳴り散らすのだが、逆に『何も知らない貴族のぼんぼんは黙ってろ』と反撃され、兵士相手に罵声合戦を始めていた。
『女王の御前である。皆の者静まれ!』
罵声を鳴り止ませたのは、頭に直接鳴り響いた、魔剣シャグダリスの怒声であった。彼は千年もの前よりランロードを護ってきたガーディアンであり、初代王クイーン・アイシャを護るために魔剣となった恋人と言われる者だが、定かではない。今では封印を解かれ、アリシアを護るべく常に彼女の傍らに浮いているのだ。
『小僧共・・・・我を唯の飾りと思うなよ・・・・』
家臣と兵士一同に睨みをきかせた後、アリシアに先を促した。
「家臣の非礼は詫びましょう。
この国を救って下さった貴女、いえ貴方です。
突然の来訪程度、なんとも思ってませんよ」
ナラは促され、お決まりの文句から語りだした。
「ボクはフォースじゃないよ。
まず、その事を分かっておいて欲しいな。
・・・・で、用件だけど・・・・
アイシャ様の名を継ぐ者として、ガーディアンと共にウェンデルに来て欲しいんだ。
ボク達だけじゃ戦力不足なんだよ!」
アリシアは何故、自分が求められるのか分からなかった。確かに、アリシアと言う名は、【アイシャの名を継ぐ者】と言う意味だ。だからと言って、ウェンデルに行く理由にはならない。彼女は困惑していた。
そんな彼女を見てか、ナラはさらに一言付け加えた。
「・・・・シュウナ!
君は何が起きようとしているか知っているよね・・・・」
突然、シャグダリスの本名、人であった頃の名前、アリシアになりすましていた頃の名前を呼ばれ、彼はゆっくりとナラの前まで下りて行き、呆然としながら呟いた。
『世界の崩壊が、また始まるのか・・・・』
その痛いほどの悲しみに満ちた彼の心の呟きは、この場にいた全ての者に伝わり、アリシアは決断した。
「おつかいに出したマリームが帰って来る前に行きます!」
その言葉に吹き出してしまったナラだが、涙目をこすりながら彼女に握手を求めた。
「ありがとう」
そして、再び輝く翼を出現させた彼は、彼女、フォースとなって、アリシアと魔剣シャグダリスを翼で優しく包み込み、輝きがいっそう増した後に王の間一面を光で満たし、三人はランロードよりウェンデルへと転送された。

《4》

場面は再びノヴァに戻る。
彼女の眼前に闇の壁はもう無く、ただ一面の花畑が広がっていた。それだけではない。地下であるはずなのに太陽光と同様な光が降りそそいでいるのだ。
「これは・・・・」
ノヴァは驚きのため張りつめた緊張の糸が途切れ、ふらふらと花畑の中に歩み寄るとそのまま膝が折れ花の絨毯に身を埋めた。
『・・・・何でだろう・・・・
あたしはこの場所を知ってる気がする・・・・』
ノヴァは今そんな事をしている暇が無いのを知りながら、ただ自分に無い記憶に想いを馳せていた。
『・・・・何でだろう・・・・
ここにいると、とても嬉しくて、とても悲しい・・・・』
彼女は全身を包み込む倦怠感にあがらえずにいた。
『・・・・悲しい・・・・』
そのいち単語がノヴァの心にひっかかった。
そして目を閉じると、この花畑と同じ光景が広がり、彼女はその花畑に入る事が出来ずに、一歩離れて立ち尽くしていた。
『何故だ?』
広がった光景には二つの影が互いに戯れ、心の底からの微笑みを見せていた。
『何故、ローザが龍国人の女と一緒に居るんだ?』
影の一人は小さな女の子、ノヴァがA-Kに入団した目的、最愛の妹、ローザの姿であった。
『何で、そんなに、いい笑顔をしているんだ?
そんな笑みを見せた事・・・・無い・・・・』
幻のローザは、まるで自分の母親と一緒にいるかの様な満面の笑みを浮かべていた。
「ローザ・・・・ちゃん!
ローザちゃん!」
幻の中のノヴァは二人の方に手を振っていた。手を振り、ローザを呼んでいた。
『ちゃん?
あたしは、何でそんな他人行儀な言い方をするんだ?』
幻のローザは呼ばれて彼女のもとへと駆けてくると、そのまま飛びついてきた。
「ミーチャおば様!」
『おば様?』
声が木霊し、『オバサマ』と連呼されたノヴァの幻は歪み始めた。
「オバサマ・・・・」
ローザの顔が突然消え、龍国人の女もいつの間にか姿が消えている。
「オバサマ・・・・」
花畑は黒一色に染まり、歪んだ他の背景と混ざり合う中でも声はまだしている。
「おばさま・・・・」
やがて幻は消え、完全な闇と化した世界になお声は届く。
「叔母様!」
ノヴァはゆっくりと目を開け、けだるい身体を起こして見上げると、目の前にいつか見た数字が飛び込んできた。
『レフトのナンバーⅨ・・・・』
「叔母様、気が付きましたか?
叔母様・・・・」
その数字と言葉はノヴァを覚醒させ、倦怠感という重りから解放するのに十分すぎるほどのものであった。
覚醒した彼女は右腕から【刀】-龍国製の世界一斬れ味の鋭いとされる剣-を出現させ、立ち上がると同時に一歩踏み込み、眼前でノヴァを心配そうな面もちで見守っていてくれた一人の女性に、地から天を斬り上げる様に斬りつけた。
しかし、女性は顔色一つ変えず、その場に立ち尽くしていた。太刀筋が見切れなかったのだろうか。いや、違う。よける必要がなかったのだ。
ノヴァの剣撃は何か硬い物とぶつかり、乾いた音を立てて止まっていた。
「なんだ?これはっ・・・・」
ノヴァの刀より彼女を護ったのは、宙に浮いた一本の槍であった。しかし、唯の槍ではない事は明白。意志を持つかのように自動的に反応したそれは、まさに意志を持つ槍。魔槍であった。
「・・・・どうか剣を引いて下さい。」
ノヴァの冷たい瞳を一身に受けながら、彼女は静かに語りかけてきた。
「叔母様がお探しのローザは、既にゼブルエリアに転送されました。」
ノヴァはそれに応じようとはしなかった。しかし実際、ノヴァ自身が何を信じていいのかが分からなくなっていた。何が本当で、何が嘘なのか・・・・
『ナラを信じたあたしが馬鹿だったのか?』
疑念はノヴァを脱力させ、再び地に膝をつかせた。
『だったら、ナラは何故偽の情報を流した?』
ノヴァの瞳にいつもの冷たさはなく、自分の本当の感情を殺しきれずに涙を浮かべていた。そんな彼女を前に、渦巻く考えに回答らしき物を出したのはLeftの女性であった。
「それは、姉さんが・・・・叔母様を恨んでいるから・・・・
・・・・そして、ローザを愛しているから・・・・」
その言葉はノヴァをさらに感情的にさせ、すがりつく様にLeftの女性の襟首につかみかかった。
「ローザを愛しているなら、何故・・・・」
ノヴァの最後の言葉は声とはならなかった。しかし、その先をLeftの女性が続けていた。
「何故、力を使わせる・・・・
そう言いたいのでしょうけど、でも、力を与えられた者はそれを使わなければならないのよ。
力は否定できないの。
分かって・・・・叔母様・・・・」
最後はノヴァをなだめる様な口調となっていたが、ノヴァは彼女を突き放し、言い放った。
「力?
これが力か?」
ノヴァは胸に手を当て、言葉と同時に全身から白銀に輝く剣の刀身を出現させた。
「与えられた力か?
誰が、何のために与えた?
与えたのは誰だ!
あたしは・・・・誰だ?」
その問に、彼女は沈黙で答えた。
しかし、激昂するノヴァは納得するはずもなく、さらに彼女を問いつめようと口を開こうとした。だが、彼女はそれよりも早くノヴァを遮り、語りだした。
「【呪われた血の末裔】、【赤き竜】との契りをもって【終局】へと歩まん・・・・
【呪われた血の末裔】、【告知の天使(  ガブリエル   )】の囁きをもって【新しい都( エルサレム  )】を召喚せん・・・・
今はそれだけしか言えません。
でも、全てはローザが知っています・・・・」
その言葉に、ノヴァは怒りで忘れかけていた当初の目的を思い出した。
『ローザ・・・・
ローザはどうしたんだ?』
ノヴァは少しずつ冷静さを取り戻しはじめた。彼女の特技とも言えるだろう、気持ちの切り替えのはやさを取り戻したのだ。
「時間が無いんだ・・・・
今すぐゼブルエリアに連れていけ・・・・」
冷たく据わった瞳でLeftの女性を射ぬく様はいつもの調子だが、Leftの女性がそれに動じないのは先刻承知の事であった。だが彼女はゆっくりとうなずき、ノヴァの要求をすんなりと受け入れたのだった。
「そう、時間が無いんです。
でも、その前にこれを叔母様に・・・・」
彼女は自分が両手に身につけていた、篭手に楕円形の楯がつき、さらに爪の様な物が生えている武具をノヴァに手渡してきた。
「なんだ?これは・・・・」
手渡されたものの、どうしたものかとノヴァはそれらを見つめていた。
「【飛爪獣牙( ひそうじゅうが)】・・・・
その完成版です。どうか使って下さい・・・・」
促されるままノヴァはそれらに腕を通し、動く際に邪魔にならないかと身体を動かしはじめた。そんななか、ノヴァは変な感覚に陥っていた。懐かしいような、嬉しいような・・・・
『何だろう・・・・初めてじゃない気がする・・・・』
動くのを止め、開いた掌を眺めていると、ノヴァを光が優しく包み込みはじめた。
「飛ばしますよ・・・・」
それはLeftの女性の背から流れ出していた。流れ出た光は翼を形作り、羽毛に包まれるよりも心地よい気分をノヴァに感じさせていた。
しかし、ノヴァは最後の疑問を口に出さずにはいられない衝動が沸き起こっていた。
「まて、最後に教えてくれ・・・・
何故、【叔母様】なんだ?」
返ってきたのは沈黙だった。
だが光が一層強まりノヴァが目を開けていられなくなった頃、今まさに転送されようとするその時、女性はノヴァの耳元に近づきそっと囁いた。
「母の【弥生】が叔母様の妹の一人だから・・・・」
ノヴァが次に目を開けたとき、そこには瓦礫と炎が暴れる戦場が広がっていた。











《5》

ゼブルエリア・・・・
A-Kの中枢にして、全てのA-K達に命令を発する参謀本部。
しかし、その中央ホールにはいるべきはずのAランクのA-Kはおらず、天使とも人ともつかない屍が折り重なって転がっていた。ただ、その中に一人立ち尽くす女性の姿が確認できる。
白いスーツは紅に染まり、赤で刺繍された十字架と【L-1000】の文字はすでに文字とは受け取れない。振り乱した長く赤い髪は戦火の中にありながら燃える事無く、炎と戯れるようにゆらゆらと揺れていた。
「何故、私達が貴女方の内輪もめに参加しなければならないのですか?」
彼女を遠巻きに眺めながら、アリシアはフォースをなじる様に言った。
ランロードより直接転送されてきたこの場所で、アリシアは見ていたのだ。炎と戯れる彼女が、ゼブルエリアにいたA-Kと言うA-Kを打ちのめし、引き裂き、天使化して昇天した彼らを捕まえ、消滅させる様を・・・・
「世界が滅ぶのではなかったのですか?」
アリシアは召喚された理由と違う現実を見せつけられ、少々苛立ち始めていた。それを知ってか知らずか、フォースはいつもと変わらぬ口調で語り出す。
「まだ、役者がそろってないよ。
彼女達が来なければ始まらない・・・・」
「どなたです?その方々は・・・・」
憮然としたまま、アリシアはたずねる。率直な返答は得られない事が分かっているだけに彼女の苛立ちは募る一方であった。
しかし、苛立ちもここまでであった。役者の一人、この崩壊する世界のヒロインの一人、ノヴァ=ディ=ドゥーディが二人と炎の女性との間に弾ける光とともに現れた。
「彼女は・・・・」
ノヴァを視認したアリシアは、二週間程前にランロード国で繰り広げた戦いの記憶を思い出していた。シュウナとしての記憶、魔剣としての記憶、アリシアにとってあまり良い記憶ではなかった。
「まずは一人・・・・」
フォースがつぶやくと、ノヴァが彼女に気付いたのだろう。足早にフォースの元に駆け寄ったノヴァは、そのまま彼女の頬をたたいた。
「痛いじゃないか!
何するんだよ、オバサン!」
たたかれた頬を押さえながら、フォースは抗議の声をあげる。しかし、そんな事は関係ないと言った面もちで、ノヴァはいつもの冷たい瞳で彼女を見据えると淡々と語りだした。
「ナラじゃないとは言わせない・・・・
一体何が目的なんだ?
邪魔をしたいのか?助けてくれると言うのか?」
言われたフォースは口元を緩め、ノヴァに疑問を疑問で返答した。
「それはオバサンが決める事だよ。
オバサンは何をしたいんだい?」
返答を求めるノヴァであったが、逆に問われた事に苛立ちはなかった。
むしろ、自分自身を考えずにはいられなかった。
『あたしは、何がしたい?』
フォースの問は続く。
「オバサンはなんのためにローザを求めるんだい?」
『護りたかったから・・・・』
「護りたかったから?」
『護らなければならなかったから・・・・』
「護らなければならなかったから?」
ノヴァの心が見透かされている様に、フォースはノヴァが思ったと同じ事を問うてきた。
「何故?」
『妹だから・・・・』
それは当然の想いだった。ノヴァの妹がローザである事はフォースが知るところであるし、幼い妹を思うのは姉の務めとも言えるからだ。だが、次の疑問は違っていた。
「妹だから?
それは違う!」
フォースは突然声のトーンを上げ、言い放った。
「ローザはボクの子だよ!
ボクがお腹を痛めて産んだ子なんだ!」
ノヴァは身体に電流が通り抜ける感覚を覚えた。
何処かで聞いた、とても悲しい結末の序曲となる言葉であることを、ノヴァは感じていた。
そして、無意識のうちに言葉が口をついて出ていた。
「フォース・・・・
ならば何故、ローザを捨てたりした?」
フォースは無言だった。無言だったが、眉をひそませるほど驚きを顔に出していた。
同様に、自分で言った事ながらノヴァ自身も驚いていた。
『あたしは、何を言っているんだ?
これじゃぁ・・・・ローザがあたしの妹じゃないみたいじゃないか・・・・』
驚きから先に立ち直ったのはフォースであった。
フォースはノヴァも驚きで固まっている事に気付くと、口元を少し緩めて先を続けた。
「答える事が出来なくなるのはオバサンの役目じゃないよ。
オバサンの台詞は【この子が、ウィルザー様の子だから?】だよ・・・・」
「それは・・・・」
ノヴァ自身、ほんの数時間前に聞いた台詞だった。
夢・・・・
いつもは覚えてなどいないのに、今朝みた夢はハッキリと回想する事が出来た。その夢の中で蒼い髪の女が言っていた台詞であった。
『何故知っている?』
「何故知っている・・・・」
先程と同じ様に、ノヴァはフォースに見透かされている様だった。
「・・・・とでも考えているのかな?
まぁ、正直ボクも驚いたよ。
半年前と全く同じ事を聞いて来るんだもんね・・・・」
ノヴァは微笑みを浮かべながら話すフォースを前に、嫌な予感がしていた。このまま彼女と話していると、ローザを完全に失ってしまう・・・・そんな焦燥感が沸き起こっていた。
「ローザは・・・・
ローザはどこだ!」
ノヴァは語気を荒らげ、ローザを求めた。しかし、フォースは意に介する素振りを見せず、先を語り出す。
「やっぱり、どんなに姿が変わってもローザの事は大切なんだね・・・・」
理解できなかった。ノヴァには、もうローザの事しか考えられないでいた。
「ローザはどこだ!」
これから、フォースの口より自分が求めていたものの答が語られると言うのに・・・・
「ボクはローザを捨てた。
それは否定しないよ・・・・
でも、こうなる事が分かっていたから、捨てたんだ!」
理解できないのは変わり無かったが、ノヴァはさらに語気を荒らげてローザを求める。
「ローザはどこだ!」
彼女自身がローザの妹ではない事を認めている様に、その思いを打ち消したいとあえぐ様に・・・・
「殺さないために捨ててきたのに、殺させるために連れ戻した・・・・
カレンのせいだよ・・・・世界が壊れるのは・・・・」
この言葉に、ノヴァの中にある何かが萎縮し、彼女自身の身体をも萎縮させた。だが、次のフォースの言葉はノヴァを迷いと焦りから解き放つには十分だった。
「ボクはローザを殺す・・・・
カレンは何をしたいんだい?」
ノヴァの答は決まっていた。
「ローザはあたしが護る・・・・
それに、あたしはノヴァだ。
カレンじゃない・・・・」
この時、今まで傍観者を決めつけていた少女、アリシアが口を開いた。
「これで役者もそろい、配役も決まった・・・・
そう考えていいのですね?」
かなりうんざりとした口調であったが、言い終わった瞬間、彼女の表情は一変した。
ノヴァを明らかに敵ととらえているのだ。
『つまりは、フォースの娘が何らかの理由で世界を崩壊させる原因となる。
だから実母であるフォースは、娘がその様な事をする前にこの世から旅立たせたい。
ところが、養母である彼女はそれが嫌で気に入らない・・・・
辛いところだけど、大局を見ればフォースが正しいのね・・・・』
敵ととらえはしたが、迷いが全く無いわけではなかった。まだ大人未満な年齢のアリシアにとっては辛すぎる、おそらく初めての女王としての決断であった。
「来なさい!
貴女を倒した後に、そのローザとやらも私が倒しましょう!」
アリシアは炎の中にたたずむ女性を指さし、ノヴァと対峙した。だが、その行為により気付いたのだ。ノヴァの背後にいる女性がローザである事に・・・・
「アリシア、よく気付いたね・・・・
彼女がローザだって・・・・」
「話しの筋から考えれば当然です。」
フォースの静かなつぶやきはアリシアのみに聞こえ、アリシアはノヴァから視線を外さず同様に答えた。二人は一抹の迷いを抱えてはいたが、完全に落ち着いていた。
しかし、ノヴァは二人とは違い、無防備にもフォースらに背を向けていた。数週間会わないでいた間に成人に近い体型にまで成長してしまっていたが、ノヴァは彼女がローザである事が直感的に分かり破顔していた。
「ロ・・・・ザ・・・・
ローザァァァッ!」
炎をかき分け、ノヴァはローザの元に走った。喜びの感情を全身に出しながら・・・・
だが、喜びの声は次の瞬間には悲鳴に変わっていた。
「ロ・・・・ザ?」
ノヴァとローザ、二人が数十日ぶりに一瞬笑みを交わした刹那、赤くねっとりとしたものがまとわりついた鋭利な物が、ローザの首より生えてきた。そしてそれはまばたきする間も与えずに、ローザの頚部を破壊していった。
まるで人形の様だった。人形の頭部が転がり落ちる様に、ローザの頭が彼女を抱こうと伸ばしたノヴァの手の中に転がり込んだのだった。
そして脳の統制を失った肉体は、ノヴァにすがりつく様に崩れ落ち、思い出したかの様に噴水さながらに血が溢れ出した。
ノヴァはローザの血が全身に打ちつけるのをそのままに、呆然と彼女の頭を抱いていた。
「どういう事です!
私はまだ何もしてません・・・・」
「そんな・・・・ローザが・・・・
ボクのローザが・・・・」
二人は慌て、混乱していた。アリシアはともかく、フォースですら予想していなかった人物が現れたのだ。
そう、五人目の役者は白銀の刃を紅く染め、炎の舞台に登ってきたのだ。











《6》

刀の様な得物を持つ彼女、五人目の役者は、長く蒼い髪をポニーテールにしてまとめ、まるで黒装束を着ているかの様に、裾の短いワンピース、その上に羽織ったコート、ハイヒールのブーツまでもが黒一色にコーディネートされ、肩口からのぞく浅い谷間にはリンリンと鳴る白銀のネックレスを輝かせていた。
「【ママ】・・・・」
フォースは思わずつぶやき、パニックから少しずつ立ち直りはじめていた。
だが、アリシアは今の言葉でさらに混乱してしまった。どう見ても一〇代後半から二〇代前半と言った容姿の二人が、一方は母であり、一方は娘であるとその一言は語っているのだ。順を追って話しをする事を美徳と心得ているアリシアにとって、突然の大きな情報は困惑の原因以外の何者でもなかった。
黒装束の女性は、【ママ】と呼ばれた事に気付いたのか、刀についた血糊を振り払い、いまだ立ち直れずに腰が砕けているノヴァの横を平然と通り抜け、二人の前にやってきた。
「ママ!」
フォースは眼前にやってきた彼女に対し、怒りをあらわに食ってかかろうとした。しかし、彼女の行動はそれよりも早かった。
「あなたは・・・・何人目?」
つぶやく様に問を発してきた彼女は、刀を持たぬ左手で優しくフォースの頬をなでた。すると、フォースの怒りの感情が急速に萎えていき、促されるまま彼女の問に答えていた。
「ボクはフォース・・・・
七姉妹の四女・・・・」
フォースの返答を聞くと、彼女は『そう』とだけこたえ満面の笑みを浮かべた。だが、笑みはそこまでだった。彼女がきびすを返した刹那、表情は厳しいものへとかわっていた。
「何をするつもりです!」
いちはやくその変化に気付いたアリシアは彼女を呼び止めた。
すると彼女はゆっくりと振り向き、抜き身の刀をノヴァに向け、ただ一言言い放った。
「彼女を殺します・・・・」
その言葉は、アリシアに彼女に対する嫌悪感を抱かせるのに十分であった。
「何を言っているんです!
貴女は彼女の姿を見てなんとも思わないんですか?
彼女には戦う意志が感じられないじゃないですか!」
アリシアは嫌悪感に任せ、感情的な口調で彼女に詰め寄った。しかし、言った後で少し後悔していた。ローザの首を、意に介する事無く平然とはねた女性に対し、今の問は無意味に感じたのだ。
「そうね・・・・」
彼女は少しうつむき小さく囁くと、アリシアの言葉に従ったのか、刀を引き鞘に収めた。
その彼女の行動ではアリシアの不信と嫌悪の眼差しを消すには足りず、アリシアはいぶかしげに彼女の目を見つめた。だが、彼女のピンクがかった紅い瞳は敵意を持っていなかった。
『分かってくれた?』
意を決し、彼女を諭そうと言葉を続けようとしたアリシアだが、彼女の方が先に語りだした。
「まず、貴女は思い違いをしている・・・・
世界の崩壊は彼女が死んで初めて止められるのよ・・・・
彼女がどうこうするのではなく、彼女の存在自体が崩壊の歯車なの・・・・
彼女を殺さなければ、この世界は滅ぶだけよ・・・・」
分かってはいなかった。彼女の口から語られたのは、ノヴァを殺す理由であった。
「でも、戦意の無い者を殺すなんて、神様が許されるわけありません!」
アリシアはそれだけ言うので精一杯であった。何度も困惑させられてはきたが、曲がりなりにも命の恩人たるフォースの母なのだ。アリシアは彼女が言っている事が正しいだろう事は信じないわけにはいかなかった。だからこそ言葉が詰まり、【神】と言う曖昧な存在にすがってしまったのだ。
だが、彼女はそれにも返答してきたのだ。意味深な言葉を含ませ・・・・
「そうね・・・・
神様はそんな事絶対に許さないでしょうね・・・・
世界を滅ぼせなくなるもの・・・・」
「何を・・・・」
『馬鹿な事を・・・・』
アリシアはその言葉を聞き流す事で平静を保ち、彼女の目を見据えた。そうしなければならない様に、アリシアは彼女から目を離す事が出来なかった。アリシアが目を離した瞬間に、彼女がノヴァを殺しかねない。そう思っていた。
「ふふ・・・・」
しかし以外にも、彼女はただ微笑みを返してきた。ただそれとは裏腹に、口から漏れた言葉は残酷なものであった。
「貴女がそんなに戦意にこだわるなら、彼女に取り戻してもらえばいいだけね・・・・
さぁ、立ちなさい!
貴女をあたしの手で殺すために、あたしはローザを殺したんだから!」
「!」
彼女は言い放ったのだ。まるでローザは殺される必要がなかったかの様に・・・・


『あたしは、何をしていたんだろう・・・・』
最愛の妹の頭を抱き、妹の血でスーツを朱に染めながら、ノヴァは腰が砕け床に腰を下ろしていた。舞散る炎がホールを焦がし、熱が床を伝ってきていたが、ノヴァにはさほどにも感じていなかった。
『やっぱり、無駄だったんだ・・・・』
ノヴァ自身、自分が自分ではなくなっている感じがしていた。
全てがどうにもならなかったと思い、ただただ、抱いたローザの頭を撫でていた。
「ママ!」
『フォース・・・・何を叫んでいるんだ?』
閉じ込もりつつあるノヴァであったが、外界の喧噪は聞こえてきていた。
「何をするつもりです!」
『いつかのお姫様?』
言葉が聞こえる度、ノヴァは引き戻される様な感覚を覚えた。
「彼女を殺します・・・・」
『誰だ?
懐かしい気がするけど、嫌な声・・・・』
ノヴァには無いはずの記憶というものを掘り返させるその声は、ノヴァの中に響いていた。
『誰だろう・・・・』
だが、その答えが見つかるはずもなく、その前にノヴァへと言葉が発せられたのだ。
「さぁ、立ちなさい!
貴女をあたしの手で殺すために、あたしはローザを殺したんだから!」
その言葉は、ノヴァを完全にこちらの世界に引き戻し、ノヴァに深い怒りと憎しみを植え付けた。
「キサマ・・・・」
ノヴァはローザの身体を床に寝かせ、抱いた頭をあるべき場所にそっと戻すと、右腕を怒りまかせに振り上げ、刀を出現させて彼女と対峙した。
怒りに紅潮するノヴァに対して、彼女の方は静かに左腰に構えた刀をゆっくりと鞘から抜き払った。
「これで、文句は無いでしょう?」
ノヴァを見据えたまま、彼女はアリシアに了解を求めてきた。
「そうかもしれませんが、これでは・・・・」
アリシアは嫌悪感も手伝って、不満を漏らしかけたが、最後まで言葉が続かなかった。
しかも対するノヴァは、待てずに彼女に斬りかかったのだ。
「何を話しているっ!」
ノヴァは真っ直ぐ振り挙げた刀を彼女の左肩から袈裟懸けに斬り払った。
しかし、それを彼女は右後方に飛び退いてかわすと、斬撃が通り抜けると同時に一歩踏み込み、無防備になったノヴァの頭部めがけて刀を振り下ろした。
だが、彼女の攻撃は肉体に届く事はなく、両肩より出現した二本の剣で受けとめられた。
「っく!」
彼女は呻くように声を漏らすと、足にかかる負担を省みず、後退すべく下半身に力を込めた。しかし一瞬遅く、後退できたもののノヴァが返した刀で斬り上げた切っ先は浅く胸をかすめ、黒のワンピースが斜めに裂け、白い肌がのぞいていた。
一度目の組合はノヴァが制していた。
「さすがにやる様ね・・・・」
間合いを取りながら彼女はつぶやいた。しかし、服が裂かれながらも彼女は冷静だった。しかも、さらにノヴァをあおる様な話しを始めたのだ。
「ミーチャの身体の中に入っている精神は誰のものかはしらないし・・・・
ミーチャの精神を基礎に構築されているフォースには悪いけど・・・・
あたし、ミーチャの事嫌いだったわ・・・・
だから、貴女も嫌い!」
彼女がはじめて見せる勝ち誇った様な表情をで、そうノヴァに言い放ったのだ。
「だから、ローザを殺したって言うのかぁ!」
怒り満身のノヴァの頭は、すでに『あの女を殺す』と言う一言に占領されていた。
そして、次の彼女が発した言葉の後、二人の勝負は決した・・・・

「・・・・姉さん・・・・」
地に突き立てられた槍を掴み崩れる様にかがんだ彼女は、腰までとどく深く蒼い髪に全身を覆われる形となる。当然、彼女の今の表情を窺う事はできないのだが、彼女の目に溜められた涙が大粒の滴となって地に落ちていた。
「彼女は貴女のお姉様だったのですか?」
近寄り難い空気を放つ彼女の背後にアリシアは近付いていった。
「私のせい・・・・ですね・・・・
私があんな事言ったから・・・・」
だが、その言葉を彼女は否定した。
「そんな事関係ないわ・・・・
あのヒトとあたしは、どちらか一人しか生き残れなかった・・・・
仕方無い事なのよ。
この壊れ行く世界に定められた律なのだから・・・・」
否定はしていたが、彼女の背中は小刻みに震えを見せている。それは彼女の言葉と心が相反するものである事を物語っていた。
「無理はいけないわ。
貴女は自分を殺している・・・・
そんな事をしていたら貴女が壊れてしまうわ・・・・」
しかし、アリシアのこの言葉で彼女の放つ空気が一変した。
「うるさい!
黙れ!【弥生】!
【表】に出るなぁ!」
悲しみの領域に侵入できたアリシアは驚き、一歩、二歩と後ずさった。
アリシアは【弥生】と呼ばれた事にではなく、彼女の放つ怒りの空気に気圧されていた。
「アナタが弱かったからあたしが存在んじゃないか!
アナタは自分が弱いと認めたくないんでしょ!
だったら邪魔しないで観ていなさいよ!」
彼女は震えを止めようと自分の肩を必死に押さえ込んでいた。
『黙れ』と言う言葉を連呼しながら・・・・
すると次第に震えの間隔が大きくなり、やがてそれは止まった。
「そうよ、アナタは観ていればいいのよ。」
震えが止んだ身体を解放し、彼女はすっくと立ち上がると大きく胸を張った。
「後はあたしが・・・・
あたしの子が全てを創り直すわ。
アナタとルーの子では無く、あたしとルーの子が!」
その時アリシアは気付いた。彼女がアリシアに見えない人物と会話をしている事に・・・・
「貴女は、誰なんですか?」
順序立てた行動を美徳とするアリシアであったが、今まで会った誰とも違う雰囲気を持つ彼女に、心の中より生まれいでた疑問を口にしていた。
「あたしは・・・・」
ゆっくりと振り返った彼女は小さく微笑み、その自信に満ちた姿は先ほどのそれとは全く違っている事をアリシアに認識させた。
「貴女は誰なんですか?」
そして彼女の口から、小さいがハッキリとした言葉がつむぎだされた。
「あたしは【飛鳥】・・・・
【破滅と再生の母】よ・・・・」
エピローグ

『また、あたしは夢を見ているのか・・・・』
何も見えない、何も無い、闇一色が広がるこの世界にはノヴァ一人が浮かんでいた。しかし、ノヴァ自身は浮かんでいるという感覚はなく、むしろ落ちている感覚を全身に感じていた。そう、まるで引き寄せられているかの様に闇をかき分け一直線に落下していた。
『・・・・?』
ここで初めてノヴァは疑念をいだいた。これは本当に夢なのか、と・・・・
ノヴァにとって、今感じている落ちる感覚のみでは何も分からなかった。しかし、何か違う。
『ここは、一体何処なんだ!』
叫びは闇が絡みつき、ノヴァ自身何処に、誰かに届いたなどとは思ってもいなかった。ただ黒一色の空間の中で落ちる感覚しか与えられていないのが辛かった。
『久しぶりね・・・・
ソードイーターのノヴァ・・・・』
声がした、何処にいるのか分からない誰かの声が聞こえてきた。
『誰なんだ?』
落ちる感覚はそのままに、ノヴァは首を回して声の主を探した。
『話してくれ、声を・・・・聞かせてくれ!』
明らかに懇願する様な声となっていることにノヴァは気付いているのだろうか。いつものノヴァらしくない、冷静さと冷酷さの欠けたノヴァであった。そんなノヴァを知ってか知らずか、長い静寂がノヴァの恐慌を助長させ始めた。
『我はアルファにしてオメガ、一にして一〇、原初にして黄昏・・・・』
ノヴァが恐れに捕らわれるより早く、彼女は声をかけてきた。しかし、その姿は見えない。暗黒のカーテンが邪魔をし、二人の間を大きく遮っているのだ。
『だが、今はそんな事は問題とはならないわ。
ノヴァ・・・・あなたは何を望むの?』
彼女は闇の先から問を発してきた。
『あたしは・・・・』
近い過去に聞いた覚えのある言葉だった。しかし、その時の様にノヴァを追い詰める事はなかった。彼女は優しく、優しくノヴァに語りかけてきた。
『ローザを護りたかったのよね・・・・』
その通りだった。その通りなのだが、ノヴァにはうなずく事が出来なかった。
『ローザはもういない・・・・
護れなかったんだ、あたし・・・・』
瞬間、闇をかき分ける速度が増した感覚に襲われた。ノヴァは得体の知れない、ざらざらとした物で撫でられる様な嫌な感覚に陥っていた。
『このまま落ちて、墜ちて、堕ちていくんだ・・・・』
ノヴァの負の感情は更にノヴァの身体を加速させた。
『大丈夫、ローザだってA-Kなのよ。
A-Kは死なないわ。
彼女の存在は消えないのよ。』
この言葉に、ノヴァは身体を震わせた。ノヴァ自身が思い出せる数少ない記憶の中から、ローザの右腕に刻まれた【TEST NO 1000】の文字が浮かび上がった。
『【LOSTナンバーズ】・・・・
正規のA-Kとは違う、特殊な能力をマテリアルより引き出す事のできた者達の集まりだけど、生存しているのは貴女達二人だけ。
どうする?』
ノヴァは闇を前に決断を迫られた。だが、ノヴァはあっさりと言い放ったのだ。
『ローザを助ける。』
その答に、闇の彼女は小さな笑い声を漏らしてきた。
『嬉しいな・・・・
ねぇ、ノヴァ!これであたし達、世界を再生する事が出来るのよ!
【飛鳥ママ】が必死で護ろうとしている世界を新生できるの!』
彼女の雰囲気が変わっていた。変わってしまったそれを感じ取ったノヴァは闇という壁の向こうで語りかけてくれてくれていたのが誰かが分かりかけてきた。
『お前は・・・・』
彼女の名を呼ぼうとした瞬間、加速は今まで以上にかかり、身体が千切れそうな気がした。そんな中、思わずあげたノヴァの悲鳴に彼女が優しく包み込むように語りかけてきた。
『ノヴァ、堕ちる刻は終わったの・・・・
考え方を変えてみましょうよ・・・・
貴女は今、飛んでいるのよ!』
彼女の声は、ノヴァに伝わった。しかし、時間は許してくれなかったのか、とうとう地面の様な壁が見えてきていた。だが、ノヴァは恐れなかった、恐れるどころか、自らの身体に加速をつけ、地面へと飛び込んだのだ。
瞬間、目映いばかりの光に照らされ、ノヴァは手で目を覆った。闇から突然光の渦に投げ込まれたノヴァに、目を開け周りを見ろというのは酷であった。
『ようこそ・・・・
もう一人の王冠を抱きし資格のある者よ・・・・』
彼女の声であった。彼女はまだ目が眩んでいるノヴァの手を取り、何処かへと引き連れていった。その時ノヴァは直感したのだ、彼女がローザである事に。
『ローザ・・・・だろ?』
ノヴァに対する彼女の答は、YESだった。
この時、長きに渡る離別の刻を経て、二人は再会した。
『ノヴァ・・・・
今、この瞬間、【聖母に与えられし王冠】はノヴァの魂に刻み込まれたわ。
さぁ、下界に還りましょう・・・・
古き世界に鎮魂の囁きを、新たな世界に祝福の鐘を鳴らしに・・・・』

《再会は離別の始まり 完》













ミレニアム Ⅰ

「・・・・死んだ・・・・」
世界の中央に位置する幻の国【セフィロト】、そこにある世界樹の遥か上空には【ミレニアム】と呼ばれる国があった。いや、国と呼べる存在なのかどうか・・・・そこは常に世界の上空に在り、監視を続けていた。
その監視をする中央管理センター、通称【ゼブル】には二人の男がいた。
立体型空間投影ディスプレイを前にコンソールに両手をつき、そのままうなだれているのは先ほどつぶやきを漏らした男である。
眼鏡をかけた彼の名は新堂真(しんどう まこと)。年の頃なら二〇代前半で、ジーンズにハイネックのシャツの上からロングの白衣を着込んでいる。
「なぁにが【死んだ・・・・】だ・・・・
この、職権乱用男が!」
パン!とファイルで真を叩いてきたのはもう一人の男、石崎直(いしざきなお)である。長身の彼も真と同じく白衣姿であり、同い年の真とは十年来の親友であった。
「【A級市民】のお前が【D級市民】にうつつをぬかすとは思わなかった・・・・」
腕を組み、大げさにうんうんうなずくと、真の隣の椅子にどっかと腰を下ろした。
「で?
愛しの【弥生】ちゃんが死んだのか?」
直はへらへらとしながら、未だコンソールでうつむいている真をのぞき込むようにして聞くと、真は静かに答えた。
「今は【飛鳥】だ。
それに、死んだのは彼女じゃない・・・・」
直が『じゃあ誰だよ』と促すと、真は先を続けた。
「【弥生】と【飛鳥】の異母姉だよ・・・・
思えば、彼女は可愛そうな女なんだぜ・・・・
本名は【鳳龍香憐(ほうりゅうかれん)】っていってね。
幼い【飛鳥】を守れず、殺された事が心の傷になっていたんだろうな・・・・
【三人目のウィルザー】の娘、ローザを引き取って育てるって言い出したんだ・・・・」
「罪滅ぼし・・・・ってやつか・・・・」
直は誰に言うでもなく、ただつぶやいていた。
「そう・・・・」
だが、それに真は応え、話しはまだ続いていった。
「カレンはローザを妹の様にして育てていたよ。
まぁ、ローザはカレンママって呼んでいたけどね・・・・」
長い話しにそろそろ苛立ちが直に現れはじめていた。真の性格で言えば話し好きなのはいいが、要点や主旨がまとまらず、話しがわき道に逸れる事が多々ある。対して、直は自分が話しの主導権がないと気分的に余り良くない面を持っている。真の長話で直のそれが出始めたのだ。
「で、結局何?
何で【マコやん】は辛そ~な顔してるわけ?」
要点だけを言ってくれといわんばかりに、直は自分から聞きたい点を指定してきたのだ。
すると、真は一瞬肩を震わせたかと思うと、ディスプレイに目を移し静かに言った。
「【飛鳥】に、【カレンの精神をペーストしたノヴァという女性】を殺させたんだ・・・・」
「ひでぇ野郎だな・・・・」
呆れながらも、間髪容れずに直がつぶやく。だが、そのつぶやきは次第に怒気をはらんできた。
「お前、あの娘・・・・【飛鳥】が好きだったんだろ・・・・
危険を顧みず下界に降りていったマコやんは何処に行ったんだよ!」
直は真に詰めより、襟首をつかんでうなだれる真を引き上げた。
「なんでそんな事させたんだ!」
直はつかんだ真を激しく揺さぶり、真の真意を問いただそうとした。だが、真は顔を直から外らし、ディスプレイを見つめていた。
「【飛鳥】をA級市民にしたかった・・・・」
真のつぶやきは、直に届いていた。しかし、直は手を離さなかった。『なら何故・・・・』と言う想いが強かったのだ。
『仕方がないんだ・・・・』
真はディスプレイに映し出されている、変わりゆくゼブルエリアの映像を見ながら心の中でつぶやいていた。
『俺がどんなに手を尽くしても・・・・世界の崩壊は止まらない・・・・
ほら、ね・・・・』
ディスプレイには二つの骸、かつて女性であった二つの肉塊が蠢き、混ざり合い、人の形になってゆく場面が映し出されていた。
『いくら俺が代わりを造っても、いくら俺が不確定要素を組み込んでも・・・・
結局【聖母(マリア )】が出現してしまった・・・・』
映し出されたそれは、ゆっくりと艶やかな曲線美を形成し、見慣れた一人の女性の姿となっていった。
『ノヴァ・・・・それともローザか?
どちらにせよ、この暴走する世界は止められない・・・・』
ディスプレイに映し出された女性はゆっくりと天に手をかざし、次の瞬間、目映いばかりの閃光で画面は白一色に染められていた。
『今、この瞬間、世界は崩壊するんだ・・・・』

《本篇【アンジェラス】につづく》
(第四話 『再会は離別のはじまり』 了)

 

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【another】第三話『天使たちの休日』

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Angel-Knights
another

第三話  天使達の休日

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プロローグ

神暦〇九九八年九月一二日。
ウェンデル国ライトパレス。
玉座の間。
この後に起こる全ての元凶。
Left-NoⅠ、ルシェールの妻、ヤヨイ=ウィルニーヌ=グランバードの暗殺事件が起こった。
「弥生ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
いや、暗殺と言うよりは処刑。
夫の前で彼女のお腹に宿った子諸とも貫かれた。
「ザマァねぇな!
あぁ?英雄君よぉ!」
嫌らしい笑い声を上げる完全武装の男は、十数人のA-Kに床へと押さえ込まれたルシェールの顔を蹴り飛ばした。
何度も、何度も、何度も・・・・
しかし、王の目前で行われている公開私刑を遮る者が二人、現れた。
一人は白を基調としたスーツに身を包んだ二〇代の女性。据わり気味の紅みを帯びた瞳がカチューシャでまとめられた少々癖のある深く蒼い髪に映える。
龍国人特有の容姿を持つこの女性はヤヨイの侍従を務めるカレン=ホウリュウなる人物である。
そして、もう一人は彼女の養女であるローザ=ホウリュウと言う、五、六才程のウェンデル人の女の子であった。
「ヤヨイ様っっ!」
「パパぁ、弥生ママぁ!」
二人は華美な絨毯を走り抜け、完全武装の男、A-K-R NoⅥ、ディック=フェニキシオとルシェールの間に割って入った。
「なんだ貴様ら・・・・」
ディックは三日月の様な笑みを歪ませカレンを睨みつけた。
人を、とりわけルシェールを蹴りつける事に喜びを覚える狂喜の表情にカレンは押しつぶされそうになった。
彼女もA-Kとは言え、ランクが一段階違う。
AランクとBランクの違いは顕著に現れるのだ。
しかも、ディックのルシェールに対する憎しみは彼の力を能力以上に引き出している。
例え、カレンがディックに向かって行っても到底勝ち目の無い、無謀な抵抗でしかないのだ。
しかし、自分の主の死とその夫に対する暴力への怒り、それだけが今のカレンを突き動かした。
「よくもっっ!」
カレンは素早く呪符を取り出し、ディックに叩きつけようと手を伸ばした!
「何が、『よくも』なんだぁ?」
カレンの呪符は、ディックに届く事は無かった。
代わりに、飛爪獣牙と呼ばれる魔導具がカレンの腹部に突き刺さり、ディックは彼女を引き裂いた。
文字通り血の雨を降らせたディックは、続けざまにローザまでをも爪の餌食にした。
「あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁ・・・・」
彼らの中で唯一人、傍観する事しか許されなかった男の心に闇が生まれようとしていた。
「英雄君よぉ・・・・
分かったかよ。
大事なモノが奪われたキモチがよぉ・・・・」
床に押さえ込まれたルシェールを見下し、ディックの呟きがルシェールの耳に届いたとき、彼の決して発揮される事の無かった『全力』が放たれた。
十数人のA-Kが重なり、更に強い力でルシェールを床に押さえつけようとしたが、彼の背より発現した輝ける一二枚の翼の、唯一度のはためきにより高い天井へと叩きつけられた。
「素晴らしい・・・・」
傍観者を決め込んでいたウェンデル王にしてルシェールの実父、ラストラの言葉である。
「これで、わざわざお前の馬鹿な婚約に付き合った甲斐があったと言うモノ・・・・」
実の父とも思えぬ言葉にルシェールの怒りは頂点に達した。
怒りは力を呼び、力は怒りを呼んだ。
そして、昔から【全力】を出す事を自らの禁忌としていたルシェールは、初めて【全力】を出した事によって自分の考えが正しい事を知った。
『オレの力が・・・・暴走している・・・・』
自分の元を離れようとしている力を抑える術がルシェールには無かった。
力が自分の元を離れたとき、別な存在が生まれそうな気がしていた。
「・・・・・・・・ル・・・・ルゥ・・・・」
刹那、思いもよらぬ人物からの声があった。
「ヤヨイ・・・・」
次の瞬間、怒りは少しずつ萎え、力がルシェールの元へと還って来るのを感じた。
「弥生ぃぃっ!」
光輝く翼は弥生とカレン、ローザを絡め取り、閃光と共に玉座の間から消え去った。
「しまった!」
ディックは言葉を吐き捨て、地団太を踏んだ。
この後、A-K-Rightはレフトパレスへの侵入が困難となり、A-K-LeftはA-Kに対する完全な裁定者の集団となった。


午前一〇時一八分 【真美の広場】

「信じらぁぁぁんないぃぃぃっ!」
神暦〇九九八年〇九月一一日、A-Kに久々の休日が訪れた今日。ウェンデルの城下町の中心とも言える【真美の広場】に集まる人混みの中心で、ウェンデルではさして珍しくもない、年頃の女性が着るようなミディ・ブラウスにスカートといった服装の女性、リリィ=カリエスは、シャツの上にバトルジャケットを軽く着崩した男性、マックス=スペイリアを前に怒鳴り散らしていた。
人々は何事かと集まる一方で、全ての関心は彼らが繰り広げている痴話喧嘩に注がれていた。
「し、仕方無いだろ・・・・
その・・・・俺達の仕事が片付いたのが昨日なんだぜ。
悪いと思っているからここに来たワケだし・・・・」
力無く言い訳をし、リリィの機嫌を必死にとろうとするマックスは、彼女は頭一つも小柄ながらマックスの胸ぐらに掴みかかった。
「マァァァックス!
あンた、あたしが言いたい事分かってないワ。
マックスはいつもの事でしょ!
そんな事はひとまずいいの!
問題は今日!
九月一一日よっ!」
「九月一一日・・・・」
マックスの思考は完全に停止した。
今日この日がなんなのか分からないのではない。
分かっているからこそ停止したのだ。
「リリィの・・・・」
「誕生日よっ!」
今更ながら、マックスは埋め合わせの日を今日に選んだ事を後悔していた。
男として生まれ、仮にも彼女と呼ばれる女性の誕生日を忘れてしまうという大罪を犯したのだ。
しかも相手はあのリリィ・・・・
マックスに逃げ場はなかった。
しかし、マックスは逃げようとは思わなかった。
あまつさえ、後悔の念が消え失せ、『何を強請られてもしかたないか』などと諦めが既に入ってきていた。
「まったく!
誕生日を覚えててくれたかと思えば、ただの埋め合わせぇ?
カ・ク・ゴはできてるわね!」
威圧的なまでのリリィの言動にマックスは力無くうなずくのだった。
『これはT’sブランドの一つや二つじゃ済まないな・・・・』
【T’sブランド】。これはウィルザー=グランバードが開発し、ティファ=スーツメイカーが確立した魔導衣の総称である。彼女のデザインの才はウェンデルにおいて誇れるものがあり、更に下手な鎧よりも物理攻撃を防いでしまう特性がある。おかげでA-K直属の、正確にはウィルザー直属の魔導衣デザイナーとなったのだ。
「分かった。ティファの所に行こう。」
マックスがあっさり負けを認めた事がギャラリーとしては面白くなかったのだろう。
痴話喧嘩の傍観者達は程無く興味を失い、蜘蛛の子を散らすように広場へいつもの流れが戻ってきた。
しかし、最後まで変わる事無い瞳で二人を見つめる者達がリリィの目に飛び込んで来た。
一人は目深にかぶられた純白のフードとマントで容貌をうかがい知る事はできない。ただ、華奢な顎のラインに紅の紅をさしているのが印象的である。この事からフードの人物は女性と考える事ができる。
そしてもう一人は前者とは対照的で、明らかに幼女であることが見て取れる。ウェンデル人の特徴たるエメラルドの瞳と真紅の髪を持ち、フードの女性にしがみつくように寄り添っていた。
「マックス。」
流れる人混みの中、リリィの促しにより対峙する形となった四人の間に異様な雰囲気の支配する世界が生まれていた。
が、戦端が開かれる事はなく、フードの女性がリリィとマックスの前に紋章の刻み込まれたペンダントを掲げることで身分の証明をしてきたのだ。
「そんなに警戒しないで下さい。
A-K-R Ⅷ マックス=スペイリア様と、A-K-R Ⅸ リリィ=カリエス様ですね。
私はカレン=ホウリュウ。弥生様の侍従をしている者です。」
「へぇ・・・・お姫様の・・・・」
リリィは明らかに不快の色が浮かんだ瞳でカレンを見下した。
「アナタ・・・・お目付けじゃないでしょうねェ・・・・」
そう、リリィは諜報を主な活動目的とする【Left】のナンバー2に仕えるカレンが、自分達の素行不良についての調査を行っているとにらんだのだ。
「そうなのか?」
問いに対して問いで反応したのはマックスであった。
しかもそれはリリィの神経を逆なでするのには十分なものであった。
「・・・・アンタねぇ!
相手はLeftよ、Left!
ボーナスの査定程度ならまだしも、暗殺もやってるのョ!
素行不良程度で解任は無いにしても、アホなA-Kはルー様自ら処理してるのよ!
そうでしょ!」
再びマックスの胸ぐらに掴みかかり、言うだけ言うとリリィはカレンに振り返った。
「はい、ルシェール様も弥生様も元気に殺ってます。」
事も無げに物騒な言葉を吐くカレンだが、この言葉の意味に気付いたのはリリィのみであった。
「・・・・で?あたし達をどうしようっての?」
仲間とは言え、ウェンデルと龍国間の様な犬猿ぶりを露骨に表情に出して問うリリィに、カレンはにこやかに答えた。
「どうだなんて・・・・
ただ、【T’sショップ】の場所を教えて欲しいだけなのですが・・・・」
こうなってはため息をつくしかリリィには出来なかった。
カレンには監視のつもりはさらさら無いのだが、リリィにとっては違うという事だ。
『はぁ・・・・今年は最悪の誕生日ね・・・・』



午後〇一時〇三分 【慈悲の聖堂】

「ふぅ・・・・」
一つのため息をもらし、窓の側に置かれた簡素な椅子に腰を下ろしたのはマリア=ホリルゥード。A-K-RのナンバーⅤに位置し、ウェンデルの大司教と言う役職にある女性である。
しかし愛らしい瞳からも、まだ女性と言うには幼い事を物語っていた。
そして椅子に座ったのも束の間、祭事用の正装である白に紅の紋章と、銀糸で何重にも呪が編み込まれたマントとローブを脱ぐ事無く、マリアはベットに身を沈めた。
「・・・・ツカレましタ。」
彼女は疲弊しきっていた。
前日から、ここ【慈悲の聖堂】において、教会からの現況報告と諸問題の対処についての会議が行われていたのだ。
ウェンデルの大司教ともなると、ただ説教をしていればいいという身分ではない。
この役職を手に入れたと言う事は全ての神官、司祭、司教達を統括しなければならないのだ。例え彼女がいかに若かろうと・・・・
そう、同時に例え彼女が大司教であっても十代前半の女の子。大人、しかも初老の男達に囲まれ会議に参加するのだ。そのストレスたるや、よほどのものであろう。
「何だぁ?まだ寝てるのか?」
「違イまス・・・・今から寝るんデス。」
「そうか・・・・どうでもいいが扉に鍵くらい付けておけ。
襲ってくれと言ってるようなもんだぜ。」
「ハい・・・・」
疲れのためだろう。自分が誰かと会話している事を認識するのに少しの時間を要した。
「・・・・ディックサン!」
弾かれるように飛び起きたマリアは、扉の側に佇むディックと呼ばれた男を睨みつけながら近づき、白銀のスーツ上から彼の胸に人差し指を突き立てた。
「ちょっト、ディックサン!
アナタ、女性の部屋に無断で入るなンテ!
ナニ考えてるんですカ!
大体ですネェ、ナニしに来たんですカ?」
まくしたてるマリアに対し、ディックは静かであった。
彼はうつむき加減に一点を見つめており、マリアと目を合わせる事はなかった。
そんなディックのいつもにない静けさに、マリアは戸惑うばかりであった。
「ディック・・・・サン?」
のぞき込むようにディックの顔を窺ったマリアは、彼の深刻な表情に困惑した。
「勅命を受けた。」
「勅・・・・命?」
マリアが聞き返すと、ディックは笑いを堪えるため口を手で押さえた。しかし、堪える事が出来ずに肩を揺らして笑いだした。
「ハ・・・・ハァッハッハッ!
そう、勅命さ!
ラストラ王直々にルシェールに復讐しろとさ!」
ディックは歓喜の笑みを浮かべマリアに顔を近づけたが、彼女は顔を外らす事無くただただ辛い表情をみせるのみであった。
「おばサマ・・・・
本当に優しい人でシタ・・・・
デモ、ディックサン!
おばサマは本当に殺さレたのでショウか?」
この言葉にディックは笑みを止め、不快を露にした。
「何を言う!
奴は母さんを殺しやがった!
報いは俺の手で与えてやるんだ!
そう、俺が奴に同じ思いをさせる・・・・
同じ思いを・・・・」
この時、マリアはディックが何をするのかを理解した。しかし、それはマリアの持つ信念に反する行為である事を同時に知った。
「駄目でス!
例え、自分の母親が殺さレたからと言って、同じ行為を持って相手を罰するノは、王が許しても私が許しまセン!」
マリアはディックに対し、説教じみた口調で食ってかかった。
だが、ディックの心は変わらなかった。
「だが、勅命だ。
オマエも神の使いであると同時に、A-Kなんだぜ・・・・」
心は変わらなかったが口調は静かで、マリアをたしなめるような口調になっていた。
「必要悪は既ニ悪じゃナイとでも言うのですカ?
それは・・・・間違ってマス・・・・」
言うと、マリアはディックにそっと身を預けた。
ディックもそれを拒まず、マリアの腰に腕を回し、優しく引き寄せた。
この光景は二人がただの幼なじみではない事を物語っているが、A-Kの誰もが予想だにしなかった光景である事も確かであった。
「もう・・・・イイじゃないですカ・・・・」
懇願するようなマリアの願いも虚しく、ディックの答は変わらなかった。
「ヤヨイを殺す。
そのために、俺はA-Kになったんだから・・・・」
その時、二人が思いもよらない事態が起きた。
二人の側にある扉、先刻ディックが指摘した鍵の無い扉が勢いよく開け放たれたのだ。
「おねぇちゃ~ん!」
飛び込んできたのは、ローザ=ホウリュウ。ルシェールの娘と噂されるカレン=ホウリュウの養女である。
当然の事ながら、この突然の来訪者に二人は驚き、弾かれるように離れたのだった。
「ロ、ローザちゃん・・・・どうシたんですカ?」
早鐘のように鼓動する胸を押さえ、マリアは窓際の椅子にひとまず腰を落ち着けた。
「ん~とぉねぇ!ローザね、お祈りに来たの。
カレンママとね、神様にお願いしに来たの。」
その言葉に誰よりも驚いたのはディックであった。驚きのあまりに腰の剣に手を掛けた程である。
しかし、マリアがそれに気付き、この少女を手に掛けたところで何の解決にもならない事を目で諭し事なきを得た。
「分かりまシタ。カレンサマと一緒に下で待ってて下サイ。」
「はぁ~い!」
ローザの聞き分けの良さに少々拍子抜けの感があったが、二人はほっと胸をなで下ろした。
「何だカ・・・・疲れまシタ。」
マリアはめまいを感じていた。
前日からの疲れもあったのだろうが、ローザの突然の来訪が彼女には一番こたえたのだろう。
肝心な事を忘れたまま椅子に座し、そして気を失った。
それに気付いたディックは、マリアが椅子から崩れるより速く彼女を抱き止めた。
「馬鹿野郎!
オマエは日差しに弱いんだから窓際の椅子になんか座るんじゃねぇよ!」
「アリがとう・・・・ディックサン・・・・」
「・・・・バカヤロ・・・・」
休日の昼下がり、昼の街を歩く事の出来無い二人は、それなりの幸せを感じていた。



午後〇三時一五分 ライトパレス中央通路

「ん、ヤヨイ殿の侍従ではないか。」
先ほどまで全身を覆っていたフード付きのマントを腕に掛け、上機嫌のローザに振り回されるカレンを呼び止めたのは、ロシーヌ=レビアンであった。
「これはロシーヌ様。
城内の警護ですか?」
「うむ、元々はミリィのやる仕事ではあるが、だからといって何もする事の無い時間を流れのままに過ごすのは性に合わぬからな。」
そう、A-K-RのナンバーⅢに位置する彼女は、城内においての戦闘が主な役職であるが、いまだにまともな仕事を行っておらず、専ら城内の警護に当たっていた。
「それはそれでよろしい事だと思います。
うちの姫様なんかは、最近は特にですけどゴロゴロ、ゴロゴロとしちゃってて・・・・
あ、申し訳ございません。
ロシーヌ様の事も考えず、内輪な愚痴を・・・・」
A-K内で最も取り付きにくいと噂される彼女を前に愚痴をこぼしてしまった事を、カレンは今更ながら後悔した。
しかし、ロシーヌの反応はカレンの予想に反するものであった。
「ふ・・・・
城内での戦闘など無いに越した事はない。
それより外はどうであった?
例えLeftに属する者とは言え、常に地下暮らしというのは辛い事だからな。」
カレンは優しい言葉を掛けられるとは思ってもおらず、言われた言葉を理解するのに少々の時間を要したが、ローザのはしゃぎ声に助けられ失礼の無い返答をする事が出来た。
「あ・・・・ありがとうございます。
娘の浮かれようを見て下さればご理解いただけると思いますが、久しぶりに楽しい一時を得る事が出来ました。」
二人の周りを駆け回るローザを目で追い、ロシーヌは少しだけ顔をほころばせた。
「ローザ。外ではどんな楽しい事があった?」
立ったまま尋ねはしたが、ロシーヌの言葉には少し丸みがみえていた。
走り回るのを止めたローザはロシーヌを見上げ、満面の笑みを浮かべながらつたない言葉で話しだした。
「ん、とぉね、今日はね、ローザ、神様にお願いしてきたの!」
「ほぉ、どんな願いだ?」
「誰にも言っちゃ駄目だよ!
ん、とぉね、みんな、みぃ~んな、仲良しでぇ、いつも、一緒にいさせてくださいって!」
この無邪気な願いを聞いたとき、この場にいた大人は願わずにはいられなかった。
争いの無い【久遠の平和】と言う世界を・・・・


午後〇三時二四分 ライトパレス中庭

「あらぁ?アレクさんじゃありませんか。」
ライトパレスの中庭にしつらえられたさほど華美ではないテーブルにカップを置き、椅子より腰を上げて一人の男を呼び止めたのは、ミリアンナ=グランロック。スーパールーズと噂されるライトのナンバーⅡであり、ウェンデル第三王位継承権保持者でもある姫君である。
「これはミリアンナ様。
御機嫌うるわしゅうございます。」
恭しく片膝をつく彼もA-Kの十字架を背負った者の一人。A-K-RのナンバーⅦ。名をアレクザード=フォンフォーネルと言う、専らもめ事の仲裁ばかりが目立つ好青年である。
「私めなどを呼び止めて下さるとは、このアレク、感激の至り・・・・」
この教科書通りの挨拶にミリアンナはうんざりしていた。
誰に会っても、誰が来ても同じ事ばかり。さしものスーパールーズも王族に生まれた事を憎む一時であった。
「世辞はぁいいですぅ・・・・
少しの時間でぇよろしいですからぁ・・・・
話し相手にぃなってもらえますかぁ?」
アレクは一瞬迷った。
話しが全て説教に逸れてゆくマリアと同等に話し相手を避けられる女性、ミリアンナを相手に自分は何処まで耐えらるのか、と・・・・
しかし、彼の中にある黒い部分がそっと囁きかけ、迷いは霧散した。
「光栄にございます。
私こそ、御相手御願いいたします。」
「まぁ・・・・ありがとぉ・・・・」
ミリアンナはアレクに椅子を勧め、座るよう促した。彼女はよほど嬉しかったのだろう。話しに入る前に自分を愛称である【ミリィ】と呼ぶようアレクに厳命した。
アレクは表面的には何度か躊躇ってみせていたが、心の中では彼女の中に一歩踏み込んだとほくそ笑んでいた。
そもそも、彼がここに居たのは偶然ではなかった。ミリィに呼ばれたのは偶然であったが、彼は毎日同じ時間にここを通るはずのロシーヌを目当てとしていた。だが、彼女はいつも通りの時間に来なかったのだ。
「そう言えばぁ~アレクさんもぉ・・・・が好きなんですってねぇ・・・・」
「は?」
アレクはとっさに振られた彼女の言葉を理解するのに少々の時間を要した。
「・・・・でございますか?」
「はいぃ・・・・」
アレクは完全に固まってしまった。
アレクが最も嫌う生物の単語が出てきたのだ。アレク自身忘れていた事だが、彼は幼い頃に受けた心的外傷、トラウマをその生物に植え付けられていたのだ。
そして、これも忘れていた事だが、ミリィの愛玩動物としてもウェンデルでは有名であった。
「ミリィ!
それをどこで聞いた?」
アレクは完全にパニックに陥っていた。
彼女に対する礼節を忘れ、全身から脂汗を流しながらテーブルに身を乗り出した。
「まぁ、嬉しいですぅ。
これがぁ~俗に言ぅ~タメ口ってぇ言うんですかぁ?」
言われてアレクは初めて気付いたが、そんな事はどうでもよかった。今は神経にザラザラ来るあの生物が好きだというデマを取り消す方が先であった。
そして、こればかりにはアレクの中の黒い意志も抗する事は出来ず、と言うよりそんな事を思う余裕もなく、ミリィの次の言葉を待っていた。
「この事を教えてくれたのはぁ~
ウィルザー様ですぅ。」
このとき、アレクの中に黒い意志よりもさらに深い闇が生まれるのを感じた。
「ではぁ~行きましょうかぁ?」
いつの間にアレクの側に来たのか。ミリィはアレクの腕を掴み、文字通り引きずるように歩きだした。
「や、止めてくれぇ~!」
彼の情けない叫び声は中庭を中心にライトパレス全体に鳴り響いた。
当然の事ながら彼らとすれ違ったロシーヌら三人の耳にもとどいていた。
「珍しい取り合わせですね。
確か、アレク様は・・・・がお嫌いだとルシェール様から聞きましたけど・・・・」
カレンは振り返り、ミリィに引きずられゆくアレクを眺めていた。
「ふん・・・・
おべっか使いがいい気味だ。」
振り返りもせずに吐き捨てるロシーヌだが、そんな彼女の真似し、楽しげに連呼するローザが対照的であった。
「いい気味だぁ~!」
ミリィが目指すは【猫御殿】。
彼女の愛玩動物のための館、アレクにとっての悪魔の館・・・・


午後〇三時四二分 ライトパレス玉座の間

「バーバラ=クライバン、ただ今参りました。」
華美な絨毯の敷き詰められた玉座の間の中央にひざまずく彼女は、A-K-RのナンバーⅣ。国外戦闘においての指揮の全権が任せられたA-Kである。
しかし、彼女は自らが強いと認めた相手以外の戦闘をマックスやリリィらに任せる事が多く、ほとんどを様子見程度の戦い方しかしなかった。そのため、彼女は謹慎か現状維持かの瀬戸際に立たされていた。
「よく来たね、バーバラ。
用件は・・・・わかっているね?」
玉座に座する、この優しい語り口の男はミシェル=ウィルザー=グランバード。RightのナンバーⅠを持つ表向きのA-K総司令である。と言うのも、実際の彼が自由に出来るのは【Right】と呼ばれるA-Kの正規軍のみであり、A-Kのもう一つの顔である暗殺・諜報部隊【Left】は彼の双子の兄、ルシェールの管轄となっているからだ。
ミシェルはそれが気に入らなかった。
ルシェールが自分は表舞台を好まないから、と自らLeftを志願した事が、ミシェルにとっては自分をを監視する為にしか思えなかったのだ。
「はい・・・・わかっております・・・・」
彼女は紅の絨毯の一点を見つめたまま静かにこたえた。
「私の度重なる戦場放棄・・・・
敵の力量を見極め部下に任せると言えば聞こえがいいですが、敵の一人も倒さずに戦場を去るのは敵前逃亡も同じ・・・・
私、死の覚悟をもってここに参りました。」
そう、現在までに彼女が去った戦場は全戦全勝。戦績のみで言えば何の問題もないのだが、騎士としての礼節の点から考えると問題がないとは言い切れないのだ。
「私は、ミシェル様唯一人を主とし戦う者。その信念は久遠の未来まで不変のものです。
しかし、それに不信を持たれてしまった事は私の傲慢、私の罪。
如何なる処罰も覚悟しております。」
その言葉に一片の曇もない事をミシェルは知っていた。
それが、彼女の忠誠心を超えたものである事も・・・・
ミシェルはそれに応えようと思っていた。
応える思いに、彼の中にある闇に突き動かされた感情が混じっているとしても・・・・
「僕は始めから君を罰するつもりなんか無いよ・・・・
でも、どうしても罰が欲しいと言うなら・・・・
君には明日から僕の手足となって働いてもらう。
他のA-Kには出来ない仕事だ。」
言うと玉座から腰を上げ、ミシェルはゆっくりとバーバラの元に下りてきた。
そして、彼は肩膝をつき、小さく萎縮しているバーバラの肩にそっと手を置いた。
「いいかい?」
耳元で囁かれたこの言葉に、バーバラは初めて顔を上げ感涙で瞳をうるわせながら、はっきりと、そして力ある語気をもって返事をした。
「はいっ!」
ミシェルは一度だけゆっくりとうなずくと立ち上がり、玉座へと戻った。
「A-K-R、Ⅳ、バーバラ=クライバン。
君に【ミカエル・ガーディアン】の称号を与える。
頼んだよ、バーバラ・・・・」
「はっ、命に代えましても・・・・」
彼女の心は抑えきれず、一挙手一投足に至るまで高揚感がにじみでていた。
それは一礼して玉座の間を退出した際、すれ違う様に入室したカレンにさえも分かるほどであった。
「バーバラ様は随分とご機嫌のようですね。」
ひざまずくどころか挨拶さえもせず、カレンはミシェルに歩み寄りながら語りかけた。
その無礼な行為に対し、ミシェル本人は何も言わずさせるがままにしていたが、さすがに側近の面々は怒りを露にカレンを静止させた。
ただ、この怒りにカレンが龍国の出身であることが手伝っている事は言うまでもない。
ウェンデルの人々が敵対する龍国の人間を嫌っていると言う事実は、側近の反応からも十分見て取れるのだ。ただ、それが既に感情的な反応となってしまっている事は、目先の嫌悪感にとらわれ、敵対するに至った経過を真剣に考える者が少なくなった事の現れとも言えよう。
だが、カレンはその様な周囲の目を気にする事無く、いんぎん無礼な態度は変わらなかった。
「それは失礼いたしました。
では、改めまして・・・・
御機嫌うるわしゅうございます。
本日は抱けぬ我が子の為の御配慮、まことに有り難うございます。」
礼はするものの、カレンは上目使いでミシェルを睨みつけた。
しかし、ミシェルは彼女の言葉に意を介す事は無く、静かな口調でカレンに語りかけた。
「何の事だい?
君達を外に出す事に許可したのは僕ではない。
礼ならルシェールに言う事だ。」
カレンの言葉に顔色一つ変える事無く平静を装ったミシェルとは対照的に、彼女の瞳は静かな怒りの輝きを灯していた。
そして沈黙が訪れる。
対照的な表情での睨み合いが続き、その幕は不意に吹き出す様に笑みを見せたカレンによって閉じられた。
「そうでしたか。
それは、とんだ御無礼を・・・・」
言うときびすを返し、カレンはその場を後にした。
側近らの無礼に対する非難の声を浴びながら・・・・


午後〇五時〇九分 ルーとヤヨイの寝室

レフトパレスと呼称される地下施設の一区画にはプライベートエリアがしつらえられている。そこは地下でありながらも、外界より得たわずかな光を増幅し、地上にいるのとあまり変わらぬ環境が作られていた。
そしてその一室では、非公式な夫婦ではあるが、ウェンデル第一王位継承権を持つルシェール=ウィルザー=グランバードと、かつて龍国の姫君であったヤヨイ=ウィルニーヌ=グランバードが居を構えていた。
「んふふっ!」
ツインベットで猫の様に丸くなりながら、恐らく愉快な夢を見ているだろう彼女、ヤヨイを見つけたカレンは、あきれ混じりに彼女をたたき起こした。
「『んふふっ!』ぢゃないですよ!
ヤヨイ様・・・・
ま・さ・か、私達が外出した時から寝ていた訳じゃぁ無いですよね?」
先刻の事もあってか、笑顔ながらもかなり機嫌の悪いカレンを前に、ヤヨイは耳をふさいで再び大きなベットへと横になった。もちろん、カレンから顔をそらすのを忘れずに・・・・
しかし、それはカレンの怒りに油を注ぐ行為である事は明白。
カレンは引きつる笑顔と震える声で反撃の狼煙は上げられた。
「ロ~ザァ~
ヤヨイママがベットでトランポリンしてもいいそうよぉ~」
「やったぁ~!」
大げさにバンザイをし、毛布の端を必死に掴んでよじ登ってくるローザに、さすがのヤヨイも観念する事となった。
「わかったわよ!
起きればいいんでしょっ!」
バラバラに絡んだ長く蒼い髪をかきあげ、ベットの上で身を起こした。
そしてそのままベットの端に腰掛けるような座位を取ると、膝の上に両肘をついて顎を支えた。
「まったく・・・・
小姑みたいな事言わないでよ・・・・
今日のあたしは機嫌がいいんだから。」
やや憮然としながら目を据わらせて、ヤヨイはカレンを見つめた。
「えぇ、私はローザの養母ですからねぇ・・・・
小姑と言われればそうかも知れませんね?」
小姑と言われたのが気に入らなかったのか、カレンはさらに険悪な表情を作りヤヨイに詰めよった。
この状況に返す言葉を持たないヤヨイは、どうにか話題を逸らす事は出来ないものかと数々の単語を頭の中によぎらせた。
そして思いついたのが、先ほどまで自分の機嫌が良かった理由であった。
「そうだ、カレン・・・・」
しかし、カレンの名を呼んだ時点で言うのを思いとどまった。
ヤヨイにとって、いや、ヤヨイとルシェールにとってそれは重要な意味を持つ事実であるからだ。
とは言え、名前を呼ばれてその後を語られないカレンにとっては面白いわけなく、結果として彼女の小言を増やす結果となった。

「まだ何か言いたい事はありますか?」
カレンよりその問いが発せられたとき、外界では既に日の沈む時刻となっていた。
「もう・・・・いい・・・・」
ヤヨイはそれだけ言うと三度、ベットに横になった。
そんなヤヨイに対し何かを言おうとしたカレンだが、お互い疲労の色がうかがえる程の状態であったため、ひとまず言葉を飲み込んだ。
ただ、言葉を飲み込んだものの、別な疑問がカレンの頭をかすめた。
「ヤヨイ様・・・・
先ほどは何を言おうとしたんですか?」
話したかったが、ルシェールに教える前には話したくない事を聞かれたヤヨイは曖昧な返事をする事しかできなかった。
「あぁ~あれねぇ・・・・」
そして、ヤヨイは決意した。
『誤魔化そう』と・・・・
「何でもないわよ。
それより、ローザは?」
そう、先刻ベット上を飛び跳ねていたローザがいつの間にかいなくなっていたのだ。
「ロ、ローザ?
何処に行ったの?」
慌てて部屋中を見回し、ローザをさがすカレンだが、見つける事は出来なかった。
はじめは話しが逸れてしめたと思っていたヤヨイだが、徐々に心配になりだしカレンにともに部屋の外に出てさがすよう促した。
「きっと、お腹がすいて食堂に行ったのよ。」
言ってヤヨイは扉に駆け寄りノブに手をかけると、勢いよく部屋の外に引っ張られた。
「どうした、ヤヨイ?」
扉を開けて現れたのは彼女の夫、ルシェールであった。
着流しで現れた彼は、彼女らを慌てさせた原因であるローザを右腕に抱いていた。
「ローザ・・・・」
「よかった・・・・」
ほっと胸をなで下ろす二人とは対照的に、ローザは何事もなかったかのようにクッキーを頬張っていた。
しかし、ローザが無事と分かると、気に触る事実を指摘せずにはいられないのがカレンの性分であった。
「ルシェール様!
まだ、お夕食前なのですよ!
お菓子を与えるなんて・・・・一体何考えてるんですか!」
「スマン・・・・」
らしくないとは言え、仮にも王族。しかも、このウェンデルの第一王位継承権を持つ王子に対して、暴言とも言える言葉を吐くカレンには良識ある者が見れば驚かずにはいられないものがあった。
「それにしても、カレンはローザの事になると随分と熱心だな。
愚弟の不始末を押しつけた様なものだから、俺は頭が上がらないよ。」
そう、カレン自身はそんなつもりはないが、ルシェールにとっては感謝こそすれ、怒りの対象とはならないのだ。
「そんな事は関係無いと・・・・
いつも言ってるじゃありませんか。」
カレンはローザを見つめ、一瞬何事か迷った後ヤヨイに目を向け語りだした。
「私は、この子を自分と・・・・それに自分の死んだ妹と重ねているのかも知れません。
私の身の上も、ローザと似たようなものだから・・・・」
その言葉に最も驚きを見せたのはヤヨイであった。
これまで主従を超え、友情の様なもので付き合ってきた彼女でさえ、初めて聞くカレンの過去だったのだ。
「カレン・・・・」
ヤヨイが呟くと、カレンは一度だけ微笑んでみせた。
「つまらない事を話してしまいましたね。
兎に角いいですか?今後は気を付けて下さいよ!」
いきなり話しを振られ、一瞬たじろぎ『気を付ける』とだけルシェールはこたえた。
そして、カレンはルシェールよりローザを抱き取り、一言残して退出した。
「ヤヨイ様、後で教えて下さいよ。」
と・・・・
「一体何の事だ?」
当然、ルシェールに意味が分かるはずもなく、ただヤヨイに訊ねる事しかできなかった。
ヤヨイはそんなルシェールの胸に身を預け、喜びに溢れた声でこたえた。
「双子、よ・・・・」
遠回しであったため、彼の子を身篭もった事実へとルシェールが到達するのに、さらなる時間と質問を要した。



エピローグ

「オバサン・・・・夢を見てるみたいだね。」
刻は戻って、神暦〇九九八年一二月二六日。
レフトパレスの最下層の一室。
そこは、かつてルシェールと呼ばれた者の研究室の一つであった。
「楽しい夢を見ているといいわね・・・・
今まで、余りいい事が無かったから・・・・」
研究室の内部に立ち並ぶ円筒形のガラス管の一つを向き、二人、フォースとベルは、ガラス管の中で膝を抱えて眠るノヴァに微笑みかけた。
「でも、オバサンは記憶が壊れているんだよねぇ?」
フォースが問うと、ベルは静かにうなずき、話しはじめた。
「叔母さんは再生が間に合わなかったそうだから・・・・
記憶の再構築ができなかったそうよ。」
「そ、か・・・・」
ベルの言葉に、フォースの気分は沈むばかりであった。
「せめて・・・・」
フォースは呟くとガラス管に手を触れ、羊水とガラス越しではあるが、微かに感じられるノヴァの鼓動を感じようとした。
「夢の中でくらい、昔の風景が見られればいいのにね・・・・」
ベルも『そうね』と応えると、隣のガラス管に手を触れた。
「ローザ・・・・
もうすぐママが目を覚ますわ。」
しかし、ベルの瞳に先ほどの笑みの色は失せ、険しい輝きを灯していた。
『父さん・・・・
ローザと叔母さんを、どうしてこんな身体にしてしまったんですか?
こうしなければならない、ワケがあると言うのですか?
父さん・・・・』
神暦〇九九八年一二月二六日・・・・
血で彩られたエムブレムを掲げるウェンデル国、その内部を発端とする運命の歯車は廻り出す。
くるくる、くるくると、前奏曲を奏でながら。
『ろー・・・・ザ・・・・』
崩壊の刻、近し・・・・

(第三話 『天使達の休日』 了)

 

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【another】第二話『ロストプリンセス』

この日、突然現れた数人のA-Kによってランロード国の王城から人の気配が消えた。
いや、実際行動を起こしたのはたった一人、アレクザード=フォンフォーネルである。
表向きはもめ事の仲裁人となったり、気前の良さを見せる好青年であるが、その実、A-K内で最も権力欲が強く、常に総司令ウィルザーの命を狙うディックとは別な意味で危険な男である。
『隙あらばウィルザーを蹴落とす!』
誰にも悟られなかった想い……それを実行に移す時が来たのだ。
総司令の妻に迎えた龍姫、弥生の暗殺に始まるウィルザーの失態。
そして、最新の情報である総司令の反目と亡命。
全て彼の計画通りであった。
アレクは目を細め、口を三日月の様に歪めて笑みをこぼした。
狂おしいほどの歓喜がアレクの心を突き抜け、口から笑い声が静かに漏れていた。
玉座に座る彼は、ほとんど空になった小瓶を掌で弄びながら次第に笑い声が大きくなり、最後には誰も動かなくなった城全体に響くほどのものとなっていた。
「馬鹿笑いを止めてくれ。」
喜びのパトスを遮られ、アレクは突然現れた一人の女性を睨みつけた。
年の頃なら二十歳前、しかし右頬に刻み込まれた三つの爪痕と冷たく据わった瞳が彼女の行動を年齢以上のものに感じさせる。ボディーラインをくっきりときわだたせる闇色のスーツに銀の胸あてを纏った彼女の名はノヴァ=ディ=ドゥーディ。アレクの部下である。
「新人のくせに大した口をきくな…
これだからハンター上がりは困る。」
アレクはいつもの穏やかな笑顔に戻り、落ち着いてノヴァを諭してみせる。
しかし、ノヴァにはそんな事関係なかった。
自分の事で手一杯で他人の死に関わるつもりは毛頭無かった。
「ふむ、君は私のやり方に疑問を持たないのかね?」
そんなノヴァを見透かしたように、期待もせずにアレクがとった行動への反論を待った。
当然、ノヴァは反論する事無く城内の情報を淡々と述べた。
「君を選んだ甲斐があったよ、ノヴァ君。」
ノヴァの報告を遮り、穏やかな笑みを無表情な笑いに変え、アレクは肩を揺らして笑った。
低く、小さな声で…
ノヴァは無言のまま一礼し、踵を返すと風が通り抜けるのを感じた。
刹那、王座に座っていた筈のアレクが目の前に忽然と現れていた。
「済まないが、これを処理しておいてくれ。」
小瓶を突き出され、一瞬、眉をしかめたが、アレクの目を見据えノヴァはそれを受け取った。
「気を付けてくれよ。
その毒はA-Kの源、マテリアルの力を持ってしても回復は困難だからね…」
期待もせずに脅しをかけ、アレクはノヴァの反応を待った。
「…はい。」
静かだが、芯の通った強い語気で返事をしてしまうノヴァをアレクは転がるように笑い声をあげ、王座へと戻った。
そしてノヴァは瓶を掌に乗せたまま、背中に響く笑い声を聞きながら動きが止まっていた。
次の瞬間、ノヴァに手渡された小瓶を、彼女は両の手をもって強く押しつぶした。
瓶は中に入っていたごく小量の透明な液体ごと消えていた。
ノヴァはそのまま王の間より去ろうと一歩踏み出したが、何かを思い出したように歩を止め、上体をよじってアレクを向き言った。
「そういえば死体が一つ足りない気がした。」
すると、アレクの喜びの表情が一転し、ノヴァの次の言葉を怪訝そうな表情で待った。
「プリンセス・アリシア……
彼女は部屋にいなかった。」
アレクは弾かれたように立ち上がり、憤怒の形相で叫んだ。
「草の根分けても捜し出せぇっ!」
神暦0998年、セフィロトより西方に位置するランロード国王城は、集まっていた王家の者を含んだ全員の死をもってA-Kに占拠された。
唯一人、プリンセス・アリシアの命を除いては…

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Angel-Knights
-another-

第二話  ロストプリンセス

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《1》

A-Kによってランロード国王城が占拠されて数日後、王都は以前と何も変わる事無く平和そのものであった。
ランロード王、シャクタル=ダ=ラサラ=ランロードのウェンデル国へ帰属するとの発表による国民の暴動が起きたが、再び行った王、涙の会見により鎮圧。
アレクザードの虚偽の意見『自分にとっては不本意な支配。自治権の返還に努力する。』等の言葉を信じ、短い時間内にアレクを中心とした私設軍の結成まで至った。
しかし当然の事ながら、その言葉を信じる者達ばかりではない。
国の急激な変化は、しかも他国の人間に与えられた世界に対して不満が出ないはずもなく、アレクに反抗する者達が現れたのだ。
今回の物語は、それに参加する一人の人物を中心に語られる。
その人物の名はシュウナ=シライア。
パン屋でアルバイトをしている何処にでもいるような十五、六の子供である。
いや、反乱組織に参加しているところを見ると、大人として扱ってもらいたく躍起になっている時期なのだろう。
子供以上大人未満というべきかもしれない。
そして、そのシュウナは、何故かあっさり城内に侵入できていた。
「へへ、やればできるじゃん。」
偶然にも居眠りしていた裏口の門番を後目に、シュウナはパンを抱えて石造りの廊下を走っていた。
パンを抱えているからといってパンの出前であるはずがない。
組織の命令により、兵の数、配置を探るためにここにいるのだ。
「ひとまず、裏口は兵士が一人……っと。」
メモを取りながら走るという芸人じみた事をするシュウナは何か引っかかっていた。
気配はするのに人が生活している感じがまるでしないのだ。
「あぁ!」
いきなり立ち止まったシュウナはポンと手をたたいた。
「きらびやかなだけだよな、うん!」
生活感あふれる王城なんてあるわけないか、そう思う事にしたシュウナは、再び走りだした。
「妙な事で悩んでたら見つかってもこっちが気付かない……なぁぁんて事になりかね ねぇや!
なははははは……は?」
靴音さえ響くこの回廊で馬鹿笑いをしたのだ。
当然の事ながらシュウナは眼前に現れた三人組の兵士達に発見された。
「あちゃぁ~!
ついてねぇな、こりゃ…」
自分の軽はずみな行動がこの事態を招いた事に欠片ほども気付いてない様な言動を吐き、シュウナは必死に勢いを殺す努力、もっとも手をバタつかせる事でどれほどスピードが落ちるのかは分からないが、走るのを止めようとした。
「どけぇぇぇぇぇぇっ!」
しかし無理と分かった瞬間、シュウナは全身鎧の兵士の一人にタックルを仕掛けた!
結果は推して知るべし。
主に木綿からなる軽装のシュウナが、鋼鉄で全身を覆われた兵士にかなうはずがない。
見事に弾かれたシュウナは、硬く冷たい床へと叩きつけられた。
「ってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
鎧で痛めた左肩と、叩きつけられた背中に走る激痛。
シュウナの精神は痛みに耐えられるようには出来ておらず、床を転がりながらわめき出した。
「痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!
ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
何で俺がこんなめに遭わなくちゃならねぇんだ!
あんたらのためにパンを持って来たってのによぉぉぉぅ!」
わめき転がる行為には二つの効果がある。
一つは、床に叩きつけられた痛みが突き抜ける間、転がる事で誤魔化せること。
もう一つは、自分を子供と見せてくれる事だ。
そう、そしてシュウナの予想では、『仕方ねぇガキだなぁ~』と兵士があきれて起こしてくれるはずだった。
だが、兵士達は直立不動を保ち、鉄仮面の隙間から覗く瞳は妖しい光をたたえながら、シュウナの更に奥、暗く冷たい通路の闇を見つめていた。
「…………」
彼らに助けを乞うのが無理と悟ったシュウナは、シクシクと鈍い痛みの残る左肩を押さえながら、やはりわめきながらその場を去ろうとした。
「もぅお頼まねぇよ!」
立ち上がったと同時、兵士達を後目にシュウナは走りだした。
しかし、走る方向に目を戻した時、再び何かに弾かれしりもちをついた。
「ってぇじゃねぇか!
ポケェ~っとつっ立ってんじゃねぇよ!」
反射的に罵声を浴びせたシュウナだが、次の瞬間、それを後悔する事となった。
「ぶつかってきたのはお前だ。」
低く抑揚の無い声、しかも、冷たさしか感じられない座った瞳……
彼女に見据えられたシュウナはすぐに視線を外したが、だらだらと冷たい汗が滝のように流れ出してきた。
「いや……その……」
一度は視線を外したが、ちらと彼女、闇に瞳と銀の胸当てのみを浮かび上がらせる女性が自分をどう見ているのかを窺ったのだが、先程と変わらぬ視線を向けられ続けてる事を知り、瞬くよりはやく視線を外らした。
『俺をどうするつもりだよぉ~』
沈黙に耐えられず、しかも蛇に睨まれた蛙状態が続くシュウナは、忘れていた左肩の痛みがじわじわと戻りつつあった。
左肩を抱える様に押さえると、今まで冷淡な表情しか見せていなかった女性に変化が起こった。
「怪我をしているのか?」
相変わらず抑揚は無いものの、シュウナの怪我に対して眉をしかめて見た。
しかし、次の瞬間には表情がもとの無表情に戻り、シュウナに右腕を振り出した。
「うわっ!」
反射的に右腕で顔を覆い隠したが、それはシュウナの頭めがけて飛来した。
コン!
「ってぇ!」
「怪我人を斬るつもりはない。つもりを変えて欲しいなら別だがな。」
何かが直撃した頭をさすりながら、シュウナはその何かを手にしていた。
「なんだよ、コレ?」
訊ねるが、彼女は既にシュウナを見てはおらず、全身鎧の兵士達に何かを示し、命令を下す。
「鎧人形よ、侵入者は抹殺せよ。
ただし、紋章を持つ者には攻撃するな。
持ち場に戻れ。」
彼女が言うと、全身鎧の兵士達は、自らの身体から放たれる無機質な金属音をたてながら、闇の中へと吸い込まれていった。
「鎧人形?」
思わず訊ねたが、答が返ってくるはずもなく、消えた。
「次にこの城で見かけた時は、殺す。」
そう、言い残して……
「…………」
再び、一瞬の内に全身を冷たい滴が流れ落ち、シュウナは動けなくなっていた。
『ど、どぉしよ……』
現在のシュウナの頭の中はその言葉のみが渦を巻き、占拠していた。
不幸にも、いや当然の結果として遭遇してしまったA-Kの女が言った事に嘘はない。
次に出会した日には間違いなく殺される。
シュウナは、A-Kの女に渡された物を確認もせず上着のポケットに放りこみ、立ち上がりながらズボンの汚れを落とすような仕草を見せた。
「ひとまず、あの女には遭いたくねぇな。」
きびすを返し、鎧人形と呼ばれた兵士達の方向に駆け出した。
ここで、一部始終を見ていた傍観者がいれば、シュウナに学習能力は無いのかと不安になるかもしれない。
しかし、そこはそれ、さすがのシュウナも懲りたらしく、声どころか足音も低く、暗く闇に占められた通路を進んだ。
すると、目前に広がる異変に否応無く気付かされる事となった。
「なんだぁ?
鎧が脱ぎ捨ててある……のか?」
これらは、鉄仮面は無論の事、各関節部分からわずかも肉体を覗かせる事の無い鎧……全身鎧だ。
しかし、放置のされ方がおかしい。
まるで、蛇が抜け殻を残して脱皮した様に、鎧同士の接合部をはじめ、関節部分は連結されたままであった。
あぁ、飾ってあった鎧が倒れたんだな、と、シュウナは思ったが、すぐにそれは否定された。それが一つや二つならまだ偶然と思ってしまう。しかし、それらは全てシュウナの方を向いており、鎧の手に握られた槍を突き出す格好で倒れているのだ。
『偶然には思えねぇ。』
心の中で連呼されるその一言に、シュウナはA-Kの女に言われた事を忘れて、フラフラ崩れた鎧の後を追った。
まさしく吸い寄せられるように。
そうしている内に、何処をどう通ったのか、まぁ、鎧をたどれば元の場所に戻れるのだが、それを思いつくよりはやく、半開きになった扉から漏れる会話に耳を傾けていた。
「身代わり御苦労様。
どう?ここの暮らしは?」
何処かで聞いた声がする。
くぐもった様な女の声。
「まぁまぁね。」
「ボクを信じて待ってて。
もうちょっとの辛抱だから。」
ボク?
『ボク』なんて自分の事を呼ぶ女で知ってる奴は唯一人。
シュウナは思わず部屋の中に飛び込んでいた。
そしてそこに立つ女性が二人。
プリンセス・アリシアと、反乱組織の指導者、フォースの姿であった。
「フォースさん……」
シュウナは、黒一色に染めあげられたローブに身を包み、御丁寧にも色つきのゴーグルで視線を隠したうえにマスクとフードで頭部までも完全に外界へ遮断している女性、フォースの名を呼んだ。
驚きよりも先にたった疑惑の表情を向けて。
しかし、その姿を見て驚きの表情を見せたのは、プリンセス・アリシアであった。なんともわざとらしく、それが先ほどのフォースの言葉を肯定していることが明白となっていた。
シュウナは目敏くその事を見抜き、フォースに向ける強い視線で『嘘は駄目だ』と訴えた。
フォースの口を覆う黒いマスクの下から低く、しかし深く息が漏れる音がする。
「まさか、囮に君が選ばれてるなんて……」
今度はシュウナが驚きの表情と共に抗議の声をあげた。
シュウナには自分が囮である事など知らされていなかったのだ。
「説明してくれるまでここを動かないからな!」
シュウナは言いたい事の半分で抗議を切り上げ、二人の前に腕を組んで座り込む。
『俺を連れて逃げられるもんならやってみろ!女に男を担げるか?』
そんな不敵な笑みを浮かべて……
ただ、シュウナはもう一つの可能性をまったく考えてなかった。
「くすっ…」
マスクの下からフォースが小さく吹き出す。
それの真意、もう一つの可能性に気付くのに、シュウナは少しの間を要した。
フォースがシュウナを見捨てて逃げると言う可能性を…
同時に、運が悪い事にも、先刻のA-Kの女が兵士を連れて部屋になだれ込んできた。
「仲間、か……」
驚く様を微塵も見せず、腕を組んでシュウナ達に歩み寄る。
「云った筈だな。次に会ったときは殺す、と…」
シュウナは背を向けていたため、彼女の顔を確認する事は出来なかった。しかし、身体は覚えている。再び冷たい汗が滝のように流れ出す。彼女に振り返る事が出来ない。
右頬に醜い爪痕を残すA-Kの女。
『どぉすんだよぉ~!』
固まったままのシュウナには、その一言を思い浮かべるだけで精一杯だった。
しかし、その停滞した思考を再び動かしてくれる言葉を投げかけた者がいた。
「オバサン、ボクの仲間に手を出さないで欲しいな。」
「!」
その者はフォースであったのだが、一瞬、A-Kの女は驚きの表情を出しかけた。
しかし、何事かを思い直し、彼女はすぐに無表情へと戻っていた。
「そんな所で何をやっている。
ナラ!お前はA-Kのレフトナンバーズに入ったのではなかったのか?」
彼女はフォースを指さし威圧的に話しかけるが、当のフォースは、彼女を挑発しかねない、いや、十分挑発している言葉を並び立てた。
「ん~、ちょっと違うよ。
いっぱい話してくれるのは嬉しいけど、ボクの名前はフォース。
オバサンの知ってる男の子じゃないよ。」
自分の背中越しに聞こえてくる怒気をはらんだA-K女の声、目の前で若い女をつかまえてオバサンと挑発するフォース。このやりとりの傍観者であるシュウナにとっては冷や汗モノの状況であった。
「ならば、フォースとして覚えておく。
次に会うときは地獄の底だがな。」
驚くほど静かに語り出し、A-Kの女は右手を天にかざし、次の瞬間、刀身が異常に広く長い剣、大段平と呼ばれる物とともに振り下ろされた!
「え?」
刹那、シュウナの頭上にきらびやかな絨毯が現れた。
「えぇっ!」
シュウナが驚いたのも無理はない。いつ抱えられたのか、シュウナはフォースの左脇に抱えられていた。
『嘘だろぉ~!何で女の細腕に抱えられてんだぁ?
まさか、こいつ本当は…』
思い悩む間も無く、シュウナを小脇に抱えたフォースはそのまま移動し、窓枠に手を掛けた。
「まさかっ!」
フォースが取る次の行動を察したA-Kの女は横薙に右手を振り、その手より出現したダガーを投げつけた。
しかし、全ては遅かった。
「次は『姫様』と、『アレクの命』をもらいに来るよ!」
激しい音を立て、フォースとシュウナは窓から飛び降りた。
A-Kの女は破られた窓から身体を乗り出し、落ちて行く二人を睨みつけた。
「バイバイ、オバサァァァァァン!」
フォースは挨拶する余裕を見せていたが、シュウナはそれどころではなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
フォースの挨拶をかき消すほどの声を張り上げ、必死にフォースの腰にしがみついた。その際、先ほどの考えを否定する事実を知ったのだが、それを思い出すのは少し後の事である。


《2》

「何故です!何故、あんな小僧と共に宝剣の奪取に向かわれるのです。」
ランロード城突入当日、フォースの決定した配役に抗議の声を挙げたのは元アリシアの女官剣士、マリーム=カフ。偶然にも、アリシアのわがままで買い物に出されていたため命を拾った唯一の王城勤務の生存者である。
「シュウナはボクが護らなくちゃならないんだ。」
フォースは静かにたしなめるが、マリームに理解は出来なかった。
「何故です!姫様があんな小僧を…」
とっさに口走った言葉にフォースは語気を強める。
「マリーム!」
はっとしたマリームはそのまま黙り込み、一言申し訳ありませんと頭を下げる。
「ボクは姫様じゃないよ。
それに、今は言えないけど、シュウナにはもっと役に立ってもらわなくちゃ。」
再び静かな口調に戻ったフォースは、マリームにのみ聞こえるよう呟いた。
しかし、地獄耳はいるものだ。二人のいる作戦室の扉が大きく開け放たれた。
「俺がどう役に立つってんだよ!」
シュウナである。
「ボク達の話しを聞いてたんだ。」
静かに聞くフォースに対し、シュウナは低く答えた。
「聞いてて悪いか?」
その返答に、当然、語気を荒らげシュウナに迫るマリーム。
「貴様、フォース様に無礼であろう!」
しかし、フォースはそれをたしなめ、改めてシュウナに向かう。
「君はボクと宝剣を探すんだ。アリシア救出部隊を囮にして、ね。」
それを聞いたシュウナは、やれやれと眉間にしわ寄せフォースを睨んだ。
「また、囮かよ!
俺は死ぬ思いだったんだぞ!」
ばん!と机を叩き身を乗り出して怒鳴り散らす。
確かに、シュウナは大切な仕事をもらったと喜び勇んで潜入したものの、『実は囮でした』では怒りたくもなる。分からないわけでもない。が、ここで止めの一言がフォースから放たれた。
「君があそこに出る必要はなかったんだ。こちらの手違いだよ。」
「ふざけるな!
手違いで死んでたまるか!」
シュウナは机越しに、相変わらずの黒ずくめであるが、お姫様然と優雅に椅子に座するフォースの胸ぐらにつかみかかった。
刹那、シュウナはある事をふと思いだした。
それに思いが飛び、頬に飛来するそれに気付く事はなかった。
ぱん!
「フォース様から手を放せ!」
マリームが、半ば机に乗りかかったシュウナに平手打ちを喰らわせたのだ。
すると、打たれた頬を手でさすりながら、シュウナはのろのろと机を降り、その場に立ち尽くした。
「どうかしたの?」
マリームに声を掛ける必要はないと言われながらもフォースが優しく訊ねると、シュウナはゆっくりとある事を訊ねた。
「あの女の事を知ってるのか?」
あの女、シュウナに傷薬を与えつつも、2度目に会った時は躊躇無く刃を振り下ろしてきた女。シュウナは何故か、今頃になってあの女の言った事が気になっていた。
「彼女は、ノヴァ=ディ=ドゥーディ。アレクの部下だよ。彼女がどうかしたの?」
「……いや、いい。何でもない。」
シュウナは何か言いたげな素振りを見せたが、それを飲み込み、黙り込んだ。
このシュウナの行動にマリームは失礼だろうと責めたが、シュウナには聞こえていなかった。

『そんな所で何をやっている。
ナラ!お前はA-Kのレフトナンバーズに入ったのではなかったのか?』
『ん~、ちょっと違うよ。
いっぱい話してくれるのは嬉しいけど、ボクの名前はフォース。
オバサンの知ってる男の子じゃないよ。』

シュウナは考える。
プリンセス・アリシアの居室で行われたノヴァとフォースのやりとりを。
『嘘だろぉ~!何で女の細腕に抱えられてんだぁ?
まさか、こいつ本当は…』
そして思う。
フォースは何者なのか、と。
敵と共通の知り合い、あるいはフォースの正体と思われる男、ナラ。
そう、フォースが男ならシュウナを小脇に抱える怪力もうなずける。
発展途上中の体格ではあるが、人一人を片腕で抱えるのだから。
『何故です!姫様があんな小僧を…』
しかし、そこまで思ったとき、シュウナはある事をはっきりと思い出す。
「中の下……か?」
呟きうんうんうなずくシュウナに、マリームはボルテージの上がりつつある怒りを抑え、声を震わせながら言い放つ。
「い、いい加減にしろ。」
ようやく気付いたシュウナは、はっと頭を上げ、細い目を見開き怒りを露にしているマリームと目があってしまった。
「あ、いやぁ~」
慌てて逃げる様に視線を外したシュウナだが、今度はフォースと目があってしまう。
「中の下って、なんだい?」
ゴーグルとマスクに隠れ、フォースはただ純粋に言葉の意味を知りたいだけなのか、シュウナの次の言葉を見越しての物か、それを推し量る事は不可能である。に、しても他に言い様があろうものだ。愚かにも、シュウナは思った事を口走っていた。
「何、あんたがあんまり馬鹿力を持ってるもんだから、男じゃねぇかと思ったんだが、窓から飛び降りたとき、女だって体感し……」
瞬間、マリームの右ストレートがシュウナの顎を貫いた。
「キ・サ・マァ!よくもそんな破廉恥な事をぉっ!」
完全に開かれた目より漏れる怒りの輝きを震わせ、マリームは大きく肩で息をする。
そんなマリームをひとまずなだめ、フォースはつぶやくように言った。
「仕方無いんだよね、ママの胸も小さかったって話しだし……」
その後、シュウナが気付き、治療を受けたため、城への侵入が二時間遅れた。


「分かってるよね。ボク達二人は、宝剣を手に入れるよ。」
シュウナは走っていた。
『地獄まで続いているのでは?』
そう思わせるような闇へと続く、中央吹き抜けの螺旋階段。
二人はそれをひたすら下っていた。
「わぁ~ってるよ。他の宝に手を出すな、ってんだろ。」
シュウナは、ひとまず釘を刺された事の返事を進行方向に投げかけた。
フォースは闇色の衣を全身に纏っているため、シュウナには何処にいるのかが肉眼で確認できていない。ただ、この人一人通るのがやっとな階段へ先に入った事から、前にいるだろう事は分かっている。
「なら、急ぐよ。
今の所、トラップの反応は無いけど、敵は動いてやってくるからね。」
再び聞こえたフォースの声に、シュウナは悪態をついた。
「ったく!あんた、翼でも生えてんのかよ。
螺旋階段なんだぞ!
曲がってんだぞ!」
確かに、シュウナがこれ以上スピードを上げれば、確実に転落、そして死が訪れるだろう。
しかし、シュウナの頭にある思いがよぎる。
『まさか、見つかった?』
同時に、かなり脚色されたノヴァの恐ろしげな顔が浮かび、シュウナの頭を占拠する。
「冗談じゃねぇ!
あんな化け物女に勝てるわけねぇだろ!」
汗が冷たくなるのを感じ、先日味わった恐怖を頭の中から振り払うように、シュウナは速度を上げた。
「倒せるよ。」
突然、吹き抜けを挟んだ対岸、或いは中央からだろうか。
フォースの声がシュウナの耳に届くと同時、足を踏み外していた。
「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉ!」
死の寸前、全ての物がゆっくり動くように見える、などという話しを聞いた事が有るだろうか。
今、まさに死の瞬間を迎えたシュウナは、身を以てそれを体感していた。
『うわぁぁぁぁ!
どうせなら一瞬で終わってくれよぉ!』
最後に思った事が生への執着ではなく、死の恐怖からの逃避を思ってしまうシュウナは珍しいと言うべきか。
だが、いくら珍しかろうが落下は逃れようもなかった。
次の瞬間、最後の刻が訪れた。
ごち!
「着いたよ。」
「…………」
シュウナが踏み外した段数は推して知るべし、と言うべきか。
二人は底へとたどりついていた。
まとわりつく闇をかき分けるように青白い明かりが灯される。
それは、まるで王の帰還を待っていたかの様に一本の通路を浮かび上がらせた。
「この通路を抜けた広間に一つの魔法の扉があるんだ。」
フォースは闇に開いた光の穴を指さすと、シュウナは立ち上がりながら悪態をついた。
「まったく、王女様様だな!
あんたが着いたとたんにお出迎えかよ。」
しかし、フォースはいつも通りの言葉でシュウナの皮肉を受け流す。
「ボクは、お姫様なんかじゃないよ。」
へいへい、と気の無い返事を返し、シュウナはフォースに先行して通路を進み出した。
すると、シュウナが通ったすぐ後ろから、フォースを待つ事無く明かりが消えていった。
「たどり着いた……」
フォースが呟くように言った直後、フォースの背後で轟音が鳴り響いた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
同時、前方から来るシュウナの悲鳴にも似た叫び。
「まずい!」
フォースは弾かれるように、シュウナが居るだろう広間目指して走った。
そして、後悔した。
最後の最後で気を抜き、トラップの探索を怠った自分の怠慢を。
「シュウナ!」
ひときわ明るくなった広間に入った瞬間、連続して続く轟音がすぐ背後で止まった。
フォースは、振り返った先にそびえる石壁に手をつき苦々しく吐き捨てた。
「五重の落とし扉かっ……」
「そう、これでお前達は逃げられない。」
フォースにとって馴染みのある低く、冷淡な語り口。
振り返った眼前に現れた彼女は、宝剣へ続く唯一の扉を塞ぐように立ち尽くす。
「オバサン……」
ノヴァ=ディ=ドゥーディ。
BランクのⅦのナンバーを与えられたAngel-Knightsである。
「どぉすんだよ!
逃げ道は塞がってるし、扉の前はあの女。
無茶苦茶じゃねぇかよ!」
大方、ノヴァを見て壁まで逃げたのだろう。
シュウナが右側から怒鳴り散らしてくる。
が、シュウナに言われるまでもなく最悪の状況に陥っている事は誰が見ても明かである。
この状況を打開するためにフォースが思いついている行動は二つある。
一つは、ノヴァを倒し、宝剣を入手。隠し通路を使って逃げる。
もう一つは、ノヴァと戦い、隙を見て宝剣の間に隠れ、宝剣を入手後、隠し通路を使って逃げる。
フォースはシュウナの事を考えた時、迷わず後者を選んでいた。
ただ、この作戦は、宝剣の間に隠し通路があると言う前提のもとに成り立っている。
しかも、ノヴァと同等以上に戦える必要がある。
小声で作戦だけシュウナに伝えると、返ってきた反応は予想通り疑念に満ちていた。
「馬鹿ゆ~んじゃねぇよ!
俺があんなの相手に戦えるワケねぇだろ!」
「大丈夫。戦うのはボクだよ。
あとは、ハッタリまかせだけどね!」
「ぅをい!」
刹那、フォースは一本のダガーをノヴァに投げつけると同時に、ノヴァの眼前へと現れていた。
「くっっ!」
ノヴァの頚部めがけて飛来するダガーと、フォースの細腕から繰り出される拳。
どちらの殺傷能力が高いのか、それは目に見えてダガーであろう。
フォースの狙いを悟った瞬間、ノヴァの右足はダガーより速く現れたフォースに突き上げるように放たれた。
鈍い音と、風を切る音が二人を中心に、がらんどうな広間に木霊した。
ほんの少しの間を置き、フォースが冷たい石の床に叩きつけられ、布のすれる音を最後に静かになった。
対するノヴァは、飛来したダガーをかわそうともせず、それを喰らった。
フォースに蹴りを入れた事により、喉を遮った右上腕に深々と突き刺さったのだ。
が、問題はこの後だった。
ノヴァの腕に刺さっているはずのダガーが無くなっていたのだ。
抜いたのではない事ははっきりしている。血一滴流れていないのだから。
「無駄な事だ……」
呟き、ノヴァはゆっくりと腰に下げた剣を抜き払う。
一瞬の傍観者であったシュウナは、改めてノヴァの得体の知れない力に身を震わせた。
死んだとは思えないが、自ら戦うと言ったフォースは地に伏せり、ピクリとも動かない。
「ち、ちくしょぉ!」
壁を背にしたシュウナが吼え、拳を握りしめ一歩踏みだした。
「次はお前だ。
傷は治ってるはずだな。」
冷たい瞳に見据えられ、『何を根拠に!』と言う叫びを飲み込んだ。
シュウナの冷や汗の量に比例し、ノヴァは静かに、一歩一歩近づいてくる。
ノヴァはシュウナの眼前で歩を止め、シュウナの喉元に抜き身の刃を突きだした。
小さくひきつる様な呻きを上げ、背中を完全に石壁へ預ける形となった。
シュウナにとって、背中が冷たいのは汗のせいなのか、壁が冷たいからなのか分からなかった。
「一つ聞きたい。『あれ』は誰だ?」
突然の問いにシュウナは何を聞かれたのかが分からなかった。
「え、あ?」
回答に詰まるシュウナにノヴァは最初から期待していなかったのだろう。
答を待たずに剣を振り上げた。
「フォース、だよ。」
背後から突然漏れた呟きに、ノヴァが振り向いた瞬間、彼女の肩が弾けた。
紅い鮮血はシュウナを含めて大きく床を濡らし、久しく味わっていなかった激痛と共にノヴァは朱の絨毯に片膝を突いた。
「シュウナ!
部屋に走るんだっっ!」
フォースの叫びに、固まっていたシュウナが我に返り、この場を共に共有する事を避ける様に走りだした。
「宝剣を手に入れるんだ!」
このに止めの叫びが聞こえたかは定かではないが、シュウナは宝剣の間に飛び込んだ。
「さて、オバサン。続きをするかい?」
白くなった黒衣をはたき、埃を落としながらフォースは問う。
「何故だ?
何故、あたしの肩が弾けた?」
初めて見せるノヴァの激しい困惑の表情に、フォースは楽しそうに笑った。
「化かし合いに勝っただけだよ。
最も、オバサンはひっかかっただけだけどね。」
そう、フォースは先の一瞬の攻撃において、駆け引きに勝っていたのだ。
フェイント、あるいはバランスを崩すためにダガーを投げた、そうノヴァが判断し、自分の剣を体内に吸収する能力を使ってあえてダガーを喰らう。
しかし、そのダガー自体が魔法剣の類であり、フォースの意志で魔力の放出が可能であった。
結果、ノヴァの右肩は大量の血と共に吹き飛んだのだ。
「…と、言うわけさ。」
楽しそうに話すフォースとは対照的にノヴァは無言だった。
「ところで…
アレク一人で大丈夫?」
このフォースの一言で、ノヴァは事も無げに立ち上がった。
「どういう意味だ?」
「どう、って、そのままだけど?」
ノヴァが立ち上がる事はさも当然といわんばかりに、フォースは何事もなかったように語り続けた。
「宝剣なんて、オバサン達を追い払ってからでもいいと思わないかい?
ただ、少々の魔力を持った魔剣を姫様より優先される物だと思うかい?」
「そんな事あたしには関係ない。」
そっけなく言い放つノヴァに、フォースは黒で覆われた顔をほころばせ、続けた。
「もしだよ!
もし、アレクと同等の力を持った者がそっちにいたら?」
この言葉には、さすがのノヴァも惹かれるが、表情に出す事はなく、ただ呟いた。
「だからどうした。
あたしには、あの男を助ける恩も義理もない。」
「でも、義務はあるでしょ。」
フォースの頭には、シュウナが宝剣を手にいれる事。
ノヴァの頭には、義務を果たし失われた妹の情報を得る事。
膠着状態が続いていた。
そして、それぞれの意志の交錯の中、第三者によってノヴァの方に天秤を傾けられた。


《3》

「そんな言葉に耳を傾ける必要はない。」
陽炎の様な身体を揺らめかせ、現在、この国、この城の主を気取っている男。
アレクザード=フォンフォーネルが現れた。
いや、正確にはこの場にはいないのだろう。
現れてなお揺らぎは収まらず、あまつさえ身体を透けて石壁が覗いているのだ。
「魔導幻影での登場……か。ずいぶん余裕だね。」
フォースは幻像のアレクを向き、呆れた様に肩をすくめた。
「その術って、抜け殻になった肉体が無防備になるんじゃなかったっけ?」
アレクの幻影は、ほうと感嘆の声を上げ顎をしごいた。
「よく知っているな。」
「ボクは魔術マニアでね。」
そんなアレクをあざ笑うかのように、フォースは冗談ともつかない返事を返した。
アレクはフォースの態度に、内心憤慨していた。
彼は、強者であれ弱者であれ、自分に対する蔑み、嘲りを許せない質であった。
それがどんなに些細な事であっても、だ。
「フォース君、余裕を見せすぎているのは君達じゃないのかね?」
アレクは何事か思いついた様に、わずかに口を歪めて語りだした。
「どう言う事だい?」
「あの時会ったプリンセス・アリシアが、既に偽者だとしたら?」
「…………」
フォースの沈黙に、アレクは三日月の様に裂けた口から低く、善意の欠片も感じられない笑い声をあげた。


同時刻、隣の、つまり宝剣の間でシュウナは訳も分からず剣に手を掛けていた。
「抜けねぇぇぇぇぇ!」
祭壇の様な文様の彫り込まれた直方体の台。
そこには華美な装飾の施された、明らかに武器としての役目を果たせそうにない儀礼様の剣が深々と突き刺さっていた。
「ったく、こんなモンが何の役に立つんだよ。」
一回引き抜こうとしただけで全てを諦めたシュウナは、剣の柄に蹴りを入れた。
『痛い!』
「そぉ、痛ぇよ。
抜けもしねぇ剣を引っ張ったんだ。手がヒリヒリすらぁ。」
『無理に引き抜こうとするからです。』
「そぉかもな。」
『そうです。
ものには順序というものがあります。』
「順序ねぇ~………?」
この異様な会話にやっと気付いたシュウナは、はっと顔を上げ、辺りを見回した。
「だ、誰だ?」
今更ながら、シュウナは直接頭に響いてきた声に驚愕し、パニック寸前の状態に陥っていた。
『私の身体に靴跡をつけておきながら、誰だとは失礼な方ですね。』
「まさか……」
シュウナはゆっくりと振り向き、剣にはめ込まれた大きなエメラルドに顔を近づけた。
『無礼者!
臣下なら一段下がるのが礼儀でしょう。離れなさい!』
しかし、シュウナは後へ引かなかった。
先ほどの恐怖は何処へと消えたのか、積極的という言葉があてはまるかのようにベタベタと宝剣を触りだした。
『は、破廉恥な……止めなさい!
止めねば斬ります!』
この言葉にシュウナは慌てて手を離すと、蹴りを入れても動く事の無かった宝剣がガタガタと揺れだした。
「あんた、もしかして『魔剣』って奴か?」
シュウナが発した問いは、激しく間の抜けたものだった。
宝剣が揺れを止め、元あった深さより更に深く突き刺さってしまったのがいい証拠だ。
『あなた、そんな事は見れば分かるでしょうに……』
「いや、分からん。」
二人の間に沈黙が訪れる。
自分にとっては当たり前の事が分からない。しかも、それを説明する事がどんなに億劫な事かを知るこの魔剣は、シュウナを無視して話しを進めようかと一瞬思った。
しかし、自分を扱う事になるであろう人物が無知な事の方が生理的に嫌だと感じ取り、静かに説明を始めた。
『いいですか?
まず、この世界の武器には四つの種類にわける事が出来ます。
剣を例に取れば、物理剣、魔法剣、魔力剣、魔剣です。
物理剣は文字どおり物理攻撃のみが出来る物で、
魔法剣が何らかの魔法が込められた物、
魔力剣は魔力で刃を成す剣、
そして、私の様に意志を持つ剣が魔剣と呼ばれるのです。
分かりましたか?』
「でも、それは分類だろぉ。
見分けについてはどうなんだよ?」
珍しくシュウナがしっかりと話しを聞いていたと思えば、希にみる鋭い質問を魔剣に投げかけた。
その表情は自身に満ち、瞳は何処か挑発するような光を秘めていた。
『え……それは、その……』
魔剣が口ごもった瞬間、シュウナは台座に飛び乗り、魔剣の柄を力一杯引き上げた。
『な、何をするんですか!
先刻、順番があると言ったではありませんか!』
再び魔剣は刀身を揺らし、引き抜かれまいと必死に抵抗を始めた。
「やかましい!
魔剣が問答に負けたら勝った奴の物になるってのが相場なんだよぉ!」
『あ、そうなんですか?』
瞬間、揺れが止み、これを好機とシュウナは魔剣を引き抜いた。
『ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
再び、刀身を揺らすが後の祭、魔剣の嘆きがシュウナの頭に響くのみであった。
『あぁぁぁっ、なんて事なんでしょう!
自己紹介もしないまま、引き抜かれるなんて最低ですっ!
私の経験が少ないからって、出来て間もないからってぇ!』
「うるせぇ!
自己紹介がそんなにしてぇならさっさと始めな!
し・ず・か・に・な!」
この時、シュウナは魔剣の口走った、いや口を滑らせた言葉を聞き、勝ち誇った様な満面の笑みを浮かべた。
この、知ったかぶりの無知な魔剣は使える。そう、ふんだのだ。
だが、話しは思わぬ方向へと進み出すのだった。
この、自己紹介によって……
『うぅ……
わ、私の名は……アリシア。
プリンセス・アリシアです。』
「うそ……」


「姫が偽者……」
黒のフォースは信じられないと言うような素振りを見せ、一、二歩後ずさった。
「そう、偽者…」
陽炎の様に揺れる身体を広間の中央に映し出し、アレクは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
自分を馬鹿にした女へのささやかな復讐の余韻にひたっているのだ。
そして、ここでフォースへの死刑宣告を下した。
「ノヴァ君……君の仕事だ。
フォースを殺せ。」
言うと、アレクの映し出された身体は霧散し、光の粒となって消えていった。
「どうやら、オマエの言う『義務』ができた。」
二人の会話に傍観者を決め込んでいた彼女、ノヴァはゆっくりとフォースに歩み寄り、剣を構える。
対して、フォースは対峙もせず大きく伸びをしていた。
「つっかれたぁ~!
やっぱり、ボクにはお芝居は向かないね。
肩がこって仕方ないよ。」
「なら、肩を吹き飛ばしたらどうだ?」
ノヴァは更に一歩、構えられた剣の切っ先を向け歩み寄る。
「へぇ、オバサンにも皮肉の一つは言えるんだ。」
言って、フォースが手を下ろした瞬間、ノヴァがフォースの間合いに踏み込んだ!
ノヴァの剣は一直線に振り下ろされ、フォースの頭部めがけて襲い来る。
しかし、フォースは半歩後退しノヴァの第一撃を回避すると、二歩踏み込んで左肘を突き出した。
ノヴァは剣を持ったままだと腕を上げる事が出来ずガード不能と判断し、剣を捨て両腕を交差させて突き上げる。
ノヴァの腕によりフォースの肘は軌道を外れ、額をかすめたのみだった。
フォースは肘が外れた事を知ると、突き上げられた衝撃を利用し、瞬時に後退を試みようと下半身に力を込める。
しかし、いつの間に手をかえしたのか、ノヴァに左の手首と肘を掴まれた。
フォースは反射的に胸を反り腕を外に引くと同時に、次に起きる事を予想し、後悔した。
ノヴァはそのまま腕を掴みながら前に踏み込んだ。
同時に響く鈍い音。
左肩を突き抜ける激痛。
「うあぁ、ああぁあっ……」
肩の関節を外されたフォースは、初めて知る激痛に身体中の汗腺が開き、冷たい汗と共に吐き気がこみ上げてきた。
ノヴァは戒めを解き、フォースを突き飛ばす。
「これで、『あいこ』だ。」
解き放たれたフォースにその言葉が届たのかは定かではないが、自分の背後にある宝剣の間への扉の方へと移動した。
そう、文字どおり二、三度転がる様に。
「肩、を吹き飛ばしたから……外したの、かい?」
「そう言った。」
「ごめ、んよ。聞、いてなかっ、た。」
痛みを堪え、ただ地虫の様に這いつくばう事しか出来ないフォースに止めを刺すべく、ノヴァはフォースの眼前まで歩み寄った。
『死ぬ?ボク、殺されるの?
……そんな事無いよね。あるわけないよ。』
フォースの意識が現実を拒否したとき、思わぬ好機が訪れた。
「おい、大丈夫かぁ?」
シュウナである。
シュウナの突然の出現により、ノヴァはフォースの止めを刺す事を諦め、間合いをとった。
フォースは自分を抱き起こしてくれたシュウナに訊ねる。
「剣、は?」
突き抜けた痛みのせいで、いまだ途切れ途切れな言葉しか発する事が出来ずにいた。
「やかましいお姫様なら、ここだ。」
『やかましいとは何です。
失礼です。謝りなさい。』
「さっきからこの調子だ。
にしても、無茶な女だなぁ。相手も化け物女だけどなよぉ。」
痛みを堪えた引きつった笑い声をあげ、フォースはゆっくりと立ち上がった。
「持っててくれよ。」
言って、フォースは右手で左腕をシュウナの肩に置くと、シュウナは訳も分からずフォースの手首を掴んだ。
フォースは腰を落とす様な仕草で、肩関節をゼロポジションと呼ばれる位置まで動かした。
見た目は『反省』をしているように見えるが、外れた肩の関節を自然にはめるには最も有効で、関節を砕かない安全な方法なのだ。
当然、すんなりとフォースの肩関節ははまり、痛みの残った肩を抱く様に左腕で抱え込んだ。
「随分悠長だな。」
突然の言葉に、二人は首だけ動かしノヴァを見た。
「オバサンは優しいからね。」
言うと、フォースは跳躍し、ノヴァの背後を取ったと同時に当て身を喰らわせた。
思わぬ背後からの攻撃にたたらを踏んだノヴァは、バランスを保つのに精一杯でフォースの更なる攻撃に反応出来なかった。
「随分な事をしてくれる……」
「ボクは意地悪だからね……」
フォースはノヴァを羽交い締めにした。
ここ一番という場面でいつもノヴァが頼った能力-自らの体内に融合させた武器を排出する力-を防ぐためであろう。
更に、ノヴァの両腕を引き離す様に、強く両腕を組んだ。
「シュウナ!
右手は離した。君が攻撃するんだ!」
フォースの叫びに、シュウナは弾かれたように駆け出し、剣を振り上げた。
「姫さんよぉ!今は黙って、剣でいなぁっ!」
『仕方無いです。勝手にして下さい。』
「うおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
シュウナの初めて見せる真剣な表情と、猛きほう咆哮。
だが次の瞬間、この戦いを制したのはノヴァだった。
紅く、妖しい光を持つ幾重にも重なる剣、それがノヴァの背からフォースの身体を貫き現れたのだ。
「ぐ、はぁぅっ!」
フォースの口からは大量の血が吐き出され、ノヴァのまだ白銀色を残していた胸当てを真紅に染めた。
「あ、ぁぁっ……な、なんでだ!」
勢いを殺し、止まる事のできたシュウナは、パニックに陥りながらも間合いをとった。
「オマエの言う『化かし合い』、今度はあたしの勝ちだ。
あたしの能力は、右手から剣を出す力だとは一言も言ってない……」
ノヴァは白銀の翼をはためかせ、フォースを振り払った。
そう、ノヴァの背から現れた何本もの剣は、天使を思わせる翼のように、ゆっくりと動物的な動きを見せ、はた目には殺人の道具と思えぬ優雅さを持っていた。
「ま、まさ、か、隠し技、だなんて……」
更に血を吐きつつ、フォースは立ち上がろうとしたが、その足に力は入らず、片膝を突いてそのまま床に崩れた。
「別に隠してはいない。
オマエが勘違いしただけだ。」
「そ、それは、そう、だね……」
そこまで言うと、フォースの意識は闇にのまれた。
「くそっ!
どうすりゃいいんだ!」
『まったく。私を振るうなら、もう少し丁寧な言葉を使って欲しいです。』
シュウナとアリシアの発展性が皆無な会話を後目に、ノヴァはかつて感じたささやかな疑問の答を求めていた。
右の腕より一本の剣を出現させた。
いや、湾曲した刀身を持つそれは、南方に位置する龍国で製造される、世界で最も斬れ味が高いと噂される刀であった。
そして、ノヴァはゆっくりフォースに歩み寄ると、黒い衣ごと謎のヴェールを斬り裂いた。
「本当に、ただの女か……」
黒い衣の中より現れたのは、発達した肢体をハッキリと際立たせるウェットスーツに身を包んだ一人の少女であった。
中身が女と知ると、興味を失った様に裂けたマスクとゴーグルを外そうともせず、そのままシュウナを向いた。
「次はオマエだ。」
「あ?」
シュウナはアリシアとの会話に夢中になっており、フォースの衣が裂かれた事に気付いていなかった。
同時に、ノヴァがすぐ眼前まで迫っている事にも……
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
悲鳴にも似た声を上げ、シュウナはただやみくもに剣を振るう。
しかし、そんな攻撃がノヴァに当たる筈もなく、虚しく空を斬り続けるのみであった。
『ちょっと、落ち着くのです。
私の力を持ってすれば、あんな化け物女はイチコロです!』
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
シュウナにはアリシアの声すら届いていなかった。
今、シュウナは最大の恐怖を前に、『自分一人しかいない』、『頼れる者がいない』、その孤独が恐怖に追い討ちをし、剣が虚ろを舞う毎にシュウナの心が殺ぎ落とされていった。
『死ぬ、死ぬ、死ぬ、死んでしまう!
俺が消える。自分がなくなる。
死ぬのは嫌だ!
嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!
イヤダ…』
「わ、わた、私は……」
シュウナの口からは悲鳴が消え、代わりに呟きが漏れ始めていた。
『しっかりなさい!
私が無事なうちは、貴方は死にません。
気付いて、シライア!』
アリシアの必死の呼びかけも届かず、シュウナは縦に振り下ろしたのを最後に動かなくなった。
「恐れるな……
死は人に与えられた最後の権利なのだから……」
自嘲気味な呟きとともに、ノヴァは右手に力を込め、刀を振り上げた。
「う……」
ノヴァはシュウナの呟きに興味は無かった。
かつて、気まぐれで助けた事もあったが、今はどうでも良くなっていた。
そう、一瞬だった。
『あたしには、何もない……』
そう思った瞬間、シュウナが剣を突き上げてきたのだ。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
剣は自ら飛び出る様に猛り、ノヴァの左胸に突き刺さった。
「残念だったな…」
シュウナは蒼白な顔でノヴァを見上げたが、ノヴァの表情は変わる事無く、いつもの冷たい瞳でシュウナを見下した。
「あぁ、残念だったな。」
シュウナは言葉の意味を理解できずにいた。
しかし、ノヴァの瞳から目を下ろし、シュウナ自らがつけた傷口を見たとき全てを理解した。
血の一滴も流れていないその傷口は、ノヴァが左手でアリシアの刀身に触れたとき、虫が這うような動きを見せ、剣ごと左肩に移動した。
「うわぁぁぁっ!」
シュウナは剣を離し、後ろへと飛び退いた。
その表情は、蒼白を超え、既に死人のそれへと変わっていった。
ノヴァは左手に剣を伝わせ、持ち主がいなくなった柄をそっと握りしめる。
ノヴァの左腕、その内側が刀身にぴったりと密着した瞬間、剣はとけ込むようにノヴァの左腕となった。
沈黙…
静止した空間は沈黙を生み出し、沈黙はシュウナに恐怖の闇を呼び覚まさせた。
「…………!」
声にならない悲鳴が口から抜け出し、思い出した様に荒く息を吸い込むその顔は、恐怖の色しか見て取れなかった。
「オマエは人の死を全うできる。」
ノヴァは再び右の刀を振り上げ……
「素晴らしい事だ。」
言うと、刀を真っ直ぐ振り下ろし、事は起こった。


《4》

シュウナが最後の刻を迎えようと言う同時刻、彼らの直上に位置する王の間でも転機を迎えていた。
反乱組織のアリシア救出部隊はまんまと姫を救出したかに思っていたのだが、いつの間にかアレクザードの座する王の間へと導かれていた。
そして、今ここに反乱組織の生き残りと目される女性、マリーム=カフは一人の少女と対峙していた。
「何をしている!貴様、姫の影であろう!
それが何故、こんな事をするっ!」
そう、少女とは姫の影をつとめていた者であった。
そして、その少女はマリームを残した全ての反乱者を一撃の元に地に沈めていた。
「そうね、まぁ時期が来たから、って事では納得しないかしら?」
アリシアの姿をした少女は腰に手を当て、そっけなく答えた。
「時期、とはどう言う事だ!」
怒りと平静が同居したマリームは、怒りを抑えて影の少女を問いただした。
「明日がママの結婚式なのよ。」
次の瞬間、少女はマリームの間合い深くに踏み込み、握り込んだ拳をみぞおちにめり込ませた。
「くは……」
たまらず、マリームは少女に身体を預ける様に倒れ込んだ。
「そのまま眠ってなさい。
起きたら貴女を殺さなくてはならない……」
ほんの一時、重なり合った状態の時に発せられた少女の声は、マリームにのみ聞こえていた。
『どう言う事?』
マリームは疑問を抱えたまま、意識が闇へと落ちた。
「素晴らしいな。
ベル君、と言ったね。君も新人ながら良く頑張ってくれた。」
一部始終を壇上の王座から見下していたアレクは、心にもないねぎらいの言葉を少女ベルにかけた。
それを知っているのか、ベルの方も『どうも』とそっけない返事を返すのみだった。
そんなベルにアレクは気を害すると思いきや、先刻のフォースに絶望を与えた時の余韻に浸り、ニヤニヤと薄笑いを浮かべているのだった。
今のアレクには、ベルの返事など些細な事であった。
「今頃は、ノヴァ君が全てを片付けているだろうな……」
薄笑いは次第に声が混じり始め、高笑いとなり王の間に木霊した。


「あ、あ、あ、あ、あっ!」
魔剣アリシアを吸収したノヴァは左腕を掴み、急に苦しみだした。
今まで誰にも見せた事の無い、苦悶の表情であった。
そして、事は起こった。
ノヴァの全身から一斉に出現したのだ。
何本も、何本も、何本も……
一体、ノヴァの身体には何本の剣が融合しているのか。
無限にも思える数の剣は、ノヴァの体表と言う体表全てから世界全ての方位を指す様に突き出していった。
突き出すだけならまだ良かったのだろう。
出現した剣の全てが脈打ち、命を持った一個の生命体の様にバラバラに動き始めたのだ。
「何なんだよ、一体ぃ……」
ノヴァの悲鳴により幾分平静を取り戻したシュウナは、今の状況を理解できず、動くモノに襲いかかる仕草を見せる剣を避ける様に壁まで後退していた。
だが、この場において最も状況を理解できていない者がいた。
『あたしは……どうしたんだ?』
剣を身体に纏った者、ノヴァである。
『今までこんな事はなかった。
自分の能力には、皮肉な事だが自信を持っている。』
そんな二つの思いが、ある人物の最後のトラップを発動させたのだった。
「ホント、皮肉だね…」
なんと、地に臥していたフォースである。
「フォースぅ…」
シュウナは『フォースが生きていた』と言うより、『自分一人ではなかった』と言う事に腰が砕け、壁に背を預けてズルズルと座り込んだ。
うつ伏せであったフォースは上体を捻り、仰向けとなると言葉を続けた。
「オバサン、アリシアを吐き出す事をお勧めするよ。」
『何故だ!』
ノヴァの言葉は声にはならず、直接二人の頭に響いてきた。
「気付いてないのかい?
オバサンとローザは同じ身体で出来ているんだよ。」
『!』
「造られた、って言った方がいいのかな。」
その一言は、混乱したノヴァの頭にいつもの静けさを取り戻すのに十分であった。
そして、冷静になったノヴァは最も正しい選択をした。
「おおぉぉぉぉ…」
刹那、怒号の気合いとともに剣は勢いよく排出され、何もなかった広いだけの殺風景な広間に白銀のオブジェが出現したのだった。
それら全てを吐き出したノヴァ当人は、虚ろな瞳で広間の中央に降り立ち、一瞬の間の後、再び気合いを込め左腕を突き出した。
「あ、あぁ、あっ…」
ノヴァの顔はみるみる紅潮し、三度の声とともに突き出された左の掌から、先程とは対照的にゆっくりと回転し、ノヴァの体内に残された最後の一本、魔剣アリシアが現れ、乾いた音を響かせながら床に落ちた。
魔剣の排出に全精神力を使い尽くしたノヴァは、世界が歪むのを感じていた。
床の魔剣、フォース、壁にもたれるシュウナ、白銀の壁、天井の順にゆっくりと視線が動き、胸を突き出すように背中から倒れた。
同時に、ノヴァの全ての汗腺が開き、煮えるような汗が全身を濡らした。
『教えろ!ローザの事を教えろ!』
倒れたノヴァは言葉を発する力すら失われていた。
「どうやら気を失ったみたいだね。」
ようやく起きあがったフォースの第一声である。
しかし、シュウナはこのあっけらかんとした態度に激怒した。
「ざけんじゃねぇよ!
俺がどんな思いをして戦ってたのかわかってんのかぁ?」
「分かるわけないよ。」
即答され、シュウナの怒りは上昇の一途をたどっていたが、フォースの姿を、闇の衣の取り払われた姿を見たとき、フォースがおかしい事に気付いた。
「あんた、怪我は大丈夫なのかよ。」
そう、先刻ノヴァの攻撃を受け串刺しにされたはずなのに、破れた服の隙間より肌が覗くだけで血痕の一つも確認できなかった。
「傷は塞がったんだから心配する必要ないよ。」
言うと、フォースは不自然に残ったフードを無造作に脱ぎ捨てた。
すると、エメラルドの長い髪が弾む様に流れ落ちた。
「あんた、本当に女だったんだな…」
その姿を見たとき、シュウナは改めてフォースが女である事を認識した。
そして、プリンセス・アリシアに瓜二つである事も…
「そ、ボクは女さ。」
言うとフォースはシュウナに剣を拾うよう促すと、更に言葉を続けた。
「さあ、行くよ。」
「何処に?」
「王の間に…」
最後の言葉と同時、突然フォースはシュウナに飛びついてきた。
「わっ、何を…」
「ここに降りた時と同じ事をするだけさ。」
悪戯っぽく笑うとシュウナをしっかりと抱きしめ、輝く光の集束とともに二人は広間からかき消えた。
『あいつ、一体?』
白銀色の壁に塗り固められた広間にはノヴァ一人が残され、力尽きた彼女にはフォースに対する疑問を心に描く事しかできなかった。


《5》

弾かれる様に王座から立ち上がったアレクは、閃光とともに現れた二人に怒号をぶつけた。
「なんだ、貴様らぁ!」
二人、フォースとシュウナは背後からの怒声に振り返り、声の主を認めると同時に最終目的の遂行場所に着いた事を知った。
「やかましい!
これからテメェの命を貰ってやるんだぁ…
覚悟しなっ!」
人はこうも変わるものなのか。かつてのシュウナには決して吐けない台詞だった。
しかし、アレクの目はフォースを向いていた。
「まさか、プリンセス自ら私に会いに来てくれるとはね。」
「ボクはプリンセスじゃないよ。」
即答で否定され、アレクに先刻の怒りを助長させた。
「あの女、しくじりおって。」
吐き捨てるように言うと、アレクは怒りの収まらないまま王座に身を沈め、第三のA-K、ベルを前に出した。
「フォース君、君の言っていた『私と同等に渡り合える者』を倒した部下が相手をするそ うだ。
私と戦いたいなら、彼女を倒してからにしたまえ。」
アレクはフォースが絶望する様を見、再び心に平静を取り戻そうとした。
しかし、フォースはベルを一瞥しただけで絶望の欠片すら見せなかった。
「余裕の見せすぎだよ。ボクよりね。」
その言葉の意味がアレクには伝わらなかった。
唯の戯言と受け取り、内心嘲っていたのだ。『愚か者の気がふれた』と。
だが、対峙するフォースとベルの間に闇が生まれた次の瞬間、アレクは愚か者が自分であると悟った。代償として自らの人間性を失うほどに。
そう、生まれた闇は二人のアリシアを包み込み、再び小さな闇へと戻った時、彼女らの本性をさらけ出した。
二人はそっくり同じ顔をしていた。アレクにある人物を彷フツさせるエメラルドに輝く瞳。そして、ショートとロングの違いはあれど、燃えるような紅の髪。何よりその背に在る輝く天使の翼。
アレクには分かっていた。
自分の前に現れた二人が何者であるかを。
「ボクの名はフォース。
フォース=ウィルニーヌ=グランバード。」
『L-Ⅵ』と刺繍されたスーツを羽織った、白地の服にロングのストレートが映える少女が一歩踏み出す。
「あたしは、ベル=ウィルニーヌ=グランバード。」
『L-Ⅸ』と刺繍されたスーツを着込んだ、ショートヘアの少女も同じく踏み出す。
「父の命により…」
「反逆者、アレクザード=フォンフォーネルの処刑を行います。」
信じられないと言った表情を浮かべ、アレクは腰を浮かせていた。
「貴様達、レフトかっ…」
アレクの表情はは苦々しいものへと変わり、恐怖に、心の底から湧き出す恐れに身を震わせていた。
「フ、フォース?」
アレクと同様、シュウナも驚きのためにフォースの名を呼ぶ事しかできなかった。
この状況はシュウナのキャパシティをゆうに超え、理解不能な事態の傍観者でいる事で精一杯なのだ。
「馬鹿な!
グランバードだと?
貴様らの父だと?
馬鹿な!馬鹿な!馬鹿な!馬鹿な!
ウィルザーは龍国に亡命した。いや、俺がさせてやったんだ!
それが、何故、レフトを差し向けられる。
対A-K暗殺部隊、Angel-Knights-Left。
貴様らは、ウィルザーをも襲ったではないか!」
アレクは目の前の恐怖を否定する要素を並び立て、自らの破綻しそうな精神をどうにか保とうとしていた。
しかし、フォースが投げかけた一言で、アレクの心の壁に穴が開いた。
「もし、オジサンの逃がしたウィルザーが偽者だったら?」
「そんな…
俺は、自らの墓をただひたすら掘っていたのか?
……なぁ、教えてくれ。
俺は何処で間違った?」
震えながら一歩一歩迫り、懇願してくるアレクに、ベルは光輝く剣を持って彼の胸を貫いた。
「A-Kになど、ならなければ良かったのよ。」
慈悲も哀れみもない、抑揚の無い小さな呟きだった。
「俺は、何をしていたんだ……」
その言葉を最後に、Angel-Knightsが力を手にした代償を、アレクは払った。
貫かれた胸より激しい光が漏れ、アレクの身体を空へと引き上げていった。
光は全身を覆い、やがてゆっくりと光量が落ちてゆき、全ての光がアレクだった肉体の頭上に光輪を浮かび上がらせた。
今、ここに、前史民族である天使の一人、大天使ラファエルが降臨した。
『我、天界の外科医にして生命の樹の守護者、大天使ラファエル。
輝ける栄光は永遠に、人の血肉を形作る鋳型なり。』
頭に直接響く優しげな声を残し、ラファエルは天へと上昇していった。
「任務完了だね。」
「えぇ…」
彼の姿が消える様を見上げながら、二人の天使はそっと呟いたのだった……


「仲間同士で殺し合いかよ。
やるなら自分の国でやれよな!」
叫ぶシュウナの声は明らかに怒声である事が聞いてとれる。
無理もない事である。
今まで意志を同じくする同郷の者と思っていただけに、ウェンデル人である特徴とも言える赤毛と深緑の瞳を見せつけられては仕方の無い事であった。
が、フォースに助けられた事実が頭をよぎり、シュウナは声のトーンを落として二人に問うた。
「で、本当のお姫様は何処なんだよ。
まさか、この剣じゃねえだろ。」
刀身を下に向け、指さしながら更に続ける。
「はやく連れて来た方がいいんじゃねぇのか?
マリームの姐さんが目ぇ覚ますと厄介だぜ。」
シュウナはシュウナ自身、不審の欠片も湧かない事を不思議に思っていた。
確かにアレクを倒してはくれた。しかし、それでも二人はこの国を侵略しようとした騎士団の一員なのだ。
悪名高い、世界最強をうたい文句にするAngel-Knights=A-K…
であるのに、シュウナは絶対の信頼と安らぎを感じていた。
『この二人には、何度も助けられた気がする……
何故だ?』
シュウナはその思いを心に描いたとき、フォースの口から一つの真実が語られたのだった。
「プリンセス・アリシアはここにいるよ。
心も、身体も…」
「心も、身体も?
まるで、二つが分かれてる様な言い方じゃねぇか。」
シュウナの疑問に対する回答は語られず、二人が二人を見つめている事で返答してきた。
「どう言う事だ?
何で、俺達を見ているんだよ。」
多分、無意識の内であったのだろう。
シュウナは、自らフォースの言葉を肯定していた。
「心は、宝剣に。肉体は…」
フォースは一瞬迷った。
彼女自身、言うべき事だとは分かっている。
でも、彼女には言えなかった。
「シュウナ。アナタ、女なのよ。」
しかし、迷ったフォースを後目に掛け、ベルが先を続けていた。
「女?俺がぁ?」
すっとんきょうな声を上げ、次の瞬間にはアレク張りの高笑いが静かな空間に木霊した。
「冗ぉ談じゃねぇ!
俺の、ど・こ・が、女なんだよ!」
高笑いが止むと、シュウナは怒声張り上げ、拳を突き出した。
「あたし達を見てたでしょ。
人の姿なんて、どうにでもなるのよ。」
言うと、ベルは小さく呪文を唱えた。
刹那、先刻二人を覆ったのと同様の闇が生まれ、シュウナの体表全てを闇色へと変色させ、身体が膨れると同時に弾けた。
すると、弾け飛んだ闇は空間の一点に集まり、漆黒の腕輪を形作ると真っ直ぐ床に落ち、乾いた音を響かせた。
「これは…」
シュウナは落ちた腕輪を拾い上げようと手を伸ばしたとき、自分の身体に起きた事態に気付いた。
女性的なふくよかさを兼ね備えた華奢な腕。
先刻まで何度も頭の中に響いていたものと同じ澄んだ声。
「俺は……」
いつの間にか変化した細い腕をまじまじと見つめ、肩を震わせながらフォースに振り向いあた。
すると何処から取り出したのか、シュウナの全身を映し出す大きな鏡が置かれていた。
「んな、馬鹿な!
魔法だ、魔法に決まってる!」
シュウナは大鏡に映し出された自分の姿、プリンセス・アリシアの顔を持つ自分の姿を否定した。
「そう、魔法だよ。
今までの、シュウナと言う存在全てが魔法で造られたものなんだ。」
静かに語るフォースに、先程の迷いはなかった。
「嘘だ!」
自分と言う存在を否定されたシュウナには、現実を否定するしか道がなかった。
「君の身体は、プリンセス・アリシアなんだ。」
「嘘だ!」
「そして、君の本当の肉体はその手に握られている。」
「え……」
フォースの言葉にシュウナの心は止まり、同時に否定の心が少しずつ萎えていった。
「あたし達は、アナタの要求をのんだのよ。
アナタは王国を護りたい。そう、言ったわ。」
「俺が?」
シュウナは分からなかった。理解できなかった。
シュウナ自身、身に覚えの無い事なのだから。
「元に戻れば分かる事よ。」
言うと、ベルはシュウナの額に掌を当て、そっと瞼の上に移動させ目を閉じさせた。
「次に目を覚ましたときには、全てを思い出しているわ。
そう、全てを、ね。」
この日、プリンセス・アリシアの救出劇は王都を駆け巡り、反乱組織『堕天使の翼』の面々は一躍英雄へと祭り上げられた。
しかし、そこにはシュウナと呼ばれた少年の姿はなく、代わりに一振りの荘厳な雰囲気を放つ魔剣が、クイーンとなったアリシアの側にたたずんでいた。
これから先、二人は主従以上の信頼を持って運命の渦に飛び込む事だろう。
その先に崩壊する世界が待っていようとも……


エピローグ

「オバサン!オバサン!」
仰向けに臥するノヴァをのぞき込む様に、フォースは広間に降り立った。
「この人が、あたし達の?」
同じく、ベルもフォースと向き合う様に降り立つと、ノヴァをのぞき込んだ。
「うぅ…」
朦朧とする意識の中、ノヴァは思った。
『こいつら…
あたしの命を取りに来たのか?
もう、どうでもいい…
結局、無駄だったんだ。』
力の尽きたノヴァは全てを諦め、自分が消える事を覚悟した。
しかし、そんなノヴァに発せられた言葉は意外なものであった。
「叔母さん、初めまして。
ウィルザーと弥生が七女、ベルです。
ローザを引き離してごめんなさい。
治療が済めば、会えるから…
それまで、待ってて下さい。」
ノヴァの意識は一瞬にして覚醒した。
しかし、身体が動かないのには変わり無く、瞼を開くのでさえ渾身の力が要るほどであった。
そして、ようやく開いたその目に飛び込んできたのは、A-Kを示す紋章と、所属を示す『L-Ⅸ』と言う文字であった。
『レフトのナンバーⅨ…』
その二つの文字をしっかりと心に刻み込んだとき、ノヴァの意識は途切れた。
「行こうか。」
「えぇ、帰りましょう。」
二人はノヴァの腕を片方ずつ抱え込み、輝く翼をはためかせた。
ゆっくりと宙に浮き、地上より離れた三人の姿は、『二人の天使に天界へと誘われる新たな天使候補』そんな神々しいものであった。

(第二話 『ロストプリンセス』 了)

 

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【another】第一話『トウソウする者達』

「聞いて驚け!昨日、サウザンドを追い返したのは俺様だぁ!」
一人の酔っぱらいの戯言が、この酒場『堕天使の翼』に静寂をもたらした。
そして、その酔っぱらいに向けられる冷たい視線。
酔っているとは言え、この異常な場の変化にはさすがに気付く。
「馬鹿野郎!」
怒鳴るや否や、男の連れが慌てて周囲に弁解を始める。
「すまねぇ!こいつ、初めてなんだ。だから、な、許してやってくれよ。」
しかし、周囲から返ってきたのは死刑宣告のような一言であった。
「それを決めるのは俺達じゃねぇ。」
「そうさな・・・・」
「あぁ、俺達じゃねぇ。」
そして、視線は彼女に向けられる。
彼女・・・・ノヴァ=デ=ドゥーディに・・・・
冗談みたいな名前だが、今の彼女には仕方の無い事だ。
”今日も(Today)”彼女は”誰でもない存在(Nobody)”なのだから・・・・
「ノヴァ姐さん・・・・」
ホラ吹きの連れが、彼女を見て引きつる。
これも仕方の無い事だ。
別に、彼女の風貌が醜悪であるとか、女性の割には身体が筋肉質であるとか言うためではない。
むしろ、美人・・・・と言うより可愛いと表現されるような二十歳前の女性に見える。
ただ、顔に似合わない物が三つ。
一つは軽戦士風の装備。そして・・・・
可愛い顔を台無しにしている頬の爪痕と、冷たい瞳であった。
そう、連れの男は何よりも、その冷たい瞳に見据えられた事に恐怖しているのだ。
「サウザンドについて知っている事を話せ。」
淡々と問いかけてくる彼女に対し、ホラ吹き男は立ち上がり、剣を抜いて答えた。
「ここは強い奴が認められる国だ。あんたがそうとは思えねぇ・・・・」
「あたしもそう思う・・・・」
座ったままで答える彼女。
「お前がそうとは思えない。」
表情に変化を見せない彼女に対し、安酒の助けもあってみるみる紅潮するホラ吹き男。
「言わせておけばぁ!」
そう、それは一瞬の出来事だった。
彼女に振り下ろされたはずの剣は跡形もなく消え去り、男は剣を構えたままの体勢で硬直した。
再び訪れた沈黙の中、ホラ吹き男は考える。
『剣はどこにいった?・・・・酔いが回ってどこかにブン投げちまったのか?』
答は出ない。出ようはずもなかった。
「お前に手品を見せてやろう。」
彼女は先ほどと変わらぬ、座ったままの体勢で右手を男の前に突きだした。
この時、男は自分が相手にした女の、得体の知れない行動に恐怖し、何故こんな奴に喧嘩を売ったのかと自分を呪った。
そして、それはゆっくりと女の右の掌より現れた。
剣の切っ先、刀身、見覚えのある細かいキズ・・・・
そう、紛れもなく自分の剣そのものであった。
「う・・・・うわぁぁぁぁぁっ!」
そのまま弾き飛ばされるように、腰から落ちるホラ吹き男。
「まさか、ソードイーター・・・・」
バタバタと床を転がるように後ずさる男に対し、虫を踏み潰すときのような何の感慨も持たない表情で、彼女は言い放った。
「知らぬなら、死ね!」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
恐怖、恐怖しか現れぬ男の顔めがけ、完全に姿を現した男の剣を投擲する体勢に入った。椅子に座したままで、どの程度の威力が得られるのか疑問であったが、男にそんな事を考える余裕は無かった。
今、まさに剣が放たれようと言う瞬間、彼女に”止め”が入った。
「だめぇぇぇぇぇぇぇっ!」
この酒場で唯一、彼女を止める事のできる人物。
パジャマ姿でうさぎのヌイグルミを抱えた、およそ酒場にふさわしくない姿の女の子。
彼女の妹、ローザであった。
「だめだよ、そんなことしちゃぁ!
そんな事したって、何の解決にもならないよ!」
ここに至って、ノヴァが初めて笑みをもらす。
それが何を意味するのか、気付いたときには剣が放たれていた。
「うわぁぁぁっ!」
ホラ吹きとは言え、その男もプロであったのだろう。
わめきつつも、剣の軌道を瞬きする事無く追っていた。
「あたしもそう思う・・・・」
剣は男の足元、床に深々と突き刺さっていた。
「クソ!馬鹿にしやがって・・・・」
男が連れに肩を抱かれ姿を消すと同時に、酒場に喧噪が返ってきた。
「また、満月がくる・・・・」
ノヴァの呟きは、ここにいる誰にも聞かれる事はなかった。

****************************************
Angel-Knights
-another-

第一話  トウソウする者達

****************************************

《1》

神暦0999年。
ここ、ウェンデル国首都ウェンデルの都では、ハンター達が闇を徘徊していた。
この都には正式な衛兵、警備兵と言う者は貴族区画にしかおらず、一般市民に対する犯罪が横行していた。
それを改善し、市民を護る者が必要と考えた王子ウィルザーは、市民による市民護衛隊を結成。
彼らは、ハンターと呼ばれ、犯罪者に恐れられた。
犯罪者と戦うからには、それ相応の見返りが欲しかった。
そこでウィルザーは考えた。
結果、1:犯罪者に賞金をかける事、2:ハンターとして実績を積み上げた者には、この国の騎士団Angel-Knights:A-K(アーク)への編入が与えられる事となった。
撒き餌は上々、魚は食いついた。
おかげで、犯罪件数は減り、とうとう賞金首は一つとなった。
名は、『サウザンド』。
3ヶ月前に突然現れた奴は、満月の日にのみ現れ、千の姿を持つ化け物だという。
奴と戦い、還ってきた者は少なく、決して群れる事の無かったハンター達が協力するほどであった。
そして、この物語の主人公であるノヴァ=デ=ドゥーディは、ハンターズギルドの一つ、堕天使の翼のハンター達を束ねていた。

「嫌な光だ・・・・」
天を仰ぎ、呟くノヴァ。
そこには、蒼白い光をたたえる満月があった。
「ノヴァぁ~、いっちゃうの?」
その問に、ノヴァは無言でローザの頭をポンとたたく。
ローザを前にしてさえ、その表情に変化を見せない。
「お前は一度、襲われているんだ。
外に出ないで寝ていろ。」
そのままローザを酒場に押し戻し、屈強そうに見える男どもを従えノヴァは闇に消えた。「ノヴァぁ~、ローザ恐いよ・・・・
何もできない、何も覚えてないローザが恐いよ・・・・」
ローザはうさぎのヌイグルミを、ぎゅぅぅっと抱きしめ、がらんとなった酒場をうろうろしはじめる。
「後で、ホットミルクを持って行ってやるよ。蜂蜜をちょっとたらしてな!」
見かねたハゲでヒゲのマスターが、イタズラっぽく笑って見せた。
しかし、ローザはマスターの方を見る事も無く、酒場の二階にある二人の部屋にトボトボ帰っていった。
「やれやれ、仕方ねぇか・・・・」
呟いて、薄くなった頭を二三度かいて見せるマスターの背後から声がした。
「あぁ、仕方ねぇさ、あの女が悪いんだ。」
鈍い音とともに、マスターの意識が途切れた。
そして、崩れるように倒れたマスターの背後に立っていたのは、先日のホラ吹き男であった。
この瞬間、ハンターになるべく地方から売り込みに来たホラ吹き剣士、ナイルズは犯罪者となった。
「殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!・・・・・・」
呟きながら、二階に歩を進めるナイルズ。
その表情は怒りを通り越し、喜び・・・・
この男の頭のネジが、確実に二三本外れていた。
そして、二階にある三つの部屋を一つづつ蹴り破る。
「どこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
どこに居やがる、あの小娘どもぉぉぉぉぉぉぉっ!」
二階には、ヒトが居なかった。
代わりに、最後に入ったローザの部屋には・・・・
化け物がいた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ナイルズの表情は恐怖とともに凍り付き、そこから一歩も動く事ができずに立ち尽くした。
化け物はそれを不思議に思ったのか、首を傾け、ナイルズに近づいてきた。
「ばっばっばっ化け物ぉっ!」
その言葉に、化け物が身体を震わせる。
そして、化け物の身体が流動し、男が見慣れた姿へと変化する。
か細い腕、ふくよかな乳房、穏やかな美しい笑顔。
間違いなく、人間の女性のそれであった。
上半身は・・・・・
「ヘ、ヘヒッ、ヘヒッ、ヘヒヒヒヒヒヒヒヒ・・・・」
女性の姿となった化け物はナイルズの頭を胸に抱き、次の瞬間、ナイルズの頭部が無くなっていた。
「クォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
奇声をあげ、再び姿を変化させながら、化け物はローザの部屋の窓を破り、天に舞い上がった。
砕けたガラスの反射光に彩られ、さながら天使のような姿を月に映し・・・・・・・・


《2》

ノヴァが酒場『堕天使の翼』に戻ると、彼女が倒れていた。
「ローザァァァァァッ!」
ノヴァの妹、ローザである。
ノヴァはいつになく慌て、叫びながら駆け寄った。
ローザを抱き起こすと、ようやく昇った太陽の光にローザがキラキラ輝いた。
「この傷は・・・・」
さすがのノヴァもこれには驚きを隠せなかった。
あちこちにできた小さな傷から出た血、それが細かく砕けたガラスをローザの身体中に張り付けていたのだ。
ノヴァは、ガラスが刺さっていないか、それだけを心配して彼女の小さな身体を慎重に調べた。
好運にも、彼女の身体にガラス片は刺さっていなかった。
それ以外の傷は、何故できたのかが識別できなかったが、命に関わる様な物ではないと分かり、ノヴァはひとまず胸をなで下ろした。
「嬢ちゃんは大丈夫かい?」
一人のハンターが心配して声をかけてきた。
ノヴァは慌ててローザの右腕を隠し、大丈夫だと返事をして彼女らの部屋へと運んだ。
そして、ローザの意識が戻ったのはその日の夕刻であった。
「何があったの?」
酒場の二階にある一室、ノヴァとローザの部屋である。
当然、ローザの意識がないうちに部屋はきれいになっていた。
どこかで見たような首無し死体は処理され、何事もなかったように部屋の家具類は整然と整えられ、あまつさえ燭台に炎がともっていた。
「まさか、また来たの?」
一階の男どもには決してみせない優しい顔で、ローザに訊ねた。
その問に、ローザは身体を震わせ、ただうなずくだけであった。
ノヴァは考える。
『何故、サウザンドはローザを付け狙うのか?』
『何故、それがローザなのか?』
自分の記憶さえままならないノヴァにとって、それは大きすぎる難題であった。
「ノヴァ~」
涙目で抱きついてくるローザを抱え、ノヴァは一つの決意をした。
「次の満月の夜までにサウザンドをつかまえる。だから、心配するな!」
その表情は二人だけの『優しいノヴァ』ではなく、ハンター『ソードイーターノヴァ』のものとなっていた。
「ノヴァ~」
その、ローザの鼻にかかった声に後ろ髪を引かれつつも、ノヴァはその部屋を後にした。
しかし酒場におりたとき、先ほどの決意を揺るがす事態が起こった。
撹乱である。
「姐さん、俺達ゃぁ今回の戦いで分かった。」
今回、サウザンド狩りに同行したハンター達である。
「あぁ、その通りだ!毎回死人が出てねぇのが『堕天使の翼』の自慢だったが、俺達は姐さんについていけねぇ!」
どうやら、そいつらが他のハンターを扇動しているらしい。
「どうしろと言うんだ?」
ノヴァは怒っているのだろうか。いつにも増して瞳が冷たく光る。
「頭から降りてもらう。」
決して背が高い方ではないノヴァは、屈強そうな男どもの壁に見おろされる。
しかし、冷たい瞳は輝きを失わない。
「この国は・・・・強い奴が認められるんだろう?」
ノヴァに見据えられ、壁となっていた男達に亀裂ができはじめる。
「た、確かにそうだ!だが、それも人間同士の話しだ!
姐さんも見たろう!ありゃぁ・・・・バケモンだ!」
「そうだ!傷を付けてもすぐ塞がる!俺が見たくねぇ姿に変化しやがる!」
「人間同士ならやっていけたさ!だが、俺達ゃ、A-Kじゃねぇんだ!ただの人間なんだ!」
しかし、ノヴァの答は変わらなかった。
「人であろうが、化け物であろうが変わりある物なのか?力と言う物は?」
同じく、ハンター達も考えを変えるつもりはなかった。
「俺達は死にたくないんだ!肉親が何度も襲われてるあんたとは違うんだよ!」
止めの一言を言ったハンターは、まずい事を言ったと後悔しながらも、ノヴァを見下す姿勢を取り続けた。
「そうか・・・・
ならば、臆病者は不要!『堕天使の翼』を出て行け!」
この、ノヴァの台詞にどよめきが起こる。
ノヴァに罵声を吐く者、自らの力を省みる者、どちらともつかずに同じ様な考えを持つ者に同意を求める者。
罵声を吐いていた者達が剣に手をかけたその時、マスターから止めが入った。
「止めるんだ、オマエら!」
そして、次にマスターが口にした言葉はノヴァにとって思いがけない言葉であった。
「ノヴァ、お前は台風の目だ!」
この一言で、ノヴァは全てを理解し、この場に仲間が一人も居ない事に気付いた。
「俺達全てを巻き込む前に・・・・『堕天使の翼』を去ってくれ・・・・・」
この言葉に一瞬表情をこわばらせ、言おうと思った言葉を飲み込んだ。
『せめて、ローザだけでもここに置いておいてくれ。』
無理な相談である。
サウザンドの標的となっているローザを置いておけるはずもない。
どうやら見切り時のようだ。
ここにいては、協力を得るどころか邪魔され兼ねない。
ノヴァは彼らの要求を受け入れた。
「わかった。」
そのままきびすを返し、階段を昇ろうと二階を見上げたその時であった。
パリィィン!
二階から響いた音。
紛れもなくガラス窓が破られた音であった。
そして、間を置かずして外に何かが振ってきた。
ダンッッ!!
大きな振動が酒場に伝わり、一階の窓ガラス全てが
酒場の中に飛び込んできた。
音にせよ振動にせよ、ローザの様な小さな女の子が出せるようなモノではなかった。
「まさか・・・・サウザンド!」
満月の夜を待てず、人に似て非なる醜悪な姿をさらし、奴は現れた。


《3》

「サウザンドォ!」
ノヴァは奴から逃れようとする男どもをかき分け、外に出た。
奴の姿は左半身が男で、右半身が女。前腕から急に太くなった両腕には手関節がなく、五本の鋭い爪が生えていた。そして、植物の根のような足は八方に伸び、地面にしっかりと根を下ろした。
「そんな・・・・」
滅多な事では驚かないノヴァはその姿に恐怖を覚えた。いや、姿ではなく、街の明かりに覗いたその顔にだった。
左半分はノヴァが一度だけ会った事のある男、先日のホラ吹き男。
そして、右半分の女の顔は・・・・
「ロー・・・ザ?」
随分と大人びている。そのうえ、出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。まぁ、上半身な上に右半分だけだが・・・・
「くっ・・・・・キサマ得意の幻惑か!」
吼えて、半歩踏み込み、右腕を横薙に払う。
すると、剣を持っていなかった筈の右腕には長剣が握られ、周囲の空気を振動させるような悲鳴とともに、サウザンドの腹部に横一文字の紅い線が描かれた!
「クルォォォォォォォォォォン!」
一瞬の間を置き、奴の腹から血が弾け飛んだ。
返り血を浴びたノヴァは全身を紅に染め、次の斬撃を繰り出すために長剣を捨てた。
そして、素早く頭上に両腕を組み、右腕より鉄の塊を出現させた。
そう、まさに鉄塊、通常の大剣よりも大きく、長い剣・・・・『だんびら』と呼ばれるモンスターソードであった。
「くらぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
止めとばかりに放たれたその一撃は、一撃必殺。どの様な大柄な男であれ、サウザンドの様なモンスターであれ、両断できる威力を持っていた。
しかし、ノヴァの一撃はサウザンドの能力によって回避された!
「ノヴァ~」
右半分だけであったローザの姿が左半身へ侵食、瞬き一つにも満たないほんの少しの時間で、上半身全てがローザの姿へと変化していた。
決して体格が大きいわけではない彼女のどこに『だんびら』を保持できる力があるのだろう。彼女はサウザンドの頭を打ち砕く寸前、剣を止めてしまった。
当然、こうなる事を予想していたサウザンドは、先ほど斬られた腹部より下・・・・大地に根をはった植物のような下半身を切り離した。
切り離された根はうねり、大地を揺るがせた。
ノヴァは後悔するより速く、『だんびら』を根に叩きつけていた。
大地の脈動はおさまったが、サウザンドは鋭い爪を羽へ、両腕を純白の翼へと変化させ、天に舞い上がった。
そして、再びサウザンドに逃げられた・・・・
「くそっ!」
ノヴァは粉々に砕けた石畳に両腕を叩きつけ後悔する。
『何故、あそこで剣を止めたのか。』
彼女自身、あれがローザではないことがわかっていた。
『分かっていた筈なのに、何故止めた!』
自問自答する彼女に分かるのは二つ、これで確実に『堕天使の翼』を出て行かねばならない事と、ローザが行方不明になったと言う事だった。
「ローザ・・・・あたしの、仲間・・・・」
ノヴァは、無意識に口にした言葉の意味に気付く事無く、街の闇にのまれようとしていた。
しかし、変な男・・・・いや、年の頃は17、8か?黒衣の変な少年に腕をつかまれた。
「ちょっと、オバサン!ボクにつきあって!」
ノヴァは自分の年を忘れていたが、少なくともオバサンと呼ばれるほどこの少年と年が離れているとは思えない。
だが、抗議の声をあげるより速く、そこに着いていた。
人通りの少ない路地裏、近くにゴミが散乱しているのか、鼻につく異臭が充満していた。
「あれだよ、オバサン。」
指さされたその先には、紛れもない、両腕を翼にしたままのサウザンドがいた!
どうやら、下半身の再生を行っているようだ。腹部が脈動し、美しい女性の脚線を創り出す。同時に、翼であった両腕も女性のそれに変化を始めた。
「サウザンドは・・・・女?」
「そうさ、すげぇだろ。あいつは、いつもここで変身を解くんだよ。」
ここに至って、初めてこの少年の存在と行動に不審を抱く。
「ナラ=バクスプール=ツインスター。」
何者と聞く寸前、それを遮るように自己紹介をした彼は、同業者・・・・つまり、ハンターであると付け加えてきた。サウザンドを見つけても一人では対抗できない、ソードイーターの通り名で有名なノヴァを見つけたので助けてくれ、と言うのがナラの言い分である。
そして程無く、ノヴァは協力を受け入れた。
この少年の言葉がノヴァにとって抵抗しがたいモノであるかのように。
「オバサン!サウザンドが!」
そう、サウザンドが一人の女性の姿になったかと思えば、今度は身体が縮みはじめていた。
そして、変化が完全に止まったとき、一人の協力者を得たと同時に、一人のかけがえの無い『者』を失った。
そこに立ち尽くしていた少女は、サウザンドの正体は・・・・ローザだった。


《4》

「ローザ・・・・・・」
街道から微かにもれる光に照らされ、小さな女の子の一糸まとわぬ姿が映し出される。
間違いなくローザであった。
しかし、その目は虚ろで、まだ満月のように見える月を眺めていた。
「どうするんだい?オバサン。彼女がサウザンドだよ。」
ナラは二人の関係を知ってか、知らずか、剣を突き出し『倒そう』と促してくる。
もちろん、ノヴァの答は『NO』であった。
ノヴァにとって、彼女はかけがえの無い・・・・
『ローザはあたしにとって何なんだ?』
自問自答する彼女は、覚えている中で最も古い記憶を呼び起こそうとしていた。
そして、思いだしたのは3ヶ月前、『堕天使の翼』のマスターに拾われた雨の日の夜であった。
しかし、もう二人が一緒にいた。
それ以前の記憶はない。思い出せないのだ。
ノヴァの苦悩する様を見て、ナラは理解できないという様に眉をひそめる。
確かに、放心状態の様になっている今なら、サウザンドを倒す絶好の機会なのだ。
ハンターであるナラにとって、それは当然の反応である。
だが、ノヴァにとって、そこにいるのは『ローザ』であって、『サウザンド』ではない。
同じ様に、過去を思い出せない少女なのだ。
「仕方無いなぁ・・・・」
みかねたナラは、腰から下げたサーベルを鞘から抜き払う。
「オバサンが殺らないなら、サウザンドの首はボクが貰うよ。」
玩具を貰った小さな子供の様な純粋な微笑みをノヴァに投げかけ、サウザンドの前に躍り出た!
一瞬遅れてナラの行動に気付いたノヴァだが、彼を止める事ができなかった。
ナラを前にしても月を見上げ続けるサウザンドの首を、彼はハネ飛ばした。
「ローザァァァァァッ!」
彼女の首は弧を描きながら中に舞い、華奢な身体は彼女の背後に跳ね飛ぶように倒れた。ナラはそこで一抹の違和感を覚えたが、ノヴァはそれを感じるより早く、走っていた。
ナラの満面の笑みを浮かべたキレイな顔を張り倒し、何もできなかった自分を呪いながらローザの首に駆け寄った。
しかし、そこにあったのは唯の肉塊・・・・ローザの顔とはほど遠いモノであった。
「これは・・・・」
ここに至って、ノヴァは目の前にいるローザはサウザンドである事を深く認識させられた。
これは、ハネ飛ばされたのではなく彼女が切り離したのだ。
ノヴァが振り返ると、首を失った小さな女の子の身体はゆらりと立ち上がり、飾り物の頭部を再生し始めた。
そして再び小さなローザとなると、ナラが気を失っている事を確かめた後、語りだした。
「ノヴァ~!」
いつもの甘えた猫なで声、本当のローザがいるようでノヴァには辛いモノであった。
「言え!ローザをどこにやった!」
ローザのノヴァではなく、ハンターノヴァの口調で彼女に問いただす。
ローザが生きている望みが低いために彼女をそうさせたのかも知れない。
再び、強い口調で同じ質問をサウザンドに問う。
すると、猫なで声のまま、サウザンドは一言言った。
「あたしは、記憶が戻ったよ・・・・」
ノヴァは、この言葉を理解するのに少しの時間を要した。
『記憶が戻った?』
「何を訳のわからん事を!」
ノヴァは『サウザンド=ローザ』と言う考えを頭の中から排除しようと、更に語気を荒らげる。
しかし、その一言を言うためにサウザンドに近づいてしまった事が今の考えを肯定してしまったのだ。
「その入れ墨は・・・・」
『TEST No.1000』
街道の光が彼女らを照らしたとき、サウザンドの右腕に入れられた文字が見えてしまったのだ。それは、ローザのそれと全く同じ物であった。
二人しか知らないはずのそれを、飾りや、呪術的文様でもないのにつけるとは考えにくい。
ノヴァは苦悩の末、認めた。
「ローザなのね・・・・」
「ノヴァ~
あたし、恐かったよ。満月の度に知らない自分が顔を出すの!
恐かった・・・・でも、分かったんだよ。」
矢継ぎ早に語るローザに対して、ノヴァのなんと静かな事か。
彼女には、何も語る事ができずにいた。
「あたしの敵が分かったんだよ・・・・
なんにも知らないあたしをこんな身体にした・・・・
でも、ノヴァは違う!
あたしとは違うんだよ・・・・」
ローザの静かな語りに顔を背け、ノヴァは絞り出すように言った。
「違うもんか・・・・違うはず無いだろ!」
そのまま彼女は自分の右腕に手を伸ばし、いかなる時も外される事の無かったバンダナが解かれていった。
「ほら、ね!」
自分の右腕をローザに突き出し、彼女をなだめようと必死に説得を始めた。
だが、彼女自身、何のための何の説得なのかが分からなくなっていた。
そんな困惑したノヴァにローザはそっと微笑んだ。
「サヨウナラ」
ローザの身体全てに異変が起こった。
成人女性の艶やかな肢体へと急成長し、背中が妙に盛りあがったと思った瞬間、白い翼が形成され、三度ローザ=サウザンドは闇の夜に舞い上がった。
「ローザ・・・・」
その日より、市街にサウザンドが現れる事はなかった。

(第一話 『トウソウする者達』 了)



 

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第1・1/2話『イニシエーション』

****************************************
Angel-Knights
-another-

第1・1/2話  イニシエーション

****************************************

「おめでとう。
明日のイニシエーションが済めば二人は〈Angel-Knights=A-K〉の一員だ。」
王の代行として王座に座するウェンデル国第一王位継承者、〈最強〉と〈天才〉の名を欲しいままにした〈魔導剣士ウィルザー〉の言葉である。
しかしその口調には何の感慨も感じられず、事務的な物であった。
『はっ、有り難き幸せ・・・・』
声を揃えてひざまずく話題の二人・・・・
〈サウザンド〉を追い払った〈ハンター〉、〈ノヴァ=ディ=ドゥーディ〉と〈ナラ=ツインスター〉である。
正確にはサウザンド自身がこの地を去ったのだが、ノヴァはサウザンドを捜すべく、現在の自分に不満を抱いていたナラは自分を変えるべく、A-Kを利用しようとしていた。
「では、イニシエーションの時に会おう・・・・」
その言葉を最後に、二人は王の間を退出した。
その直後、彼らと入れ替わるように第二王位継承権の所有者、〈ミリアンナ=グランロック〉が王の間に現れた。
「早かったな・・・・
一時間の遅刻だ。
まぁ、君の遅刻癖は今に始まった事ではなかったな・・・・
報告を聞こう。」
「はい。
単刀直入に言いますわぁ。
〈ミカエル〉とぉ〈リリス〉の連絡がぁ途絶えましたぁ。
最悪の場合ぃ、ペルソナの書き換えが行われた可能性がありますぅ。」
A-Kにとって、事は重大であった。
世界再生を掲げるA-Kにとって、この二人は欠かす事のできないパーツなのだ。
それより何より、A-Kの誰もが知るところの〈スーパールーズ〉、〈世界が滅びても十日は気付かない〉と噂されるミリアンナが、たった一時間の遅刻で現れたのだ。
事は重大だった。
同時刻・・・・
ウェンデル城最下層、〈レフトパレス〉の〈シャマインエリア〉と呼ばれる深淵なる闇の大空洞内部。
その中心より天に向かって生える一本のガラス管。
羊水に満たされたそこにたゆたう人の形を持たぬ男・・・・
〈A-K-L〉、通称〈レフト〉を統括する〈闇の熾天使ルシェール〉である。
彼は力を失っていた・・・・
いや、元々そんな物など無かったのかも知れない。
虚ろに見つめる闇がその疑問の答であった。
彼は得られる筈の無い力を欲し、結果自分の肉体を失った。
いや、奪われたと言った方が正確かも知れない。
彼自らがコピーした〈マテリアル〉のオリジナル、〈アークL〉と呼ばれる忌まわしき前史民族の意識によって・・・・
全てのマテリアルには意識が宿る。
ただ、複製されたそれらが前史民族のそれであるかは定かではない。
そのせいか、マテリアルに適合しなかった場合、マテリアルが砕かれた場合に自分の意識が飲み込まれ、肉体がマテリアルに最も適したモノへと変化するのだ。
・・・・ルシェールは運が良かった。
アークLに全てを喰われる前に自らの意識を切り離す事に成功したのだ。
しかし、肉体の無い人の精神は不安定すぎた。
よりしろとなるべき肉体が必要なのだ。
「パパ・・・・」
人の形をしていない肉体の浮かぶガラス管に語りかける少女が一人・・・・
年の頃は15、6。
彼女の肢体のみで言えば、女性のそれへと発達していた。
彼の七人いる娘の一人、長女〈フィニー〉であった。
「パパ、リリスを殺したよ・・・・
代わりに〈フェイ〉がリリスになってる。
これで良かったんだよね・・・・」
しかし、肉塊の父は何も答えなかった・・・・
「パパ・・・・夢で会おうね。」
彼女はガラス管に額をあて、静かに目を閉じた・・・・
唯一父と会話のできる精神世界に行くために。

☆   ★   ☆

「へぇ・・・・
オバサン、今すれ違った方を知ってるかい?」
ナラ=ツインスターが問いかけた人物・・・・断っておくが決してオバサンと呼ばれるような年齢でも、彼の叔母でもない。
何処からみても二十歳前後の女性である。
冷たい瞳と右頬についた醜い爪痕が彼女を年上にみせるかも知れないが、所詮それでも二つ三つ・・・・その呼び名を甘んじて受ける女性はそのことを既にあきらめているのだ。
ハンター頭からA-Kへと肩書きが代わっても、彼女にとってそれはどうでも良い事だった。
今日も彼女は誰でもない存在なのだから・・・・
ノヴァ=ディ=ドゥーディ・・・・
彼女の記憶の手がかりと最愛の妹の手掛かりはようとして知れなかった。
いや、この直後、ミリアンナの侍従に出会った事で記憶の一片を見つける事ができた。
「カレン様!
戻ってこられたんですね!」
突然現れた侍従に抱きつかれるが、慌てた様子を一つも見せる事なくこの侍従の腕を解いた。
「人違いだろう・・・・」
ただ一言言い放ち、その場を去ろうとした。
「済みません・・・・
以前、街で暴漢から助けて下さった〈カレン=ホウリュウ〉様そっくりだったものですから・・・・」
その言葉に反応したのはノヴァではなく、ナラの方であった。
「待ちなよオバサン。」
ナラはノヴァにこの侍従と向き合わせようと、彼女の右腕をぐいとつかんだ。
「放せ。放さぬならお前の腕を切り落とす。」
抑揚の無い平坦な語り口・・・・最愛の妹を失った事が影響しているのだ。
言われて手を放すナラ。
先日の戦いで懲りていると言う事か。慌ててぱたぱたと手を振り宥めにかかる。
「ちょっと、オバサン。
オバサンって、記憶が無いって話しじゃないか。
気にならないのかい?」
「ない。」
振り返り、一言言うと歩きだそうとした。
しかし、何かを思い出したように立ち止まり、言葉を続けた。
「加えて言うなら、カレン=ホウリュウとは〈龍国〉系の名前だ。
あたしのこの姿を見ろ。ウェンデル人だ。
カレンなど・・・・知らない。」
言うと彼女は再び静かに歩きだした。
彼女の言いたい事はこうである。
赤毛にエメラルドの瞳・・・・それがウェンデル人の特徴である。
龍国人のダークブルーの髪にルビーの様な真紅の瞳とは違うと言いたいのだ。
そして彼女は三度歩きだした。
二度と振り返る事無く。
「やれやれ、あのオバサンにも困ったもんだね。
意地になっているのか、過去に興味がないのか・・・・」
そう、彼女にとって過去はどうでも良い事。
いま生きている現在が全てである、そう彼女は考えているのだ。
「やれやれ、ボクも姉ちゃんと龍国に行きゃあよかったかな・・・・」
呟くと、はっと気付いたように頭を振るナラ。
目の前の嫌な物に向き合おうとせず、逃げ出してしまう。
彼はそんな自分を変えるためにここにいる事を忘れそうになっていた。
よし!と気を取り直し、ノヴァの後を追ったナラだったが、たった一つ忘れていた。
ノヴァの過去を知ってるであろう侍従の事が切りとられた様に記憶から無くなっていたのだった。
「あ、あの・・・・」
ぽつんと残された侍従は精一杯の自己主張をしようとしたが、言うほどにか細くなる彼女の声は二人に届く事はなかった。

☆   ★   ☆

ウェンデル城下層・・・・
フィニーらA-K-Lがいる大空洞の少し上の層にはウィルザーの研究室があった。
そしてそこに併設されている〈イニシエーションルーム〉。
マテリアルを融合させる儀式が行われる場所である。
もっとも、儀式と言うよりは実験を行うような部屋の作りになっていた。
「儀式ね・・・・
オバサンは知ってるかい?
マテリアルの融合に失敗した人間がどうなるか・・・・」
据え付けられたベットの端に座り、ナラは訊ねた。
しかし、当然のようにノヴァからの返事はなく・・・・
「なんでも化け物になるって噂だよ。」
ナラは構わず続け、そしてノヴァに対する禁句が彼の口から滑り出した。
「もしかして、〈ローザ〉って・・・・」
〈ローザ〉の名が出るや否や、壁を背に立っていた筈のノヴァがナラの胸ぐらを突き上げ、憤怒の表情で問うた。
「ローザがどうしたって?」
もちろん、その状態でナラに答える事ができるはずもなく、声を発するのもやっとであった。
「ちょっ・・・・オバサ・・・・」
ナラはあまりの苦しさにノヴァの腕を振り解こうと、彼女の手首を握りしめる。
「言え!ローザがどうしたんだ!」
しかし、さらに強く絞めあげられ、ナラの顔色は紅から蒼へと変わっていった。
「はなしてぇ・・・・よぉっ!」
落ちそうになる瞬間、烈光が薄暗かったこの部屋を白一色に変えた。
ノヴァはナラを放し、目を押さえ、言い様の無い鋭い刺激に悲鳴をあげた。
激しい光に目を灼かれ、一時的に光を失ったのだ。
「まったく・・・・疲れるオバサンだよ・・・・」
それだけ呟くとノヴァから離れ、激しくせき込んだのだった。

☆   ★   ☆

「この女・・・・既に体内にマテリアルを持っている!」
イニシエーションとは名ばかり。
マテリアル適合実験が始まった。
そう、数々のA-Kが誕生しているなか、名を持つ強力なA-Kである〈ARK〉は数人しか存在しない。
マテリアルはまだ実験段階なのだ。
「まさか、天然の?」
「そう、龍国人だ。」
「まさか、この姿はどう見てもウェンデル人です!」
二人の白衣を着た男達は今までになかった状況に少々困惑していた。
「うむ・・・・多分混血か、あるいは・・・・」
「ウィルザー様の戯れ、ですか?」
一人は思いついたようにもう一人に訊ねたが、もう一人は淡々と作業をこなしていった。
「ん・・・・マテリアルの種類は〈マリアA〉となっているな。」
一人は好奇心の塊と言うべきか、事ある毎に驚きを見せていた。
「それに右腕の入れ墨・・・・間違いないでしょうね・・・・」
しかしもう一人は彼より年輩という事もあり、さして驚く様を見せず言った。
「我々の目を確かめようというわけか。」
「そんなトコでしょうね・・・・」
もう一人は大きくため息をつき、儀式の終了を宣言した。
「いいんですか?
マテリアルを融合させないまま終了して?」
一人は疑問をそのまま口に出し、もう一人に訊ねた。
「報告も必要ない。
ウィルザー様は考えあっての事だ。我々の口出しする事ではない。」
「・・・・」
この二人のやりとりの中、ノヴァは新しい肩書きを得た。
Angel-Knights、世界最強の騎士団団員と言う肩書きを・・・・
そして、最後のA-Kとしての、運命の歯車が廻りだした瞬間であった。

(ANGELUS-another- 『イニシエーション』 了)
 

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2009年09月13日

CROSS-POINT(17)


「ぼ……僕は、何も……」

(やれやれ、ここではそんな肉体的な暴力に意味はないよ。それに、ナインは知っているのではないよ。考 えるんだ。そして、ここで見聞きし、自ら体験したこと、その肉体に、その細胞一つ一つに記録された別な世界、別な歴史、別な時間との接触が、自分の本来在 るべき処に還った時に役に立つ――そろそろ――そろそろ、君の話を聞かせてよ、トゥー)

何もなかったかのように、スリーは椅子に腰掛けなおし、軽快にキーボードを叩き出した。先ほどと違っていたのは、文面と同じく弾き出される音に穏やかなそれが混じっていたことかもしれない。
それを感じてか、それともスリーのいった意味を解してかはわからないが、トゥーは再びソファーにどかりと腰をおろし、忌々しげなわななきを肩でしながら押し黙った。ただ、一言だけを残して。

「続けろ……」

はいはい。そうだね、僕自身もそれは知りたいところだ。
僕はどんな役目があってここにいるのだろう。

それが知りたい――


(つづく) 

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CROSS-POINT(16)

「くはっ……」

胸にあたる金属の痛みより、一瞬にして酸素の供給が絶たれた苦しみが――なんて解説するゆとりなんかありゃしない。僕の襟がさらに引き絞られ、一気に苦しみが増してくる。

「や、やめ……」

どうにか絞り出した言葉に、トゥーは無造作に――いや無慈悲にも、か――スリーに向かって僕を投げた。
突然人が宙に舞い、抱き抱える形になったスリーとともに、僕らは大きな音をたてながら床に転げ落ちた。まったく、なんて馬鹿力だ。

「もう一度聞く。貴様、何を知っている?」

僕の知ったことか! と返したかったが、僕の呼吸が間に合わず、ゼイゼイと悲痛な音をだすだけであった。




(つづく)
 

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CROSS-POINT(15)


(まったく、すごい、流石だよ、ナイン。やはり君こそ最高の知恵者だ。ここまで断片的な情報しか与えられていない状況下で、関連させ続けられる発想力。ここまでとは思わなかった)

一気に打ち込みが始まり、僕とトゥーはスリーと画面を交互に見返していた。だが、思いがけない文章が画面に現れたとき、僕らは思わず椅子から腰を浮かしていた。

「それは、どういうことだ! この俺が、こんなうろんな奴を待っていただとでもいうのか! そもそも、俺が自らの部下を残してこの世界に延々留め置かれていると知っている!」

そう、スリーは言ったのだ。

(仲間を救う術はナインが知っている)

僕自身、反論をしようと口を開きかけたが、それより早くトゥーの鋼を纏った手甲ごと僕の胸ぐらを激しくつかみあげたのだ。



(つづく)

 

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CROSS-POINT(14)

「世界の成り立ち……世界生成の秘密がここにあるとでもいうのか?」

(僕は、まだ、そこまでは言っていないよ。でも、流石だね。ちょっとしたキーワードから様々なことに気づき、関連させる。やはり君はこの世界の住人だよ、ナイン。そしてそのほとばしる感情の持ち主であるトゥーもね)

ふん、と鼻を鳴らしてどっかとソファーに身を投げ出すトゥーを一瞥したが、僕の興味は世界そのものに向いていた。
自分の認知、認識、受け取り方によって世界の見え方や自分自身の生き方が変わってくるのは現実世界でも同じだ。だが、この世界はその部分が同じというかよ り高度に実現してしまう世界に思えてきた。そもそも、思っただけでそこに椅子があらわれた。触れても、座っても、それは確かに椅子だ。今、ここに存在す る。スリーが持っているミニ・パソコンにしてもそうだ。彼からミニ・パソコンのイメージを流し込まれたがためにそれがそこに存在するようになったんだ。よ く考えてみろ。僕はそもそも、パソコンという代物が何かと知っていたのだろうか?

(……)

あ、いや、スリー。別に沈黙を打ち込む必要はないだろうに……





(つづく)

 

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CROSS-POINT(13)


この男は、僕が今――スリーの言葉を使うなら――認知しているこの場にふさわしくない、と思う。これが俗に言うコスプレかと言えばそうではな い。事実、男が向けた剣は手入れが行き届き輝いてはいたが、無数の細かな傷をもつまさしく戦場で鍛えられた真剣だった。模造できるものではない、リアルな 何かを感じずにはおれなかった。
そう、だからこそ、異質なんだ。
今時、剣? 様々な兵器が存在する現代に?

(ナイ ン。その認識は間違っている。なぜなら、ここは現代ではない。いや、それ以前に歴史や時間に取り残された狭間の世界だよ――そんなに難しい顔をしないで。 すぐ疑問をくちに出す。悪いことではないけど、それでは真実が見えるまで時間がかかりすぎるよ――狭間の世界……そもそも、世界はどういう形で成り立って いるのだろうね)

スリーから言われるまでもない。それはもともとあった疑問であった。


(つづく)
 

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2009年09月06日

CROSS-POINT(12)


「ち……こいつもまたうろんな奴よ。気に入らんな」

(そんなこと言うものではないよ、トゥー。彼はナイン。僕ら全てに恵みを運ぶかもしれない知恵者。そう、なんでもかんでも怪しんでいては先に進まないよ)

スリーの軽快なキィ・ボードの音すら自分にとっては害毒とでも言わんばかりに苦い顔をしている――のだろう。声には怒気以外に一抹の不安の様なものが含まれている気がした。

「貴様も貴様だ。科学技術だかなんだか知らんが、その手妻も気に入らん!」

この男……

「俺は、一介の傭兵だ。剣を振るい、生きていくために必要なことだけをする。ただの戦場稼ぎなのだからな」

異質だ。


(つづく) 

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CROSS-POINT(11)

 
「ふん、動じないのはたいしたものだなぁ、えぇ、おい。
ハッタリか? 内心は冷や汗ものか?
――まぁ、いい。要は俺の役に立つかどうかだけよ」

尊大に言い放つ男に少しばかりの羨望の念がわき起こるのを感じる。僕はおそらくこの男のようには生きられないことをしっているんだろうな――そう、思っていたことも手伝って、正直彼の抜き身の剣が向けられていることを気にとめていなかった。






(つづく)

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2009年09月03日

CROSS-POINT(10)

 
「ようやく俺様の出番かよ!」

スリーの背後にある扉から闖入してきたのは、黒衣のロングコートに同色の革のパンツ。いかつい鋲 をいくつも備えたすね当てとブーツ。何よりも特徴的だったのは大振りの剣を帯剣していたこと……いやいや違うな。この男の長い黄金色の髪から無貌の仮面を 覗かせていることであった。
なんて、コスプレな……思った刹那、金髪の男は音もなく剣を抜き、その切っ先を僕に突きつけた。

(つづく)

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2009年09月02日

CROSS-POINT(9)


(ようやく、この認識を持ってもらえたようだね。そう、今の僕は情報生命体。君のいう、魂のみの存在さ。まぁ、ただたんに肉体という器を持たない だけ。情報の海の中にいてさえ自我を残しておければ君にも可能なことだよ。かつて僕の世界ではそれが研究され、実用化に至った――が、まぁ、それは別にど うでもいい話しか)

パソコンの画面を見せながらそのつるりとした仮面を揺らして肩で笑っていた。

「なるほど、情報生命体、ね。まるで死を超越したような話しだ」

不敵な笑みをつくって見せたが、彼の様子からは意に介すものは見られない。なんともし甲斐のない相手だ。
思うより早く、新たな文面が打ち出された画面をスリーは見せてくる。あぁ、少し違う。うまく表現できないもどかしさが同時に僕を襲う。だが、それは今どうでもいい。新たに示されたそれは、僕の疑問を更に加速させたからだ。

(こうやって、僕が色々もどかしさ抜きに話しができるようになったわけだし、この世界について少し説明しておくよ。いいかい、僕との出会いはまだ序の口。プロローグに過ぎないんだからね)

念を押されるように一度文が切られ、彼は僕が頷くのを待っていた。それを僕はあごをしゃくって促した。
やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめて見せたスリーは、再び軽快にキィ・ボードを叩き出した。
少しすると、コリコリと頭を掻いてみせ、おもむろに取り出したケーブルを膝上のパソコンとラブ・ソファ正面の40インチテレビとにつなぎ、これまた何処か らか取り出したリモコンで操作しはじめた。すると、彼がパソコンに打ち込んだ文がテレビに投影され、彼はテレビ画面を見ろとばかりに指さし僕を促した。

はいはい、面倒になったのね。

(そう、いちいち打って見せてじゃぁ面倒――というか、さっきとあまり変わらないからね。じゃぁ、色々説明をするとしますか)

何か、性格が変わったというか、新たに発見したというか……ずいぶんいきいきしているな、と思いつつ、画面を見ることにした。

(はじめに言っておくけど、ここで話したことは全て現実だし、それに直結しているということの重みを知っておいて欲しい。何を言っているかわからないだろうけど、今はそれだけを記憶しておいてくれ。あぁ、いいよ、返事はしなくて。このまま話しは進めるから)
(ま ず、この世界は、というか、この場所は全ての運命と歴史と時間のはざまの世界。ナイン、来たばかりの君にはまだ理解できないだろうが、この世界は重層構造 でできている。多重世界、平行世界と言い換えてもいい。君の好きな表現を使ってもらって構わない。とにかく、君が今まで生活してきた世界とは似て非なる世 界が無数に存在しているんだ)
(そして、この全ての運命と歴史と時間のはざまの世界でつながって
いるんだよ)

瞬間、僕 は雷にうたれたような衝撃を――この身に感じることはなかった。ただ、かるほどね、と思っただけであった。通常の人間だったらどうなんだろうな――と思わ ないでもないが、まぁ、僕はこうなのだから仕方ない。だが、この文章以上の衝撃を僕は身を持って体感することとなった。




(つづく)

 

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【ANGELUS】第四話『勝利の果てに』

『ママ……
ごめんなさい……
フィニーが変な事を言ったから……
フィニーがママになってなんて言ったから……
ごめんなさい!ごめんなさい!』
泣いて謝るフィニーを見ながら、あたし、東 飛鳥は夢と言う闇に足から喰われていた…
そして、彼女を慰める事もせず、ただ一点、闇の中に現れつつある小さな光を見つめていた。
『アスカァァァァァァァァァァッ!』
光は閃光となり、あたしに手をのばす人の姿、ルシェールの姿となっていた。
彼は必死に手をのばし、あたしに近づいてくる。
いつもは見せない、焦りと悔恨の形相を浮かべて…
『くそっ!』
一つ吐き出すと、背中から十二条の光の筋が現れ、黄金の翼へと姿を変える。
さらに素早く、文字どおり光の速さとなり、あたしが手をのばせば届く所まで近づいた。
しかし、それに気付きはしたが、あたしは手をのばす事無く、闇の中へと飲み込まれてしまった。
あたしの意識が闇の中に広がっていく…
この闇はあたしの夢の世界…
全てがあたしの思い通りになってしまう…
だから、ここが現実、ここでみる夢は現実…
夢は現実の続きなのだから……
……………………!
なにか聞こえてくる…
……これは、ルーとフィニーの声……
『どうしたと言うのだ、フィニー!
飛鳥に……話したのか?』
なにを?
『パパは……ママを護ろうとしたんだよね!
巻き込みたくなかったんだよね!』
なにに?
『そうだ……!
ママ?
飛鳥を〈ママ〉と呼んだのか?』
呼んではいけないの?
『うん……
だって、フィニー達のママ……死んじゃったんだよね!
フィニーは覚えてるけど、カサンドラも、サラも、フォースも、フェイも、シックスも 、ベルも知らないんだよ!
……ママはママそっくりなんだもん……』
あたしが誰にそっくりなの?
『……すまない……
私も母を幼い頃に失った……
その辛さを……
お前達にだけはさせたくないと思っていたのに……』
ルーもお母さんがいないまま育ったんだ……
『パパ!ママはどうなるの?』
別にどうにもなってないわ……
『フィニー!
こうなってしまえばお前だけが頼りになる……
多分、飛鳥は過去の世界をこの夢の世界に構築するだろう。
現実世界と全く同じ世界……
そこには、過去に存在した人物が普通に生活している。何事もない、現実世界と同じよ うに……』
へぇ……
あたしが見ているこの世界……
そう言う世界なんだ……
『フィニーはどうすればいいの!』
この世界……
あたしの過去の世界……
でも、見た覚えがないような……あるような……
『この世界に他人が入り込むと、その世界の住人となってしまうのだ。
ただし、その世界に存在していた人物に限定されるのだ。
多分、この世界に私は存在する……
なぜなら、その世界は彼女の抑圧された過去、いつも見たいと心の奥底で思っている過 去の世界が構築されるからだ。』
あたし、東 飛鳥?
『フィニー、わかんないよぉ!』
そうよ、あたしはあたし……
『簡単に言えば、飛鳥が体験したその時代に存在しなければ自由に行動できるのだ!』
そして……ここは、フェミニーア……
『しかし、現実世界の現在と言う時間まで夢の世界の時間が流れると、フィニーが生まれ てしまう。
まずは、俺を見つけるんだ!
俺を見つけて、俺達がする事を阻止するんだ!
もうすでに俺はあの時代の人間になろうとしている。
時間がないんだ……』
王都中立学園で勉強してた……
『でも、フィニーは昔のパパを知らないよぉ!』
誰も、友達いなかったけど……
『黒衣のウィルザーをさがせ……』
黒衣をまとった赤毛の剣士様……
『ウィルザーを?』
あたしの、憧れの人……

****************************************
Angel-Knights

神暦0998 勝利の果てに

****************************************


《1》

次に気付いたとき、フィニーは森の中に座っていたの。
フィニーは森って初めて見たけど、すぐそばに街道が走っていたから暗くもないし、恐くもなかったの。
でも、一人だったからちょっと寂しかったかな……
うん、やっぱり一人はやだな!街道に出よう。そして……どうしよう???
パパはママの夢の中って言ってたけど、ちょっと現実感がありすぎるのよね。
もし、ここで死んでしまうような事があったら……現実世界じゃどうなっちゃうのかな?
なぁ~んて考えてたら、フィニーの前を馬車が通り過ぎたの。
フィニーは慌てて、飛び出したの。でも……
「いっちゃった」
せっかく人に会えたと思ったのに、馬車はフィニーに気付く事無く街道を北に上って行っちゃった。
……あぁ、だったら北に人がいるんだ!
フィニーは喜び勇んで馬車をてくてく追いかけたわ。
そしたら、10分も歩かないうちに馬車に追いついたの。
馬車は黒衣の男達に襲われていたわ……あり?
パパは『黒衣のウィルザーをさがせ!』とか言ってたような……
つまり、あの集団にウィルザーがいるのね!
随分早く見つける事ができたわ!フィニーえらいっっ!
でも、夢の中でも人生ままならないのよね、これが……
「きゃぁぁぁぁっ!」
馬車から一人の女の人が引きずり出された。
あれは……ママ!
引きずり出されたママは口を押さえられ、男の短刀がママの喉を狙ったっ……て、ママ、ここで死んじゃうの?
「ん~ん~!」
必死に抵抗し、何かを懇願するママ。
それを助けようとフィニーは飛び出したんだけど……
あ、足が遅い……
そして、ママはフィニーではない誰かに助けられたの。
「でかした!香憐!」
フィニーじゃない誰か……つまり、もう一人の救援者が現れたの。
そう、彼女は長く蒼い髪を振り乱し、馬車の天井を突き破って現れたわ。
「何者!」
男達が天を見上げた瞬間、天に舞った彼女は突然爆発……って?
えぇ?
なんで?なんで、剣の鞘が天に舞ってるの?
フィニー同様、驚いちゃった男達は、これまたいつの間にか苦悶の表情とともにバタバタ倒れていったわ。
しかも、ママまで爆発したぁ!
……な、なんでママとは似ても似つかない顔になってるの。
どうして?
……ま、まさかとは思うけど、幻術?
「物体に姿を投影させる『影似符』!完成ね!!」
蒼い長髪の女の人がそう言って、前髪をかきあげたときに見えたの。
今度こそ本当のママだ!
フィニーがバタバタ近づいて、飛びつこうとしたその時、華憐と呼ばれたもう一人の女の人がフィニーを遮って怒りだしたんだ。
「完成ね!!ぢゃないですよ!
あたくしは死ぬ思いをしたんですからね!」
でも、ママはそれを一笑にふして(へへぇっ!すごい言葉を知ってるでしょ!)こう言ったわ。
「香憐、あたし付きの女官になった運命を呪うのね!」
どうやら香憐って女は、ママの世話係みたいね!
まぁ、龍国のお姫様なんだから当然かな。
「弥生様!
あたくしを選んだのは貴女です!何が運命ですか……」
あらぁ……世話係がママに文句を言ってる。
スゴイ事す……る?
あり?
『弥生』って、ママのお姉さんよね?
ま、またはずれ?
そ、そうよねぇ~……人生そんなに甘くない!
まぁ、生まれて3ヶ月のフィニーが人生を語るのもおかしいけど……
そしてね、ブツブツいいながら香憐は急に振り返り、フィニーを……え?
どん!とはね飛ばしたぁ?
「ちょ、ちょっと何やってるのよ!」
「えぇぇぇぇぇっ!あたくしのせいですかぁ?
もとはと言えば弥生様がぁ……」
「うぅ……ケンカはいいからフィニーを起こしてようぅ……」
フィニーの願いもむなしくケンカは延々と続いて、その場を移動したのは空が朱に染まってからだったの。
「へぇ、パパとママがこの国の何処かにねぇ~」
フィニーを背負ってくれたのはママのお姉さん。とても安心する、温かい背中……
「随分、あての無い旅ですよね。こんなに小さいのに…」
一応、二人には両親を訪ねて……とはなしたの。でも、ここまで言ったら両親の名前を聞かれそう……
「で?両親の名前は?」
あ、やっぱり……
うぅ~ん!
まさか、『貴女の妹と黒衣のウィルザーですぅ』とは言えないし……
あり?
ママのお姉さんがいるってことは……ここって、フェミニーア?
パパが言ってた!ママのお姉さんは昔、パパとフェミニーアの王都中立学園で一緒に勉強してたって……
そして、ママはフィニーの本当のママそっくり!
ママの双子のお姉さん。
本当のママって……
龍神 弥生……
フィニーは思いがけず本当のママって確信できる女の人に会って……夢に取り込まれそうになったの!
「どうしたの?」
「眠っちゃったみたいですよ。」
夢の中で眠るなんておかしいね。とっても眠たいや……
ユメ?
そう、夢なのよ!このママも本物じゃない!
ここに来た本当の目的!
ママを助ける為にママの夢の中に…………
助けなきゃ!
「ママの名前は、龍神 飛鳥、もしかしたら東 飛鳥かもしれない!」
眠っていたと思っていたフィニーが急に耳元で叫んだんだから、ママ……弥生姫は驚いたんだ。
でも、それだけじゃないとは思うけど……
「で……で?お父さんの名前は?」
声が震えてる。やっぱり知ってたんだ。……ゴメン!時間がないの……ゴメンナサイ……
「パパは黒い服を着たウィルザー……」
「そ、か……」
弥生姫は小さくそれだけを言うと、歩調を強めて歩きだした。
そして、太陽が完全にしずんじゃった頃、フェミニーアの都の門をくぐり、王都中立学園に着いたの。


《2》

「くそっ!ナラがいない!あいつ、やっぱり……」
悠太郎が辺り構わずナラを探している。
確かに奴は俺と同じウェンデル人だ。しかも、飛鳥が目覚めないこの状況での失踪…
A-Kと思われても仕方がない。
「おい、ウィルザー!テメェもグルなのか?」
面倒な事だ……
俺は飛鳥などどうでもいいのだ。A-Kさえ壊滅させる事ができれば……
昨日取り逃がしたディックは、どうやら国に帰る前に力尽きた様だし……
あと、6人……
『お前を含めれば7人だ』
封印してあるマックスを殺しておくか……
即席の封印だからいつ復活するかわからん。
「おい、なに一人でブツブツ言ってやがる。ナラは絶対間者だぞ。」
やれやれ……
飛鳥は悠太郎の事を馬鹿馬鹿と言っていたが、その通りのようだ。
「だから今から捜し出す、か?
奴がもし間者なら、既にこの国にはいないだろう。
そんな事よりも、お客の相手をする用意をすべきだな……
次に来るのはA-Kの大軍だ……」
そう、残っている奴らはしたたかだからな……
特にマリアに与えた魔導具『クルス』が問題だ。
神聖魔術専用の増幅器……マリアの能力を最大限に引き出してしまう。
しかも、マリアのローブに縫い込んだ『呪』の量は二倍。
多少の剣撃を弾き返してしまう。
「客ってな誰の事だ!ウィルザー!返事をしやがれっ!」

「ははははははっ!」
悠太郎のおかげではない。ただ忘れていただけだ……
俺の手元に光輝剣が返ってきている……
あのA-Kが何を思って俺に渡したのかはわからんが、A-K最強の武器がこの手にある以上、ディックの時のような失態はない!
「テメェ、なに一人で納得してるんだ!」
悠太郎の困惑など俺の知ったところではない。
もうすぐ次のA-Kが来る。
弥生の敵が自らやって来るのだ……
「ウィルザー殿、悠太郎、今報告が入った。
女司祭に率いられたウェンデルの軍隊が龍背山北の麓に現れたそうだ。」
慌てた様子も見せず、事務的いや機械的と言ったほうがいいかも知れない。
武蔵が報告してきた。
この男だけは俺にも分からない。
いや、自分の事でさえ持て余しているのだ。他人の事などどうでも良い。
武蔵の報告に、俺は間髪入れずに答えた。
「誰が来ようと……A-Kは殺す!」
いま、戦争らしい戦争が始まろうとしている。
A-Kさえ全滅させる事ができればいい。
俺に失うモノは何もないのだから………


《3》

「つまりこういう事?
お母さんは記憶を無くしちゃった上に別人になって生活している、と……」
ママにホントの事を混ぜて、フィニーがここにいる理由を話したの。
そしたら、ウィルザーに合わせるって言ってきたんだ……
でも、ここでママ達を会わせちゃったらフィニーは生まれるのかな?
あ、ここは昔あった『ジジツ』なんだ。
夢の世界なんだから現実には関係ないよね。
フィニーは二つ返事ってやつで『ありがとう』っていっちゃった。
パパも飛鳥ママもこれで助かるんだから……
夕食が終わって、ウィルザーの居るウェンデル寮にフィニー達三人は行ったの。
そしたら、弥生ママが急にそわそわしだしたの。
多分フィニーが思うには、パパに会うからだと思う。
むぅ~何だかワクワクする……あり?
でも、どうして飛鳥ママが居ないのにパパに会いに行く事ができるんだろ?
「着いたよ、フィニー。」
ウェンデル寮に着いた事だし、パパに聞けばいっか!
フィニーはうなずいて弥生ママの後ろについて行ったんだ。
「龍国第一王女、龍神弥生だ!貴国が第一王子、ウィルザー=グランバード殿にお会いし たい。」
でも、出てきたのは仮面をつけた黒衣の男の人だった。
……あり?パパ?
「何用だ?
今日はもう遅い、正式な謁見を申し込みたいなら明日になされよ。」
でも、弥生ママは引き下がらなかったわ。
「正式ではない故、こんな時刻に私自らここにやってきたのだ。」
「ふ……なるほど。」
何がなるほどなのかフィニーには分からなかったけど、仮面の人はフィニー達三人をウィルザーの元に通してくれたわ。
仮面の人立ち会いという条件つきだったけどね。
これは後から聞いた話しなんだけど、この仮面の人ってウィルザーの影らしいの。
内密と言う事で人払いをしてくれたけれど、最強の護衛が残ったって事なのかな?
「お子様連れで何の用なのですか?弥生殿。」
「自分の娘を前にして言いたい事はそれだけ?」
ウィルザーはゆったりとしてるのに、弥生ママは怒ってるよ……
ど、どぉなるのかな……
「私に娘などいませんよ。」
あ、やっぱり……
飛鳥ママと一緒で忘れてるんだ。
「ちょっと!無責任な事言わないでよ!」
弥生ママは怒鳴ったけど、ウィルザーは平然とこう答えたの。
「私と貴女の娘だとでも言うんですか?」
す、するどい……
「私にそんな覚えはありませんよ。」
いや、今はそうかもしれないけど……
「ふざけんじゃないわよ!」
弥生ママって……コワイ……じゃ、なくてぇ!
弥生ママはそのままフィニーと華憐を置いて外にドカドカ出ていっちゃったの。
フィニー達は慌てて追って出ようとしたわ。
でも、フィニーは一度だけ振り返ったの。
ウィルザーにではなく、彼のそばにたたずむ黒衣の仮面剣士に……
あの人が……パパなの?
でも、ウィルザーじゃない……
子供のフィニーじゃ分からないよ……
もっと、大人にならなきゃ……
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!ムカツク野郎っ!」
外に出たとたん地団太を踏む弥生ママ……
フィニーと華憐で宥めようと近寄ろうとしたら追い越されたの。
黒衣の仮面剣士に……
「弥生殿。」
「な、な、なによ!」
あり?
何だかさっきと違うリアクションのような……
「先ほどの娘を私に預けてもらえないか?」
仮面の人がフィニーを?
「ウィルザーが自分の娘だって認めたのね。」
あ、そう言う意味かも知れないんだ……
「いや、フィニーは……」
あり?
フィニーの名前を……って事は!
「私の娘だ!」
この台詞が仮面の人から発せられたとき……
世界が歪んだ!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


《4》

3対50……
兵力差は余りに開きすぎている。
もっとも、俺が光輝剣を手にしている限りBランクのA-Kが何人来ようと問題ない。
問題があるとすればA-K No.Ⅴ 力天使 マリア=ホリルゥードの神聖魔法増幅器『クルス』……
A-K No.Ⅳ バーバラ=クライバンの星獣召喚最小魔法陣『星刻のコイン』。
この二つだろう。
クルスでBランクの能力を上昇させたうえ、星獣が群れを成して襲ってきたら……
俺はともかく、悠太郎と武蔵に勝ち目がない。
やはり、初めに頭を潰しておくしかないか。
「おい、ウィルザー!来やがったぜ!」
ここは龍背山山頂……
少ない人数で軍隊を相手にするには山と言う地形を利用した奇襲作戦しかない。
厄介な事だ……
そんな事を思いながら、人を避ける傾向がある俺自身、何故か武蔵に疑問を投げかけていた。
「よく俺の出陣が認められたな。
俺は龍王に好感は持たれていないはずだが?
それとも……龍王の意志を曲げるだけの権限を持っているのか?」
それに奴はさらりと答えた。
「龍牙衆が全滅した今、戦力的不利なら軟禁者も使えと言う事だ。
似た者同士、兄弟には苦労するな……」

仮面のために表情は伺い知れないが、何だ?最後の言葉は?
俺に兄弟など………いない?
記憶が曖昧だ!
俺は……誰だ?
ウィルザー=グランバード、A-K No.Ⅰ 熾天使ウィルザーだ。
ここまでは問題ない。
今、何をしている?
弥生の敵をうつため、飛鳥がいまだ目覚めぬ龍王城にA-Kを攻め入らせぬ為に……戦うのだ!
そうだ!
目を閉じれば見える。
弥生が斬殺された光景が……
聞こえる……
全てのA-Kを殺せと……
『オマエモフクメテナ……』
そう……今は何も考えるな。
あと、6人だ!
『アト、7人ダ!』
「武蔵、悠太郎……
奴らをここに引きつけろ。マリアとバーバラは俺が殺す!
……それと、初めてお前達に物を頼む。
……死ぬな!」
それだけ言うと、俺は木々に紛れてA-Kどもの背後を目指した。
俺が奴ら二人を殺せば武蔵達の戦いが楽になる。
……らしくないな。
何故、こいつらに感傷的にならなくてはならないんだ?
……どうでもいいか、そんな事。
壊れた人間がやるべき事は、どう剣を振るか、どう殺すか……
今はそれだけでいい。
今の俺が望むのは、止めどない怒りのはけ口を奴らに見出だす事なのだから……


《5》

ぐるぐると世界が歪んでゆく。
香憐さんは消えて歪んだ線だけの世界に三人だけになったの。
フィニーとパパと……飛鳥ママ?
あり?
さっきは弥生ママと一緒にいたのに……
フィニーがパパに何故って聞いたら話しをそらされちゃった。
「どうやらまた時代が変わるようだ。
早くしないと飛鳥の心が死んでしまう。
そうなったら………俺は………」
違う。フィニーの声が聞こえていないんだ!
どうしよう………このままじゃフィニーはどうしたらいいか分からないよ。
フィニーは……
フィニーは……
フィニーは……
フィニーは……

大人にならなきゃいけないんだ!
そう、フィニーが……いえ、私がそう思ったとき歪んだ世界が一つ一つ直線になりだした。
新しい世界に出る。
天に向かって走る直線の数々、それがどんどん丸みを帯びはじめる。
柱だ……
フィニー……じゃない。
私が今、現実世界でいるところの上階……
ウェンデル城の表、ライトパレス……
私がいつも行きたくても行けなかった場所。
パパが話してくれたとおりね。
下層と違って、私の目を刺すまばゆい明かり。
華やかな絨毯に彩られた通路。
ここに飛鳥ママがいる……
いそがなきゃ!
あり?でも、パパもいなくなっちゃったしどうすれば……

王の間!
ん~なんとなくだけど、私は直感に従った。
あちこち迷いながらも王の間に向かって走り抜けるわたし。
はやくしなければ飛鳥ママの心が死んでしまう。
………?
私はふと立ち止まった。
確か………この世界で私が生まれると、私はこの世界の住人になってしまうはず………ここがウェンデル城ライトパレスだとすれば、弥生ママが入城した頃だと思う。
だとすれば、私達はママのお腹にいるハズ……
なら、何故わたしはここにいる?
おかしい!
「パパ、私達にも秘密があるのね……」
うなだれ、呟いた私の耳に悲鳴にも似た男の声が飛び込んできた。
「弥生ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
パパ?
パパだ!
弾かれるように頭を挙げ、きょろきょろと声のした方向を私はうかがった。
………わ、分からない………
声が右と左と……両方から聞こえた気がする……
あ゛あ゛あ゛あ゛っ!
どうしたらいいか分からない私は、その場で頭を抱えてふるふる首を振った。
「おい、貴様!
王の間の前で何をやっとるか!」
突然目の前から呼び止められ我に返った私は自分の直感に何だか嬉しくなった。
一応目的の場所に着いてたのだから。

あ、もしかして前から聞こえてきたから分からなくなったんじゃ……
「んなわけないか!」
貴重な情報を与えてくれたA-K:Bランクのいかにも熱血系で根性と言う言葉の似合いそうな騎士君を無視し、王の間の扉を開けた。
「こら!お前のような娘の入るところではない!
さっさと出るの………だ。」
私だけではない。
騎士君も絶句していた。
十数人のA-Kに床へと押さえ込まれ、それに抵抗する………パパ!
そして、その眼前に広がる真紅の海と溢れ出す鉄臭い臭い。
たゆたう様にその中心に臥するのはママだった。
「マ……ママッッ!」
私は悟った。
ここでのママの死は、現実世界のママの死と同義である事を……
そして、飛鳥と言う人物は初めからいなかった。
飛鳥ママは弥生ママなんだ……
「ザマァねぇな!
あぁ?英雄君よぉぉっ!」
嫌らしい笑い声を響かせ、完全武装の男がパパの顔を蹴り飛ばした!
私はパパの呻きに思わず目を強く閉じた。
殴られる嫌な音とパパの呻きが続く。
そして、次にパパが強く呻いた瞬間、私は華美な絨毯を走り抜け、男の前に立ちふさがった。
「なんだ貴様は……」
男は三日月の様に口を歪ませ、私を睨みつけた。
多分、こんな表情を、人を殴る事に喜びを覚える狂喜の表情を見たら恐怖に押しつぶされそうななるだろう。
しかし、私に恐怖はなかった。
恐怖の前に、両親を助ける事が先に立っているのだ。
恐くない。
こんな奴、私が倒してやる!
そう、この時初めて私の姿が現実世界の姿、小さな女の子ではない女性の姿となっていた。
そして、私が戦いの意志を持ったとき、私の身体に光が集まり形を成した。
私達姉妹の戦いのための姿、身体の輪郭が反映してしまうぴったりとした闘衣、右腕に巻かれた魔力を帯びた帯、左腕に固定された三つの爪を有する飛爪獣牙と呼ばれる盾。そして、私達が私達である印、天使の翼を光の粒を舞わせはためかせた。
「パパとママは私が護る!」
刹那、世界は歪み、今までとは一変し、氷におおわれた世界に放り出された。


《6》

「いた……」
マリアとバーバラ、双方が司る軍勢に気付かれる事無く背後に回り込む事ができた。
光の刃を出さぬままの光輝剣を握り返し、俺は二人の背中を見つめた。
「マリアに……俺の裁きを……」
無音かつ軽やかに、剣より光を放出させ創り出した光の矢はマリアめがけて放たれた。
狙うはA-Kの源マテリアル、次の瞬間にはマリアのローブより発生する重魔法障壁ごと彼女の胸を貫いた。
「ア、アレ?」
「マ、マリアァァァッ!」
ここに、マリア=ホリルゥードと呼ばれた存在は消滅し、彼女の身体に集束する光とともに新たな天使が降り立った。
『我が名はザドキエル。
滅びゆく運命の者達よ……祈り、慈悲を求めよ。
それらが失われる前に……』
………天使?
そう、天使なんだ。
ザドキエルと名乗った天使はいっそう光を強め、天に飛び去った。
そして、俺は球=セフィラーが現れる瞬間を目撃する事となった。
輝く翼で身をまとい、リリィとディックが転生した球=セフィラーの遥か上空まで舞い上がると、大きく円を描く様に回転し、それが次第に小さくなる。
次の瞬間、飛鳥ではないが月が一つ増えていた。
「一体何が……」
天を睨みつけるバーバラの間合いに滑るように入り込んだ俺は、迷わず胸のマテリアルを狙い光輝剣を振り下ろした。
魔力を放出させる事により刃を成す光輝剣は、中和が不完全だった魔法障壁ごとバーバラの左腕を切り落とした。
『くぁぁっ!!』
俺達は同時に小さく悲鳴をあげた。
さすがはAランクのA-K。
俺がマテリアルを狙っている事を悟ったバーバラは、瞬間、左腕を胸の位置に構え、円舞を舞うように右に身を旋回させ俺に背を向ける様にかわしたのだ。
だが、それだけなら低ランクのA-Kでも出来る事だ。
バーバラは左腕を犠牲にかわした上、旋回の延長上にある俺の顔面に右の裏拳をヒットさせてきたのだ。
俺とバーバラは互いに後ろに飛び退き、間合いをとった。
「やるな、バーバラ……」
「ウ、ウィルザー様……」
俺は光輝剣を正中に構えるが、彼女は失われた左腕の傷を押さえもせず、残された右腕で口を覆っていた。
その瞳には悔恨の光が、その表情には恐れと悲しみが見て取れた。
俺は……バーバラがそんな顔を見せる理由を知っている。
「も、申し訳ございません……」
俺を前にして地に膝を着き、頭を下げる……
敵が俺である事を知らぬ筈がないだろうに……
俺はゆっくりと彼女に近づき、眼前で歩を止めた。
「わ、私は……」
哀願するような表情を見せるが、俺がその程度で心動かされるはずもなかった。
ヴゥン……
俺は右に握られた光輝剣に更に魔力を送り込み、バーバラの胸を貫いた。
「ウィルザー様っっ!」
彼女の瞳よりこぼれた涙よりはやく彼女は地に顔を埋めた。
そう、彼女は俺を好いていたのだ……


《7》

「これはっっ!」
三度、空間が揺らいだ後に現れた世界は、少しずつ闇が増えてゆく氷の世界そのものだった。
闇が増え、世界の端から崩れゆく世界……
私の吐く息は白く、大気は肌の露出した部分を容赦無く突き刺す。
「寒い……」
パパもママも見当たらない。
どういう事……
白い息?
突き刺す大気?
違う!
ここは、ママの心の中……
これは……心が死んでゆく兆候?
まずい!
ママが死んじゃう!
「そうだ……」
突然の声に私は辺りを見回し、最も信頼する人物、父、ルシェールの姿を探した。
世界の中心で氷に半身を埋める抱き合う男女の姿を見つけるのに刹那の時間も要さなかった。
「パパ!ママァッ!」
悲鳴にも似た悲痛な叫びをあげ、私は二人に駆け寄った。
「パパ!ママ!」
私はパパの肩をつかみ、返事が返ってくるまで激しく揺さぶった。
「フィニー、まだ生きているよ……
俺も……
飛鳥も……」
「パパぁ……」
私は安堵のため息とともに腰が砕け、その場にぺたんと座り込んでしまった。
「俺のせい……だな。」
「え?」
目からこぼれた涙を拭いながらパパを見上げると、沈痛な面持ちで飛鳥ママの髪を手で梳いていた。
「俺が彼女の夢に介入しなければこんな事には……」
「違う!」
私はパパが全てを言う前に否定した。
そう、夢の世界に長居させたのは私なんだ。
私さえ気を付けていれば、こんな事にはならなかったんだ!
うつむいた私の目から大粒の涙がこぼれ、パパはフィニーと一言だけ声を掛け……さほど長くない沈黙の後、パパは一つの決断を下した。
「封印された記憶を解き放つ……」


《8》

頭を失ったA-Kは脆いものだった。
所詮、人を超えた能力を持っていてもそれを扱う心がただ人と同じでは結果は同じという事か。
正面から武蔵と悠太郎、背後から俺。
俺達三人のの挟撃により、一人、また一人と光に包まれ、天使と姿を変え天に消えていった。
人が人を超える……
マテリアルはそれを与えてくれるが、人が人でなくなり、人間的な死を与えられない。
俺は力を求めた者の代償は大きい様な気がする。
いや、力を求めればそれ相応の代償を支払わなければならないのは道理なのかも知れないな。
自問自答を繰り返しながら剣を振り、気付けば龍背山に立つ者は俺達三人のみと……
いや、俺達三人と……バーバラの四人であった。
「バーバラ……お前、何故……」
俺の背後に立ち尽くすバーバラに俺は問うた。
そう、俺はバーバラの胸を確かに貫いた。
マテリアルを砕いた筈なのだ。
なら、ここにいるバーバラはいったい?
「幽霊でも見るような目つきですね、ウィルザー様……」
そう、俺は幽霊を見ている気分だった。
「ウィルザー様も私に負けない程のうっかり屋さんですね。」
バーバラは言うと、再生済みの左手で自分の腹部を指さした。
「私のマテリアルはここじゃないですか。」
俺はこの時、冷静な判断を下せないでいた。
「ならば再び貫くまでぇっ!」
俺はただバーバラを殺す事のみを思い、唸りをあげる光輝剣を彼女の腹部めがけて突きだした。
「貴様、何者だぁぁぁっ!」
バーバラの叫びとともに、彼女の上衣を突き破り一匹の龍が現れた。
「しまった!」
後悔するよりはやく、龍は俺の身体を絞めあげていた。
「星獣よ!星刻のコインより召喚されし獣よ!
ウィルザー様の名を騙る愚か者に天罰を与えるのだ!
さぁ、我が意に従い力を示せ!」
そう、俺は愚かにもバーバラの策にはまってしまった……?
ウィルザーの名を騙る?
馬鹿な!
ウィルザーは俺だ!
他の誰でもあるはずがない。
俺はウィルザー……
星刻の龍に身体の自由を奪われ、締めあげられる圧力で意識が持って行かれそうな状況の中、俺は自分の記憶が曖昧である事を思い出していた。
更に、ウェンデルでは人の精神をコントロールする術が発達している事も……
俺は、何者なんだ……
「さぁ、云え!
ウィルザー様の名を騙り、何をたくらんでいる!
貴様もウェンデルの人間ならその罪がどの程度のものなのか知らぬ訳でも無かろう!」
ピシッ!
今、俺の心にひびが入る音が聞こえた気がした。
俺はバーバラを見つめ、思った。
俺は勝利の先に何を見いだそうとしていたのだろう。
曖昧な記憶に振り回され、ただ暴れていただけなんじゃないのか?
ピシシッ!
また……
刹那、龍が砕けた。
「なっ……」
バーバラは驚きのあまり声を立てていたが、彼女よりも驚いていたのは俺の方だった。
気のせい………か………
俺は崩れ落ち、その場に膝を着いた。
「くっ……まさか、光輝剣の魔力に耐えられないなんて……」
光輝剣?
この時、俺は光輝剣より魔力の刃が放出され続けていた事に気付いた。
ふ……気のせいなら、問題ない!
そして、再び立ち上がり、構え、刃をバーバラに向けた。
向けたはいいが、彼女のマテリアルが何処に融合しているかが問題だった。
上衣はさっきのカウンターで破れ、前がはだけた状態だ。
見た限り、体幹に存在は認められない。
予想として考えられる場所は頭部。
中でも常に長い髪で覆い隠している右眼!
確信はなかったが、俺はバーバラの右眼めがけ三度目の突きを繰り出した。
「しまった!
星刻のコインよ!我が意に従い……」
バーバラの詠唱は完成する事はなかった。
そして光が現れた。
バーバラという存在は消え、一人の天使がそこにいた。
その姿は女性……
両性具有の存在である天使において珍しい、完全な女性として現れた天使であった。
『我が名はガブリエル。
霊魂と肉体の狭間に揺れし聖霊を導きし大天使なり!
生命の燭台に火を灯し、約束された大地にて救世主を呼び覚まさん。』
一瞬の目映き閃光とともに、天に四つ目の球=セフィラーが出現した。
その輝きは白く、蒼一色の空に映え煌めいていた。
天を見上げ、俺は思った。
『勝利の果てに得たのは、ウィルザーとしての自我の消滅を先送りするための踏み台ではないか』と……


《9》

「……おはよう。」
身体の節々が痛い。
周りは何だか分からないけど騒がしい。
えっと……あたし、どうしたんだっけ?
「弥生!」
ふぅ……
あたしに考える暇を与えてくれないのか。
父親である龍王、龍神 武龍が武蔵と悠太郎を連れ、扉を蹴破る様に勢いよくあたしの部屋に入ってきた。
「父さま……一体何事ですか。」
きしきし絡んだ髪をかきあげ、あたしはあきれた口調で龍王に訊ねた。
「何事って、お前に何があったのか分かってるのか?」
あたしの立場を考えずに、悠太郎の無礼千万な物言い……
当然、周りの人間が馬鹿を叱責しようと勢いよく悠太郎を向いたのだが、それより速くあたしの投げた漆塗りの盆が馬鹿の顔面を直撃していた。
「男は出て行きなさい。当然、父さまも……」
あたしの一言に龍王は抗議の声をあげたが、次のあたしの言葉に大人しく従った。
「着替えるんです。出て行って下さい。」
………ふぅ。
よく思い出してみよう。
あたし、どうしたんだっけ?
『香憐に聞いてみたら?』
そうだ、華憐に聞いてみればいいんだ!
「香憐を呼びなさい。」
手を叩き、控えていた侍女を呼んだが、彼女達は困惑の表情を見せながらあたしに言った。
「あ、あの、華憐侍従長は……」
「行方不明?」
あたしは思わず声をあげていた。
「はい、ウェンデルから無事に戻られたのは弥生様だけで……」
……そうだった。
船にも乗っていなかった……
「ごめん……香憐の事を忘れていたなんて、どうかしてるね。」
そうだ、どうかしている。
目が覚めてから何処かおかしい。
誰かあたしの事を知ってる人はいないの?
ふかふかすぎるベッドに身を埋め、虚ろに天井を見上げる。
そんなあたしを心配そうに見守る侍女達は、あたしの事を何も知らない。
疲れた……
姫を演じる事に疲れた……
「ねぇ……」
あたしは侍女を呼び、一言訊ねた。
「あたし、変わった?」
その問いの返答は世辞でしかなかった。
『元々お転婆だったんだから仕方無いか……』
元々お転婆だったんだから仕方無いか……
「着替えます。」
がばと起き上がり、絨毯の敷かれた床に立ち上がったとき、自分の身に起きた異変に気付いた。
「ここに誰かいる……」
優しく下腹部をさすり、確信した。
あたしのおなかに新しい命が宿っていることに……

《勝利の果てに 完》



 

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CROSS-POINT(8)


「魂だけ、だろう?」

存在しているが同時に存在していない。
彼自身はおそらく僕が認知して意識下から生み出した存在 ではないだろう。だとすれは、スリーはそこに存在する。だが、あの途切れ途切れの会話。無貌と仮面。どうにか人たるを形成しはしたが、彼の身なり――着て いる服は僕の服だ。とすれば、服の中身は空っぽ。この世界で肉体を持ち得ない魂だけの存在なのではないか……と愚考してみたのだが、さて、リアクションは どうだ?

スリーの動静、仕草を漏らさず観察してやるつもりで彼をみやる。すると彼は満足そうに、だが乾いた声で笑い声をあげた。

「は、は、は、は、は……
素晴らしい、よ、ナイン。その、通り、だ。僕、は、言わ、ば、情報、生命、体。別、な、世界、では、精霊、とか、妖精、幽霊、なんて、呼ばれる、こと、も、ある、ね。でも、君、が、僕の、現実、に、追いついて、ない。だから、こう、せざるを、えない。
そこ、で、提案。僕の、現実、を、君に、伝える」

瞬間、僕の中に彼の現実……その一部が流れ込んできた。今まで認知していなかった、認識できずにいたものが彼の膝の上にあらわれていた。いわゆるモバイル・パソコンであった。

ディスプレイを開くと、軽快で規則正しい音を立てはじめ、止まる。そして彼が見せてきたものとは、一つの途切れもない滑らかな文章であった。

(つづく) 

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【ANGELUS】第三話『栄光の行方』

闇の中に整然と並ぶ椅子の数々…
あたし……東 飛鳥はその真ん中の席に座っていた。
またルーの世界に呼び出されたのね…
『それは違います。』
思うや否や、あたしの頭に直接語りかけてくる。
ルシェールと名乗った、自称〈死神の総元締め〉
前に現れたときと同じく、長い金髪を後ろに束ね、ウィルザーが着ていた物と同じ白のスーツ姿。
顔の半分を覆うゴーグルは相変わらずだ。
『違うって、どういう事?』
漠然とした疑問を抱きながら、それがなにかを思い出せぬままルーに訊いた。
『ここは、貴女の夢の世界です。』
つまり、土足で人の家を踏みにじっているわけだ。
『相変わらず手厳しい…
まぁ、それが貴女の良い所かもしれませんが…』
ルーの言葉にあたしは顔が赤くなる感じがした。
もっとも、ここが夢の世界なら身体がないはずなのだが。
そして、相手に考えが筒抜けなのを忘れ、つい強がってしまう。
『いったい今度は何を見せる気なのよ!』
あたしは言った後でそのことを思い出し、身体があったら地団太を踏みたい気分になった。
多分、このあたしが感情をぶつける唯一の相手は、この夢の住人かもしれない。
『まぁ、落ち着いてください。』
まったく、原因はあなたじゃない!
『そうですね…
いつも気を張っている貴女が、ストレスを解消できる唯一の場です。
私はいつでも付き合いますよ。』
そこまで言うと、ルーは少し間を置き、本題に入った。
『貴女が知りたいと思っているA-Kの事を少しだけ教えてあげますよ。』
そう、あたしが姉の〈龍神 弥生〉になりすまして入城した龍王城は、ウェンデル国の最強の騎士団、Angel-Knights=A-Kの襲撃をうけていた。
彼らの目的は、思想の違える民族の排斥。
その後に来る彼らの王の世界支配。
月並みな目的だが、あたし達に対する攻撃は熾烈を極めた。
世界に轟いた龍牙衆が全滅してしまったものの、元A-K総司令ウィルザーの機転で一人を地下に幽閉することができた。
もっとも、一人は仲間らしき人物に暗殺されてしまったが…
暗殺した人物も謎。
光輝剣でしか砕けないはずのマテリアルを砕いた方法も謎。
殺された後に起きた現象も謎。
謎だらけで仕方無かったその答が得られるのか?
『いいえ、まだ全てを語るには時期が早過ぎます。』
時期が早い?
何が早いというのだ?
真実を知るのには時間が要るということなのか?
相も変わらず疑問だけが口を突いて出てくる。
そんなあたしを見て、ルーはゴーグルを外し、微笑みながら言った。
『現実は物語のように常にハッピーエンドになるとは限らないのですよ…』
しかし、言い終わった彼の表情は今にも自殺してしまいそうな、悲しく、辛いものだった。

****************************************
Angel-Knights

神歴0999  栄光の行方

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《1》

あたしは今、自分の夢の中にいるらしい。
真っ暗で、客席にはあたしとルー以外は誰もいない、寂しげな劇場だった。
ルーは以前もあたしに過去の世界を舞台で見せてくれた。
今度は何を見せてくれるのか…
あたしはひとまず質問を後に取っておいて、舞台に集中しようと思っていた。
前回は劇の途中で何度もルーに質問をしたため、あたしに過去を見せた真意を推測できなかった。
本当にA-Kの事を見せてくれるのか…
『始まりです。』
ルーの一言とともに、二人しか居ない劇場に開演のベルが鳴り響く。
人が少なすぎるためか、それは耳を聾するほど激しく感じた。
その音に眉をしかめながらも舞台を見ていると、それが舞台とは全く異なる物と気付いた。
幕は上にでは無く、中心から両端に引いて行き、そこに現れたのは闇の壁だった。
これは…
つい訊ねそうになり、慌てて口を噤むが、心の垣根が失われたこの世界では意味もなく、ルーは優しく教えてくれた。
彼が言うには、ここは〈映画館〉と言う場所らしく、〈スクリーン〉と言う純白の壁に、あらかじめ撮っておいた絵を連続して映し、劇が見れると言うのだ。
半信半疑で目の前の闇を見つめると、背後でカタカタと規則正しい音が聞こえてきた。
一瞬、後ろに気が取られた間に、目の前の闇が白く輝いていた。
しかし、その光はあたしの視力を奪うような激しい閃光とは違い、辺りの闇に、適度にあった明るさだった。
「まさか、リリィが返り討ちたぁな…
まぁ、ボケ二人組にはいいザマだぜ!」
その台詞とともに、スクリーンに一人の男が映し出された。
歳の頃なら18・9、無造作にのばされた髪は鉢金で押さえられ、額には被っていない。
そして、ゴーグル。
あの妙なゴーグルは何なんだ?
A-Kで流行っているのか?
その男は、本気で仲間をいい気味だと思っているのだろう。
口を歪めて嫌らしい笑い声をあげる。
「やめろ、ディック!」
その彼を制したのは、顔の右半分を肩まで掛かる長い髪で覆い隠した鋭い、芯の通った眼差しを持つ女性だった。
二人はウィルザーと同じく、白と金が基調のスーツを着ていた。
「おいおい、バーバラさんよ。
戦場放棄して帰ってきたあんたに、そ~んなこと言えるのか?」
言うと、ディックと呼ばれた男は、再び下品な笑い声をあげる。
まったく、A-Kには根性のひねくれた様な男しか居ないのか!
思った刹那、隣の席が小刻みに揺れるのを感じた。
ルーが笑ってる…
しかも、肩を揺らして、だ…
声にならないようにと口を押さえているためか、その揺れが強く感じられた。
『いや、失礼…
やはり、貴女はおもしろい事を考える女性だと思いまして…』
あたしに気付いて慌てて取り繕う。
こんな仕草を見ると死の神とは思えないな…
思うと、あたしも吹き出しそうになった。
何だか…
こんなに素直に笑顔をつくれたのは久しぶりのような気がする。
再びルーを伺ったとき、彼と視線があってしまい、反射的に顔を背け、スクリーンに注意を向ける。
表面的にはいつもの厳しい表情に戻したのだが、この世界でのあたしは心に壁が作れない。
ルーに筒抜けなのだ。
何だか不公平に思い、無理とは知りつつも、ルーの心を覗こうとした。
そう、彼の心の入り口には常に見えない壁がある様に、中を伺い知る事は不可能であった。
それがどうした事か、その心の壁がなくなっていた。
これ以上進めば、あたしも他人の心を土足で踏みにじる事になる。
それが分かっていたはずなのに、他人にはそんな事をしたくないと思っていたのに、壁の中に一歩踏み込んでいた。
その中には…
あたしに対する謝罪と、何かに対する悔恨に満ち満ちていた。
何故あたしに謝るの?
思いはしたが、訊ねる事を阻ませる何かがあたしを思いとどまらせ、彼の心への介入を止めた。
『ありがとう、飛鳥……俺は…』
それだけ言うと表情を悟られまいと思ったのか、再びゴーグルをつけ、ルーは黙ってしまった。
あたしは彼の事が気になりつつも、映画を見る事にした。
どうやら、あたしがスクリーンに集中しているときだけ映画が映されるらしい。
とっくに別の場面が映っているのかと思えば、ディックがバーバラに嫌らしい笑い声を浴びせているところだった。
「反論はしない。
こればかりは私の責任だからな…」
言うとバーバラは固く拳を握りしめ、血が滴り落ちる。
しかし、その血は床につくことなく、赤い霧となり散っていった。
「まずは、ミリアンナ様とロシーヌ様に報告しよう…」
うなだれて部屋を出ようとするバーバラをディックが呼び止める。
「くっくっくっくっ…
見る影が無ぇなぁ!負けた言い訳は考えてあるのか?」
ディックはバーバラを挑発するが、彼女は取り合わず、静かに呟いた。
「そんなことで落ち込んでいるんじゃない…
ウィルザー様が敵になった…
それが悲しいんだ。
………私も連れて行って欲しかった。」
それを聞いたディックは眉間にしわを寄せ、誰に言うでもなく、怒りまかせに怒鳴りつけた。
「ミリィも、ロシーヌのねぇちゃんも、あんな野郎のどこがいいんだ!
あんな人殺し野郎!
自分勝手な傲慢な男が!」
嫉妬と言う表現では余りある憎しみ、それを一つの絵画であるように、整然並べられた高価そうな調度品にぶつける。
その様は怒りに翻弄される戦士、狂戦士そのものであった。
この男…
異常だ…
異常なまでの憎悪…
何故?何がこの男を憎しみに駆り立てるの?
あたしは先刻決めた事をすでに忘れ、疑問を口にしていた。
慌てて口を塞ぐも、ルーにはすでに聞こえていた。
彼は始めに『それが貴女のいいところですからね』と優しく微笑みかけ、あたしに答えてくれた。
『彼の母はマテリアル融合実験の被験者で、実験に失敗しています。
彼女の真意を知ればあんな憎しみを持つ事はなかったのですが…』
それ以上は何も答えてくれなかった。
彼の言う事は常に肝心な部分が隠され、今まで与えられた情報に共通点が、接合点が見つからなかった。
仕方無く、再びA-Kの傍観者となった。
まだ暴れるディックのもとに、司祭のローブに身を包んだ、あまりにも幼い顔の女性…いや、女の子と言った方が適切かも知れない。
その彼女が現れた。
「マ~タァ、怒ってますネ。」
それに、やかましいと吼えるディック。
そう、おそらく彼女もA-K…
そういえば先日ウィルザーが言っていた。
自らが戦う事に向かない、他人を活かすA-K
確か名前は〈マリア〉…
「ディックサンの言う事はもっともデス!
大体ですネェ~、ワタクシを連れて行かないからそんな事になるのデス!
全くぅ~何のための回復役デスか!
皆サン自惚れ過ぎなんデス!
ディックサン!
どうせ、次に行くつもりなんでショウ!
ワタクシを連れて行きなサイ!
アナタを間違いなく勝たせてさしあげマス……って、ディックサン!
聞いてるんデスか?」
勢いよくまくしたてる彼女に、ディックは一言「うるせぇマリア」と怒鳴って、彼が荒らした部屋を後にした。
「あ、待ちなサイ!ディックサン!
モット、ワタクシとお話ししなサイ!」
しかし彼女が呼び止める声も聞かず、彼は明かりの無い、闇の通路に消えて行った。
「ぶゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」
頬を膨らますマリアと呼ばれたA-Kは、本当に女の子のようであった。
かなり高位の司祭だろうから、見た目より歳が上だと思うのだが…
次の瞬間、スクリーンが真っ白になっていた。
どうした事かとルーの方を向くと、彼はゴーグル越しに微笑みかけ、そして言った。
『ひとまず、質問にお答えしますよ。』
あたしはまた、反射的に顔を背けそうになったが、どうにかそれを思いとどまり、一つの疑問をぶつけた。
これは、いつの話しなの?
と…
『リアルタイムです。』
りあるたいむ?
『たった今、起こっている事実です。
多分、あの男の事ですから…
貴女が目を覚ました頃に現れるでしょう。
しかもウィルザーに対する決闘、と言う形で…』
決闘…
今、ウィルザーは武器を失っている。
まだ、隠し技を持っていそうだけど……勝てるのか?
『無理でしょうね。』
あたしはルーの声に少し唸る。
やはりあたし達の能力を凌駕する彼は、唯一A-Kに対抗できる戦力だと思う。
その彼が勝てないディックという男はどんな戦いをするのか…
『彼は、ウィルザーに与えられた〈飛爪獣牙〉を両手に持つ、ウェンデルの武闘家です。 その武器は、彼の弱点である魔法を完全に絶ち、相手の対物理攻撃用魔法障壁を侵食、さらに、物理打撃力においてはウィルザーが造った武器のなかで最高です。』
最悪だ…
つまり、武器の無いウィルザーが頼みの綱とする魔法は効かず、ウィルザーのスーツの魔法障壁も役に立たない。その彼にしてくる攻撃はA-K最強…
トドメは打撃系の得意な武闘家の一撃…
落ち込むあたしに、ルーは対処法を教えてくれた。
もっとも、無理な話しだったが…
『大丈夫です。ウィルザーが出し惜しみしている光輝剣…
それさえ使えば問題ないですよ。
あれは、飛爪獣牙の対魔法攻撃用魔法障壁の魔力中和能力をはるかに超えていますから ね。』
無理よ…
光輝剣……はA-Kに奪われたの…
この時、あたしは〈ウィルザーの魔力剣〉が〈光輝剣〉と感じ、いいしれぬ不安に襲われた。
それを感じ取ってか、ルーはあたしの肩にそっと手を置いた。
その手は温かく、あたしから不安を拭い去ってくれるようであった。
あたしの夢の世界、そうルーが言っていた。
実際に肩に触れているわけではないのだろう。
しかし、それはとても心地よく、あたしは…
あたしは、現実世界で得られなかった感情に支配されつつあった。
『大丈夫、ここには二人だけです。
現実世界そのままに、強い女性を演じなくてもいいのですよ…』
そうかもしれない…
ルーは、あたしを飛鳥として接してくれる。
養父のように、あたしを戦略の駒としてではなく、
実父のように、あたしを弥生としてではなく、
ウィルザーのように、あたしを死んだ恋人としてではなく接してくれる。
あたしは、ディックの対策も忘れ、永遠にこの夢の世界を漂っていたいと思った。
あたしをあたしとして想ってくれる、ルシェールと一緒に…
しかし、次の瞬間、彼の手は離れていた。
『駄目です!
私達は今、夢の世界に居るのです。
夢は何時か醒め、現実という世界に否応無く引き戻される。』
でも…
『私に好意を持ってくれただけで嬉しいです。
現実世界で会ったとき、同じ想いを私に抱いてくれるのならば…
その時、一緒に生きていきましょう。』
でも、あたしは本当の貴方を知らない…
それに、現実世界に戻ると…
『夢から醒めれば大半は忘れるもの…仕方無いことですよ。』
そう、微笑んでくれるルーは、現実世界とは似ても似つかぬあたしを優しく包み込んでくれるようであった。
心地よさに微睡みながら、あたしはルーの言った事を思い出していた。
しかし、どうしても最後の言葉しか思い出せなかった。
『夢から醒めれば大半は忘れるもの…仕方無いですよ。』
そうか、だから彼は「現実世界で、同じ想いを抱いてくれるのなら」と言ったのか。
この、たった今、あたしが感じている感情…
忘れたくない!
そう、この時あたしは、初めて夢で起こった事を覚えていたい、現実を夢の続きにしたいと思った…


《2》

涙?
あたしは何故泣いている?
あたしが龍姫〈弥生〉として龍心の都に着いた初めての朝、あたしには豪勢すぎるベットに身を沈めながら目を覚ました。
シーツが濡れている。
そんなに大粒の涙を流す程、悲しい夢を見たのだろうか…
こんな姿を誰にも見せられない。
涙を拭って、控えている侍女達を呼んだ。
他人に服を着せてもらうと言うのは何だか変な気分だが、龍国の姫として生活しなければならないのだから仕方がないのだが…
されるままにドレスを着せてもらうあたしは、涙の事も気になり、仏頂面になっていた。
あたしの機嫌が悪い事に気付いた彼女達は、さわらぬ神に祟り無し、と言ったように、急ぎはするが丁寧に、ドレスを着せて出て行った。
彼女達と入れ替わるように、仮面をかぶった悠太郎が入ってくる。
そう、いつものように慌ただしく。
「何なの?貴方は!」
『もうちょっと、普通に入ってこれないの!』
ひとまず、悠太郎をたしなめた後、侍女達に聞こえないよう小声で話しかける。
それを聞いて、悠太郎も小声で答える。
『月だ!月が二つあるんだ!』
月?
二つ?
いったい何の事か…
確かに昨日は綺麗な満月だったが…
『気にいらねぇが、ウィルザーが呼んでいやがる!
早く来い!』
言うと、悠太郎はあたしの部屋を出て行った。
何だか嫌な予感がする。
昨日の今日だからと言って、A-Kが襲ってこないとは限らない。
それに何か忘れているような気がするし…
あたしは再び侍女達を呼び、動き易い軽装を持ってきてもらった。
念のため、対物理攻撃中和の効果を持つ呪符を上下衣の裏に縫いつけた。
手持ちの呪符は、何故か防御系の、特に物理攻撃に対する防御壁をつくるものを多く作っていた。
次の相手がどんな力を持っているのかも知らないのに…
そんな事をしている自分に苦笑しながら、剣を取り、あたしの部屋を後にした。

ウィルザーの部屋に向かう途中、昨日のA-K襲来の話しが囁かれていた。
実父の龍王は、国民に要らぬ心配はさせたくないと、王自身が襲われた部分を隠し、昨晩のうちにウェンデル国の襲来を公表した。
城門の火災は街に飛び火する事無く、心配するほどの事ではないとのことであった。
ただ、龍国最強の剣撃隊、〈龍牙衆〉の全滅は隠す事ができず、国民に不安と恐怖を抱かせる結果に至った。
まぁ、あたしの〈偽りの龍姫ぶり〉で、どうにか希望をもたせる事ができたのだが…
(本当にあったかは定かではないが)宣戦布告をうけ、周囲に緊迫が走っているなかの帰国だけに、あたしが希望の光に見えたのかも知れない。
もっとも、ただの山越えしかしていないし、本物には死なれて遺体すらない。
入城二日目にして味わう龍姫としての存在意義、責任、そんな物を感じていた。
でも、仕方無いか…
いや、仕方無いで済ませてはならない!
なら、何をすればいい…
自問自答し、いつの間にか小走りになっていた事に気付いたとき、ウィルザーの部屋の前に着いていた。
今はまず、月がどうしたのかを聞く、大した事がないのなら……ウィルザーに今の事を相談するか?
ちょっと前までは、あたしと同じ立場の人間だったのだから…
「弥生です、入りますよ!」
今は、礼儀がどうこう言う気にもなれず、ひとまず弥生と名乗り、彼の部屋の扉をくぐった。
「来たか…
ではウィルザー殿、話してくれ。」
仮面の養父は、あたしに顎を突き出すようにして無言で〈座れ〉と指示しながら、ウィルザーに話すよう促した。
「まず……全ての星々を隠す快晴の青空のなか、妖しくも儚い光を放つあれは、月ではない。
俺の記憶が正しいという前提の元に話させてもらえば、あれは〈球=セフィラー〉と呼 ばれる物だろう。いや、者と言った方がいいかもしれない。
なにせ、あれは天使の心そのもの、リリィの命で創られた球だからな。」
それじゃあ、彼女は…生きている?
「しかし、昨日のリリィを倒した時の状況を考えるとリリィとしての記憶はあっても、リ リィとしての人格はないだろう。
あの光の現象こそ人が永遠の命を得た瞬間!
マテリアルに封じられた前史民族〈天使〉に転生した光なのだろう…」
実の所、あたしはその話しについて行けないでいた。
月が二つ有るとか言っていたが、昨日見たときは美しい満月が一つ、大きく輝いていただけだったはずだ…
まさか、それが?
自分のなかで、今の説明を反芻するうち、ようやく分かってきていた。
端的に言ってしまえば〈倒したリリィがお月様になっちゃった〉と言う事だろう。
天使の魂を持つ球=セフィラーと言う名の月に…
「その天使がまた襲ってくる、なんてことはないだろうな!」
念を押すように言い寄る悠太郎に、ウィルザーはそれは無いとだけ言った。
しかし、その後に「が…」がついた。
「が…実際、あれがどういう意味を持つ者なのかは分からない。
生命の樹の根であるとか、精神の旅路の通過点であるとか…
諸説様々で確かな事は何も分からない。
ただ、A-Kを倒す度に増えていくだろうな。」
A-Kを全て倒したらどうなるのだろう…
情報が少なすぎる。
また、いつものように情報が〈点〉の状態だ。
いつになったら〈線〉になるのか気が焦るばかりであった。
そして、そんな不安に沈黙するあたし達の元に、最悪の報告が届いた。
「失礼します。」
息咳ききって一人の兵士が入ってくる。
「東 武蔵殿、不審人物の侵入を許してしまいました。おそらく…」
ウィルザーは〈早かったな〉と一言呟くと、部屋から出て行った。
あたし達は、それを慌てて追いかける。
ウィルザーの姿はいつもの白いスーツを着ているが、どうやら丸腰…
もし、本当にA-Kであったならどう戦うのか…
いや、違う。
彼の右手には刀身の無い、柄と装飾だけの部分となった剣が握られていた。
自らの魔力を刃と成す魔力剣……まだ、持っていたのか?
いや、ならば何故大だんびらなんかを使っていたんだ?
悩むより聞くのが早い。
珍しくも、あたしは素直に彼に訊いた。
「これは、マックスの持っていた〈衝波剣〉だ。」
破顔して説明し始めたところを見ると、どうやらこれも彼の作品のようだ。
「これは魔力剣と魔法剣の中間的な物で、振るだけで衝撃波を発生させる事が出来る。
威力が大きすぎるため、昨日のような状況では人質も殺しかねない。
それが、欠点と言えば欠点かも知れないが…」
自分で欠点を指摘しつつも、困ったような素振りを一向に見せない。
おそらく、自分の作品に対する絶対の自身…
以前、ウィルザーは言っていた。
A-Kは皆自信過剰な我が侭ぞろいだ、と…
今更ながら、ウィルザーにもそれが当てはまるのではないのか?と、あたしは思った。
そんな想いに駆られ、無意識にウィルザーの背中を追うようになっていたその時、修理中の城門から誰かが飛び出した。
歳の頃なら17、8……いや、もっと低いかもしれない。
幼さを主張したような優しい顔立ちの男の子。
鮮やかな赤毛は炎を思わせ、淡く光る緑の瞳は新緑さながらである。
なんだか、小さなウィルザーみたい…
思わずほころびそうになった口を、慌てて押さえる。
別に、彼と顔が似ているわけでもないのに、何故だろう…
あたし達と男の子が相対するなか、最初に口を開いたのはウィルザーだった。
「お前……誰だ?」
彼の言葉から、二つの事が考えられる。
一つはただの亡命してきた一市民。
もう一つは、A-K-L!
船上でウィルザーを四人がかりで襲い、弥生さんを死に追いやった〈対A-K暗殺集団〉!
前者ならいい。でも、後者なら……
あたし達に緊張が走るなか、その男の子は思いもよらぬことをいい、あたしに抱きついてきた。
「ママ!」
「はぁ?」
思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。
「ね!ボクのママでしょ!そうでしょ!」
この時、ウィルザーと弥生さんの間に子供がいたんじゃ……と馬鹿な考えが浮かんだが、常識で考えろ!と、そんな考えを抱いた自分を自嘲するかのように乾いた笑みをつくった。
「わ……良かった!やっぱりママなんだね!」
どこをどう考えれば、自嘲の笑みが「そうよ、ママですよ」の笑みになるの?
困惑するあたしは、ひきつった笑みのまま、ウィルザーに助けを求めた。
「なんだ、お前の子か。」
なっっっ!
肩を揺らして笑ってる!
「母親が子供を置いて出てくるなど、母親失格だぞ。」
滅多に、いや、あたしが初めて耳にするウィルザーの冗談は、怒る気力が失せるほどに冗談ともつかないものだった。
そんなあたしの代わりに悠太郎がウィルザーに「そんなわけないだろう!」と怒鳴り散らし、それを無視された馬鹿が矛先を男の子に向ける。
「大体、テメェは何なんだ!……」
その言葉を皮切りに、どこから湧いてくるのか、悪口雑言の数々。
それを横から浴びせられた男の子は涙目になり、あたしの後ろに隠れると、またもやとんでもない事を言った。
「……おじさんなんか、キライだ!」
仮面をかぶっていなければ、間違いなく馬鹿が青筋をたてる様が見みれたろう。
「お、おじさんだとぉぉぉぉぉぉぉ!」
この子がA-Kならすばらしい精神攻撃だな……
馬鹿な事を考えていると、あたしが気付くより早く、悠太郎の拳がこの子の頭を打っていた。そう、悪戯っ子を叱る父親の様な素振りで……
もっとも、こんな馬鹿が父親になるとは思えないが……
「イタぁぁぁぁぁぁぃ!」
当然、今まで涙目なだけあって、この子の潤んだエメラルドグリーンの瞳から涙が溢れ出した。
「何馬鹿な事するのよ!」
いつものあたしに似ず、口早に怒鳴りつけた。
しかし、負けじと馬鹿が言い返す。
「馬鹿はどっちだ!このガキ、どう見たってウェンデル人じゃねぇか!」
たしかに赤毛と緑の瞳は、目に見えて明かなウェンデル人の特徴……
あたしの子供であるはずはない。
膠着状態に陥っていたあたし達の元に、先ほど報告に来た兵士が追いついてきた。
「あぁっ!貴様、龍姫様に何をする!」
この兵士の言動から考えると、どうやら不審人物はこの子の様だ。
あたしは他に不審人物が居ないかどうか、徹底した警備を行うよう言い含め、兵士を詰め所に行かせた。
文字どおり、追い払うように……
「さて、ひとまずウィルザーの部屋に戻りましょう。」
皆を促すが、腰にしがみついた男の子が動いてくれない。
また泣かれては困ると思い、優しく、優しく話しかけた。
「もう、泣いちゃダメよ……男の子でしょう。」
〈男なら泣いてはいけない〉、これはあたしが嫌いな事をこの子に押しつけている事になるのではないか?
〈女はおしとやかでなければならない〉と言う事を…
矛盾したあたしの言動は、自分の眉をひそめ、苦い表情をつくり、悲しい気分になるまで至った。
しかし、それが功を奏した。
「ゴメンネ、ママ。いつも悲しい思いをさせて…
逃げちゃダメなんだよね…
逃げちゃ、何も始まらないんだよね……」
言うと、突然走り出し、あたし達全員を追い越した。
「ママァ~!早く来ないと、ボク、先に行っちゃうよぉ!」
大の字になってブンブン両手を振る姿は、本当に子供だった……
でも……
「テメェ!俺達がどこに行くか知ってるのか?」
怒鳴る悠太郎に、男の子は身体を震わせ硬直する。
ひきつった笑顔を見ると、どうやら〈行く場所を知らない〉からではなく、〈殴ったおじさんが怒鳴った〉ためだろう。
男の子は身体と笑顔を震わせながらどうにか動かし……舌を出した。
「んべぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
そ、そっちのおじさんの部屋に行くんだよぉぉぉぉ!」
ウィルザーを指さし、言い放った。
その場所を知っているの?
と、あたしが訊きたい所だが、ためらう隙にウィルザーが別の事を訊ねていた。
「その前に、お前は誰なんだ?名前くらいは教えてほしいものだな。」
いつもの仏頂面に戻っている………これでは多分教えないだろうな。
しかし、あたしの予想に反し、男の子は素直に答えた。
あたしは、ちょっと騙されたような、子供をとられた様な変な気分になっていた。
「ボクは、ナラ=バクスプール=ツインスター。17歳だよ。」
17歳……あたしの二つ下?
ずいぶん振る舞いが幼いような……
あたしが年齢に驚いていると、ウィルザーが更に何かを訊ねた。
「お前……ジュドーの弟か?」
素直にナラがうなずく。
「にぃちゃんを知ってるんだ!」
「あぁ、俺の名はウィルザー。
ジュドーの親友だ。」
間を置かずに答えたウィルザーに、ナラは怪訝そうな表情を見せ、品定めをするようにウィルザーの周りをぐるぐると回り出す。
「うっそだぁ!だって、おじさん……強そうに見えないよ。」
ピタと止まったナラが、最初に発した言葉がそれだった。
「にぃちゃん言ってたぞ!
漆黒の闇の衣に包まれ、黄金色の輝きを放つ剣を携えた魔導剣士……
それが、ウィルザーだぞ!」
確かに、今のウィルザーは純白のスーツを着ているし、黄金色の剣なんか持っていない。
あたし達は、ナラが言った言葉につい、ウィルザーを見てしまう。
あたし、ナラ、悠太郎、武蔵の四人に一斉に視線を向けられるが、当のウィルザー本人は、いつもの仏頂面のままで、大して、いや、全然驚いた様子を見せなかった。
まるで、その質問がくるのを予想していたように。
「あの服は着ない………そう、弥生と約束したんだ。」
言うと、いつもとは違う表情を少しだけ見せたが、あたしは何も言えなかった。
「じゃぁ、光輝剣は?」
まだ信じられないと、ナラはしつこく食い下がる。
「あれは……奪われた。」
言うや否や、満面の笑みを浮かべて〈やっぱり弱い〉と言うナラ。
別に弱いわけではない。
あれは、弥生さんの墓標に立ててきたのだが、そこを訪れたA-Kに奪われたのだ。
どうやら、マックスとリリィが奪ったのではない様子だったが……
「ふ……
別に、もう反論するつもりはない。
実際、俺は弱いのだからな。」
そう言うと、足早に自分の部屋に戻っていった。
あたし達も追おうとすると、ナラがあたしを呼び止めた。
「大丈夫だよ、ママ!あんな泣き虫じゃなくて、ボクが護ってあげるよ!」
言って、再びあたし達を置いて先に行ってしまったナラは、純粋な天使を思わせる笑みを浮かべていた。
しかし、あたしはナラの言った事が気になっていた。
〈漆黒の闇の衣〉
〈光輝剣〉
そう、触れるべきではないと分かっていても、ウィルザーの過去に触れなければならないような気がした。


《3》

ルー!
ルー!
ルシェール!
夢の世界に入るや否や、ルーの事を呼び続けた。
不思議な事に、現実世界では全くと言っていいほど思い出せない彼の存在が、この世界では当たり前のように思い出せるのだ。
ルシェール!
あたしの願いが、この闇の世界に広がっていく。
おかしい!
いつもならルーから介入してくるのに……
刹那、あたしの眼前に光が集束する。
やっと来たわね……
光が人の姿を形作るのを待たず、光に向かって足早に近づいた。
どうしたのよ!
今日の貴方は随分と時間にだらしないじゃない。
あたしは腰を曲げてルーを睨みつけた……はずだった。
輝きがおさまり、そこに現れたのは小さな女の子だった。
誰?アナタ……
『フィニーだよ、おばさん!』
おば……
ま、まぁこの子にとって、あたしはオバサンには違いないけど……
『なら、それでいいじゃない!
オバサンは、オバサンだもん!』
あたしに反論する気力が無くなっていた。
悠太郎が、ナラにオジサンと言われた時の気分って、こんな感じだったのかな……
いや、あいつは馬鹿だから怒り任せか……
『それに、フィニーはまだ3ヶ月だモン!』
……3ヶ月の意味はよく分からないが。
まさか生まれて3ヶ月、ではないだろう。
自ら、フィニーと名乗った女の子は、10才位だろうか。
ルーを思い出させるような黄金色の髪は腰までとどき、大きく見開かれた円らな瞳は緑柱石の様な輝きを放っている。
どう見たって、3ヶ月には見えるわけない。
なんだか、ヘンな子ばかりに会う日ね、今日は……
思った次の瞬間、フィニーはとんでもない事を言ってきた。
『フィニー達7姉妹はね、生まれて3ヶ月しか経ってないモン!
それを、3ヶ月って言うんだよ!
……ひょっとして、オバサンってニブイの?』
この時、認めたくはないが悠太郎の気持ちが分かった気がした。
『あなたねぇ……人をからかうのもいい加減にしなさいよ!』
この時、初めて他人の意志に介入する術を身につけたのに気がついたが、同時に介入して怒鳴りつけた相手が年下の幼い女の子である事にも気付いた。
『……オバサン……怒った……』
あたしは今にも泣き出しそうな女の子を前に、どうしていいのか分からなかった。
『ごめんなさい……』
一言謝り、実体の無い身体で、同様のフィニーを抱いた。
『怒ってごめんなさい。でも、あたしには分からない事だらけなの……
イライラしているのね、自分の無知に……』
あたしは自分の無知に恐怖し、子供に当たった事を恥じた。
『ごめんなさい……』
例の如く、あたしの意志も筒抜けになっている事を忘れ、素直な気持ちをフィニーに読まれた事が良かったのか、悪かったのか……
この世界でも同じ台詞を聞くとは思わなかった。
『ママの匂いがする……』
本当にヘンな子に会う日ね……しかも、〈ママ〉か……
〈お母さん〉と言う意味だもんな……
あたしは……母親になるなんて事、一度も考えた事無かったのに……
あたしはそんな自分に対し、笑いがこみ上げてきていた。
別に大笑いするわけでもなく、ただ口元を綻ばせる程度であったが……
そんなあたしを見てか、フィニーは先ほど以上のとんでもない事をあたしに言った。
『ねぇ、オバサン……フィニー達のママになってよ!』
『えぇ!!』
あたしは絶句した!
『きっと大丈夫だよ!
カサンドラも、サラも、フォースも、フェイも、シックスも、ベルもきっと分かってく れるよ!
ママならママになれるよ!
……あり?』
とうとうあたしは、ママに格上げされたらしい。
でも、この子達のママになると言う事は、〈この子達の父親の妻になる〉と言う事だ。
いったい誰の…
あたしは魅了の術をかけられたように、この子の母親になってもいいと言う気持ちが膨らんできていた。
しかし、あたしの元来の性格、とでも言うのだろうか。
懐疑的になり、真実を知ろうとしてしまう。
それに、やっとある事に気付いた。
ルーの娘もフィニーで7人姉妹。
そしてこの子もフィニーで7人姉妹。
外見がかなり違うが、この世界での姿が現実世界での姿と一致するとは限らない。
ここは、夢の世界。
心の反映される、精神世界なのだから……
『アナタの父親は……ルーね!』
言うと、フィニーは大きくうなずき、満面の笑みを浮かべた。
フィニーがうなずいたのを確認した次の瞬間、あたしはフィニーに今までわだかまっていた事を矢継ぎ早に訊ねた。
『おしえて、光輝剣って何?漆黒の闇の衣も……
そもそもウィルザーって何者?昔は何をしていたの?
ルシェールもそうだし、天使そのものだって言う球=セフィラーって何なの?
A-Kの目的って、他民族の排斥だけなの?』
フィニーはあたしの無知への焦りに気付いたのだろう。
彼女は、情報に対する見返り、とんでもない要求をしてきた。
『ママになったら教えてあげる!』
彼女が何かを知っているとは限らない。
でも、少しでも情報を得たい。
動機は不純だが、彼女の要求をのんだ。
『やったぁ!』
フィニーはあたしの周りをバタバタと走り、止まったと思ったらあたしに抱きついてきた。
『きっと、みんな喜ぶよ!』
本当に、心の底から喜んでいる。
あたしの心を覗きもせずに……
そんな無邪気なフィニーを見て、あたしは質問を躊躇ってしまった。
『フィニー……』
彼女の頭を撫でているうち、フィニーが眠っているのに気付いた。
夢の世界で眠ると言うのもおかしいが、あたしは情報を聞き出せない事を仕方無いと思いはじめていた。
それに、〈ルーなら悪くない〉、そんな事まで思っていた。
ルシェール……
現実世界での彼を知らないし、そこで彼から介入してこない意志も見せていた。
『どんな人なのかな……』
ウィルザーの姿をした優しい眼差しを見せるルーを想いながら、無邪気な意志のぬくもりを抱いていた。

どのくらいの時が流れたのだろう。
この世界での時間の概念は現実世界に通用しない。
今感じた時間は、そのままであったり、一瞬の出来事であったり……
とにかく、あたしの感覚はあてにならない世界、と言う事だ。
でも、そんな事はどうでも良い事だった。
現実世界で忌み嫌っているあたしの行動、それが今のあたしにとってはとても心地よいものであり、ずっとこの世界にとどまり、仮面をかぶって生きていかなくてはならない現実世界に戻るのが嫌になりはじめていた。
『だめぇぇぇぇぇっ!』
突然のフィニーの介入により、あたしの思考を一時停止させられた。
『どうして?
ここにいれば、ずっとフィニーと一緒にいられるのよ。』
あたしは……夢の世界でこう表現するのはおかしいような気もするが……夢見心地のまま、フィニーを説得しようと優しく語りかけた。
『だめだよ……
パパが言ってたよ、この世界に長く居すぎると現在の自分を見失ってしまう、って……
だから、だめだよ……』
『自分を……見失う……現在の……自分……』
あたしはフィニーの言葉を噛みしめるように、ゆっくりと繰り返し呟いた。
しかし、あたしは……夢にのまれた。


《4》

飛鳥の様子がおかしい!
その情報が得られたのは〈ナラ〉が龍国に現れた次の日の事だ。
別にあの女がどうなろうと知った事ではない。
弥生と双子の妹であると言うだけで俺の気が変わるわけではない。
例え、弥生に扮していても、顔が同じであっても、弥生は弥生。
飛鳥ではない。
しかし、真っ先に疑われるのは俺とナラだ。
俺は、元A-K。
そして、ナラは親友の弟。
敵国、ウェンデルからの亡命者だ。
それだけで疑惑の対象になる。
ナラは既に飛鳥の元に走った。
しかし俺はどうしたものか……
迷う俺の元に、好都合な報告が舞い込んできた。
とうとう来たのだ。
A-Kが……
マックスから奪った……いや、返してもらった〈衝波剣〉と、リリィから返してもらった〈アークフレア〉を手に取り、正門に向かった。
正門に近づくにつれ、男の悲鳴が多く、大きくなってくる。
俺が正門についた時、龍爪衆の面々が一撃の元に打ち倒されている場面が目に飛び込んできた。
「ヒャハッ!弱い、弱いゼ!
それが、龍国体術隊龍爪衆の力かよ!」
相変わらず……嫌らしい笑い声をあげる。
A-K No.Ⅵ、ディック=フェニキシオ……
A-K唯一の格闘家、狂戦士ディックか……
思った刹那、笑い声が止まる。
俺に気付いたか……
「ウィルザァァァァァァァァッ!」
怒声をあげて俺に向かってくる。
今までと同じか……俺に向き合うとすぐ逆上する。
奴の母親を殺したのが俺だと思い込んでいるようだが、俺には全く身に覚えの無い事だ。
もっとも………俺の記憶が確かな物であると言う前提でだが。
ディックの両手には、盾と爪が一緒になっている〈飛爪獣牙〉、通称〈デストロイヤービースト(DB)〉が握られている。
ディックは両手を振って攻撃してくるが、怒りのために大振りとなり、難なく回避する事ができた。
「ぐはっ!!」
馬鹿な!
そう、左をかわした後の下から突き上げる二撃目を喰らったのだ。
不意討ちでもないディックの攻撃がかわせないなど……
そんなはずは……
身体が浮き、俺は後方に飛ばされた。
しかし、スーツの対物理魔法障壁が壁を砕きながらも、城壁の壁に叩きつけられる寸前に俺への衝撃を弱めてくれた。
ダメージは、奴に喰らった二撃目のみ……
問題ない……
「どうした、天才の英雄君!
俺の攻撃をかわせないほど腑抜けたか?」
そこまで言うと、再び嫌らしい笑い声をあげるディック。
俺はそれを受け流し、衝波剣を構える。
「腑抜けてられるか!
俺は………この国を護る!
護らねばならんのだ!」
効かぬと分かっていながらも、衝波剣を横に一閃し、圧縮された空気を放つ!
横一筋の大きな空気の刃がディックに向かい、高速で襲いかかる。
しかし、奴はDBを盾にして威力を相殺するだろう。
高い物理攻撃力を持つDBは、ディックの弱点である魔法を相殺する能力を持たせた。
奴に魔法は効かない。
魔力剣亜型である衝波剣も例外ではないのだ。
当然、ディックがDBを盾にした範囲のみ威力を殺がれ、そこを中心として消滅していった。
やはり無駄か……
思った刹那、消え行く風をまといディックが眼前に現れた!
馬鹿な!
奴は俺に相対するとすぐに逆上し、攻撃に隙ができる筈なのに……
再び右の一撃が下から俺の身体に深く突き刺さる!
「水月(みぞおち)かっ!」
俺は身体をくの字に曲げ、先ほど軽く腹に入れておいたものが逆流しそうになった!
「やっぱり腑抜けじゃねぇか……」
耳元で奴は呟き、そのまま後ろに飛び退く。
俺のマテリアルを痛覚鈍麻モードにしておかなかったのが悔やまれる。
久々に味わう痛みは俺の精神を削り取るようだ。
脂汗が流れ、大気に汗が冷やされ身体中の体温が急激に下がる。
「フン……
ガキでも最高司祭か……
俺に〈ウィルザーを前にしても落ち着け〉と説教しやがった。
おかげで、こんなにテメェをいたぶれるとはな……」
マリアが吹き込んだだけで憎しみが消せるかどうかは疑問だが、事実、奴は冷静だ……
まずいな……
これで奴の隙はないのと同じだ。
ひきかえ、俺の方はA-Kを憎みきっている。
こんな事を考えながらも、破壊の衝動がおさまらない。
俺は、痛覚鈍麻モードにするのも忘れ、ゆらり立ち上がる。
「いくゼ、英雄君!」
三度、ディックは連撃で襲いかかってくる。
俺の手持ちの武器は、〈衝波剣〉と、圧縮済みの〈アークフレア〉、奴に効かない〈魔法〉……
最後は、〈拳〉!
俺は素早く衝波剣を鞘に納め、両の拳を強く握りしめた。
マテリアル能力は同じだが、奴は武術に長けているうえ、武器を持っている。
戦力的、能力的不利は否めないが、俺は奴を倒す!
倒さなくてはならないのだ。
弥生のためにも……
奴の左腕を横薙に、俺の腹めがけて向かってくる。
それを一歩下がって回避する。
烈風が腹部をかすめ、俺のスーツに三筋の切り込みが入る。
だが、そんな事に構わず、奴の左腕のDBを俺の左腕でつかみ、左に流して奴のバランスを崩したと同時に裏拳を顔面に叩き込んでやった!
「うがっ!」
奴のかけていた魔眼を砕き、確実に物理ダメージを与えた!
しかし、素早く後ろに飛び退くと肝心な事に気付く。
奴もA-K、マテリアルの過剰再生能力で瞬時に傷も精神力も回復したのだ……
「くっ……」
……光輝剣を失ったのが悔やまれる。
俺は苦虫を噛み潰したような表情になる。
光輝剣の無い俺が……こんなに弱いとは思わなかった。
A-Kを制するには、やはり光輝剣が必要なのか……
ディックと相対しながら思い悩み、無意味な攻撃を躊躇っていた。
すると、何事もなかったように奴が語り出す。
「いいぜぇ~!
そうこなくっちゃぁ~復讐にならないからな!」
復讐?
確かに、奴が俺を憎んでいる事は知っていたが……
何の復讐だ?
「英雄君!
この国には丁度よく闘技場がある。
そこで決着を着けようじゃぁ~ねぇか!」
奴め……元来の自信過剰が出てきた。
光輝剣が使えない今、奴のマテリアルに直接吸精拳を打ち込み、精放符で封じる他無い。
「逃げる事は許さねぇぜ!
もっとも、死んだ女のためにそんな事はしないだろうがな!
……夕方、待ってるぜ。
次は光輝剣の出し惜しみをしないでくれよな!」
言うと、嫌らしい笑い声を上げ、翼も出さずにその場から飛び去った。
奴は俺に時間を与えた。
しかも、俺が光輝剣を失っている事に気付いていない。
もし、本当に冷静さを保って戦う事ができているなら、そのことを逆手に挑発も可能!
対ディックの装備を整えねば……
しかし……復讐とはいったい……
また、俺の記憶が操作されていると言うのか?
いや、そんなはずは……
前にも一度そう考えた事があったが、記憶を操る能力を持つ……いや、開発したのは俺だ。そんなはずはないのだ……
とにかく、装備を整えよう。
と、そこまで考えが至ったとき、ナラ達が現れた。
「どうしたの?オジサン……ボロボロだよ。」
「そうだぜ!テメェがここまでやられるなんて、龍とでも格闘したのか?」
ナラと悠太郎がまくしたてるなか、武蔵のみが静かに訊いてきた。
「A-Kが来たのか?」
俺は素直にうなずき、ひとまず飛鳥の事を訊いてみた。
「どんなに揺すっても、何をしても起きないのだ。
目を覚まさないのだよ……
死んだ様にな……」
ここまで聞いて、おそらく魔術的介入もなされたのだろうと思い、俺には無理だと言い残して部屋に戻った。
今、俺にとってはディックとの決闘の方が大事だ。
ドアのノブに手をかけ、回す。
音もなく扉は開き入ろうとするが、ふと立ち止まる。
弥生のためにも……決闘の方が大事……なのか?
飛鳥がいる弥生の部屋の方向を見やり、闇に向かって呟く。
「飛鳥は弥生ではない。だから護らなくていいのか?
復讐だけが弥生のためになるのか?」
俺自身が戦う意義を考えたとき、奴の言葉が脳裏をよぎる。
『死んだ女のためにそんな事はしないだろうがな!』
そうだ!
A-Kは倒しておかなくてはならない。
天に現れた球=セフィラーが何を意味するのかは分からないが、今はこの国を護り、ウェンデルの狂った思想を潰さねばならない。
それが、今の俺の最優先すべき使命だ。
そう自己完結させたとき、自分の思考と記憶に奇妙な引っかかりを感じたが、それを何かと考える事無く、ディックとの戦仕度を始めていた。
『奴は物理攻撃に長けている。
物理防御力を上げて戦うしかないのだが、奴の拳技は物理防御をものともしない。
……気休め程度にしかならないが……』
椅子にドッカと座り、右の手で顎をしごきながら俺は考えた。
今の手持ちの術には、相手の技を半減させるものがない。
「作るか……」
立ち上がり、この城の魔術研究所の位置を知るべく部屋を出た。
いかに天才とまで呼ばれた俺とはいえ、一つの新しい術を作るには時間がかかる。
ましてや期限は今日の夕刻。
気に入らないが、他人の手を多少なりとも借りるべきだと判断した。
ただ、問題はこの国の主な術が符術であること。
俺の使う魔術とは別物だ!
このマルクトと呼ばれる世界にある魔法は、三種に分類される。
天使や神の力を借りる〈神聖魔法〉。
地の底に封じられた墜ちた天使、一般に魔王と呼ばれる者から力を借りる〈暗黒魔術〉。
大地に生をうけ、光にも闇にもなれる存在、弱き人間の力を一枚の聖霊紙で増幅して放つ事ができる〈符術〉。
俺のような魔術のスペシャリストがいるとは思えない。
悩む俺は、ある事をふと思い出した。
なぜリリィが、A-Kたるリリィが一枚の符術であっさり吹き飛ばされたのか……
もしかしたら……これは仮説に過ぎないが、三つの術に力の流れ、属性があるのか?
もしそうなら、D・Bに与えた神聖魔力(以後〈天の属性〉と呼ぼうと思う)は、おかしな話しだが、符術(以後〈人の属性〉だな)に弱いのではないだろうか。
だとすれば、D・Bを符術で破壊できる……か?
やってみる価値はある。
先ほどの正門近くまできたとき、足早に俺の前を通り過ぎた弥生の侍女をつかまえ、場所を聞き出した。
弥生の事を気にかけていないのが気に入らないのか、あまり良い顔はされなかったが、とにかく、聞きだした西の塔へ行ってみる事にした。


《5》

塔にある研究室、資料室、実験室に至るまで誰一人いなかった。
そうだ、よくよく考えてみれば、ここの奴らも弥生の昏睡の原因解明のためにかり出されているのだろう。
部屋の番人さえいない。
他人の協力を得るのは無理、か……
いや、ならば勝手に物色するのみだ。
門外不出の魔導書があれば……いや、あっても符術だろう。
符術理論を一から覚える時間は無い。
理論を無視して作れば、たった一度だけしかもたないものか、大量の精神力を消費する物になるか、だ……
……とにかく、全ての部屋を回って実験するのみだ。
多分、全ての資料をひっくり返し、術を作る機会はたったの一度だけ。
……急ぐか……
資料室に駆け上がり、本という本を全て見回した。
やはりあるのは符術に関する物ばかり。
人の内的パワーを放出する方法、その効率的な使用法、聖霊紙の作り方。
……どうしようもないな……
唸り、壁を殴りつけたとき、ある事が頭に浮かんだ。
「弥生……いや、飛鳥は上手く術と剣の融合を果たしていたな……」
飛鳥の呪符連剣……防具に応用すれば……
思った次の瞬間、ある本が目に飛び込んできた。
〈呪符の応用-防具篇-〉
取ってつけたように見つけたその本を取り、中を見た。
その本は始めの方にだけ文字が書かれており、途中で止まっていた。
そして、それに記された字は何処かで見たようなものであった。
「これは……弥生……
弥生の字だ!」
ひどく懐かしい、優しい字だった。
「知らなかったな……
弥生も符術が使えたのか……」
本の内容は、薄手の服……特にドレスなどの防御力を上げる方法が書かれていた。
弥生の導きか……
「ありがとう……
弥生……」
A-Kスーツの魔法障壁同士がぶつかれば互いに中和しあい、障壁の意味をなさなくなる。
しかし、属性の法則からいけば、天の属性を持つスーツの魔法障壁より人の属性を持つ呪符の魔法障壁の方が強力だ。
この本の技術、ディックの攻撃を防ぐ手となる。
「弥生、ありがとう……」
再び声に出し、護りきれなかった彼女に礼を言った。
この技術はごく簡単な物で、服の裏に呪符を縫いつけるだけであった。
すぐにできるな……
俺はこの部屋にある〈鎧甲符〉をかき集め、作業を終わらせた。
そして、すぐに術の開発にとりかかった。
この短時間に作れる術は一つ。
そしてこの場で思いついた術は二つ。
どちらかを選択せねばならなかった。
一つは〈ディックの技を半減させる〉術。
一つは〈D・Bを破壊する〉術。
これらの二つである。
二つを作り上げる時間があれば、D・Bを破壊した後に技を半減させて持久戦に持ち込む。奴が隙を見せたところで吸精拳を叩き込み、ミイラ化させて精放符で封印してしまう。この方法が使えたのだが、どちらか一つとなれば状況が変わってくる。
前者を作れば、D・Bでかき消される毎にかけなおす必要がある。
しかし後者であれば、理論無視の呪符を作るためにチャンスは一度、しかも破壊できても片手だけだろう……
……俺は迷うまでもなかった。
「たった一度のチャンスに賭ける。」
別に俺がギャンブル好きな訳ではない。
俺に扱える武器が少ないこの国において、馬鹿どもが持ってくる武器は有効利用できる物ばかりだ。
危険は大きいが、奴だけがA-Kじゃない。
だからといって、奴を見逃す訳にも行かない。
弥生の為にもA-Kは皆殺しだ。
『お前も含めてな……』
「?」
声が聞こえた気がしたが、今はそれどころではない。
D・Bを一つだけ手にいれ、奴を殺す。
一つの決意とともに、初めての呪符の作成にとりかかった。


《6》

夕刻・・・・
龍国闘技場・・・・
俺はA-Kスーツ改と、文字どおりの切り札、オリジナル呪符〈壊〉を手に、ディックの前に立っていた。
「英雄君も亡きパートナーの為となれば弱いねぇ~!」
開口一番、奴の口から出た言葉は俺を挑発するものだった。
「何とでも言え……
俺も貴様らA-Kを許すつもりはない。」
睨み合うこと暫し……
「抜けよ……光輝剣……」
言った次の瞬間、ディックの右手に握られたデストロイヤー・ビースト=D・Bが、俺の腹部に深々と突き刺さっていた。
くの字に身体を曲げた俺に、奴はそのまま顎めがけて右を突き上げた。
しかし、そのまま奴の連撃を喰らってやるほどお人好しではない。
上体を反らす事により二撃目を回避、後ろを振り向かずに後退した。
「テメェ…
俺を馬鹿にしているのか?
光輝剣を出せ!
光輝剣を振るうテメェを倒してこそオフクロの魂は癒される!
出し惜しみしてんじゃねぇ!」
奴は俺が光輝剣を失っている事に気付いていない。
黙って奴の出方を伺おう。
そうすれば奴の復讐の原因が分かるかも知れない。
そのうえでこのまま奴を挑発し、隙を大きくするよう仕向けるのが得策……
「……馬鹿にしやがってぇ……」
そう、ここまでは予想通りだったが、奴が言い出したのは復讐の事ではなかった。
「テメェがそういうつもりなら……
〈また〉女に死んでもらう!」
……また?
「またとはどういう事だ!」
まさか、あの船上でのA-K-Lを指揮していたのは……
「ディック!」
怒鳴り、奴を睨みつける。
身体が自分の物ではないようだ。
怒りに支配されようとしている。
俺の策にはめようとしたが、俺が奴の挑発に乗っては仕方がない。
落ち着け!
落ち着け!
落ち着け!
落ち着け!
「光輝剣で戦えば教えてやるゼ……」
俺は……馬鹿だ!
かまえるディックに、俺は剣を振り下ろすように構え、突っ込んだ!
もちろん、光輝剣を持っているわけもない。
俺が手に握っていたのは……呪符”壊”!
たった一度のチャンスを怒りまかせに振り下ろした!
奴は光輝剣が振り下ろされると思ったらしい。
左腕を突き出し、俺の攻撃を防ごうとした。
奴の判断ミスが俺の判断ミスをうわまった!
俺の呪符は奴の左手に握られたD・Bを閃光とともに打ち砕いた。
「なっっ……キサマァ!」
これで何度目だろう………ディックの右手が俺の腹部に激しい一撃を浴びせた。
「ぐはっ……」
マテリアルが怒りのために上手くコントロールできない……
奴は怒りで強制的にマテリアルをコントロールする。
しかし、俺はそう言う使い方をした事がない。
奴の方が有利だ……
俺が身体を曲げるより早く、下から俺の顎を打ち抜いていた。
まずい……
奴に勝てない?
空中に身体が浮き、次の瞬間には硬い地面に叩きつけられていた。
……奴が何かを言っている……
意識を失いそうだ……
こんな感覚初めてだ……
「テメェ………本当にウィルザーか?」
なんだと!
一気に意識が覚醒する。
しかし、声が出ない……
くそ……
まずいな……
「確かに、術で術を無効化するD・Bを破壊する技術……
ウィルザーの物だ……」
くっ……
動けない……
「だが、弱すぎる!
光輝剣を使わなからか?
ならば、光輝剣を持たなければウィルザーはただの魔導士という事か……」
呆然と立ち尽くし、ディックは一言一言自分の言動を考える……
……どうにか動けるか?
く……
俺はどうにか立ち上がり、ディックと対侍する……
しかし、膝が笑いそのまま地に膝をついてしまう。
「くそっ!
こんな弱い奴に今まで振り回されていたのか……
こんな弱い奴にオフクロが殺されたのか……」
オフクロ?
殺された?
俺に?
……俺は……そんな覚えがない……
「……畜生!」
奴は残された右のD・Bを俺に突き出し、その先端から飛び出した三つの爪を頬に押し当ててくる。
「もう、どうでもいい……
テメェは俺の実力で倒した……
女に現をぬかし、腑抜けた野郎をいつの間にか超えていただけだ!
そうさ……
栄光なんて、長続きするモノじゃないのさ!」
まずい……
奴の最後の一撃だ……
……死ぬのか?
……ふ……
弥生がいないこの世界に、いつまでも留まっていても仕方無いか……
そうさ……
この国を護るだなどといっても、所詮A-Kを倒すための都合の良い言い訳にしか過ぎない。
ほとほと自分の弱さに嫌気がさす……
そう、俺が自分に自身を失い、ただ奴の一撃を待つ身となったとき、影が飛来した!
その影にただならぬものを感じたのだろう。
ディックは後ろに飛び退き、天を仰いだ。
「なんだ?あの野郎は!」
俺も天を見やり、影の正体を見極めようとした。
夕日を一身に浴び、紅に染まった翼をはためかせた……天使!
次の瞬間、天使は何かを落とし、いずこかへと飛び去った。
何かは、真っ直ぐ俺に向かって落ちてくる。
あれは……
そう、俺は何が落ちてくるのかがわかった。
「光輝剣!」
叫んだ刹那、それは音もなく目の前の地面へと突き刺さった。
なぜ、ここにこれがあるのかと言う事を考える暇もなく、剣を握ると反射的にたちあがった。
そして、俺は怒声とともに剣に魔力を送り込み、奴の左肩に打ち込んだ。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
龍国に現れ、初めて聞かせるディックの悲鳴!
このまま縦に……
二つに斬り裂いてやる!
更に力を込め、左肩から腹部まで光の刃がめり込む。
斬り口は綺麗な物だが、光の力で傷口が焼かれ再生を妨げている。
「畜生!」
ディックは俺の急な反撃に驚き、ただ手を振り回した。
いつもの俺ならかわせたのだろうが、俺は回避する力もなく、それを甘んじてうけた。
後ろの壁の近くまで弾き飛ばされた俺は、奴の次の攻撃こそ俺の最後かと覚悟をした。
しかし、パニックを起こした奴は、俺が与えた”呪足飛翔”と言うブーツの魔力を用い、飛び去った。
「……勝った気がしないな……」
辛勝で合った今回の戦いで、俺の弱点のような物が露呈した。
光輝剣を持たない俺がどんなに弱い事か……
「……奴が再生して現れる前に、力をつけなければ……」
俺は、天才と呼ばれ……増長していたのだな……
「力をつけなければ……」
そのまま俺は気を失った。


《7》

くそっ!
このディック=フェエニキシオがあんな野郎に一撃を喰らうとは……
……ふん!
腐ってもA-Kの総司令か……
畜生!
〈呪足飛翔〉の力が出ない!
落ちる……………………
ぐはっ!
全身が地面に叩きつけられたか!
……畜生!
畜生!
畜生!
畜生!
動けねぇ!
今、あのクソ野郎に見つかったら……
間違いなくマテリアルが砕かれるか!
ふん……
まぁ、いいさ!
「ひゃははははははははははははっ!」
ざまぁねぇぜ!
オフクロを実験台にしてマテリアルを完成させたあの野郎!
大事な人が殺された気分はどうだよ!
目の前で殺された気分は!
城内……
しかも、あの野郎達が婚約の儀式を上げている時に、俺自ら女を殺してやった……
純白のドレスが真っ赤に染まるあの瞬間!
復讐は充分に果たしたか?
くく……
言ってやりたかったゼ!
あの女を殺す命令を出した男の名を!
そうさ、これを言ったとき、光になって消えたオフクロの復讐が完成する……
悲しめ!
苦しめ!
自分を責めろ!
それから殺してやるゼ!
………天使?
天使が現れやがった。
俺の横に立ってやがる……
ふん!
俺のこの無様な姿を覗き込みやがって……
A-Kの低ランクの野郎だな……
俺の再生が終わったら殺すゼ!
『そんな事はさせない……
それどころか、する事など無理ね……』
なんだと?
テメェ!
俺を誰だと思ってやがる!
『くすっ!』
何がおかしい!
『クズに教える名など無いわ……
でも、死に行く者に教えてあげるのがヒロイックサーガの常……』
なんだ?
この女?
ただの英雄オタクか?
違う!
こいつが持っているのは龍槍!
『ウィルザーが必要とした者!
ウィルニーヌ!』
なにっ!
クソ!A-Kの中に他の裏切り者が!
『違うな!』
「ぐはぁっ!」
マ、マテリアルが砕かれた……
畜生!
結局、俺はウィルザーの掌で踊っていただけか……
母子共々……大馬鹿……野郎……だ……
『やっと死んだわ……
いや、生き返ったか、って言った方がいいかもね!
おひさしふりね!カマエル君!
正義を前に破壊をもたらしてね……』

《栄光のゆくえ 完》

 

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2009年09月01日

【ANGELUS】第二話『全ての基盤となりしこと』

闇……
深淵の闇……
その闇の中に、あたし〈東 飛鳥〉は何をするわけでもなく漂っていた。
『死んだのかな……あたし……』
声に出して言ったつもりが、闇の世界はそれを許してくれなかった。
それどころか、どこをどう見回してもあたしの姿が見えなかった。
やっぱり死んだんだ…
『死んだら生まれ変わるなんてやっぱり嘘だったんだ…』
やっぱり声が出ていない…
あたしは昔から生まれ変わりなんて信じていなかった。
死んだら今までの経験が失われ自分という存在がなくなると言う事だ。
その先もし生まれ変わったとしても、それは自分ではなく全くの別人という事だ。
そんな気持ちの悪い事実ではなく、この闇が死後の世界であったことにあたしは何故かほっとしていた。
『貴女はおもしろい方だ…』
心の中に直接話しかけられているようだ。
誰だろう…
死後の世界って事は死神かな…
『えぇ、死神の総司令をさせてもらっています。』
やっぱり…
『部下から貴女の報告を受けた時はとても驚きました。
まさか、貴女の様な人が存在していたなんて。』
『へぇ、死神の総元締めでも知らない事があるんだ。』
つい、そんな事を思ってしまうと、すぐに答が返ってきた。
『まぁ、私も万能では無いですからね。
最近、妻に死なれてしまいましたよ…』
矛盾に気付きながらもつい、反射的に「ごめんなさい」と謝ってしまった。
そう、死の神が何故妻の死を操れなかったのか。
いや、その前に死神に奥さんがいると言う事自体驚きだが
『天才だの死神だのもてはやされても、人の身ではどうしようも無いですからね。』
人の身……
じゃあ、ここはどこなの?
『少なくとも、死後の世界ではありませんよ。』
でも、あたしの姿が見えない。
『それは、自分の事を死んでしまったと思っているからですよ。
そうですね…
昨日の今ごろの時間、自分が何をしていたのかを考えてみたらどうですか?』
昨日の今ごろ…
水浴びをしていたような…
思った刹那、あたしの目には自分の同年代の女と比べてやや小振りの谷間と、一糸まとわぬ自分の姿が映った。
『な、なんでよぉぉぉぉぉぉっ!』
あたしの悲鳴と辺りの闇に浮かんだままうろたえる姿を一通り見てたためか、少し間を置いて話しかけてきた。
『だめですよ。そんな事考えちゃぁ…』
何なのよ!こいつは!あたしにいったい何がしたいの?
『なに…少し見てもらいたい事があるだけですよ…』

****************************************
Angel-Knights

神歴0974 全ての基盤となりしこと

****************************************


《1》

どこの風景だろう…
底が見えるほど綺麗で透き通った水が水面を静かにたたえる湖。
辺りを囲む木々は深緑に染まり輝いていた。
あたしは窓枠に肘を着き、閉じられた窓の外を眺めていた。
「桃華様!
桃華様!
と・う・か・さ・ま!」
三度呼ばれて初めてあたしは振り返る。
……え?
「まぁ、ごめんなさいね。少し考えごとをしていたものだから…」
……えぇ?
「例え零落したとはいえ紛れもなく王家正当の血を持つ姫なんですからね!
しっかりしてくださいよ!」
気が付くと、あたしは桃華と呼ばれた女性の中にいた。
「わかっているわよ……」
そっけなく答えると再び振り返り、目の前に先ほどの風景が映し出された。
「〈あの3人組〉ですね!
どうせ遊びの種にされているだけなんですよ!
分からないんですか?」
3人組?いったい誰?
「でもねぇ…
みんないいひとよ。
ラストラ様も、
武龍(タケル)様も、
武蔵(ムサシ)様も…」
一人一人の顔を思い出すように指折り数える桃華。
しかし、彼らをよく思っていない…
彼女の侍女なのだろうか?
彼女の数えた指を両手で握り、3の数を0にすると顔を突き出し、唾が飛び散らんと言うほどにわめきたてる。
「桃華様!
いい加減にしてください!
彼らが例え次代の王、王位継承権を持つ方々でも、王家で最も身分が低く、ほとんどの 人の記憶にとどめられていない家の姫など…
相手にしてくれるはず無いじゃないですか!」
それって…
すでに自分で自分の仕える家を卑下しているんじゃあ…
「だめよ香奈!
そんな事言っちゃぁ…」
どうやら、侍女の名は香奈と言うらしい。
香奈の眉間にしわを寄せて怒る姿とは裏腹に、桃華は満面の笑みを浮かべてそれをたしなめた。
すると、それを見たためなのか、香奈は後ろを振り返り言う。
「ずるいです!
桃華様の微笑みは殺人者でも改心させる効果があるんですからね!」
桃華が香奈を後ろからのぞき込むと、彼女の頬が赤く染まっているのが分かった。
女性に対してこの威力、桃華の顔が見てみたいものだ。
すると、おもむろに自分の顔が映った手鏡を取り出し…
あれ?あたしの顔が映ってる…
でも、こんなに丸い表情ができた覚えが無いけど…
おかしい。あたしは今、桃華の身体に入ってるんじゃあなかったのか?
なのに、また同じ顔なんて…
弥生さんはあたし達の事を〈双子〉と言っていた。
三つ子の間違いだったのか?
疑問に疑問を重ねているあたしを残し、身体の方は別な行動をとっていた。
「ねぇ、香奈。
今日は何日だったかしら?」
桃華は日時を香奈に尋ねたのだ。
しかし、香奈は簡単には教えてくれず、先に説教を始めたのだ。
「桃華様!
そのくらいは自分で調べてください!
どうして貴女は何でも人に頼ろうとするんですか!
私は貴女の教育係兼、護衛剣士兼、護衛符呪師兼、友人として警告しておきます!
そんな自主性の無い生活を送っていると本当にお人形の様になってしまいますよ!」
この人、桃華とあまり歳が違わないようなのに…
ずいぶん苦労してるのね…
「もぅ!香奈の意地悪!」
言うと桃華は頬を膨らませ、カレンダーを見つめた。
「神暦0974年12月24日…
じゃぁ、みんなは龍国に着いた頃かしら…」
桃華の後の言葉が耳に入らなかった。
神歴0974年…
あたしがいた時間は神暦0999年…
25年前!
じゃあ…
まさか…
あたしの母親?
思った刹那、世界が歪み、視点の中心から闇が訪れあたしを覆い尽くした!


《2》

『おかえり、飛鳥…』
再び漆黒の闇に漂っているあたしが耳にした、正確には頭の中に響いた声に、思わずある人物の名を呼んでいた。
『ウィルザー!』
しかし、そこには誰もおらず、ただ沈黙があった。
その、少しの沈黙のうちに声の主がウィルザーではない事に気付く。
『…死神?』
言うとすぐさま返事が返ってくる。
『えぇ、死神です。』
闇の中において、一条のまばゆき閃光とともに彼は現れた。
閃光は闇を突き抜けたかと思うと彼の身体に集束、形を成しはじめる。
翼、天使の翼が12枚。
死神と言えど、闇の中において彼の姿は神を名乗るにふさわしい荘厳な姿に思えた。
そして、その12の翼が一斉に開かれ、輝きがおさまりだしたそのなかに見知った人物がいた。
銀糸で呪が編み込まれた白いスーツ、右手には見た事のある魔力剣。
顔は…
ウィルザーだった。
ただし、長髪で無造作に垂らされた黄金色に輝く髪は腰まで届いていたが…
あたしが口を開くより早く、彼が話しだした。
『お気に召しませんか?
一応、貴女が心に思った人の姿をとったのですが…』
もちろん、あたしは彼に心を覗かれまいと強がって見せた。
『下手くそ!
彼は金髪でもなければ長髪でもないわ!』
彼は「それは失礼」と言うと、その姿のままゴーグルの様な形をした色眼鏡をつけ、椅子に座っているような格好で闇の中に静止した。
沈黙…
暗黒のなかでひときわ光輝く翼を持つ彼。
しかし、彼がここに存在しないのではないかと思えるほど重くのしかかる沈黙。
全き虚ろと同化しているかのようだ。
あたしはこの沈黙に耐えられず、たまらず彼に疑問をぶつけた。
『あれは誰?』
彼はその問を待っていたかのように淡々と語りだした。
『貴女の母親であると同時に全ての災いの母でもある。』
『災い?それって…』
どういう…


《3》

また別な風景が広がっている。
彼から答を聞かぬまま、また別な世界…いや、時代に放り出されたようだ。
見渡す限りの海。
見事な水平線がそこに存在り、あたし達がそこにいた。
……達?
『死神!』
そう、そこにはウィルザーの姿をした死神もいた。
『ルシェールと言う名があります。
死神、死神言わないでください。』
わざわざゴーグルを外してまで困った表情を見せるルシェール。
それが作られた物なのか、本当にそう思っているのか…
あたしは後者だと思いたいのだが…
しかし、〈ルシェール〉とは女性のような名前…
当然、この世界で思った事は彼に筒抜けになっており、返事が返ってきた。
『女性らしいですか…
では、〈ルー〉と呼んでくれてけっこうですよ。
でも、そんな事を考えるようでは、貴女も女性を一段低い者と考えている証拠ではない ですか?』
ショックだった。
彼の言う通りなのかも知れない。
しかし、あたしはつい感情的になり、彼に怒鳴りかかろうとした。
すると、彼が再びゴーグルをつけた刹那、周囲が暗転し、あたしもいつの間にか大量に並ぶ椅子の一つに座っていた。
そして隣にはルーが現れる。
暗闇と静寂のなか突然鳴り出したベルとともに、目の前の暗闇が四角い光とともに開いていった。
そこには〈舞台〉があり、五体の人形が立っていた。
『なんなのよこれ!』
思わず席を立ち上がり、ルーに怒鳴りかかる。
『劇場では静かにするものですよ。』
『劇場って…』
彼にたしなめられ、ひとまずあたしは席に着いた。
しかし彼の意図がわからず、あたしは混乱するばかりだった。
『始まりです。』
言われて視線を舞台に移すと、人形だと思っていた者達が生きているかのごとく動きだした。
しかしその表情は堅く、文字どおり能面のような顔をしていた。
その中に、桃華と香奈がいた。
「桃華様、龍国とはどういう事です。
彼らは何故に龍国などに行ったのです。」
舞台の中心にでた香奈は、ケレン味たっぷりの振る舞いで、あたし達に向かってそう言った。
すると、今度は桃華が中心にでてくる。
「彼らは、私のために龍国の遺跡より宝物を取ってきてくれると言うのです。
最も高価な物を持ってきた順に私に求婚するつもりなのです。
私は彼らの無事を願う事しかできないのです。」
桃華も同様に大袈裟な振りであたし達に向かい、この劇場全てに響かんばかりの声で言った。
劇場…
そう、彼女達は劇を演じていた。
『タイトルは〈天使の誕生〉…
と言ったところですか。』
ルーは混乱するあたしに、静かに教えてくれた。
天使の誕生…
天使…
Angel!
まさかこれが事実なら……A-Kの事がわかる!
でも何故、彼が…
『大袈裟な事を考えないでください。』
彼の返事がいきなり返ってきて身体を震わせるほど驚いてしまう。
あたしに学習能力が無いと思われてしまうかもしれないが、あたしがすぐ疑問に疑問を重ねてしまう性分はどうしようもない。
『昔話しと思って観ていてください。』
あたしに自己嫌悪に陥らせる間も与えず、劇に集中しろと暗に促された。
舞台の上はいつの間にか船に乗る三人の王子の場面になっていた。
「恨み言は無しだ!
我々の誰か、国は違えど桃華姫を幸せにするために!」
龍国風の鎧を装備した双子の王子の片方が歩みでてきた。
『あれが龍王、龍神 武龍様です。』
あれが、あたしの父…
でも、双子…
何故、双子なのに両方生きているの?
あたしと弥生さんの時は……あたしが殺されるかもしれなかったのに……
「そうだ、我々の親を納得させるためにも、我々が姫への愛を示すためにも!
いざ、前史民族の遺跡〈万魔殿〉へ!」
赤毛の王子が今度は前にでる。
もしや、あれはウィルザーの…
『そう、ウィルザーの父にしてウェンデル国国王。
ラストラ=グランバードだ。』
ここで舞台が暗くなり、ナレーションが入る。
「桃華姫の愛を得んがため、海を渡った三人の王子。
龍国第一王位継承者 龍神 武蔵、
龍国第二王位継承者 龍神 武龍、
ウェンデル第一王位継承者 ラストラ=グランバード。
恋は盲目と申しますが、この時の彼らは万魔殿の本質を知らなかった。
同時に、それがこの後再来する千年目の悪夢の引き金となる事と同義である事も…」
万魔殿?
千年目の悪夢?
いったい何の事なの?
ルーが教えてくれる事が当たり前であるように、今度は意図的に疑問をルーにぶつけた。しかし、ルーは何も返事をしてこなかった。
このまま劇が進み、終わったときに全ての謎が解かれる事を望み、あたしは静かに劇を観ていることにした。
けど…
やっぱり納得いかない。
納得いかない!
納得いかない!
納得いかない!
納得いかない!
納得いかない!
いつの間にか、あたしはルーにそれだけを言い続けていた。
『わかりました。
私の負けですよ…
各国の王一人に伝えられてきた伝説があります。
〈約束された千年の封印の後、全ての裁定者が現れる〉
というものがあります。
それが、千年目の悪夢です。
そして、彼が封印されているのが万魔殿です。』
裁定者…
裁く者?
何を裁くの?
『ヒトですよ…』
それだけ言うと、再び劇が始まった。
まるで、あたし達が話し終わるのを待っていたかのように。
「ここが万魔殿。
大地に埋もれた黄金の城!
さあ、行こう!桃華姫の心を射止めんが為に!」
舞台の中心に出た武龍はケレン味たっぷりに演じる。
「こうして三人の王子は意気揚々と万魔殿に入って行ったのでした。
しかし、彼らはそこでとんでもない物を見てしまったのです。」
急に背景が変わり、黄金色に輝く壁が現れた。
床は朱塗りの絨毯が敷き詰められていた。
「どういう事だ、この惨状は!」
武蔵の初めての台詞である。
「この城は戦場となったのか!
なんと惨いことよ!」
武蔵の台詞とともに、彼らの足元にかつて人であったモノが現れた。
「よく見ろ!彼らには翼が生えている。
どうやら前史民族は背に翼を生やしていたようだ。
まるで天使のように。」
ラストラが前に出て台詞を言うと、武蔵の時と同じく死体の背に翼が生えた。
これは…
事実なの?
また、ルーは答えないのか…
『信じるか信じないかは貴女の自由です。』
あたしには…………まだわからなかった。
それよりも……
この後の展開、それが気になった。
「丁度道が三つある。
一つの道に一人、三方に別れて宝物を探そう。」
最後に武龍が二人に宝物探しを促す。
この状況でずいぶん冷静な事を言うものだ。
それだけ彼女、桃華姫を彼らに渡したくないと言う事か。
ここでナレーションが入る。
「宝物を探すため三方向に別れる三王子。
その先で、武蔵は黄金に多種の宝石がちりばめられた王冠を、
ラストラは三つの宝玉を見つけた。
しかし、武龍は何も見つける事ができなかった。」
なぜ?
どうして父が何も見つけられなかったの?
これじゃあ、あたしと弥生さんが生まれないじゃない!
新しく疑問をつなげる暇を与えられず、再びナレーションが入った。
「万魔殿を出て桃華姫の元に帰った三王子は、武蔵、ラストラ、武龍の順に求婚する事と なった。」
場面変わって林檎の木の下、寄り添う武蔵と桃華の姿が現れる。
そしてナレーションが入る。
「武蔵王子の求婚を受け入れた桃華姫は、その後とても幸せな人生を送ったそうです。」
寄り添う二人のシルエットを残し、幕は静かにおりていった。
『どういう事?
これがあなたの見せたい事だったの?』
あたしはルーに問いただそうと詰めよった。
『貴女にここで知ってほしかったのは〈悪夢の伝説〉と、彼らの〈軽率な求婚劇〉です。
それが…
これから起こる事の基盤となっていると言う事です。』
これから起こる事?
それは何?
尋ねたと全く同時にもう一つの光が現れる。
そう、ルーが現れたときと全く同じ。
黄金色に輝く翼をはためかせ、白のスーツにゴーグルをつけた金髪の女性が現れた。
あたしはなんだか鏡を見ているような錯覚に襲われた。
ゴーグルのせいで顔の半分が隠され、どんな女性なのかを確認する事ができないはずなのだが……
多分、体型が似ているせいかもしれないな。
そう自己完結させると、ルーと彼女が内緒話しをしている仕草を見せる。
二人を見つめるあたしに気付いたのか、ルーが紹介すると言ってきた。
『娘のフィニーです。
他にも妹が六人いるのですが、機会があったら紹介しますよ。』
フィニーはあたしに軽く会釈をすると、ルーの後ろに下がった。
そんな彼女を見て、あたしはつい悪態をついてしまった。
『ずいぶん無愛想で失礼な娘ね。
人に挨拶をするときには顔の物を取るものよ…
あぁ、親の教育が悪いのね。
自分の本当の姿もさらさずに、勝手な事を押しつけて来るんだから…』
いつのまにか両腕を組み、あたしは〈うんうん〉うなずいていた。
『これは手厳しい…
しかし、勝手ついでで悪いのですが、急用ができました。
部下が反乱を起こしましてね。
まぁ、もともと斬る予定だった男が自分から斬られる口実を作ってくれるとはね…』
切る?
クビにするということか?
でもそれにしてはとても楽しそうな…
そう、部下を切り捨てる事に喜びを感じているような雰囲気だ。
『えぇ、そうです。
とても嬉しいですよ。
これが自分でできたらもっと嬉しいのですが…』
少しの沈黙の後にルーは娘のフィニーに尋ねかけた。
『今、残っているのはだれだ?』
その問にフィニーは間を置かずに答える。
『フォースとベルが残っています。』
『よし、ならば二人にアレク暗殺を命ずる。
〈あの日〉に間に合うのであれば方法は任せる。』
『わかりました。そう伝えます。』
フィニーは言うとそのまま闇に飲み込まれていった。
この二人のやりとりを見ていると、何だか父娘と言うよりは上司と部下の様に思えた。
『えぇ、一応仕事中ですからね。
まぁ、プライベートは違いますが……』
ルーはそのまま闇に消えようとしていた。
『ち、ちょっと!』
今度はあたしをどこに放り出すのか、それが心配になってつい声をかけた。
『また、夢の中でお会いしましょう。』
ルー!
「ルシェール!」
気がつくと、炎と屍の戦場に座り込んでいた。


《4》

寝ぼけてたのかな?
ルシェールって…誰だ?
たしか…
そうだ!あたしは生きているのか?
A-Kのリリィとか言う女の撃った弾丸があたしを狙っていたはずじゃぁ……
垂れた頭を起こしてみると、そこにはウィルザーの大だんびらが盾となってあたしを守ってくれていた。
「なんでぇ?
なぁぁぁぁぁんで砕けないのよ!
どう見たって物理剣じゃなぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃっ!」
地団太を踏みながらも、正確に大だんびらの刀身に当ててくる。
このあたりがA-Kと言ったところか……
「司令!
あンた、私達の敵にまわるからって不良品渡したわね!」
わめくリリィのさらに奥でマックスを殴り続けるウィルザーが………って、どうやらあたしを守るために大だんびらを投げつけたようだ。
助かったのはありがたいが、これではウィルザーが戦力的に不利なのでは?
「馬鹿言うな!
俺は作ると言ったからには最高の物を作る!
お前が対人散弾で鉄の塊を撃っているのが悪い!」
しかも、敵にアドバイスまでしている……
「吸精拳!」
ウィルザーが叫ぶと同時に左の掌打をマックスの胸部にそっと当てた。
青白い、生命の光が辺りに輝く。
吸精拳…
西方の幻の拳技、白虎流舞術の奥義と言う噂だが…
ウィルザーが体術に精通しているとは思わなかった。
掌打を打たれた者の生体エネルギーが拳者を通して体外に放出させる技らしく、マックスの身体がみるみる干涸らびていった。
「すごい…」
あたしは思わず感嘆の声をあげ、動きが止まってしまった。
「今度こそ…バァィ♪バァァァァァァァイ♪」
リリィはいつの間に弾丸を込め直したのか、あたしの目前に聳える大だんびらめがけて撃ち放たれた!
青白い光を激しくまき散らし、一直線に大だんびらの刀身にめり込んでいく。
このテの剣は刀身の腹を叩かれると以外に弱いモノ…
この剣、耐えられるのか?
次の瞬間、弾丸の光がしだいにおさまり、刀身のなかで止まった…
違う!
止まってなんかいない!
大だんびらの刀身に亀裂が入り、粉々に砕けた!
それだけでは止まらない、光と回転のおさまらない弾丸はあたしの右肩を貫いた!
「ぐっ…」
初めてうける激痛。
全身の毛穴が開き、滴となって流れ出す冷たい汗。
肩の傷から流れる血は少しずつあたしの短衣を赤く染めていった。
右肩を押さえ、歯を食い縛り、恐慌状態に陥りそうになる自分を制した。
「弾丸は貫通した。出血は少ない。」
口に出して自分の傷の程度を見きわめる。
しかしその息は荒く、戦えそうにもない。
でも、たった一人のA-Kに勝てないようではこの先やっていけない。
道具袋から取り出した呪符-再生符=傷を治すための呪符-を朱に染まった服の上から無造作に叩きつけた。
叩きつけた痛みを感じる間もあらばこそ、肩の激痛は清流に流した雪のように拡散、消失していった。
「いける!」
吼えて立ち上がったその時、額に硬く、冷たい物を押しつけられた。
「動きが遅いよ、お・ひ・め・さ・まぁっ!」
しまった!
そう、考えてみれば殺しあいとしての実戦は初めてだった。
山中でのウィルザーとの手合わせなんて所詮手合わせでしかない。
彼女は明らかにあたしを殺そうとしている。
ただ、不思議な事に彼女から殺気と言う物は感じられず、子供が玩具を壊すときのような純粋な目をしていた。
しかし、言い替えれば彼女は人を玩具としか見ていない、人殺しを遊びの一つととらえている……そう、言えてしまうのだ。
あたしは……まだ死ねない!
次の瞬間、自分の身体が勝手に動いている……そんな感覚に襲われた。
あたしの左手はリリィが引き金を引くより早く銃を掌で突き上げ、右手は彼女の銃を持つ腕の肘を折り曲げていた。
「えぇ!」
パン!
気付くと彼女の上顎から上全てがなくなっていた。
「あぁ・・・」
動けなかった。
例え過剰な再生能力を持つA-Kでも、人を殺したのだ。
彼女の身体は力無く崩れ、あたしはとっさに胸に抱いた。
返り血を浴びるが、すぐに赤い霧となって霧散する。
あたしは何もできず、ただ立ち尽くしていた。
「……せ!」
後ろからなにか聞こえる。
「……させ!」
悠太郎?
「止めをさせ!」
弾かれたようにあたしは我に返る。
リリィの無くなった頭部を形作ろうと、血が、肉が、蠢いていた。
「ひっ!」
小さく悲鳴をあげたあたしは呪符を取り出し、リリィに叩きつけた。
その呪符の力が解放された刹那、術者本人たるあたしは轟音とともに後ろに吹き飛ばされた。
思わず使ってしまった呪符は〈爆裂符〉だった。
その名の通り、呪符の貼られたところを中心に爆発を起こす物である。
受け身もとれず、地面に叩きつけられたあたしは、胸が詰まって息苦しくようやっと顔を起こして彼女……A-Kリリィがどうなったのかを伺った。
そこには誰もおらず、半球状にえぐられた地面のみが存在った。
「倒した……」
この時のあたしは彼女が逃げたのではないかと言う事すら考えられず、均整に敷き詰められた石畳の地面に大の字になって寝ころんだ。
あたしは疲弊していた。
自分が龍牙衆の骸と並んで寝ている事も気にならないほどに……
「とんでもねぇ女だな!」
近づいて手を差し伸べてくれた愚弟、東 悠太郎は開口一番あたしの逆鱗を突つきまくった。
当然、あたしはこの馬鹿の手を振り払い、固く握られた右の拳が馬鹿の顎を打ち抜いた。
「今までなぁにしてたのよ!」
あまりこの馬鹿を期待していなかったためか、言葉と裏腹に『よし!右腕が完全に動く!』などと考えていた。
だが、まだ体力は完全じゃない。
ふらつきながらも剣を拾って鞘に納め、落ちていた魔導銃を拾い上げた。
このとき、あたしは妙な疑問がわいた。
そう、漠然とした疑問。
なんら具体性がなく、あたしは何も考えられなかった。
「なんだろう…」
疑問を声に出した次の瞬間、奥からあたしを呼ぶ声が聞こえる。
「〈弥生〉!それを貸せ!」
ウィルザーだ。
『あたしは飛鳥だ!』と叫ぼうと口を開きかけたが、思いとどまった。
忘れていたが、ここは龍国首都龍心の都。
炎と骸だらけと言っても誰が聞いているとも限らない。
あたしは自分が仏頂面をしているのに気付きながらも、手にしていた魔導銃を彼に向かって放り投げた。
少し強く投げすぎたか…
銃は彼の頭上を通り過ぎ、マックスが叩きつけられている壁に弾かれた…
いや、銃は妙な軌道をとり、納まるべき所に納まったといわんばかりにウィルザーの右手に滑り込んだ。
銃口をマックスの胸に向けた。
そして、ゆっくりと左手をマックスの胸から離す。
刹那、ウィルザーは銃に残った全ての弾丸を撃ち尽くした。
しかし、それらの弾丸は全てマックスの身体に当たらなかった。
「やはりダメか…」
ウィルザーは再び吸精拳をマックスに打ち込み、手を離さず引きずるようにあたし達の元に来た。
「俺の造ったマテリアルの自己防御を破れなかった。」
マックスの干涸らびた身体、その胸を指さし言った。
そこには淡い光をたたえて輝く水晶球が埋め込まれていた。
今になってやっと思いだした。
マテリアルだ!
あたしはリリィのマテリアルを砕いていない。
あわててリリィを吹き飛ばした辺りを見回した。
そして、最後にすり鉢状にえぐられた穴をのぞき込んだ。
いた…
服はボロボロ、上半身が完全にはだけたちょっと目の置き場に困る姿だったが、あたしの視線は未発達な谷間に釘付けになった。
「マテリアル…」
次の瞬間、赤い霧に包まれ、吹き飛ばした頭部を再生し始めた。
しかし、身体の他の部分と違いその再生はゆっくりとしたものだった。
「どうにかならんのか?」
武蔵がウィルザーに尋ねる。
その問にウィルザーは首を横に振るばかりであった。
父ならどうかと思ったが、吸精拳が彼以外の誰にも使えない以上、どうする事もできなかった。
「ふん……だったら、今倒せばいい。」
言うと、悠太郎はリリィに向かって剣撃を繰り出した!
しかし、頭部が失われているはずのリリィがその一撃を素手で受けとめた。
「なっっ…」
驚いた事に、それだけでは終わらなかった。
受けとめた手で悠太郎の長尺刀を弾いた刹那、頭部の無いリリィの身体は悠太郎の弱点とも言える、懐に飛び込んでいた。
「くそ!」
あわてて飛び退こうとしたが後の祭、たった一発の掌打で悠太郎の意識は飛び、その場に崩れ落ちた。
その掌打が吸精拳でなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
「自己防衛システム…」
首無しリリィに身構えたあたしと武蔵の横でウィルザーが呟いた。
まさかとは思うが…
最悪の事を考えながらあたしはそれはなにかを尋ねた。
案の定、ウィルザーは喜々として語りだした。
「あぁ、実験しないでいきなりメンバーに組み込んだから心配していたが、どうやら成功 らしい。」
もったいつけないでと付け加えると、彼はさらに顔を緩め…
そう、子供が玩具で遊んでいるように破顔して言った。
「そんな事あるまい…と思ってはいたが、もしA-Kの肉体だけ、しかも身体をコントロ ールし、〈脳〉が破壊されたとき無敵のA-Kが無防備になり封じられる可能性がある。それを防ぐためにマテリアルに脳と同じ能力を発揮するプログラムを組み込んでいたんだ。
ただ、意識までは作り上げられないと思っていたから攻撃する者に反撃、仲間がいない 場合は肉体の保護を最優先で帰還するようにした。」
やっぱり…
これもウィルザーの造った物だった。
これではほとんど最強ではないか。
本当にただ人がA-Kに勝てるのか…
唸るあたしを後目に彼はさらに続けた。
「見ていろよ、もうすぐ始まるぞ。」
言ってリリィを指さすとマテリアルが金色の光を発していた。
間を置かずそれは彼女の背後に集束、形を成していた。
そう、それは…
「天使の翼…」
あたしが言葉にすると、ウィルザーが『天使の騎士団たるゆえんだ』と付け加えた。
彼女の翼はいっそう光を増し、羽撃いた。
一度瞬きをするほんの少しの間に彼女は視界から消えていた。
逃げた…
「ちょっと、ウィルザー!逃がしてどうするのよ!」
この事態に、あたしはつい感情的に彼に食ってかかった。
しかし、ウィルザーは満面の笑みでそれを受け流すと、あたし達をも殺しかねない残酷な笑みを浮かべて、『まず、こいつでマテリアルの破壊法を考えよう』と肩を揺らして笑ったのだ。
あたしは、恐怖した。
彼の残酷な笑みにではなく、自分の造った物を説明しているときと今の感情との落差に…
「ウィル……ザー?」
震える声で訊ねるあたしに、彼はどちらでもない、いつもの仏頂面で逆に訊ねられた。
「〈弥生〉、〈精喰符〉を作れるか?」
その問にあたしはハッとした。
そう、符術の中の一つ、〈精喰符〉…
先ほどウィルザーが使った〈吸精拳〉と似たような効果をもつ呪符である。
ただし、呪符に生命力を吸い取られるまでは同じだが、それを放出する事はない。
呪符が満腹になる、つまりキャパシティを超えると燃え尽きてしまうという代物なのだ。
「でもそれじゃあ…」
無尽蔵にエネルギーを放出するマテリアルには無意味なのでは…
それは言わずに口を噤んだ。
そのことは誰よりも彼が知っている事だ。
なにか考えがあるのだろう。
あたしは、たぶんとだけ答えた。
「ならば、応用して〈精放符〉を作れるか?」
〈精放符〉?
そんな物、符術には無いはず…
戸惑うあたしにウィルザーはさらに言った。
「呪符のような小さな器ではマテリアルの力に持ちこたえる事はできない。
しかし、呪符をエネルギーの出口として使えば器はこの世界そのものとなり、マテリア ルと同じく無尽蔵にエネルギーを貯める事ができる。
分かるか?」
あたしはしっかりとうなずいた。
まさか、既存の術をアレンジして全く別な術に仕上げるとは…
「呪符連剣をあみだしたお前らしくもない…」
その言葉に少々ムッとしたが、反論できなかった。
仏頂面になったのを悟られまいと、ウィルザーに背を向け”聖霊紙”を取り出した。
〈聖霊紙〉とは、満月の夜に月光と清水をもって清めた紙の事で、これに文字をかき、精霊の力を封じる事によって完成するのが呪符である。
そして、残された一枚の聖霊紙に祈りを込めながら”精放符”作成を試みた。
ここだけの話、〈精喰符〉を完成させた事があるのは一度だけなのである。
が、〈精放符〉に作成は以外と簡単であった。
〈呪符に力を貯めて置く〉と言う部分が難しかったらしく、ただのエネルギーの通り道として作ったら簡単にできたのだ。
「へぇ…以外だったな…」
言って後ろに振り返り、呪符をウィルザーに渡した。
すると、彼がマックスを掴む手から光が漏れていた。
ウィルザーは〈吸精拳〉の力を持続させたまま普通の会話をしていたのだ。
今更ながらウィルザーのA-K総司令たる実力を思い知った気分であった。
「どうやら…成功らしいな。」
呪符をマックスのマテリアルに直接貼ると、〈吸精拳〉と同じように青白い光がサラサラと流れだした。
同時に、龍牙衆の骸は灰と化し、辺りを包んでいた炎が消えた。
「浄化能力でも付け加えたのか?」
訊ねるウィルザーに、あたしは首を横に振る。
少し間を置き、うなるあたし達の沈黙を破ったのは父、武蔵であった。
「炎が消えたのであれば丁度良い。城に行くぞ。」
それもそうね、と言おうとした刹那、無数の殺気に囲まれた。
そしてなだれ込んだのは龍国正規兵、体術隊の〈龍爪衆〉だった。


《5》

「まさか、お前が娘を連れてこようとは思わなかったぞ。
あぁ…」
「都を出てより東 武蔵と名乗っております。」
「そうか、武蔵だな。礼を言うぞ。」
父と龍王のやりとりを、ただの傍観者としてみていた。
この人があたしの実父……
でも飛鳥とは名乗れないんだ……
そう思うと少し悲しくなってきた。
しかし、それを悟られまいと毅然とした態度で龍王の隣の椅子に座っていた。
「それと…
まさか、A-Kの天才魔導剣士殿が亡命しようとはな。
何か目的あっての事か?」
単刀直入に訊いている。
龍王は遠まきに訊くとか、暗にほのめかすとかしないのか?
それともウィルザー相手に小細工無用と感じたのか…
あたしは〈弥生〉を演じ続けなければならない。
初めて会った実父に悪い気もするが……
いや、生まれたばかりのあたしを殺そうとした男だ。
何もそんな事を考える必要はない。
「まぁ、よい。
つまり、お前は偶然潜入した船がA-Kの攻撃対象で、我が娘を助ける事により…
無事、亡命を果たせたわけだ。」
あからさまにウィルザーに対しての嫌悪の情をぶつける龍王。
はっきり言って、余り誉められた感情ではないな…
ウィルザーは敵対国の王子なのだ、それも仕方の無い事か…
ただ…
前のように感情を爆発させる事がなければいいのだが…
仕方無い。
「お父様!
いくら敵対国の王子とは言え、
あた……いえ、
私の命の恩人に対して無礼ではないですか。」
あたしは静かだけど力強くを心がけ、偽りの父に進言した。
すると、龍王は驚いた様に目を見開いた。
しまった!
弥生はもっと大人しい女なのか?
内心焦りながらも龍王の声を待った。
「大人になったな…
弥生…
フェミニーアの大学に留学させたかいがあったと言うものだ。」
初めて見せる笑顔とともに、うんうんうなずきだした。
あたしはその顔に困惑しながらも微笑んでみせた。
笑顔がひきつってないか心配だったが…
「で?
逃亡した訳を詳しく聞かせてもらおうか?」
いきなり真顔に戻り、ウィルザーを見おろした。
その変貌に多少驚きはしたが、それでなければ〈王などやっていけないか〉と自己完結してウィルザーをみつめた。
「まず…
父、ラストラは狂っている。
俺が創り出したマテリアルで自分が神になろうとしている。
おそらく、マテリアルを埋め込んだ自分に忠実な下僕を増やし、奴らを使って世界の支 配者になろうとたくらんでいるのだろう。
支配して何をしたいのかは分からないが、支配者になろうなどと月並みな事を考える男 の事だ。
内容も月並みだろう。」
そっけなく言うと、肩をすくめておどけてみせた。
初めて見るウィルザーの姿だ。
しかし、龍王の一言で彼は豹変した。
「ラストラに似て嫌な男だ。」
と言う、その一言で…
ウィルザーはゆっくりと右足を浮かせたかと思うと、再びその場を踏みしめた。
ゴゥン…
轟音とともに城が揺れ、石造りの天井からパラパラと小さな石片が落ちてきた。
「これ以上、あの男の事は言うな!」
おそらく彼は、おどけてみせる事で揺れる心のバランスを保っていたのかもしれない…
それを龍王は…
「フン…話しを続けろ!」
これなのだ。
怒り満身、〈憎しみ〉と言う言葉が当てはまるようなものすごい形相に顔を歪め、話しを続けた。
「自分の考えに同調しまいと思う国の排斥を始めるだろう。
この国の様に先刻のA-Kを使ってな…」
そこまで言うと再び龍王が口をはさむ。
「なるほどな…
では、標的はこの国だけとなったわけだ。」
それがどういう意味なのかは分かっていても、皆一様に声を出せないでいた。
「ランロードが先日落ちた。」
これから龍王が続ける話しの内容はさらにあたし達に衝撃を与えた。
「正確には、一晩のうちに城内の人間全てが殺されたらしい。
そしてその朝、つまり昨日の朝だが、一人の男が声明を出したそうだ。
そう…名は〈アレクザード=フォンフォーネル〉」
「くそっ!」
その名を聞いたウィルザーは吐き捨てるように言った。
そう、この男もまたA-Kなのだろう…
「A-K No.Ⅶ 封影のアレク。
A-Kのなかで最も地位と名声に固執する嫌な男だ。」
いつもの仏頂面に戻りはしたが、怒りを無理矢理押し込めようとしているのか、ときどき語調が荒くなる。
「奴に与えた〈封影〉と呼ばれるマントは、その名の通り〈影までをも隠す〉能力を持っ ている。
おそらくその能力を使って城内に忍び込み、飲料水に毒を混ぜたのだろう。」
ゲスな奴!
つい、その言葉を口に出しそうになり、慌てて口を押さえる。
しかし、そんなあたしの素振りに誰も気付く事無く、皆うつむいてしまっていた。
「我らの龍牙衆もすでに敗退、A-Kに勝つ方法はあるのか?」
先ほどまで、威厳と嫌悪と皮肉に満ちていた語調もやや沈み、ウィルザーに訊ねた。
「マテリアルさえ砕ければ倒せる。
ただ、砕く事のできる〈光輝剣〉は紛失してしまったようだからな。」
始めは静かに答えていたウィルザーの語調が最後で激しく荒れる。
無理もない。
〈弥生さん〉の墓標として立ててきたはずが、彼女の遺体とともにA-Kに持ち去られたのだ。
こちらの戦力低下を狙っての事なら光輝剣だけを持ち去ればいい。
なのに何故、弥生さんの遺体が必要だったのか。
情報が少なすぎて疑問の解決に至っていない。
彼女の遺体をどのように使うのか…
あたしには悲劇的結末にならない事を祈る事しかできない。
A-Kのブレーンがここにいる以上、あたしの懸念は現実とならないとは思うのだが。
「光輝剣だと?
唯一天使を傷つける事のできる伝説の剣!
そんな、まさか…」
〈光輝剣〉に対する龍王の驚き様は尋常ではない。
ランロードが落ちた原因を聞いたときでも威厳を失わなかった実父が、明らかに狼狽していた。
「どうした?
俺が文献から再現した模造品だぞ。
本物は千年前にすでに失われているはずだ。」
ウィルザーの言葉に幾分落ち着きを取り戻したもののまだ何かを…
そう、念仏のように呟いていた。
「そうだ、あるわけない…
あるわけないのだ…」
どうやらこの呟きはあたしにしか聞こえていないらしい。
あからさまに怪しい口調。
龍王はなにか知っている。
「うむ、すまん。
昔見た剣に似たものがあったのでな…」
取り繕うように龍王がこたえる。
しかし、それが龍王の墓穴を掘る事になるとは、あたしも思わなかった。
「俺は形状の事は言ってないし、文献にも〈光輝く〉としか書かれていなかった。」
顔をひきつらせる龍王を見て、あたしは本当にこの男の娘なのか疑いたくなった。
いや、養父に育てられたからそうなのかも知れない。
情けない実父を横目で見ているとウィルザーがさらに続けた。
「何を知っている。」
低いが強い、その一言が龍王を再び狼狽させ…
まぁ、一言で言えば、キレた。
「やかましいわ!
これ以上貴様のたわごとにつきあってられるか!
全員下がれ!」
始めの威厳はどこに行ったのか。
あたしは、慌てていたが整然と去り行く兵士達を見ながら、実父への嫌悪が強まるのを感じ、あきれていた。
最後に、ウィルザー、悠太郎、武蔵に順に王の間を去ろうとしたとき、龍王は武蔵を呼び止めた。
「武蔵…
龍牙衆の再編、頼めるか?」
力無く養父に訊ねる実父は情けない限りだった。
対して、養父、東 武蔵は仮面で表情は分からないものの、その声と内容は自信に満ちていた。
「龍牙衆の全てを任せてくれるのであれば、A-Kに勝てる龍牙衆を編成してやろう。」
このとき、あたしは養父に育てられたことにとても感謝した。
すると、感謝の念にひたっているあたしに実父が話しかけてきた。
「弥生よ、母上にまだ会っていなかったな…」
はい、と静かにうなずくと、龍王は人を呼び、会ってきなさいとあたしに促した。
あたしは大人しくそれに従い、母の居所を呼ばれた兵士に訊ねた。
「はっ!龍妃様は弥生様のお部屋におられます。」
あたしは誰に気付かれる事無く安堵していた。
あたしはまだこの城の内部を完全に知っているわけではない。
それどころか、正門から弥生の部屋までと、弥生の部屋から王の間までしか分かっていない。
知っている場所にいてくれて本当に良かった。
あたしは、一瞬、この兵士にいろいろ訊ねようかと口を開きかけたが、極力人との交わりを避けた方がいいと判断し、無言で後についていった。
部屋の前に着くと兵士を帰し、通路に誰もいなくなったのを確認してから部屋の扉を開けた。
兵士の言うとおり、部屋の中にはあたしと同じ顔の、少し化粧が濃いめに見えるが、一人の女性がいた。
あたしは一目で彼女を龍妃と感じ、一言つぶやいた。
「お母さま…」
次の瞬間、彼女はあたしの元に走り来て、そっと抱いてきた。
あたしは少し照れくさいような、悪いような…
どうしていいかも分からないまま、初めて母に抱かれた心地よさに負け、彼女の胸に顔を埋めていた。
こんな姿、他の誰にも見られたくないな…
思った刹那、次の一言にあたしは弾かれたように彼女の身体から離れた。
「ごめんなさいね、飛鳥…」


《6》

「なぜ、そのことを…」
あたしが〈弥生〉ではなく〈飛鳥〉であること、それををすでに知っていた龍妃と向き合っていた。
「やっぱりね…」
しまった!
かまをかけられた!
うかつにも彼女の予想通りの反応をしてしまったあたしは自分を呪った。
「大丈夫よ。誰にも言えないから。」
明らかに敵意の眼差しを向けていたのであろう。
あたしをなだめるように、優しく言ってきた。
少し間を置き、実母である事には変わり無いではないかと思った瞬間、彼女に敵意を向けたあたしは自分を恥じた。
こんなに温かい女性があたしを殺そうとするはずがない。
この想いは彼女の次の言葉で確信と変わった。
「やはり、武蔵殿にあなたを頼んだのは間違いではなかった。」
言って、涙を浮かべながら母はあたしを抱きしめた。
そうか……だからさっき〈誰にも言えない〉と言ったのだ。
「おかあさん…」
つぶやくと、再び彼女の温もりを感じる心地よさに、あたしは泣いていた…

共に落ち着いたあたし達は、今までの事を話しあった。
「皮肉なものね…
龍姫として何不自由無く育てられた弥生が死んでしまい、生まれてはならぬ者として城 を追われた飛鳥が龍姫として入城するなんて…」
悲しみに彩られた母は、テーブルに肘をついて顔を伏せ、その目からは再び光るものが流れようとしていた。
あたしは声を掛ける術を失っていた。
今、初めて会った娘が、19年育ててきた娘の死にたいして何が言えると言うのか。
何が……そうだ!
〈遺髪〉!
「お母様。あたし、ちょっと出てきます。
すぐ戻りますから待っててください。」
言うと、あたしは小走りに部屋を後にした。
まずは正門の方に行き、彼…
ウィルザーを探した。
どうやら、亡命者として待遇されているため、余り良いとは言えない質素な部屋に通されたらしい。
女官達がしている噂を耳にして、どうにか目的の部屋にたどりつく事ができた。
「弥生様、どうなされたのですか?」
兵士二人が扉を挟むように立っている。
表向きには亡命者として扱っているとはいえ、敵国の王子には違いない。
しかも、あのA-Kの総元締め…
無理もないのだろう。
「龍姫様?」
再び訊ねられ、慌てて静かに言った。
「命の恩人に一言礼を言いたいのです。
通してもらえますね。」
威厳とまではいかないものの、あたしに気圧された二人は〈失礼しました〉と、慌てて扉から離れた。
「弥生です。入りますよ。」
あたしは彼の返事を待たずにズカズカと部屋に入った。
「何の用だ…」
いつもの仏頂面で、彼は部屋の真ん中に立っていた。
「ウィルザー、その……さっきはありがと…」
大だんびらを盾にし、あたしへの致命傷を回避してくれた事に対して、ひとまず礼を言った。
すると、彼は一瞬驚いたような表情を見せた。
あたしが礼を言う事がそんなにおかしいのか?
あたしまでも仏頂面になり彼を睨んだ。
「いや、すまない。
礼を言われるどころか、非難されても仕方の無い事を言ってしまったのにな。」
おそらくリリィにアドバイスしてしまった事を言っているのだろう。
まぁ、あの時は非難したい気分になったが、今はそんなつもりはない。
しかし、彼が一瞬驚いた事に、何故か妙な腹立たしさを感じ、気分を落ち着かせる前に口が動いていた。
「悪いと思うなら、弥生さんの遺髪が欲しいんだけど?」
失敗した…
ちゃんと理由を話して言うはずがこんな言い方になるとは…
「お前……どういうつもりだ?」
当然の反応だ。
あたしとウィルザーは相対し、互いに目を見た。
ウィルザーの瞳……なんて澄んでいるのだろう。
変に片意地を張っていた自分が情けない。
ウィルザーの〈弥生〉への想いを前に負け、あたしが目をそらそうとした、その時であった。
「ウィルザー!A-Kが来やがった!」
勢いよく飛び込んできたのは言わずと知れた我が愚弟、東 悠太郎だった。
しかし、登場の仕方に問題がある。
あたしが思わず身体を震わせ馬鹿の方に振り向いたのに対し、ウィルザーは何事もなかったように落ち着きはらった物腰で振り向いた。
「あぁ!てめぇ…」
目敏い…
多分、あたし達が今とは別な感情で見つめ合っていたと思ったのだろう。
それを悟ったあたしは顔が熱くなるのを感じた。
「てめぇ!俺の…」
まずい!
仮面の上からで少々痛そうだが仕方無い。
馬鹿が〈飛鳥〉と呼ぶ前に、あたしの平手打ちが飛んでいた。
「無礼者!
例え亡命者の部屋だからとて、どんな状況でも礼儀はわきまえなさい!」
『それに、あたしはあんたのモノじゃあない!』
最後の言葉を付け加えられなかったのが悔しいが、その場にいた悠太郎、大開きになった扉から覗いていた兵士二人、彼ら三人は明らかに気圧された。
もっとも、ウィルザーはいつもの仏頂面だが…
「で?何用です!」
ウィルザーの瞳から逃げられた事を内心安堵しながら、悠太郎に訊ねた。
「は、え……っと、その、龍王様が先ほどのA-Kに人質にされました。」
突如、兵士の礼を取った愚弟の話した内容はとんでもないものであった。
「お母様は無事ですか?」
慌てて、悠太郎に訊ねる。
実父はともかく、母は何も武装していないし、武器を扱えるとも思えない。
「は、龍妃様は弥生様のお部屋でおやすみとのことだ……です。」
よかった…
安堵のため息をついたと同時に、ウィルザーが悠太郎に訊ねる。
「どんな奴だ?」
そう、今度現れたA-Kの情報が少しでも欲しい。
ウィルザーの部下が襲ってくるのだ。
彼になら対策も立てられよう。
「はっ!先刻我々が戦ったリリィなるA-K……って、何でテメェにまでこんな言葉遣いしなけりゃならんのだ!」
それだけ聞くと、ウィルザーは馬鹿の悪態につきあう事なくあたしに訊ねてきた。
「精放符は何枚つくった?」
時間が無かったため、すぐ使いそうな呪符を数枚ずつしか作成できなかった。
もっとも、精放符は一番始めにつくっておいたので問題はない。
その旨を伝えると彼は、悠太郎から場所を聞き、兵士から剣を一振り借りた。
あたし達三人はその場所に向かった。
そう、先ほどと同じ王の間に…


《7》

「遅かったじゃない!」
王の間に入ると、最悪の状況になっていた。
王座に座った龍王と、その傍らに立ち左手に握られた銃を実父の頭に突きつけるA-Kリリィ。
そして何より目を引いたのはその姿である。
やや、茶色の入った髪は全て後ろにまとめられ、どこかで見たような妙なゴーグル。
戦闘での防御力の期待できそうにもない、彼女の幼い肢体をくっきりと見せるぴったりとした服。いや、服と言うより下着の様な薄いモノを着ている。
もしかしたら、噂のレオタードと言うモノかもしれない。
そして、彼女の華奢な身体に不釣り合いな大きな銃。
いや、銃と言うより大砲と表現するのが適切かもしれない。
炎のような赤に塗られた大砲を右腕で抱えていた。
「あれは…」
ウィルザーのもらした驚き(?)の言葉に、あたしは悪寒を感じた。
まさか…また、ウィルザーの造ったモノでは……
訊ねるまでもなく、彼は顔をほころばせ、喜々として説明を始め……
違う!
「研究室に入ったな…」
苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、敵意の眼差しをリリィに向けた。
「扉の鍵をかけておかない司令が悪い!
それより…」
彼女の顔には半日前のような余裕の笑みがない。
それどころか、純粋に見えた瞳も怒りでくもっている。
ウィルザー同様、彼女の眼もあたし達に対する敵意で満ちているのだ。
「大人しくマックスを渡せばよし!
さもなくば、このアークフレアをぶっぱなす!」
その言葉にウィルザーの顔はさらに険しいものとなる。
「てめぇ……それでも騎士か!」
悠太郎が握りしめた拳を突き出し、怒鳴りつける。
「何とでも言えっ!
マックスさえ……マックスさえ帰ってこれいいの!
あの馬鹿!いっつもそうなんだから!
バーバラと一緒よ!」
涙…
リリィの目に涙が…
そうか…
異常な再生力を持っていたって、強力な武器を操っていたって…
彼女は人なんだ。
あたしよりも……まぁ、見た目だけど年下の女の子なんだ。
あたしは、どうすればいいのだろう。
もし、ここで彼女とマックスを引き離したままにすると言う事は、弥生さんとウィルザーを引き離しと同じ事になるではないか?
「なんだよ!お姫様!
大好きな男と一緒にいられるあんたなんかに同情されたくない!」
多分、この想いが表に現れたのだろう。
でも、あたしはウィルザーの事をどうとも思ってないし、彼は死んだ姉さん…弥生さんをずっと想っている。
あたし達がどうにかなるなんて事はまずない…
実父から銃口を外せない彼女は涙を拭う事ができず、強がる事しかできないでいた。
「さぁ!どうなんだ!」
龍王に突きつけた銃をさらに頭に突きつける。
しかし、先ほど見せた狼狽はどこへ行ったのか、王座に座する龍王は落ち着き払い、王としての威厳さえも見て取れた。
「騎士を捨てるのか?リリィ。」
ウィルザーの言葉に、リリィは一瞬の迷いをも見せなかった。
「マックスが帰ってくるなら騎士なんていらない!
バーバラがA-Kになった理由と一緒よ!
マックスがA-Kになるって言ったから、私もなったの!
認めたく無いけど、認めたくなかったけど、きっとそうなのよ!」
彼女は肩を上下に揺らし、息を荒らげ言い放った。
あたしは……そこまで男を想えるのだろうか……
あたし達三人は、彼女の想いに心が揺さぶられていた。
どうしたらいいのか…
こんな時、養父の武蔵はどの様な行動を取るのか…
そういえば、この非常事態であると言うのに武蔵が現れない。
どこで何をしているのか…
膠着状態となるかと思えた戦場は、実父の一言で急激に時が流れ出した。
「女だな…」
その一言に逆上したリリィは左手に握られた銃で龍王を殴りつけた。
殴られた龍王の左の側頭が切れ、鮮血が頬を伝う。
呻き、傷を押さえようと身体を丸めたが、リリィはそれを許さなかった。
龍王の前に立ち、銃を顎の下から突き上げ、実父を睨みつけた。
当然、あたし達に右の大砲、アークフレアを向けたまま…
「死にたいのか?」
まずい、どうにかならないのか…
唸るあたしに、ウィルザーが話しかけてきた。
「アークフレアは威力はあるが、一発撃つ毎にエネルギーチャージに時間がかかる。
一発耐えれば……あるいは……」
少しとは言え、希望が見えた。
あたしが持っている呪符で結界を張ればどうにかなるか?
そんな事を考えていると、あたしが何を思っているのか分かるのか、20秒は耐えられると言ってきた。
20秒…
どうにかなるのか?
長い沈黙に苛立ちを覚えたのか、あたし達にとって好運の、リリィにとって最悪の行動を彼女は取った。
コゥゥゥゥ…
赤い光がアークフレアの砲身全体に集束し、先ほどまで軽々と持ち上げていたはずの右腕が集まってきた莫大なエネルギーに震えだした。
彼女は両手でなければ無理と判断したのか、龍王に突きつけていた銃を戻し、両手でアークフレアを支えた。
そして、引き金が引かれた!
キィン…
剣同士をぶつけ合わせたような金属的な音の後に轟音が轟いた。
あたしは結界を張る事も忘れ、放たれた赤い閃光を見ていた。
閃光は始めにあたしの目を灼き、すぐに視界が失われ真っ赤な世界が訪れる。
少し間を置き、どうにか視力が戻ったときには真っ赤な空が見えていた。
「天井が…」
覗くと言うには余りに大ざっぱな穴がではあるが、夕暮れの、淡く、朱に染まった空が姿を見せていた。
「どぉ?私の力は!」
好機!
龍王から銃が離れ、アークフレアはエネルギー切れ。
これなら……倒せる?
倒していいのか?
その一瞬の迷いの間に、リリィの背後に思わぬ人物を近づける事となった。
「それはお前の力ではない。
ウィルザー殿に与えられた力だ!」
驚愕の表情とともに振り向いたリリィは、左の肩から胴まで、斜めに一本の線が引かれた。
次の瞬間、線から血が吹き出し、リリィの身体は二つに別れていた。
「そんな…」
あたしの言葉とリリィの言葉が重なり、深い沈黙が訪れる。
「マ…クス……マックスを返せ!」
片肺と心臓が潰され、唯一動かす事のできる右腕がもがき、切り離された半身を探る。
武器を探しているのか?
あたしは足の裏が床に張り付いたように重い。
その行為を止める事ができない。
「弥生様、精放符を!」
養父のその言葉に身体を震わせ、どうにか一歩踏みしめる事ができた。
しかし、続かない。
本当に彼女を封じていいのか?
迷うあたしは、呪符を握る手が震えていた。
「弥生、貸せ…」
ウィルザーはあたしの手にそっと手を重ね、それに驚いたあたしは呪符を放してしまった。
ウィルザーは、あたしの手からするりと呪符を抜き取り、リリィの元に向かった。
「あ…」
小さく声をあげてしまった次の瞬間、朱の空が黄金色に染まり、なにかが降ってきた。
暖かい、光輝く…&hel