【八十神の舞】神々の舞う地、神代市を舞台につむがれる物語。

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2009年09月27日

【another】第四話『再会は離別のはじまり』

プロローグ

人とも魔物ともつかぬ屍に囲まれ、何故彼女は涙を流すのか・・・・
一振りの槍を前に、何故彼女は泣くのか・・・・
異母姉を殺したから?
義理の娘を手に掛けたから?
その真意を知る者は彼女一人しかいない。
そう、今となっては・・・・
「・・・・姉さん・・・・」
地に突き立てられた槍を掴み崩れる様にかがんだ彼女は、腰までとどく深く蒼い髪に全身を覆われる形となる。当然、彼女の今の表情を窺う事はできないのだが、彼女の目に溜められた涙が大粒の滴となって地に落ちている事だろう。
「彼女は貴女のお姉様だったのですか?」
近寄り難い空気を放つ彼女の背後に一人の少女が現れる。この戦が起きた場には相応しくない、華奢な体型である事は見て取れた。そして、少女に相応しく無い物がもう一つある。戦場には必要だが、戦いをした事もなさそうな少女には不釣り合いな物、剣である。それが荘厳な雰囲気を持っている事は少女に釣り合ってはいるのだが・・・・
「私のせい・・・・ですね・・・・
私があんな事言ったから・・・・」
だが、その言葉を彼女は否定した。
「そんな事関係ないわ・・・・
あのヒトとあたしは、どちらか一人しか生き残れなかった・・・・
仕方無い事なのよ。
この壊れ行く世界に定められた律なのだから・・・・」
否定はしていたが、彼女の背中は小刻みに震えを見せている。それは彼女の言葉と心が相反するものである事を物語っていた。
「無理はいけないわ。
貴女は自分を殺している・・・・
そんな事をしていたら貴女が壊れてしまうわ・・・・」
しかし、少女のこの言葉で彼女の放つ空気が一変した。
「うるさい!
黙れ!【弥生】!
【表】に出るなぁ!」
悲しみの領域に侵入できた少女は驚き、一歩、二歩と後ずさった。
少女は【弥生】と呼ばれた事にではなく、彼女の放つ怒りの空気に気圧されていた。
「アナタが弱かったからあたしが存在( い る)んじゃないか!
アナタは自分が弱いと認めたくないんでしょ!
だったら邪魔しないで観ていなさいよ!」
彼女は震えを止めようと自分の肩を必死に押さえ込んでいた。
『黙れ』と言う言葉を連呼しながら・・・・
すると次第に震えの間隔が大きくなり、やがてそれは止まった。
「そうよ、アナタは観ていればいいのよ。」
震えが止んだ身体を解放し、彼女はすっくと立ち上がると大きく胸を張った。
「後はあたしが・・・・
あたしの子が全てを創り直すわ。
アナタとルーの子では無く、あたしとルーの子が!」
その時少女は気付いた。彼女が少女に見えない人物と会話をしている事に・・・・
「貴女は、誰なんですか?」
順序立てた行動を美徳とする少女であったが、今まで会った誰とも違う雰囲気を持つ彼女に、心の中より生まれいでた疑問を口にしていた。
「あたしは・・・・」
ゆっくりと振り返った彼女は小さく微笑み、その自信に満ちた姿は先ほどのそれとは全く違っている事を少女に認識させた。
「貴女は誰なんですか?」
そして彼女の口から、小さいがハッキリとした言葉がつむぎだされた。
「あたしは・・・・」







《1》

彼女は何度目の夢を観ているのだろう。
記憶の奔流が生み出す、夢とも現ともつかないリアルな映像。
その中で彼女は自分を見つめていた。
「その子はボクの子だよ!
ボクがお腹を痛めて産んだ子なんだ!」
夢の中の彼女は一児の母となっていた。しかしその手に子の姿は無く、対峙する蒼い髪の女に一人の幼女が寄り添っていた。
「ミーチャさん・・・・
ならば何故、ローザを捨てたりしたの?」
「それは・・・・」
その問に、ミーチャと呼ばれた彼女は答える事が出来なかった。
「この子が、ウィルザー様の子だから?」
蒼い髪の女は構わず問いただす姿勢に入っていた。
「そう・・・・だね。
それだけだったら貴女の御主人様の敵になってもあの人にしがみついた・・・・」
その言葉に蒼い髪の女は顔色を変えた。
今までの威圧的な態度とは一変し、ミーチャの前で驚きを隠す事すら出来ずにいた。
「まさか、そんな・・・・
ローザの父親はミシェルじゃないなんて・・・・」
蒼い髪の女は顔を蒼白にさせ、ミーチャに懇願しはじめる。
「お願い、弥生様にはこの事を言わないで・・・・」
「・・・・・・」
答が夢の中の彼女から語られる事無く、ノヴァは急激に現実世界に引き戻された。

「あたしに過去があった・・・・」
ベットから半身を起こし、彼女・・・・ノヴァ=ディ=ドゥーディは自分の掌をまじまじと見つめた。
「あたしには・・・・何にもないと思ってたのに・・・・」
しかし、彼女はそんな自分がいつもの自分ではない事に気付くと、あっさりと先ほどの自分の想いを否定した。
「夢は夢だ・・・・
現実じゃない・・・・」
絡んだ髪を手ぐしでかき上げ、ノヴァはそのまま両手で顔を覆った。
「本当にそれでいいのかい?」
突然の声だった。
突然の声にノヴァは一瞬身体を萎縮させるが、声は最近聞いたものであり、忘れたくても忘れられない者である事に気付き、彼女を横目で睨み付けた。
「何の用だ、フォース・・・・」
しかし、壁に背を預けて立っていたのは彼女ではなく彼・・・・ナラ=ツインスターであった。
「久しぶりだね、オバサン・・・・」
「あぁ、久しぶりだっ!」
刹那、ノヴァは左腕を横薙に振り切った!
その突然の攻撃にナラは反応する事が出来ず、飛来する物体を手で受けとめる羽目になる。
「危ないじゃないか・・・・
冗談なら止めてほしいな!」
憮然としながら受けとめたそれ・・・・透明な液体の入った瓶を手の上で遊ばせると、ノヴァの反応はいつも通りの冷たい反応であった。
「冗談じゃないさ・・・・
A-Kでも治癒困難な毒薬だそうだ。」
その言葉にナラは顔を引きつらせ、遊ばせていた瓶をしっかりとつかまえた。
「ちょっと、それって・・・・」
「用がないなら出て行ってもらおうか・・・・
裸のまま外を出歩く趣味は無いからな・・・・」
威圧的な眼差しでナラを見据えたノヴァであったが、一向に出て行こうとしないナラに興味を失い、背を向けて着替えを始めたのだった。
『どうやら、精神に影響は出ていないみたいだね・・・・』
ナラはそんな相変わらずな仕草を見せる彼女に、ほっと胸をなで下ろしていた。
しかし、かつての戦いにおいて意志を持つ剣【魔剣】を体内に吸収した事による影響は夢という形で現れていた。その事はナラも気付いてはいたが、彼は重要視していなかったのだ。
「何を安心している?」
ノヴァは着替えをしながらナラに問いかけた。
突然の事では無かったのだが、ナラはその声に身震いさせて反応した。
「あ、いや・・・・」
そのまま、髭が生えたあとすら見えない細い顎をしごき、ノヴァから目を外らした。背を向けているのでこちらが見えているはずはないのだが、ひとまず目を外らすのが礼儀であるかの様に、部屋に置かれた調度類に目を移したのだ。
「まぁいいさ・・・・
ところで、あたしの服はどうした?」
下着姿となったノヴァは辺りを見回すが、いつも着ていた戦闘服が見当たらなかった。
「そこに掛けてあるよ・・・・」
言葉とともにナラが指さした壁には、AランクのA-Kのみに与えられる礼服が掛けられていた。
「これは・・・・」
さすがのノヴァもこれには驚いたらしく、ナラに回答を求めようとした。
「オバサン、今日は何日だと思う?」
ナラは服についての回答はせず、今日という日が何日であるかを逆に問うてきた。しかし、ノヴァの答えを待たずに話しを続けるのだった。
「神暦〇九九九年一月五日・・・・
オバサンが倒れて一二日目だよ・・・・
その間にA-K組織内に大きな変化があったんだ・・・・」
Aランクの大半が反目したウィルザー総司令によって天使化され、昇天。その事により、現在A-Kとしての本来の機能を果たしていないこと・・・・
ナラの口から語られた現実は、ノヴァにとって重要な意味を持っていた。
「つまりこういう事か?ローザの情報を入手する事が不可能だ、と・・・・」
ノヴァの声は震えていた。自分がA-Kとなり罪もない人々を斬殺、毒殺の黙認、汚い仕事に手を染めてきた意味が失われようとしているのだ。
「御名答・・・・表向きは、ね・・・・」
ナラはA-Kのスーツを指さし、ノヴァにそれを着るよう促す。それに彼女は、一瞬抗議の声を上げようとしたが、大人しく袖を通す事にした。
『随分しおらしくなったねぇ・・・・』
ナラは俯き、躊躇する。これから話す話しの内容で、彼女が新たな拠り所を見出だせるかどうかが心配なのだ。
『やっぱり不安定なんだ・・・・
これ以上糠喜びさせるとオバサンは・・・・』
だがナラの心配は、その対象であるノヴァ本人によって打ち消された。
「先を話せ。
裏の情報があるのだろう?」
深いため息の後、ナラは顔を上げ話しを続けた。
「ローザ・・・・
いや、Leftが捕獲したTEST NO 1000、通称サウザンドが一時間後にライトパレスのゼブルエリアに出現することになって・・・・」
「・・・・!」
声は無かった。しかし、反射的に動いた彼女は着替えもそこそこにナラの胸ぐらにつかみ掛かる。
「分かってるんだろ・・・・
こんな行為が何の意味も持たない事に・・・・」
襟で頚が絞まり、足が地から離れてもナラは冷静だった。彼自身、苦痛に対する耐性を持たないはずなのに、彼は耐えていた。
そんなナラを見たためか、恐らく初めて見せたであろう、怒りに染まったノヴァの心は急速に萎えていった。
「分かっているさ・・・・」
ナラを解放し、彼がもたれ掛かっていた壁にノヴァは額を押しつけ壁を叩いた。
「だから、先を話せ・・・・」
せき込むナラはゆっくりと息を整え、三度話しを始めた。
「怒ると見境がないのは相変わらず、だね・・・・
続きは一言だけさ・・・・」
言うと、今まで見せた事のない神妙な表情となり、その一言は発せられた。
「ローザを止めてほしい・・・・」
その時、ノヴァの心は決まった。





《2》

ノヴァは走っていた。
『ローザがそこにいる!』
ローザと再び会う事に想いを馳せ、ナラより与えられた最後の情報、【研究室】の在処を目指して走っていた。
しかし、ノヴァはレフトパレス・・・・つまり地下が目的地である事に気付いたのは、地上城(ライトパレス)と地下城(レフトパレス)の境界が封印されている現実を突きつけられた時だった。
「封印?」
レフトパレスへの入り口と言う入り口、その全てに淡い光を放つ壁が立ち塞がっていた。しかも、よく目を凝らしてその壁を見つめれば、封印の壁が何重にもある事に気付いた。
「こんなモノがあるなんて・・・・」
ノヴァは肩から力が抜けていく感覚に襲われていた。一瞬、屈託のない笑みを見せるナラの顔が浮かび、ナラの立場を、地位を思い出した。
「あいつは・・・・Leftだ・・・・」
更にナラがフォースであったら、と言う考えまで及び、ますます気うつになっていった。
『Leftナンバーズの中級三番隊を統べる上位A-Kのフォース。あいつの策にはまったのだろうか・・・・』
ノヴァの頭の中では堂々巡りの考えが、浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していた。
「あの・・・・もしや、姐さんでは?」
突然の声に振り返ると、そこにはかつてのハンター仲間、カ・ルファンがいた。短く刈り上げられた髪と、突き出た顎、筋肉質の大柄な体躯が特徴的であったが、ノヴァにとってはその容貌に似合わぬ信心深さのギャップで記憶していた。
「ファンか・・・・
お前もA-Kになったのか?」
いつもとは違う雰囲気を纏っている事にカ・ルファンは気付いていたが、気付かぬ振りをして訊ねられた事のみを答えようと思っていた。
「えぇ、Rightの下級三番隊のCランクっスョ。」
だが、彼の性格はそれを許さなかった。
「姐さんは流石に凄いっスね、バーバラ様の後釜で中級一番隊のAランクっスか。
その封印も素通りっスね・・・・」
その言葉でノヴァはいつもの凄みを取り戻した。と同時に、ノヴァよりも頭一つ大柄なカ・ルファンの襟首をつかみ、引き寄せる。
「その話し・・・・間違いないな?」
カ・ルファンは軽口を叩いた事を後悔し、冷たい瞳で見据えられた自分の顔が引きつるのを感じていた。カ・ルファンはどうにか『はい』とだけ答え、解放されてからもしばらくその場で硬直していた。

「通れる・・・・」
ノヴァが光の壁にゆっくりと手を当てると、触れた所を中心に淡い光が波打ち、何の衝撃も返ってくる事なく、手は壁の中へと入っていった。その感触は触れているのに触れていない。空気の様なものであった。
『まるで、あたし・・・・だな・・・・』
自嘲的な笑みを浮かべ、壁など存在しないかの様に大股で歩を進めた。しかし、長い階段を下りきったところで再びノヴァは足止めされる事となった。
「闇の・・・・壁?
Left側の封印か!」
そう、レフトパレスはこの通路一面を覆った闇色の壁のすぐ後に続いている筈なのだ。Rightの封印があれば、Left側にも封印があることは予想されて当然の状況であった。
だが、今のノヴァにはもう関係のない事だった。迷う事はないのだ。彼女の心は一つになっていた。
「ローザ!」
ノヴァは妹の名を呼ぶと、漆黒のカーテンに身をゆだねた。Rightである彼女は、何度か弾き出される覚悟で壁へと飛び込んだのだ。だが、その予想は再び大きく外れた。彼女は泥の中に身体を埋めた感覚を体験していた。光とは異なり、輝きあるもの全てを漆黒へと帰す闇。その無に近いものの何と存在感のあることか。
そんな全身を圧迫される状況の中、彼女は前進を止めようとはしなかった。止めようとはしなかったが、善戦空しくあっさりと排出されてしまった。
「くそっ!」
冷たい床に突っ伏し、吐き捨てたノヴァであったが、その後にやってきた、自分でもぞっとするほどの倦怠感に襲われた。
『闇に力を吸われたのか?それとも・・・・』
一瞬、このだるさに対する正答を得かけたが、彼女はそれを否定した。
「ローザを、助けなければ・・・・」
床のひんやりとした感覚を頬に受けながら、彼女はもがき始めた。ゆっくりと腰を挙げ、震える両腕で四つん這いになる。彼女はもう一度、闇の壁に挑もうと言うのだ。しかし、頭はうなだれたままだった。あの、漆黒の空間を見てしまったら、今度こそ動けなくなるような気がしていた。
『・・・・らしくないな・・・・』
気付いた様に動きを止めたノヴァは、頭を二三度振ってゆっくりと立ち上がった。
『・・・・もう一度だ!』
重い重圧を振り切り、闇の壁を凝視した・・・・はずだった。























《3》

ノヴァが力を振り絞り立ち上がった同刻、フォースは二週間前に訪れていた国、ランロードの王の間に現れていた。
「相変わらず、突然やってくるのですね。」
若い家臣らが慌てどよめく中、落ち着いた語り口で宙に浮くフォースへと語りかけたのは、彼女が帰国した後に女王の座に着いた少女、クイーン・アリシアであった。
「今回はどんな御用向きかしら?」
言われると、フォースはゆっくりと朱の絨毯の上に降り立ち、自らを光輝く翼で覆い隠した。そして、一閃の光が弾けた後、そこにいたのは、彼女ではなく、彼であった。
「この姿では初めて、かな?
ボクの名はナラ=ツインスター。
ナラって呼んでくれていいよ。」
この自己紹介に家臣の大半は激高し、衛兵を呼び立て、ナラを取り囲む結果となった。この状況において、アリシアは深く、大きなため息をついていた。
『なんでこうなるのかしら・・・・
まぁ、いきなり現れたフォース・・・・いえ、ナラ殿も悪いけど、話しも聞かずに衛兵を呼ぶなんて・・・・』
自分の家臣の愚かさに頭を抱えるアリシアに対し、ナラは自分を囲んだ兵士を指さし、にこやかに言った。
「倒して、いい?」
兵士達の嘲笑と罵声が上がったが、次のアリシアの言葉で彼らは一斉に引いていった。
「倒す前に用向きを聞きましょう・・・・
若きA-K殿・・・・」
兵士達の間に伝わる噂で唯一、世界中に正確に伝わっている噂がある。つまり【A-Kは死神だ】と・・・・
その注目のA-Kが目の前にいるのだ。名も無き一兵士の相手になろうはずがない。そんな兵士の様を見た若き家臣らは、彼らをけしかけようと怒鳴り散らすのだが、逆に『何も知らない貴族のぼんぼんは黙ってろ』と反撃され、兵士相手に罵声合戦を始めていた。
『女王の御前である。皆の者静まれ!』
罵声を鳴り止ませたのは、頭に直接鳴り響いた、魔剣シャグダリスの怒声であった。彼は千年もの前よりランロードを護ってきたガーディアンであり、初代王クイーン・アイシャを護るために魔剣となった恋人と言われる者だが、定かではない。今では封印を解かれ、アリシアを護るべく常に彼女の傍らに浮いているのだ。
『小僧共・・・・我を唯の飾りと思うなよ・・・・』
家臣と兵士一同に睨みをきかせた後、アリシアに先を促した。
「家臣の非礼は詫びましょう。
この国を救って下さった貴女、いえ貴方です。
突然の来訪程度、なんとも思ってませんよ」
ナラは促され、お決まりの文句から語りだした。
「ボクはフォースじゃないよ。
まず、その事を分かっておいて欲しいな。
・・・・で、用件だけど・・・・
アイシャ様の名を継ぐ者として、ガーディアンと共にウェンデルに来て欲しいんだ。
ボク達だけじゃ戦力不足なんだよ!」
アリシアは何故、自分が求められるのか分からなかった。確かに、アリシアと言う名は、【アイシャの名を継ぐ者】と言う意味だ。だからと言って、ウェンデルに行く理由にはならない。彼女は困惑していた。
そんな彼女を見てか、ナラはさらに一言付け加えた。
「・・・・シュウナ!
君は何が起きようとしているか知っているよね・・・・」
突然、シャグダリスの本名、人であった頃の名前、アリシアになりすましていた頃の名前を呼ばれ、彼はゆっくりとナラの前まで下りて行き、呆然としながら呟いた。
『世界の崩壊が、また始まるのか・・・・』
その痛いほどの悲しみに満ちた彼の心の呟きは、この場にいた全ての者に伝わり、アリシアは決断した。
「おつかいに出したマリームが帰って来る前に行きます!」
その言葉に吹き出してしまったナラだが、涙目をこすりながら彼女に握手を求めた。
「ありがとう」
そして、再び輝く翼を出現させた彼は、彼女、フォースとなって、アリシアと魔剣シャグダリスを翼で優しく包み込み、輝きがいっそう増した後に王の間一面を光で満たし、三人はランロードよりウェンデルへと転送された。

《4》

場面は再びノヴァに戻る。
彼女の眼前に闇の壁はもう無く、ただ一面の花畑が広がっていた。それだけではない。地下であるはずなのに太陽光と同様な光が降りそそいでいるのだ。
「これは・・・・」
ノヴァは驚きのため張りつめた緊張の糸が途切れ、ふらふらと花畑の中に歩み寄るとそのまま膝が折れ花の絨毯に身を埋めた。
『・・・・何でだろう・・・・
あたしはこの場所を知ってる気がする・・・・』
ノヴァは今そんな事をしている暇が無いのを知りながら、ただ自分に無い記憶に想いを馳せていた。
『・・・・何でだろう・・・・
ここにいると、とても嬉しくて、とても悲しい・・・・』
彼女は全身を包み込む倦怠感にあがらえずにいた。
『・・・・悲しい・・・・』
そのいち単語がノヴァの心にひっかかった。
そして目を閉じると、この花畑と同じ光景が広がり、彼女はその花畑に入る事が出来ずに、一歩離れて立ち尽くしていた。
『何故だ?』
広がった光景には二つの影が互いに戯れ、心の底からの微笑みを見せていた。
『何故、ローザが龍国人の女と一緒に居るんだ?』
影の一人は小さな女の子、ノヴァがA-Kに入団した目的、最愛の妹、ローザの姿であった。
『何で、そんなに、いい笑顔をしているんだ?
そんな笑みを見せた事・・・・無い・・・・』
幻のローザは、まるで自分の母親と一緒にいるかの様な満面の笑みを浮かべていた。
「ローザ・・・・ちゃん!
ローザちゃん!」
幻の中のノヴァは二人の方に手を振っていた。手を振り、ローザを呼んでいた。
『ちゃん?
あたしは、何でそんな他人行儀な言い方をするんだ?』
幻のローザは呼ばれて彼女のもとへと駆けてくると、そのまま飛びついてきた。
「ミーチャおば様!」
『おば様?』
声が木霊し、『オバサマ』と連呼されたノヴァの幻は歪み始めた。
「オバサマ・・・・」
ローザの顔が突然消え、龍国人の女もいつの間にか姿が消えている。
「オバサマ・・・・」
花畑は黒一色に染まり、歪んだ他の背景と混ざり合う中でも声はまだしている。
「おばさま・・・・」
やがて幻は消え、完全な闇と化した世界になお声は届く。
「叔母様!」
ノヴァはゆっくりと目を開け、けだるい身体を起こして見上げると、目の前にいつか見た数字が飛び込んできた。
『レフトのナンバーⅨ・・・・』
「叔母様、気が付きましたか?
叔母様・・・・」
その数字と言葉はノヴァを覚醒させ、倦怠感という重りから解放するのに十分すぎるほどのものであった。
覚醒した彼女は右腕から【刀】-龍国製の世界一斬れ味の鋭いとされる剣-を出現させ、立ち上がると同時に一歩踏み込み、眼前でノヴァを心配そうな面もちで見守っていてくれた一人の女性に、地から天を斬り上げる様に斬りつけた。
しかし、女性は顔色一つ変えず、その場に立ち尽くしていた。太刀筋が見切れなかったのだろうか。いや、違う。よける必要がなかったのだ。
ノヴァの剣撃は何か硬い物とぶつかり、乾いた音を立てて止まっていた。
「なんだ?これはっ・・・・」
ノヴァの刀より彼女を護ったのは、宙に浮いた一本の槍であった。しかし、唯の槍ではない事は明白。意志を持つかのように自動的に反応したそれは、まさに意志を持つ槍。魔槍であった。
「・・・・どうか剣を引いて下さい。」
ノヴァの冷たい瞳を一身に受けながら、彼女は静かに語りかけてきた。
「叔母様がお探しのローザは、既にゼブルエリアに転送されました。」
ノヴァはそれに応じようとはしなかった。しかし実際、ノヴァ自身が何を信じていいのかが分からなくなっていた。何が本当で、何が嘘なのか・・・・
『ナラを信じたあたしが馬鹿だったのか?』
疑念はノヴァを脱力させ、再び地に膝をつかせた。
『だったら、ナラは何故偽の情報を流した?』
ノヴァの瞳にいつもの冷たさはなく、自分の本当の感情を殺しきれずに涙を浮かべていた。そんな彼女を前に、渦巻く考えに回答らしき物を出したのはLeftの女性であった。
「それは、姉さんが・・・・叔母様を恨んでいるから・・・・
・・・・そして、ローザを愛しているから・・・・」
その言葉はノヴァをさらに感情的にさせ、すがりつく様にLeftの女性の襟首につかみかかった。
「ローザを愛しているなら、何故・・・・」
ノヴァの最後の言葉は声とはならなかった。しかし、その先をLeftの女性が続けていた。
「何故、力を使わせる・・・・
そう言いたいのでしょうけど、でも、力を与えられた者はそれを使わなければならないのよ。
力は否定できないの。
分かって・・・・叔母様・・・・」
最後はノヴァをなだめる様な口調となっていたが、ノヴァは彼女を突き放し、言い放った。
「力?
これが力か?」
ノヴァは胸に手を当て、言葉と同時に全身から白銀に輝く剣の刀身を出現させた。
「与えられた力か?
誰が、何のために与えた?
与えたのは誰だ!
あたしは・・・・誰だ?」
その問に、彼女は沈黙で答えた。
しかし、激昂するノヴァは納得するはずもなく、さらに彼女を問いつめようと口を開こうとした。だが、彼女はそれよりも早くノヴァを遮り、語りだした。
「【呪われた血の末裔】、【赤き竜】との契りをもって【終局】へと歩まん・・・・
【呪われた血の末裔】、【告知の天使(  ガブリエル   )】の囁きをもって【新しい都( エルサレム  )】を召喚せん・・・・
今はそれだけしか言えません。
でも、全てはローザが知っています・・・・」
その言葉に、ノヴァは怒りで忘れかけていた当初の目的を思い出した。
『ローザ・・・・
ローザはどうしたんだ?』
ノヴァは少しずつ冷静さを取り戻しはじめた。彼女の特技とも言えるだろう、気持ちの切り替えのはやさを取り戻したのだ。
「時間が無いんだ・・・・
今すぐゼブルエリアに連れていけ・・・・」
冷たく据わった瞳でLeftの女性を射ぬく様はいつもの調子だが、Leftの女性がそれに動じないのは先刻承知の事であった。だが彼女はゆっくりとうなずき、ノヴァの要求をすんなりと受け入れたのだった。
「そう、時間が無いんです。
でも、その前にこれを叔母様に・・・・」
彼女は自分が両手に身につけていた、篭手に楕円形の楯がつき、さらに爪の様な物が生えている武具をノヴァに手渡してきた。
「なんだ?これは・・・・」
手渡されたものの、どうしたものかとノヴァはそれらを見つめていた。
「【飛爪獣牙( ひそうじゅうが)】・・・・
その完成版です。どうか使って下さい・・・・」
促されるままノヴァはそれらに腕を通し、動く際に邪魔にならないかと身体を動かしはじめた。そんななか、ノヴァは変な感覚に陥っていた。懐かしいような、嬉しいような・・・・
『何だろう・・・・初めてじゃない気がする・・・・』
動くのを止め、開いた掌を眺めていると、ノヴァを光が優しく包み込みはじめた。
「飛ばしますよ・・・・」
それはLeftの女性の背から流れ出していた。流れ出た光は翼を形作り、羽毛に包まれるよりも心地よい気分をノヴァに感じさせていた。
しかし、ノヴァは最後の疑問を口に出さずにはいられない衝動が沸き起こっていた。
「まて、最後に教えてくれ・・・・
何故、【叔母様】なんだ?」
返ってきたのは沈黙だった。
だが光が一層強まりノヴァが目を開けていられなくなった頃、今まさに転送されようとするその時、女性はノヴァの耳元に近づきそっと囁いた。
「母の【弥生】が叔母様の妹の一人だから・・・・」
ノヴァが次に目を開けたとき、そこには瓦礫と炎が暴れる戦場が広がっていた。











《5》

ゼブルエリア・・・・
A-Kの中枢にして、全てのA-K達に命令を発する参謀本部。
しかし、その中央ホールにはいるべきはずのAランクのA-Kはおらず、天使とも人ともつかない屍が折り重なって転がっていた。ただ、その中に一人立ち尽くす女性の姿が確認できる。
白いスーツは紅に染まり、赤で刺繍された十字架と【L-1000】の文字はすでに文字とは受け取れない。振り乱した長く赤い髪は戦火の中にありながら燃える事無く、炎と戯れるようにゆらゆらと揺れていた。
「何故、私達が貴女方の内輪もめに参加しなければならないのですか?」
彼女を遠巻きに眺めながら、アリシアはフォースをなじる様に言った。
ランロードより直接転送されてきたこの場所で、アリシアは見ていたのだ。炎と戯れる彼女が、ゼブルエリアにいたA-Kと言うA-Kを打ちのめし、引き裂き、天使化して昇天した彼らを捕まえ、消滅させる様を・・・・
「世界が滅ぶのではなかったのですか?」
アリシアは召喚された理由と違う現実を見せつけられ、少々苛立ち始めていた。それを知ってか知らずか、フォースはいつもと変わらぬ口調で語り出す。
「まだ、役者がそろってないよ。
彼女達が来なければ始まらない・・・・」
「どなたです?その方々は・・・・」
憮然としたまま、アリシアはたずねる。率直な返答は得られない事が分かっているだけに彼女の苛立ちは募る一方であった。
しかし、苛立ちもここまでであった。役者の一人、この崩壊する世界のヒロインの一人、ノヴァ=ディ=ドゥーディが二人と炎の女性との間に弾ける光とともに現れた。
「彼女は・・・・」
ノヴァを視認したアリシアは、二週間程前にランロード国で繰り広げた戦いの記憶を思い出していた。シュウナとしての記憶、魔剣としての記憶、アリシアにとってあまり良い記憶ではなかった。
「まずは一人・・・・」
フォースがつぶやくと、ノヴァが彼女に気付いたのだろう。足早にフォースの元に駆け寄ったノヴァは、そのまま彼女の頬をたたいた。
「痛いじゃないか!
何するんだよ、オバサン!」
たたかれた頬を押さえながら、フォースは抗議の声をあげる。しかし、そんな事は関係ないと言った面もちで、ノヴァはいつもの冷たい瞳で彼女を見据えると淡々と語りだした。
「ナラじゃないとは言わせない・・・・
一体何が目的なんだ?
邪魔をしたいのか?助けてくれると言うのか?」
言われたフォースは口元を緩め、ノヴァに疑問を疑問で返答した。
「それはオバサンが決める事だよ。
オバサンは何をしたいんだい?」
返答を求めるノヴァであったが、逆に問われた事に苛立ちはなかった。
むしろ、自分自身を考えずにはいられなかった。
『あたしは、何がしたい?』
フォースの問は続く。
「オバサンはなんのためにローザを求めるんだい?」
『護りたかったから・・・・』
「護りたかったから?」
『護らなければならなかったから・・・・』
「護らなければならなかったから?」
ノヴァの心が見透かされている様に、フォースはノヴァが思ったと同じ事を問うてきた。
「何故?」
『妹だから・・・・』
それは当然の想いだった。ノヴァの妹がローザである事はフォースが知るところであるし、幼い妹を思うのは姉の務めとも言えるからだ。だが、次の疑問は違っていた。
「妹だから?
それは違う!」
フォースは突然声のトーンを上げ、言い放った。
「ローザはボクの子だよ!
ボクがお腹を痛めて産んだ子なんだ!」
ノヴァは身体に電流が通り抜ける感覚を覚えた。
何処かで聞いた、とても悲しい結末の序曲となる言葉であることを、ノヴァは感じていた。
そして、無意識のうちに言葉が口をついて出ていた。
「フォース・・・・
ならば何故、ローザを捨てたりした?」
フォースは無言だった。無言だったが、眉をひそませるほど驚きを顔に出していた。
同様に、自分で言った事ながらノヴァ自身も驚いていた。
『あたしは、何を言っているんだ?
これじゃぁ・・・・ローザがあたしの妹じゃないみたいじゃないか・・・・』
驚きから先に立ち直ったのはフォースであった。
フォースはノヴァも驚きで固まっている事に気付くと、口元を少し緩めて先を続けた。
「答える事が出来なくなるのはオバサンの役目じゃないよ。
オバサンの台詞は【この子が、ウィルザー様の子だから?】だよ・・・・」
「それは・・・・」
ノヴァ自身、ほんの数時間前に聞いた台詞だった。
夢・・・・
いつもは覚えてなどいないのに、今朝みた夢はハッキリと回想する事が出来た。その夢の中で蒼い髪の女が言っていた台詞であった。
『何故知っている?』
「何故知っている・・・・」
先程と同じ様に、ノヴァはフォースに見透かされている様だった。
「・・・・とでも考えているのかな?
まぁ、正直ボクも驚いたよ。
半年前と全く同じ事を聞いて来るんだもんね・・・・」
ノヴァは微笑みを浮かべながら話すフォースを前に、嫌な予感がしていた。このまま彼女と話していると、ローザを完全に失ってしまう・・・・そんな焦燥感が沸き起こっていた。
「ローザは・・・・
ローザはどこだ!」
ノヴァは語気を荒らげ、ローザを求めた。しかし、フォースは意に介する素振りを見せず、先を語り出す。
「やっぱり、どんなに姿が変わってもローザの事は大切なんだね・・・・」
理解できなかった。ノヴァには、もうローザの事しか考えられないでいた。
「ローザはどこだ!」
これから、フォースの口より自分が求めていたものの答が語られると言うのに・・・・
「ボクはローザを捨てた。
それは否定しないよ・・・・
でも、こうなる事が分かっていたから、捨てたんだ!」
理解できないのは変わり無かったが、ノヴァはさらに語気を荒らげてローザを求める。
「ローザはどこだ!」
彼女自身がローザの妹ではない事を認めている様に、その思いを打ち消したいとあえぐ様に・・・・
「殺さないために捨ててきたのに、殺させるために連れ戻した・・・・
カレンのせいだよ・・・・世界が壊れるのは・・・・」
この言葉に、ノヴァの中にある何かが萎縮し、彼女自身の身体をも萎縮させた。だが、次のフォースの言葉はノヴァを迷いと焦りから解き放つには十分だった。
「ボクはローザを殺す・・・・
カレンは何をしたいんだい?」
ノヴァの答は決まっていた。
「ローザはあたしが護る・・・・
それに、あたしはノヴァだ。
カレンじゃない・・・・」
この時、今まで傍観者を決めつけていた少女、アリシアが口を開いた。
「これで役者もそろい、配役も決まった・・・・
そう考えていいのですね?」
かなりうんざりとした口調であったが、言い終わった瞬間、彼女の表情は一変した。
ノヴァを明らかに敵ととらえているのだ。
『つまりは、フォースの娘が何らかの理由で世界を崩壊させる原因となる。
だから実母であるフォースは、娘がその様な事をする前にこの世から旅立たせたい。
ところが、養母である彼女はそれが嫌で気に入らない・・・・
辛いところだけど、大局を見ればフォースが正しいのね・・・・』
敵ととらえはしたが、迷いが全く無いわけではなかった。まだ大人未満な年齢のアリシアにとっては辛すぎる、おそらく初めての女王としての決断であった。
「来なさい!
貴女を倒した後に、そのローザとやらも私が倒しましょう!」
アリシアは炎の中にたたずむ女性を指さし、ノヴァと対峙した。だが、その行為により気付いたのだ。ノヴァの背後にいる女性がローザである事に・・・・
「アリシア、よく気付いたね・・・・
彼女がローザだって・・・・」
「話しの筋から考えれば当然です。」
フォースの静かなつぶやきはアリシアのみに聞こえ、アリシアはノヴァから視線を外さず同様に答えた。二人は一抹の迷いを抱えてはいたが、完全に落ち着いていた。
しかし、ノヴァは二人とは違い、無防備にもフォースらに背を向けていた。数週間会わないでいた間に成人に近い体型にまで成長してしまっていたが、ノヴァは彼女がローザである事が直感的に分かり破顔していた。
「ロ・・・・ザ・・・・
ローザァァァッ!」
炎をかき分け、ノヴァはローザの元に走った。喜びの感情を全身に出しながら・・・・
だが、喜びの声は次の瞬間には悲鳴に変わっていた。
「ロ・・・・ザ?」
ノヴァとローザ、二人が数十日ぶりに一瞬笑みを交わした刹那、赤くねっとりとしたものがまとわりついた鋭利な物が、ローザの首より生えてきた。そしてそれはまばたきする間も与えずに、ローザの頚部を破壊していった。
まるで人形の様だった。人形の頭部が転がり落ちる様に、ローザの頭が彼女を抱こうと伸ばしたノヴァの手の中に転がり込んだのだった。
そして脳の統制を失った肉体は、ノヴァにすがりつく様に崩れ落ち、思い出したかの様に噴水さながらに血が溢れ出した。
ノヴァはローザの血が全身に打ちつけるのをそのままに、呆然と彼女の頭を抱いていた。
「どういう事です!
私はまだ何もしてません・・・・」
「そんな・・・・ローザが・・・・
ボクのローザが・・・・」
二人は慌て、混乱していた。アリシアはともかく、フォースですら予想していなかった人物が現れたのだ。
そう、五人目の役者は白銀の刃を紅く染め、炎の舞台に登ってきたのだ。











《6》

刀の様な得物を持つ彼女、五人目の役者は、長く蒼い髪をポニーテールにしてまとめ、まるで黒装束を着ているかの様に、裾の短いワンピース、その上に羽織ったコート、ハイヒールのブーツまでもが黒一色にコーディネートされ、肩口からのぞく浅い谷間にはリンリンと鳴る白銀のネックレスを輝かせていた。
「【ママ】・・・・」
フォースは思わずつぶやき、パニックから少しずつ立ち直りはじめていた。
だが、アリシアは今の言葉でさらに混乱してしまった。どう見ても一〇代後半から二〇代前半と言った容姿の二人が、一方は母であり、一方は娘であるとその一言は語っているのだ。順を追って話しをする事を美徳と心得ているアリシアにとって、突然の大きな情報は困惑の原因以外の何者でもなかった。
黒装束の女性は、【ママ】と呼ばれた事に気付いたのか、刀についた血糊を振り払い、いまだ立ち直れずに腰が砕けているノヴァの横を平然と通り抜け、二人の前にやってきた。
「ママ!」
フォースは眼前にやってきた彼女に対し、怒りをあらわに食ってかかろうとした。しかし、彼女の行動はそれよりも早かった。
「あなたは・・・・何人目?」
つぶやく様に問を発してきた彼女は、刀を持たぬ左手で優しくフォースの頬をなでた。すると、フォースの怒りの感情が急速に萎えていき、促されるまま彼女の問に答えていた。
「ボクはフォース・・・・
七姉妹の四女・・・・」
フォースの返答を聞くと、彼女は『そう』とだけこたえ満面の笑みを浮かべた。だが、笑みはそこまでだった。彼女がきびすを返した刹那、表情は厳しいものへとかわっていた。
「何をするつもりです!」
いちはやくその変化に気付いたアリシアは彼女を呼び止めた。
すると彼女はゆっくりと振り向き、抜き身の刀をノヴァに向け、ただ一言言い放った。
「彼女を殺します・・・・」
その言葉は、アリシアに彼女に対する嫌悪感を抱かせるのに十分であった。
「何を言っているんです!
貴女は彼女の姿を見てなんとも思わないんですか?
彼女には戦う意志が感じられないじゃないですか!」
アリシアは嫌悪感に任せ、感情的な口調で彼女に詰め寄った。しかし、言った後で少し後悔していた。ローザの首を、意に介する事無く平然とはねた女性に対し、今の問は無意味に感じたのだ。
「そうね・・・・」
彼女は少しうつむき小さく囁くと、アリシアの言葉に従ったのか、刀を引き鞘に収めた。
その彼女の行動ではアリシアの不信と嫌悪の眼差しを消すには足りず、アリシアはいぶかしげに彼女の目を見つめた。だが、彼女のピンクがかった紅い瞳は敵意を持っていなかった。
『分かってくれた?』
意を決し、彼女を諭そうと言葉を続けようとしたアリシアだが、彼女の方が先に語りだした。
「まず、貴女は思い違いをしている・・・・
世界の崩壊は彼女が死んで初めて止められるのよ・・・・
彼女がどうこうするのではなく、彼女の存在自体が崩壊の歯車なの・・・・
彼女を殺さなければ、この世界は滅ぶだけよ・・・・」
分かってはいなかった。彼女の口から語られたのは、ノヴァを殺す理由であった。
「でも、戦意の無い者を殺すなんて、神様が許されるわけありません!」
アリシアはそれだけ言うので精一杯であった。何度も困惑させられてはきたが、曲がりなりにも命の恩人たるフォースの母なのだ。アリシアは彼女が言っている事が正しいだろう事は信じないわけにはいかなかった。だからこそ言葉が詰まり、【神】と言う曖昧な存在にすがってしまったのだ。
だが、彼女はそれにも返答してきたのだ。意味深な言葉を含ませ・・・・
「そうね・・・・
神様はそんな事絶対に許さないでしょうね・・・・
世界を滅ぼせなくなるもの・・・・」
「何を・・・・」
『馬鹿な事を・・・・』
アリシアはその言葉を聞き流す事で平静を保ち、彼女の目を見据えた。そうしなければならない様に、アリシアは彼女から目を離す事が出来なかった。アリシアが目を離した瞬間に、彼女がノヴァを殺しかねない。そう思っていた。
「ふふ・・・・」
しかし以外にも、彼女はただ微笑みを返してきた。ただそれとは裏腹に、口から漏れた言葉は残酷なものであった。
「貴女がそんなに戦意にこだわるなら、彼女に取り戻してもらえばいいだけね・・・・
さぁ、立ちなさい!
貴女をあたしの手で殺すために、あたしはローザを殺したんだから!」
「!」
彼女は言い放ったのだ。まるでローザは殺される必要がなかったかの様に・・・・


『あたしは、何をしていたんだろう・・・・』
最愛の妹の頭を抱き、妹の血でスーツを朱に染めながら、ノヴァは腰が砕け床に腰を下ろしていた。舞散る炎がホールを焦がし、熱が床を伝ってきていたが、ノヴァにはさほどにも感じていなかった。
『やっぱり、無駄だったんだ・・・・』
ノヴァ自身、自分が自分ではなくなっている感じがしていた。
全てがどうにもならなかったと思い、ただただ、抱いたローザの頭を撫でていた。
「ママ!」
『フォース・・・・何を叫んでいるんだ?』
閉じ込もりつつあるノヴァであったが、外界の喧噪は聞こえてきていた。
「何をするつもりです!」
『いつかのお姫様?』
言葉が聞こえる度、ノヴァは引き戻される様な感覚を覚えた。
「彼女を殺します・・・・」
『誰だ?
懐かしい気がするけど、嫌な声・・・・』
ノヴァには無いはずの記憶というものを掘り返させるその声は、ノヴァの中に響いていた。
『誰だろう・・・・』
だが、その答えが見つかるはずもなく、その前にノヴァへと言葉が発せられたのだ。
「さぁ、立ちなさい!
貴女をあたしの手で殺すために、あたしはローザを殺したんだから!」
その言葉は、ノヴァを完全にこちらの世界に引き戻し、ノヴァに深い怒りと憎しみを植え付けた。
「キサマ・・・・」
ノヴァはローザの身体を床に寝かせ、抱いた頭をあるべき場所にそっと戻すと、右腕を怒りまかせに振り上げ、刀を出現させて彼女と対峙した。
怒りに紅潮するノヴァに対して、彼女の方は静かに左腰に構えた刀をゆっくりと鞘から抜き払った。
「これで、文句は無いでしょう?」
ノヴァを見据えたまま、彼女はアリシアに了解を求めてきた。
「そうかもしれませんが、これでは・・・・」
アリシアは嫌悪感も手伝って、不満を漏らしかけたが、最後まで言葉が続かなかった。
しかも対するノヴァは、待てずに彼女に斬りかかったのだ。
「何を話しているっ!」
ノヴァは真っ直ぐ振り挙げた刀を彼女の左肩から袈裟懸けに斬り払った。
しかし、それを彼女は右後方に飛び退いてかわすと、斬撃が通り抜けると同時に一歩踏み込み、無防備になったノヴァの頭部めがけて刀を振り下ろした。
だが、彼女の攻撃は肉体に届く事はなく、両肩より出現した二本の剣で受けとめられた。
「っく!」
彼女は呻くように声を漏らすと、足にかかる負担を省みず、後退すべく下半身に力を込めた。しかし一瞬遅く、後退できたもののノヴァが返した刀で斬り上げた切っ先は浅く胸をかすめ、黒のワンピースが斜めに裂け、白い肌がのぞいていた。
一度目の組合はノヴァが制していた。
「さすがにやる様ね・・・・」
間合いを取りながら彼女はつぶやいた。しかし、服が裂かれながらも彼女は冷静だった。しかも、さらにノヴァをあおる様な話しを始めたのだ。
「ミーチャの身体の中に入っている精神は誰のものかはしらないし・・・・
ミーチャの精神を基礎に構築されているフォースには悪いけど・・・・
あたし、ミーチャの事嫌いだったわ・・・・
だから、貴女も嫌い!」
彼女がはじめて見せる勝ち誇った様な表情をで、そうノヴァに言い放ったのだ。
「だから、ローザを殺したって言うのかぁ!」
怒り満身のノヴァの頭は、すでに『あの女を殺す』と言う一言に占領されていた。
そして、次の彼女が発した言葉の後、二人の勝負は決した・・・・

「・・・・姉さん・・・・」
地に突き立てられた槍を掴み崩れる様にかがんだ彼女は、腰までとどく深く蒼い髪に全身を覆われる形となる。当然、彼女の今の表情を窺う事はできないのだが、彼女の目に溜められた涙が大粒の滴となって地に落ちていた。
「彼女は貴女のお姉様だったのですか?」
近寄り難い空気を放つ彼女の背後にアリシアは近付いていった。
「私のせい・・・・ですね・・・・
私があんな事言ったから・・・・」
だが、その言葉を彼女は否定した。
「そんな事関係ないわ・・・・
あのヒトとあたしは、どちらか一人しか生き残れなかった・・・・
仕方無い事なのよ。
この壊れ行く世界に定められた律なのだから・・・・」
否定はしていたが、彼女の背中は小刻みに震えを見せている。それは彼女の言葉と心が相反するものである事を物語っていた。
「無理はいけないわ。
貴女は自分を殺している・・・・
そんな事をしていたら貴女が壊れてしまうわ・・・・」
しかし、アリシアのこの言葉で彼女の放つ空気が一変した。
「うるさい!
黙れ!【弥生】!
【表】に出るなぁ!」
悲しみの領域に侵入できたアリシアは驚き、一歩、二歩と後ずさった。
アリシアは【弥生】と呼ばれた事にではなく、彼女の放つ怒りの空気に気圧されていた。
「アナタが弱かったからあたしが存在んじゃないか!
アナタは自分が弱いと認めたくないんでしょ!
だったら邪魔しないで観ていなさいよ!」
彼女は震えを止めようと自分の肩を必死に押さえ込んでいた。
『黙れ』と言う言葉を連呼しながら・・・・
すると次第に震えの間隔が大きくなり、やがてそれは止まった。
「そうよ、アナタは観ていればいいのよ。」
震えが止んだ身体を解放し、彼女はすっくと立ち上がると大きく胸を張った。
「後はあたしが・・・・
あたしの子が全てを創り直すわ。
アナタとルーの子では無く、あたしとルーの子が!」
その時アリシアは気付いた。彼女がアリシアに見えない人物と会話をしている事に・・・・
「貴女は、誰なんですか?」
順序立てた行動を美徳とするアリシアであったが、今まで会った誰とも違う雰囲気を持つ彼女に、心の中より生まれいでた疑問を口にしていた。
「あたしは・・・・」
ゆっくりと振り返った彼女は小さく微笑み、その自信に満ちた姿は先ほどのそれとは全く違っている事をアリシアに認識させた。
「貴女は誰なんですか?」
そして彼女の口から、小さいがハッキリとした言葉がつむぎだされた。
「あたしは【飛鳥】・・・・
【破滅と再生の母】よ・・・・」
エピローグ

『また、あたしは夢を見ているのか・・・・』
何も見えない、何も無い、闇一色が広がるこの世界にはノヴァ一人が浮かんでいた。しかし、ノヴァ自身は浮かんでいるという感覚はなく、むしろ落ちている感覚を全身に感じていた。そう、まるで引き寄せられているかの様に闇をかき分け一直線に落下していた。
『・・・・?』
ここで初めてノヴァは疑念をいだいた。これは本当に夢なのか、と・・・・
ノヴァにとって、今感じている落ちる感覚のみでは何も分からなかった。しかし、何か違う。
『ここは、一体何処なんだ!』
叫びは闇が絡みつき、ノヴァ自身何処に、誰かに届いたなどとは思ってもいなかった。ただ黒一色の空間の中で落ちる感覚しか与えられていないのが辛かった。
『久しぶりね・・・・
ソードイーターのノヴァ・・・・』
声がした、何処にいるのか分からない誰かの声が聞こえてきた。
『誰なんだ?』
落ちる感覚はそのままに、ノヴァは首を回して声の主を探した。
『話してくれ、声を・・・・聞かせてくれ!』
明らかに懇願する様な声となっていることにノヴァは気付いているのだろうか。いつものノヴァらしくない、冷静さと冷酷さの欠けたノヴァであった。そんなノヴァを知ってか知らずか、長い静寂がノヴァの恐慌を助長させ始めた。
『我はアルファにしてオメガ、一にして一〇、原初にして黄昏・・・・』
ノヴァが恐れに捕らわれるより早く、彼女は声をかけてきた。しかし、その姿は見えない。暗黒のカーテンが邪魔をし、二人の間を大きく遮っているのだ。
『だが、今はそんな事は問題とはならないわ。
ノヴァ・・・・あなたは何を望むの?』
彼女は闇の先から問を発してきた。
『あたしは・・・・』
近い過去に聞いた覚えのある言葉だった。しかし、その時の様にノヴァを追い詰める事はなかった。彼女は優しく、優しくノヴァに語りかけてきた。
『ローザを護りたかったのよね・・・・』
その通りだった。その通りなのだが、ノヴァにはうなずく事が出来なかった。
『ローザはもういない・・・・
護れなかったんだ、あたし・・・・』
瞬間、闇をかき分ける速度が増した感覚に襲われた。ノヴァは得体の知れない、ざらざらとした物で撫でられる様な嫌な感覚に陥っていた。
『このまま落ちて、墜ちて、堕ちていくんだ・・・・』
ノヴァの負の感情は更にノヴァの身体を加速させた。
『大丈夫、ローザだってA-Kなのよ。
A-Kは死なないわ。
彼女の存在は消えないのよ。』
この言葉に、ノヴァは身体を震わせた。ノヴァ自身が思い出せる数少ない記憶の中から、ローザの右腕に刻まれた【TEST NO 1000】の文字が浮かび上がった。
『【LOSTナンバーズ】・・・・
正規のA-Kとは違う、特殊な能力をマテリアルより引き出す事のできた者達の集まりだけど、生存しているのは貴女達二人だけ。
どうする?』
ノヴァは闇を前に決断を迫られた。だが、ノヴァはあっさりと言い放ったのだ。
『ローザを助ける。』
その答に、闇の彼女は小さな笑い声を漏らしてきた。
『嬉しいな・・・・
ねぇ、ノヴァ!これであたし達、世界を再生する事が出来るのよ!
【飛鳥ママ】が必死で護ろうとしている世界を新生できるの!』
彼女の雰囲気が変わっていた。変わってしまったそれを感じ取ったノヴァは闇という壁の向こうで語りかけてくれてくれていたのが誰かが分かりかけてきた。
『お前は・・・・』
彼女の名を呼ぼうとした瞬間、加速は今まで以上にかかり、身体が千切れそうな気がした。そんな中、思わずあげたノヴァの悲鳴に彼女が優しく包み込むように語りかけてきた。
『ノヴァ、堕ちる刻は終わったの・・・・
考え方を変えてみましょうよ・・・・
貴女は今、飛んでいるのよ!』
彼女の声は、ノヴァに伝わった。しかし、時間は許してくれなかったのか、とうとう地面の様な壁が見えてきていた。だが、ノヴァは恐れなかった、恐れるどころか、自らの身体に加速をつけ、地面へと飛び込んだのだ。
瞬間、目映いばかりの光に照らされ、ノヴァは手で目を覆った。闇から突然光の渦に投げ込まれたノヴァに、目を開け周りを見ろというのは酷であった。
『ようこそ・・・・
もう一人の王冠を抱きし資格のある者よ・・・・』
彼女の声であった。彼女はまだ目が眩んでいるノヴァの手を取り、何処かへと引き連れていった。その時ノヴァは直感したのだ、彼女がローザである事に。
『ローザ・・・・だろ?』
ノヴァに対する彼女の答は、YESだった。
この時、長きに渡る離別の刻を経て、二人は再会した。
『ノヴァ・・・・
今、この瞬間、【聖母に与えられし王冠】はノヴァの魂に刻み込まれたわ。
さぁ、下界に還りましょう・・・・
古き世界に鎮魂の囁きを、新たな世界に祝福の鐘を鳴らしに・・・・』

《再会は離別の始まり 完》













ミレニアム Ⅰ

「・・・・死んだ・・・・」
世界の中央に位置する幻の国【セフィロト】、そこにある世界樹の遥か上空には【ミレニアム】と呼ばれる国があった。いや、国と呼べる存在なのかどうか・・・・そこは常に世界の上空に在り、監視を続けていた。
その監視をする中央管理センター、通称【ゼブル】には二人の男がいた。
立体型空間投影ディスプレイを前にコンソールに両手をつき、そのままうなだれているのは先ほどつぶやきを漏らした男である。
眼鏡をかけた彼の名は新堂真(しんどう まこと)。年の頃なら二〇代前半で、ジーンズにハイネックのシャツの上からロングの白衣を着込んでいる。
「なぁにが【死んだ・・・・】だ・・・・
この、職権乱用男が!」
パン!とファイルで真を叩いてきたのはもう一人の男、石崎直(いしざきなお)である。長身の彼も真と同じく白衣姿であり、同い年の真とは十年来の親友であった。
「【A級市民】のお前が【D級市民】にうつつをぬかすとは思わなかった・・・・」
腕を組み、大げさにうんうんうなずくと、真の隣の椅子にどっかと腰を下ろした。
「で?
愛しの【弥生】ちゃんが死んだのか?」
直はへらへらとしながら、未だコンソールでうつむいている真をのぞき込むようにして聞くと、真は静かに答えた。
「今は【飛鳥】だ。
それに、死んだのは彼女じゃない・・・・」
直が『じゃあ誰だよ』と促すと、真は先を続けた。
「【弥生】と【飛鳥】の異母姉だよ・・・・
思えば、彼女は可愛そうな女なんだぜ・・・・
本名は【鳳龍香憐(ほうりゅうかれん)】っていってね。
幼い【飛鳥】を守れず、殺された事が心の傷になっていたんだろうな・・・・
【三人目のウィルザー】の娘、ローザを引き取って育てるって言い出したんだ・・・・」
「罪滅ぼし・・・・ってやつか・・・・」
直は誰に言うでもなく、ただつぶやいていた。
「そう・・・・」
だが、それに真は応え、話しはまだ続いていった。
「カレンはローザを妹の様にして育てていたよ。
まぁ、ローザはカレンママって呼んでいたけどね・・・・」
長い話しにそろそろ苛立ちが直に現れはじめていた。真の性格で言えば話し好きなのはいいが、要点や主旨がまとまらず、話しがわき道に逸れる事が多々ある。対して、直は自分が話しの主導権がないと気分的に余り良くない面を持っている。真の長話で直のそれが出始めたのだ。
「で、結局何?
何で【マコやん】は辛そ~な顔してるわけ?」
要点だけを言ってくれといわんばかりに、直は自分から聞きたい点を指定してきたのだ。
すると、真は一瞬肩を震わせたかと思うと、ディスプレイに目を移し静かに言った。
「【飛鳥】に、【カレンの精神をペーストしたノヴァという女性】を殺させたんだ・・・・」
「ひでぇ野郎だな・・・・」
呆れながらも、間髪容れずに直がつぶやく。だが、そのつぶやきは次第に怒気をはらんできた。
「お前、あの娘・・・・【飛鳥】が好きだったんだろ・・・・
危険を顧みず下界に降りていったマコやんは何処に行ったんだよ!」
直は真に詰めより、襟首をつかんでうなだれる真を引き上げた。
「なんでそんな事させたんだ!」
直はつかんだ真を激しく揺さぶり、真の真意を問いただそうとした。だが、真は顔を直から外らし、ディスプレイを見つめていた。
「【飛鳥】をA級市民にしたかった・・・・」
真のつぶやきは、直に届いていた。しかし、直は手を離さなかった。『なら何故・・・・』と言う想いが強かったのだ。
『仕方がないんだ・・・・』
真はディスプレイに映し出されている、変わりゆくゼブルエリアの映像を見ながら心の中でつぶやいていた。
『俺がどんなに手を尽くしても・・・・世界の崩壊は止まらない・・・・
ほら、ね・・・・』
ディスプレイには二つの骸、かつて女性であった二つの肉塊が蠢き、混ざり合い、人の形になってゆく場面が映し出されていた。
『いくら俺が代わりを造っても、いくら俺が不確定要素を組み込んでも・・・・
結局【聖母(マリア )】が出現してしまった・・・・』
映し出されたそれは、ゆっくりと艶やかな曲線美を形成し、見慣れた一人の女性の姿となっていった。
『ノヴァ・・・・それともローザか?
どちらにせよ、この暴走する世界は止められない・・・・』
ディスプレイに映し出された女性はゆっくりと天に手をかざし、次の瞬間、目映いばかりの閃光で画面は白一色に染められていた。
『今、この瞬間、世界は崩壊するんだ・・・・』

《本篇【アンジェラス】につづく》
(第四話 『再会は離別のはじまり』 了)

 

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【another】第三話『天使たちの休日』

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Angel-Knights
another

第三話  天使達の休日

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プロローグ

神暦〇九九八年九月一二日。
ウェンデル国ライトパレス。
玉座の間。
この後に起こる全ての元凶。
Left-NoⅠ、ルシェールの妻、ヤヨイ=ウィルニーヌ=グランバードの暗殺事件が起こった。
「弥生ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
いや、暗殺と言うよりは処刑。
夫の前で彼女のお腹に宿った子諸とも貫かれた。
「ザマァねぇな!
あぁ?英雄君よぉ!」
嫌らしい笑い声を上げる完全武装の男は、十数人のA-Kに床へと押さえ込まれたルシェールの顔を蹴り飛ばした。
何度も、何度も、何度も・・・・
しかし、王の目前で行われている公開私刑を遮る者が二人、現れた。
一人は白を基調としたスーツに身を包んだ二〇代の女性。据わり気味の紅みを帯びた瞳がカチューシャでまとめられた少々癖のある深く蒼い髪に映える。
龍国人特有の容姿を持つこの女性はヤヨイの侍従を務めるカレン=ホウリュウなる人物である。
そして、もう一人は彼女の養女であるローザ=ホウリュウと言う、五、六才程のウェンデル人の女の子であった。
「ヤヨイ様っっ!」
「パパぁ、弥生ママぁ!」
二人は華美な絨毯を走り抜け、完全武装の男、A-K-R NoⅥ、ディック=フェニキシオとルシェールの間に割って入った。
「なんだ貴様ら・・・・」
ディックは三日月の様な笑みを歪ませカレンを睨みつけた。
人を、とりわけルシェールを蹴りつける事に喜びを覚える狂喜の表情にカレンは押しつぶされそうになった。
彼女もA-Kとは言え、ランクが一段階違う。
AランクとBランクの違いは顕著に現れるのだ。
しかも、ディックのルシェールに対する憎しみは彼の力を能力以上に引き出している。
例え、カレンがディックに向かって行っても到底勝ち目の無い、無謀な抵抗でしかないのだ。
しかし、自分の主の死とその夫に対する暴力への怒り、それだけが今のカレンを突き動かした。
「よくもっっ!」
カレンは素早く呪符を取り出し、ディックに叩きつけようと手を伸ばした!
「何が、『よくも』なんだぁ?」
カレンの呪符は、ディックに届く事は無かった。
代わりに、飛爪獣牙と呼ばれる魔導具がカレンの腹部に突き刺さり、ディックは彼女を引き裂いた。
文字通り血の雨を降らせたディックは、続けざまにローザまでをも爪の餌食にした。
「あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁ・・・・」
彼らの中で唯一人、傍観する事しか許されなかった男の心に闇が生まれようとしていた。
「英雄君よぉ・・・・
分かったかよ。
大事なモノが奪われたキモチがよぉ・・・・」
床に押さえ込まれたルシェールを見下し、ディックの呟きがルシェールの耳に届いたとき、彼の決して発揮される事の無かった『全力』が放たれた。
十数人のA-Kが重なり、更に強い力でルシェールを床に押さえつけようとしたが、彼の背より発現した輝ける一二枚の翼の、唯一度のはためきにより高い天井へと叩きつけられた。
「素晴らしい・・・・」
傍観者を決め込んでいたウェンデル王にしてルシェールの実父、ラストラの言葉である。
「これで、わざわざお前の馬鹿な婚約に付き合った甲斐があったと言うモノ・・・・」
実の父とも思えぬ言葉にルシェールの怒りは頂点に達した。
怒りは力を呼び、力は怒りを呼んだ。
そして、昔から【全力】を出す事を自らの禁忌としていたルシェールは、初めて【全力】を出した事によって自分の考えが正しい事を知った。
『オレの力が・・・・暴走している・・・・』
自分の元を離れようとしている力を抑える術がルシェールには無かった。
力が自分の元を離れたとき、別な存在が生まれそうな気がしていた。
「・・・・・・・・ル・・・・ルゥ・・・・」
刹那、思いもよらぬ人物からの声があった。
「ヤヨイ・・・・」
次の瞬間、怒りは少しずつ萎え、力がルシェールの元へと還って来るのを感じた。
「弥生ぃぃっ!」
光輝く翼は弥生とカレン、ローザを絡め取り、閃光と共に玉座の間から消え去った。
「しまった!」
ディックは言葉を吐き捨て、地団太を踏んだ。
この後、A-K-Rightはレフトパレスへの侵入が困難となり、A-K-LeftはA-Kに対する完全な裁定者の集団となった。


午前一〇時一八分 【真美の広場】

「信じらぁぁぁんないぃぃぃっ!」
神暦〇九九八年〇九月一一日、A-Kに久々の休日が訪れた今日。ウェンデルの城下町の中心とも言える【真美の広場】に集まる人混みの中心で、ウェンデルではさして珍しくもない、年頃の女性が着るようなミディ・ブラウスにスカートといった服装の女性、リリィ=カリエスは、シャツの上にバトルジャケットを軽く着崩した男性、マックス=スペイリアを前に怒鳴り散らしていた。
人々は何事かと集まる一方で、全ての関心は彼らが繰り広げている痴話喧嘩に注がれていた。
「し、仕方無いだろ・・・・
その・・・・俺達の仕事が片付いたのが昨日なんだぜ。
悪いと思っているからここに来たワケだし・・・・」
力無く言い訳をし、リリィの機嫌を必死にとろうとするマックスは、彼女は頭一つも小柄ながらマックスの胸ぐらに掴みかかった。
「マァァァックス!
あンた、あたしが言いたい事分かってないワ。
マックスはいつもの事でしょ!
そんな事はひとまずいいの!
問題は今日!
九月一一日よっ!」
「九月一一日・・・・」
マックスの思考は完全に停止した。
今日この日がなんなのか分からないのではない。
分かっているからこそ停止したのだ。
「リリィの・・・・」
「誕生日よっ!」
今更ながら、マックスは埋め合わせの日を今日に選んだ事を後悔していた。
男として生まれ、仮にも彼女と呼ばれる女性の誕生日を忘れてしまうという大罪を犯したのだ。
しかも相手はあのリリィ・・・・
マックスに逃げ場はなかった。
しかし、マックスは逃げようとは思わなかった。
あまつさえ、後悔の念が消え失せ、『何を強請られてもしかたないか』などと諦めが既に入ってきていた。
「まったく!
誕生日を覚えててくれたかと思えば、ただの埋め合わせぇ?
カ・ク・ゴはできてるわね!」
威圧的なまでのリリィの言動にマックスは力無くうなずくのだった。
『これはT’sブランドの一つや二つじゃ済まないな・・・・』
【T’sブランド】。これはウィルザー=グランバードが開発し、ティファ=スーツメイカーが確立した魔導衣の総称である。彼女のデザインの才はウェンデルにおいて誇れるものがあり、更に下手な鎧よりも物理攻撃を防いでしまう特性がある。おかげでA-K直属の、正確にはウィルザー直属の魔導衣デザイナーとなったのだ。
「分かった。ティファの所に行こう。」
マックスがあっさり負けを認めた事がギャラリーとしては面白くなかったのだろう。
痴話喧嘩の傍観者達は程無く興味を失い、蜘蛛の子を散らすように広場へいつもの流れが戻ってきた。
しかし、最後まで変わる事無い瞳で二人を見つめる者達がリリィの目に飛び込んで来た。
一人は目深にかぶられた純白のフードとマントで容貌をうかがい知る事はできない。ただ、華奢な顎のラインに紅の紅をさしているのが印象的である。この事からフードの人物は女性と考える事ができる。
そしてもう一人は前者とは対照的で、明らかに幼女であることが見て取れる。ウェンデル人の特徴たるエメラルドの瞳と真紅の髪を持ち、フードの女性にしがみつくように寄り添っていた。
「マックス。」
流れる人混みの中、リリィの促しにより対峙する形となった四人の間に異様な雰囲気の支配する世界が生まれていた。
が、戦端が開かれる事はなく、フードの女性がリリィとマックスの前に紋章の刻み込まれたペンダントを掲げることで身分の証明をしてきたのだ。
「そんなに警戒しないで下さい。
A-K-R Ⅷ マックス=スペイリア様と、A-K-R Ⅸ リリィ=カリエス様ですね。
私はカレン=ホウリュウ。弥生様の侍従をしている者です。」
「へぇ・・・・お姫様の・・・・」
リリィは明らかに不快の色が浮かんだ瞳でカレンを見下した。
「アナタ・・・・お目付けじゃないでしょうねェ・・・・」
そう、リリィは諜報を主な活動目的とする【Left】のナンバー2に仕えるカレンが、自分達の素行不良についての調査を行っているとにらんだのだ。
「そうなのか?」
問いに対して問いで反応したのはマックスであった。
しかもそれはリリィの神経を逆なでするのには十分なものであった。
「・・・・アンタねぇ!
相手はLeftよ、Left!
ボーナスの査定程度ならまだしも、暗殺もやってるのョ!
素行不良程度で解任は無いにしても、アホなA-Kはルー様自ら処理してるのよ!
そうでしょ!」
再びマックスの胸ぐらに掴みかかり、言うだけ言うとリリィはカレンに振り返った。
「はい、ルシェール様も弥生様も元気に殺ってます。」
事も無げに物騒な言葉を吐くカレンだが、この言葉の意味に気付いたのはリリィのみであった。
「・・・・で?あたし達をどうしようっての?」
仲間とは言え、ウェンデルと龍国間の様な犬猿ぶりを露骨に表情に出して問うリリィに、カレンはにこやかに答えた。
「どうだなんて・・・・
ただ、【T’sショップ】の場所を教えて欲しいだけなのですが・・・・」
こうなってはため息をつくしかリリィには出来なかった。
カレンには監視のつもりはさらさら無いのだが、リリィにとっては違うという事だ。
『はぁ・・・・今年は最悪の誕生日ね・・・・』



午後〇一時〇三分 【慈悲の聖堂】

「ふぅ・・・・」
一つのため息をもらし、窓の側に置かれた簡素な椅子に腰を下ろしたのはマリア=ホリルゥード。A-K-RのナンバーⅤに位置し、ウェンデルの大司教と言う役職にある女性である。
しかし愛らしい瞳からも、まだ女性と言うには幼い事を物語っていた。
そして椅子に座ったのも束の間、祭事用の正装である白に紅の紋章と、銀糸で何重にも呪が編み込まれたマントとローブを脱ぐ事無く、マリアはベットに身を沈めた。
「・・・・ツカレましタ。」
彼女は疲弊しきっていた。
前日から、ここ【慈悲の聖堂】において、教会からの現況報告と諸問題の対処についての会議が行われていたのだ。
ウェンデルの大司教ともなると、ただ説教をしていればいいという身分ではない。
この役職を手に入れたと言う事は全ての神官、司祭、司教達を統括しなければならないのだ。例え彼女がいかに若かろうと・・・・
そう、同時に例え彼女が大司教であっても十代前半の女の子。大人、しかも初老の男達に囲まれ会議に参加するのだ。そのストレスたるや、よほどのものであろう。
「何だぁ?まだ寝てるのか?」
「違イまス・・・・今から寝るんデス。」
「そうか・・・・どうでもいいが扉に鍵くらい付けておけ。
襲ってくれと言ってるようなもんだぜ。」
「ハい・・・・」
疲れのためだろう。自分が誰かと会話している事を認識するのに少しの時間を要した。
「・・・・ディックサン!」
弾かれるように飛び起きたマリアは、扉の側に佇むディックと呼ばれた男を睨みつけながら近づき、白銀のスーツ上から彼の胸に人差し指を突き立てた。
「ちょっト、ディックサン!
アナタ、女性の部屋に無断で入るなンテ!
ナニ考えてるんですカ!
大体ですネェ、ナニしに来たんですカ?」
まくしたてるマリアに対し、ディックは静かであった。
彼はうつむき加減に一点を見つめており、マリアと目を合わせる事はなかった。
そんなディックのいつもにない静けさに、マリアは戸惑うばかりであった。
「ディック・・・・サン?」
のぞき込むようにディックの顔を窺ったマリアは、彼の深刻な表情に困惑した。
「勅命を受けた。」
「勅・・・・命?」
マリアが聞き返すと、ディックは笑いを堪えるため口を手で押さえた。しかし、堪える事が出来ずに肩を揺らして笑いだした。
「ハ・・・・ハァッハッハッ!
そう、勅命さ!
ラストラ王直々にルシェールに復讐しろとさ!」
ディックは歓喜の笑みを浮かべマリアに顔を近づけたが、彼女は顔を外らす事無くただただ辛い表情をみせるのみであった。
「おばサマ・・・・
本当に優しい人でシタ・・・・
デモ、ディックサン!
おばサマは本当に殺さレたのでショウか?」
この言葉にディックは笑みを止め、不快を露にした。
「何を言う!
奴は母さんを殺しやがった!
報いは俺の手で与えてやるんだ!
そう、俺が奴に同じ思いをさせる・・・・
同じ思いを・・・・」
この時、マリアはディックが何をするのかを理解した。しかし、それはマリアの持つ信念に反する行為である事を同時に知った。
「駄目でス!
例え、自分の母親が殺さレたからと言って、同じ行為を持って相手を罰するノは、王が許しても私が許しまセン!」
マリアはディックに対し、説教じみた口調で食ってかかった。
だが、ディックの心は変わらなかった。
「だが、勅命だ。
オマエも神の使いであると同時に、A-Kなんだぜ・・・・」
心は変わらなかったが口調は静かで、マリアをたしなめるような口調になっていた。
「必要悪は既ニ悪じゃナイとでも言うのですカ?
それは・・・・間違ってマス・・・・」
言うと、マリアはディックにそっと身を預けた。
ディックもそれを拒まず、マリアの腰に腕を回し、優しく引き寄せた。
この光景は二人がただの幼なじみではない事を物語っているが、A-Kの誰もが予想だにしなかった光景である事も確かであった。
「もう・・・・イイじゃないですカ・・・・」
懇願するようなマリアの願いも虚しく、ディックの答は変わらなかった。
「ヤヨイを殺す。
そのために、俺はA-Kになったんだから・・・・」
その時、二人が思いもよらない事態が起きた。
二人の側にある扉、先刻ディックが指摘した鍵の無い扉が勢いよく開け放たれたのだ。
「おねぇちゃ~ん!」
飛び込んできたのは、ローザ=ホウリュウ。ルシェールの娘と噂されるカレン=ホウリュウの養女である。
当然の事ながら、この突然の来訪者に二人は驚き、弾かれるように離れたのだった。
「ロ、ローザちゃん・・・・どうシたんですカ?」
早鐘のように鼓動する胸を押さえ、マリアは窓際の椅子にひとまず腰を落ち着けた。
「ん~とぉねぇ!ローザね、お祈りに来たの。
カレンママとね、神様にお願いしに来たの。」
その言葉に誰よりも驚いたのはディックであった。驚きのあまりに腰の剣に手を掛けた程である。
しかし、マリアがそれに気付き、この少女を手に掛けたところで何の解決にもならない事を目で諭し事なきを得た。
「分かりまシタ。カレンサマと一緒に下で待ってて下サイ。」
「はぁ~い!」
ローザの聞き分けの良さに少々拍子抜けの感があったが、二人はほっと胸をなで下ろした。
「何だカ・・・・疲れまシタ。」
マリアはめまいを感じていた。
前日からの疲れもあったのだろうが、ローザの突然の来訪が彼女には一番こたえたのだろう。
肝心な事を忘れたまま椅子に座し、そして気を失った。
それに気付いたディックは、マリアが椅子から崩れるより速く彼女を抱き止めた。
「馬鹿野郎!
オマエは日差しに弱いんだから窓際の椅子になんか座るんじゃねぇよ!」
「アリがとう・・・・ディックサン・・・・」
「・・・・バカヤロ・・・・」
休日の昼下がり、昼の街を歩く事の出来無い二人は、それなりの幸せを感じていた。



午後〇三時一五分 ライトパレス中央通路

「ん、ヤヨイ殿の侍従ではないか。」
先ほどまで全身を覆っていたフード付きのマントを腕に掛け、上機嫌のローザに振り回されるカレンを呼び止めたのは、ロシーヌ=レビアンであった。
「これはロシーヌ様。
城内の警護ですか?」
「うむ、元々はミリィのやる仕事ではあるが、だからといって何もする事の無い時間を流れのままに過ごすのは性に合わぬからな。」
そう、A-K-RのナンバーⅢに位置する彼女は、城内においての戦闘が主な役職であるが、いまだにまともな仕事を行っておらず、専ら城内の警護に当たっていた。
「それはそれでよろしい事だと思います。
うちの姫様なんかは、最近は特にですけどゴロゴロ、ゴロゴロとしちゃってて・・・・
あ、申し訳ございません。
ロシーヌ様の事も考えず、内輪な愚痴を・・・・」
A-K内で最も取り付きにくいと噂される彼女を前に愚痴をこぼしてしまった事を、カレンは今更ながら後悔した。
しかし、ロシーヌの反応はカレンの予想に反するものであった。
「ふ・・・・
城内での戦闘など無いに越した事はない。
それより外はどうであった?
例えLeftに属する者とは言え、常に地下暮らしというのは辛い事だからな。」
カレンは優しい言葉を掛けられるとは思ってもおらず、言われた言葉を理解するのに少々の時間を要したが、ローザのはしゃぎ声に助けられ失礼の無い返答をする事が出来た。
「あ・・・・ありがとうございます。
娘の浮かれようを見て下さればご理解いただけると思いますが、久しぶりに楽しい一時を得る事が出来ました。」
二人の周りを駆け回るローザを目で追い、ロシーヌは少しだけ顔をほころばせた。
「ローザ。外ではどんな楽しい事があった?」
立ったまま尋ねはしたが、ロシーヌの言葉には少し丸みがみえていた。
走り回るのを止めたローザはロシーヌを見上げ、満面の笑みを浮かべながらつたない言葉で話しだした。
「ん、とぉね、今日はね、ローザ、神様にお願いしてきたの!」
「ほぉ、どんな願いだ?」
「誰にも言っちゃ駄目だよ!
ん、とぉね、みんな、みぃ~んな、仲良しでぇ、いつも、一緒にいさせてくださいって!」
この無邪気な願いを聞いたとき、この場にいた大人は願わずにはいられなかった。
争いの無い【久遠の平和】と言う世界を・・・・


午後〇三時二四分 ライトパレス中庭

「あらぁ?アレクさんじゃありませんか。」
ライトパレスの中庭にしつらえられたさほど華美ではないテーブルにカップを置き、椅子より腰を上げて一人の男を呼び止めたのは、ミリアンナ=グランロック。スーパールーズと噂されるライトのナンバーⅡであり、ウェンデル第三王位継承権保持者でもある姫君である。
「これはミリアンナ様。
御機嫌うるわしゅうございます。」
恭しく片膝をつく彼もA-Kの十字架を背負った者の一人。A-K-RのナンバーⅦ。名をアレクザード=フォンフォーネルと言う、専らもめ事の仲裁ばかりが目立つ好青年である。
「私めなどを呼び止めて下さるとは、このアレク、感激の至り・・・・」
この教科書通りの挨拶にミリアンナはうんざりしていた。
誰に会っても、誰が来ても同じ事ばかり。さしものスーパールーズも王族に生まれた事を憎む一時であった。
「世辞はぁいいですぅ・・・・
少しの時間でぇよろしいですからぁ・・・・
話し相手にぃなってもらえますかぁ?」
アレクは一瞬迷った。
話しが全て説教に逸れてゆくマリアと同等に話し相手を避けられる女性、ミリアンナを相手に自分は何処まで耐えらるのか、と・・・・
しかし、彼の中にある黒い部分がそっと囁きかけ、迷いは霧散した。
「光栄にございます。
私こそ、御相手御願いいたします。」
「まぁ・・・・ありがとぉ・・・・」
ミリアンナはアレクに椅子を勧め、座るよう促した。彼女はよほど嬉しかったのだろう。話しに入る前に自分を愛称である【ミリィ】と呼ぶようアレクに厳命した。
アレクは表面的には何度か躊躇ってみせていたが、心の中では彼女の中に一歩踏み込んだとほくそ笑んでいた。
そもそも、彼がここに居たのは偶然ではなかった。ミリィに呼ばれたのは偶然であったが、彼は毎日同じ時間にここを通るはずのロシーヌを目当てとしていた。だが、彼女はいつも通りの時間に来なかったのだ。
「そう言えばぁ~アレクさんもぉ・・・・が好きなんですってねぇ・・・・」
「は?」
アレクはとっさに振られた彼女の言葉を理解するのに少々の時間を要した。
「・・・・でございますか?」
「はいぃ・・・・」
アレクは完全に固まってしまった。
アレクが最も嫌う生物の単語が出てきたのだ。アレク自身忘れていた事だが、彼は幼い頃に受けた心的外傷、トラウマをその生物に植え付けられていたのだ。
そして、これも忘れていた事だが、ミリィの愛玩動物としてもウェンデルでは有名であった。
「ミリィ!
それをどこで聞いた?」
アレクは完全にパニックに陥っていた。
彼女に対する礼節を忘れ、全身から脂汗を流しながらテーブルに身を乗り出した。
「まぁ、嬉しいですぅ。
これがぁ~俗に言ぅ~タメ口ってぇ言うんですかぁ?」
言われてアレクは初めて気付いたが、そんな事はどうでもよかった。今は神経にザラザラ来るあの生物が好きだというデマを取り消す方が先であった。
そして、こればかりにはアレクの中の黒い意志も抗する事は出来ず、と言うよりそんな事を思う余裕もなく、ミリィの次の言葉を待っていた。
「この事を教えてくれたのはぁ~
ウィルザー様ですぅ。」
このとき、アレクの中に黒い意志よりもさらに深い闇が生まれるのを感じた。
「ではぁ~行きましょうかぁ?」
いつの間にアレクの側に来たのか。ミリィはアレクの腕を掴み、文字通り引きずるように歩きだした。
「や、止めてくれぇ~!」
彼の情けない叫び声は中庭を中心にライトパレス全体に鳴り響いた。
当然の事ながら彼らとすれ違ったロシーヌら三人の耳にもとどいていた。
「珍しい取り合わせですね。
確か、アレク様は・・・・がお嫌いだとルシェール様から聞きましたけど・・・・」
カレンは振り返り、ミリィに引きずられゆくアレクを眺めていた。
「ふん・・・・
おべっか使いがいい気味だ。」
振り返りもせずに吐き捨てるロシーヌだが、そんな彼女の真似し、楽しげに連呼するローザが対照的であった。
「いい気味だぁ~!」
ミリィが目指すは【猫御殿】。
彼女の愛玩動物のための館、アレクにとっての悪魔の館・・・・


午後〇三時四二分 ライトパレス玉座の間

「バーバラ=クライバン、ただ今参りました。」
華美な絨毯の敷き詰められた玉座の間の中央にひざまずく彼女は、A-K-RのナンバーⅣ。国外戦闘においての指揮の全権が任せられたA-Kである。
しかし、彼女は自らが強いと認めた相手以外の戦闘をマックスやリリィらに任せる事が多く、ほとんどを様子見程度の戦い方しかしなかった。そのため、彼女は謹慎か現状維持かの瀬戸際に立たされていた。
「よく来たね、バーバラ。
用件は・・・・わかっているね?」
玉座に座する、この優しい語り口の男はミシェル=ウィルザー=グランバード。RightのナンバーⅠを持つ表向きのA-K総司令である。と言うのも、実際の彼が自由に出来るのは【Right】と呼ばれるA-Kの正規軍のみであり、A-Kのもう一つの顔である暗殺・諜報部隊【Left】は彼の双子の兄、ルシェールの管轄となっているからだ。
ミシェルはそれが気に入らなかった。
ルシェールが自分は表舞台を好まないから、と自らLeftを志願した事が、ミシェルにとっては自分をを監視する為にしか思えなかったのだ。
「はい・・・・わかっております・・・・」
彼女は紅の絨毯の一点を見つめたまま静かにこたえた。
「私の度重なる戦場放棄・・・・
敵の力量を見極め部下に任せると言えば聞こえがいいですが、敵の一人も倒さずに戦場を去るのは敵前逃亡も同じ・・・・
私、死の覚悟をもってここに参りました。」
そう、現在までに彼女が去った戦場は全戦全勝。戦績のみで言えば何の問題もないのだが、騎士としての礼節の点から考えると問題がないとは言い切れないのだ。
「私は、ミシェル様唯一人を主とし戦う者。その信念は久遠の未来まで不変のものです。
しかし、それに不信を持たれてしまった事は私の傲慢、私の罪。
如何なる処罰も覚悟しております。」
その言葉に一片の曇もない事をミシェルは知っていた。
それが、彼女の忠誠心を超えたものである事も・・・・
ミシェルはそれに応えようと思っていた。
応える思いに、彼の中にある闇に突き動かされた感情が混じっているとしても・・・・
「僕は始めから君を罰するつもりなんか無いよ・・・・
でも、どうしても罰が欲しいと言うなら・・・・
君には明日から僕の手足となって働いてもらう。
他のA-Kには出来ない仕事だ。」
言うと玉座から腰を上げ、ミシェルはゆっくりとバーバラの元に下りてきた。
そして、彼は肩膝をつき、小さく萎縮しているバーバラの肩にそっと手を置いた。
「いいかい?」
耳元で囁かれたこの言葉に、バーバラは初めて顔を上げ感涙で瞳をうるわせながら、はっきりと、そして力ある語気をもって返事をした。
「はいっ!」
ミシェルは一度だけゆっくりとうなずくと立ち上がり、玉座へと戻った。
「A-K-R、Ⅳ、バーバラ=クライバン。
君に【ミカエル・ガーディアン】の称号を与える。
頼んだよ、バーバラ・・・・」
「はっ、命に代えましても・・・・」
彼女の心は抑えきれず、一挙手一投足に至るまで高揚感がにじみでていた。
それは一礼して玉座の間を退出した際、すれ違う様に入室したカレンにさえも分かるほどであった。
「バーバラ様は随分とご機嫌のようですね。」
ひざまずくどころか挨拶さえもせず、カレンはミシェルに歩み寄りながら語りかけた。
その無礼な行為に対し、ミシェル本人は何も言わずさせるがままにしていたが、さすがに側近の面々は怒りを露にカレンを静止させた。
ただ、この怒りにカレンが龍国の出身であることが手伝っている事は言うまでもない。
ウェンデルの人々が敵対する龍国の人間を嫌っていると言う事実は、側近の反応からも十分見て取れるのだ。ただ、それが既に感情的な反応となってしまっている事は、目先の嫌悪感にとらわれ、敵対するに至った経過を真剣に考える者が少なくなった事の現れとも言えよう。
だが、カレンはその様な周囲の目を気にする事無く、いんぎん無礼な態度は変わらなかった。
「それは失礼いたしました。
では、改めまして・・・・
御機嫌うるわしゅうございます。
本日は抱けぬ我が子の為の御配慮、まことに有り難うございます。」
礼はするものの、カレンは上目使いでミシェルを睨みつけた。
しかし、ミシェルは彼女の言葉に意を介す事は無く、静かな口調でカレンに語りかけた。
「何の事だい?
君達を外に出す事に許可したのは僕ではない。
礼ならルシェールに言う事だ。」
カレンの言葉に顔色一つ変える事無く平静を装ったミシェルとは対照的に、彼女の瞳は静かな怒りの輝きを灯していた。
そして沈黙が訪れる。
対照的な表情での睨み合いが続き、その幕は不意に吹き出す様に笑みを見せたカレンによって閉じられた。
「そうでしたか。
それは、とんだ御無礼を・・・・」
言うときびすを返し、カレンはその場を後にした。
側近らの無礼に対する非難の声を浴びながら・・・・


午後〇五時〇九分 ルーとヤヨイの寝室

レフトパレスと呼称される地下施設の一区画にはプライベートエリアがしつらえられている。そこは地下でありながらも、外界より得たわずかな光を増幅し、地上にいるのとあまり変わらぬ環境が作られていた。
そしてその一室では、非公式な夫婦ではあるが、ウェンデル第一王位継承権を持つルシェール=ウィルザー=グランバードと、かつて龍国の姫君であったヤヨイ=ウィルニーヌ=グランバードが居を構えていた。
「んふふっ!」
ツインベットで猫の様に丸くなりながら、恐らく愉快な夢を見ているだろう彼女、ヤヨイを見つけたカレンは、あきれ混じりに彼女をたたき起こした。
「『んふふっ!』ぢゃないですよ!
ヤヨイ様・・・・
ま・さ・か、私達が外出した時から寝ていた訳じゃぁ無いですよね?」
先刻の事もあってか、笑顔ながらもかなり機嫌の悪いカレンを前に、ヤヨイは耳をふさいで再び大きなベットへと横になった。もちろん、カレンから顔をそらすのを忘れずに・・・・
しかし、それはカレンの怒りに油を注ぐ行為である事は明白。
カレンは引きつる笑顔と震える声で反撃の狼煙は上げられた。
「ロ~ザァ~
ヤヨイママがベットでトランポリンしてもいいそうよぉ~」
「やったぁ~!」
大げさにバンザイをし、毛布の端を必死に掴んでよじ登ってくるローザに、さすがのヤヨイも観念する事となった。
「わかったわよ!
起きればいいんでしょっ!」
バラバラに絡んだ長く蒼い髪をかきあげ、ベットの上で身を起こした。
そしてそのままベットの端に腰掛けるような座位を取ると、膝の上に両肘をついて顎を支えた。
「まったく・・・・
小姑みたいな事言わないでよ・・・・
今日のあたしは機嫌がいいんだから。」
やや憮然としながら目を据わらせて、ヤヨイはカレンを見つめた。
「えぇ、私はローザの養母ですからねぇ・・・・
小姑と言われればそうかも知れませんね?」
小姑と言われたのが気に入らなかったのか、カレンはさらに険悪な表情を作りヤヨイに詰めよった。
この状況に返す言葉を持たないヤヨイは、どうにか話題を逸らす事は出来ないものかと数々の単語を頭の中によぎらせた。
そして思いついたのが、先ほどまで自分の機嫌が良かった理由であった。
「そうだ、カレン・・・・」
しかし、カレンの名を呼んだ時点で言うのを思いとどまった。
ヤヨイにとって、いや、ヤヨイとルシェールにとってそれは重要な意味を持つ事実であるからだ。
とは言え、名前を呼ばれてその後を語られないカレンにとっては面白いわけなく、結果として彼女の小言を増やす結果となった。

「まだ何か言いたい事はありますか?」
カレンよりその問いが発せられたとき、外界では既に日の沈む時刻となっていた。
「もう・・・・いい・・・・」
ヤヨイはそれだけ言うと三度、ベットに横になった。
そんなヤヨイに対し何かを言おうとしたカレンだが、お互い疲労の色がうかがえる程の状態であったため、ひとまず言葉を飲み込んだ。
ただ、言葉を飲み込んだものの、別な疑問がカレンの頭をかすめた。
「ヤヨイ様・・・・
先ほどは何を言おうとしたんですか?」
話したかったが、ルシェールに教える前には話したくない事を聞かれたヤヨイは曖昧な返事をする事しかできなかった。
「あぁ~あれねぇ・・・・」
そして、ヤヨイは決意した。
『誤魔化そう』と・・・・
「何でもないわよ。
それより、ローザは?」
そう、先刻ベット上を飛び跳ねていたローザがいつの間にかいなくなっていたのだ。
「ロ、ローザ?
何処に行ったの?」
慌てて部屋中を見回し、ローザをさがすカレンだが、見つける事は出来なかった。
はじめは話しが逸れてしめたと思っていたヤヨイだが、徐々に心配になりだしカレンにともに部屋の外に出てさがすよう促した。
「きっと、お腹がすいて食堂に行ったのよ。」
言ってヤヨイは扉に駆け寄りノブに手をかけると、勢いよく部屋の外に引っ張られた。
「どうした、ヤヨイ?」
扉を開けて現れたのは彼女の夫、ルシェールであった。
着流しで現れた彼は、彼女らを慌てさせた原因であるローザを右腕に抱いていた。
「ローザ・・・・」
「よかった・・・・」
ほっと胸をなで下ろす二人とは対照的に、ローザは何事もなかったかのようにクッキーを頬張っていた。
しかし、ローザが無事と分かると、気に触る事実を指摘せずにはいられないのがカレンの性分であった。
「ルシェール様!
まだ、お夕食前なのですよ!
お菓子を与えるなんて・・・・一体何考えてるんですか!」
「スマン・・・・」
らしくないとは言え、仮にも王族。しかも、このウェンデルの第一王位継承権を持つ王子に対して、暴言とも言える言葉を吐くカレンには良識ある者が見れば驚かずにはいられないものがあった。
「それにしても、カレンはローザの事になると随分と熱心だな。
愚弟の不始末を押しつけた様なものだから、俺は頭が上がらないよ。」
そう、カレン自身はそんなつもりはないが、ルシェールにとっては感謝こそすれ、怒りの対象とはならないのだ。
「そんな事は関係無いと・・・・
いつも言ってるじゃありませんか。」
カレンはローザを見つめ、一瞬何事か迷った後ヤヨイに目を向け語りだした。
「私は、この子を自分と・・・・それに自分の死んだ妹と重ねているのかも知れません。
私の身の上も、ローザと似たようなものだから・・・・」
その言葉に最も驚きを見せたのはヤヨイであった。
これまで主従を超え、友情の様なもので付き合ってきた彼女でさえ、初めて聞くカレンの過去だったのだ。
「カレン・・・・」
ヤヨイが呟くと、カレンは一度だけ微笑んでみせた。
「つまらない事を話してしまいましたね。
兎に角いいですか?今後は気を付けて下さいよ!」
いきなり話しを振られ、一瞬たじろぎ『気を付ける』とだけルシェールはこたえた。
そして、カレンはルシェールよりローザを抱き取り、一言残して退出した。
「ヤヨイ様、後で教えて下さいよ。」
と・・・・
「一体何の事だ?」
当然、ルシェールに意味が分かるはずもなく、ただヤヨイに訊ねる事しかできなかった。
ヤヨイはそんなルシェールの胸に身を預け、喜びに溢れた声でこたえた。
「双子、よ・・・・」
遠回しであったため、彼の子を身篭もった事実へとルシェールが到達するのに、さらなる時間と質問を要した。



エピローグ

「オバサン・・・・夢を見てるみたいだね。」
刻は戻って、神暦〇九九八年一二月二六日。
レフトパレスの最下層の一室。
そこは、かつてルシェールと呼ばれた者の研究室の一つであった。
「楽しい夢を見ているといいわね・・・・
今まで、余りいい事が無かったから・・・・」
研究室の内部に立ち並ぶ円筒形のガラス管の一つを向き、二人、フォースとベルは、ガラス管の中で膝を抱えて眠るノヴァに微笑みかけた。
「でも、オバサンは記憶が壊れているんだよねぇ?」
フォースが問うと、ベルは静かにうなずき、話しはじめた。
「叔母さんは再生が間に合わなかったそうだから・・・・
記憶の再構築ができなかったそうよ。」
「そ、か・・・・」
ベルの言葉に、フォースの気分は沈むばかりであった。
「せめて・・・・」
フォースは呟くとガラス管に手を触れ、羊水とガラス越しではあるが、微かに感じられるノヴァの鼓動を感じようとした。
「夢の中でくらい、昔の風景が見られればいいのにね・・・・」
ベルも『そうね』と応えると、隣のガラス管に手を触れた。
「ローザ・・・・
もうすぐママが目を覚ますわ。」
しかし、ベルの瞳に先ほどの笑みの色は失せ、険しい輝きを灯していた。
『父さん・・・・
ローザと叔母さんを、どうしてこんな身体にしてしまったんですか?
こうしなければならない、ワケがあると言うのですか?
父さん・・・・』
神暦〇九九八年一二月二六日・・・・
血で彩られたエムブレムを掲げるウェンデル国、その内部を発端とする運命の歯車は廻り出す。
くるくる、くるくると、前奏曲を奏でながら。
『ろー・・・・ザ・・・・』
崩壊の刻、近し・・・・

(第三話 『天使達の休日』 了)

 

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【another】第二話『ロストプリンセス』

この日、突然現れた数人のA-Kによってランロード国の王城から人の気配が消えた。
いや、実際行動を起こしたのはたった一人、アレクザード=フォンフォーネルである。
表向きはもめ事の仲裁人となったり、気前の良さを見せる好青年であるが、その実、A-K内で最も権力欲が強く、常に総司令ウィルザーの命を狙うディックとは別な意味で危険な男である。
『隙あらばウィルザーを蹴落とす!』
誰にも悟られなかった想い……それを実行に移す時が来たのだ。
総司令の妻に迎えた龍姫、弥生の暗殺に始まるウィルザーの失態。
そして、最新の情報である総司令の反目と亡命。
全て彼の計画通りであった。
アレクは目を細め、口を三日月の様に歪めて笑みをこぼした。
狂おしいほどの歓喜がアレクの心を突き抜け、口から笑い声が静かに漏れていた。
玉座に座る彼は、ほとんど空になった小瓶を掌で弄びながら次第に笑い声が大きくなり、最後には誰も動かなくなった城全体に響くほどのものとなっていた。
「馬鹿笑いを止めてくれ。」
喜びのパトスを遮られ、アレクは突然現れた一人の女性を睨みつけた。
年の頃なら二十歳前、しかし右頬に刻み込まれた三つの爪痕と冷たく据わった瞳が彼女の行動を年齢以上のものに感じさせる。ボディーラインをくっきりときわだたせる闇色のスーツに銀の胸あてを纏った彼女の名はノヴァ=ディ=ドゥーディ。アレクの部下である。
「新人のくせに大した口をきくな…
これだからハンター上がりは困る。」
アレクはいつもの穏やかな笑顔に戻り、落ち着いてノヴァを諭してみせる。
しかし、ノヴァにはそんな事関係なかった。
自分の事で手一杯で他人の死に関わるつもりは毛頭無かった。
「ふむ、君は私のやり方に疑問を持たないのかね?」
そんなノヴァを見透かしたように、期待もせずにアレクがとった行動への反論を待った。
当然、ノヴァは反論する事無く城内の情報を淡々と述べた。
「君を選んだ甲斐があったよ、ノヴァ君。」
ノヴァの報告を遮り、穏やかな笑みを無表情な笑いに変え、アレクは肩を揺らして笑った。
低く、小さな声で…
ノヴァは無言のまま一礼し、踵を返すと風が通り抜けるのを感じた。
刹那、王座に座っていた筈のアレクが目の前に忽然と現れていた。
「済まないが、これを処理しておいてくれ。」
小瓶を突き出され、一瞬、眉をしかめたが、アレクの目を見据えノヴァはそれを受け取った。
「気を付けてくれよ。
その毒はA-Kの源、マテリアルの力を持ってしても回復は困難だからね…」
期待もせずに脅しをかけ、アレクはノヴァの反応を待った。
「…はい。」
静かだが、芯の通った強い語気で返事をしてしまうノヴァをアレクは転がるように笑い声をあげ、王座へと戻った。
そしてノヴァは瓶を掌に乗せたまま、背中に響く笑い声を聞きながら動きが止まっていた。
次の瞬間、ノヴァに手渡された小瓶を、彼女は両の手をもって強く押しつぶした。
瓶は中に入っていたごく小量の透明な液体ごと消えていた。
ノヴァはそのまま王の間より去ろうと一歩踏み出したが、何かを思い出したように歩を止め、上体をよじってアレクを向き言った。
「そういえば死体が一つ足りない気がした。」
すると、アレクの喜びの表情が一転し、ノヴァの次の言葉を怪訝そうな表情で待った。
「プリンセス・アリシア……
彼女は部屋にいなかった。」
アレクは弾かれたように立ち上がり、憤怒の形相で叫んだ。
「草の根分けても捜し出せぇっ!」
神暦0998年、セフィロトより西方に位置するランロード国王城は、集まっていた王家の者を含んだ全員の死をもってA-Kに占拠された。
唯一人、プリンセス・アリシアの命を除いては…

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Angel-Knights
-another-

第二話  ロストプリンセス

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《1》

A-Kによってランロード国王城が占拠されて数日後、王都は以前と何も変わる事無く平和そのものであった。
ランロード王、シャクタル=ダ=ラサラ=ランロードのウェンデル国へ帰属するとの発表による国民の暴動が起きたが、再び行った王、涙の会見により鎮圧。
アレクザードの虚偽の意見『自分にとっては不本意な支配。自治権の返還に努力する。』等の言葉を信じ、短い時間内にアレクを中心とした私設軍の結成まで至った。
しかし当然の事ながら、その言葉を信じる者達ばかりではない。
国の急激な変化は、しかも他国の人間に与えられた世界に対して不満が出ないはずもなく、アレクに反抗する者達が現れたのだ。
今回の物語は、それに参加する一人の人物を中心に語られる。
その人物の名はシュウナ=シライア。
パン屋でアルバイトをしている何処にでもいるような十五、六の子供である。
いや、反乱組織に参加しているところを見ると、大人として扱ってもらいたく躍起になっている時期なのだろう。
子供以上大人未満というべきかもしれない。
そして、そのシュウナは、何故かあっさり城内に侵入できていた。
「へへ、やればできるじゃん。」
偶然にも居眠りしていた裏口の門番を後目に、シュウナはパンを抱えて石造りの廊下を走っていた。
パンを抱えているからといってパンの出前であるはずがない。
組織の命令により、兵の数、配置を探るためにここにいるのだ。
「ひとまず、裏口は兵士が一人……っと。」
メモを取りながら走るという芸人じみた事をするシュウナは何か引っかかっていた。
気配はするのに人が生活している感じがまるでしないのだ。
「あぁ!」
いきなり立ち止まったシュウナはポンと手をたたいた。
「きらびやかなだけだよな、うん!」
生活感あふれる王城なんてあるわけないか、そう思う事にしたシュウナは、再び走りだした。
「妙な事で悩んでたら見つかってもこっちが気付かない……なぁぁんて事になりかね ねぇや!
なははははは……は?」
靴音さえ響くこの回廊で馬鹿笑いをしたのだ。
当然の事ながらシュウナは眼前に現れた三人組の兵士達に発見された。
「あちゃぁ~!
ついてねぇな、こりゃ…」
自分の軽はずみな行動がこの事態を招いた事に欠片ほども気付いてない様な言動を吐き、シュウナは必死に勢いを殺す努力、もっとも手をバタつかせる事でどれほどスピードが落ちるのかは分からないが、走るのを止めようとした。
「どけぇぇぇぇぇぇっ!」
しかし無理と分かった瞬間、シュウナは全身鎧の兵士の一人にタックルを仕掛けた!
結果は推して知るべし。
主に木綿からなる軽装のシュウナが、鋼鉄で全身を覆われた兵士にかなうはずがない。
見事に弾かれたシュウナは、硬く冷たい床へと叩きつけられた。
「ってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
鎧で痛めた左肩と、叩きつけられた背中に走る激痛。
シュウナの精神は痛みに耐えられるようには出来ておらず、床を転がりながらわめき出した。
「痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!
ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
何で俺がこんなめに遭わなくちゃならねぇんだ!
あんたらのためにパンを持って来たってのによぉぉぉぅ!」
わめき転がる行為には二つの効果がある。
一つは、床に叩きつけられた痛みが突き抜ける間、転がる事で誤魔化せること。
もう一つは、自分を子供と見せてくれる事だ。
そう、そしてシュウナの予想では、『仕方ねぇガキだなぁ~』と兵士があきれて起こしてくれるはずだった。
だが、兵士達は直立不動を保ち、鉄仮面の隙間から覗く瞳は妖しい光をたたえながら、シュウナの更に奥、暗く冷たい通路の闇を見つめていた。
「…………」
彼らに助けを乞うのが無理と悟ったシュウナは、シクシクと鈍い痛みの残る左肩を押さえながら、やはりわめきながらその場を去ろうとした。
「もぅお頼まねぇよ!」
立ち上がったと同時、兵士達を後目にシュウナは走りだした。
しかし、走る方向に目を戻した時、再び何かに弾かれしりもちをついた。
「ってぇじゃねぇか!
ポケェ~っとつっ立ってんじゃねぇよ!」
反射的に罵声を浴びせたシュウナだが、次の瞬間、それを後悔する事となった。
「ぶつかってきたのはお前だ。」
低く抑揚の無い声、しかも、冷たさしか感じられない座った瞳……
彼女に見据えられたシュウナはすぐに視線を外したが、だらだらと冷たい汗が滝のように流れ出してきた。
「いや……その……」
一度は視線を外したが、ちらと彼女、闇に瞳と銀の胸当てのみを浮かび上がらせる女性が自分をどう見ているのかを窺ったのだが、先程と変わらぬ視線を向けられ続けてる事を知り、瞬くよりはやく視線を外らした。
『俺をどうするつもりだよぉ~』
沈黙に耐えられず、しかも蛇に睨まれた蛙状態が続くシュウナは、忘れていた左肩の痛みがじわじわと戻りつつあった。
左肩を抱える様に押さえると、今まで冷淡な表情しか見せていなかった女性に変化が起こった。
「怪我をしているのか?」
相変わらず抑揚は無いものの、シュウナの怪我に対して眉をしかめて見た。
しかし、次の瞬間には表情がもとの無表情に戻り、シュウナに右腕を振り出した。
「うわっ!」
反射的に右腕で顔を覆い隠したが、それはシュウナの頭めがけて飛来した。
コン!
「ってぇ!」
「怪我人を斬るつもりはない。つもりを変えて欲しいなら別だがな。」
何かが直撃した頭をさすりながら、シュウナはその何かを手にしていた。
「なんだよ、コレ?」
訊ねるが、彼女は既にシュウナを見てはおらず、全身鎧の兵士達に何かを示し、命令を下す。
「鎧人形よ、侵入者は抹殺せよ。
ただし、紋章を持つ者には攻撃するな。
持ち場に戻れ。」
彼女が言うと、全身鎧の兵士達は、自らの身体から放たれる無機質な金属音をたてながら、闇の中へと吸い込まれていった。
「鎧人形?」
思わず訊ねたが、答が返ってくるはずもなく、消えた。
「次にこの城で見かけた時は、殺す。」
そう、言い残して……
「…………」
再び、一瞬の内に全身を冷たい滴が流れ落ち、シュウナは動けなくなっていた。
『ど、どぉしよ……』
現在のシュウナの頭の中はその言葉のみが渦を巻き、占拠していた。
不幸にも、いや当然の結果として遭遇してしまったA-Kの女が言った事に嘘はない。
次に出会した日には間違いなく殺される。
シュウナは、A-Kの女に渡された物を確認もせず上着のポケットに放りこみ、立ち上がりながらズボンの汚れを落とすような仕草を見せた。
「ひとまず、あの女には遭いたくねぇな。」
きびすを返し、鎧人形と呼ばれた兵士達の方向に駆け出した。
ここで、一部始終を見ていた傍観者がいれば、シュウナに学習能力は無いのかと不安になるかもしれない。
しかし、そこはそれ、さすがのシュウナも懲りたらしく、声どころか足音も低く、暗く闇に占められた通路を進んだ。
すると、目前に広がる異変に否応無く気付かされる事となった。
「なんだぁ?
鎧が脱ぎ捨ててある……のか?」
これらは、鉄仮面は無論の事、各関節部分からわずかも肉体を覗かせる事の無い鎧……全身鎧だ。
しかし、放置のされ方がおかしい。
まるで、蛇が抜け殻を残して脱皮した様に、鎧同士の接合部をはじめ、関節部分は連結されたままであった。
あぁ、飾ってあった鎧が倒れたんだな、と、シュウナは思ったが、すぐにそれは否定された。それが一つや二つならまだ偶然と思ってしまう。しかし、それらは全てシュウナの方を向いており、鎧の手に握られた槍を突き出す格好で倒れているのだ。
『偶然には思えねぇ。』
心の中で連呼されるその一言に、シュウナはA-Kの女に言われた事を忘れて、フラフラ崩れた鎧の後を追った。
まさしく吸い寄せられるように。
そうしている内に、何処をどう通ったのか、まぁ、鎧をたどれば元の場所に戻れるのだが、それを思いつくよりはやく、半開きになった扉から漏れる会話に耳を傾けていた。
「身代わり御苦労様。
どう?ここの暮らしは?」
何処かで聞いた声がする。
くぐもった様な女の声。
「まぁまぁね。」
「ボクを信じて待ってて。
もうちょっとの辛抱だから。」
ボク?
『ボク』なんて自分の事を呼ぶ女で知ってる奴は唯一人。
シュウナは思わず部屋の中に飛び込んでいた。
そしてそこに立つ女性が二人。
プリンセス・アリシアと、反乱組織の指導者、フォースの姿であった。
「フォースさん……」
シュウナは、黒一色に染めあげられたローブに身を包み、御丁寧にも色つきのゴーグルで視線を隠したうえにマスクとフードで頭部までも完全に外界へ遮断している女性、フォースの名を呼んだ。
驚きよりも先にたった疑惑の表情を向けて。
しかし、その姿を見て驚きの表情を見せたのは、プリンセス・アリシアであった。なんともわざとらしく、それが先ほどのフォースの言葉を肯定していることが明白となっていた。
シュウナは目敏くその事を見抜き、フォースに向ける強い視線で『嘘は駄目だ』と訴えた。
フォースの口を覆う黒いマスクの下から低く、しかし深く息が漏れる音がする。
「まさか、囮に君が選ばれてるなんて……」
今度はシュウナが驚きの表情と共に抗議の声をあげた。
シュウナには自分が囮である事など知らされていなかったのだ。
「説明してくれるまでここを動かないからな!」
シュウナは言いたい事の半分で抗議を切り上げ、二人の前に腕を組んで座り込む。
『俺を連れて逃げられるもんならやってみろ!女に男を担げるか?』
そんな不敵な笑みを浮かべて……
ただ、シュウナはもう一つの可能性をまったく考えてなかった。
「くすっ…」
マスクの下からフォースが小さく吹き出す。
それの真意、もう一つの可能性に気付くのに、シュウナは少しの間を要した。
フォースがシュウナを見捨てて逃げると言う可能性を…
同時に、運が悪い事にも、先刻のA-Kの女が兵士を連れて部屋になだれ込んできた。
「仲間、か……」
驚く様を微塵も見せず、腕を組んでシュウナ達に歩み寄る。
「云った筈だな。次に会ったときは殺す、と…」
シュウナは背を向けていたため、彼女の顔を確認する事は出来なかった。しかし、身体は覚えている。再び冷たい汗が滝のように流れ出す。彼女に振り返る事が出来ない。
右頬に醜い爪痕を残すA-Kの女。
『どぉすんだよぉ~!』
固まったままのシュウナには、その一言を思い浮かべるだけで精一杯だった。
しかし、その停滞した思考を再び動かしてくれる言葉を投げかけた者がいた。
「オバサン、ボクの仲間に手を出さないで欲しいな。」
「!」
その者はフォースであったのだが、一瞬、A-Kの女は驚きの表情を出しかけた。
しかし、何事かを思い直し、彼女はすぐに無表情へと戻っていた。
「そんな所で何をやっている。
ナラ!お前はA-Kのレフトナンバーズに入ったのではなかったのか?」
彼女はフォースを指さし威圧的に話しかけるが、当のフォースは、彼女を挑発しかねない、いや、十分挑発している言葉を並び立てた。
「ん~、ちょっと違うよ。
いっぱい話してくれるのは嬉しいけど、ボクの名前はフォース。
オバサンの知ってる男の子じゃないよ。」
自分の背中越しに聞こえてくる怒気をはらんだA-K女の声、目の前で若い女をつかまえてオバサンと挑発するフォース。このやりとりの傍観者であるシュウナにとっては冷や汗モノの状況であった。
「ならば、フォースとして覚えておく。
次に会うときは地獄の底だがな。」
驚くほど静かに語り出し、A-Kの女は右手を天にかざし、次の瞬間、刀身が異常に広く長い剣、大段平と呼ばれる物とともに振り下ろされた!
「え?」
刹那、シュウナの頭上にきらびやかな絨毯が現れた。
「えぇっ!」
シュウナが驚いたのも無理はない。いつ抱えられたのか、シュウナはフォースの左脇に抱えられていた。
『嘘だろぉ~!何で女の細腕に抱えられてんだぁ?
まさか、こいつ本当は…』
思い悩む間も無く、シュウナを小脇に抱えたフォースはそのまま移動し、窓枠に手を掛けた。
「まさかっ!」
フォースが取る次の行動を察したA-Kの女は横薙に右手を振り、その手より出現したダガーを投げつけた。
しかし、全ては遅かった。
「次は『姫様』と、『アレクの命』をもらいに来るよ!」
激しい音を立て、フォースとシュウナは窓から飛び降りた。
A-Kの女は破られた窓から身体を乗り出し、落ちて行く二人を睨みつけた。
「バイバイ、オバサァァァァァン!」
フォースは挨拶する余裕を見せていたが、シュウナはそれどころではなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
フォースの挨拶をかき消すほどの声を張り上げ、必死にフォースの腰にしがみついた。その際、先ほどの考えを否定する事実を知ったのだが、それを思い出すのは少し後の事である。


《2》

「何故です!何故、あんな小僧と共に宝剣の奪取に向かわれるのです。」
ランロード城突入当日、フォースの決定した配役に抗議の声を挙げたのは元アリシアの女官剣士、マリーム=カフ。偶然にも、アリシアのわがままで買い物に出されていたため命を拾った唯一の王城勤務の生存者である。
「シュウナはボクが護らなくちゃならないんだ。」
フォースは静かにたしなめるが、マリームに理解は出来なかった。
「何故です!姫様があんな小僧を…」
とっさに口走った言葉にフォースは語気を強める。
「マリーム!」
はっとしたマリームはそのまま黙り込み、一言申し訳ありませんと頭を下げる。
「ボクは姫様じゃないよ。
それに、今は言えないけど、シュウナにはもっと役に立ってもらわなくちゃ。」
再び静かな口調に戻ったフォースは、マリームにのみ聞こえるよう呟いた。
しかし、地獄耳はいるものだ。二人のいる作戦室の扉が大きく開け放たれた。
「俺がどう役に立つってんだよ!」
シュウナである。
「ボク達の話しを聞いてたんだ。」
静かに聞くフォースに対し、シュウナは低く答えた。
「聞いてて悪いか?」
その返答に、当然、語気を荒らげシュウナに迫るマリーム。
「貴様、フォース様に無礼であろう!」
しかし、フォースはそれをたしなめ、改めてシュウナに向かう。
「君はボクと宝剣を探すんだ。アリシア救出部隊を囮にして、ね。」
それを聞いたシュウナは、やれやれと眉間にしわ寄せフォースを睨んだ。
「また、囮かよ!
俺は死ぬ思いだったんだぞ!」
ばん!と机を叩き身を乗り出して怒鳴り散らす。
確かに、シュウナは大切な仕事をもらったと喜び勇んで潜入したものの、『実は囮でした』では怒りたくもなる。分からないわけでもない。が、ここで止めの一言がフォースから放たれた。
「君があそこに出る必要はなかったんだ。こちらの手違いだよ。」
「ふざけるな!
手違いで死んでたまるか!」
シュウナは机越しに、相変わらずの黒ずくめであるが、お姫様然と優雅に椅子に座するフォースの胸ぐらにつかみかかった。
刹那、シュウナはある事をふと思いだした。
それに思いが飛び、頬に飛来するそれに気付く事はなかった。
ぱん!
「フォース様から手を放せ!」
マリームが、半ば机に乗りかかったシュウナに平手打ちを喰らわせたのだ。
すると、打たれた頬を手でさすりながら、シュウナはのろのろと机を降り、その場に立ち尽くした。
「どうかしたの?」
マリームに声を掛ける必要はないと言われながらもフォースが優しく訊ねると、シュウナはゆっくりとある事を訊ねた。
「あの女の事を知ってるのか?」
あの女、シュウナに傷薬を与えつつも、2度目に会った時は躊躇無く刃を振り下ろしてきた女。シュウナは何故か、今頃になってあの女の言った事が気になっていた。
「彼女は、ノヴァ=ディ=ドゥーディ。アレクの部下だよ。彼女がどうかしたの?」
「……いや、いい。何でもない。」
シュウナは何か言いたげな素振りを見せたが、それを飲み込み、黙り込んだ。
このシュウナの行動にマリームは失礼だろうと責めたが、シュウナには聞こえていなかった。

『そんな所で何をやっている。
ナラ!お前はA-Kのレフトナンバーズに入ったのではなかったのか?』
『ん~、ちょっと違うよ。
いっぱい話してくれるのは嬉しいけど、ボクの名前はフォース。
オバサンの知ってる男の子じゃないよ。』

シュウナは考える。
プリンセス・アリシアの居室で行われたノヴァとフォースのやりとりを。
『嘘だろぉ~!何で女の細腕に抱えられてんだぁ?
まさか、こいつ本当は…』
そして思う。
フォースは何者なのか、と。
敵と共通の知り合い、あるいはフォースの正体と思われる男、ナラ。
そう、フォースが男ならシュウナを小脇に抱える怪力もうなずける。
発展途上中の体格ではあるが、人一人を片腕で抱えるのだから。
『何故です!姫様があんな小僧を…』
しかし、そこまで思ったとき、シュウナはある事をはっきりと思い出す。
「中の下……か?」
呟きうんうんうなずくシュウナに、マリームはボルテージの上がりつつある怒りを抑え、声を震わせながら言い放つ。
「い、いい加減にしろ。」
ようやく気付いたシュウナは、はっと頭を上げ、細い目を見開き怒りを露にしているマリームと目があってしまった。
「あ、いやぁ~」
慌てて逃げる様に視線を外したシュウナだが、今度はフォースと目があってしまう。
「中の下って、なんだい?」
ゴーグルとマスクに隠れ、フォースはただ純粋に言葉の意味を知りたいだけなのか、シュウナの次の言葉を見越しての物か、それを推し量る事は不可能である。に、しても他に言い様があろうものだ。愚かにも、シュウナは思った事を口走っていた。
「何、あんたがあんまり馬鹿力を持ってるもんだから、男じゃねぇかと思ったんだが、窓から飛び降りたとき、女だって体感し……」
瞬間、マリームの右ストレートがシュウナの顎を貫いた。
「キ・サ・マァ!よくもそんな破廉恥な事をぉっ!」
完全に開かれた目より漏れる怒りの輝きを震わせ、マリームは大きく肩で息をする。
そんなマリームをひとまずなだめ、フォースはつぶやくように言った。
「仕方無いんだよね、ママの胸も小さかったって話しだし……」
その後、シュウナが気付き、治療を受けたため、城への侵入が二時間遅れた。


「分かってるよね。ボク達二人は、宝剣を手に入れるよ。」
シュウナは走っていた。
『地獄まで続いているのでは?』
そう思わせるような闇へと続く、中央吹き抜けの螺旋階段。
二人はそれをひたすら下っていた。
「わぁ~ってるよ。他の宝に手を出すな、ってんだろ。」
シュウナは、ひとまず釘を刺された事の返事を進行方向に投げかけた。
フォースは闇色の衣を全身に纏っているため、シュウナには何処にいるのかが肉眼で確認できていない。ただ、この人一人通るのがやっとな階段へ先に入った事から、前にいるだろう事は分かっている。
「なら、急ぐよ。
今の所、トラップの反応は無いけど、敵は動いてやってくるからね。」
再び聞こえたフォースの声に、シュウナは悪態をついた。
「ったく!あんた、翼でも生えてんのかよ。
螺旋階段なんだぞ!
曲がってんだぞ!」
確かに、シュウナがこれ以上スピードを上げれば、確実に転落、そして死が訪れるだろう。
しかし、シュウナの頭にある思いがよぎる。
『まさか、見つかった?』
同時に、かなり脚色されたノヴァの恐ろしげな顔が浮かび、シュウナの頭を占拠する。
「冗談じゃねぇ!
あんな化け物女に勝てるわけねぇだろ!」
汗が冷たくなるのを感じ、先日味わった恐怖を頭の中から振り払うように、シュウナは速度を上げた。
「倒せるよ。」
突然、吹き抜けを挟んだ対岸、或いは中央からだろうか。
フォースの声がシュウナの耳に届くと同時、足を踏み外していた。
「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉ!」
死の寸前、全ての物がゆっくり動くように見える、などという話しを聞いた事が有るだろうか。
今、まさに死の瞬間を迎えたシュウナは、身を以てそれを体感していた。
『うわぁぁぁぁ!
どうせなら一瞬で終わってくれよぉ!』
最後に思った事が生への執着ではなく、死の恐怖からの逃避を思ってしまうシュウナは珍しいと言うべきか。
だが、いくら珍しかろうが落下は逃れようもなかった。
次の瞬間、最後の刻が訪れた。
ごち!
「着いたよ。」
「…………」
シュウナが踏み外した段数は推して知るべし、と言うべきか。
二人は底へとたどりついていた。
まとわりつく闇をかき分けるように青白い明かりが灯される。
それは、まるで王の帰還を待っていたかの様に一本の通路を浮かび上がらせた。
「この通路を抜けた広間に一つの魔法の扉があるんだ。」
フォースは闇に開いた光の穴を指さすと、シュウナは立ち上がりながら悪態をついた。
「まったく、王女様様だな!
あんたが着いたとたんにお出迎えかよ。」
しかし、フォースはいつも通りの言葉でシュウナの皮肉を受け流す。
「ボクは、お姫様なんかじゃないよ。」
へいへい、と気の無い返事を返し、シュウナはフォースに先行して通路を進み出した。
すると、シュウナが通ったすぐ後ろから、フォースを待つ事無く明かりが消えていった。
「たどり着いた……」
フォースが呟くように言った直後、フォースの背後で轟音が鳴り響いた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
同時、前方から来るシュウナの悲鳴にも似た叫び。
「まずい!」
フォースは弾かれるように、シュウナが居るだろう広間目指して走った。
そして、後悔した。
最後の最後で気を抜き、トラップの探索を怠った自分の怠慢を。
「シュウナ!」
ひときわ明るくなった広間に入った瞬間、連続して続く轟音がすぐ背後で止まった。
フォースは、振り返った先にそびえる石壁に手をつき苦々しく吐き捨てた。
「五重の落とし扉かっ……」
「そう、これでお前達は逃げられない。」
フォースにとって馴染みのある低く、冷淡な語り口。
振り返った眼前に現れた彼女は、宝剣へ続く唯一の扉を塞ぐように立ち尽くす。
「オバサン……」
ノヴァ=ディ=ドゥーディ。
BランクのⅦのナンバーを与えられたAngel-Knightsである。
「どぉすんだよ!
逃げ道は塞がってるし、扉の前はあの女。
無茶苦茶じゃねぇかよ!」
大方、ノヴァを見て壁まで逃げたのだろう。
シュウナが右側から怒鳴り散らしてくる。
が、シュウナに言われるまでもなく最悪の状況に陥っている事は誰が見ても明かである。
この状況を打開するためにフォースが思いついている行動は二つある。
一つは、ノヴァを倒し、宝剣を入手。隠し通路を使って逃げる。
もう一つは、ノヴァと戦い、隙を見て宝剣の間に隠れ、宝剣を入手後、隠し通路を使って逃げる。
フォースはシュウナの事を考えた時、迷わず後者を選んでいた。
ただ、この作戦は、宝剣の間に隠し通路があると言う前提のもとに成り立っている。
しかも、ノヴァと同等以上に戦える必要がある。
小声で作戦だけシュウナに伝えると、返ってきた反応は予想通り疑念に満ちていた。
「馬鹿ゆ~んじゃねぇよ!
俺があんなの相手に戦えるワケねぇだろ!」
「大丈夫。戦うのはボクだよ。
あとは、ハッタリまかせだけどね!」
「ぅをい!」
刹那、フォースは一本のダガーをノヴァに投げつけると同時に、ノヴァの眼前へと現れていた。
「くっっ!」
ノヴァの頚部めがけて飛来するダガーと、フォースの細腕から繰り出される拳。
どちらの殺傷能力が高いのか、それは目に見えてダガーであろう。
フォースの狙いを悟った瞬間、ノヴァの右足はダガーより速く現れたフォースに突き上げるように放たれた。
鈍い音と、風を切る音が二人を中心に、がらんどうな広間に木霊した。
ほんの少しの間を置き、フォースが冷たい石の床に叩きつけられ、布のすれる音を最後に静かになった。
対するノヴァは、飛来したダガーをかわそうともせず、それを喰らった。
フォースに蹴りを入れた事により、喉を遮った右上腕に深々と突き刺さったのだ。
が、問題はこの後だった。
ノヴァの腕に刺さっているはずのダガーが無くなっていたのだ。
抜いたのではない事ははっきりしている。血一滴流れていないのだから。
「無駄な事だ……」
呟き、ノヴァはゆっくりと腰に下げた剣を抜き払う。
一瞬の傍観者であったシュウナは、改めてノヴァの得体の知れない力に身を震わせた。
死んだとは思えないが、自ら戦うと言ったフォースは地に伏せり、ピクリとも動かない。
「ち、ちくしょぉ!」
壁を背にしたシュウナが吼え、拳を握りしめ一歩踏みだした。
「次はお前だ。
傷は治ってるはずだな。」
冷たい瞳に見据えられ、『何を根拠に!』と言う叫びを飲み込んだ。
シュウナの冷や汗の量に比例し、ノヴァは静かに、一歩一歩近づいてくる。
ノヴァはシュウナの眼前で歩を止め、シュウナの喉元に抜き身の刃を突きだした。
小さくひきつる様な呻きを上げ、背中を完全に石壁へ預ける形となった。
シュウナにとって、背中が冷たいのは汗のせいなのか、壁が冷たいからなのか分からなかった。
「一つ聞きたい。『あれ』は誰だ?」
突然の問いにシュウナは何を聞かれたのかが分からなかった。
「え、あ?」
回答に詰まるシュウナにノヴァは最初から期待していなかったのだろう。
答を待たずに剣を振り上げた。
「フォース、だよ。」
背後から突然漏れた呟きに、ノヴァが振り向いた瞬間、彼女の肩が弾けた。
紅い鮮血はシュウナを含めて大きく床を濡らし、久しく味わっていなかった激痛と共にノヴァは朱の絨毯に片膝を突いた。
「シュウナ!
部屋に走るんだっっ!」
フォースの叫びに、固まっていたシュウナが我に返り、この場を共に共有する事を避ける様に走りだした。
「宝剣を手に入れるんだ!」
このに止めの叫びが聞こえたかは定かではないが、シュウナは宝剣の間に飛び込んだ。
「さて、オバサン。続きをするかい?」
白くなった黒衣をはたき、埃を落としながらフォースは問う。
「何故だ?
何故、あたしの肩が弾けた?」
初めて見せるノヴァの激しい困惑の表情に、フォースは楽しそうに笑った。
「化かし合いに勝っただけだよ。
最も、オバサンはひっかかっただけだけどね。」
そう、フォースは先の一瞬の攻撃において、駆け引きに勝っていたのだ。
フェイント、あるいはバランスを崩すためにダガーを投げた、そうノヴァが判断し、自分の剣を体内に吸収する能力を使ってあえてダガーを喰らう。
しかし、そのダガー自体が魔法剣の類であり、フォースの意志で魔力の放出が可能であった。
結果、ノヴァの右肩は大量の血と共に吹き飛んだのだ。
「…と、言うわけさ。」
楽しそうに話すフォースとは対照的にノヴァは無言だった。
「ところで…
アレク一人で大丈夫?」
このフォースの一言で、ノヴァは事も無げに立ち上がった。
「どういう意味だ?」
「どう、って、そのままだけど?」
ノヴァが立ち上がる事はさも当然といわんばかりに、フォースは何事もなかったように語り続けた。
「宝剣なんて、オバサン達を追い払ってからでもいいと思わないかい?
ただ、少々の魔力を持った魔剣を姫様より優先される物だと思うかい?」
「そんな事あたしには関係ない。」
そっけなく言い放つノヴァに、フォースは黒で覆われた顔をほころばせ、続けた。
「もしだよ!
もし、アレクと同等の力を持った者がそっちにいたら?」
この言葉には、さすがのノヴァも惹かれるが、表情に出す事はなく、ただ呟いた。
「だからどうした。
あたしには、あの男を助ける恩も義理もない。」
「でも、義務はあるでしょ。」
フォースの頭には、シュウナが宝剣を手にいれる事。
ノヴァの頭には、義務を果たし失われた妹の情報を得る事。
膠着状態が続いていた。
そして、それぞれの意志の交錯の中、第三者によってノヴァの方に天秤を傾けられた。


《3》

「そんな言葉に耳を傾ける必要はない。」
陽炎の様な身体を揺らめかせ、現在、この国、この城の主を気取っている男。
アレクザード=フォンフォーネルが現れた。
いや、正確にはこの場にはいないのだろう。
現れてなお揺らぎは収まらず、あまつさえ身体を透けて石壁が覗いているのだ。
「魔導幻影での登場……か。ずいぶん余裕だね。」
フォースは幻像のアレクを向き、呆れた様に肩をすくめた。
「その術って、抜け殻になった肉体が無防備になるんじゃなかったっけ?」
アレクの幻影は、ほうと感嘆の声を上げ顎をしごいた。
「よく知っているな。」
「ボクは魔術マニアでね。」
そんなアレクをあざ笑うかのように、フォースは冗談ともつかない返事を返した。
アレクはフォースの態度に、内心憤慨していた。
彼は、強者であれ弱者であれ、自分に対する蔑み、嘲りを許せない質であった。
それがどんなに些細な事であっても、だ。
「フォース君、余裕を見せすぎているのは君達じゃないのかね?」
アレクは何事か思いついた様に、わずかに口を歪めて語りだした。
「どう言う事だい?」
「あの時会ったプリンセス・アリシアが、既に偽者だとしたら?」
「…………」
フォースの沈黙に、アレクは三日月の様に裂けた口から低く、善意の欠片も感じられない笑い声をあげた。


同時刻、隣の、つまり宝剣の間でシュウナは訳も分からず剣に手を掛けていた。
「抜けねぇぇぇぇぇ!」
祭壇の様な文様の彫り込まれた直方体の台。
そこには華美な装飾の施された、明らかに武器としての役目を果たせそうにない儀礼様の剣が深々と突き刺さっていた。
「ったく、こんなモンが何の役に立つんだよ。」
一回引き抜こうとしただけで全てを諦めたシュウナは、剣の柄に蹴りを入れた。
『痛い!』
「そぉ、痛ぇよ。
抜けもしねぇ剣を引っ張ったんだ。手がヒリヒリすらぁ。」
『無理に引き抜こうとするからです。』
「そぉかもな。」
『そうです。
ものには順序というものがあります。』
「順序ねぇ~………?」
この異様な会話にやっと気付いたシュウナは、はっと顔を上げ、辺りを見回した。
「だ、誰だ?」
今更ながら、シュウナは直接頭に響いてきた声に驚愕し、パニック寸前の状態に陥っていた。
『私の身体に靴跡をつけておきながら、誰だとは失礼な方ですね。』
「まさか……」
シュウナはゆっくりと振り向き、剣にはめ込まれた大きなエメラルドに顔を近づけた。
『無礼者!
臣下なら一段下がるのが礼儀でしょう。離れなさい!』
しかし、シュウナは後へ引かなかった。
先ほどの恐怖は何処へと消えたのか、積極的という言葉があてはまるかのようにベタベタと宝剣を触りだした。
『は、破廉恥な……止めなさい!
止めねば斬ります!』
この言葉にシュウナは慌てて手を離すと、蹴りを入れても動く事の無かった宝剣がガタガタと揺れだした。
「あんた、もしかして『魔剣』って奴か?」
シュウナが発した問いは、激しく間の抜けたものだった。
宝剣が揺れを止め、元あった深さより更に深く突き刺さってしまったのがいい証拠だ。
『あなた、そんな事は見れば分かるでしょうに……』
「いや、分からん。」
二人の間に沈黙が訪れる。
自分にとっては当たり前の事が分からない。しかも、それを説明する事がどんなに億劫な事かを知るこの魔剣は、シュウナを無視して話しを進めようかと一瞬思った。
しかし、自分を扱う事になるであろう人物が無知な事の方が生理的に嫌だと感じ取り、静かに説明を始めた。
『いいですか?
まず、この世界の武器には四つの種類にわける事が出来ます。
剣を例に取れば、物理剣、魔法剣、魔力剣、魔剣です。
物理剣は文字どおり物理攻撃のみが出来る物で、
魔法剣が何らかの魔法が込められた物、
魔力剣は魔力で刃を成す剣、
そして、私の様に意志を持つ剣が魔剣と呼ばれるのです。
分かりましたか?』
「でも、それは分類だろぉ。
見分けについてはどうなんだよ?」
珍しくシュウナがしっかりと話しを聞いていたと思えば、希にみる鋭い質問を魔剣に投げかけた。
その表情は自身に満ち、瞳は何処か挑発するような光を秘めていた。
『え……それは、その……』
魔剣が口ごもった瞬間、シュウナは台座に飛び乗り、魔剣の柄を力一杯引き上げた。
『な、何をするんですか!
先刻、順番があると言ったではありませんか!』
再び魔剣は刀身を揺らし、引き抜かれまいと必死に抵抗を始めた。
「やかましい!
魔剣が問答に負けたら勝った奴の物になるってのが相場なんだよぉ!」
『あ、そうなんですか?』
瞬間、揺れが止み、これを好機とシュウナは魔剣を引き抜いた。
『ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
再び、刀身を揺らすが後の祭、魔剣の嘆きがシュウナの頭に響くのみであった。
『あぁぁぁっ、なんて事なんでしょう!
自己紹介もしないまま、引き抜かれるなんて最低ですっ!
私の経験が少ないからって、出来て間もないからってぇ!』
「うるせぇ!
自己紹介がそんなにしてぇならさっさと始めな!
し・ず・か・に・な!」
この時、シュウナは魔剣の口走った、いや口を滑らせた言葉を聞き、勝ち誇った様な満面の笑みを浮かべた。
この、知ったかぶりの無知な魔剣は使える。そう、ふんだのだ。
だが、話しは思わぬ方向へと進み出すのだった。
この、自己紹介によって……
『うぅ……
わ、私の名は……アリシア。
プリンセス・アリシアです。』
「うそ……」


「姫が偽者……」
黒のフォースは信じられないと言うような素振りを見せ、一、二歩後ずさった。
「そう、偽者…」
陽炎の様に揺れる身体を広間の中央に映し出し、アレクは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
自分を馬鹿にした女へのささやかな復讐の余韻にひたっているのだ。
そして、ここでフォースへの死刑宣告を下した。
「ノヴァ君……君の仕事だ。
フォースを殺せ。」
言うと、アレクの映し出された身体は霧散し、光の粒となって消えていった。
「どうやら、オマエの言う『義務』ができた。」
二人の会話に傍観者を決め込んでいた彼女、ノヴァはゆっくりとフォースに歩み寄り、剣を構える。
対して、フォースは対峙もせず大きく伸びをしていた。
「つっかれたぁ~!
やっぱり、ボクにはお芝居は向かないね。
肩がこって仕方ないよ。」
「なら、肩を吹き飛ばしたらどうだ?」
ノヴァは更に一歩、構えられた剣の切っ先を向け歩み寄る。
「へぇ、オバサンにも皮肉の一つは言えるんだ。」
言って、フォースが手を下ろした瞬間、ノヴァがフォースの間合いに踏み込んだ!
ノヴァの剣は一直線に振り下ろされ、フォースの頭部めがけて襲い来る。
しかし、フォースは半歩後退しノヴァの第一撃を回避すると、二歩踏み込んで左肘を突き出した。
ノヴァは剣を持ったままだと腕を上げる事が出来ずガード不能と判断し、剣を捨て両腕を交差させて突き上げる。
ノヴァの腕によりフォースの肘は軌道を外れ、額をかすめたのみだった。
フォースは肘が外れた事を知ると、突き上げられた衝撃を利用し、瞬時に後退を試みようと下半身に力を込める。
しかし、いつの間に手をかえしたのか、ノヴァに左の手首と肘を掴まれた。
フォースは反射的に胸を反り腕を外に引くと同時に、次に起きる事を予想し、後悔した。
ノヴァはそのまま腕を掴みながら前に踏み込んだ。
同時に響く鈍い音。
左肩を突き抜ける激痛。
「うあぁ、ああぁあっ……」
肩の関節を外されたフォースは、初めて知る激痛に身体中の汗腺が開き、冷たい汗と共に吐き気がこみ上げてきた。
ノヴァは戒めを解き、フォースを突き飛ばす。
「これで、『あいこ』だ。」
解き放たれたフォースにその言葉が届たのかは定かではないが、自分の背後にある宝剣の間への扉の方へと移動した。
そう、文字どおり二、三度転がる様に。
「肩、を吹き飛ばしたから……外したの、かい?」
「そう言った。」
「ごめ、んよ。聞、いてなかっ、た。」
痛みを堪え、ただ地虫の様に這いつくばう事しか出来ないフォースに止めを刺すべく、ノヴァはフォースの眼前まで歩み寄った。
『死ぬ?ボク、殺されるの?
……そんな事無いよね。あるわけないよ。』
フォースの意識が現実を拒否したとき、思わぬ好機が訪れた。
「おい、大丈夫かぁ?」
シュウナである。
シュウナの突然の出現により、ノヴァはフォースの止めを刺す事を諦め、間合いをとった。
フォースは自分を抱き起こしてくれたシュウナに訊ねる。
「剣、は?」
突き抜けた痛みのせいで、いまだ途切れ途切れな言葉しか発する事が出来ずにいた。
「やかましいお姫様なら、ここだ。」
『やかましいとは何です。
失礼です。謝りなさい。』
「さっきからこの調子だ。
にしても、無茶な女だなぁ。相手も化け物女だけどなよぉ。」
痛みを堪えた引きつった笑い声をあげ、フォースはゆっくりと立ち上がった。
「持っててくれよ。」
言って、フォースは右手で左腕をシュウナの肩に置くと、シュウナは訳も分からずフォースの手首を掴んだ。
フォースは腰を落とす様な仕草で、肩関節をゼロポジションと呼ばれる位置まで動かした。
見た目は『反省』をしているように見えるが、外れた肩の関節を自然にはめるには最も有効で、関節を砕かない安全な方法なのだ。
当然、すんなりとフォースの肩関節ははまり、痛みの残った肩を抱く様に左腕で抱え込んだ。
「随分悠長だな。」
突然の言葉に、二人は首だけ動かしノヴァを見た。
「オバサンは優しいからね。」
言うと、フォースは跳躍し、ノヴァの背後を取ったと同時に当て身を喰らわせた。
思わぬ背後からの攻撃にたたらを踏んだノヴァは、バランスを保つのに精一杯でフォースの更なる攻撃に反応出来なかった。
「随分な事をしてくれる……」
「ボクは意地悪だからね……」
フォースはノヴァを羽交い締めにした。
ここ一番という場面でいつもノヴァが頼った能力-自らの体内に融合させた武器を排出する力-を防ぐためであろう。
更に、ノヴァの両腕を引き離す様に、強く両腕を組んだ。
「シュウナ!
右手は離した。君が攻撃するんだ!」
フォースの叫びに、シュウナは弾かれたように駆け出し、剣を振り上げた。
「姫さんよぉ!今は黙って、剣でいなぁっ!」
『仕方無いです。勝手にして下さい。』
「うおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
シュウナの初めて見せる真剣な表情と、猛きほう咆哮。
だが次の瞬間、この戦いを制したのはノヴァだった。
紅く、妖しい光を持つ幾重にも重なる剣、それがノヴァの背からフォースの身体を貫き現れたのだ。
「ぐ、はぁぅっ!」
フォースの口からは大量の血が吐き出され、ノヴァのまだ白銀色を残していた胸当てを真紅に染めた。
「あ、ぁぁっ……な、なんでだ!」
勢いを殺し、止まる事のできたシュウナは、パニックに陥りながらも間合いをとった。
「オマエの言う『化かし合い』、今度はあたしの勝ちだ。
あたしの能力は、右手から剣を出す力だとは一言も言ってない……」
ノヴァは白銀の翼をはためかせ、フォースを振り払った。
そう、ノヴァの背から現れた何本もの剣は、天使を思わせる翼のように、ゆっくりと動物的な動きを見せ、はた目には殺人の道具と思えぬ優雅さを持っていた。
「ま、まさ、か、隠し技、だなんて……」
更に血を吐きつつ、フォースは立ち上がろうとしたが、その足に力は入らず、片膝を突いてそのまま床に崩れた。
「別に隠してはいない。
オマエが勘違いしただけだ。」
「そ、それは、そう、だね……」
そこまで言うと、フォースの意識は闇にのまれた。
「くそっ!
どうすりゃいいんだ!」
『まったく。私を振るうなら、もう少し丁寧な言葉を使って欲しいです。』
シュウナとアリシアの発展性が皆無な会話を後目に、ノヴァはかつて感じたささやかな疑問の答を求めていた。
右の腕より一本の剣を出現させた。
いや、湾曲した刀身を持つそれは、南方に位置する龍国で製造される、世界で最も斬れ味が高いと噂される刀であった。
そして、ノヴァはゆっくりフォースに歩み寄ると、黒い衣ごと謎のヴェールを斬り裂いた。
「本当に、ただの女か……」
黒い衣の中より現れたのは、発達した肢体をハッキリと際立たせるウェットスーツに身を包んだ一人の少女であった。
中身が女と知ると、興味を失った様に裂けたマスクとゴーグルを外そうともせず、そのままシュウナを向いた。
「次はオマエだ。」
「あ?」
シュウナはアリシアとの会話に夢中になっており、フォースの衣が裂かれた事に気付いていなかった。
同時に、ノヴァがすぐ眼前まで迫っている事にも……
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
悲鳴にも似た声を上げ、シュウナはただやみくもに剣を振るう。
しかし、そんな攻撃がノヴァに当たる筈もなく、虚しく空を斬り続けるのみであった。
『ちょっと、落ち着くのです。
私の力を持ってすれば、あんな化け物女はイチコロです!』
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
シュウナにはアリシアの声すら届いていなかった。
今、シュウナは最大の恐怖を前に、『自分一人しかいない』、『頼れる者がいない』、その孤独が恐怖に追い討ちをし、剣が虚ろを舞う毎にシュウナの心が殺ぎ落とされていった。
『死ぬ、死ぬ、死ぬ、死んでしまう!
俺が消える。自分がなくなる。
死ぬのは嫌だ!
嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!
イヤダ…』
「わ、わた、私は……」
シュウナの口からは悲鳴が消え、代わりに呟きが漏れ始めていた。
『しっかりなさい!
私が無事なうちは、貴方は死にません。
気付いて、シライア!』
アリシアの必死の呼びかけも届かず、シュウナは縦に振り下ろしたのを最後に動かなくなった。
「恐れるな……
死は人に与えられた最後の権利なのだから……」
自嘲気味な呟きとともに、ノヴァは右手に力を込め、刀を振り上げた。
「う……」
ノヴァはシュウナの呟きに興味は無かった。
かつて、気まぐれで助けた事もあったが、今はどうでも良くなっていた。
そう、一瞬だった。
『あたしには、何もない……』
そう思った瞬間、シュウナが剣を突き上げてきたのだ。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
剣は自ら飛び出る様に猛り、ノヴァの左胸に突き刺さった。
「残念だったな…」
シュウナは蒼白な顔でノヴァを見上げたが、ノヴァの表情は変わる事無く、いつもの冷たい瞳でシュウナを見下した。
「あぁ、残念だったな。」
シュウナは言葉の意味を理解できずにいた。
しかし、ノヴァの瞳から目を下ろし、シュウナ自らがつけた傷口を見たとき全てを理解した。
血の一滴も流れていないその傷口は、ノヴァが左手でアリシアの刀身に触れたとき、虫が這うような動きを見せ、剣ごと左肩に移動した。
「うわぁぁぁっ!」
シュウナは剣を離し、後ろへと飛び退いた。
その表情は、蒼白を超え、既に死人のそれへと変わっていった。
ノヴァは左手に剣を伝わせ、持ち主がいなくなった柄をそっと握りしめる。
ノヴァの左腕、その内側が刀身にぴったりと密着した瞬間、剣はとけ込むようにノヴァの左腕となった。
沈黙…
静止した空間は沈黙を生み出し、沈黙はシュウナに恐怖の闇を呼び覚まさせた。
「…………!」
声にならない悲鳴が口から抜け出し、思い出した様に荒く息を吸い込むその顔は、恐怖の色しか見て取れなかった。
「オマエは人の死を全うできる。」
ノヴァは再び右の刀を振り上げ……
「素晴らしい事だ。」
言うと、刀を真っ直ぐ振り下ろし、事は起こった。


《4》

シュウナが最後の刻を迎えようと言う同時刻、彼らの直上に位置する王の間でも転機を迎えていた。
反乱組織のアリシア救出部隊はまんまと姫を救出したかに思っていたのだが、いつの間にかアレクザードの座する王の間へと導かれていた。
そして、今ここに反乱組織の生き残りと目される女性、マリーム=カフは一人の少女と対峙していた。
「何をしている!貴様、姫の影であろう!
それが何故、こんな事をするっ!」
そう、少女とは姫の影をつとめていた者であった。
そして、その少女はマリームを残した全ての反乱者を一撃の元に地に沈めていた。
「そうね、まぁ時期が来たから、って事では納得しないかしら?」
アリシアの姿をした少女は腰に手を当て、そっけなく答えた。
「時期、とはどう言う事だ!」
怒りと平静が同居したマリームは、怒りを抑えて影の少女を問いただした。
「明日がママの結婚式なのよ。」
次の瞬間、少女はマリームの間合い深くに踏み込み、握り込んだ拳をみぞおちにめり込ませた。
「くは……」
たまらず、マリームは少女に身体を預ける様に倒れ込んだ。
「そのまま眠ってなさい。
起きたら貴女を殺さなくてはならない……」
ほんの一時、重なり合った状態の時に発せられた少女の声は、マリームにのみ聞こえていた。
『どう言う事?』
マリームは疑問を抱えたまま、意識が闇へと落ちた。
「素晴らしいな。
ベル君、と言ったね。君も新人ながら良く頑張ってくれた。」
一部始終を壇上の王座から見下していたアレクは、心にもないねぎらいの言葉を少女ベルにかけた。
それを知っているのか、ベルの方も『どうも』とそっけない返事を返すのみだった。
そんなベルにアレクは気を害すると思いきや、先刻のフォースに絶望を与えた時の余韻に浸り、ニヤニヤと薄笑いを浮かべているのだった。
今のアレクには、ベルの返事など些細な事であった。
「今頃は、ノヴァ君が全てを片付けているだろうな……」
薄笑いは次第に声が混じり始め、高笑いとなり王の間に木霊した。


「あ、あ、あ、あ、あっ!」
魔剣アリシアを吸収したノヴァは左腕を掴み、急に苦しみだした。
今まで誰にも見せた事の無い、苦悶の表情であった。
そして、事は起こった。
ノヴァの全身から一斉に出現したのだ。
何本も、何本も、何本も……
一体、ノヴァの身体には何本の剣が融合しているのか。
無限にも思える数の剣は、ノヴァの体表と言う体表全てから世界全ての方位を指す様に突き出していった。
突き出すだけならまだ良かったのだろう。
出現した剣の全てが脈打ち、命を持った一個の生命体の様にバラバラに動き始めたのだ。
「何なんだよ、一体ぃ……」
ノヴァの悲鳴により幾分平静を取り戻したシュウナは、今の状況を理解できず、動くモノに襲いかかる仕草を見せる剣を避ける様に壁まで後退していた。
だが、この場において最も状況を理解できていない者がいた。
『あたしは……どうしたんだ?』
剣を身体に纏った者、ノヴァである。
『今までこんな事はなかった。
自分の能力には、皮肉な事だが自信を持っている。』
そんな二つの思いが、ある人物の最後のトラップを発動させたのだった。
「ホント、皮肉だね…」
なんと、地に臥していたフォースである。
「フォースぅ…」
シュウナは『フォースが生きていた』と言うより、『自分一人ではなかった』と言う事に腰が砕け、壁に背を預けてズルズルと座り込んだ。
うつ伏せであったフォースは上体を捻り、仰向けとなると言葉を続けた。
「オバサン、アリシアを吐き出す事をお勧めするよ。」
『何故だ!』
ノヴァの言葉は声にはならず、直接二人の頭に響いてきた。
「気付いてないのかい?
オバサンとローザは同じ身体で出来ているんだよ。」
『!』
「造られた、って言った方がいいのかな。」
その一言は、混乱したノヴァの頭にいつもの静けさを取り戻すのに十分であった。
そして、冷静になったノヴァは最も正しい選択をした。
「おおぉぉぉぉ…」
刹那、怒号の気合いとともに剣は勢いよく排出され、何もなかった広いだけの殺風景な広間に白銀のオブジェが出現したのだった。
それら全てを吐き出したノヴァ当人は、虚ろな瞳で広間の中央に降り立ち、一瞬の間の後、再び気合いを込め左腕を突き出した。
「あ、あぁ、あっ…」
ノヴァの顔はみるみる紅潮し、三度の声とともに突き出された左の掌から、先程とは対照的にゆっくりと回転し、ノヴァの体内に残された最後の一本、魔剣アリシアが現れ、乾いた音を響かせながら床に落ちた。
魔剣の排出に全精神力を使い尽くしたノヴァは、世界が歪むのを感じていた。
床の魔剣、フォース、壁にもたれるシュウナ、白銀の壁、天井の順にゆっくりと視線が動き、胸を突き出すように背中から倒れた。
同時に、ノヴァの全ての汗腺が開き、煮えるような汗が全身を濡らした。
『教えろ!ローザの事を教えろ!』
倒れたノヴァは言葉を発する力すら失われていた。
「どうやら気を失ったみたいだね。」
ようやく起きあがったフォースの第一声である。
しかし、シュウナはこのあっけらかんとした態度に激怒した。
「ざけんじゃねぇよ!
俺がどんな思いをして戦ってたのかわかってんのかぁ?」
「分かるわけないよ。」
即答され、シュウナの怒りは上昇の一途をたどっていたが、フォースの姿を、闇の衣の取り払われた姿を見たとき、フォースがおかしい事に気付いた。
「あんた、怪我は大丈夫なのかよ。」
そう、先刻ノヴァの攻撃を受け串刺しにされたはずなのに、破れた服の隙間より肌が覗くだけで血痕の一つも確認できなかった。
「傷は塞がったんだから心配する必要ないよ。」
言うと、フォースは不自然に残ったフードを無造作に脱ぎ捨てた。
すると、エメラルドの長い髪が弾む様に流れ落ちた。
「あんた、本当に女だったんだな…」
その姿を見たとき、シュウナは改めてフォースが女である事を認識した。
そして、プリンセス・アリシアに瓜二つである事も…
「そ、ボクは女さ。」
言うとフォースはシュウナに剣を拾うよう促すと、更に言葉を続けた。
「さあ、行くよ。」
「何処に?」
「王の間に…」
最後の言葉と同時、突然フォースはシュウナに飛びついてきた。
「わっ、何を…」
「ここに降りた時と同じ事をするだけさ。」
悪戯っぽく笑うとシュウナをしっかりと抱きしめ、輝く光の集束とともに二人は広間からかき消えた。
『あいつ、一体?』
白銀色の壁に塗り固められた広間にはノヴァ一人が残され、力尽きた彼女にはフォースに対する疑問を心に描く事しかできなかった。


《5》

弾かれる様に王座から立ち上がったアレクは、閃光とともに現れた二人に怒号をぶつけた。
「なんだ、貴様らぁ!」
二人、フォースとシュウナは背後からの怒声に振り返り、声の主を認めると同時に最終目的の遂行場所に着いた事を知った。
「やかましい!
これからテメェの命を貰ってやるんだぁ…
覚悟しなっ!」
人はこうも変わるものなのか。かつてのシュウナには決して吐けない台詞だった。
しかし、アレクの目はフォースを向いていた。
「まさか、プリンセス自ら私に会いに来てくれるとはね。」
「ボクはプリンセスじゃないよ。」
即答で否定され、アレクに先刻の怒りを助長させた。
「あの女、しくじりおって。」
吐き捨てるように言うと、アレクは怒りの収まらないまま王座に身を沈め、第三のA-K、ベルを前に出した。
「フォース君、君の言っていた『私と同等に渡り合える者』を倒した部下が相手をするそ うだ。
私と戦いたいなら、彼女を倒してからにしたまえ。」
アレクはフォースが絶望する様を見、再び心に平静を取り戻そうとした。
しかし、フォースはベルを一瞥しただけで絶望の欠片すら見せなかった。
「余裕の見せすぎだよ。ボクよりね。」
その言葉の意味がアレクには伝わらなかった。
唯の戯言と受け取り、内心嘲っていたのだ。『愚か者の気がふれた』と。
だが、対峙するフォースとベルの間に闇が生まれた次の瞬間、アレクは愚か者が自分であると悟った。代償として自らの人間性を失うほどに。
そう、生まれた闇は二人のアリシアを包み込み、再び小さな闇へと戻った時、彼女らの本性をさらけ出した。
二人はそっくり同じ顔をしていた。アレクにある人物を彷フツさせるエメラルドに輝く瞳。そして、ショートとロングの違いはあれど、燃えるような紅の髪。何よりその背に在る輝く天使の翼。
アレクには分かっていた。
自分の前に現れた二人が何者であるかを。
「ボクの名はフォース。
フォース=ウィルニーヌ=グランバード。」
『L-Ⅵ』と刺繍されたスーツを羽織った、白地の服にロングのストレートが映える少女が一歩踏み出す。
「あたしは、ベル=ウィルニーヌ=グランバード。」
『L-Ⅸ』と刺繍されたスーツを着込んだ、ショートヘアの少女も同じく踏み出す。
「父の命により…」
「反逆者、アレクザード=フォンフォーネルの処刑を行います。」
信じられないと言った表情を浮かべ、アレクは腰を浮かせていた。
「貴様達、レフトかっ…」
アレクの表情はは苦々しいものへと変わり、恐怖に、心の底から湧き出す恐れに身を震わせていた。
「フ、フォース?」
アレクと同様、シュウナも驚きのためにフォースの名を呼ぶ事しかできなかった。
この状況はシュウナのキャパシティをゆうに超え、理解不能な事態の傍観者でいる事で精一杯なのだ。
「馬鹿な!
グランバードだと?
貴様らの父だと?
馬鹿な!馬鹿な!馬鹿な!馬鹿な!
ウィルザーは龍国に亡命した。いや、俺がさせてやったんだ!
それが、何故、レフトを差し向けられる。
対A-K暗殺部隊、Angel-Knights-Left。
貴様らは、ウィルザーをも襲ったではないか!」
アレクは目の前の恐怖を否定する要素を並び立て、自らの破綻しそうな精神をどうにか保とうとしていた。
しかし、フォースが投げかけた一言で、アレクの心の壁に穴が開いた。
「もし、オジサンの逃がしたウィルザーが偽者だったら?」
「そんな…
俺は、自らの墓をただひたすら掘っていたのか?
……なぁ、教えてくれ。
俺は何処で間違った?」
震えながら一歩一歩迫り、懇願してくるアレクに、ベルは光輝く剣を持って彼の胸を貫いた。
「A-Kになど、ならなければ良かったのよ。」
慈悲も哀れみもない、抑揚の無い小さな呟きだった。
「俺は、何をしていたんだ……」
その言葉を最後に、Angel-Knightsが力を手にした代償を、アレクは払った。
貫かれた胸より激しい光が漏れ、アレクの身体を空へと引き上げていった。
光は全身を覆い、やがてゆっくりと光量が落ちてゆき、全ての光がアレクだった肉体の頭上に光輪を浮かび上がらせた。
今、ここに、前史民族である天使の一人、大天使ラファエルが降臨した。
『我、天界の外科医にして生命の樹の守護者、大天使ラファエル。
輝ける栄光は永遠に、人の血肉を形作る鋳型なり。』
頭に直接響く優しげな声を残し、ラファエルは天へと上昇していった。
「任務完了だね。」
「えぇ…」
彼の姿が消える様を見上げながら、二人の天使はそっと呟いたのだった……


「仲間同士で殺し合いかよ。
やるなら自分の国でやれよな!」
叫ぶシュウナの声は明らかに怒声である事が聞いてとれる。
無理もない事である。
今まで意志を同じくする同郷の者と思っていただけに、ウェンデル人である特徴とも言える赤毛と深緑の瞳を見せつけられては仕方の無い事であった。
が、フォースに助けられた事実が頭をよぎり、シュウナは声のトーンを落として二人に問うた。
「で、本当のお姫様は何処なんだよ。
まさか、この剣じゃねえだろ。」
刀身を下に向け、指さしながら更に続ける。
「はやく連れて来た方がいいんじゃねぇのか?
マリームの姐さんが目ぇ覚ますと厄介だぜ。」
シュウナはシュウナ自身、不審の欠片も湧かない事を不思議に思っていた。
確かにアレクを倒してはくれた。しかし、それでも二人はこの国を侵略しようとした騎士団の一員なのだ。
悪名高い、世界最強をうたい文句にするAngel-Knights=A-K…
であるのに、シュウナは絶対の信頼と安らぎを感じていた。
『この二人には、何度も助けられた気がする……
何故だ?』
シュウナはその思いを心に描いたとき、フォースの口から一つの真実が語られたのだった。
「プリンセス・アリシアはここにいるよ。
心も、身体も…」
「心も、身体も?
まるで、二つが分かれてる様な言い方じゃねぇか。」
シュウナの疑問に対する回答は語られず、二人が二人を見つめている事で返答してきた。
「どう言う事だ?
何で、俺達を見ているんだよ。」
多分、無意識の内であったのだろう。
シュウナは、自らフォースの言葉を肯定していた。
「心は、宝剣に。肉体は…」
フォースは一瞬迷った。
彼女自身、言うべき事だとは分かっている。
でも、彼女には言えなかった。
「シュウナ。アナタ、女なのよ。」
しかし、迷ったフォースを後目に掛け、ベルが先を続けていた。
「女?俺がぁ?」
すっとんきょうな声を上げ、次の瞬間にはアレク張りの高笑いが静かな空間に木霊した。
「冗ぉ談じゃねぇ!
俺の、ど・こ・が、女なんだよ!」
高笑いが止むと、シュウナは怒声張り上げ、拳を突き出した。
「あたし達を見てたでしょ。
人の姿なんて、どうにでもなるのよ。」
言うと、ベルは小さく呪文を唱えた。
刹那、先刻二人を覆ったのと同様の闇が生まれ、シュウナの体表全てを闇色へと変色させ、身体が膨れると同時に弾けた。
すると、弾け飛んだ闇は空間の一点に集まり、漆黒の腕輪を形作ると真っ直ぐ床に落ち、乾いた音を響かせた。
「これは…」
シュウナは落ちた腕輪を拾い上げようと手を伸ばしたとき、自分の身体に起きた事態に気付いた。
女性的なふくよかさを兼ね備えた華奢な腕。
先刻まで何度も頭の中に響いていたものと同じ澄んだ声。
「俺は……」
いつの間にか変化した細い腕をまじまじと見つめ、肩を震わせながらフォースに振り向いあた。
すると何処から取り出したのか、シュウナの全身を映し出す大きな鏡が置かれていた。
「んな、馬鹿な!
魔法だ、魔法に決まってる!」
シュウナは大鏡に映し出された自分の姿、プリンセス・アリシアの顔を持つ自分の姿を否定した。
「そう、魔法だよ。
今までの、シュウナと言う存在全てが魔法で造られたものなんだ。」
静かに語るフォースに、先程の迷いはなかった。
「嘘だ!」
自分と言う存在を否定されたシュウナには、現実を否定するしか道がなかった。
「君の身体は、プリンセス・アリシアなんだ。」
「嘘だ!」
「そして、君の本当の肉体はその手に握られている。」
「え……」
フォースの言葉にシュウナの心は止まり、同時に否定の心が少しずつ萎えていった。
「あたし達は、アナタの要求をのんだのよ。
アナタは王国を護りたい。そう、言ったわ。」
「俺が?」
シュウナは分からなかった。理解できなかった。
シュウナ自身、身に覚えの無い事なのだから。
「元に戻れば分かる事よ。」
言うと、ベルはシュウナの額に掌を当て、そっと瞼の上に移動させ目を閉じさせた。
「次に目を覚ましたときには、全てを思い出しているわ。
そう、全てを、ね。」
この日、プリンセス・アリシアの救出劇は王都を駆け巡り、反乱組織『堕天使の翼』の面々は一躍英雄へと祭り上げられた。
しかし、そこにはシュウナと呼ばれた少年の姿はなく、代わりに一振りの荘厳な雰囲気を放つ魔剣が、クイーンとなったアリシアの側にたたずんでいた。
これから先、二人は主従以上の信頼を持って運命の渦に飛び込む事だろう。
その先に崩壊する世界が待っていようとも……


エピローグ

「オバサン!オバサン!」
仰向けに臥するノヴァをのぞき込む様に、フォースは広間に降り立った。
「この人が、あたし達の?」
同じく、ベルもフォースと向き合う様に降り立つと、ノヴァをのぞき込んだ。
「うぅ…」
朦朧とする意識の中、ノヴァは思った。
『こいつら…
あたしの命を取りに来たのか?
もう、どうでもいい…
結局、無駄だったんだ。』
力の尽きたノヴァは全てを諦め、自分が消える事を覚悟した。
しかし、そんなノヴァに発せられた言葉は意外なものであった。
「叔母さん、初めまして。
ウィルザーと弥生が七女、ベルです。
ローザを引き離してごめんなさい。
治療が済めば、会えるから…
それまで、待ってて下さい。」
ノヴァの意識は一瞬にして覚醒した。
しかし、身体が動かないのには変わり無く、瞼を開くのでさえ渾身の力が要るほどであった。
そして、ようやく開いたその目に飛び込んできたのは、A-Kを示す紋章と、所属を示す『L-Ⅸ』と言う文字であった。
『レフトのナンバーⅨ…』
その二つの文字をしっかりと心に刻み込んだとき、ノヴァの意識は途切れた。
「行こうか。」
「えぇ、帰りましょう。」
二人はノヴァの腕を片方ずつ抱え込み、輝く翼をはためかせた。
ゆっくりと宙に浮き、地上より離れた三人の姿は、『二人の天使に天界へと誘われる新たな天使候補』そんな神々しいものであった。

(第二話 『ロストプリンセス』 了)

 

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【another】第一話『トウソウする者達』

「聞いて驚け!昨日、サウザンドを追い返したのは俺様だぁ!」
一人の酔っぱらいの戯言が、この酒場『堕天使の翼』に静寂をもたらした。
そして、その酔っぱらいに向けられる冷たい視線。
酔っているとは言え、この異常な場の変化にはさすがに気付く。
「馬鹿野郎!」
怒鳴るや否や、男の連れが慌てて周囲に弁解を始める。
「すまねぇ!こいつ、初めてなんだ。だから、な、許してやってくれよ。」
しかし、周囲から返ってきたのは死刑宣告のような一言であった。
「それを決めるのは俺達じゃねぇ。」
「そうさな・・・・」
「あぁ、俺達じゃねぇ。」
そして、視線は彼女に向けられる。
彼女・・・・ノヴァ=デ=ドゥーディに・・・・
冗談みたいな名前だが、今の彼女には仕方の無い事だ。
”今日も(Today)”彼女は”誰でもない存在(Nobody)”なのだから・・・・
「ノヴァ姐さん・・・・」
ホラ吹きの連れが、彼女を見て引きつる。
これも仕方の無い事だ。
別に、彼女の風貌が醜悪であるとか、女性の割には身体が筋肉質であるとか言うためではない。
むしろ、美人・・・・と言うより可愛いと表現されるような二十歳前の女性に見える。
ただ、顔に似合わない物が三つ。
一つは軽戦士風の装備。そして・・・・
可愛い顔を台無しにしている頬の爪痕と、冷たい瞳であった。
そう、連れの男は何よりも、その冷たい瞳に見据えられた事に恐怖しているのだ。
「サウザンドについて知っている事を話せ。」
淡々と問いかけてくる彼女に対し、ホラ吹き男は立ち上がり、剣を抜いて答えた。
「ここは強い奴が認められる国だ。あんたがそうとは思えねぇ・・・・」
「あたしもそう思う・・・・」
座ったままで答える彼女。
「お前がそうとは思えない。」
表情に変化を見せない彼女に対し、安酒の助けもあってみるみる紅潮するホラ吹き男。
「言わせておけばぁ!」
そう、それは一瞬の出来事だった。
彼女に振り下ろされたはずの剣は跡形もなく消え去り、男は剣を構えたままの体勢で硬直した。
再び訪れた沈黙の中、ホラ吹き男は考える。
『剣はどこにいった?・・・・酔いが回ってどこかにブン投げちまったのか?』
答は出ない。出ようはずもなかった。
「お前に手品を見せてやろう。」
彼女は先ほどと変わらぬ、座ったままの体勢で右手を男の前に突きだした。
この時、男は自分が相手にした女の、得体の知れない行動に恐怖し、何故こんな奴に喧嘩を売ったのかと自分を呪った。
そして、それはゆっくりと女の右の掌より現れた。
剣の切っ先、刀身、見覚えのある細かいキズ・・・・
そう、紛れもなく自分の剣そのものであった。
「う・・・・うわぁぁぁぁぁっ!」
そのまま弾き飛ばされるように、腰から落ちるホラ吹き男。
「まさか、ソードイーター・・・・」
バタバタと床を転がるように後ずさる男に対し、虫を踏み潰すときのような何の感慨も持たない表情で、彼女は言い放った。
「知らぬなら、死ね!」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
恐怖、恐怖しか現れぬ男の顔めがけ、完全に姿を現した男の剣を投擲する体勢に入った。椅子に座したままで、どの程度の威力が得られるのか疑問であったが、男にそんな事を考える余裕は無かった。
今、まさに剣が放たれようと言う瞬間、彼女に”止め”が入った。
「だめぇぇぇぇぇぇぇっ!」
この酒場で唯一、彼女を止める事のできる人物。
パジャマ姿でうさぎのヌイグルミを抱えた、およそ酒場にふさわしくない姿の女の子。
彼女の妹、ローザであった。
「だめだよ、そんなことしちゃぁ!
そんな事したって、何の解決にもならないよ!」
ここに至って、ノヴァが初めて笑みをもらす。
それが何を意味するのか、気付いたときには剣が放たれていた。
「うわぁぁぁっ!」
ホラ吹きとは言え、その男もプロであったのだろう。
わめきつつも、剣の軌道を瞬きする事無く追っていた。
「あたしもそう思う・・・・」
剣は男の足元、床に深々と突き刺さっていた。
「クソ!馬鹿にしやがって・・・・」
男が連れに肩を抱かれ姿を消すと同時に、酒場に喧噪が返ってきた。
「また、満月がくる・・・・」
ノヴァの呟きは、ここにいる誰にも聞かれる事はなかった。

****************************************
Angel-Knights
-another-

第一話  トウソウする者達

****************************************

《1》

神暦0999年。
ここ、ウェンデル国首都ウェンデルの都では、ハンター達が闇を徘徊していた。
この都には正式な衛兵、警備兵と言う者は貴族区画にしかおらず、一般市民に対する犯罪が横行していた。
それを改善し、市民を護る者が必要と考えた王子ウィルザーは、市民による市民護衛隊を結成。
彼らは、ハンターと呼ばれ、犯罪者に恐れられた。
犯罪者と戦うからには、それ相応の見返りが欲しかった。
そこでウィルザーは考えた。
結果、1:犯罪者に賞金をかける事、2:ハンターとして実績を積み上げた者には、この国の騎士団Angel-Knights:A-K(アーク)への編入が与えられる事となった。
撒き餌は上々、魚は食いついた。
おかげで、犯罪件数は減り、とうとう賞金首は一つとなった。
名は、『サウザンド』。
3ヶ月前に突然現れた奴は、満月の日にのみ現れ、千の姿を持つ化け物だという。
奴と戦い、還ってきた者は少なく、決して群れる事の無かったハンター達が協力するほどであった。
そして、この物語の主人公であるノヴァ=デ=ドゥーディは、ハンターズギルドの一つ、堕天使の翼のハンター達を束ねていた。

「嫌な光だ・・・・」
天を仰ぎ、呟くノヴァ。
そこには、蒼白い光をたたえる満月があった。
「ノヴァぁ~、いっちゃうの?」
その問に、ノヴァは無言でローザの頭をポンとたたく。
ローザを前にしてさえ、その表情に変化を見せない。
「お前は一度、襲われているんだ。
外に出ないで寝ていろ。」
そのままローザを酒場に押し戻し、屈強そうに見える男どもを従えノヴァは闇に消えた。「ノヴァぁ~、ローザ恐いよ・・・・
何もできない、何も覚えてないローザが恐いよ・・・・」
ローザはうさぎのヌイグルミを、ぎゅぅぅっと抱きしめ、がらんとなった酒場をうろうろしはじめる。
「後で、ホットミルクを持って行ってやるよ。蜂蜜をちょっとたらしてな!」
見かねたハゲでヒゲのマスターが、イタズラっぽく笑って見せた。
しかし、ローザはマスターの方を見る事も無く、酒場の二階にある二人の部屋にトボトボ帰っていった。
「やれやれ、仕方ねぇか・・・・」
呟いて、薄くなった頭を二三度かいて見せるマスターの背後から声がした。
「あぁ、仕方ねぇさ、あの女が悪いんだ。」
鈍い音とともに、マスターの意識が途切れた。
そして、崩れるように倒れたマスターの背後に立っていたのは、先日のホラ吹き男であった。
この瞬間、ハンターになるべく地方から売り込みに来たホラ吹き剣士、ナイルズは犯罪者となった。
「殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!・・・・・・」
呟きながら、二階に歩を進めるナイルズ。
その表情は怒りを通り越し、喜び・・・・
この男の頭のネジが、確実に二三本外れていた。
そして、二階にある三つの部屋を一つづつ蹴り破る。
「どこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
どこに居やがる、あの小娘どもぉぉぉぉぉぉぉっ!」
二階には、ヒトが居なかった。
代わりに、最後に入ったローザの部屋には・・・・
化け物がいた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ナイルズの表情は恐怖とともに凍り付き、そこから一歩も動く事ができずに立ち尽くした。
化け物はそれを不思議に思ったのか、首を傾け、ナイルズに近づいてきた。
「ばっばっばっ化け物ぉっ!」
その言葉に、化け物が身体を震わせる。
そして、化け物の身体が流動し、男が見慣れた姿へと変化する。
か細い腕、ふくよかな乳房、穏やかな美しい笑顔。
間違いなく、人間の女性のそれであった。
上半身は・・・・・
「ヘ、ヘヒッ、ヘヒッ、ヘヒヒヒヒヒヒヒヒ・・・・」
女性の姿となった化け物はナイルズの頭を胸に抱き、次の瞬間、ナイルズの頭部が無くなっていた。
「クォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
奇声をあげ、再び姿を変化させながら、化け物はローザの部屋の窓を破り、天に舞い上がった。
砕けたガラスの反射光に彩られ、さながら天使のような姿を月に映し・・・・・・・・


《2》

ノヴァが酒場『堕天使の翼』に戻ると、彼女が倒れていた。
「ローザァァァァァッ!」
ノヴァの妹、ローザである。
ノヴァはいつになく慌て、叫びながら駆け寄った。
ローザを抱き起こすと、ようやく昇った太陽の光にローザがキラキラ輝いた。
「この傷は・・・・」
さすがのノヴァもこれには驚きを隠せなかった。
あちこちにできた小さな傷から出た血、それが細かく砕けたガラスをローザの身体中に張り付けていたのだ。
ノヴァは、ガラスが刺さっていないか、それだけを心配して彼女の小さな身体を慎重に調べた。
好運にも、彼女の身体にガラス片は刺さっていなかった。
それ以外の傷は、何故できたのかが識別できなかったが、命に関わる様な物ではないと分かり、ノヴァはひとまず胸をなで下ろした。
「嬢ちゃんは大丈夫かい?」
一人のハンターが心配して声をかけてきた。
ノヴァは慌ててローザの右腕を隠し、大丈夫だと返事をして彼女らの部屋へと運んだ。
そして、ローザの意識が戻ったのはその日の夕刻であった。
「何があったの?」
酒場の二階にある一室、ノヴァとローザの部屋である。
当然、ローザの意識がないうちに部屋はきれいになっていた。
どこかで見たような首無し死体は処理され、何事もなかったように部屋の家具類は整然と整えられ、あまつさえ燭台に炎がともっていた。
「まさか、また来たの?」
一階の男どもには決してみせない優しい顔で、ローザに訊ねた。
その問に、ローザは身体を震わせ、ただうなずくだけであった。
ノヴァは考える。
『何故、サウザンドはローザを付け狙うのか?』
『何故、それがローザなのか?』
自分の記憶さえままならないノヴァにとって、それは大きすぎる難題であった。
「ノヴァ~」
涙目で抱きついてくるローザを抱え、ノヴァは一つの決意をした。
「次の満月の夜までにサウザンドをつかまえる。だから、心配するな!」
その表情は二人だけの『優しいノヴァ』ではなく、ハンター『ソードイーターノヴァ』のものとなっていた。
「ノヴァ~」
その、ローザの鼻にかかった声に後ろ髪を引かれつつも、ノヴァはその部屋を後にした。
しかし酒場におりたとき、先ほどの決意を揺るがす事態が起こった。
撹乱である。
「姐さん、俺達ゃぁ今回の戦いで分かった。」
今回、サウザンド狩りに同行したハンター達である。
「あぁ、その通りだ!毎回死人が出てねぇのが『堕天使の翼』の自慢だったが、俺達は姐さんについていけねぇ!」
どうやら、そいつらが他のハンターを扇動しているらしい。
「どうしろと言うんだ?」
ノヴァは怒っているのだろうか。いつにも増して瞳が冷たく光る。
「頭から降りてもらう。」
決して背が高い方ではないノヴァは、屈強そうな男どもの壁に見おろされる。
しかし、冷たい瞳は輝きを失わない。
「この国は・・・・強い奴が認められるんだろう?」
ノヴァに見据えられ、壁となっていた男達に亀裂ができはじめる。
「た、確かにそうだ!だが、それも人間同士の話しだ!
姐さんも見たろう!ありゃぁ・・・・バケモンだ!」
「そうだ!傷を付けてもすぐ塞がる!俺が見たくねぇ姿に変化しやがる!」
「人間同士ならやっていけたさ!だが、俺達ゃ、A-Kじゃねぇんだ!ただの人間なんだ!」
しかし、ノヴァの答は変わらなかった。
「人であろうが、化け物であろうが変わりある物なのか?力と言う物は?」
同じく、ハンター達も考えを変えるつもりはなかった。
「俺達は死にたくないんだ!肉親が何度も襲われてるあんたとは違うんだよ!」
止めの一言を言ったハンターは、まずい事を言ったと後悔しながらも、ノヴァを見下す姿勢を取り続けた。
「そうか・・・・
ならば、臆病者は不要!『堕天使の翼』を出て行け!」
この、ノヴァの台詞にどよめきが起こる。
ノヴァに罵声を吐く者、自らの力を省みる者、どちらともつかずに同じ様な考えを持つ者に同意を求める者。
罵声を吐いていた者達が剣に手をかけたその時、マスターから止めが入った。
「止めるんだ、オマエら!」
そして、次にマスターが口にした言葉はノヴァにとって思いがけない言葉であった。
「ノヴァ、お前は台風の目だ!」
この一言で、ノヴァは全てを理解し、この場に仲間が一人も居ない事に気付いた。
「俺達全てを巻き込む前に・・・・『堕天使の翼』を去ってくれ・・・・・」
この言葉に一瞬表情をこわばらせ、言おうと思った言葉を飲み込んだ。
『せめて、ローザだけでもここに置いておいてくれ。』
無理な相談である。
サウザンドの標的となっているローザを置いておけるはずもない。
どうやら見切り時のようだ。
ここにいては、協力を得るどころか邪魔され兼ねない。
ノヴァは彼らの要求を受け入れた。
「わかった。」
そのままきびすを返し、階段を昇ろうと二階を見上げたその時であった。
パリィィン!
二階から響いた音。
紛れもなくガラス窓が破られた音であった。
そして、間を置かずして外に何かが振ってきた。
ダンッッ!!
大きな振動が酒場に伝わり、一階の窓ガラス全てが
酒場の中に飛び込んできた。
音にせよ振動にせよ、ローザの様な小さな女の子が出せるようなモノではなかった。
「まさか・・・・サウザンド!」
満月の夜を待てず、人に似て非なる醜悪な姿をさらし、奴は現れた。


《3》

「サウザンドォ!」
ノヴァは奴から逃れようとする男どもをかき分け、外に出た。
奴の姿は左半身が男で、右半身が女。前腕から急に太くなった両腕には手関節がなく、五本の鋭い爪が生えていた。そして、植物の根のような足は八方に伸び、地面にしっかりと根を下ろした。
「そんな・・・・」
滅多な事では驚かないノヴァはその姿に恐怖を覚えた。いや、姿ではなく、街の明かりに覗いたその顔にだった。
左半分はノヴァが一度だけ会った事のある男、先日のホラ吹き男。
そして、右半分の女の顔は・・・・
「ロー・・・ザ?」
随分と大人びている。そのうえ、出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。まぁ、上半身な上に右半分だけだが・・・・
「くっ・・・・・キサマ得意の幻惑か!」
吼えて、半歩踏み込み、右腕を横薙に払う。
すると、剣を持っていなかった筈の右腕には長剣が握られ、周囲の空気を振動させるような悲鳴とともに、サウザンドの腹部に横一文字の紅い線が描かれた!
「クルォォォォォォォォォォン!」
一瞬の間を置き、奴の腹から血が弾け飛んだ。
返り血を浴びたノヴァは全身を紅に染め、次の斬撃を繰り出すために長剣を捨てた。
そして、素早く頭上に両腕を組み、右腕より鉄の塊を出現させた。
そう、まさに鉄塊、通常の大剣よりも大きく、長い剣・・・・『だんびら』と呼ばれるモンスターソードであった。
「くらぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
止めとばかりに放たれたその一撃は、一撃必殺。どの様な大柄な男であれ、サウザンドの様なモンスターであれ、両断できる威力を持っていた。
しかし、ノヴァの一撃はサウザンドの能力によって回避された!
「ノヴァ~」
右半分だけであったローザの姿が左半身へ侵食、瞬き一つにも満たないほんの少しの時間で、上半身全てがローザの姿へと変化していた。
決して体格が大きいわけではない彼女のどこに『だんびら』を保持できる力があるのだろう。彼女はサウザンドの頭を打ち砕く寸前、剣を止めてしまった。
当然、こうなる事を予想していたサウザンドは、先ほど斬られた腹部より下・・・・大地に根をはった植物のような下半身を切り離した。
切り離された根はうねり、大地を揺るがせた。
ノヴァは後悔するより速く、『だんびら』を根に叩きつけていた。
大地の脈動はおさまったが、サウザンドは鋭い爪を羽へ、両腕を純白の翼へと変化させ、天に舞い上がった。
そして、再びサウザンドに逃げられた・・・・
「くそっ!」
ノヴァは粉々に砕けた石畳に両腕を叩きつけ後悔する。
『何故、あそこで剣を止めたのか。』
彼女自身、あれがローザではないことがわかっていた。
『分かっていた筈なのに、何故止めた!』
自問自答する彼女に分かるのは二つ、これで確実に『堕天使の翼』を出て行かねばならない事と、ローザが行方不明になったと言う事だった。
「ローザ・・・・あたしの、仲間・・・・」
ノヴァは、無意識に口にした言葉の意味に気付く事無く、街の闇にのまれようとしていた。
しかし、変な男・・・・いや、年の頃は17、8か?黒衣の変な少年に腕をつかまれた。
「ちょっと、オバサン!ボクにつきあって!」
ノヴァは自分の年を忘れていたが、少なくともオバサンと呼ばれるほどこの少年と年が離れているとは思えない。
だが、抗議の声をあげるより速く、そこに着いていた。
人通りの少ない路地裏、近くにゴミが散乱しているのか、鼻につく異臭が充満していた。
「あれだよ、オバサン。」
指さされたその先には、紛れもない、両腕を翼にしたままのサウザンドがいた!
どうやら、下半身の再生を行っているようだ。腹部が脈動し、美しい女性の脚線を創り出す。同時に、翼であった両腕も女性のそれに変化を始めた。
「サウザンドは・・・・女?」
「そうさ、すげぇだろ。あいつは、いつもここで変身を解くんだよ。」
ここに至って、初めてこの少年の存在と行動に不審を抱く。
「ナラ=バクスプール=ツインスター。」
何者と聞く寸前、それを遮るように自己紹介をした彼は、同業者・・・・つまり、ハンターであると付け加えてきた。サウザンドを見つけても一人では対抗できない、ソードイーターの通り名で有名なノヴァを見つけたので助けてくれ、と言うのがナラの言い分である。
そして程無く、ノヴァは協力を受け入れた。
この少年の言葉がノヴァにとって抵抗しがたいモノであるかのように。
「オバサン!サウザンドが!」
そう、サウザンドが一人の女性の姿になったかと思えば、今度は身体が縮みはじめていた。
そして、変化が完全に止まったとき、一人の協力者を得たと同時に、一人のかけがえの無い『者』を失った。
そこに立ち尽くしていた少女は、サウザンドの正体は・・・・ローザだった。


《4》

「ローザ・・・・・・」
街道から微かにもれる光に照らされ、小さな女の子の一糸まとわぬ姿が映し出される。
間違いなくローザであった。
しかし、その目は虚ろで、まだ満月のように見える月を眺めていた。
「どうするんだい?オバサン。彼女がサウザンドだよ。」
ナラは二人の関係を知ってか、知らずか、剣を突き出し『倒そう』と促してくる。
もちろん、ノヴァの答は『NO』であった。
ノヴァにとって、彼女はかけがえの無い・・・・
『ローザはあたしにとって何なんだ?』
自問自答する彼女は、覚えている中で最も古い記憶を呼び起こそうとしていた。
そして、思いだしたのは3ヶ月前、『堕天使の翼』のマスターに拾われた雨の日の夜であった。
しかし、もう二人が一緒にいた。
それ以前の記憶はない。思い出せないのだ。
ノヴァの苦悩する様を見て、ナラは理解できないという様に眉をひそめる。
確かに、放心状態の様になっている今なら、サウザンドを倒す絶好の機会なのだ。
ハンターであるナラにとって、それは当然の反応である。
だが、ノヴァにとって、そこにいるのは『ローザ』であって、『サウザンド』ではない。
同じ様に、過去を思い出せない少女なのだ。
「仕方無いなぁ・・・・」
みかねたナラは、腰から下げたサーベルを鞘から抜き払う。
「オバサンが殺らないなら、サウザンドの首はボクが貰うよ。」
玩具を貰った小さな子供の様な純粋な微笑みをノヴァに投げかけ、サウザンドの前に躍り出た!
一瞬遅れてナラの行動に気付いたノヴァだが、彼を止める事ができなかった。
ナラを前にしても月を見上げ続けるサウザンドの首を、彼はハネ飛ばした。
「ローザァァァァァッ!」
彼女の首は弧を描きながら中に舞い、華奢な身体は彼女の背後に跳ね飛ぶように倒れた。ナラはそこで一抹の違和感を覚えたが、ノヴァはそれを感じるより早く、走っていた。
ナラの満面の笑みを浮かべたキレイな顔を張り倒し、何もできなかった自分を呪いながらローザの首に駆け寄った。
しかし、そこにあったのは唯の肉塊・・・・ローザの顔とはほど遠いモノであった。
「これは・・・・」
ここに至って、ノヴァは目の前にいるローザはサウザンドである事を深く認識させられた。
これは、ハネ飛ばされたのではなく彼女が切り離したのだ。
ノヴァが振り返ると、首を失った小さな女の子の身体はゆらりと立ち上がり、飾り物の頭部を再生し始めた。
そして再び小さなローザとなると、ナラが気を失っている事を確かめた後、語りだした。
「ノヴァ~!」
いつもの甘えた猫なで声、本当のローザがいるようでノヴァには辛いモノであった。
「言え!ローザをどこにやった!」
ローザのノヴァではなく、ハンターノヴァの口調で彼女に問いただす。
ローザが生きている望みが低いために彼女をそうさせたのかも知れない。
再び、強い口調で同じ質問をサウザンドに問う。
すると、猫なで声のまま、サウザンドは一言言った。
「あたしは、記憶が戻ったよ・・・・」
ノヴァは、この言葉を理解するのに少しの時間を要した。
『記憶が戻った?』
「何を訳のわからん事を!」
ノヴァは『サウザンド=ローザ』と言う考えを頭の中から排除しようと、更に語気を荒らげる。
しかし、その一言を言うためにサウザンドに近づいてしまった事が今の考えを肯定してしまったのだ。
「その入れ墨は・・・・」
『TEST No.1000』
街道の光が彼女らを照らしたとき、サウザンドの右腕に入れられた文字が見えてしまったのだ。それは、ローザのそれと全く同じ物であった。
二人しか知らないはずのそれを、飾りや、呪術的文様でもないのにつけるとは考えにくい。
ノヴァは苦悩の末、認めた。
「ローザなのね・・・・」
「ノヴァ~
あたし、恐かったよ。満月の度に知らない自分が顔を出すの!
恐かった・・・・でも、分かったんだよ。」
矢継ぎ早に語るローザに対して、ノヴァのなんと静かな事か。
彼女には、何も語る事ができずにいた。
「あたしの敵が分かったんだよ・・・・
なんにも知らないあたしをこんな身体にした・・・・
でも、ノヴァは違う!
あたしとは違うんだよ・・・・」
ローザの静かな語りに顔を背け、ノヴァは絞り出すように言った。
「違うもんか・・・・違うはず無いだろ!」
そのまま彼女は自分の右腕に手を伸ばし、いかなる時も外される事の無かったバンダナが解かれていった。
「ほら、ね!」
自分の右腕をローザに突き出し、彼女をなだめようと必死に説得を始めた。
だが、彼女自身、何のための何の説得なのかが分からなくなっていた。
そんな困惑したノヴァにローザはそっと微笑んだ。
「サヨウナラ」
ローザの身体全てに異変が起こった。
成人女性の艶やかな肢体へと急成長し、背中が妙に盛りあがったと思った瞬間、白い翼が形成され、三度ローザ=サウザンドは闇の夜に舞い上がった。
「ローザ・・・・」
その日より、市街にサウザンドが現れる事はなかった。

(第一話 『トウソウする者達』 了)



 

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第1・1/2話『イニシエーション』

****************************************
Angel-Knights
-another-

第1・1/2話  イニシエーション

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「おめでとう。
明日のイニシエーションが済めば二人は〈Angel-Knights=A-K〉の一員だ。」
王の代行として王座に座するウェンデル国第一王位継承者、〈最強〉と〈天才〉の名を欲しいままにした〈魔導剣士ウィルザー〉の言葉である。
しかしその口調には何の感慨も感じられず、事務的な物であった。
『はっ、有り難き幸せ・・・・』
声を揃えてひざまずく話題の二人・・・・
〈サウザンド〉を追い払った〈ハンター〉、〈ノヴァ=ディ=ドゥーディ〉と〈ナラ=ツインスター〉である。
正確にはサウザンド自身がこの地を去ったのだが、ノヴァはサウザンドを捜すべく、現在の自分に不満を抱いていたナラは自分を変えるべく、A-Kを利用しようとしていた。
「では、イニシエーションの時に会おう・・・・」
その言葉を最後に、二人は王の間を退出した。
その直後、彼らと入れ替わるように第二王位継承権の所有者、〈ミリアンナ=グランロック〉が王の間に現れた。
「早かったな・・・・
一時間の遅刻だ。
まぁ、君の遅刻癖は今に始まった事ではなかったな・・・・
報告を聞こう。」
「はい。
単刀直入に言いますわぁ。
〈ミカエル〉とぉ〈リリス〉の連絡がぁ途絶えましたぁ。
最悪の場合ぃ、ペルソナの書き換えが行われた可能性がありますぅ。」
A-Kにとって、事は重大であった。
世界再生を掲げるA-Kにとって、この二人は欠かす事のできないパーツなのだ。
それより何より、A-Kの誰もが知るところの〈スーパールーズ〉、〈世界が滅びても十日は気付かない〉と噂されるミリアンナが、たった一時間の遅刻で現れたのだ。
事は重大だった。
同時刻・・・・
ウェンデル城最下層、〈レフトパレス〉の〈シャマインエリア〉と呼ばれる深淵なる闇の大空洞内部。
その中心より天に向かって生える一本のガラス管。
羊水に満たされたそこにたゆたう人の形を持たぬ男・・・・
〈A-K-L〉、通称〈レフト〉を統括する〈闇の熾天使ルシェール〉である。
彼は力を失っていた・・・・
いや、元々そんな物など無かったのかも知れない。
虚ろに見つめる闇がその疑問の答であった。
彼は得られる筈の無い力を欲し、結果自分の肉体を失った。
いや、奪われたと言った方が正確かも知れない。
彼自らがコピーした〈マテリアル〉のオリジナル、〈アークL〉と呼ばれる忌まわしき前史民族の意識によって・・・・
全てのマテリアルには意識が宿る。
ただ、複製されたそれらが前史民族のそれであるかは定かではない。
そのせいか、マテリアルに適合しなかった場合、マテリアルが砕かれた場合に自分の意識が飲み込まれ、肉体がマテリアルに最も適したモノへと変化するのだ。
・・・・ルシェールは運が良かった。
アークLに全てを喰われる前に自らの意識を切り離す事に成功したのだ。
しかし、肉体の無い人の精神は不安定すぎた。
よりしろとなるべき肉体が必要なのだ。
「パパ・・・・」
人の形をしていない肉体の浮かぶガラス管に語りかける少女が一人・・・・
年の頃は15、6。
彼女の肢体のみで言えば、女性のそれへと発達していた。
彼の七人いる娘の一人、長女〈フィニー〉であった。
「パパ、リリスを殺したよ・・・・
代わりに〈フェイ〉がリリスになってる。
これで良かったんだよね・・・・」
しかし、肉塊の父は何も答えなかった・・・・
「パパ・・・・夢で会おうね。」
彼女はガラス管に額をあて、静かに目を閉じた・・・・
唯一父と会話のできる精神世界に行くために。

☆   ★   ☆

「へぇ・・・・
オバサン、今すれ違った方を知ってるかい?」
ナラ=ツインスターが問いかけた人物・・・・断っておくが決してオバサンと呼ばれるような年齢でも、彼の叔母でもない。
何処からみても二十歳前後の女性である。
冷たい瞳と右頬についた醜い爪痕が彼女を年上にみせるかも知れないが、所詮それでも二つ三つ・・・・その呼び名を甘んじて受ける女性はそのことを既にあきらめているのだ。
ハンター頭からA-Kへと肩書きが代わっても、彼女にとってそれはどうでも良い事だった。
今日も彼女は誰でもない存在なのだから・・・・
ノヴァ=ディ=ドゥーディ・・・・
彼女の記憶の手がかりと最愛の妹の手掛かりはようとして知れなかった。
いや、この直後、ミリアンナの侍従に出会った事で記憶の一片を見つける事ができた。
「カレン様!
戻ってこられたんですね!」
突然現れた侍従に抱きつかれるが、慌てた様子を一つも見せる事なくこの侍従の腕を解いた。
「人違いだろう・・・・」
ただ一言言い放ち、その場を去ろうとした。
「済みません・・・・
以前、街で暴漢から助けて下さった〈カレン=ホウリュウ〉様そっくりだったものですから・・・・」
その言葉に反応したのはノヴァではなく、ナラの方であった。
「待ちなよオバサン。」
ナラはノヴァにこの侍従と向き合わせようと、彼女の右腕をぐいとつかんだ。
「放せ。放さぬならお前の腕を切り落とす。」
抑揚の無い平坦な語り口・・・・最愛の妹を失った事が影響しているのだ。
言われて手を放すナラ。
先日の戦いで懲りていると言う事か。慌ててぱたぱたと手を振り宥めにかかる。
「ちょっと、オバサン。
オバサンって、記憶が無いって話しじゃないか。
気にならないのかい?」
「ない。」
振り返り、一言言うと歩きだそうとした。
しかし、何かを思い出したように立ち止まり、言葉を続けた。
「加えて言うなら、カレン=ホウリュウとは〈龍国〉系の名前だ。
あたしのこの姿を見ろ。ウェンデル人だ。
カレンなど・・・・知らない。」
言うと彼女は再び静かに歩きだした。
彼女の言いたい事はこうである。
赤毛にエメラルドの瞳・・・・それがウェンデル人の特徴である。
龍国人のダークブルーの髪にルビーの様な真紅の瞳とは違うと言いたいのだ。
そして彼女は三度歩きだした。
二度と振り返る事無く。
「やれやれ、あのオバサンにも困ったもんだね。
意地になっているのか、過去に興味がないのか・・・・」
そう、彼女にとって過去はどうでも良い事。
いま生きている現在が全てである、そう彼女は考えているのだ。
「やれやれ、ボクも姉ちゃんと龍国に行きゃあよかったかな・・・・」
呟くと、はっと気付いたように頭を振るナラ。
目の前の嫌な物に向き合おうとせず、逃げ出してしまう。
彼はそんな自分を変えるためにここにいる事を忘れそうになっていた。
よし!と気を取り直し、ノヴァの後を追ったナラだったが、たった一つ忘れていた。
ノヴァの過去を知ってるであろう侍従の事が切りとられた様に記憶から無くなっていたのだった。
「あ、あの・・・・」
ぽつんと残された侍従は精一杯の自己主張をしようとしたが、言うほどにか細くなる彼女の声は二人に届く事はなかった。

☆   ★   ☆

ウェンデル城下層・・・・
フィニーらA-K-Lがいる大空洞の少し上の層にはウィルザーの研究室があった。
そしてそこに併設されている〈イニシエーションルーム〉。
マテリアルを融合させる儀式が行われる場所である。
もっとも、儀式と言うよりは実験を行うような部屋の作りになっていた。
「儀式ね・・・・
オバサンは知ってるかい?
マテリアルの融合に失敗した人間がどうなるか・・・・」
据え付けられたベットの端に座り、ナラは訊ねた。
しかし、当然のようにノヴァからの返事はなく・・・・
「なんでも化け物になるって噂だよ。」
ナラは構わず続け、そしてノヴァに対する禁句が彼の口から滑り出した。
「もしかして、〈ローザ〉って・・・・」
〈ローザ〉の名が出るや否や、壁を背に立っていた筈のノヴァがナラの胸ぐらを突き上げ、憤怒の表情で問うた。
「ローザがどうしたって?」
もちろん、その状態でナラに答える事ができるはずもなく、声を発するのもやっとであった。
「ちょっ・・・・オバサ・・・・」
ナラはあまりの苦しさにノヴァの腕を振り解こうと、彼女の手首を握りしめる。
「言え!ローザがどうしたんだ!」
しかし、さらに強く絞めあげられ、ナラの顔色は紅から蒼へと変わっていった。
「はなしてぇ・・・・よぉっ!」
落ちそうになる瞬間、烈光が薄暗かったこの部屋を白一色に変えた。
ノヴァはナラを放し、目を押さえ、言い様の無い鋭い刺激に悲鳴をあげた。
激しい光に目を灼かれ、一時的に光を失ったのだ。
「まったく・・・・疲れるオバサンだよ・・・・」
それだけ呟くとノヴァから離れ、激しくせき込んだのだった。

☆   ★   ☆

「この女・・・・既に体内にマテリアルを持っている!」
イニシエーションとは名ばかり。
マテリアル適合実験が始まった。
そう、数々のA-Kが誕生しているなか、名を持つ強力なA-Kである〈ARK〉は数人しか存在しない。
マテリアルはまだ実験段階なのだ。
「まさか、天然の?」
「そう、龍国人だ。」
「まさか、この姿はどう見てもウェンデル人です!」
二人の白衣を着た男達は今までになかった状況に少々困惑していた。
「うむ・・・・多分混血か、あるいは・・・・」
「ウィルザー様の戯れ、ですか?」
一人は思いついたようにもう一人に訊ねたが、もう一人は淡々と作業をこなしていった。
「ん・・・・マテリアルの種類は〈マリアA〉となっているな。」
一人は好奇心の塊と言うべきか、事ある毎に驚きを見せていた。
「それに右腕の入れ墨・・・・間違いないでしょうね・・・・」
しかしもう一人は彼より年輩という事もあり、さして驚く様を見せず言った。
「我々の目を確かめようというわけか。」
「そんなトコでしょうね・・・・」
もう一人は大きくため息をつき、儀式の終了を宣言した。
「いいんですか?
マテリアルを融合させないまま終了して?」
一人は疑問をそのまま口に出し、もう一人に訊ねた。
「報告も必要ない。
ウィルザー様は考えあっての事だ。我々の口出しする事ではない。」
「・・・・」
この二人のやりとりの中、ノヴァは新しい肩書きを得た。
Angel-Knights、世界最強の騎士団団員と言う肩書きを・・・・
そして、最後のA-Kとしての、運命の歯車が廻りだした瞬間であった。

(ANGELUS-another- 『イニシエーション』 了)
 

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