【八十神の舞】神々の舞う地、神代市を舞台につむがれる物語。

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2009年09月02日

【ANGELUS】第四話『勝利の果てに』

『ママ……
ごめんなさい……
フィニーが変な事を言ったから……
フィニーがママになってなんて言ったから……
ごめんなさい!ごめんなさい!』
泣いて謝るフィニーを見ながら、あたし、東 飛鳥は夢と言う闇に足から喰われていた…
そして、彼女を慰める事もせず、ただ一点、闇の中に現れつつある小さな光を見つめていた。
『アスカァァァァァァァァァァッ!』
光は閃光となり、あたしに手をのばす人の姿、ルシェールの姿となっていた。
彼は必死に手をのばし、あたしに近づいてくる。
いつもは見せない、焦りと悔恨の形相を浮かべて…
『くそっ!』
一つ吐き出すと、背中から十二条の光の筋が現れ、黄金の翼へと姿を変える。
さらに素早く、文字どおり光の速さとなり、あたしが手をのばせば届く所まで近づいた。
しかし、それに気付きはしたが、あたしは手をのばす事無く、闇の中へと飲み込まれてしまった。
あたしの意識が闇の中に広がっていく…
この闇はあたしの夢の世界…
全てがあたしの思い通りになってしまう…
だから、ここが現実、ここでみる夢は現実…
夢は現実の続きなのだから……
……………………!
なにか聞こえてくる…
……これは、ルーとフィニーの声……
『どうしたと言うのだ、フィニー!
飛鳥に……話したのか?』
なにを?
『パパは……ママを護ろうとしたんだよね!
巻き込みたくなかったんだよね!』
なにに?
『そうだ……!
ママ?
飛鳥を〈ママ〉と呼んだのか?』
呼んではいけないの?
『うん……
だって、フィニー達のママ……死んじゃったんだよね!
フィニーは覚えてるけど、カサンドラも、サラも、フォースも、フェイも、シックスも 、ベルも知らないんだよ!
……ママはママそっくりなんだもん……』
あたしが誰にそっくりなの?
『……すまない……
私も母を幼い頃に失った……
その辛さを……
お前達にだけはさせたくないと思っていたのに……』
ルーもお母さんがいないまま育ったんだ……
『パパ!ママはどうなるの?』
別にどうにもなってないわ……
『フィニー!
こうなってしまえばお前だけが頼りになる……
多分、飛鳥は過去の世界をこの夢の世界に構築するだろう。
現実世界と全く同じ世界……
そこには、過去に存在した人物が普通に生活している。何事もない、現実世界と同じよ うに……』
へぇ……
あたしが見ているこの世界……
そう言う世界なんだ……
『フィニーはどうすればいいの!』
この世界……
あたしの過去の世界……
でも、見た覚えがないような……あるような……
『この世界に他人が入り込むと、その世界の住人となってしまうのだ。
ただし、その世界に存在していた人物に限定されるのだ。
多分、この世界に私は存在する……
なぜなら、その世界は彼女の抑圧された過去、いつも見たいと心の奥底で思っている過 去の世界が構築されるからだ。』
あたし、東 飛鳥?
『フィニー、わかんないよぉ!』
そうよ、あたしはあたし……
『簡単に言えば、飛鳥が体験したその時代に存在しなければ自由に行動できるのだ!』
そして……ここは、フェミニーア……
『しかし、現実世界の現在と言う時間まで夢の世界の時間が流れると、フィニーが生まれ てしまう。
まずは、俺を見つけるんだ!
俺を見つけて、俺達がする事を阻止するんだ!
もうすでに俺はあの時代の人間になろうとしている。
時間がないんだ……』
王都中立学園で勉強してた……
『でも、フィニーは昔のパパを知らないよぉ!』
誰も、友達いなかったけど……
『黒衣のウィルザーをさがせ……』
黒衣をまとった赤毛の剣士様……
『ウィルザーを?』
あたしの、憧れの人……

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Angel-Knights

神暦0998 勝利の果てに

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《1》

次に気付いたとき、フィニーは森の中に座っていたの。
フィニーは森って初めて見たけど、すぐそばに街道が走っていたから暗くもないし、恐くもなかったの。
でも、一人だったからちょっと寂しかったかな……
うん、やっぱり一人はやだな!街道に出よう。そして……どうしよう???
パパはママの夢の中って言ってたけど、ちょっと現実感がありすぎるのよね。
もし、ここで死んでしまうような事があったら……現実世界じゃどうなっちゃうのかな?
なぁ~んて考えてたら、フィニーの前を馬車が通り過ぎたの。
フィニーは慌てて、飛び出したの。でも……
「いっちゃった」
せっかく人に会えたと思ったのに、馬車はフィニーに気付く事無く街道を北に上って行っちゃった。
……あぁ、だったら北に人がいるんだ!
フィニーは喜び勇んで馬車をてくてく追いかけたわ。
そしたら、10分も歩かないうちに馬車に追いついたの。
馬車は黒衣の男達に襲われていたわ……あり?
パパは『黒衣のウィルザーをさがせ!』とか言ってたような……
つまり、あの集団にウィルザーがいるのね!
随分早く見つける事ができたわ!フィニーえらいっっ!
でも、夢の中でも人生ままならないのよね、これが……
「きゃぁぁぁぁっ!」
馬車から一人の女の人が引きずり出された。
あれは……ママ!
引きずり出されたママは口を押さえられ、男の短刀がママの喉を狙ったっ……て、ママ、ここで死んじゃうの?
「ん~ん~!」
必死に抵抗し、何かを懇願するママ。
それを助けようとフィニーは飛び出したんだけど……
あ、足が遅い……
そして、ママはフィニーではない誰かに助けられたの。
「でかした!香憐!」
フィニーじゃない誰か……つまり、もう一人の救援者が現れたの。
そう、彼女は長く蒼い髪を振り乱し、馬車の天井を突き破って現れたわ。
「何者!」
男達が天を見上げた瞬間、天に舞った彼女は突然爆発……って?
えぇ?
なんで?なんで、剣の鞘が天に舞ってるの?
フィニー同様、驚いちゃった男達は、これまたいつの間にか苦悶の表情とともにバタバタ倒れていったわ。
しかも、ママまで爆発したぁ!
……な、なんでママとは似ても似つかない顔になってるの。
どうして?
……ま、まさかとは思うけど、幻術?
「物体に姿を投影させる『影似符』!完成ね!!」
蒼い長髪の女の人がそう言って、前髪をかきあげたときに見えたの。
今度こそ本当のママだ!
フィニーがバタバタ近づいて、飛びつこうとしたその時、華憐と呼ばれたもう一人の女の人がフィニーを遮って怒りだしたんだ。
「完成ね!!ぢゃないですよ!
あたくしは死ぬ思いをしたんですからね!」
でも、ママはそれを一笑にふして(へへぇっ!すごい言葉を知ってるでしょ!)こう言ったわ。
「香憐、あたし付きの女官になった運命を呪うのね!」
どうやら香憐って女は、ママの世話係みたいね!
まぁ、龍国のお姫様なんだから当然かな。
「弥生様!
あたくしを選んだのは貴女です!何が運命ですか……」
あらぁ……世話係がママに文句を言ってる。
スゴイ事す……る?
あり?
『弥生』って、ママのお姉さんよね?
ま、またはずれ?
そ、そうよねぇ~……人生そんなに甘くない!
まぁ、生まれて3ヶ月のフィニーが人生を語るのもおかしいけど……
そしてね、ブツブツいいながら香憐は急に振り返り、フィニーを……え?
どん!とはね飛ばしたぁ?
「ちょ、ちょっと何やってるのよ!」
「えぇぇぇぇぇっ!あたくしのせいですかぁ?
もとはと言えば弥生様がぁ……」
「うぅ……ケンカはいいからフィニーを起こしてようぅ……」
フィニーの願いもむなしくケンカは延々と続いて、その場を移動したのは空が朱に染まってからだったの。
「へぇ、パパとママがこの国の何処かにねぇ~」
フィニーを背負ってくれたのはママのお姉さん。とても安心する、温かい背中……
「随分、あての無い旅ですよね。こんなに小さいのに…」
一応、二人には両親を訪ねて……とはなしたの。でも、ここまで言ったら両親の名前を聞かれそう……
「で?両親の名前は?」
あ、やっぱり……
うぅ~ん!
まさか、『貴女の妹と黒衣のウィルザーですぅ』とは言えないし……
あり?
ママのお姉さんがいるってことは……ここって、フェミニーア?
パパが言ってた!ママのお姉さんは昔、パパとフェミニーアの王都中立学園で一緒に勉強してたって……
そして、ママはフィニーの本当のママそっくり!
ママの双子のお姉さん。
本当のママって……
龍神 弥生……
フィニーは思いがけず本当のママって確信できる女の人に会って……夢に取り込まれそうになったの!
「どうしたの?」
「眠っちゃったみたいですよ。」
夢の中で眠るなんておかしいね。とっても眠たいや……
ユメ?
そう、夢なのよ!このママも本物じゃない!
ここに来た本当の目的!
ママを助ける為にママの夢の中に…………
助けなきゃ!
「ママの名前は、龍神 飛鳥、もしかしたら東 飛鳥かもしれない!」
眠っていたと思っていたフィニーが急に耳元で叫んだんだから、ママ……弥生姫は驚いたんだ。
でも、それだけじゃないとは思うけど……
「で……で?お父さんの名前は?」
声が震えてる。やっぱり知ってたんだ。……ゴメン!時間がないの……ゴメンナサイ……
「パパは黒い服を着たウィルザー……」
「そ、か……」
弥生姫は小さくそれだけを言うと、歩調を強めて歩きだした。
そして、太陽が完全にしずんじゃった頃、フェミニーアの都の門をくぐり、王都中立学園に着いたの。


《2》

「くそっ!ナラがいない!あいつ、やっぱり……」
悠太郎が辺り構わずナラを探している。
確かに奴は俺と同じウェンデル人だ。しかも、飛鳥が目覚めないこの状況での失踪…
A-Kと思われても仕方がない。
「おい、ウィルザー!テメェもグルなのか?」
面倒な事だ……
俺は飛鳥などどうでもいいのだ。A-Kさえ壊滅させる事ができれば……
昨日取り逃がしたディックは、どうやら国に帰る前に力尽きた様だし……
あと、6人……
『お前を含めれば7人だ』
封印してあるマックスを殺しておくか……
即席の封印だからいつ復活するかわからん。
「おい、なに一人でブツブツ言ってやがる。ナラは絶対間者だぞ。」
やれやれ……
飛鳥は悠太郎の事を馬鹿馬鹿と言っていたが、その通りのようだ。
「だから今から捜し出す、か?
奴がもし間者なら、既にこの国にはいないだろう。
そんな事よりも、お客の相手をする用意をすべきだな……
次に来るのはA-Kの大軍だ……」
そう、残っている奴らはしたたかだからな……
特にマリアに与えた魔導具『クルス』が問題だ。
神聖魔術専用の増幅器……マリアの能力を最大限に引き出してしまう。
しかも、マリアのローブに縫い込んだ『呪』の量は二倍。
多少の剣撃を弾き返してしまう。
「客ってな誰の事だ!ウィルザー!返事をしやがれっ!」

「ははははははっ!」
悠太郎のおかげではない。ただ忘れていただけだ……
俺の手元に光輝剣が返ってきている……
あのA-Kが何を思って俺に渡したのかはわからんが、A-K最強の武器がこの手にある以上、ディックの時のような失態はない!
「テメェ、なに一人で納得してるんだ!」
悠太郎の困惑など俺の知ったところではない。
もうすぐ次のA-Kが来る。
弥生の敵が自らやって来るのだ……
「ウィルザー殿、悠太郎、今報告が入った。
女司祭に率いられたウェンデルの軍隊が龍背山北の麓に現れたそうだ。」
慌てた様子も見せず、事務的いや機械的と言ったほうがいいかも知れない。
武蔵が報告してきた。
この男だけは俺にも分からない。
いや、自分の事でさえ持て余しているのだ。他人の事などどうでも良い。
武蔵の報告に、俺は間髪入れずに答えた。
「誰が来ようと……A-Kは殺す!」
いま、戦争らしい戦争が始まろうとしている。
A-Kさえ全滅させる事ができればいい。
俺に失うモノは何もないのだから………


《3》

「つまりこういう事?
お母さんは記憶を無くしちゃった上に別人になって生活している、と……」
ママにホントの事を混ぜて、フィニーがここにいる理由を話したの。
そしたら、ウィルザーに合わせるって言ってきたんだ……
でも、ここでママ達を会わせちゃったらフィニーは生まれるのかな?
あ、ここは昔あった『ジジツ』なんだ。
夢の世界なんだから現実には関係ないよね。
フィニーは二つ返事ってやつで『ありがとう』っていっちゃった。
パパも飛鳥ママもこれで助かるんだから……
夕食が終わって、ウィルザーの居るウェンデル寮にフィニー達三人は行ったの。
そしたら、弥生ママが急にそわそわしだしたの。
多分フィニーが思うには、パパに会うからだと思う。
むぅ~何だかワクワクする……あり?
でも、どうして飛鳥ママが居ないのにパパに会いに行く事ができるんだろ?
「着いたよ、フィニー。」
ウェンデル寮に着いた事だし、パパに聞けばいっか!
フィニーはうなずいて弥生ママの後ろについて行ったんだ。
「龍国第一王女、龍神弥生だ!貴国が第一王子、ウィルザー=グランバード殿にお会いし たい。」
でも、出てきたのは仮面をつけた黒衣の男の人だった。
……あり?パパ?
「何用だ?
今日はもう遅い、正式な謁見を申し込みたいなら明日になされよ。」
でも、弥生ママは引き下がらなかったわ。
「正式ではない故、こんな時刻に私自らここにやってきたのだ。」
「ふ……なるほど。」
何がなるほどなのかフィニーには分からなかったけど、仮面の人はフィニー達三人をウィルザーの元に通してくれたわ。
仮面の人立ち会いという条件つきだったけどね。
これは後から聞いた話しなんだけど、この仮面の人ってウィルザーの影らしいの。
内密と言う事で人払いをしてくれたけれど、最強の護衛が残ったって事なのかな?
「お子様連れで何の用なのですか?弥生殿。」
「自分の娘を前にして言いたい事はそれだけ?」
ウィルザーはゆったりとしてるのに、弥生ママは怒ってるよ……
ど、どぉなるのかな……
「私に娘などいませんよ。」
あ、やっぱり……
飛鳥ママと一緒で忘れてるんだ。
「ちょっと!無責任な事言わないでよ!」
弥生ママは怒鳴ったけど、ウィルザーは平然とこう答えたの。
「私と貴女の娘だとでも言うんですか?」
す、するどい……
「私にそんな覚えはありませんよ。」
いや、今はそうかもしれないけど……
「ふざけんじゃないわよ!」
弥生ママって……コワイ……じゃ、なくてぇ!
弥生ママはそのままフィニーと華憐を置いて外にドカドカ出ていっちゃったの。
フィニー達は慌てて追って出ようとしたわ。
でも、フィニーは一度だけ振り返ったの。
ウィルザーにではなく、彼のそばにたたずむ黒衣の仮面剣士に……
あの人が……パパなの?
でも、ウィルザーじゃない……
子供のフィニーじゃ分からないよ……
もっと、大人にならなきゃ……
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!ムカツク野郎っ!」
外に出たとたん地団太を踏む弥生ママ……
フィニーと華憐で宥めようと近寄ろうとしたら追い越されたの。
黒衣の仮面剣士に……
「弥生殿。」
「な、な、なによ!」
あり?
何だかさっきと違うリアクションのような……
「先ほどの娘を私に預けてもらえないか?」
仮面の人がフィニーを?
「ウィルザーが自分の娘だって認めたのね。」
あ、そう言う意味かも知れないんだ……
「いや、フィニーは……」
あり?
フィニーの名前を……って事は!
「私の娘だ!」
この台詞が仮面の人から発せられたとき……
世界が歪んだ!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


《4》

3対50……
兵力差は余りに開きすぎている。
もっとも、俺が光輝剣を手にしている限りBランクのA-Kが何人来ようと問題ない。
問題があるとすればA-K No.Ⅴ 力天使 マリア=ホリルゥードの神聖魔法増幅器『クルス』……
A-K No.Ⅳ バーバラ=クライバンの星獣召喚最小魔法陣『星刻のコイン』。
この二つだろう。
クルスでBランクの能力を上昇させたうえ、星獣が群れを成して襲ってきたら……
俺はともかく、悠太郎と武蔵に勝ち目がない。
やはり、初めに頭を潰しておくしかないか。
「おい、ウィルザー!来やがったぜ!」
ここは龍背山山頂……
少ない人数で軍隊を相手にするには山と言う地形を利用した奇襲作戦しかない。
厄介な事だ……
そんな事を思いながら、人を避ける傾向がある俺自身、何故か武蔵に疑問を投げかけていた。
「よく俺の出陣が認められたな。
俺は龍王に好感は持たれていないはずだが?
それとも……龍王の意志を曲げるだけの権限を持っているのか?」
それに奴はさらりと答えた。
「龍牙衆が全滅した今、戦力的不利なら軟禁者も使えと言う事だ。
似た者同士、兄弟には苦労するな……」

仮面のために表情は伺い知れないが、何だ?最後の言葉は?
俺に兄弟など………いない?
記憶が曖昧だ!
俺は……誰だ?
ウィルザー=グランバード、A-K No.Ⅰ 熾天使ウィルザーだ。
ここまでは問題ない。
今、何をしている?
弥生の敵をうつため、飛鳥がいまだ目覚めぬ龍王城にA-Kを攻め入らせぬ為に……戦うのだ!
そうだ!
目を閉じれば見える。
弥生が斬殺された光景が……
聞こえる……
全てのA-Kを殺せと……
『オマエモフクメテナ……』
そう……今は何も考えるな。
あと、6人だ!
『アト、7人ダ!』
「武蔵、悠太郎……
奴らをここに引きつけろ。マリアとバーバラは俺が殺す!
……それと、初めてお前達に物を頼む。
……死ぬな!」
それだけ言うと、俺は木々に紛れてA-Kどもの背後を目指した。
俺が奴ら二人を殺せば武蔵達の戦いが楽になる。
……らしくないな。
何故、こいつらに感傷的にならなくてはならないんだ?
……どうでもいいか、そんな事。
壊れた人間がやるべき事は、どう剣を振るか、どう殺すか……
今はそれだけでいい。
今の俺が望むのは、止めどない怒りのはけ口を奴らに見出だす事なのだから……


《5》

ぐるぐると世界が歪んでゆく。
香憐さんは消えて歪んだ線だけの世界に三人だけになったの。
フィニーとパパと……飛鳥ママ?
あり?
さっきは弥生ママと一緒にいたのに……
フィニーがパパに何故って聞いたら話しをそらされちゃった。
「どうやらまた時代が変わるようだ。
早くしないと飛鳥の心が死んでしまう。
そうなったら………俺は………」
違う。フィニーの声が聞こえていないんだ!
どうしよう………このままじゃフィニーはどうしたらいいか分からないよ。
フィニーは……
フィニーは……
フィニーは……
フィニーは……

大人にならなきゃいけないんだ!
そう、フィニーが……いえ、私がそう思ったとき歪んだ世界が一つ一つ直線になりだした。
新しい世界に出る。
天に向かって走る直線の数々、それがどんどん丸みを帯びはじめる。
柱だ……
フィニー……じゃない。
私が今、現実世界でいるところの上階……
ウェンデル城の表、ライトパレス……
私がいつも行きたくても行けなかった場所。
パパが話してくれたとおりね。
下層と違って、私の目を刺すまばゆい明かり。
華やかな絨毯に彩られた通路。
ここに飛鳥ママがいる……
いそがなきゃ!
あり?でも、パパもいなくなっちゃったしどうすれば……

王の間!
ん~なんとなくだけど、私は直感に従った。
あちこち迷いながらも王の間に向かって走り抜けるわたし。
はやくしなければ飛鳥ママの心が死んでしまう。
………?
私はふと立ち止まった。
確か………この世界で私が生まれると、私はこの世界の住人になってしまうはず………ここがウェンデル城ライトパレスだとすれば、弥生ママが入城した頃だと思う。
だとすれば、私達はママのお腹にいるハズ……
なら、何故わたしはここにいる?
おかしい!
「パパ、私達にも秘密があるのね……」
うなだれ、呟いた私の耳に悲鳴にも似た男の声が飛び込んできた。
「弥生ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
パパ?
パパだ!
弾かれるように頭を挙げ、きょろきょろと声のした方向を私はうかがった。
………わ、分からない………
声が右と左と……両方から聞こえた気がする……
あ゛あ゛あ゛あ゛っ!
どうしたらいいか分からない私は、その場で頭を抱えてふるふる首を振った。
「おい、貴様!
王の間の前で何をやっとるか!」
突然目の前から呼び止められ我に返った私は自分の直感に何だか嬉しくなった。
一応目的の場所に着いてたのだから。

あ、もしかして前から聞こえてきたから分からなくなったんじゃ……
「んなわけないか!」
貴重な情報を与えてくれたA-K:Bランクのいかにも熱血系で根性と言う言葉の似合いそうな騎士君を無視し、王の間の扉を開けた。
「こら!お前のような娘の入るところではない!
さっさと出るの………だ。」
私だけではない。
騎士君も絶句していた。
十数人のA-Kに床へと押さえ込まれ、それに抵抗する………パパ!
そして、その眼前に広がる真紅の海と溢れ出す鉄臭い臭い。
たゆたう様にその中心に臥するのはママだった。
「マ……ママッッ!」
私は悟った。
ここでのママの死は、現実世界のママの死と同義である事を……
そして、飛鳥と言う人物は初めからいなかった。
飛鳥ママは弥生ママなんだ……
「ザマァねぇな!
あぁ?英雄君よぉぉっ!」
嫌らしい笑い声を響かせ、完全武装の男がパパの顔を蹴り飛ばした!
私はパパの呻きに思わず目を強く閉じた。
殴られる嫌な音とパパの呻きが続く。
そして、次にパパが強く呻いた瞬間、私は華美な絨毯を走り抜け、男の前に立ちふさがった。
「なんだ貴様は……」
男は三日月の様に口を歪ませ、私を睨みつけた。
多分、こんな表情を、人を殴る事に喜びを覚える狂喜の表情を見たら恐怖に押しつぶされそうななるだろう。
しかし、私に恐怖はなかった。
恐怖の前に、両親を助ける事が先に立っているのだ。
恐くない。
こんな奴、私が倒してやる!
そう、この時初めて私の姿が現実世界の姿、小さな女の子ではない女性の姿となっていた。
そして、私が戦いの意志を持ったとき、私の身体に光が集まり形を成した。
私達姉妹の戦いのための姿、身体の輪郭が反映してしまうぴったりとした闘衣、右腕に巻かれた魔力を帯びた帯、左腕に固定された三つの爪を有する飛爪獣牙と呼ばれる盾。そして、私達が私達である印、天使の翼を光の粒を舞わせはためかせた。
「パパとママは私が護る!」
刹那、世界は歪み、今までとは一変し、氷におおわれた世界に放り出された。


《6》

「いた……」
マリアとバーバラ、双方が司る軍勢に気付かれる事無く背後に回り込む事ができた。
光の刃を出さぬままの光輝剣を握り返し、俺は二人の背中を見つめた。
「マリアに……俺の裁きを……」
無音かつ軽やかに、剣より光を放出させ創り出した光の矢はマリアめがけて放たれた。
狙うはA-Kの源マテリアル、次の瞬間にはマリアのローブより発生する重魔法障壁ごと彼女の胸を貫いた。
「ア、アレ?」
「マ、マリアァァァッ!」
ここに、マリア=ホリルゥードと呼ばれた存在は消滅し、彼女の身体に集束する光とともに新たな天使が降り立った。
『我が名はザドキエル。
滅びゆく運命の者達よ……祈り、慈悲を求めよ。
それらが失われる前に……』
………天使?
そう、天使なんだ。
ザドキエルと名乗った天使はいっそう光を強め、天に飛び去った。
そして、俺は球=セフィラーが現れる瞬間を目撃する事となった。
輝く翼で身をまとい、リリィとディックが転生した球=セフィラーの遥か上空まで舞い上がると、大きく円を描く様に回転し、それが次第に小さくなる。
次の瞬間、飛鳥ではないが月が一つ増えていた。
「一体何が……」
天を睨みつけるバーバラの間合いに滑るように入り込んだ俺は、迷わず胸のマテリアルを狙い光輝剣を振り下ろした。
魔力を放出させる事により刃を成す光輝剣は、中和が不完全だった魔法障壁ごとバーバラの左腕を切り落とした。
『くぁぁっ!!』
俺達は同時に小さく悲鳴をあげた。
さすがはAランクのA-K。
俺がマテリアルを狙っている事を悟ったバーバラは、瞬間、左腕を胸の位置に構え、円舞を舞うように右に身を旋回させ俺に背を向ける様にかわしたのだ。
だが、それだけなら低ランクのA-Kでも出来る事だ。
バーバラは左腕を犠牲にかわした上、旋回の延長上にある俺の顔面に右の裏拳をヒットさせてきたのだ。
俺とバーバラは互いに後ろに飛び退き、間合いをとった。
「やるな、バーバラ……」
「ウ、ウィルザー様……」
俺は光輝剣を正中に構えるが、彼女は失われた左腕の傷を押さえもせず、残された右腕で口を覆っていた。
その瞳には悔恨の光が、その表情には恐れと悲しみが見て取れた。
俺は……バーバラがそんな顔を見せる理由を知っている。
「も、申し訳ございません……」
俺を前にして地に膝を着き、頭を下げる……
敵が俺である事を知らぬ筈がないだろうに……
俺はゆっくりと彼女に近づき、眼前で歩を止めた。
「わ、私は……」
哀願するような表情を見せるが、俺がその程度で心動かされるはずもなかった。
ヴゥン……
俺は右に握られた光輝剣に更に魔力を送り込み、バーバラの胸を貫いた。
「ウィルザー様っっ!」
彼女の瞳よりこぼれた涙よりはやく彼女は地に顔を埋めた。
そう、彼女は俺を好いていたのだ……


《7》

「これはっっ!」
三度、空間が揺らいだ後に現れた世界は、少しずつ闇が増えてゆく氷の世界そのものだった。
闇が増え、世界の端から崩れゆく世界……
私の吐く息は白く、大気は肌の露出した部分を容赦無く突き刺す。
「寒い……」
パパもママも見当たらない。
どういう事……
白い息?
突き刺す大気?
違う!
ここは、ママの心の中……
これは……心が死んでゆく兆候?
まずい!
ママが死んじゃう!
「そうだ……」
突然の声に私は辺りを見回し、最も信頼する人物、父、ルシェールの姿を探した。
世界の中心で氷に半身を埋める抱き合う男女の姿を見つけるのに刹那の時間も要さなかった。
「パパ!ママァッ!」
悲鳴にも似た悲痛な叫びをあげ、私は二人に駆け寄った。
「パパ!ママ!」
私はパパの肩をつかみ、返事が返ってくるまで激しく揺さぶった。
「フィニー、まだ生きているよ……
俺も……
飛鳥も……」
「パパぁ……」
私は安堵のため息とともに腰が砕け、その場にぺたんと座り込んでしまった。
「俺のせい……だな。」
「え?」
目からこぼれた涙を拭いながらパパを見上げると、沈痛な面持ちで飛鳥ママの髪を手で梳いていた。
「俺が彼女の夢に介入しなければこんな事には……」
「違う!」
私はパパが全てを言う前に否定した。
そう、夢の世界に長居させたのは私なんだ。
私さえ気を付けていれば、こんな事にはならなかったんだ!
うつむいた私の目から大粒の涙がこぼれ、パパはフィニーと一言だけ声を掛け……さほど長くない沈黙の後、パパは一つの決断を下した。
「封印された記憶を解き放つ……」


《8》

頭を失ったA-Kは脆いものだった。
所詮、人を超えた能力を持っていてもそれを扱う心がただ人と同じでは結果は同じという事か。
正面から武蔵と悠太郎、背後から俺。
俺達三人のの挟撃により、一人、また一人と光に包まれ、天使と姿を変え天に消えていった。
人が人を超える……
マテリアルはそれを与えてくれるが、人が人でなくなり、人間的な死を与えられない。
俺は力を求めた者の代償は大きい様な気がする。
いや、力を求めればそれ相応の代償を支払わなければならないのは道理なのかも知れないな。
自問自答を繰り返しながら剣を振り、気付けば龍背山に立つ者は俺達三人のみと……
いや、俺達三人と……バーバラの四人であった。
「バーバラ……お前、何故……」
俺の背後に立ち尽くすバーバラに俺は問うた。
そう、俺はバーバラの胸を確かに貫いた。
マテリアルを砕いた筈なのだ。
なら、ここにいるバーバラはいったい?
「幽霊でも見るような目つきですね、ウィルザー様……」
そう、俺は幽霊を見ている気分だった。
「ウィルザー様も私に負けない程のうっかり屋さんですね。」
バーバラは言うと、再生済みの左手で自分の腹部を指さした。
「私のマテリアルはここじゃないですか。」
俺はこの時、冷静な判断を下せないでいた。
「ならば再び貫くまでぇっ!」
俺はただバーバラを殺す事のみを思い、唸りをあげる光輝剣を彼女の腹部めがけて突きだした。
「貴様、何者だぁぁぁっ!」
バーバラの叫びとともに、彼女の上衣を突き破り一匹の龍が現れた。
「しまった!」
後悔するよりはやく、龍は俺の身体を絞めあげていた。
「星獣よ!星刻のコインより召喚されし獣よ!
ウィルザー様の名を騙る愚か者に天罰を与えるのだ!
さぁ、我が意に従い力を示せ!」
そう、俺は愚かにもバーバラの策にはまってしまった……?
ウィルザーの名を騙る?
馬鹿な!
ウィルザーは俺だ!
他の誰でもあるはずがない。
俺はウィルザー……
星刻の龍に身体の自由を奪われ、締めあげられる圧力で意識が持って行かれそうな状況の中、俺は自分の記憶が曖昧である事を思い出していた。
更に、ウェンデルでは人の精神をコントロールする術が発達している事も……
俺は、何者なんだ……
「さぁ、云え!
ウィルザー様の名を騙り、何をたくらんでいる!
貴様もウェンデルの人間ならその罪がどの程度のものなのか知らぬ訳でも無かろう!」
ピシッ!
今、俺の心にひびが入る音が聞こえた気がした。
俺はバーバラを見つめ、思った。
俺は勝利の先に何を見いだそうとしていたのだろう。
曖昧な記憶に振り回され、ただ暴れていただけなんじゃないのか?
ピシシッ!
また……
刹那、龍が砕けた。
「なっ……」
バーバラは驚きのあまり声を立てていたが、彼女よりも驚いていたのは俺の方だった。
気のせい………か………
俺は崩れ落ち、その場に膝を着いた。
「くっ……まさか、光輝剣の魔力に耐えられないなんて……」
光輝剣?
この時、俺は光輝剣より魔力の刃が放出され続けていた事に気付いた。
ふ……気のせいなら、問題ない!
そして、再び立ち上がり、構え、刃をバーバラに向けた。
向けたはいいが、彼女のマテリアルが何処に融合しているかが問題だった。
上衣はさっきのカウンターで破れ、前がはだけた状態だ。
見た限り、体幹に存在は認められない。
予想として考えられる場所は頭部。
中でも常に長い髪で覆い隠している右眼!
確信はなかったが、俺はバーバラの右眼めがけ三度目の突きを繰り出した。
「しまった!
星刻のコインよ!我が意に従い……」
バーバラの詠唱は完成する事はなかった。
そして光が現れた。
バーバラという存在は消え、一人の天使がそこにいた。
その姿は女性……
両性具有の存在である天使において珍しい、完全な女性として現れた天使であった。
『我が名はガブリエル。
霊魂と肉体の狭間に揺れし聖霊を導きし大天使なり!
生命の燭台に火を灯し、約束された大地にて救世主を呼び覚まさん。』
一瞬の目映き閃光とともに、天に四つ目の球=セフィラーが出現した。
その輝きは白く、蒼一色の空に映え煌めいていた。
天を見上げ、俺は思った。
『勝利の果てに得たのは、ウィルザーとしての自我の消滅を先送りするための踏み台ではないか』と……


《9》

「……おはよう。」
身体の節々が痛い。
周りは何だか分からないけど騒がしい。
えっと……あたし、どうしたんだっけ?
「弥生!」
ふぅ……
あたしに考える暇を与えてくれないのか。
父親である龍王、龍神 武龍が武蔵と悠太郎を連れ、扉を蹴破る様に勢いよくあたしの部屋に入ってきた。
「父さま……一体何事ですか。」
きしきし絡んだ髪をかきあげ、あたしはあきれた口調で龍王に訊ねた。
「何事って、お前に何があったのか分かってるのか?」
あたしの立場を考えずに、悠太郎の無礼千万な物言い……
当然、周りの人間が馬鹿を叱責しようと勢いよく悠太郎を向いたのだが、それより速くあたしの投げた漆塗りの盆が馬鹿の顔面を直撃していた。
「男は出て行きなさい。当然、父さまも……」
あたしの一言に龍王は抗議の声をあげたが、次のあたしの言葉に大人しく従った。
「着替えるんです。出て行って下さい。」
………ふぅ。
よく思い出してみよう。
あたし、どうしたんだっけ?
『香憐に聞いてみたら?』
そうだ、華憐に聞いてみればいいんだ!
「香憐を呼びなさい。」
手を叩き、控えていた侍女を呼んだが、彼女達は困惑の表情を見せながらあたしに言った。
「あ、あの、華憐侍従長は……」
「行方不明?」
あたしは思わず声をあげていた。
「はい、ウェンデルから無事に戻られたのは弥生様だけで……」
……そうだった。
船にも乗っていなかった……
「ごめん……香憐の事を忘れていたなんて、どうかしてるね。」
そうだ、どうかしている。
目が覚めてから何処かおかしい。
誰かあたしの事を知ってる人はいないの?
ふかふかすぎるベッドに身を埋め、虚ろに天井を見上げる。
そんなあたしを心配そうに見守る侍女達は、あたしの事を何も知らない。
疲れた……
姫を演じる事に疲れた……
「ねぇ……」
あたしは侍女を呼び、一言訊ねた。
「あたし、変わった?」
その問いの返答は世辞でしかなかった。
『元々お転婆だったんだから仕方無いか……』
元々お転婆だったんだから仕方無いか……
「着替えます。」
がばと起き上がり、絨毯の敷かれた床に立ち上がったとき、自分の身に起きた異変に気付いた。
「ここに誰かいる……」
優しく下腹部をさすり、確信した。
あたしのおなかに新しい命が宿っていることに……

《勝利の果てに 完》



 

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【ANGELUS】第三話『栄光の行方』

闇の中に整然と並ぶ椅子の数々…
あたし……東 飛鳥はその真ん中の席に座っていた。
またルーの世界に呼び出されたのね…
『それは違います。』
思うや否や、あたしの頭に直接語りかけてくる。
ルシェールと名乗った、自称〈死神の総元締め〉
前に現れたときと同じく、長い金髪を後ろに束ね、ウィルザーが着ていた物と同じ白のスーツ姿。
顔の半分を覆うゴーグルは相変わらずだ。
『違うって、どういう事?』
漠然とした疑問を抱きながら、それがなにかを思い出せぬままルーに訊いた。
『ここは、貴女の夢の世界です。』
つまり、土足で人の家を踏みにじっているわけだ。
『相変わらず手厳しい…
まぁ、それが貴女の良い所かもしれませんが…』
ルーの言葉にあたしは顔が赤くなる感じがした。
もっとも、ここが夢の世界なら身体がないはずなのだが。
そして、相手に考えが筒抜けなのを忘れ、つい強がってしまう。
『いったい今度は何を見せる気なのよ!』
あたしは言った後でそのことを思い出し、身体があったら地団太を踏みたい気分になった。
多分、このあたしが感情をぶつける唯一の相手は、この夢の住人かもしれない。
『まぁ、落ち着いてください。』
まったく、原因はあなたじゃない!
『そうですね…
いつも気を張っている貴女が、ストレスを解消できる唯一の場です。
私はいつでも付き合いますよ。』
そこまで言うと、ルーは少し間を置き、本題に入った。
『貴女が知りたいと思っているA-Kの事を少しだけ教えてあげますよ。』
そう、あたしが姉の〈龍神 弥生〉になりすまして入城した龍王城は、ウェンデル国の最強の騎士団、Angel-Knights=A-Kの襲撃をうけていた。
彼らの目的は、思想の違える民族の排斥。
その後に来る彼らの王の世界支配。
月並みな目的だが、あたし達に対する攻撃は熾烈を極めた。
世界に轟いた龍牙衆が全滅してしまったものの、元A-K総司令ウィルザーの機転で一人を地下に幽閉することができた。
もっとも、一人は仲間らしき人物に暗殺されてしまったが…
暗殺した人物も謎。
光輝剣でしか砕けないはずのマテリアルを砕いた方法も謎。
殺された後に起きた現象も謎。
謎だらけで仕方無かったその答が得られるのか?
『いいえ、まだ全てを語るには時期が早過ぎます。』
時期が早い?
何が早いというのだ?
真実を知るのには時間が要るということなのか?
相も変わらず疑問だけが口を突いて出てくる。
そんなあたしを見て、ルーはゴーグルを外し、微笑みながら言った。
『現実は物語のように常にハッピーエンドになるとは限らないのですよ…』
しかし、言い終わった彼の表情は今にも自殺してしまいそうな、悲しく、辛いものだった。

****************************************
Angel-Knights

神歴0999  栄光の行方

****************************************


《1》

あたしは今、自分の夢の中にいるらしい。
真っ暗で、客席にはあたしとルー以外は誰もいない、寂しげな劇場だった。
ルーは以前もあたしに過去の世界を舞台で見せてくれた。
今度は何を見せてくれるのか…
あたしはひとまず質問を後に取っておいて、舞台に集中しようと思っていた。
前回は劇の途中で何度もルーに質問をしたため、あたしに過去を見せた真意を推測できなかった。
本当にA-Kの事を見せてくれるのか…
『始まりです。』
ルーの一言とともに、二人しか居ない劇場に開演のベルが鳴り響く。
人が少なすぎるためか、それは耳を聾するほど激しく感じた。
その音に眉をしかめながらも舞台を見ていると、それが舞台とは全く異なる物と気付いた。
幕は上にでは無く、中心から両端に引いて行き、そこに現れたのは闇の壁だった。
これは…
つい訊ねそうになり、慌てて口を噤むが、心の垣根が失われたこの世界では意味もなく、ルーは優しく教えてくれた。
彼が言うには、ここは〈映画館〉と言う場所らしく、〈スクリーン〉と言う純白の壁に、あらかじめ撮っておいた絵を連続して映し、劇が見れると言うのだ。
半信半疑で目の前の闇を見つめると、背後でカタカタと規則正しい音が聞こえてきた。
一瞬、後ろに気が取られた間に、目の前の闇が白く輝いていた。
しかし、その光はあたしの視力を奪うような激しい閃光とは違い、辺りの闇に、適度にあった明るさだった。
「まさか、リリィが返り討ちたぁな…
まぁ、ボケ二人組にはいいザマだぜ!」
その台詞とともに、スクリーンに一人の男が映し出された。
歳の頃なら18・9、無造作にのばされた髪は鉢金で押さえられ、額には被っていない。
そして、ゴーグル。
あの妙なゴーグルは何なんだ?
A-Kで流行っているのか?
その男は、本気で仲間をいい気味だと思っているのだろう。
口を歪めて嫌らしい笑い声をあげる。
「やめろ、ディック!」
その彼を制したのは、顔の右半分を肩まで掛かる長い髪で覆い隠した鋭い、芯の通った眼差しを持つ女性だった。
二人はウィルザーと同じく、白と金が基調のスーツを着ていた。
「おいおい、バーバラさんよ。
戦場放棄して帰ってきたあんたに、そ~んなこと言えるのか?」
言うと、ディックと呼ばれた男は、再び下品な笑い声をあげる。
まったく、A-Kには根性のひねくれた様な男しか居ないのか!
思った刹那、隣の席が小刻みに揺れるのを感じた。
ルーが笑ってる…
しかも、肩を揺らして、だ…
声にならないようにと口を押さえているためか、その揺れが強く感じられた。
『いや、失礼…
やはり、貴女はおもしろい事を考える女性だと思いまして…』
あたしに気付いて慌てて取り繕う。
こんな仕草を見ると死の神とは思えないな…
思うと、あたしも吹き出しそうになった。
何だか…
こんなに素直に笑顔をつくれたのは久しぶりのような気がする。
再びルーを伺ったとき、彼と視線があってしまい、反射的に顔を背け、スクリーンに注意を向ける。
表面的にはいつもの厳しい表情に戻したのだが、この世界でのあたしは心に壁が作れない。
ルーに筒抜けなのだ。
何だか不公平に思い、無理とは知りつつも、ルーの心を覗こうとした。
そう、彼の心の入り口には常に見えない壁がある様に、中を伺い知る事は不可能であった。
それがどうした事か、その心の壁がなくなっていた。
これ以上進めば、あたしも他人の心を土足で踏みにじる事になる。
それが分かっていたはずなのに、他人にはそんな事をしたくないと思っていたのに、壁の中に一歩踏み込んでいた。
その中には…
あたしに対する謝罪と、何かに対する悔恨に満ち満ちていた。
何故あたしに謝るの?
思いはしたが、訊ねる事を阻ませる何かがあたしを思いとどまらせ、彼の心への介入を止めた。
『ありがとう、飛鳥……俺は…』
それだけ言うと表情を悟られまいと思ったのか、再びゴーグルをつけ、ルーは黙ってしまった。
あたしは彼の事が気になりつつも、映画を見る事にした。
どうやら、あたしがスクリーンに集中しているときだけ映画が映されるらしい。
とっくに別の場面が映っているのかと思えば、ディックがバーバラに嫌らしい笑い声を浴びせているところだった。
「反論はしない。
こればかりは私の責任だからな…」
言うとバーバラは固く拳を握りしめ、血が滴り落ちる。
しかし、その血は床につくことなく、赤い霧となり散っていった。
「まずは、ミリアンナ様とロシーヌ様に報告しよう…」
うなだれて部屋を出ようとするバーバラをディックが呼び止める。
「くっくっくっくっ…
見る影が無ぇなぁ!負けた言い訳は考えてあるのか?」
ディックはバーバラを挑発するが、彼女は取り合わず、静かに呟いた。
「そんなことで落ち込んでいるんじゃない…
ウィルザー様が敵になった…
それが悲しいんだ。
………私も連れて行って欲しかった。」
それを聞いたディックは眉間にしわを寄せ、誰に言うでもなく、怒りまかせに怒鳴りつけた。
「ミリィも、ロシーヌのねぇちゃんも、あんな野郎のどこがいいんだ!
あんな人殺し野郎!
自分勝手な傲慢な男が!」
嫉妬と言う表現では余りある憎しみ、それを一つの絵画であるように、整然並べられた高価そうな調度品にぶつける。
その様は怒りに翻弄される戦士、狂戦士そのものであった。
この男…
異常だ…
異常なまでの憎悪…
何故?何がこの男を憎しみに駆り立てるの?
あたしは先刻決めた事をすでに忘れ、疑問を口にしていた。
慌てて口を塞ぐも、ルーにはすでに聞こえていた。
彼は始めに『それが貴女のいいところですからね』と優しく微笑みかけ、あたしに答えてくれた。
『彼の母はマテリアル融合実験の被験者で、実験に失敗しています。
彼女の真意を知ればあんな憎しみを持つ事はなかったのですが…』
それ以上は何も答えてくれなかった。
彼の言う事は常に肝心な部分が隠され、今まで与えられた情報に共通点が、接合点が見つからなかった。
仕方無く、再びA-Kの傍観者となった。
まだ暴れるディックのもとに、司祭のローブに身を包んだ、あまりにも幼い顔の女性…いや、女の子と言った方が適切かも知れない。
その彼女が現れた。
「マ~タァ、怒ってますネ。」
それに、やかましいと吼えるディック。
そう、おそらく彼女もA-K…
そういえば先日ウィルザーが言っていた。
自らが戦う事に向かない、他人を活かすA-K
確か名前は〈マリア〉…
「ディックサンの言う事はもっともデス!
大体ですネェ~、ワタクシを連れて行かないからそんな事になるのデス!
全くぅ~何のための回復役デスか!
皆サン自惚れ過ぎなんデス!
ディックサン!
どうせ、次に行くつもりなんでショウ!
ワタクシを連れて行きなサイ!
アナタを間違いなく勝たせてさしあげマス……って、ディックサン!
聞いてるんデスか?」
勢いよくまくしたてる彼女に、ディックは一言「うるせぇマリア」と怒鳴って、彼が荒らした部屋を後にした。
「あ、待ちなサイ!ディックサン!
モット、ワタクシとお話ししなサイ!」
しかし彼女が呼び止める声も聞かず、彼は明かりの無い、闇の通路に消えて行った。
「ぶゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」
頬を膨らますマリアと呼ばれたA-Kは、本当に女の子のようであった。
かなり高位の司祭だろうから、見た目より歳が上だと思うのだが…
次の瞬間、スクリーンが真っ白になっていた。
どうした事かとルーの方を向くと、彼はゴーグル越しに微笑みかけ、そして言った。
『ひとまず、質問にお答えしますよ。』
あたしはまた、反射的に顔を背けそうになったが、どうにかそれを思いとどまり、一つの疑問をぶつけた。
これは、いつの話しなの?
と…
『リアルタイムです。』
りあるたいむ?
『たった今、起こっている事実です。
多分、あの男の事ですから…
貴女が目を覚ました頃に現れるでしょう。
しかもウィルザーに対する決闘、と言う形で…』
決闘…
今、ウィルザーは武器を失っている。
まだ、隠し技を持っていそうだけど……勝てるのか?
『無理でしょうね。』
あたしはルーの声に少し唸る。
やはりあたし達の能力を凌駕する彼は、唯一A-Kに対抗できる戦力だと思う。
その彼が勝てないディックという男はどんな戦いをするのか…
『彼は、ウィルザーに与えられた〈飛爪獣牙〉を両手に持つ、ウェンデルの武闘家です。 その武器は、彼の弱点である魔法を完全に絶ち、相手の対物理攻撃用魔法障壁を侵食、さらに、物理打撃力においてはウィルザーが造った武器のなかで最高です。』
最悪だ…
つまり、武器の無いウィルザーが頼みの綱とする魔法は効かず、ウィルザーのスーツの魔法障壁も役に立たない。その彼にしてくる攻撃はA-K最強…
トドメは打撃系の得意な武闘家の一撃…
落ち込むあたしに、ルーは対処法を教えてくれた。
もっとも、無理な話しだったが…
『大丈夫です。ウィルザーが出し惜しみしている光輝剣…
それさえ使えば問題ないですよ。
あれは、飛爪獣牙の対魔法攻撃用魔法障壁の魔力中和能力をはるかに超えていますから ね。』
無理よ…
光輝剣……はA-Kに奪われたの…
この時、あたしは〈ウィルザーの魔力剣〉が〈光輝剣〉と感じ、いいしれぬ不安に襲われた。
それを感じ取ってか、ルーはあたしの肩にそっと手を置いた。
その手は温かく、あたしから不安を拭い去ってくれるようであった。
あたしの夢の世界、そうルーが言っていた。
実際に肩に触れているわけではないのだろう。
しかし、それはとても心地よく、あたしは…
あたしは、現実世界で得られなかった感情に支配されつつあった。
『大丈夫、ここには二人だけです。
現実世界そのままに、強い女性を演じなくてもいいのですよ…』
そうかもしれない…
ルーは、あたしを飛鳥として接してくれる。
養父のように、あたしを戦略の駒としてではなく、
実父のように、あたしを弥生としてではなく、
ウィルザーのように、あたしを死んだ恋人としてではなく接してくれる。
あたしは、ディックの対策も忘れ、永遠にこの夢の世界を漂っていたいと思った。
あたしをあたしとして想ってくれる、ルシェールと一緒に…
しかし、次の瞬間、彼の手は離れていた。
『駄目です!
私達は今、夢の世界に居るのです。
夢は何時か醒め、現実という世界に否応無く引き戻される。』
でも…
『私に好意を持ってくれただけで嬉しいです。
現実世界で会ったとき、同じ想いを私に抱いてくれるのならば…
その時、一緒に生きていきましょう。』
でも、あたしは本当の貴方を知らない…
それに、現実世界に戻ると…
『夢から醒めれば大半は忘れるもの…仕方無いことですよ。』
そう、微笑んでくれるルーは、現実世界とは似ても似つかぬあたしを優しく包み込んでくれるようであった。
心地よさに微睡みながら、あたしはルーの言った事を思い出していた。
しかし、どうしても最後の言葉しか思い出せなかった。
『夢から醒めれば大半は忘れるもの…仕方無いですよ。』
そうか、だから彼は「現実世界で、同じ想いを抱いてくれるのなら」と言ったのか。
この、たった今、あたしが感じている感情…
忘れたくない!
そう、この時あたしは、初めて夢で起こった事を覚えていたい、現実を夢の続きにしたいと思った…


《2》

涙?
あたしは何故泣いている?
あたしが龍姫〈弥生〉として龍心の都に着いた初めての朝、あたしには豪勢すぎるベットに身を沈めながら目を覚ました。
シーツが濡れている。
そんなに大粒の涙を流す程、悲しい夢を見たのだろうか…
こんな姿を誰にも見せられない。
涙を拭って、控えている侍女達を呼んだ。
他人に服を着せてもらうと言うのは何だか変な気分だが、龍国の姫として生活しなければならないのだから仕方がないのだが…
されるままにドレスを着せてもらうあたしは、涙の事も気になり、仏頂面になっていた。
あたしの機嫌が悪い事に気付いた彼女達は、さわらぬ神に祟り無し、と言ったように、急ぎはするが丁寧に、ドレスを着せて出て行った。
彼女達と入れ替わるように、仮面をかぶった悠太郎が入ってくる。
そう、いつものように慌ただしく。
「何なの?貴方は!」
『もうちょっと、普通に入ってこれないの!』
ひとまず、悠太郎をたしなめた後、侍女達に聞こえないよう小声で話しかける。
それを聞いて、悠太郎も小声で答える。
『月だ!月が二つあるんだ!』
月?
二つ?
いったい何の事か…
確かに昨日は綺麗な満月だったが…
『気にいらねぇが、ウィルザーが呼んでいやがる!
早く来い!』
言うと、悠太郎はあたしの部屋を出て行った。
何だか嫌な予感がする。
昨日の今日だからと言って、A-Kが襲ってこないとは限らない。
それに何か忘れているような気がするし…
あたしは再び侍女達を呼び、動き易い軽装を持ってきてもらった。
念のため、対物理攻撃中和の効果を持つ呪符を上下衣の裏に縫いつけた。
手持ちの呪符は、何故か防御系の、特に物理攻撃に対する防御壁をつくるものを多く作っていた。
次の相手がどんな力を持っているのかも知らないのに…
そんな事をしている自分に苦笑しながら、剣を取り、あたしの部屋を後にした。

ウィルザーの部屋に向かう途中、昨日のA-K襲来の話しが囁かれていた。
実父の龍王は、国民に要らぬ心配はさせたくないと、王自身が襲われた部分を隠し、昨晩のうちにウェンデル国の襲来を公表した。
城門の火災は街に飛び火する事無く、心配するほどの事ではないとのことであった。
ただ、龍国最強の剣撃隊、〈龍牙衆〉の全滅は隠す事ができず、国民に不安と恐怖を抱かせる結果に至った。
まぁ、あたしの〈偽りの龍姫ぶり〉で、どうにか希望をもたせる事ができたのだが…
(本当にあったかは定かではないが)宣戦布告をうけ、周囲に緊迫が走っているなかの帰国だけに、あたしが希望の光に見えたのかも知れない。
もっとも、ただの山越えしかしていないし、本物には死なれて遺体すらない。
入城二日目にして味わう龍姫としての存在意義、責任、そんな物を感じていた。
でも、仕方無いか…
いや、仕方無いで済ませてはならない!
なら、何をすればいい…
自問自答し、いつの間にか小走りになっていた事に気付いたとき、ウィルザーの部屋の前に着いていた。
今はまず、月がどうしたのかを聞く、大した事がないのなら……ウィルザーに今の事を相談するか?
ちょっと前までは、あたしと同じ立場の人間だったのだから…
「弥生です、入りますよ!」
今は、礼儀がどうこう言う気にもなれず、ひとまず弥生と名乗り、彼の部屋の扉をくぐった。
「来たか…
ではウィルザー殿、話してくれ。」
仮面の養父は、あたしに顎を突き出すようにして無言で〈座れ〉と指示しながら、ウィルザーに話すよう促した。
「まず……全ての星々を隠す快晴の青空のなか、妖しくも儚い光を放つあれは、月ではない。
俺の記憶が正しいという前提の元に話させてもらえば、あれは〈球=セフィラー〉と呼 ばれる物だろう。いや、者と言った方がいいかもしれない。
なにせ、あれは天使の心そのもの、リリィの命で創られた球だからな。」
それじゃあ、彼女は…生きている?
「しかし、昨日のリリィを倒した時の状況を考えるとリリィとしての記憶はあっても、リ リィとしての人格はないだろう。
あの光の現象こそ人が永遠の命を得た瞬間!
マテリアルに封じられた前史民族〈天使〉に転生した光なのだろう…」
実の所、あたしはその話しについて行けないでいた。
月が二つ有るとか言っていたが、昨日見たときは美しい満月が一つ、大きく輝いていただけだったはずだ…
まさか、それが?
自分のなかで、今の説明を反芻するうち、ようやく分かってきていた。
端的に言ってしまえば〈倒したリリィがお月様になっちゃった〉と言う事だろう。
天使の魂を持つ球=セフィラーと言う名の月に…
「その天使がまた襲ってくる、なんてことはないだろうな!」
念を押すように言い寄る悠太郎に、ウィルザーはそれは無いとだけ言った。
しかし、その後に「が…」がついた。
「が…実際、あれがどういう意味を持つ者なのかは分からない。
生命の樹の根であるとか、精神の旅路の通過点であるとか…
諸説様々で確かな事は何も分からない。
ただ、A-Kを倒す度に増えていくだろうな。」
A-Kを全て倒したらどうなるのだろう…
情報が少なすぎる。
また、いつものように情報が〈点〉の状態だ。
いつになったら〈線〉になるのか気が焦るばかりであった。
そして、そんな不安に沈黙するあたし達の元に、最悪の報告が届いた。
「失礼します。」
息咳ききって一人の兵士が入ってくる。
「東 武蔵殿、不審人物の侵入を許してしまいました。おそらく…」
ウィルザーは〈早かったな〉と一言呟くと、部屋から出て行った。
あたし達は、それを慌てて追いかける。
ウィルザーの姿はいつもの白いスーツを着ているが、どうやら丸腰…
もし、本当にA-Kであったならどう戦うのか…
いや、違う。
彼の右手には刀身の無い、柄と装飾だけの部分となった剣が握られていた。
自らの魔力を刃と成す魔力剣……まだ、持っていたのか?
いや、ならば何故大だんびらなんかを使っていたんだ?
悩むより聞くのが早い。
珍しくも、あたしは素直に彼に訊いた。
「これは、マックスの持っていた〈衝波剣〉だ。」
破顔して説明し始めたところを見ると、どうやらこれも彼の作品のようだ。
「これは魔力剣と魔法剣の中間的な物で、振るだけで衝撃波を発生させる事が出来る。
威力が大きすぎるため、昨日のような状況では人質も殺しかねない。
それが、欠点と言えば欠点かも知れないが…」
自分で欠点を指摘しつつも、困ったような素振りを一向に見せない。
おそらく、自分の作品に対する絶対の自身…
以前、ウィルザーは言っていた。
A-Kは皆自信過剰な我が侭ぞろいだ、と…
今更ながら、ウィルザーにもそれが当てはまるのではないのか?と、あたしは思った。
そんな想いに駆られ、無意識にウィルザーの背中を追うようになっていたその時、修理中の城門から誰かが飛び出した。
歳の頃なら17、8……いや、もっと低いかもしれない。
幼さを主張したような優しい顔立ちの男の子。
鮮やかな赤毛は炎を思わせ、淡く光る緑の瞳は新緑さながらである。
なんだか、小さなウィルザーみたい…
思わずほころびそうになった口を、慌てて押さえる。
別に、彼と顔が似ているわけでもないのに、何故だろう…
あたし達と男の子が相対するなか、最初に口を開いたのはウィルザーだった。
「お前……誰だ?」
彼の言葉から、二つの事が考えられる。
一つはただの亡命してきた一市民。
もう一つは、A-K-L!
船上でウィルザーを四人がかりで襲い、弥生さんを死に追いやった〈対A-K暗殺集団〉!
前者ならいい。でも、後者なら……
あたし達に緊張が走るなか、その男の子は思いもよらぬことをいい、あたしに抱きついてきた。
「ママ!」
「はぁ?」
思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。
「ね!ボクのママでしょ!そうでしょ!」
この時、ウィルザーと弥生さんの間に子供がいたんじゃ……と馬鹿な考えが浮かんだが、常識で考えろ!と、そんな考えを抱いた自分を自嘲するかのように乾いた笑みをつくった。
「わ……良かった!やっぱりママなんだね!」
どこをどう考えれば、自嘲の笑みが「そうよ、ママですよ」の笑みになるの?
困惑するあたしは、ひきつった笑みのまま、ウィルザーに助けを求めた。
「なんだ、お前の子か。」
なっっっ!
肩を揺らして笑ってる!
「母親が子供を置いて出てくるなど、母親失格だぞ。」
滅多に、いや、あたしが初めて耳にするウィルザーの冗談は、怒る気力が失せるほどに冗談ともつかないものだった。
そんなあたしの代わりに悠太郎がウィルザーに「そんなわけないだろう!」と怒鳴り散らし、それを無視された馬鹿が矛先を男の子に向ける。
「大体、テメェは何なんだ!……」
その言葉を皮切りに、どこから湧いてくるのか、悪口雑言の数々。
それを横から浴びせられた男の子は涙目になり、あたしの後ろに隠れると、またもやとんでもない事を言った。
「……おじさんなんか、キライだ!」
仮面をかぶっていなければ、間違いなく馬鹿が青筋をたてる様が見みれたろう。
「お、おじさんだとぉぉぉぉぉぉぉ!」
この子がA-Kならすばらしい精神攻撃だな……
馬鹿な事を考えていると、あたしが気付くより早く、悠太郎の拳がこの子の頭を打っていた。そう、悪戯っ子を叱る父親の様な素振りで……
もっとも、こんな馬鹿が父親になるとは思えないが……
「イタぁぁぁぁぁぁぃ!」
当然、今まで涙目なだけあって、この子の潤んだエメラルドグリーンの瞳から涙が溢れ出した。
「何馬鹿な事するのよ!」
いつものあたしに似ず、口早に怒鳴りつけた。
しかし、負けじと馬鹿が言い返す。
「馬鹿はどっちだ!このガキ、どう見たってウェンデル人じゃねぇか!」
たしかに赤毛と緑の瞳は、目に見えて明かなウェンデル人の特徴……
あたしの子供であるはずはない。
膠着状態に陥っていたあたし達の元に、先ほど報告に来た兵士が追いついてきた。
「あぁっ!貴様、龍姫様に何をする!」
この兵士の言動から考えると、どうやら不審人物はこの子の様だ。
あたしは他に不審人物が居ないかどうか、徹底した警備を行うよう言い含め、兵士を詰め所に行かせた。
文字どおり、追い払うように……
「さて、ひとまずウィルザーの部屋に戻りましょう。」
皆を促すが、腰にしがみついた男の子が動いてくれない。
また泣かれては困ると思い、優しく、優しく話しかけた。
「もう、泣いちゃダメよ……男の子でしょう。」
〈男なら泣いてはいけない〉、これはあたしが嫌いな事をこの子に押しつけている事になるのではないか?
〈女はおしとやかでなければならない〉と言う事を…
矛盾したあたしの言動は、自分の眉をひそめ、苦い表情をつくり、悲しい気分になるまで至った。
しかし、それが功を奏した。
「ゴメンネ、ママ。いつも悲しい思いをさせて…
逃げちゃダメなんだよね…
逃げちゃ、何も始まらないんだよね……」
言うと、突然走り出し、あたし達全員を追い越した。
「ママァ~!早く来ないと、ボク、先に行っちゃうよぉ!」
大の字になってブンブン両手を振る姿は、本当に子供だった……
でも……
「テメェ!俺達がどこに行くか知ってるのか?」
怒鳴る悠太郎に、男の子は身体を震わせ硬直する。
ひきつった笑顔を見ると、どうやら〈行く場所を知らない〉からではなく、〈殴ったおじさんが怒鳴った〉ためだろう。
男の子は身体と笑顔を震わせながらどうにか動かし……舌を出した。
「んべぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
そ、そっちのおじさんの部屋に行くんだよぉぉぉぉ!」
ウィルザーを指さし、言い放った。
その場所を知っているの?
と、あたしが訊きたい所だが、ためらう隙にウィルザーが別の事を訊ねていた。
「その前に、お前は誰なんだ?名前くらいは教えてほしいものだな。」
いつもの仏頂面に戻っている………これでは多分教えないだろうな。
しかし、あたしの予想に反し、男の子は素直に答えた。
あたしは、ちょっと騙されたような、子供をとられた様な変な気分になっていた。
「ボクは、ナラ=バクスプール=ツインスター。17歳だよ。」
17歳……あたしの二つ下?
ずいぶん振る舞いが幼いような……
あたしが年齢に驚いていると、ウィルザーが更に何かを訊ねた。
「お前……ジュドーの弟か?」
素直にナラがうなずく。
「にぃちゃんを知ってるんだ!」
「あぁ、俺の名はウィルザー。
ジュドーの親友だ。」
間を置かずに答えたウィルザーに、ナラは怪訝そうな表情を見せ、品定めをするようにウィルザーの周りをぐるぐると回り出す。
「うっそだぁ!だって、おじさん……強そうに見えないよ。」
ピタと止まったナラが、最初に発した言葉がそれだった。
「にぃちゃん言ってたぞ!
漆黒の闇の衣に包まれ、黄金色の輝きを放つ剣を携えた魔導剣士……
それが、ウィルザーだぞ!」
確かに、今のウィルザーは純白のスーツを着ているし、黄金色の剣なんか持っていない。
あたし達は、ナラが言った言葉につい、ウィルザーを見てしまう。
あたし、ナラ、悠太郎、武蔵の四人に一斉に視線を向けられるが、当のウィルザー本人は、いつもの仏頂面のままで、大して、いや、全然驚いた様子を見せなかった。
まるで、その質問がくるのを予想していたように。
「あの服は着ない………そう、弥生と約束したんだ。」
言うと、いつもとは違う表情を少しだけ見せたが、あたしは何も言えなかった。
「じゃぁ、光輝剣は?」
まだ信じられないと、ナラはしつこく食い下がる。
「あれは……奪われた。」
言うや否や、満面の笑みを浮かべて〈やっぱり弱い〉と言うナラ。
別に弱いわけではない。
あれは、弥生さんの墓標に立ててきたのだが、そこを訪れたA-Kに奪われたのだ。
どうやら、マックスとリリィが奪ったのではない様子だったが……
「ふ……
別に、もう反論するつもりはない。
実際、俺は弱いのだからな。」
そう言うと、足早に自分の部屋に戻っていった。
あたし達も追おうとすると、ナラがあたしを呼び止めた。
「大丈夫だよ、ママ!あんな泣き虫じゃなくて、ボクが護ってあげるよ!」
言って、再びあたし達を置いて先に行ってしまったナラは、純粋な天使を思わせる笑みを浮かべていた。
しかし、あたしはナラの言った事が気になっていた。
〈漆黒の闇の衣〉
〈光輝剣〉
そう、触れるべきではないと分かっていても、ウィルザーの過去に触れなければならないような気がした。


《3》

ルー!
ルー!
ルシェール!
夢の世界に入るや否や、ルーの事を呼び続けた。
不思議な事に、現実世界では全くと言っていいほど思い出せない彼の存在が、この世界では当たり前のように思い出せるのだ。
ルシェール!
あたしの願いが、この闇の世界に広がっていく。
おかしい!
いつもならルーから介入してくるのに……
刹那、あたしの眼前に光が集束する。
やっと来たわね……
光が人の姿を形作るのを待たず、光に向かって足早に近づいた。
どうしたのよ!
今日の貴方は随分と時間にだらしないじゃない。
あたしは腰を曲げてルーを睨みつけた……はずだった。
輝きがおさまり、そこに現れたのは小さな女の子だった。
誰?アナタ……
『フィニーだよ、おばさん!』
おば……
ま、まぁこの子にとって、あたしはオバサンには違いないけど……
『なら、それでいいじゃない!
オバサンは、オバサンだもん!』
あたしに反論する気力が無くなっていた。
悠太郎が、ナラにオジサンと言われた時の気分って、こんな感じだったのかな……
いや、あいつは馬鹿だから怒り任せか……
『それに、フィニーはまだ3ヶ月だモン!』
……3ヶ月の意味はよく分からないが。
まさか生まれて3ヶ月、ではないだろう。
自ら、フィニーと名乗った女の子は、10才位だろうか。
ルーを思い出させるような黄金色の髪は腰までとどき、大きく見開かれた円らな瞳は緑柱石の様な輝きを放っている。
どう見たって、3ヶ月には見えるわけない。
なんだか、ヘンな子ばかりに会う日ね、今日は……
思った次の瞬間、フィニーはとんでもない事を言ってきた。
『フィニー達7姉妹はね、生まれて3ヶ月しか経ってないモン!
それを、3ヶ月って言うんだよ!
……ひょっとして、オバサンってニブイの?』
この時、認めたくはないが悠太郎の気持ちが分かった気がした。
『あなたねぇ……人をからかうのもいい加減にしなさいよ!』
この時、初めて他人の意志に介入する術を身につけたのに気がついたが、同時に介入して怒鳴りつけた相手が年下の幼い女の子である事にも気付いた。
『……オバサン……怒った……』
あたしは今にも泣き出しそうな女の子を前に、どうしていいのか分からなかった。
『ごめんなさい……』
一言謝り、実体の無い身体で、同様のフィニーを抱いた。
『怒ってごめんなさい。でも、あたしには分からない事だらけなの……
イライラしているのね、自分の無知に……』
あたしは自分の無知に恐怖し、子供に当たった事を恥じた。
『ごめんなさい……』
例の如く、あたしの意志も筒抜けになっている事を忘れ、素直な気持ちをフィニーに読まれた事が良かったのか、悪かったのか……
この世界でも同じ台詞を聞くとは思わなかった。
『ママの匂いがする……』
本当にヘンな子に会う日ね……しかも、〈ママ〉か……
〈お母さん〉と言う意味だもんな……
あたしは……母親になるなんて事、一度も考えた事無かったのに……
あたしはそんな自分に対し、笑いがこみ上げてきていた。
別に大笑いするわけでもなく、ただ口元を綻ばせる程度であったが……
そんなあたしを見てか、フィニーは先ほど以上のとんでもない事をあたしに言った。
『ねぇ、オバサン……フィニー達のママになってよ!』
『えぇ!!』
あたしは絶句した!
『きっと大丈夫だよ!
カサンドラも、サラも、フォースも、フェイも、シックスも、ベルもきっと分かってく れるよ!
ママならママになれるよ!
……あり?』
とうとうあたしは、ママに格上げされたらしい。
でも、この子達のママになると言う事は、〈この子達の父親の妻になる〉と言う事だ。
いったい誰の…
あたしは魅了の術をかけられたように、この子の母親になってもいいと言う気持ちが膨らんできていた。
しかし、あたしの元来の性格、とでも言うのだろうか。
懐疑的になり、真実を知ろうとしてしまう。
それに、やっとある事に気付いた。
ルーの娘もフィニーで7人姉妹。
そしてこの子もフィニーで7人姉妹。
外見がかなり違うが、この世界での姿が現実世界での姿と一致するとは限らない。
ここは、夢の世界。
心の反映される、精神世界なのだから……
『アナタの父親は……ルーね!』
言うと、フィニーは大きくうなずき、満面の笑みを浮かべた。
フィニーがうなずいたのを確認した次の瞬間、あたしはフィニーに今までわだかまっていた事を矢継ぎ早に訊ねた。
『おしえて、光輝剣って何?漆黒の闇の衣も……
そもそもウィルザーって何者?昔は何をしていたの?
ルシェールもそうだし、天使そのものだって言う球=セフィラーって何なの?
A-Kの目的って、他民族の排斥だけなの?』
フィニーはあたしの無知への焦りに気付いたのだろう。
彼女は、情報に対する見返り、とんでもない要求をしてきた。
『ママになったら教えてあげる!』
彼女が何かを知っているとは限らない。
でも、少しでも情報を得たい。
動機は不純だが、彼女の要求をのんだ。
『やったぁ!』
フィニーはあたしの周りをバタバタと走り、止まったと思ったらあたしに抱きついてきた。
『きっと、みんな喜ぶよ!』
本当に、心の底から喜んでいる。
あたしの心を覗きもせずに……
そんな無邪気なフィニーを見て、あたしは質問を躊躇ってしまった。
『フィニー……』
彼女の頭を撫でているうち、フィニーが眠っているのに気付いた。
夢の世界で眠ると言うのもおかしいが、あたしは情報を聞き出せない事を仕方無いと思いはじめていた。
それに、〈ルーなら悪くない〉、そんな事まで思っていた。
ルシェール……
現実世界での彼を知らないし、そこで彼から介入してこない意志も見せていた。
『どんな人なのかな……』
ウィルザーの姿をした優しい眼差しを見せるルーを想いながら、無邪気な意志のぬくもりを抱いていた。

どのくらいの時が流れたのだろう。
この世界での時間の概念は現実世界に通用しない。
今感じた時間は、そのままであったり、一瞬の出来事であったり……
とにかく、あたしの感覚はあてにならない世界、と言う事だ。
でも、そんな事はどうでも良い事だった。
現実世界で忌み嫌っているあたしの行動、それが今のあたしにとってはとても心地よいものであり、ずっとこの世界にとどまり、仮面をかぶって生きていかなくてはならない現実世界に戻るのが嫌になりはじめていた。
『だめぇぇぇぇぇっ!』
突然のフィニーの介入により、あたしの思考を一時停止させられた。
『どうして?
ここにいれば、ずっとフィニーと一緒にいられるのよ。』
あたしは……夢の世界でこう表現するのはおかしいような気もするが……夢見心地のまま、フィニーを説得しようと優しく語りかけた。
『だめだよ……
パパが言ってたよ、この世界に長く居すぎると現在の自分を見失ってしまう、って……
だから、だめだよ……』
『自分を……見失う……現在の……自分……』
あたしはフィニーの言葉を噛みしめるように、ゆっくりと繰り返し呟いた。
しかし、あたしは……夢にのまれた。


《4》

飛鳥の様子がおかしい!
その情報が得られたのは〈ナラ〉が龍国に現れた次の日の事だ。
別にあの女がどうなろうと知った事ではない。
弥生と双子の妹であると言うだけで俺の気が変わるわけではない。
例え、弥生に扮していても、顔が同じであっても、弥生は弥生。
飛鳥ではない。
しかし、真っ先に疑われるのは俺とナラだ。
俺は、元A-K。
そして、ナラは親友の弟。
敵国、ウェンデルからの亡命者だ。
それだけで疑惑の対象になる。
ナラは既に飛鳥の元に走った。
しかし俺はどうしたものか……
迷う俺の元に、好都合な報告が舞い込んできた。
とうとう来たのだ。
A-Kが……
マックスから奪った……いや、返してもらった〈衝波剣〉と、リリィから返してもらった〈アークフレア〉を手に取り、正門に向かった。
正門に近づくにつれ、男の悲鳴が多く、大きくなってくる。
俺が正門についた時、龍爪衆の面々が一撃の元に打ち倒されている場面が目に飛び込んできた。
「ヒャハッ!弱い、弱いゼ!
それが、龍国体術隊龍爪衆の力かよ!」
相変わらず……嫌らしい笑い声をあげる。
A-K No.Ⅵ、ディック=フェニキシオ……
A-K唯一の格闘家、狂戦士ディックか……
思った刹那、笑い声が止まる。
俺に気付いたか……
「ウィルザァァァァァァァァッ!」
怒声をあげて俺に向かってくる。
今までと同じか……俺に向き合うとすぐ逆上する。
奴の母親を殺したのが俺だと思い込んでいるようだが、俺には全く身に覚えの無い事だ。
もっとも………俺の記憶が確かな物であると言う前提でだが。
ディックの両手には、盾と爪が一緒になっている〈飛爪獣牙〉、通称〈デストロイヤービースト(DB)〉が握られている。
ディックは両手を振って攻撃してくるが、怒りのために大振りとなり、難なく回避する事ができた。
「ぐはっ!!」
馬鹿な!
そう、左をかわした後の下から突き上げる二撃目を喰らったのだ。
不意討ちでもないディックの攻撃がかわせないなど……
そんなはずは……
身体が浮き、俺は後方に飛ばされた。
しかし、スーツの対物理魔法障壁が壁を砕きながらも、城壁の壁に叩きつけられる寸前に俺への衝撃を弱めてくれた。
ダメージは、奴に喰らった二撃目のみ……
問題ない……
「どうした、天才の英雄君!
俺の攻撃をかわせないほど腑抜けたか?」
そこまで言うと、再び嫌らしい笑い声をあげるディック。
俺はそれを受け流し、衝波剣を構える。
「腑抜けてられるか!
俺は………この国を護る!
護らねばならんのだ!」
効かぬと分かっていながらも、衝波剣を横に一閃し、圧縮された空気を放つ!
横一筋の大きな空気の刃がディックに向かい、高速で襲いかかる。
しかし、奴はDBを盾にして威力を相殺するだろう。
高い物理攻撃力を持つDBは、ディックの弱点である魔法を相殺する能力を持たせた。
奴に魔法は効かない。
魔力剣亜型である衝波剣も例外ではないのだ。
当然、ディックがDBを盾にした範囲のみ威力を殺がれ、そこを中心として消滅していった。
やはり無駄か……
思った刹那、消え行く風をまといディックが眼前に現れた!
馬鹿な!
奴は俺に相対するとすぐに逆上し、攻撃に隙ができる筈なのに……
再び右の一撃が下から俺の身体に深く突き刺さる!
「水月(みぞおち)かっ!」
俺は身体をくの字に曲げ、先ほど軽く腹に入れておいたものが逆流しそうになった!
「やっぱり腑抜けじゃねぇか……」
耳元で奴は呟き、そのまま後ろに飛び退く。
俺のマテリアルを痛覚鈍麻モードにしておかなかったのが悔やまれる。
久々に味わう痛みは俺の精神を削り取るようだ。
脂汗が流れ、大気に汗が冷やされ身体中の体温が急激に下がる。
「フン……
ガキでも最高司祭か……
俺に〈ウィルザーを前にしても落ち着け〉と説教しやがった。
おかげで、こんなにテメェをいたぶれるとはな……」
マリアが吹き込んだだけで憎しみが消せるかどうかは疑問だが、事実、奴は冷静だ……
まずいな……
これで奴の隙はないのと同じだ。
ひきかえ、俺の方はA-Kを憎みきっている。
こんな事を考えながらも、破壊の衝動がおさまらない。
俺は、痛覚鈍麻モードにするのも忘れ、ゆらり立ち上がる。
「いくゼ、英雄君!」
三度、ディックは連撃で襲いかかってくる。
俺の手持ちの武器は、〈衝波剣〉と、圧縮済みの〈アークフレア〉、奴に効かない〈魔法〉……
最後は、〈拳〉!
俺は素早く衝波剣を鞘に納め、両の拳を強く握りしめた。
マテリアル能力は同じだが、奴は武術に長けているうえ、武器を持っている。
戦力的、能力的不利は否めないが、俺は奴を倒す!
倒さなくてはならないのだ。
弥生のためにも……
奴の左腕を横薙に、俺の腹めがけて向かってくる。
それを一歩下がって回避する。
烈風が腹部をかすめ、俺のスーツに三筋の切り込みが入る。
だが、そんな事に構わず、奴の左腕のDBを俺の左腕でつかみ、左に流して奴のバランスを崩したと同時に裏拳を顔面に叩き込んでやった!
「うがっ!」
奴のかけていた魔眼を砕き、確実に物理ダメージを与えた!
しかし、素早く後ろに飛び退くと肝心な事に気付く。
奴もA-K、マテリアルの過剰再生能力で瞬時に傷も精神力も回復したのだ……
「くっ……」
……光輝剣を失ったのが悔やまれる。
俺は苦虫を噛み潰したような表情になる。
光輝剣の無い俺が……こんなに弱いとは思わなかった。
A-Kを制するには、やはり光輝剣が必要なのか……
ディックと相対しながら思い悩み、無意味な攻撃を躊躇っていた。
すると、何事もなかったように奴が語り出す。
「いいぜぇ~!
そうこなくっちゃぁ~復讐にならないからな!」
復讐?
確かに、奴が俺を憎んでいる事は知っていたが……
何の復讐だ?
「英雄君!
この国には丁度よく闘技場がある。
そこで決着を着けようじゃぁ~ねぇか!」
奴め……元来の自信過剰が出てきた。
光輝剣が使えない今、奴のマテリアルに直接吸精拳を打ち込み、精放符で封じる他無い。
「逃げる事は許さねぇぜ!
もっとも、死んだ女のためにそんな事はしないだろうがな!
……夕方、待ってるぜ。
次は光輝剣の出し惜しみをしないでくれよな!」
言うと、嫌らしい笑い声を上げ、翼も出さずにその場から飛び去った。
奴は俺に時間を与えた。
しかも、俺が光輝剣を失っている事に気付いていない。
もし、本当に冷静さを保って戦う事ができているなら、そのことを逆手に挑発も可能!
対ディックの装備を整えねば……
しかし……復讐とはいったい……
また、俺の記憶が操作されていると言うのか?
いや、そんなはずは……
前にも一度そう考えた事があったが、記憶を操る能力を持つ……いや、開発したのは俺だ。そんなはずはないのだ……
とにかく、装備を整えよう。
と、そこまで考えが至ったとき、ナラ達が現れた。
「どうしたの?オジサン……ボロボロだよ。」
「そうだぜ!テメェがここまでやられるなんて、龍とでも格闘したのか?」
ナラと悠太郎がまくしたてるなか、武蔵のみが静かに訊いてきた。
「A-Kが来たのか?」
俺は素直にうなずき、ひとまず飛鳥の事を訊いてみた。
「どんなに揺すっても、何をしても起きないのだ。
目を覚まさないのだよ……
死んだ様にな……」
ここまで聞いて、おそらく魔術的介入もなされたのだろうと思い、俺には無理だと言い残して部屋に戻った。
今、俺にとってはディックとの決闘の方が大事だ。
ドアのノブに手をかけ、回す。
音もなく扉は開き入ろうとするが、ふと立ち止まる。
弥生のためにも……決闘の方が大事……なのか?
飛鳥がいる弥生の部屋の方向を見やり、闇に向かって呟く。
「飛鳥は弥生ではない。だから護らなくていいのか?
復讐だけが弥生のためになるのか?」
俺自身が戦う意義を考えたとき、奴の言葉が脳裏をよぎる。
『死んだ女のためにそんな事はしないだろうがな!』
そうだ!
A-Kは倒しておかなくてはならない。
天に現れた球=セフィラーが何を意味するのかは分からないが、今はこの国を護り、ウェンデルの狂った思想を潰さねばならない。
それが、今の俺の最優先すべき使命だ。
そう自己完結させたとき、自分の思考と記憶に奇妙な引っかかりを感じたが、それを何かと考える事無く、ディックとの戦仕度を始めていた。
『奴は物理攻撃に長けている。
物理防御力を上げて戦うしかないのだが、奴の拳技は物理防御をものともしない。
……気休め程度にしかならないが……』
椅子にドッカと座り、右の手で顎をしごきながら俺は考えた。
今の手持ちの術には、相手の技を半減させるものがない。
「作るか……」
立ち上がり、この城の魔術研究所の位置を知るべく部屋を出た。
いかに天才とまで呼ばれた俺とはいえ、一つの新しい術を作るには時間がかかる。
ましてや期限は今日の夕刻。
気に入らないが、他人の手を多少なりとも借りるべきだと判断した。
ただ、問題はこの国の主な術が符術であること。
俺の使う魔術とは別物だ!
このマルクトと呼ばれる世界にある魔法は、三種に分類される。
天使や神の力を借りる〈神聖魔法〉。
地の底に封じられた墜ちた天使、一般に魔王と呼ばれる者から力を借りる〈暗黒魔術〉。
大地に生をうけ、光にも闇にもなれる存在、弱き人間の力を一枚の聖霊紙で増幅して放つ事ができる〈符術〉。
俺のような魔術のスペシャリストがいるとは思えない。
悩む俺は、ある事をふと思い出した。
なぜリリィが、A-Kたるリリィが一枚の符術であっさり吹き飛ばされたのか……
もしかしたら……これは仮説に過ぎないが、三つの術に力の流れ、属性があるのか?
もしそうなら、D・Bに与えた神聖魔力(以後〈天の属性〉と呼ぼうと思う)は、おかしな話しだが、符術(以後〈人の属性〉だな)に弱いのではないだろうか。
だとすれば、D・Bを符術で破壊できる……か?
やってみる価値はある。
先ほどの正門近くまできたとき、足早に俺の前を通り過ぎた弥生の侍女をつかまえ、場所を聞き出した。
弥生の事を気にかけていないのが気に入らないのか、あまり良い顔はされなかったが、とにかく、聞きだした西の塔へ行ってみる事にした。


《5》

塔にある研究室、資料室、実験室に至るまで誰一人いなかった。
そうだ、よくよく考えてみれば、ここの奴らも弥生の昏睡の原因解明のためにかり出されているのだろう。
部屋の番人さえいない。
他人の協力を得るのは無理、か……
いや、ならば勝手に物色するのみだ。
門外不出の魔導書があれば……いや、あっても符術だろう。
符術理論を一から覚える時間は無い。
理論を無視して作れば、たった一度だけしかもたないものか、大量の精神力を消費する物になるか、だ……
……とにかく、全ての部屋を回って実験するのみだ。
多分、全ての資料をひっくり返し、術を作る機会はたったの一度だけ。
……急ぐか……
資料室に駆け上がり、本という本を全て見回した。
やはりあるのは符術に関する物ばかり。
人の内的パワーを放出する方法、その効率的な使用法、聖霊紙の作り方。
……どうしようもないな……
唸り、壁を殴りつけたとき、ある事が頭に浮かんだ。
「弥生……いや、飛鳥は上手く術と剣の融合を果たしていたな……」
飛鳥の呪符連剣……防具に応用すれば……
思った次の瞬間、ある本が目に飛び込んできた。
〈呪符の応用-防具篇-〉
取ってつけたように見つけたその本を取り、中を見た。
その本は始めの方にだけ文字が書かれており、途中で止まっていた。
そして、それに記された字は何処かで見たようなものであった。
「これは……弥生……
弥生の字だ!」
ひどく懐かしい、優しい字だった。
「知らなかったな……
弥生も符術が使えたのか……」
本の内容は、薄手の服……特にドレスなどの防御力を上げる方法が書かれていた。
弥生の導きか……
「ありがとう……
弥生……」
A-Kスーツの魔法障壁同士がぶつかれば互いに中和しあい、障壁の意味をなさなくなる。
しかし、属性の法則からいけば、天の属性を持つスーツの魔法障壁より人の属性を持つ呪符の魔法障壁の方が強力だ。
この本の技術、ディックの攻撃を防ぐ手となる。
「弥生、ありがとう……」
再び声に出し、護りきれなかった彼女に礼を言った。
この技術はごく簡単な物で、服の裏に呪符を縫いつけるだけであった。
すぐにできるな……
俺はこの部屋にある〈鎧甲符〉をかき集め、作業を終わらせた。
そして、すぐに術の開発にとりかかった。
この短時間に作れる術は一つ。
そしてこの場で思いついた術は二つ。
どちらかを選択せねばならなかった。
一つは〈ディックの技を半減させる〉術。
一つは〈D・Bを破壊する〉術。
これらの二つである。
二つを作り上げる時間があれば、D・Bを破壊した後に技を半減させて持久戦に持ち込む。奴が隙を見せたところで吸精拳を叩き込み、ミイラ化させて精放符で封印してしまう。この方法が使えたのだが、どちらか一つとなれば状況が変わってくる。
前者を作れば、D・Bでかき消される毎にかけなおす必要がある。
しかし後者であれば、理論無視の呪符を作るためにチャンスは一度、しかも破壊できても片手だけだろう……
……俺は迷うまでもなかった。
「たった一度のチャンスに賭ける。」
別に俺がギャンブル好きな訳ではない。
俺に扱える武器が少ないこの国において、馬鹿どもが持ってくる武器は有効利用できる物ばかりだ。
危険は大きいが、奴だけがA-Kじゃない。
だからといって、奴を見逃す訳にも行かない。
弥生の為にもA-Kは皆殺しだ。
『お前も含めてな……』
「?」
声が聞こえた気がしたが、今はそれどころではない。
D・Bを一つだけ手にいれ、奴を殺す。
一つの決意とともに、初めての呪符の作成にとりかかった。


《6》

夕刻・・・・
龍国闘技場・・・・
俺はA-Kスーツ改と、文字どおりの切り札、オリジナル呪符〈壊〉を手に、ディックの前に立っていた。
「英雄君も亡きパートナーの為となれば弱いねぇ~!」
開口一番、奴の口から出た言葉は俺を挑発するものだった。
「何とでも言え……
俺も貴様らA-Kを許すつもりはない。」
睨み合うこと暫し……
「抜けよ……光輝剣……」
言った次の瞬間、ディックの右手に握られたデストロイヤー・ビースト=D・Bが、俺の腹部に深々と突き刺さっていた。
くの字に身体を曲げた俺に、奴はそのまま顎めがけて右を突き上げた。
しかし、そのまま奴の連撃を喰らってやるほどお人好しではない。
上体を反らす事により二撃目を回避、後ろを振り向かずに後退した。
「テメェ…
俺を馬鹿にしているのか?
光輝剣を出せ!
光輝剣を振るうテメェを倒してこそオフクロの魂は癒される!
出し惜しみしてんじゃねぇ!」
奴は俺が光輝剣を失っている事に気付いていない。
黙って奴の出方を伺おう。
そうすれば奴の復讐の原因が分かるかも知れない。
そのうえでこのまま奴を挑発し、隙を大きくするよう仕向けるのが得策……
「……馬鹿にしやがってぇ……」
そう、ここまでは予想通りだったが、奴が言い出したのは復讐の事ではなかった。
「テメェがそういうつもりなら……
〈また〉女に死んでもらう!」
……また?
「またとはどういう事だ!」
まさか、あの船上でのA-K-Lを指揮していたのは……
「ディック!」
怒鳴り、奴を睨みつける。
身体が自分の物ではないようだ。
怒りに支配されようとしている。
俺の策にはめようとしたが、俺が奴の挑発に乗っては仕方がない。
落ち着け!
落ち着け!
落ち着け!
落ち着け!
「光輝剣で戦えば教えてやるゼ……」
俺は……馬鹿だ!
かまえるディックに、俺は剣を振り下ろすように構え、突っ込んだ!
もちろん、光輝剣を持っているわけもない。
俺が手に握っていたのは……呪符”壊”!
たった一度のチャンスを怒りまかせに振り下ろした!
奴は光輝剣が振り下ろされると思ったらしい。
左腕を突き出し、俺の攻撃を防ごうとした。
奴の判断ミスが俺の判断ミスをうわまった!
俺の呪符は奴の左手に握られたD・Bを閃光とともに打ち砕いた。
「なっっ……キサマァ!」
これで何度目だろう………ディックの右手が俺の腹部に激しい一撃を浴びせた。
「ぐはっ……」
マテリアルが怒りのために上手くコントロールできない……
奴は怒りで強制的にマテリアルをコントロールする。
しかし、俺はそう言う使い方をした事がない。
奴の方が有利だ……
俺が身体を曲げるより早く、下から俺の顎を打ち抜いていた。
まずい……
奴に勝てない?
空中に身体が浮き、次の瞬間には硬い地面に叩きつけられていた。
……奴が何かを言っている……
意識を失いそうだ……
こんな感覚初めてだ……
「テメェ………本当にウィルザーか?」
なんだと!
一気に意識が覚醒する。
しかし、声が出ない……
くそ……
まずいな……
「確かに、術で術を無効化するD・Bを破壊する技術……
ウィルザーの物だ……」
くっ……
動けない……
「だが、弱すぎる!
光輝剣を使わなからか?
ならば、光輝剣を持たなければウィルザーはただの魔導士という事か……」
呆然と立ち尽くし、ディックは一言一言自分の言動を考える……
……どうにか動けるか?
く……
俺はどうにか立ち上がり、ディックと対侍する……
しかし、膝が笑いそのまま地に膝をついてしまう。
「くそっ!
こんな弱い奴に今まで振り回されていたのか……
こんな弱い奴にオフクロが殺されたのか……」
オフクロ?
殺された?
俺に?
……俺は……そんな覚えがない……
「……畜生!」
奴は残された右のD・Bを俺に突き出し、その先端から飛び出した三つの爪を頬に押し当ててくる。
「もう、どうでもいい……
テメェは俺の実力で倒した……
女に現をぬかし、腑抜けた野郎をいつの間にか超えていただけだ!
そうさ……
栄光なんて、長続きするモノじゃないのさ!」
まずい……
奴の最後の一撃だ……
……死ぬのか?
……ふ……
弥生がいないこの世界に、いつまでも留まっていても仕方無いか……
そうさ……
この国を護るだなどといっても、所詮A-Kを倒すための都合の良い言い訳にしか過ぎない。
ほとほと自分の弱さに嫌気がさす……
そう、俺が自分に自身を失い、ただ奴の一撃を待つ身となったとき、影が飛来した!
その影にただならぬものを感じたのだろう。
ディックは後ろに飛び退き、天を仰いだ。
「なんだ?あの野郎は!」
俺も天を見やり、影の正体を見極めようとした。
夕日を一身に浴び、紅に染まった翼をはためかせた……天使!
次の瞬間、天使は何かを落とし、いずこかへと飛び去った。
何かは、真っ直ぐ俺に向かって落ちてくる。
あれは……
そう、俺は何が落ちてくるのかがわかった。
「光輝剣!」
叫んだ刹那、それは音もなく目の前の地面へと突き刺さった。
なぜ、ここにこれがあるのかと言う事を考える暇もなく、剣を握ると反射的にたちあがった。
そして、俺は怒声とともに剣に魔力を送り込み、奴の左肩に打ち込んだ。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
龍国に現れ、初めて聞かせるディックの悲鳴!
このまま縦に……
二つに斬り裂いてやる!
更に力を込め、左肩から腹部まで光の刃がめり込む。
斬り口は綺麗な物だが、光の力で傷口が焼かれ再生を妨げている。
「畜生!」
ディックは俺の急な反撃に驚き、ただ手を振り回した。
いつもの俺ならかわせたのだろうが、俺は回避する力もなく、それを甘んじてうけた。
後ろの壁の近くまで弾き飛ばされた俺は、奴の次の攻撃こそ俺の最後かと覚悟をした。
しかし、パニックを起こした奴は、俺が与えた”呪足飛翔”と言うブーツの魔力を用い、飛び去った。
「……勝った気がしないな……」
辛勝で合った今回の戦いで、俺の弱点のような物が露呈した。
光輝剣を持たない俺がどんなに弱い事か……
「……奴が再生して現れる前に、力をつけなければ……」
俺は、天才と呼ばれ……増長していたのだな……
「力をつけなければ……」
そのまま俺は気を失った。


《7》

くそっ!
このディック=フェエニキシオがあんな野郎に一撃を喰らうとは……
……ふん!
腐ってもA-Kの総司令か……
畜生!
〈呪足飛翔〉の力が出ない!
落ちる……………………
ぐはっ!
全身が地面に叩きつけられたか!
……畜生!
畜生!
畜生!
畜生!
動けねぇ!
今、あのクソ野郎に見つかったら……
間違いなくマテリアルが砕かれるか!
ふん……
まぁ、いいさ!
「ひゃははははははははははははっ!」
ざまぁねぇぜ!
オフクロを実験台にしてマテリアルを完成させたあの野郎!
大事な人が殺された気分はどうだよ!
目の前で殺された気分は!
城内……
しかも、あの野郎達が婚約の儀式を上げている時に、俺自ら女を殺してやった……
純白のドレスが真っ赤に染まるあの瞬間!
復讐は充分に果たしたか?
くく……
言ってやりたかったゼ!
あの女を殺す命令を出した男の名を!
そうさ、これを言ったとき、光になって消えたオフクロの復讐が完成する……
悲しめ!
苦しめ!
自分を責めろ!
それから殺してやるゼ!
………天使?
天使が現れやがった。
俺の横に立ってやがる……
ふん!
俺のこの無様な姿を覗き込みやがって……
A-Kの低ランクの野郎だな……
俺の再生が終わったら殺すゼ!
『そんな事はさせない……
それどころか、する事など無理ね……』
なんだと?
テメェ!
俺を誰だと思ってやがる!
『くすっ!』
何がおかしい!
『クズに教える名など無いわ……
でも、死に行く者に教えてあげるのがヒロイックサーガの常……』
なんだ?
この女?
ただの英雄オタクか?
違う!
こいつが持っているのは龍槍!
『ウィルザーが必要とした者!
ウィルニーヌ!』
なにっ!
クソ!A-Kの中に他の裏切り者が!
『違うな!』
「ぐはぁっ!」
マ、マテリアルが砕かれた……
畜生!
結局、俺はウィルザーの掌で踊っていただけか……
母子共々……大馬鹿……野郎……だ……
『やっと死んだわ……
いや、生き返ったか、って言った方がいいかもね!
おひさしふりね!カマエル君!
正義を前に破壊をもたらしてね……』

《栄光のゆくえ 完》

 

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2009年09月01日

【ANGELUS】第二話『全ての基盤となりしこと』

闇……
深淵の闇……
その闇の中に、あたし〈東 飛鳥〉は何をするわけでもなく漂っていた。
『死んだのかな……あたし……』
声に出して言ったつもりが、闇の世界はそれを許してくれなかった。
それどころか、どこをどう見回してもあたしの姿が見えなかった。
やっぱり死んだんだ…
『死んだら生まれ変わるなんてやっぱり嘘だったんだ…』
やっぱり声が出ていない…
あたしは昔から生まれ変わりなんて信じていなかった。
死んだら今までの経験が失われ自分という存在がなくなると言う事だ。
その先もし生まれ変わったとしても、それは自分ではなく全くの別人という事だ。
そんな気持ちの悪い事実ではなく、この闇が死後の世界であったことにあたしは何故かほっとしていた。
『貴女はおもしろい方だ…』
心の中に直接話しかけられているようだ。
誰だろう…
死後の世界って事は死神かな…
『えぇ、死神の総司令をさせてもらっています。』
やっぱり…
『部下から貴女の報告を受けた時はとても驚きました。
まさか、貴女の様な人が存在していたなんて。』
『へぇ、死神の総元締めでも知らない事があるんだ。』
つい、そんな事を思ってしまうと、すぐに答が返ってきた。
『まぁ、私も万能では無いですからね。
最近、妻に死なれてしまいましたよ…』
矛盾に気付きながらもつい、反射的に「ごめんなさい」と謝ってしまった。
そう、死の神が何故妻の死を操れなかったのか。
いや、その前に死神に奥さんがいると言う事自体驚きだが
『天才だの死神だのもてはやされても、人の身ではどうしようも無いですからね。』
人の身……
じゃあ、ここはどこなの?
『少なくとも、死後の世界ではありませんよ。』
でも、あたしの姿が見えない。
『それは、自分の事を死んでしまったと思っているからですよ。
そうですね…
昨日の今ごろの時間、自分が何をしていたのかを考えてみたらどうですか?』
昨日の今ごろ…
水浴びをしていたような…
思った刹那、あたしの目には自分の同年代の女と比べてやや小振りの谷間と、一糸まとわぬ自分の姿が映った。
『な、なんでよぉぉぉぉぉぉっ!』
あたしの悲鳴と辺りの闇に浮かんだままうろたえる姿を一通り見てたためか、少し間を置いて話しかけてきた。
『だめですよ。そんな事考えちゃぁ…』
何なのよ!こいつは!あたしにいったい何がしたいの?
『なに…少し見てもらいたい事があるだけですよ…』

****************************************
Angel-Knights

神歴0974 全ての基盤となりしこと

****************************************


《1》

どこの風景だろう…
底が見えるほど綺麗で透き通った水が水面を静かにたたえる湖。
辺りを囲む木々は深緑に染まり輝いていた。
あたしは窓枠に肘を着き、閉じられた窓の外を眺めていた。
「桃華様!
桃華様!
と・う・か・さ・ま!」
三度呼ばれて初めてあたしは振り返る。
……え?
「まぁ、ごめんなさいね。少し考えごとをしていたものだから…」
……えぇ?
「例え零落したとはいえ紛れもなく王家正当の血を持つ姫なんですからね!
しっかりしてくださいよ!」
気が付くと、あたしは桃華と呼ばれた女性の中にいた。
「わかっているわよ……」
そっけなく答えると再び振り返り、目の前に先ほどの風景が映し出された。
「〈あの3人組〉ですね!
どうせ遊びの種にされているだけなんですよ!
分からないんですか?」
3人組?いったい誰?
「でもねぇ…
みんないいひとよ。
ラストラ様も、
武龍(タケル)様も、
武蔵(ムサシ)様も…」
一人一人の顔を思い出すように指折り数える桃華。
しかし、彼らをよく思っていない…
彼女の侍女なのだろうか?
彼女の数えた指を両手で握り、3の数を0にすると顔を突き出し、唾が飛び散らんと言うほどにわめきたてる。
「桃華様!
いい加減にしてください!
彼らが例え次代の王、王位継承権を持つ方々でも、王家で最も身分が低く、ほとんどの 人の記憶にとどめられていない家の姫など…
相手にしてくれるはず無いじゃないですか!」
それって…
すでに自分で自分の仕える家を卑下しているんじゃあ…
「だめよ香奈!
そんな事言っちゃぁ…」
どうやら、侍女の名は香奈と言うらしい。
香奈の眉間にしわを寄せて怒る姿とは裏腹に、桃華は満面の笑みを浮かべてそれをたしなめた。
すると、それを見たためなのか、香奈は後ろを振り返り言う。
「ずるいです!
桃華様の微笑みは殺人者でも改心させる効果があるんですからね!」
桃華が香奈を後ろからのぞき込むと、彼女の頬が赤く染まっているのが分かった。
女性に対してこの威力、桃華の顔が見てみたいものだ。
すると、おもむろに自分の顔が映った手鏡を取り出し…
あれ?あたしの顔が映ってる…
でも、こんなに丸い表情ができた覚えが無いけど…
おかしい。あたしは今、桃華の身体に入ってるんじゃあなかったのか?
なのに、また同じ顔なんて…
弥生さんはあたし達の事を〈双子〉と言っていた。
三つ子の間違いだったのか?
疑問に疑問を重ねているあたしを残し、身体の方は別な行動をとっていた。
「ねぇ、香奈。
今日は何日だったかしら?」
桃華は日時を香奈に尋ねたのだ。
しかし、香奈は簡単には教えてくれず、先に説教を始めたのだ。
「桃華様!
そのくらいは自分で調べてください!
どうして貴女は何でも人に頼ろうとするんですか!
私は貴女の教育係兼、護衛剣士兼、護衛符呪師兼、友人として警告しておきます!
そんな自主性の無い生活を送っていると本当にお人形の様になってしまいますよ!」
この人、桃華とあまり歳が違わないようなのに…
ずいぶん苦労してるのね…
「もぅ!香奈の意地悪!」
言うと桃華は頬を膨らませ、カレンダーを見つめた。
「神暦0974年12月24日…
じゃぁ、みんなは龍国に着いた頃かしら…」
桃華の後の言葉が耳に入らなかった。
神歴0974年…
あたしがいた時間は神暦0999年…
25年前!
じゃあ…
まさか…
あたしの母親?
思った刹那、世界が歪み、視点の中心から闇が訪れあたしを覆い尽くした!


《2》

『おかえり、飛鳥…』
再び漆黒の闇に漂っているあたしが耳にした、正確には頭の中に響いた声に、思わずある人物の名を呼んでいた。
『ウィルザー!』
しかし、そこには誰もおらず、ただ沈黙があった。
その、少しの沈黙のうちに声の主がウィルザーではない事に気付く。
『…死神?』
言うとすぐさま返事が返ってくる。
『えぇ、死神です。』
闇の中において、一条のまばゆき閃光とともに彼は現れた。
閃光は闇を突き抜けたかと思うと彼の身体に集束、形を成しはじめる。
翼、天使の翼が12枚。
死神と言えど、闇の中において彼の姿は神を名乗るにふさわしい荘厳な姿に思えた。
そして、その12の翼が一斉に開かれ、輝きがおさまりだしたそのなかに見知った人物がいた。
銀糸で呪が編み込まれた白いスーツ、右手には見た事のある魔力剣。
顔は…
ウィルザーだった。
ただし、長髪で無造作に垂らされた黄金色に輝く髪は腰まで届いていたが…
あたしが口を開くより早く、彼が話しだした。
『お気に召しませんか?
一応、貴女が心に思った人の姿をとったのですが…』
もちろん、あたしは彼に心を覗かれまいと強がって見せた。
『下手くそ!
彼は金髪でもなければ長髪でもないわ!』
彼は「それは失礼」と言うと、その姿のままゴーグルの様な形をした色眼鏡をつけ、椅子に座っているような格好で闇の中に静止した。
沈黙…
暗黒のなかでひときわ光輝く翼を持つ彼。
しかし、彼がここに存在しないのではないかと思えるほど重くのしかかる沈黙。
全き虚ろと同化しているかのようだ。
あたしはこの沈黙に耐えられず、たまらず彼に疑問をぶつけた。
『あれは誰?』
彼はその問を待っていたかのように淡々と語りだした。
『貴女の母親であると同時に全ての災いの母でもある。』
『災い?それって…』
どういう…


《3》

また別な風景が広がっている。
彼から答を聞かぬまま、また別な世界…いや、時代に放り出されたようだ。
見渡す限りの海。
見事な水平線がそこに存在り、あたし達がそこにいた。
……達?
『死神!』
そう、そこにはウィルザーの姿をした死神もいた。
『ルシェールと言う名があります。
死神、死神言わないでください。』
わざわざゴーグルを外してまで困った表情を見せるルシェール。
それが作られた物なのか、本当にそう思っているのか…
あたしは後者だと思いたいのだが…
しかし、〈ルシェール〉とは女性のような名前…
当然、この世界で思った事は彼に筒抜けになっており、返事が返ってきた。
『女性らしいですか…
では、〈ルー〉と呼んでくれてけっこうですよ。
でも、そんな事を考えるようでは、貴女も女性を一段低い者と考えている証拠ではない ですか?』
ショックだった。
彼の言う通りなのかも知れない。
しかし、あたしはつい感情的になり、彼に怒鳴りかかろうとした。
すると、彼が再びゴーグルをつけた刹那、周囲が暗転し、あたしもいつの間にか大量に並ぶ椅子の一つに座っていた。
そして隣にはルーが現れる。
暗闇と静寂のなか突然鳴り出したベルとともに、目の前の暗闇が四角い光とともに開いていった。
そこには〈舞台〉があり、五体の人形が立っていた。
『なんなのよこれ!』
思わず席を立ち上がり、ルーに怒鳴りかかる。
『劇場では静かにするものですよ。』
『劇場って…』
彼にたしなめられ、ひとまずあたしは席に着いた。
しかし彼の意図がわからず、あたしは混乱するばかりだった。
『始まりです。』
言われて視線を舞台に移すと、人形だと思っていた者達が生きているかのごとく動きだした。
しかしその表情は堅く、文字どおり能面のような顔をしていた。
その中に、桃華と香奈がいた。
「桃華様、龍国とはどういう事です。
彼らは何故に龍国などに行ったのです。」
舞台の中心にでた香奈は、ケレン味たっぷりの振る舞いで、あたし達に向かってそう言った。
すると、今度は桃華が中心にでてくる。
「彼らは、私のために龍国の遺跡より宝物を取ってきてくれると言うのです。
最も高価な物を持ってきた順に私に求婚するつもりなのです。
私は彼らの無事を願う事しかできないのです。」
桃華も同様に大袈裟な振りであたし達に向かい、この劇場全てに響かんばかりの声で言った。
劇場…
そう、彼女達は劇を演じていた。
『タイトルは〈天使の誕生〉…
と言ったところですか。』
ルーは混乱するあたしに、静かに教えてくれた。
天使の誕生…
天使…
Angel!
まさかこれが事実なら……A-Kの事がわかる!
でも何故、彼が…
『大袈裟な事を考えないでください。』
彼の返事がいきなり返ってきて身体を震わせるほど驚いてしまう。
あたしに学習能力が無いと思われてしまうかもしれないが、あたしがすぐ疑問に疑問を重ねてしまう性分はどうしようもない。
『昔話しと思って観ていてください。』
あたしに自己嫌悪に陥らせる間も与えず、劇に集中しろと暗に促された。
舞台の上はいつの間にか船に乗る三人の王子の場面になっていた。
「恨み言は無しだ!
我々の誰か、国は違えど桃華姫を幸せにするために!」
龍国風の鎧を装備した双子の王子の片方が歩みでてきた。
『あれが龍王、龍神 武龍様です。』
あれが、あたしの父…
でも、双子…
何故、双子なのに両方生きているの?
あたしと弥生さんの時は……あたしが殺されるかもしれなかったのに……
「そうだ、我々の親を納得させるためにも、我々が姫への愛を示すためにも!
いざ、前史民族の遺跡〈万魔殿〉へ!」
赤毛の王子が今度は前にでる。
もしや、あれはウィルザーの…
『そう、ウィルザーの父にしてウェンデル国国王。
ラストラ=グランバードだ。』
ここで舞台が暗くなり、ナレーションが入る。
「桃華姫の愛を得んがため、海を渡った三人の王子。
龍国第一王位継承者 龍神 武蔵、
龍国第二王位継承者 龍神 武龍、
ウェンデル第一王位継承者 ラストラ=グランバード。
恋は盲目と申しますが、この時の彼らは万魔殿の本質を知らなかった。
同時に、それがこの後再来する千年目の悪夢の引き金となる事と同義である事も…」
万魔殿?
千年目の悪夢?
いったい何の事なの?
ルーが教えてくれる事が当たり前であるように、今度は意図的に疑問をルーにぶつけた。しかし、ルーは何も返事をしてこなかった。
このまま劇が進み、終わったときに全ての謎が解かれる事を望み、あたしは静かに劇を観ていることにした。
けど…
やっぱり納得いかない。
納得いかない!
納得いかない!
納得いかない!
納得いかない!
納得いかない!
いつの間にか、あたしはルーにそれだけを言い続けていた。
『わかりました。
私の負けですよ…
各国の王一人に伝えられてきた伝説があります。
〈約束された千年の封印の後、全ての裁定者が現れる〉
というものがあります。
それが、千年目の悪夢です。
そして、彼が封印されているのが万魔殿です。』
裁定者…
裁く者?
何を裁くの?
『ヒトですよ…』
それだけ言うと、再び劇が始まった。
まるで、あたし達が話し終わるのを待っていたかのように。
「ここが万魔殿。
大地に埋もれた黄金の城!
さあ、行こう!桃華姫の心を射止めんが為に!」
舞台の中心に出た武龍はケレン味たっぷりに演じる。
「こうして三人の王子は意気揚々と万魔殿に入って行ったのでした。
しかし、彼らはそこでとんでもない物を見てしまったのです。」
急に背景が変わり、黄金色に輝く壁が現れた。
床は朱塗りの絨毯が敷き詰められていた。
「どういう事だ、この惨状は!」
武蔵の初めての台詞である。
「この城は戦場となったのか!
なんと惨いことよ!」
武蔵の台詞とともに、彼らの足元にかつて人であったモノが現れた。
「よく見ろ!彼らには翼が生えている。
どうやら前史民族は背に翼を生やしていたようだ。
まるで天使のように。」
ラストラが前に出て台詞を言うと、武蔵の時と同じく死体の背に翼が生えた。
これは…
事実なの?
また、ルーは答えないのか…
『信じるか信じないかは貴女の自由です。』
あたしには…………まだわからなかった。
それよりも……
この後の展開、それが気になった。
「丁度道が三つある。
一つの道に一人、三方に別れて宝物を探そう。」
最後に武龍が二人に宝物探しを促す。
この状況でずいぶん冷静な事を言うものだ。
それだけ彼女、桃華姫を彼らに渡したくないと言う事か。
ここでナレーションが入る。
「宝物を探すため三方向に別れる三王子。
その先で、武蔵は黄金に多種の宝石がちりばめられた王冠を、
ラストラは三つの宝玉を見つけた。
しかし、武龍は何も見つける事ができなかった。」
なぜ?
どうして父が何も見つけられなかったの?
これじゃあ、あたしと弥生さんが生まれないじゃない!
新しく疑問をつなげる暇を与えられず、再びナレーションが入った。
「万魔殿を出て桃華姫の元に帰った三王子は、武蔵、ラストラ、武龍の順に求婚する事と なった。」
場面変わって林檎の木の下、寄り添う武蔵と桃華の姿が現れる。
そしてナレーションが入る。
「武蔵王子の求婚を受け入れた桃華姫は、その後とても幸せな人生を送ったそうです。」
寄り添う二人のシルエットを残し、幕は静かにおりていった。
『どういう事?
これがあなたの見せたい事だったの?』
あたしはルーに問いただそうと詰めよった。
『貴女にここで知ってほしかったのは〈悪夢の伝説〉と、彼らの〈軽率な求婚劇〉です。
それが…
これから起こる事の基盤となっていると言う事です。』
これから起こる事?
それは何?
尋ねたと全く同時にもう一つの光が現れる。
そう、ルーが現れたときと全く同じ。
黄金色に輝く翼をはためかせ、白のスーツにゴーグルをつけた金髪の女性が現れた。
あたしはなんだか鏡を見ているような錯覚に襲われた。
ゴーグルのせいで顔の半分が隠され、どんな女性なのかを確認する事ができないはずなのだが……
多分、体型が似ているせいかもしれないな。
そう自己完結させると、ルーと彼女が内緒話しをしている仕草を見せる。
二人を見つめるあたしに気付いたのか、ルーが紹介すると言ってきた。
『娘のフィニーです。
他にも妹が六人いるのですが、機会があったら紹介しますよ。』
フィニーはあたしに軽く会釈をすると、ルーの後ろに下がった。
そんな彼女を見て、あたしはつい悪態をついてしまった。
『ずいぶん無愛想で失礼な娘ね。
人に挨拶をするときには顔の物を取るものよ…
あぁ、親の教育が悪いのね。
自分の本当の姿もさらさずに、勝手な事を押しつけて来るんだから…』
いつのまにか両腕を組み、あたしは〈うんうん〉うなずいていた。
『これは手厳しい…
しかし、勝手ついでで悪いのですが、急用ができました。
部下が反乱を起こしましてね。
まぁ、もともと斬る予定だった男が自分から斬られる口実を作ってくれるとはね…』
切る?
クビにするということか?
でもそれにしてはとても楽しそうな…
そう、部下を切り捨てる事に喜びを感じているような雰囲気だ。
『えぇ、そうです。
とても嬉しいですよ。
これが自分でできたらもっと嬉しいのですが…』
少しの沈黙の後にルーは娘のフィニーに尋ねかけた。
『今、残っているのはだれだ?』
その問にフィニーは間を置かずに答える。
『フォースとベルが残っています。』
『よし、ならば二人にアレク暗殺を命ずる。
〈あの日〉に間に合うのであれば方法は任せる。』
『わかりました。そう伝えます。』
フィニーは言うとそのまま闇に飲み込まれていった。
この二人のやりとりを見ていると、何だか父娘と言うよりは上司と部下の様に思えた。
『えぇ、一応仕事中ですからね。
まぁ、プライベートは違いますが……』
ルーはそのまま闇に消えようとしていた。
『ち、ちょっと!』
今度はあたしをどこに放り出すのか、それが心配になってつい声をかけた。
『また、夢の中でお会いしましょう。』
ルー!
「ルシェール!」
気がつくと、炎と屍の戦場に座り込んでいた。


《4》

寝ぼけてたのかな?
ルシェールって…誰だ?
たしか…
そうだ!あたしは生きているのか?
A-Kのリリィとか言う女の撃った弾丸があたしを狙っていたはずじゃぁ……
垂れた頭を起こしてみると、そこにはウィルザーの大だんびらが盾となってあたしを守ってくれていた。
「なんでぇ?
なぁぁぁぁぁんで砕けないのよ!
どう見たって物理剣じゃなぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃっ!」
地団太を踏みながらも、正確に大だんびらの刀身に当ててくる。
このあたりがA-Kと言ったところか……
「司令!
あンた、私達の敵にまわるからって不良品渡したわね!」
わめくリリィのさらに奥でマックスを殴り続けるウィルザーが………って、どうやらあたしを守るために大だんびらを投げつけたようだ。
助かったのはありがたいが、これではウィルザーが戦力的に不利なのでは?
「馬鹿言うな!
俺は作ると言ったからには最高の物を作る!
お前が対人散弾で鉄の塊を撃っているのが悪い!」
しかも、敵にアドバイスまでしている……
「吸精拳!」
ウィルザーが叫ぶと同時に左の掌打をマックスの胸部にそっと当てた。
青白い、生命の光が辺りに輝く。
吸精拳…
西方の幻の拳技、白虎流舞術の奥義と言う噂だが…
ウィルザーが体術に精通しているとは思わなかった。
掌打を打たれた者の生体エネルギーが拳者を通して体外に放出させる技らしく、マックスの身体がみるみる干涸らびていった。
「すごい…」
あたしは思わず感嘆の声をあげ、動きが止まってしまった。
「今度こそ…バァィ♪バァァァァァァァイ♪」
リリィはいつの間に弾丸を込め直したのか、あたしの目前に聳える大だんびらめがけて撃ち放たれた!
青白い光を激しくまき散らし、一直線に大だんびらの刀身にめり込んでいく。
このテの剣は刀身の腹を叩かれると以外に弱いモノ…
この剣、耐えられるのか?
次の瞬間、弾丸の光がしだいにおさまり、刀身のなかで止まった…
違う!
止まってなんかいない!
大だんびらの刀身に亀裂が入り、粉々に砕けた!
それだけでは止まらない、光と回転のおさまらない弾丸はあたしの右肩を貫いた!
「ぐっ…」
初めてうける激痛。
全身の毛穴が開き、滴となって流れ出す冷たい汗。
肩の傷から流れる血は少しずつあたしの短衣を赤く染めていった。
右肩を押さえ、歯を食い縛り、恐慌状態に陥りそうになる自分を制した。
「弾丸は貫通した。出血は少ない。」
口に出して自分の傷の程度を見きわめる。
しかしその息は荒く、戦えそうにもない。
でも、たった一人のA-Kに勝てないようではこの先やっていけない。
道具袋から取り出した呪符-再生符=傷を治すための呪符-を朱に染まった服の上から無造作に叩きつけた。
叩きつけた痛みを感じる間もあらばこそ、肩の激痛は清流に流した雪のように拡散、消失していった。
「いける!」
吼えて立ち上がったその時、額に硬く、冷たい物を押しつけられた。
「動きが遅いよ、お・ひ・め・さ・まぁっ!」
しまった!
そう、考えてみれば殺しあいとしての実戦は初めてだった。
山中でのウィルザーとの手合わせなんて所詮手合わせでしかない。
彼女は明らかにあたしを殺そうとしている。
ただ、不思議な事に彼女から殺気と言う物は感じられず、子供が玩具を壊すときのような純粋な目をしていた。
しかし、言い替えれば彼女は人を玩具としか見ていない、人殺しを遊びの一つととらえている……そう、言えてしまうのだ。
あたしは……まだ死ねない!
次の瞬間、自分の身体が勝手に動いている……そんな感覚に襲われた。
あたしの左手はリリィが引き金を引くより早く銃を掌で突き上げ、右手は彼女の銃を持つ腕の肘を折り曲げていた。
「えぇ!」
パン!
気付くと彼女の上顎から上全てがなくなっていた。
「あぁ・・・」
動けなかった。
例え過剰な再生能力を持つA-Kでも、人を殺したのだ。
彼女の身体は力無く崩れ、あたしはとっさに胸に抱いた。
返り血を浴びるが、すぐに赤い霧となって霧散する。
あたしは何もできず、ただ立ち尽くしていた。
「……せ!」
後ろからなにか聞こえる。
「……させ!」
悠太郎?
「止めをさせ!」
弾かれたようにあたしは我に返る。
リリィの無くなった頭部を形作ろうと、血が、肉が、蠢いていた。
「ひっ!」
小さく悲鳴をあげたあたしは呪符を取り出し、リリィに叩きつけた。
その呪符の力が解放された刹那、術者本人たるあたしは轟音とともに後ろに吹き飛ばされた。
思わず使ってしまった呪符は〈爆裂符〉だった。
その名の通り、呪符の貼られたところを中心に爆発を起こす物である。
受け身もとれず、地面に叩きつけられたあたしは、胸が詰まって息苦しくようやっと顔を起こして彼女……A-Kリリィがどうなったのかを伺った。
そこには誰もおらず、半球状にえぐられた地面のみが存在った。
「倒した……」
この時のあたしは彼女が逃げたのではないかと言う事すら考えられず、均整に敷き詰められた石畳の地面に大の字になって寝ころんだ。
あたしは疲弊していた。
自分が龍牙衆の骸と並んで寝ている事も気にならないほどに……
「とんでもねぇ女だな!」
近づいて手を差し伸べてくれた愚弟、東 悠太郎は開口一番あたしの逆鱗を突つきまくった。
当然、あたしはこの馬鹿の手を振り払い、固く握られた右の拳が馬鹿の顎を打ち抜いた。
「今までなぁにしてたのよ!」
あまりこの馬鹿を期待していなかったためか、言葉と裏腹に『よし!右腕が完全に動く!』などと考えていた。
だが、まだ体力は完全じゃない。
ふらつきながらも剣を拾って鞘に納め、落ちていた魔導銃を拾い上げた。
このとき、あたしは妙な疑問がわいた。
そう、漠然とした疑問。
なんら具体性がなく、あたしは何も考えられなかった。
「なんだろう…」
疑問を声に出した次の瞬間、奥からあたしを呼ぶ声が聞こえる。
「〈弥生〉!それを貸せ!」
ウィルザーだ。
『あたしは飛鳥だ!』と叫ぼうと口を開きかけたが、思いとどまった。
忘れていたが、ここは龍国首都龍心の都。
炎と骸だらけと言っても誰が聞いているとも限らない。
あたしは自分が仏頂面をしているのに気付きながらも、手にしていた魔導銃を彼に向かって放り投げた。
少し強く投げすぎたか…
銃は彼の頭上を通り過ぎ、マックスが叩きつけられている壁に弾かれた…
いや、銃は妙な軌道をとり、納まるべき所に納まったといわんばかりにウィルザーの右手に滑り込んだ。
銃口をマックスの胸に向けた。
そして、ゆっくりと左手をマックスの胸から離す。
刹那、ウィルザーは銃に残った全ての弾丸を撃ち尽くした。
しかし、それらの弾丸は全てマックスの身体に当たらなかった。
「やはりダメか…」
ウィルザーは再び吸精拳をマックスに打ち込み、手を離さず引きずるようにあたし達の元に来た。
「俺の造ったマテリアルの自己防御を破れなかった。」
マックスの干涸らびた身体、その胸を指さし言った。
そこには淡い光をたたえて輝く水晶球が埋め込まれていた。
今になってやっと思いだした。
マテリアルだ!
あたしはリリィのマテリアルを砕いていない。
あわててリリィを吹き飛ばした辺りを見回した。
そして、最後にすり鉢状にえぐられた穴をのぞき込んだ。
いた…
服はボロボロ、上半身が完全にはだけたちょっと目の置き場に困る姿だったが、あたしの視線は未発達な谷間に釘付けになった。
「マテリアル…」
次の瞬間、赤い霧に包まれ、吹き飛ばした頭部を再生し始めた。
しかし、身体の他の部分と違いその再生はゆっくりとしたものだった。
「どうにかならんのか?」
武蔵がウィルザーに尋ねる。
その問にウィルザーは首を横に振るばかりであった。
父ならどうかと思ったが、吸精拳が彼以外の誰にも使えない以上、どうする事もできなかった。
「ふん……だったら、今倒せばいい。」
言うと、悠太郎はリリィに向かって剣撃を繰り出した!
しかし、頭部が失われているはずのリリィがその一撃を素手で受けとめた。
「なっっ…」
驚いた事に、それだけでは終わらなかった。
受けとめた手で悠太郎の長尺刀を弾いた刹那、頭部の無いリリィの身体は悠太郎の弱点とも言える、懐に飛び込んでいた。
「くそ!」
あわてて飛び退こうとしたが後の祭、たった一発の掌打で悠太郎の意識は飛び、その場に崩れ落ちた。
その掌打が吸精拳でなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
「自己防衛システム…」
首無しリリィに身構えたあたしと武蔵の横でウィルザーが呟いた。
まさかとは思うが…
最悪の事を考えながらあたしはそれはなにかを尋ねた。
案の定、ウィルザーは喜々として語りだした。
「あぁ、実験しないでいきなりメンバーに組み込んだから心配していたが、どうやら成功 らしい。」
もったいつけないでと付け加えると、彼はさらに顔を緩め…
そう、子供が玩具で遊んでいるように破顔して言った。
「そんな事あるまい…と思ってはいたが、もしA-Kの肉体だけ、しかも身体をコントロ ールし、〈脳〉が破壊されたとき無敵のA-Kが無防備になり封じられる可能性がある。それを防ぐためにマテリアルに脳と同じ能力を発揮するプログラムを組み込んでいたんだ。
ただ、意識までは作り上げられないと思っていたから攻撃する者に反撃、仲間がいない 場合は肉体の保護を最優先で帰還するようにした。」
やっぱり…
これもウィルザーの造った物だった。
これではほとんど最強ではないか。
本当にただ人がA-Kに勝てるのか…
唸るあたしを後目に彼はさらに続けた。
「見ていろよ、もうすぐ始まるぞ。」
言ってリリィを指さすとマテリアルが金色の光を発していた。
間を置かずそれは彼女の背後に集束、形を成していた。
そう、それは…
「天使の翼…」
あたしが言葉にすると、ウィルザーが『天使の騎士団たるゆえんだ』と付け加えた。
彼女の翼はいっそう光を増し、羽撃いた。
一度瞬きをするほんの少しの間に彼女は視界から消えていた。
逃げた…
「ちょっと、ウィルザー!逃がしてどうするのよ!」
この事態に、あたしはつい感情的に彼に食ってかかった。
しかし、ウィルザーは満面の笑みでそれを受け流すと、あたし達をも殺しかねない残酷な笑みを浮かべて、『まず、こいつでマテリアルの破壊法を考えよう』と肩を揺らして笑ったのだ。
あたしは、恐怖した。
彼の残酷な笑みにではなく、自分の造った物を説明しているときと今の感情との落差に…
「ウィル……ザー?」
震える声で訊ねるあたしに、彼はどちらでもない、いつもの仏頂面で逆に訊ねられた。
「〈弥生〉、〈精喰符〉を作れるか?」
その問にあたしはハッとした。
そう、符術の中の一つ、〈精喰符〉…
先ほどウィルザーが使った〈吸精拳〉と似たような効果をもつ呪符である。
ただし、呪符に生命力を吸い取られるまでは同じだが、それを放出する事はない。
呪符が満腹になる、つまりキャパシティを超えると燃え尽きてしまうという代物なのだ。
「でもそれじゃあ…」
無尽蔵にエネルギーを放出するマテリアルには無意味なのでは…
それは言わずに口を噤んだ。
そのことは誰よりも彼が知っている事だ。
なにか考えがあるのだろう。
あたしは、たぶんとだけ答えた。
「ならば、応用して〈精放符〉を作れるか?」
〈精放符〉?
そんな物、符術には無いはず…
戸惑うあたしにウィルザーはさらに言った。
「呪符のような小さな器ではマテリアルの力に持ちこたえる事はできない。
しかし、呪符をエネルギーの出口として使えば器はこの世界そのものとなり、マテリア ルと同じく無尽蔵にエネルギーを貯める事ができる。
分かるか?」
あたしはしっかりとうなずいた。
まさか、既存の術をアレンジして全く別な術に仕上げるとは…
「呪符連剣をあみだしたお前らしくもない…」
その言葉に少々ムッとしたが、反論できなかった。
仏頂面になったのを悟られまいと、ウィルザーに背を向け”聖霊紙”を取り出した。
〈聖霊紙〉とは、満月の夜に月光と清水をもって清めた紙の事で、これに文字をかき、精霊の力を封じる事によって完成するのが呪符である。
そして、残された一枚の聖霊紙に祈りを込めながら”精放符”作成を試みた。
ここだけの話、〈精喰符〉を完成させた事があるのは一度だけなのである。
が、〈精放符〉に作成は以外と簡単であった。
〈呪符に力を貯めて置く〉と言う部分が難しかったらしく、ただのエネルギーの通り道として作ったら簡単にできたのだ。
「へぇ…以外だったな…」
言って後ろに振り返り、呪符をウィルザーに渡した。
すると、彼がマックスを掴む手から光が漏れていた。
ウィルザーは〈吸精拳〉の力を持続させたまま普通の会話をしていたのだ。
今更ながらウィルザーのA-K総司令たる実力を思い知った気分であった。
「どうやら…成功らしいな。」
呪符をマックスのマテリアルに直接貼ると、〈吸精拳〉と同じように青白い光がサラサラと流れだした。
同時に、龍牙衆の骸は灰と化し、辺りを包んでいた炎が消えた。
「浄化能力でも付け加えたのか?」
訊ねるウィルザーに、あたしは首を横に振る。
少し間を置き、うなるあたし達の沈黙を破ったのは父、武蔵であった。
「炎が消えたのであれば丁度良い。城に行くぞ。」
それもそうね、と言おうとした刹那、無数の殺気に囲まれた。
そしてなだれ込んだのは龍国正規兵、体術隊の〈龍爪衆〉だった。


《5》

「まさか、お前が娘を連れてこようとは思わなかったぞ。
あぁ…」
「都を出てより東 武蔵と名乗っております。」
「そうか、武蔵だな。礼を言うぞ。」
父と龍王のやりとりを、ただの傍観者としてみていた。
この人があたしの実父……
でも飛鳥とは名乗れないんだ……
そう思うと少し悲しくなってきた。
しかし、それを悟られまいと毅然とした態度で龍王の隣の椅子に座っていた。
「それと…
まさか、A-Kの天才魔導剣士殿が亡命しようとはな。
何か目的あっての事か?」
単刀直入に訊いている。
龍王は遠まきに訊くとか、暗にほのめかすとかしないのか?
それともウィルザー相手に小細工無用と感じたのか…
あたしは〈弥生〉を演じ続けなければならない。
初めて会った実父に悪い気もするが……
いや、生まれたばかりのあたしを殺そうとした男だ。
何もそんな事を考える必要はない。
「まぁ、よい。
つまり、お前は偶然潜入した船がA-Kの攻撃対象で、我が娘を助ける事により…
無事、亡命を果たせたわけだ。」
あからさまにウィルザーに対しての嫌悪の情をぶつける龍王。
はっきり言って、余り誉められた感情ではないな…
ウィルザーは敵対国の王子なのだ、それも仕方の無い事か…
ただ…
前のように感情を爆発させる事がなければいいのだが…
仕方無い。
「お父様!
いくら敵対国の王子とは言え、
あた……いえ、
私の命の恩人に対して無礼ではないですか。」
あたしは静かだけど力強くを心がけ、偽りの父に進言した。
すると、龍王は驚いた様に目を見開いた。
しまった!
弥生はもっと大人しい女なのか?
内心焦りながらも龍王の声を待った。
「大人になったな…
弥生…
フェミニーアの大学に留学させたかいがあったと言うものだ。」
初めて見せる笑顔とともに、うんうんうなずきだした。
あたしはその顔に困惑しながらも微笑んでみせた。
笑顔がひきつってないか心配だったが…
「で?
逃亡した訳を詳しく聞かせてもらおうか?」
いきなり真顔に戻り、ウィルザーを見おろした。
その変貌に多少驚きはしたが、それでなければ〈王などやっていけないか〉と自己完結してウィルザーをみつめた。
「まず…
父、ラストラは狂っている。
俺が創り出したマテリアルで自分が神になろうとしている。
おそらく、マテリアルを埋め込んだ自分に忠実な下僕を増やし、奴らを使って世界の支 配者になろうとたくらんでいるのだろう。
支配して何をしたいのかは分からないが、支配者になろうなどと月並みな事を考える男 の事だ。
内容も月並みだろう。」
そっけなく言うと、肩をすくめておどけてみせた。
初めて見るウィルザーの姿だ。
しかし、龍王の一言で彼は豹変した。
「ラストラに似て嫌な男だ。」
と言う、その一言で…
ウィルザーはゆっくりと右足を浮かせたかと思うと、再びその場を踏みしめた。
ゴゥン…
轟音とともに城が揺れ、石造りの天井からパラパラと小さな石片が落ちてきた。
「これ以上、あの男の事は言うな!」
おそらく彼は、おどけてみせる事で揺れる心のバランスを保っていたのかもしれない…
それを龍王は…
「フン…話しを続けろ!」
これなのだ。
怒り満身、〈憎しみ〉と言う言葉が当てはまるようなものすごい形相に顔を歪め、話しを続けた。
「自分の考えに同調しまいと思う国の排斥を始めるだろう。
この国の様に先刻のA-Kを使ってな…」
そこまで言うと再び龍王が口をはさむ。
「なるほどな…
では、標的はこの国だけとなったわけだ。」
それがどういう意味なのかは分かっていても、皆一様に声を出せないでいた。
「ランロードが先日落ちた。」
これから龍王が続ける話しの内容はさらにあたし達に衝撃を与えた。
「正確には、一晩のうちに城内の人間全てが殺されたらしい。
そしてその朝、つまり昨日の朝だが、一人の男が声明を出したそうだ。
そう…名は〈アレクザード=フォンフォーネル〉」
「くそっ!」
その名を聞いたウィルザーは吐き捨てるように言った。
そう、この男もまたA-Kなのだろう…
「A-K No.Ⅶ 封影のアレク。
A-Kのなかで最も地位と名声に固執する嫌な男だ。」
いつもの仏頂面に戻りはしたが、怒りを無理矢理押し込めようとしているのか、ときどき語調が荒くなる。
「奴に与えた〈封影〉と呼ばれるマントは、その名の通り〈影までをも隠す〉能力を持っ ている。
おそらくその能力を使って城内に忍び込み、飲料水に毒を混ぜたのだろう。」
ゲスな奴!
つい、その言葉を口に出しそうになり、慌てて口を押さえる。
しかし、そんなあたしの素振りに誰も気付く事無く、皆うつむいてしまっていた。
「我らの龍牙衆もすでに敗退、A-Kに勝つ方法はあるのか?」
先ほどまで、威厳と嫌悪と皮肉に満ちていた語調もやや沈み、ウィルザーに訊ねた。
「マテリアルさえ砕ければ倒せる。
ただ、砕く事のできる〈光輝剣〉は紛失してしまったようだからな。」
始めは静かに答えていたウィルザーの語調が最後で激しく荒れる。
無理もない。
〈弥生さん〉の墓標として立ててきたはずが、彼女の遺体とともにA-Kに持ち去られたのだ。
こちらの戦力低下を狙っての事なら光輝剣だけを持ち去ればいい。
なのに何故、弥生さんの遺体が必要だったのか。
情報が少なすぎて疑問の解決に至っていない。
彼女の遺体をどのように使うのか…
あたしには悲劇的結末にならない事を祈る事しかできない。
A-Kのブレーンがここにいる以上、あたしの懸念は現実とならないとは思うのだが。
「光輝剣だと?
唯一天使を傷つける事のできる伝説の剣!
そんな、まさか…」
〈光輝剣〉に対する龍王の驚き様は尋常ではない。
ランロードが落ちた原因を聞いたときでも威厳を失わなかった実父が、明らかに狼狽していた。
「どうした?
俺が文献から再現した模造品だぞ。
本物は千年前にすでに失われているはずだ。」
ウィルザーの言葉に幾分落ち着きを取り戻したもののまだ何かを…
そう、念仏のように呟いていた。
「そうだ、あるわけない…
あるわけないのだ…」
どうやらこの呟きはあたしにしか聞こえていないらしい。
あからさまに怪しい口調。
龍王はなにか知っている。
「うむ、すまん。
昔見た剣に似たものがあったのでな…」
取り繕うように龍王がこたえる。
しかし、それが龍王の墓穴を掘る事になるとは、あたしも思わなかった。
「俺は形状の事は言ってないし、文献にも〈光輝く〉としか書かれていなかった。」
顔をひきつらせる龍王を見て、あたしは本当にこの男の娘なのか疑いたくなった。
いや、養父に育てられたからそうなのかも知れない。
情けない実父を横目で見ているとウィルザーがさらに続けた。
「何を知っている。」
低いが強い、その一言が龍王を再び狼狽させ…
まぁ、一言で言えば、キレた。
「やかましいわ!
これ以上貴様のたわごとにつきあってられるか!
全員下がれ!」
始めの威厳はどこに行ったのか。
あたしは、慌てていたが整然と去り行く兵士達を見ながら、実父への嫌悪が強まるのを感じ、あきれていた。
最後に、ウィルザー、悠太郎、武蔵に順に王の間を去ろうとしたとき、龍王は武蔵を呼び止めた。
「武蔵…
龍牙衆の再編、頼めるか?」
力無く養父に訊ねる実父は情けない限りだった。
対して、養父、東 武蔵は仮面で表情は分からないものの、その声と内容は自信に満ちていた。
「龍牙衆の全てを任せてくれるのであれば、A-Kに勝てる龍牙衆を編成してやろう。」
このとき、あたしは養父に育てられたことにとても感謝した。
すると、感謝の念にひたっているあたしに実父が話しかけてきた。
「弥生よ、母上にまだ会っていなかったな…」
はい、と静かにうなずくと、龍王は人を呼び、会ってきなさいとあたしに促した。
あたしは大人しくそれに従い、母の居所を呼ばれた兵士に訊ねた。
「はっ!龍妃様は弥生様のお部屋におられます。」
あたしは誰に気付かれる事無く安堵していた。
あたしはまだこの城の内部を完全に知っているわけではない。
それどころか、正門から弥生の部屋までと、弥生の部屋から王の間までしか分かっていない。
知っている場所にいてくれて本当に良かった。
あたしは、一瞬、この兵士にいろいろ訊ねようかと口を開きかけたが、極力人との交わりを避けた方がいいと判断し、無言で後についていった。
部屋の前に着くと兵士を帰し、通路に誰もいなくなったのを確認してから部屋の扉を開けた。
兵士の言うとおり、部屋の中にはあたしと同じ顔の、少し化粧が濃いめに見えるが、一人の女性がいた。
あたしは一目で彼女を龍妃と感じ、一言つぶやいた。
「お母さま…」
次の瞬間、彼女はあたしの元に走り来て、そっと抱いてきた。
あたしは少し照れくさいような、悪いような…
どうしていいかも分からないまま、初めて母に抱かれた心地よさに負け、彼女の胸に顔を埋めていた。
こんな姿、他の誰にも見られたくないな…
思った刹那、次の一言にあたしは弾かれたように彼女の身体から離れた。
「ごめんなさいね、飛鳥…」


《6》

「なぜ、そのことを…」
あたしが〈弥生〉ではなく〈飛鳥〉であること、それををすでに知っていた龍妃と向き合っていた。
「やっぱりね…」
しまった!
かまをかけられた!
うかつにも彼女の予想通りの反応をしてしまったあたしは自分を呪った。
「大丈夫よ。誰にも言えないから。」
明らかに敵意の眼差しを向けていたのであろう。
あたしをなだめるように、優しく言ってきた。
少し間を置き、実母である事には変わり無いではないかと思った瞬間、彼女に敵意を向けたあたしは自分を恥じた。
こんなに温かい女性があたしを殺そうとするはずがない。
この想いは彼女の次の言葉で確信と変わった。
「やはり、武蔵殿にあなたを頼んだのは間違いではなかった。」
言って、涙を浮かべながら母はあたしを抱きしめた。
そうか……だからさっき〈誰にも言えない〉と言ったのだ。
「おかあさん…」
つぶやくと、再び彼女の温もりを感じる心地よさに、あたしは泣いていた…

共に落ち着いたあたし達は、今までの事を話しあった。
「皮肉なものね…
龍姫として何不自由無く育てられた弥生が死んでしまい、生まれてはならぬ者として城 を追われた飛鳥が龍姫として入城するなんて…」
悲しみに彩られた母は、テーブルに肘をついて顔を伏せ、その目からは再び光るものが流れようとしていた。
あたしは声を掛ける術を失っていた。
今、初めて会った娘が、19年育ててきた娘の死にたいして何が言えると言うのか。
何が……そうだ!
〈遺髪〉!
「お母様。あたし、ちょっと出てきます。
すぐ戻りますから待っててください。」
言うと、あたしは小走りに部屋を後にした。
まずは正門の方に行き、彼…
ウィルザーを探した。
どうやら、亡命者として待遇されているため、余り良いとは言えない質素な部屋に通されたらしい。
女官達がしている噂を耳にして、どうにか目的の部屋にたどりつく事ができた。
「弥生様、どうなされたのですか?」
兵士二人が扉を挟むように立っている。
表向きには亡命者として扱っているとはいえ、敵国の王子には違いない。
しかも、あのA-Kの総元締め…
無理もないのだろう。
「龍姫様?」
再び訊ねられ、慌てて静かに言った。
「命の恩人に一言礼を言いたいのです。
通してもらえますね。」
威厳とまではいかないものの、あたしに気圧された二人は〈失礼しました〉と、慌てて扉から離れた。
「弥生です。入りますよ。」
あたしは彼の返事を待たずにズカズカと部屋に入った。
「何の用だ…」
いつもの仏頂面で、彼は部屋の真ん中に立っていた。
「ウィルザー、その……さっきはありがと…」
大だんびらを盾にし、あたしへの致命傷を回避してくれた事に対して、ひとまず礼を言った。
すると、彼は一瞬驚いたような表情を見せた。
あたしが礼を言う事がそんなにおかしいのか?
あたしまでも仏頂面になり彼を睨んだ。
「いや、すまない。
礼を言われるどころか、非難されても仕方の無い事を言ってしまったのにな。」
おそらくリリィにアドバイスしてしまった事を言っているのだろう。
まぁ、あの時は非難したい気分になったが、今はそんなつもりはない。
しかし、彼が一瞬驚いた事に、何故か妙な腹立たしさを感じ、気分を落ち着かせる前に口が動いていた。
「悪いと思うなら、弥生さんの遺髪が欲しいんだけど?」
失敗した…
ちゃんと理由を話して言うはずがこんな言い方になるとは…
「お前……どういうつもりだ?」
当然の反応だ。
あたしとウィルザーは相対し、互いに目を見た。
ウィルザーの瞳……なんて澄んでいるのだろう。
変に片意地を張っていた自分が情けない。
ウィルザーの〈弥生〉への想いを前に負け、あたしが目をそらそうとした、その時であった。
「ウィルザー!A-Kが来やがった!」
勢いよく飛び込んできたのは言わずと知れた我が愚弟、東 悠太郎だった。
しかし、登場の仕方に問題がある。
あたしが思わず身体を震わせ馬鹿の方に振り向いたのに対し、ウィルザーは何事もなかったように落ち着きはらった物腰で振り向いた。
「あぁ!てめぇ…」
目敏い…
多分、あたし達が今とは別な感情で見つめ合っていたと思ったのだろう。
それを悟ったあたしは顔が熱くなるのを感じた。
「てめぇ!俺の…」
まずい!
仮面の上からで少々痛そうだが仕方無い。
馬鹿が〈飛鳥〉と呼ぶ前に、あたしの平手打ちが飛んでいた。
「無礼者!
例え亡命者の部屋だからとて、どんな状況でも礼儀はわきまえなさい!」
『それに、あたしはあんたのモノじゃあない!』
最後の言葉を付け加えられなかったのが悔しいが、その場にいた悠太郎、大開きになった扉から覗いていた兵士二人、彼ら三人は明らかに気圧された。
もっとも、ウィルザーはいつもの仏頂面だが…
「で?何用です!」
ウィルザーの瞳から逃げられた事を内心安堵しながら、悠太郎に訊ねた。
「は、え……っと、その、龍王様が先ほどのA-Kに人質にされました。」
突如、兵士の礼を取った愚弟の話した内容はとんでもないものであった。
「お母様は無事ですか?」
慌てて、悠太郎に訊ねる。
実父はともかく、母は何も武装していないし、武器を扱えるとも思えない。
「は、龍妃様は弥生様のお部屋でおやすみとのことだ……です。」
よかった…
安堵のため息をついたと同時に、ウィルザーが悠太郎に訊ねる。
「どんな奴だ?」
そう、今度現れたA-Kの情報が少しでも欲しい。
ウィルザーの部下が襲ってくるのだ。
彼になら対策も立てられよう。
「はっ!先刻我々が戦ったリリィなるA-K……って、何でテメェにまでこんな言葉遣いしなけりゃならんのだ!」
それだけ聞くと、ウィルザーは馬鹿の悪態につきあう事なくあたしに訊ねてきた。
「精放符は何枚つくった?」
時間が無かったため、すぐ使いそうな呪符を数枚ずつしか作成できなかった。
もっとも、精放符は一番始めにつくっておいたので問題はない。
その旨を伝えると彼は、悠太郎から場所を聞き、兵士から剣を一振り借りた。
あたし達三人はその場所に向かった。
そう、先ほどと同じ王の間に…


《7》

「遅かったじゃない!」
王の間に入ると、最悪の状況になっていた。
王座に座った龍王と、その傍らに立ち左手に握られた銃を実父の頭に突きつけるA-Kリリィ。
そして何より目を引いたのはその姿である。
やや、茶色の入った髪は全て後ろにまとめられ、どこかで見たような妙なゴーグル。
戦闘での防御力の期待できそうにもない、彼女の幼い肢体をくっきりと見せるぴったりとした服。いや、服と言うより下着の様な薄いモノを着ている。
もしかしたら、噂のレオタードと言うモノかもしれない。
そして、彼女の華奢な身体に不釣り合いな大きな銃。
いや、銃と言うより大砲と表現するのが適切かもしれない。
炎のような赤に塗られた大砲を右腕で抱えていた。
「あれは…」
ウィルザーのもらした驚き(?)の言葉に、あたしは悪寒を感じた。
まさか…また、ウィルザーの造ったモノでは……
訊ねるまでもなく、彼は顔をほころばせ、喜々として説明を始め……
違う!
「研究室に入ったな…」
苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、敵意の眼差しをリリィに向けた。
「扉の鍵をかけておかない司令が悪い!
それより…」
彼女の顔には半日前のような余裕の笑みがない。
それどころか、純粋に見えた瞳も怒りでくもっている。
ウィルザー同様、彼女の眼もあたし達に対する敵意で満ちているのだ。
「大人しくマックスを渡せばよし!
さもなくば、このアークフレアをぶっぱなす!」
その言葉にウィルザーの顔はさらに険しいものとなる。
「てめぇ……それでも騎士か!」
悠太郎が握りしめた拳を突き出し、怒鳴りつける。
「何とでも言えっ!
マックスさえ……マックスさえ帰ってこれいいの!
あの馬鹿!いっつもそうなんだから!
バーバラと一緒よ!」
涙…
リリィの目に涙が…
そうか…
異常な再生力を持っていたって、強力な武器を操っていたって…
彼女は人なんだ。
あたしよりも……まぁ、見た目だけど年下の女の子なんだ。
あたしは、どうすればいいのだろう。
もし、ここで彼女とマックスを引き離したままにすると言う事は、弥生さんとウィルザーを引き離しと同じ事になるではないか?
「なんだよ!お姫様!
大好きな男と一緒にいられるあんたなんかに同情されたくない!」
多分、この想いが表に現れたのだろう。
でも、あたしはウィルザーの事をどうとも思ってないし、彼は死んだ姉さん…弥生さんをずっと想っている。
あたし達がどうにかなるなんて事はまずない…
実父から銃口を外せない彼女は涙を拭う事ができず、強がる事しかできないでいた。
「さぁ!どうなんだ!」
龍王に突きつけた銃をさらに頭に突きつける。
しかし、先ほど見せた狼狽はどこへ行ったのか、王座に座する龍王は落ち着き払い、王としての威厳さえも見て取れた。
「騎士を捨てるのか?リリィ。」
ウィルザーの言葉に、リリィは一瞬の迷いをも見せなかった。
「マックスが帰ってくるなら騎士なんていらない!
バーバラがA-Kになった理由と一緒よ!
マックスがA-Kになるって言ったから、私もなったの!
認めたく無いけど、認めたくなかったけど、きっとそうなのよ!」
彼女は肩を上下に揺らし、息を荒らげ言い放った。
あたしは……そこまで男を想えるのだろうか……
あたし達三人は、彼女の想いに心が揺さぶられていた。
どうしたらいいのか…
こんな時、養父の武蔵はどの様な行動を取るのか…
そういえば、この非常事態であると言うのに武蔵が現れない。
どこで何をしているのか…
膠着状態となるかと思えた戦場は、実父の一言で急激に時が流れ出した。
「女だな…」
その一言に逆上したリリィは左手に握られた銃で龍王を殴りつけた。
殴られた龍王の左の側頭が切れ、鮮血が頬を伝う。
呻き、傷を押さえようと身体を丸めたが、リリィはそれを許さなかった。
龍王の前に立ち、銃を顎の下から突き上げ、実父を睨みつけた。
当然、あたし達に右の大砲、アークフレアを向けたまま…
「死にたいのか?」
まずい、どうにかならないのか…
唸るあたしに、ウィルザーが話しかけてきた。
「アークフレアは威力はあるが、一発撃つ毎にエネルギーチャージに時間がかかる。
一発耐えれば……あるいは……」
少しとは言え、希望が見えた。
あたしが持っている呪符で結界を張ればどうにかなるか?
そんな事を考えていると、あたしが何を思っているのか分かるのか、20秒は耐えられると言ってきた。
20秒…
どうにかなるのか?
長い沈黙に苛立ちを覚えたのか、あたし達にとって好運の、リリィにとって最悪の行動を彼女は取った。
コゥゥゥゥ…
赤い光がアークフレアの砲身全体に集束し、先ほどまで軽々と持ち上げていたはずの右腕が集まってきた莫大なエネルギーに震えだした。
彼女は両手でなければ無理と判断したのか、龍王に突きつけていた銃を戻し、両手でアークフレアを支えた。
そして、引き金が引かれた!
キィン…
剣同士をぶつけ合わせたような金属的な音の後に轟音が轟いた。
あたしは結界を張る事も忘れ、放たれた赤い閃光を見ていた。
閃光は始めにあたしの目を灼き、すぐに視界が失われ真っ赤な世界が訪れる。
少し間を置き、どうにか視力が戻ったときには真っ赤な空が見えていた。
「天井が…」
覗くと言うには余りに大ざっぱな穴がではあるが、夕暮れの、淡く、朱に染まった空が姿を見せていた。
「どぉ?私の力は!」
好機!
龍王から銃が離れ、アークフレアはエネルギー切れ。
これなら……倒せる?
倒していいのか?
その一瞬の迷いの間に、リリィの背後に思わぬ人物を近づける事となった。
「それはお前の力ではない。
ウィルザー殿に与えられた力だ!」
驚愕の表情とともに振り向いたリリィは、左の肩から胴まで、斜めに一本の線が引かれた。
次の瞬間、線から血が吹き出し、リリィの身体は二つに別れていた。
「そんな…」
あたしの言葉とリリィの言葉が重なり、深い沈黙が訪れる。
「マ…クス……マックスを返せ!」
片肺と心臓が潰され、唯一動かす事のできる右腕がもがき、切り離された半身を探る。
武器を探しているのか?
あたしは足の裏が床に張り付いたように重い。
その行為を止める事ができない。
「弥生様、精放符を!」
養父のその言葉に身体を震わせ、どうにか一歩踏みしめる事ができた。
しかし、続かない。
本当に彼女を封じていいのか?
迷うあたしは、呪符を握る手が震えていた。
「弥生、貸せ…」
ウィルザーはあたしの手にそっと手を重ね、それに驚いたあたしは呪符を放してしまった。
ウィルザーは、あたしの手からするりと呪符を抜き取り、リリィの元に向かった。
「あ…」
小さく声をあげてしまった次の瞬間、朱の空が黄金色に染まり、なにかが降ってきた。
暖かい、光輝く……羽!
まさか、新手?
辺りを見回すが舞い落ちる羽で視界を塞がれ、近くに居るはずの悠太郎の顔さえ見えない。
まずい、助けるつもりか?
輝く羽をかき分けながら、リリィの居る方向に駆け出した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
リリィの声だ!
どういう事だ?
「入ってこないでぇぇぇぇぇぇ!」
悲痛な叫びが光の中に木霊する。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
止まった。
まさか、暗殺!
どうにかリリィの元にたどりつくと、背に翼を生やした、金髪の女性が立っていた。
リリィが着ていた様な服、右腕に巻かれた布、左手には盾のようなものを携えている。
あたしに気付き、こちらを振り向く。
その顔には、やはりリリィが着けていたようなゴーグルがあった。
「だれ?あなた…」
訊ねるあたしに微笑むと、彼女は金色の翼をはためかせた。
「ウィルニーヌ…」
そっと呟き、彼女は穴の開いた天井をぬけ、飛び去った。
たった一度、瞬きをしたその間に辺りは闇に包まれていた。
目に映るのは、たった一つの小さな光。
リリィのマテリアルが……砕けている。
「なんだ、今のは?」
言いながらウィルザーはあたしに近づいてきた。
この口ぶりだと、ウィルザーは”ウィルニーヌ”の存在も、光の正体も知らないようだ。
ひとまず、あたしは闇に光る砕けたマテリアルを示した。
「これは…」
さすがのウィルザーもこれには驚いたようだ。
マテリアルが砕かれると、光とともに身体が消滅すると言っていたのだから無理もない。どうやら昔の資料とは大きく違ったようであった。
そう…
リリィは息絶えていた。
どうする事もできなかった…
うつむいたその時、またもまばゆい光があたし達を照らした。
光源は…
リリィ!
いや、正確にはリリィだったモノと言うべきか、彼女の身体が瞬時に再生し、立ち上がった。
「こいつ!また生き返ったのか?」
悠太郎が吐き捨てる様に叫ぶ!
しかし、そうではなかった。
明らかに姿が違う。
翼が生え、茶色がかった髪は黄金色に輝いている。
『我、大天使ハミエル。新しき世界に豊饒を!』
頭に直接流れ込んでくる。
『来たれ!来たれ!来たれ!来たれ!……』
その言葉が頭の中で何重にも重なり、理解できない事への恐怖で頭を抱え、あたしはうずくまった。
そして、光がいっそう強まったとき、駆け抜ける白い閃光とともに再び闇が訪れた。
理解できぬまま空を見上ると、月が出ていた。
リリィの命がそこにある様に、寂しい光をたたえた満月だった。

〈全ての基盤となりしこと 完〉

 

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2009年08月30日

【ANGELUS】第一話『王国での再会』

炎……
すべては炎に始まった。
城塞都市として世界に名高い〈龍国〉の城門は、炎と衝撃波で破壊され、城門の警備に当たっていた兵は屍と化し、辺りに横たわっていた。
その燃え盛る炎と屍のなか、生きた人の姿がみっつ。
この戦場の勝利者、〈Angel-Knights=A-K〉。
そう、この場に生存者がおり、彼らを目撃していたのなら、10人中10人が〈死神〉と形容したことだろう。
「つまらん……
これが、かつて我国まで轟いた〈龍牙衆〉とは……」
A-Kの一人、が呟いた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
今度は別のA-Kが大きなため息をつく。
「バーバラ様、アンタまた悪い癖が……」
再び、大きなため息をつく。
そして、3人目のA-Kが彼女の肩をたたく。
「んなことじゃぁ、バーバラの手柄が無くなっちゃうよ。」
少し間を置いて、バーバラと呼ばれたA-Kは天を見上げ、
「手柄なんて……問題じゃない。ウィルザー様のいないA-Kでは……」
呟くと、彼女はこの炎の中においてなお明るい、そう、光輝く翼をはためかせ、この場をあとにした。
「いっちゃったね……マックス」
「あぁ、いっちまった。どうする? リリィ……」
バーバラの飛び去った空を見上げるマックスに、リリィと呼ばれた……戦場においては少々ナンセンスな格好をした(セーラー服にルーズソックス、ついでにハンドバック)……A-Kは、先ほどマックスがついたよりも深く、大きなため息をついた。
「あンたさぁ……ばか?
あンた……あたしの何? 上司でしょ!」
詰めよるリリィにマックスは困った顔をするばかりで、ついには視線をはずし……
「いや、そりゃぁ……まあ……」
わかっていたとは言え、彼女はさらなる大きなため息をつき……
マックスの襟首につかみかかる!
「当然! 占領するに決まっているじゃない! いつも通り!」
しかし、炎と瓦礫のなか、客のいない夫婦漫才をする2人以外に、さらなる訪問者を龍国は迎える事となった。
「お前たちにそんなことはさせない!」
彼ら二人にとっては忘れられない、いや、A-K全員、ウェンデル国民全てが忘れるはずもない。
そこにいたのは、A-K NO.Ⅰ
ウェンデルの英雄にして天使の騎士団司令!
ウェンデル国第一王位継承者!
天才最強魔導剣士!
ウィルザー=グランバードとその他3名である。

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Angel-Knights

神暦0999 王国での再会

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一週間前

夜……
全てに静寂の訪れる時間……
生命の営みとして、休息のために与えられた時間……
今活動しているとすれば夜行性の動物だけだろうか…
その深淵の闇のなか、言葉では言い表せない奇妙な気分に襲われ、あたしは目を覚ました。
「……なに?」
あたしは誘われるように立ち上がり、自室のドアノブに手を掛けた。
しかし、ここで〈他のヒロインとは違う!〉と自信を持って言える事は、ちゃんと装備を整えて家を出た事だ。
これでもあたしは剣を扱う。
ここで剣を忘れていこうものなら、〈女にとって剣の位置などその程度のモノだ〉と言われかねない。
この国はまだまだ女の位置は低いところにある。
男尊女卑というものだ。
あたしは…そんな考えを持つ男に負けたくなかった。
だから、こんな考えを持つあたしは〈恋〉などというものには無縁な女だと思っていた。いままでそうであったように、これからも変わらないだろう。
「船……」
森を抜けると砂浜が広がっている。
白々と明け始めたその浜辺に、武装された船が打ち上げられていた。
おかしい、昨日の海は荒れるどころか、大きな波一つ無い穏やかな海が広がっているだけであったはずだ。
では、どういう事だろう。
こんな大きな船が突然現れるわけはない。
竜巻で家が飛ばされたと言う話は聞いた事もあるが、規模が違いすぎる。
とりあえず考えるのを止め、船に乗り込もうと鈎のついたロープを投げ、甲板のどこかにしっかりとひっかかった事を確認し、少しずつ登って行った。
どうにか甲板に着くと、いやな臭いがした。
鉄臭い、とても鼻につく臭いだった。
血……そう、血の臭いだった。
余りにも濃すぎる臭いのため、あたしは酸っぱいものが喉にこみ上げてきた。
あたしは剣を扱っているとはいえ、実戦の経験はない。
膝をつき、前に頭を垂らした。
そのとき、背後より来た強い光が甲板を照らした。
あたしは船から身を乗り出し、吐いた。
甲板は血で赤黒く染められ、人の形をしていない屍…まさに肉の塊が辺りに散乱していた。
直視できない、初めて見る…凄惨な光景であった。
出てくるときに何も入れてこなかったあたしの胃は何度も揺さぶられ、胃酸だけが苦しみの涙とともに流れだした。
小康を取り戻したあたしは、胃酸で腫れた唇をかみしめ、ここに起こった現実を直視した。
「負けてたまるか……」
小さく呟き、大股で船室の入り口に近づくと、ドアを蹴破った!
下へと続く階段がある。
降りていくと、所々消えかかった蝋燭の炎が、闇へ吸い込まれるように続く血糊の足跡をゆらゆらと照らしていた。
足跡は一人分。
登りの足跡が無いところを見ると、生き残りがいるのか、あるいは中で力尽きているのか……とにかく、あたしは先に進む事にした。
途中、足跡は一度だけ部屋に入っている。
あたしは、また甲板のような惨劇が現れるのではないかと躊躇したが……そっと、扉を開けた。
その部屋は予想と反し、大きな窓から朝日に照らされた少女趣味的な光景が現れた。
ピンクが基調の色彩。
必要以上にフリルのつけられたベッドやカーテン。
実は、あたしはこの手の部屋が苦手だった。
別な意味で気分が悪くなり、甲板の光景との落差に思わず笑いがこみ上げてきた。
しかし、大量の血がついたシーツを見つけたとき、周囲の少女趣味的な光景は消え去り、現実に戻された。
シーツの端を摘み、広げようと引き上げたとき、この血は特に片面にだけ、斑模様に付着していた。
そう、まるで誰かの血を拭ったように……
足跡の大きさから生き残りと思われる人物は男だと思う。
それがわざわざこの部屋に入ったと言う事は、男の想い人がいたと言う事か、あるいは上の惨劇をもたらした誰かか……
疑問は一着の-鋭利なものでズタズタにされ、腹部に大穴の開いた-ドレスを見つけた事で吹き飛んだ。
戦いに魅入られ、屍の一部を切りとり持ち去る行為をする輩がいるらしい。
もし、そのような者がここに現れたのなら、体の欠けた屍と大量の血があるはず……
しかし、ここにあるのは〈血を拭ったシーツ〉と〈破れた服〉。
殺人者が変態でもない限り、おそらく前者であろう。
「生きてる……」
根拠の無い呟きをもらしたあたしは-少なくとも一人は可能性がある-、部屋を出、更に足跡を追った。
「明かりが見える」
そう、青白い、生命の輝きのような光が、この蝋燭で照らされた薄暗い船内の廊下において、ひときわ光輝いていた。
自分の心のなかで、そこにいるのは生存者で、しかも味方と自己完結していたあたしは、その光に向かって駆け出していた。
認めたくないが、あたしは甲板の現実から逃げ、人を求めていたのかも知れない。
腕力馬鹿とはいえ、弟にこの情けない姿を見せる事はできない。
一人で来たのは……ある意味正解だった?
いや、これも逃げなのかもしれない。
自問自答を繰り返すうちに、あたしの歩はだんだんと遅くなり、ついには止まってしまった。
「認めない!」
下にうつむき、吐き出すように床に怒鳴りつけ、顔を上げたときのあたしの心は……
真実が知りたい!
その時は自分が心をすり替えた事に気付かなかった。
いや……
その暇がなかった!
目の前に真実の一部が現れた。壁にもたれ掛かる血まみれの男。そしてその男の左手で肩を優しく抱き抱えられる……見覚えのあるような全裸の女性。
先の青白い光があるとは言え、それだけで人の顔を判断するには足りないものであった。むしろ、その光が顔の凹凸をくっきりと際ださせ、判別を鈍らせた。
そして、その光源は……男の左手。
「治癒魔法!」
思った言葉がそのまま口をついてでてきた。
なぜなら男は干涸らび、ミイラ化していたのだ。対照的に、光のせいで顔色まではわからないが、剣をあつかっているため、しまったからだつきをしていると自負するあたしより、ややふくよかなからだつきをしている。生命エネルギーの使い過ぎとでも言えばいいのだろうか。寿命を削り行使されるこの世界の魔法。なかでも、術者、被術者共に大量の生命エネルギーを消費する治癒魔法を、この男一人でかけているようだ。
おそらく、彼女が傷ついてからずっと……
でなければ、この様に干涸らびるはずはない。
……まずい!
このままではこの女性が助かっても……男は助からない!
見たところ、女性の傷は塞がっている。
ここから連れ出さなければ……
女性に手をかけた瞬間、確認をしていなかった男の右手が、あたしの腹部を薙ぎにきた!「魔力剣!」
辺り一面を明るく照らす光輝く剣に目が眩みつつも、あたしはとっさに後ろに飛び退いた!
剣で受けとめる時間的余裕はあったが、相手は魔力剣。魔力で刃をなす剣に、物理攻撃は効かない。
あたしのノーマルな剣で受けとめていたなら…今頃、上半身が下半身とさよならを言っていただろう。
つまり、飛び退く事しかできなかったのだ。
少し間をおき、
「すごい……」
あたしは殺されかけたことも忘れ、感嘆の声を上げていた。皮膚は乾き、脂肪のかけらもないガサガサの肌。骨に皮が張り付いただけになった身体。明らかに、魔法を使える状態じゃあない。なのに、骨突起と腱でボコボコの手には、しっかりと剣が握られていた。
「弥生をこれ以上傷つけさせない……龍国につくまでは……死なせない……」
しわがれた声でそう言う男は、剣を持つ手だけではなく、弥生と呼ばれた女性の肩を抱く力も緩めなかった。
男は壁に背をもたれながら、震える足でゆっくりと立ち上がる。それだけでもすごい事なのに、左手の治癒魔法と、右手の魔力剣の力を放出し続けているのだ。
あたしは、命を懸けて人を護る力、人を愛する力を垣間見た思いがした。
あたしも……
いや、今はそれどころじゃない。
「剣を下ろしなさい!
弥生さんを傷つけないし、ここは龍国よ!
だから心配しないで!
二人で生き残りたいなら、剣を下ろしなさい!」
この状態の彼に話が通用するかわからないが、臨戦体制のまま説得を試みた。
「……」
聞き取れない。
言った言葉はわからなかったが、魔力剣からは力が消え、明かりは左手の治癒魔法の青白い光のみになった。
わかってくれた……
安堵のため息とともに、一度だけ瞬きをしたその一時とも言えない間に、弥生と呼ばれた女性が立ち上がっていた。
「まさか……そんな……」
頭を垂れながら、そう呟いた彼女は、同じ女性の前とは言えどこを隠そうとするそぶりも見せようともしない。
それだけではなく、顔を上げ、手を腰に当て胸を反り、ゆっくりと消えゆく光のなか、あたしを見つめていた。
あたしも、今度は逆光になってよく見えない彼女の顔を見つめ返す。
少しの間をおき、何を思ったのか、彼女は爪先で歩くように歩を進め、あたしを優しく抱き抱えた。
「生きてたのね。殺されずに生きていたなんて…
良かった…」
訳がわからなかった。
とにかく、その場で彼女の手を解き、ここから出る事を促した。
「そうですね。彼の事…お願いできますか?」
あたしはうなずき、軽くなった男を背負い、彼女の前に立ち、再び蝋燭のみの明かりとなった通路を抜け、階段を上がったところで忘れていた甲板の惨劇を思い出した。
いや、朝日の横からくる光と共に思い出さされた。
「弥生さん、見ないで!」
振り返るあたしの前に、彼女はいなかった。
少しして、ピンクのドレスをまとった彼女が現れた。
「どう?才能あるでしょう。
カーテンとかの有り合わせの布でつくったのよ。」
驚いた…
ドレスにではない。
そこには、あたしがいたのだ。
朝日に照らされた彼女の顔は、明らかにあたしの顔だった。
「うわ、ひっどい…」
……これを、能天気と言っていいのだろうか。
この惨状をその一言で済まされてしまったのだ。
彼女はあたしの横を通り抜け、血染めの甲板の真ん中に立つと、振り返らずに言った。
「驚いた?
私も驚いてるの…
双子の妹がいるとはきいていたけどね…
会えて嬉しいわ。」
あたしは…何も声にならなかった。
沈んでいるあたしとは裏腹に、彼女は次の行動を起こしていた。
「ねぇ、どうやって降りるの?」
やはり、能天気か…


どうにか船から降りたあたし達三人は、森を抜けて家への帰路へとついた。
その間、やれドレスが破けた、ドレスが汚れた、家はまだかと背中越しにわめきたてる。先ほどの毅然とした態度はどこへ言ったのか…
この分だとよっぽどのお嬢様暮らしだったのだろう。家につくまでの間についたため息の数は知れず…背負った男もかなり重く感じる。
「着いたわ…」
振り返った先には、彼女が倒れていた。
「ちょ、ちょっと!」
あわてて駆け寄ろうとしたあたしは、バランスを崩し、男の下敷きになってしまう。この時のあたしは、男の変化に気付いてはいなかった。
「どうしたの?弥生さん!」
返事をしてきた彼女の顔は蒼白になり、唇に血の気がない。
気付かなかった…
彼女に死が迫っている。
「お姉様…とは呼べないわよね……」
あたしは、人の死に逝く姿を見た事はない。言ってあげるべきなのか、それとも…
「いいのよ、別に…」
あたしが、彼女の言葉を信じる事ができていない事を見透かされている。
間を置かず、弥生は話し続ける。
「でも、彼を…ウィルザーをお願い…」
それだけ言うと、こんどは咳き込みだす。血を吐き、上げていた頭を落とすと全く同時に、身体中に傷が現れ血が吹き出す。
「…………」
なにか言っている。
「なに?何が言いたいの?」
あたしは彼女を抱き上げ、口についた血を袖で拭ってやる。そして、彼女の口に耳を近づけ…
「死……にたぬ………ない……………
………………………………………
ア…………A-Kなんかに……
…………………………………
ウィルザー…ウィルザー…
……………………………
ウィ……ル……ザァ…
………………………
……………………
…………………
………………
……………
…………
お願い
……
…」
死んだ…
「これが…いままで動いて、あんなに文句を言ってた人なの?」
急速に冷たくなる身体に少し疑問を覚えたが、あたしはどうする事もできなかった。
彼女の血であたしの身体は紅く染まり、父が起きてくるまで凍ったように動けず、ただただ青くなっていく空をながめていた。



「大丈夫か…飛鳥。」
ゆっくりと、一度だけうなずくあたしに、仮面をつけた父が優しく肩をたたき「そうか」とだけ言うと、あたしの部屋から出て行った。
ここは、あたし…東 飛鳥の家のなかである。
正確には父の東 武蔵(アズマタケゾウ)の家だが…
何でも父は昔、龍国正規兵団〈龍牙衆〉の組長だったらしいが、何故このような森に囲まれた山の麓に引きこもったのか。何故仮面をつけているのか。
あたしにはわからなかった。
父については知らない事ばかりである。
……今は父の事を話している暇はない。
あたしは部屋を駆け出し、二人の寝ている部屋に入った。
その部屋は父と弟が寝ている部屋で、狭い部屋の両壁につけられるように並べたベットに二人は一人ずつ寝かされており、その間に父がいた。
椅子に座り弥生と呼ばれた女性の、生気の無い血の気の失せた頬を優しく撫でていた。
その表情は仮面により読みとる事はできない。何を想い、何故そのような事をしているのか。
あたしは本当にこの女の妹なのか…
疑問が疑問を呼び、話しかける勇気を失いかけていたあたしに、父は振り返りもせずに話しかけてきた。
「この二人を知っているか?」
あたしは声にならず、首を振るだけであった。それを知ってか知らずか、父は話し続けた。
「知るわけはないな…
まず、この方は龍国の姫君…
龍神 弥生(タツガミヤヨイ)様だ…
同時に、お前の双子の姉だ…」
あたしは、涙を流していた。
弥生さんが龍国の姫で、あたしは元龍牙衆組長の娘、あたしの双子の姉ならあたしも姫、では父は父ではなく本当の父は…龍王。
「混乱するのもわかる。だが、事実だ…」
じゃあ何故あたしはここにいる?

『生きていたのね…
殺されずに生きていたなんて…
良かった…』

殺されずに生きていた?
まさか…
「父さん、〈龍国王家の女は常に双子を産む〉と教えてくれた事がありました。
そして、双子を嫌う国風があるということも…」
しばしの沈黙が訪れ、外で鳥の鳴く声のみが聞こえてくる。
次の言葉が出せない。
〈生まれてしまった双子はどうなるのか〉と言う一言が…
「知りたいか?」
父の一言に身体を震わせ反応してしまう。しかし、迷う心とは裏腹に返事の言葉が出てしまう。
「はい。」と…
「生まれてしまった双子は、片方が殺される。
だが、お前を助け、城から連れ出した。
それがよい事だったのか、儂にはわからない。
王家のなかで、共に生きていく事の辛さも知っておるしな…」
最後の言葉の意味はわからなかったが、あたしはこの仮面の父の娘ではなく、龍王の娘なのだ。
信じたくないが、これが現実であった。
受け入れよう…
そして、あたしはこれから何を成すべきなのかを考えよう…
心のなかでそう思った刹那、隣のベットに寝かされた男が動き出した。
半身を上げ、長坐位となった男の姿は船室で見たミイラのように干涸らびた姿ではなく、同年代の青年の姿だった。
鮮やかなまでの赤毛と生気あるエメラルドの瞳。
そういえば、弥生さんが最後に彼の名を呼んでいた…

『ウィルザー』

そう、ウィルザーだ…
ウィルザー?
世界最強と呼ばれる天才魔導剣士!
ウェンデル第一王位継承者!
「あのウィルザーなの?」
声になって出ていた。
「どのウィルザーかは知らないが…多分そのウィルザーだ!」
彼本人が喋っていた…
しわがれた声もせず、沈んだ感じであったが、綺麗な発音で答えてきた。
「話は聞いていた。
やっぱり、死んだのか…
弥生…
すまない…
俺の力が不足していたばかりに…
二度も死の苦しみを与えてしまった…」
二度?どういう意味なの?
「どういう意味か説明してもらおう。ウィルザー殿。」
あたしが言うより早く、父が尋ねていた。
「…死んでいたんだ…
彼女は数日前に死んでいたんだよ…」
この半日の間に得た情報の量はあまりにも多すぎた。
そのため、あたしはついて行けなくなりそうだった。
父はそんな事は言わないが、”所詮、女には無理なんだ”と言われるのが嫌だった。
「女の身で辛かったろう」などという言葉も要らなかった。
「先刻まであたしと話していたのよ!」
女、女と言葉がよぎり冷静さを欠いた感情的な話し方になってしまったが、彼からは語調の変化もなく、静かに返事が帰ってきた。
「俺の傲慢と執着が彼女にかりそめの生を与えてしまった。
治癒魔法を使い続ける事により、俺の生命エネルギーが弥生の身体に蓄積され、一時的に生きているかのように活動したのだろう…」
……この人……
冷静に分析している…
自分の想い人が死んですぐ、このような冷静な判断ができるのだろうか…
天才?
本当に人なの?
異常なほどの回復力、簡単に入れ替わる感情と冷徹な分析力…
こんな人がいるとは思わなかった。
「おい、お前…弥生は最後になにか言ってたか?」
話題が変わった事に瞬きふたつほどの少しの間思考が止まり、あわてて弥生さんの最後の言葉を話す。
「〈A-Kなんかに〉とか、〈お願い〉とか…
あとは…
あなたの名前を呼んでいたわ…」
一番初めに〈死にたくない〉と言っていた事は意図的にはずしていた。
たとえ人並はずれた精神力の持ち主であったとしても、自分のせいで弥生さんが再び死の苦しみを味わった、何より別れの苦しみを二度味あわせた事実からは逃げられない。
そこに、とどめを刺すような事を言う必要もない。
そう、その時は思っていた。
「A-K…」
今まで静かな表情をたたえていたウィルザーの顔が怒り表情に激しくゆがみ、かけてあった毛布を両手を震わせながら握りしめていた。
そして、行き場の無い怒りを辺りにぶつけ始めた。
「畜生!
畜生!
畜生!
畜生!
畜生!
畜生!
ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
先ほどの冷静な姿はやせ我慢だったのか、自分の身体を破壊しかねないほどの感情を爆発させていた。
やはり、あの言葉を言わずにおいたのは正解だったのかもしれない。
でも、このままこれを続けさせたら同じになってしまう。
「やめろぉぉぉぉっ!」
あたしは怒鳴っていた。
「あなたがそんな事をしてもしかたないじゃない!
あなたには…
あなたにはもっとやる事があるでしょ!」
言い終わるのが早いか、手がでるのが早いか…
あたしのかたく握られた拳は、ウィルザーの頬を強く殴りつけていた。
沈黙が訪れる。
その間、あたしと彼の荒い息づかいのみが「うるさい!」と言いたくなるほど耳に入ってきた。
少しすると息もおさまり、彼の方から沈黙を破ってきた。
「おまえにわかるか?
自分の部下に女が殺され!
自分の勝手で死んだ彼女に、さらに辛い思いをさせたっ!
わかるか?
この自分に対する怒りと失望、嫌悪と後悔…」
何も言えなかった。
でも、疑問がわいた。
そう、いつも目先の疑問にとらわれ、肝心な事を彼から聞いていなかった。
それを思ったとき、先の感情的になっていた自分が姿を潜めてしまっていた。
でも、それを聞くという事は、彼の感情をまた爆発させる事となるかも知れない。
いや、そうなるだろう…
あたしは躊躇した。
しかし、この成り行きを見守っていた父が、あたしよりはやく口を開いた。
「まず、これから聞く問で先ほどのように暴れてみろ…
今度は儂の全力をもって止める。
儂の身が砕けようとも、な…」
父がそこまで言うとは思わなかった。
ウィルザーとはそこまでの実力の持ち主なのか
その言葉に彼は小さく呻き、父の表情のかけらもない仮面を睨みつた。
「わかった…」
そう言って目をそらし、そのまま首をうなだれた。
その表情に今までの力ある表情もなく、〈虚ろな〉と言う言葉で表現できる姿となっていた。
何を聞きたいのかを理解していたらしく、彼は要点だけをまとめて話し出す…

彼が彼女と出会ったのは中立国フェミニーアの大学で…
その後間もなく恋に落ちた二人は、自分達の立場…
つまり、昔から敵対するウェンデル、龍国それぞれの第一王位継承権をもつ者としての立場にも関わらず、国を捨てようとした。
しかし、そう言う訳にも行かなくなったため、ウィルザーが龍国へ亡命するという形を取ろうとした。
そして、龍国への航海の途中、A-Kの襲撃をうけ、ANGEL-KNIGHTSの手によって、ウィルザー以外船に乗っていた者全てが殺された。

と言う事らしい。
最後につけ加えられたA-Kについての事だが、A-Kには右翼(ライトフェザー:R)と左翼(ライトフェザー:L)があり、右翼は一般公開された騎士団で、左翼は内部暗殺が主な目的に編成された騎士団だと言う。
つまり、情報の流出を恐れたA-K上層部が命令を下したのだろう。
彼らの主、総司令たるウィルザーを殺せ、と…
ウィルザー一人の命が目的であるのに、A-K-L九人中四人が襲ってきたと言うのだ。それだけウィルザーの力はA-K内でも恐れられていると言う事か…
あるいは、次は殺すという警告のための、初めから虐殺が目的の人員…
あたしは彼をどうにかしてあげたかった。
しかし、それだけの暗殺集団を相手にどうにかなるのだろうか。
あの船には、選りすぐりの護衛の者もついていたはずだ。
なのに、あたし程度の者が彼についてどうにかなるのだろうか…
しかし、父の次の質問に彼が答えたとき、彼を助けようと決心した。
いや、決心せざるを得なかった。
「最後にこれだけは聞かせろ…
国を捨てる訳にも行かなくなったその理由を…」
やや間を置き…
彼は静かに言った。
「A-Kが龍国を攻める。
俺は龍国を護るために亡命を考えた。
ウェンデルの間者と初めは思われるかも知れない。
だが、これは迫っている現実だ。
奴らはわがままで自惚れが強い。
多分少人数で現れるだろう。
そこを個々に封じていけば勝機がある。
………首都へ、案内してくれるな!」
父は間を置かずうなずくと、
「弥生を埋葬しよう…」
そう言い残し外に出て行った。
間もなく土を掘る音が聞こえてきた。
あたし達の間に再び沈黙が訪れる。
先に沈黙を破ったのは、ウィルザーであった。
彼は立ち上がり、そっと弥生さんを抱き上げ、
「弥生…すまない…」
言うとそのまま家の外へと向かって行った。
それを、あたしはただ見ているだけだった。
人を好きになり、相手が死んでもなお心を寄せる。
この人となら死んでもいいと思えるほど恋い焦がれる。
「あたしには無理だな…」
そっと呟き、あたしも外に出る事にした。



外では、今まさに毛布に包まれた弥生さんが埋められようとしていた。
「さあ、ウィルザー殿…」
父が言うと、彼は弥生さんの顔を包もうとせず、抱いたまま座りこんだ。
まだ、彼女の死を受け入れていないのか?
いや、違う。
彼はあたしに手を伸ばし、ナイフを貸してほしいと言ってきた。
あたしは言われるままにナイフを渡し、彼の行動を見守っていた。
すると、地面にナイフを突き刺し、両手が使えるよう彼女を抱きなおすと、彼女の長い髪を編みだし、どこから取り出したのか、二本の紐を用いて編み終えた髪が解れないようにし…右手のナイフで彼女の髪を切りとった。
その切りとった髪をあたしに預けると、左の腕に彼女の頭がくるように再び抱き直すと、左手にナイフを持ち直した。
そして、人差し指の指腹を斬った。
この時、あたしは彼が何をしようとしているのかがわかった。
彼は、程良く血がでたところで、彼女の血の気の失せた唇につけて行った…
ナイフを右手に持ち換え再び地面に突き刺すと、彼はおもむろに立ち上がり、
「さようなら…」
言うと、彼はそっと彼女の額にキスをした…



埋め終わり墓標を建てようとしたとき、ウィルザーがあたしに剣はどこかと尋ねてきた。先ほど国を守るとは言っていたが、それは彼女が生きていた時の話。
後を追う、なんてことは…
「変な真似などしない…返してくれ。」
そうだ、死のうと思えばさっき不用意にも貸してしまったナイフで十分だ。
先ほどから彼の言いなりになっているのが気にくわないあたしと、悪い気がしていないあたしがいる。
変な感じがしたが、そのまま、魔力剣を渡した。
「ありがとう…」
相変わらず静かに言うと、その剣を弥生さんの眠る盛り上がった土に突き刺した。
「これが墓標の代わり…
そして、俺の代わりだ…」
ウィルザーは彼女に背を向け、船に行ってくると言いでて行こうとした。
門にさしかかったとき、父が呼び止めた。
「ウィルザー殿、今でも弥生を…
弥生様を愛しておられるか?」
父が何を思いそう言ったのか、仮面のためにうかがい知る事はできなかった。
そしてウィルザーもこちらを振り返らず、自分の表情を見せる事無く、すぐさま答えた。「愛している…
今までも、そしてこれからも…」
彼はそのまま森のなかに走り去って行った。
この場に残ったあたしは、父にある疑問を投げかけた。
「弥生さんを龍王様の元に連れて行かなくて良かったの?」
と。それを予想していたのか、考えるそぶりもなく答えてきた。
「常識で考えればそうかもしれん。
だが、今回はそう言う訳にもいかない。
現状を考えると、龍国首都、龍心の都につく前に遺体が傷んでしまう。
そんな弥生を儂は見たくない…」
もっともだった…でも、
「龍王様にはどう説明するの?」
あたしのその問に、父は思わぬ提案をしてきた。
「飛鳥、王宮の暮らしに興味はないか?」
弥生さんの代役をしてくれと言う提案だった。
この提案にショックをうけたその時、閃光とともに船のある砂浜の方で轟音がとどろいた!
森が揺れ、大地が揺れ、空気が震えた。
まるで、空間がきしんでいるかのように…
あたし達の会話が止まり、閃光と轟音のあった方を呆然とながめていると、ウィルザーが帰ってきた。
彼は白に金の装飾が施されたスーツ姿で、右手には布に巻かれた大剣が握られていた。
よくみると、スーツにも大剣を巻く布にも銀糸で文字が縫い込まれているようだった。
そして、左胸には天使の翼と”Ⅰ”と言う数字が刺繍されていた。
「船を消してきた。」
「何があった」とあたしが聞くより早くそう言うと、弥生さんの墓前に立ちそのままこちらを振り返ろうともしなかった。
「支度はできたという事か。」
父が呟くと、ウィルザーに向かい、あたしにした提案を話し始めた。
「ウィルザー殿、飛鳥を弥生姫として入城させたい。
その方が少なくとも間者と思われる事は無いと思う。」
なるほど、国の危機を回避するための方便と言う訳なのだ。
「残酷な事を言う…
だが、生きている事にした方が都合がいいのかも知れない。
いや、ただ国家反逆の罪を隠すためか?」
そうだ、おそらく父は殺されそうになったあたしを逃がすために国と地位を捨てた…そう考えるのが自然かも知れない。
「反論はしない。
ただ、儂は二人の姫を誰よりも愛しておるのだ…」
父の声が震えていた。
仮面をかぶる父の唯一の感情のはけ口が、今、あたしに見せた事の無い感情を吐き出していた。
あたし達の因縁を聞き出そうとしたが、早く支度をしろと一蹴されてしまった。
この後、龍国に着くまで、さらには着いてからも聞く機会がなかった…



龍国への道のりは、森を抜けるのに一日、龍背山の山頂に登るまで一日、下山するのに一日、麓の村で打合わせをするのに一日、龍心の都にたどりつくのに一日、計五日の計画を父は考えていたようだ。
しかし、山頂で弟と合流した事により、一日遅れる事となった。
「おい!オヤジ!俺をおいてくたぁどういう了見だ!」
背後から現れた声に、あたしと父、武蔵が振り返る。
そこにいたのは、大量の食料を背負った弟だった。
彼の名は、東 悠太郎。
その名とは反し、短気でよく物を考えずに喋る…一言で言えば、腕力馬鹿だ。
「大体虫嫌いの俺を森や山に行かせたんだから待ってるのが普通だろぉが!」
「ギャアギャアうるさいのよ!手紙を置いてきたでしょ!」
ついあたしも怒鳴ってしまったが、このバカが見ているはずがなかった。
あたしと悠太郎のにらみ合いが少し続く。
すると、なにかを思い出したのか、悠太郎があたしに尋ねてきた。
「そういえば何なんだ?あの…」
弥生さんのお墓の事だ。
「穴は?」
「穴ぁ?」
まさかとは思うが…
「おう、人一人が入れるくらいの穴が開いてたぜ。」
…………
そう、ここで当然予想される事はウィルザーの行動。
「貴様!詳しい話しを聞かせろ!」
悠太郎の胸ぐらをつかみかかってきたのだ。
「誰だてめぇ…」
言うとウィルザーの腕を払いのける。
「この山中でスーツ姿…馬鹿じゃねぇのか?」
さらに悪態をつく悠太郎。
しかし、ウィルザーは相手にせずさらに問う。
「知っている事だけを話せ!何を見てきた!」
同時に、再び胸ぐらにつかみかかっていた。しかし、またもウィルザーの腕を振り払い、
「知りたければ、俺に勝つんだな。」
背負っていた大量の食料をばらまき、刀を抜いた。
そう、悠太郎が扱うのは刀。
それも、自分の身丈よりも刀身がさらに長い〈長尺刀〉である。
対するウィルザーは先ほどは大剣と表現したが、布が解かれたとき、別物が現れた。
そう、例えるならば、大型のだんびら(だんびら=刀身の幅の広い刀)。
剣と言うには余りにも刀身の幅が広く、大きすぎた。
それを見た悠太郎は思わず後ずさる。
当然だ、これ程までに巨大で、見るからに重そうな剣を、片手で軽々と振り上げたのだから。
「は、はン!てめぇが大振りしたときが最後だぜ!」
その通りだ。
剣が大きくなるほど殺傷力は上がるが、同時に力無い者が扱えば剣に振り回されるだけだだがそれを言わせれば悠太郎も同じではないか。
あの無意味に長い刀も条件が同じなのだ。
また、何も考えずに挑発したのだろう。この馬鹿は…
「父さん、止めなくていいの?」
父に問うが、言い出したら聞かないだろうといわれ、少し離れる事にした。
大型の化け物武器同士の戦いに巻き込まれるのはごめんだ。
そうするうちに、戦いは始まろうとしていた。
「名前を……聞いておこうかぁ!」
悠太郎は長尺刀を横に振り、ウィルザーの大だんびらに叩きつける。
ウィルザーのバランスを崩そうとでも思ったのだろう。
自分の武器の質量も考えずに…
金属同士がぶつかり合う乾いた音が辺りを通り抜ける。
同時に、悠太郎の長尺刀がはじかれる。
そして、自らがバランスを崩す結果となった。
その隙を突き、ウィルザーは悠太郎の頭めがけて振り下ろす。
「ウィルザー!」
あたしは叫んでいた。
いくら馬鹿で、血のつながりがなくてもあたしの弟。
これ以上目の前で人が死ぬのはごめんだ。
「俺の名はウィルザー=グランバード。
さあ、お前が負けたんだ…知っている事をはなせ!」
大だんびらは悠太郎の額に触れる一寸前で、まさに寸止めの状態で止められていた。
筋肉の塊と言う体格ではないウィルザーのどこにあんな力があるのか、あたしは不思議に思った。
すると観念したのか、悠太郎は静かに話しだした。
「俺の知っている事は…」
違った!
「テメェなんぞに話すかよ!」
瞬間、ウィルザーの大だんびらの弱点でもある刀身の幅の広さを逆手に取り…いや、あの馬鹿は何も考えずにやった事だろうが、長尺刀を握った右の腕で大だんびらの切っ先を自分から反らし、同時にウィルザーの腹部を横薙にした。
あたしが叫ぶ暇もなかった。
ウィルザーと悠太郎の距離が近いため、致命傷にはならないとしても、間違いなくウィルザーは傷を負ってしまうはずだ。
しかし、今度は弦をはじいたような音が辺りに響く。
驚いた!
傷を負うどころではない。
ウィルザーに当たりさえしなかったのだ。
突如現れた光の壁が長尺刀だけではなく、悠太郎をもはじき飛ばしていた。
吹き飛ばされ、背中から激しく木に打ちつけられた悠太郎は、ひどくせき込みながらも木にもたれながら立ち上がり、悪態をつく。
「て、てめぇ…
魔法なんか使いやがって…」
そのまま、足に力が入らなくなり、腰が沈み始め、しまいには座りこみ意識を失ってしまっていた。
「くそっ!起きろ!」
ウィルザーは大股で悠太郎に近づき、馬鹿の胸ぐら、と言うより首ををつかんだだけで宙に持ち上げてしまっていた。
そう、しかも片手で。あの細い女のような、と言うのは言い過ぎだが、男にしては細い腕で、どこに自分より大きな男を持ち上げる力があるのだろうか。
本当に不思議……だぁっ!
こんな事をしている暇はなかった。
いままさに、悠太郎の顔が紅潮した赤から、蒼白と言うにふさわしい紫に変わろうとしていた。
「ウィルザー!」
叫ぶと、悠太郎を無造作に放し、あたしに近づいてきた。
あたしはいつの間にか後ずさり、大木に背を預けていた。
彼はあたしに顔を突きつけると、バン!と両手を大木につき、あたしの目を睨みつけてきた。
その目の淡いエメラルド色はとても悲しそうな光を輝かせていたが、この時のあたしは恐怖のために、それに気付く事はなかった。
そう、男が力であたし達女を襲ってこれば抵抗する事ができない。
女の権利の主張とか言っていても、これに抗するには力しかないのだ。
しかし、この後とったあたしの行動は、それとはおよそ反する、女性的、感情的なものだった。
「〈天使の笑顔をもつ悪魔〉なんて呼ばれているらしいけど…
今のあなたは悪魔そのものじゃない!」
ウィルザーがついた両腕を振り払い、さらに突き飛ばした。
だが、彼は冷たい表情を変えずに話しだした。
「ふん…
それだけ、人の死がどれだけ残酷なものかを知ったと言う事だ。」
あたしは今、彼の気持ちを考えてやるという事を忘れ、ただ思った事を言葉にして言っていた。
「な、なによ!
ただ、弥生さんの事が吹っ切れていないだけじゃない!
そうよ、例え彼女の代役で入城しても、
弥生さんの人形(ヒトガタ=形見のこと)でも、あなたの人形(ニンギョウ)でもない!
あたしはあたし、姉さんじゃない!」
このとき、初めて弥生さんの事を〈姉さん〉と呼んだ事にあたしは気付いていなかった。「話しがそれたが丁度良い。」
彼が何かを言ったのは聞こえていた。
自分の荒い息がとてもうるさく聞こえ、正確には聞き取れなかった。
顔を上げ彼の方を見ると、また何かを言っている。
「今度から気安くウィルザー、ウィルザー呼ぶな!」
龍背山山頂、二日目の夕刻の事であった…



三日目の朝、あたしはウィルザーと悠太郎の怒鳴り声と弦をはじく様な辺りに響く音で目が覚めた。
「あぁ!人が一人、飛鳥が入れるくらいの大穴があってなぁ!」
キュン!
「辺りには、何の鳥だかしらねぇがぁ!」
キュゥン!
「羽がわんさと落ちてたんだよ!」
キュゥゥゥン!
そこまで言うと、何かが叩きつけられる音とともに、木が揺れた。
深緑の葉が舞落ちる木の下、憤怒の表状で端正な顔を歪ませたウィルザーがいた。
何があったのかは聞くまでもない。
目を覚ました悠太郎がまた、彼に突っかかっていたのだろう。
当の本人はすでにのびているようだが…
「ったく!だらしないわね!」
馬鹿の頭を小突くと、ウィルザーから話しかけてきた。
「ならば、お前には俺を傷つける事ができるのか?」
彼の表情はすでに戻っており、いつもの静かな表情になっていた。
ウィルザーに傷をつける?まず無理だろう。
魔法を使う素振りも見せずに創り出す魔法障壁の謎。
これがわからない以上、魔法障壁ごと破壊する威力をもった攻撃を加えない限り無理であろう。
しかし、この男に負けたくない!
あるいは、ただ昨日の事を根にもっているだけかも知れないが、返答は〈Yes〉であった。
そしてこの時、あたしの脳裏にある事が浮かんだ。
「来い!」
言われてあたしは刀を抜き、左手で何枚かの呪符を取り出した。
呪符とは、龍国で主要となっている魔法、正確には呪術で、聖霊紙と言う特別な紙に文字を書く事により行使される術である。
他の魔法と違うところは、〈魔力を予め紙に付与してある〉為、〈今の自分の生命力を削る事は無い〉ということである。
そして、その呪符を宙に投げ、ウィルザーの首をめがけて突いた。
刹那、呪符が切っ先に集まり、突き刺さった。
「呪符連剣!」
叫ぶと、呪符が燃え尽き、効果が発揮された!
「なっ!」
あたしの突きは喉元まで届き、ウィルザーはかわそうと身体をひねったため、右の首を斬り裂いた!
同時にパッと一度だけ血が吹き出し、間もなく止まった。
あたしは攻撃がとどくとは思っていなかった。
まず当たるはずがない、と…
「この国にも、頭の柔らかい奴がいるんだな。」
彼の白いスーツは右の肩から腕にかけて真紅に染まったが、間もなく赤い霧となり、文字通り霧散した。
あたしは人を斬ったと言うショックさえ与えられず、その異常な事態に対するショックにすり替えられてしまった。
そのあたしを見てか、あらかじめ予定されていたのか、ウィルザーが話しだした。
「これが、A-Kの力だ。」
口元がおぼつかないまま、ようやく一言だけ言葉にする事ができた。
「なんともないの?」
今の正直な感想である。
彼を斬った事への謝罪もせず、疑問をぶつけるあたしに、彼はいつもの調子で、淡々と語りだした。
「異常筋力、過剰治癒力、飛行能力…
その三つが標準能力として挙げられる。
なかでも厄介なのが、過剰治癒力だ。
今見た通り、傷が浅いとすぐに回復してしまう。
まぁ、血が出たせいで少々気分が悪いが…」
そうなのだ。
だから、先の大だんびらも軽々と振り、ただ人にとっての致命傷が致命傷足り得ないのだ。
「そして飛行能力…
A-Kが天使の騎士団と呼ばれる理由の一つでもあり、奴らの象徴、
〈天使の翼〉を出現させ、飛ぶ事ができる。
剣ではとどかない」
最悪だ!
もし、空中であんな魔法障壁を張られたら…
「じゃあ、あの魔法障壁は?」
聞くと、今まで見せた事がない、喜々とした表情で力を入れて話しだした。
「ふっ…
あれこそ俺が造りだした、名前はまだ無いが、傑作のスーツだ。
魔力の伝導、蓄積力の高いミスリル銀の糸でスーツに呪文を編み込む事で、自分の魔法 力を使わず、周囲に存在する精霊の力を常に吸収し続け、詠唱無しで常に魔法が発動し ている状態となる画期的な物だ!」
あなたもこんな表情(カオ)ができるんじゃない!
と、言葉にして言いたいところだが、内容はとんでもない物だった。
恐る恐る、ある事を聞いてみた。
「まさか、A-K全員それを着ているんじゃぁないわよね。」
返事は予想通りだった。
「もちろんだ!
他にも、A-K一人一人に俺の造りだした武器を与えてある。
どれも、傑作最強の魔導具だ。」
最悪ではない。最凶最悪だ!
そんな奴らが全員で襲ってきたら勝ち目など爪の垢ほど、雀の涙ほども無いではないか!喜々として語る彼に、あたしはただただ頭を抱えるだけであった。
「だが、弱点もある。
魔力の消費率が高く、A-KのランクA,B,C,で持っている奴はいない。
正確には持てる奴がいない、と言う事だ。
A-Kの魔力が無尽蔵なのはランクS、
つまり、8人倒してしまえば、少し力が強くて、回復力が人より少し優れていて、空が 飛べるというだけの軍隊だ。」
A-Kを嫌っているとはいえ、彼はA-K的な発想をしていた。
だが、〈A-K〉と言う言葉が出ても怒り狂わないウィルザーを見ていると、彼を悲しみと言う呪縛から解き放つには、何かを造らせるのがいいのではないかと何となく心に浮かび上がっていた。
そこに、ウィルザーが今まで見せた事の無い笑みを浮かべ、付け加えた時、それが違っている事に気付いた。
「まだ何か質問はあるかい?弥生。」
何時からだろう…
ウィルザーはあたしとではなく、弥生さんと話していたのだ。
双子の妹である、あたしに彼女の姿を見て…
あたしはどんな顔をしてよいのかわからなかった。
あたしは困惑しながら、力無く言った。
「あたしは飛鳥よ…弥生さんじゃない…」
そのまま彼から顔をそらし、上目使いで彼の表情をうかがった。
彼の表情は一気に沈み、あたしの視線から逃れるためか、あたしと反対の方向に顔をそらした。
「すまん…
お前の言う通りだ…
お前に弥生の姿を見ていた…
彼女の死をきちんと受け入れよう…
お前は弥生じゃぁない。
飛鳥だ。
すまない、飛鳥…
昨日の事も謝るよ…
ゴメン…」
この時、彼はあたしを飛鳥と認識し、初めてあたしを〈飛鳥〉と呼んでくれた。



あたしが彼を意識し始めた事を否定しようとしているためと、悠太郎が先の事をかなり根に持っているため、気まずい雰囲気のなか四日目がすぎていき、麓の村についた。
そして、麓の村の村長の家に泊めてもらう事となった。
この村は、あたしが小さい頃に住んでいたらしく、よく父と食料を分けてもらいに来た事があった。
そう、悠太郎と初めて会ったのもこの村だ。
よくは覚えていないが、子供の目にも身分の高そうな人がこの村を訪れた次の日だったと思う。
どんな身分かも、どんな顔かも覚えていないが、ずいぶんとあたしを可愛がってくれたような気がする。
「で、A-Kって奴らは全員テメェみたいに強いのか?」
荷物を置き一息つくと、初めて四人が静かに語り合う機会を得た。
その場で最初の話題を持ち出したのが悠太郎だった。
A-Kについての大体の事は昨日のうちに二人に話しておいた。
そのうえで、もっと詳しい事を聞きたいのは、あたしも同じだった。
「いいや、なかにはお前の考えているような強さを持たない者もいる。
A-K NO.Ⅴ、力天使マリア=ホリルゥード。
彼女に戦いをさせても相手に大した攻撃ができないだろうな。」
A-Kとはいったいどの様な騎士団なのだろう。
女性で、しかも戦えない者を隊長の地位に置いておくとは…
「彼女の力は回復、防御系の魔法。
それを、俺が与えた魔導具〈クルス〉で増幅し、広範囲、大人数に一度にかける事がで きる。
守りのエキスパートだ。
彼女と他のA-Kが一緒に来たら、最初に倒すべきだな。
もっとも、彼女に攻撃がとどくかどうかも問題だがな…」
「何故?」
あたしが問うと、ウィルザーは自分の服を指さし、話しを続けた。
「これと同じだ。
彼女は重い防具を装備できないからな。
彼女に与えたローブには通常の二倍以上の呪文を編み込んである。」
…………
いや、自分の組織の能力向上に力を入れていたと言う事だろう。当然の事だ。
でも、この馬鹿には分かってやる事ができなかったのだろう。
「馬鹿かテメェ!
敵を強くしてどうするんだ!」
拳を振りあげ、立ち上がる悠太郎。
当然の事、ウィルザーは慌てるそぶりを微塵も見せず、話しを続けた。
「気にするな。
A-K全員が着用しているはずだ。
一応、制服だからな…」
振り下ろしたくても、結果が分かっているため、下ろすに下ろせない馬鹿の拳が宙で震える。
「なんで、こっちに不利なモノばかり置いてくるんだ!」
言葉でしか反撃できない悠太郎は歯がゆさのために声まで震えてきている。
「俺の倉庫を開けなければ最悪な事にはならんさ…」
この言葉にあたし達の気が沈む一方だった。
「だが、奴らに弱点がないわけでもない。」
この言葉を聞いたとき、神が手をさしのべてくれた思いがした。
「身体のどこかに融合しているマテリアルと呼ばれる小さな水晶球を砕けば倒せるかもしれない。」
「倒せるかも?」
オウム返しに尋ねるあたしに、穏やかな口調でいった。
「その水晶球がA-Kの力の源だ。
昔の実験の記録によると、砕けると同時に身体が光になって消えてしまったらしいからな…」
また、一同に沈黙が訪れる。
すると、長いこと…そう、実に三日ぶりに仮面の父が口を開いた。
「そのマテリアルとはなんだ?」
要点だけ言うとまた黙りこむ。
対して、ウィルザーの話しぶりは軽いものであった。
「あぁ、A-Kと名のつく者全員の身体に融合している。
さっきは水晶球と言ったが、正確には〈聖櫃=聖なる箱〉と表現すべきか…
無限の生体エネルギーを放出するマテリアル。
これを融合させることにより、常に人の身体に奇跡が起きる。
これも俺の傑作の一つだ。」
父と悠太郎は彼の矛盾に気付いただろうか。
いや、矛盾と言うほどのことではないかもしれない。
彼は先に、〈昔の実験によると…〉と言っている。
にもかかわらず、今は〈俺の最高傑作…〉と言っている。
もしかしたら、誰かの研究を受け継いだのか、あるいは奪ったのか…何かを聞き出せるとは思えないが、あることを尋ねてみることにした。
「あなたが一から創り出したのね?」
その質問の返答は〈Yes〉だった。
「そうだ、マテリアルの全ては俺が創り出した。」
そこに、すかさず質問を続ける。
「昔の実験って、誰がやったの?
さっきの話しぶりだと、あなた以外の誰かがやったみたいだけど?」
この質問にウィルザーは黙り込み、顎に手を当て考えているそぶりを見せる。
再び沈黙が訪れた後、静かにウィルザーは話し出す。
「マテリアルは俺が創り出した。
だが、実験のことは分からない。
何故、あの時そんなことを言ったのかも…」
三度の沈黙が訪れ、それを彼自ら打ち破る。
「…記憶…
まさか記憶の操作までされているのか…俺は?」
なるほど。
あの船唯一の生き残りではなく、生き残されたと言うことか。
A-Kにはそんな技術までがあるのか。
いや、それよりそんな面倒なことをしてまで彼を生かす必要があったと言うことか。
とすると、彼の持ってきた情報はあてにならないどころか、下手をするとA-Kの掌で踊らされることになりかねない。
などと思いを巡らせているあたしに、彼は困惑を通り越し、恐慌とまでいえる表情をして話しかけてきた。
「飛鳥…
あれは弥生だよな?俺の弥生だよな?
A-Kにはあんな奴いないよな!
う…いや、〈暗黒輪〉を使ったら…
だがそこまで…
しかし、これもつくられた記憶なら…」
彼は自分の記憶を確かめるようにあたしの知るはずの無いことまで尋ねてきた。
あたしには何も答えることができなかった。
そして最後に自分の記憶の曖昧さに落胆し、彼はそれ以上話すことはなかった。
「行動は予定通りに行う。」
おもむろに立ち上がり、四度目の沈黙を破ったのは仮面の父、武蔵(忘れていると思うが父の名はタケゾウだ)だった。
「ウィルザーの言うことが偽の情報でも、あれは弥生だ。
儂が見間違うはずがない。
弥生が死んだと言う事実は変わらない。
ここで弥生が戻らないことによる城内の不安は国内の恐慌につながる。
例え影だとしても、飛鳥には入城してもらうのが得策だ。」
父はもう一度「行動は予定通りに行う」と言うと、おもむろに立ち上がり部屋を出て行った。
「おい、思ったんだがよぉ…」
突然悠太郎が口を開く。
またこの馬鹿は変なことを言うんじゃないか。
そう、とっさに思ったあたしは悠太郎を睨みつけていた。
「なんだよ…その目は…」
悠太郎とは長いつきあい、あたしの目が「変なこと言ったらブン殴る」と言っていることに気付いたのだ。
しかし、悠太郎は話しを続ける。
よっぽど自信があるのか、あるいは?
「ウィルザー!テメェ、俺達に同じもの作れるか?」
喧嘩腰は変わらないが、愚弟にしては良い提案をする。
確かにあれと同じものを作ってくれれば武装の点においては条件が同じ。
勝てる見込みが出てくる。
「無理だ。」
恐慌より落ち着きを取り戻しつつあったウィルザーは絞り出すように一言だけ呟いた。
何故無理なのだろう。
信じていないわけではないが、彼の情報が正確であればA-Kと戦うには今の我々では難しいと思う。
「やっぱりテメェはA-Kってことか!」
提案者の悠太郎は吐き出すように言い捨てた。
しかし、ウィルザーは言下の元に否定した。
「ちがう!
時間もなければ材料もない。
何より、この国の風潮を考えてみろ!
貴様の長尺刀も飛鳥の呪符連剣もいわば邪道の剣。
そのうえ、敵国の技術を用いて敵を倒そうなど…
多分、頭の堅い〈龍牙衆〉は認めないぞ。」
もっともなことだった。
父から聞いた話しでは、龍牙衆は排他的に剣の技術を伝える集団で、戦うからには全戦全勝。
つまり、相手を殺してまで技術の流出を守る集団なのだ。
多分そんな連中を主体に軍を組んでいる龍国はあたしのあみだした剣技、いや、剣を持つ女を排斥するかもしれない。
あ、でもあたしは姫として彼らの中に入っていくのだから、姫様剣法と少しの間だけ話しの種になりちやほやされただけで忘れ去られるだろう。
でも…
あたしは不愉快だ。
ちやほやされるくらいなら白い目で見られるほうがまだましだ。
きっとそうに決まっている。
このとき、あたしは心の中に起こったある欲求を抑えるのに必死になりこの先の話しが余り耳に入ってこなかった。
「ちくしょう!
A-Kの防御壁を破る方法はないのかよ!」
悠太郎は拳を握ったままテーブルに叩きつける。
「防御壁の許容量を超える攻撃をすればいいだけだ。」
激昂する悠太郎に油を注ぐような発言を平然と言うウィルザー。
その口調は馬鹿をさらにいきり立たせるものであった。
「テェンメェェェェェェェ!」
とうとうやった。
防御壁で当たるはずもないウィルザーめがけて鉄拳をくりだした。
当然、弦をはじくような音とともに馬鹿は身体ごとはじき飛ばされた。
「問題はない。
A-Kは全員俺が倒してやる。」
この時すでに悠太郎の意識はなく、あたしは自分の世界に入っていた。
彼の、ウィルザーの静かな決意は誰の記憶にもとどめられることはなかった。



次の日の早朝に村を出たあたし達は、昼頃にはすでに龍国の大きな城門が見える位置にいた。
「着いたな。」
仮面の父が呟くと、後に続いていたあたし達の方を振り向く。
そのまま悠太郎に小さな包を渡した。
「なんだ?こりゃぁ・・・・」
包の中には仮面、模様が違うとはいえ父と同じ仮面が入っていた。
「お前がかぶるのだ。」
当然のごとく、悠太郎は抗議の悲鳴をあげた。
「何でだよ!何でそんな事しなくちゃならねぇんだ!
嫌だぜ、俺は・・・・」
悠太郎は父に詰めよるが、次の一言で悠太郎は納得しないまでも仮面を着ける事に同意することとなった。
「死にたくなかったらかぶっているんだ。」
もちろん、父が悠太郎を殺すわけではないのだが、馬鹿とは違い根拠あっての事だということは子供の頃から父を見て育ってきたから分かる事だ。
まぁ、同意したと言ってもまだ文句を言っているようだが。
「また、自分の罪を隠すか…」
ウィルザーがあたし達を追い抜くときに呟き、そのまま先行して龍国の城門に向かった。ウィルザーが何をいわんとしていたのか、この時はまだ分からなかった。
ただ、前もこのような事を言った覚えがある。
今度も国に関わる事なのだろうか…
あたし達全員が城門に向き返り、ウィルザーの後を追おうとあたしが一歩を踏み出し地面に踵が着くと同時の事だった。
城門から衝撃波が幾重にも走り、赤光とともに城門が紅に染まった。
「燃えてる…」
惚けたのは一瞬だった。
「飛鳥ぁ!走るぜぇ!」
悠太郎が呼び捨てにしたことによりその暇を与えられず、悠太郎の横を全力で走り抜けると同時に馬鹿の頭を小突く。
「呼び捨てするなぁ!」
そのまま先頭のウィルザーの後を追った。



城門をくぐろうとすると熱気の壁により前に進む事ができなかった。
「っつう…熱い…」
どうするの?と聞くより早く、ウィルザーは炎の中に飛び込んでいた。
「馬鹿だなあいつ…」
そうではない。
多分、魔法障壁が熱気までをも防いでいるのだ。
馬鹿は…あたしだ。
「行くわよ!」
あたしもウィルザーの後に続いた。
熱気と炎のなかを走りながらあたしは思った。
何故、こうまでしてこの国を守ろうとするのだろう。
A-Kを倒すため?
恋人の国だから?
でも、そこまでできるものなのだろうか。
別な目的があるようにも見えないが…
すると、ウィルザーが叫ぶ声が聞こえてきた。
「おまえ達にそんな事はさせない!」
熱気の壁を抜けると、そこにはウィルザーがずいぶんとラフな格好をした男と、妙な格好をした女性、それに…
足の踏み場の無いほどの人の骸。
間も無く悠太郎と武蔵が現れ、その炎と人の骸で彩られた死神の戦場にあたし達四人がそろった。
「うわっ!ひでぇ…」
そう、この惨状の中に残った二人、彼らはおそらく…
「あぁっれぇぇぇっ!
ウィルザー様がいるよ。
マックス!あンた、報告聞いていないの?」
妙な格好をした女性がマックスと呼ばんだ男に尋ねる。
「いやぁ?そう言う情報は入ってないけど…
リリィはどうだ?」
この問にリリィと呼ばれた女性は大きくため息をつく。
「あンた、つくづく馬鹿ね…
知らないから聞いてんじゃない!」
リリィはマックスの胸ぐらにつかみかかる。
何?この人達…
格好もおかしければ行動もおかしい。
この状況で夫婦漫才じみた事を始めるなんて…
「こいつらが…A-Kなのか?」
悠太郎がウィルザーに尋ねると同時に、彼は踏み込んでいた。
「離れろ!リリィ!」
力で無理矢理リリィを引き離すマックス。
離れた刹那、彼らの間を剣圧と衝撃波が吹き荒れ、轟音とともに剣が地面に接したところを中心に半球状のえぐられたような穴があく。
「なにすンのよ!
いくらウィルザー司令でも冗談が過ぎるわよ!」
数歩後ずさり、リリィは抗議の声をあげるが、いつの間にか彼女の背後に回り込んでいたマックスが肩を叩きそれを制する。
「姫様がいるところを見ると、冗談じゃぁなさそうだ。」
彼は大きなため息を一つつくと、彼女をかばうように前に出る。
「バーバラ様がいなくて良かったのか悪かったのか…」
呟く様に言うと、マックスは妙に大ざっぱだがナイフのような物を取り出した。
そして、さらにウィルザーに切っ先を向ける。
「どういうつもりですか…ウィルザー司令…」
同じく、マックスに対して大だんびらの切っ先を向ける。
「A-Kを潰す!
〈弥生〉!
この二人はスーツを着ていない!
お前達でも攻撃がとどく!」
言うと、彼は二人を引き離すべくマックスに攻撃を仕掛けた!
大だんびらを横薙にはらうことにより、マックスは剣圧の衝撃波で城門の壁に叩きつけられた。
彼の言葉を聞くや否や、あたしは斬れ味を増す呪符を数枚投げつけ、リリィに向かって突きをくりだす。
「喰らえぇぇぇぇぇぇっ!」
そう、あたしがウィルザーの魔法障壁を打ち破った技。
すなわち、
「呪符連剣!」
あたしは最初に額を狙っていた。
しかし、A-Kは死なないとはいえ、人を殺すと言う行為に抵抗を覚えたのだろう。
無意識のうちに軌道が反れ、左首の脇を霞め呪符の威力だけで首を斬り裂いていた。
噴水のように吹き出す鮮血を見たあたしは剣を落としそうになった。
しかし、気をしっかりと持て!と唇をかみしめ、剣を握り直すと同時にリリィから後ずさるように離れた。
息が荒い。
冷たい汗が身体中から吹き出し、剣を握った手の震えが伝わり切っ先が定まらない。
やっぱりあたしに剣を扱うなんて無理なのか…
思った刹那、リリィは何事もなかったかのように軽い口調で話しかけてくる。
「きゃは!
ばぁぁぁぁぁっかぁねぇぇぇっ!
あんまり切り口が鮮やか過ぎてすぐくっついちゃったじゃない。」
再び目にした過剰治癒力にあたしは驚愕した。
本当にこんな奴を倒せるのだろうか…
「私達に傷をつけたいなら傷口をボロボロにするような攻撃をしなきゃぁ…
お・ひ・め・さ・ま!」
言うと同時に肩から下げていたハンドバックから何かを取り出し、あたしに向けた。
銃!
なにかを認識する事はできたが、身体が動かない。
「飛鳥ぁ!」
悠太郎があたしを呼び捨てに怒鳴る声が聞こえ、後ろに飛び退こうとしたとき弾丸が放たれた。
「バイバイ、姫様!」
極度に緊張した時や死を覚悟した時に動く物がゆっくりと見えるというが、それがあたしの身の上に起こっていた。
ゆっくりと回転しながら近づく弾丸は青白く光り、十字の切れ込みが入れてあった。
ここで終わりなのかな…
思った瞬間…
真っ暗な…
そう、深淵の闇があたしの目を覆い、意識が吸い込まれていった…。


《王国での出会い 完》

 

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