ロザリアの頃
ええ、久しぶりに書き下ろしの創作小説です。
興味のあるかただけどうぞ。
創作世界の創作物語です。
持論として固まってきつつあった、
「ファンタジーな世界を描こうとするなら、表現する言葉を選び雰囲気を作る。そしてなにより、現代劇・ノンフィクション以上にリアルに描写すること」
それを意識して書こうとしています。
持論と思っていたら、他の有名作家さんもあとがきやコラムなどで語っているということを最近しりましたが。
でも、残念ながら、この物語にエンターテイメント性があるかといったらそうではないつくりになっているんですよねぇ。
でもでも、最近書いているゴシック論の観点から僕の小説を見てみれば、むかしからゴスの素養があったことにも気付かされるんですけどね。
一般受けよりも世界や精神を表現する。
作業療法士・虎斗町は「縁・絆・伝統」という受け継がれるものがテーマになっていて、物書き人格の雨宮瞬壱は同じテーマを表に出しつつも、それは自ら得ようとしても得られない「渇望」のようなものなのかな……とか思っている部分もあります。
なので、この物語も『渇望』シリーズにカテゴライズされてしまうのかなぁ~
なんてね。
では、あとがきを先に書いた感じですが、本編はここからでございます。
ご堪能あれ。
▼▼▼『神暦0998 ロザリアの頃』▼▼▼
まさか本当にウルタールにきてしまうとは……。
はしゃぐ幼女と女性を前に、彼女は頭を抱えていた。
女三人、しかも、それぞれがそれぞれに目立つ風貌をしているのは隠せるたぐいののもではなく、また彼女ら自身も隠そうとはしていなかった――一人をのぞいては。
「ヤ――ヤヨイさま! 一体全体、なんのまねですか!」
「いいじゃない、カレン。ローザが猫をみてみたいって言ってたんですもの。――ねぇ」
「うん! ヤヨイかあさま、ありがとう!」
だ、駄目だ。確信犯だ――。
そう、カレンと呼ばれた彼女は思わずにはいられなかった。
記憶はどこまで遡れるのだろう……。カレンはこの明らかに子供な二人をみながらも、意識は少しだけ前の過去を思いだそうと夕闇の迫るウルタールの町並みを見下ろしたのだった。
数時間前――
そう、数時間前まで私たちはここから人の足では十日はかかる場所、ウェンデルの宮殿にいたはずなのだ。
「カレンかあさま! ヤヨイかあさまはどこ?」
長く豪奢な金髪とおなじく、ふわふわとカレンにまとわりついてくる。泣いているわけではないのだが、その常に潤んだ瞳はひとの心にすんなりと入り込み、拒絶させない純真な甘えがあった。
「ローザさま……はしたないですよ。仮にもウェンデル王家に連なる姫君なのですから、もう少し落ち着いて――」
そこまで云うもカレンはハッとした。この可憐な幼女は王家に生まれた娘ではあるものの、ただ血筋がそうであっただけではないか。青い聖なる血と いっても、このローザはそんなものを望んでもって生まれたわけではないのだ。そんな想いが一瞬にしてカレンの全身に染み込んだ記憶の様々な場面を再生させ たのだ。
頬をふくらませ、潤んだ瞳がさらにきらきらと光りだす。もう、カレンにはあらがう術はなかった。
「そうですね――ヤヨイさまですね。あの方も誰に似たのか糸の切れた凧のような方ですからねぇ……。一緒に、さがしてみましょうか? それにしても、ヤヨイさまにいったいどんなご用がおありになるんですか?」
「えっと、えっと、いっしょにお散歩するの!」
ぱっと明るくなるローザの笑顔は、この人心仄暗く陰鬱な王宮のなかにあった心安らかなる純真な花であった。それを無碍に摘んでしまうような気には更々ならなかった。
「わかりました。では、カレンがお供いたしますわ。このウェンデルの王宮でローザさまのお世話をすることもわたくしの重要なお仕事でございますから――」
「お仕事なの――」
カレンは再びはっとさせられた。しまったと思ったときはもう遅かった。ローザの瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちてしまっていた。
「あぁ――もうしわけございません――カレンの言葉がたりませんでした。せっかくの――お名前のとおりの――ロザリアの花のような笑顔を曇らせて しまいました。カレンにとって、ローザさまの笑顔はとても、とても大切なものなのですよ。どうか、この愚かなカレンに微笑みを見せてくださいませ」
かがみこむとローザはぎゅっとカレンにだきついてくる。ふわふわと温かく、だがこんなにも力強く抱きしめてくるローザに、カレンは心までをも締め付けられるおもいがした。
ローザの立場はやや――いやかなり曖昧かつ厳しい状況にあった。
確かに王家の青い血を受け継ぐ姫であることは間違いがない。だが、その両親たる二人の立場に問題があった。王家では禁忌とされている双子――そ の兄王子に生まれついてしまった抹消された第一王子ルシェール・グランバード。同じく双子として生まれたが捨てられたアルファイト家の公女ミーシャ。姉か 妹かもわからぬアルファイト家の病死したミーシャに成り代わってしまった女との非嫡出――私生児としてローザは生を受けたのだ。
現第一王位継承権を持つミシェル王子の影武者でもある兄の娘。しかも隠されてはいるが第三王位継承権保持者になってもいるのだ。王家間の子でも あり濃い血を持つというだけではない。問題はまだあるのだ。それは、カレンとその主人であるヤヨイにあった。ヤヨイこそ、ウェンデルと敵対関係にある龍国 の王女――タツガミ・ヤヨイ姫なのだ。そしてその侍女たるホウリュウ・カレン。彼女もまた遠縁ではあるが龍国王家に血の連なりを持っているのだ。ルシェー ル王子の私邸に保護されているとはいえ、ウェンデルの者たちはこのふたりの龍国姫を人質とみなしている。ゆえにこの王宮とは名ばかりの牢獄にローザ共々幽 閉されているようなものなのだ。
彼女らの行動は常に暗部の監視がつく。幸か不幸かその暗部の長におさまったのがルシェール――ローザの実父であるのが救いなのであろうが……。
「落ち着きましたか? ローザさま、では、ヤヨイさまを探しにいきましょうか」
「うん!」
いつもの自由で純真な笑顔を取り戻したローザとともに、カレンは王宮の表へと出ていった。表――といっても、王宮の外ではなく、文字通りの意味 である。王族の居住区である奥殿を裏とするなら、他国の者との謁見や政治向きの会議を行う、また貴族等の社交場となる区画を表と呼んでいるだけであった。
その中庭のあたりにきたとき、カレンは疲れを感じずにはいられなかった。廊下という廊下、通路という通路を歩くたび、二人に注がれる人の目が彼 女を疲弊させた。妬みや嫉みを包み隠した仮面のような笑顔でこうべを垂れてくる侍女や端女たち、嘲りと驕慢な陰りを映す濁った目の貴族たち。どこの王家も 大した違いはない。だが、それだけにこの幼い不幸な娘をこの場には置いておきたくないという想いがカレンを頑なにさせ、余計につかれさせていた。
「少し、やすみましょうか――」
花園に置かれたベンチが空いているのをみつけると、ローザを促し、並んで座る。カレンはローザの衣服を整え、髪の先を軽く手櫛でなでると、満面 の笑みを返してくれた。そのローザの笑顔で心が癒されていくのがわかったほどに、カレンにはこのローザが大切な存在になっていた。
カレンは、このひとときが永遠に続けばいいのに――そう思わずにはいられなかった。
「なぁ~う……」
そんな物思いにしずみかけたときだった。小さな声がしたのは。すぐにそれが猫のものだと気づいたのはローザであった。
「ねこさんだ~」
ロザリアの花壇を飛び越え、彼女らの目の前に躍り出たのは、顔と四つ足の先のみが白いすらりとした黒猫だった。その目は他の猫と明らかに異なる 理性の輝きを持っており、ただならぬ気配を感じずにはいられなかった。何処か寂しげで、それでも孤高であることを自らに課しているような輝き。いや、きっ とそれは自分自身の投影なのかもしれない。ローザにもそうだが、わたしは他者に自分自身を見出そうとしているのかもしれない――カレンはそんなことを思っ ていた。
「ローザさま、この猫は少々きかん気がありそうです。あまり近づかない方が……」
しかしローザには聞こえていなかった。カレンの制止など聞いていなかった。ねこさん、ねこさんと、手放しで近づこうとするのだ。あっ――と声を出す間こそあれ、その黒白猫は魔法のようにゆっくりと、だがしなやかに、長い滞空時間でもって跳び退いたのだ。
「まぁ、すごい!」
思わず声をあげたのはカレンであった。すごい、すごい――と、コロコロ笑いかけるローザが続く。だが本当に凄いのは跳んだことではなく、人との間合いを完全に見切っているその距離感であった。
(この猫――まさか――)
そう、カレンには心当たりがあった。この王宮にあって猫を身近に置いておける唯一人の存在、ミリアンナ・グランロック――グラン王家の名家の姫であり、猫に対する偏愛から猫使いとも猫姫とも呼ばれているその人を真っ先に想起したのだった。
(まさかとは思うけど、ミリアンナさまの処から逃げてきたのかしら――だとしたら、ただ事ではないわ)
このウェンデルは魔道帝国の異名を持つ。他国よりも魔道が日常にありふれている。特にこの王宮にあっては所々に結界に結界が重ねられ、王ですら その全ての結界を通り抜けられないなどと噂される程でもあるのだ。こんな猫一匹ですら見逃すことはありえない。見逃されたのではないとすれば――。
(妖魔のたぐいか――)
カレンの腕を振り解こうとするローザを抑えつつ、視線はかの黒白猫を厳しく捉えていた。
(いや、もっと現実的なものの見方をしなければ駄目だ――ミリアンナ元第三王位継承権者が第四位になった。それが安穏と受け入れられるものなのか? 継承権が一つ繰り上がっただけで莫大な利権を生む逆もまたあるのではないのか? だとしたら――)
あまり、嬉しくもない想像が膨らみ続ける。カレンは、ローザをどうあっても護らねばならなかった。いや、護りたかった。これは義務や職務による ものではない。至極私事である。ローザの境遇に自分を重ねてもいるのだ。だが、そのことは彼女の主人たるヤヨイ姫にも語られることはないだろう。
しばしの沈黙の対峙、その均衡を破ったのは他ならぬローザであった。
「ねこさぁぁぁん!」
くねくねとカレンの腕からすり抜けた彼女は一気に黒白猫との間合いを詰め、おもいっきり抱きしめていたのだ。
「んなぁぁぁぁんっっ!」
「うそっ! そんな、まさか――」
悲鳴をあげたのは俊敏な動きを見せていたはずの黒白猫であった。
一瞬のことであったが、ローザはその場にいた何者よりも速く動いていたのだ。
「そう――やっぱり、お父様の血をよく継いでらっしゃるんですね――」
嬉しくも悲しい笑みをローザに向けたカレンであったが、ローザはそれに気づこうはずもなく、屈託ないはしゃぎ声をあげながら、黒白猫をこねくりまわしていたのだった。
「なうっ! なうっ!」
気づけ! とばかりに抗議の声を黒白猫が悲鳴をあげなければ、再び物思いに入り込みそうになるカレンであった。
「まあまあ、ローザさま。もう放してあげてください。その猫、嫌がっておりますよ」
この際、この猫が如何なる存在であれ、ローザが先にカレンより速く動いたというその事実だけで、自ら火の粉を払う力があると確信していた。
(あとは、老獪な術のたぐいさえ、わたくしが気をつけていれば……)
だが、ローザの行動は、カレンのそんな心配の外に存在していた。
「カレンかあさま。ねこさん、けがしてる……」
暴れるのを諦めたように両脇を抱えられ持ち上げられた黒白猫をみやると、まあ――と驚いたようにいいつつも、冷静に、髭一本の微妙な動きすら見逃さないという厳しい目でもって観察をはじめるカレン。
たしかにこの猫は怪我をしていた。
だが、それは最近できたものばかりではなく、大小様々な傷跡が全身を覆う黒い毛の下に隠されていたのだ。先のカレンの不安は正しかったのかもしれない。この黒白猫は古強者以外の何者でもなかった。
「――なおる? ねこさん、なおる?」
「――えぇ、大丈夫ですよ。少し痛そうに見えますけど、大きな怪我はもう治っていますよ。ローザさまは、おやさしいのですね」
よかったぁ――と、再び黒白猫を強く抱きしめ、ほおずりをはじめるローザ。そして再び悲鳴をあげる猫。それを見かねたカレンが声をかけようとした刹那、黒白猫は一人の影に軽々と持ち上げれられた。
「だめよ、ローザ。この子、悲鳴をあげているじゃない」
片手で首の根元をつまみ上げ、仁王立ちに二人を見下ろしたのは、艶やかな長い黒髪と夜色の瞳を雪色の肌に輝かせた女性――。
「ヤヨイかあさま~」
「ヤヨイさまっ!」
全く異なる感情で呼ばれた彼女こそ、二人が探していたはずのヤヨイ姫であった。
「で――なに? この猫。ミリィの処の斥侯?」
ぶらぶらと吊り下げられた黒白猫は逃げだそうともがきにもがく。
「ねこさん~」
「ちょ――ヤヨイさまっ! そんな見も蓋もない……」
ふーん、と一瞬妖しい――というより悪戯っ子のような光を瞳に流したヤヨイは、あっさりと猫を手放した。
すると、猫はそのまま身を翻して着地、と同時に再びあり得ない滞空時間でもって、彼女らの目線の高さまで飛び上がった。
そう、黒白猫は何の支えもなく、中空に固定されているかのように、空に立っていたのだ。
「なうっ!」
ひと鳴きした瞬間、黒白猫は背景にとけ込むように姿がぼやけ――そして消えていた。
「逃げられた――」
「ねこさぁぁん」
カレンの驚きとローザの今にも泣き出しそうな声とは対照的に、ヤヨイは冷静だった。
「ふーん……」
(なるほど、ね――)
だが、そんな落ち着いた姿はこの一瞬でしかなかった。カレンとローザの口撃が怒濤のように始まったのだ。
「ヤ、ヤ、ヤヨイさまっ! 一体全体、どういうつもりなんですか! あんな怪しい、妖魔か間者かもつかないような存在をそのまま解き放つなんて! そもそも、いつも朝はゆっくりなお方が、お昼前に外に出てらっしゃるなんてどういう風の吹き回しですか? それに、ローザさまと何かお約束をしてらした のではないんですか? いつもいつも、わたくしに黙って……」
「ヤヨイかあさま、ねこさん、どこ? ねこさん! いないの? いっちゃったの? どこに? どうしてぇぇ」
まくし立てるカレンに泣き出しそうなローザ。それらに辟易するヤヨイ――いつもなら私室で繰り広げられるそれであったが、さすがに王宮の庭園で始めてしまったのは初めてのことであった。
「わ――悪かったわねっ!」
悪びれたふうでもなく、むしろ明らかに嫌な顔をしてみせたヤヨイは頭を抱えつつもカレンに耳打ちをする。
「カレン――あの猫を追うわよ。かなりの曲者だ、ってことは気づいているでしょう?」
はっと気を引き締め、泣き出す寸前のローザを優しく抱き寄せながらうなずくカレン。
「でも、どうやって――」
当然の疑問を口にしようとしたカレンであったが、ヤヨイに言葉と行動で遮られたのだった。
「もちろん、跳ぶのよ」
ぐいとヤヨイに腕をつかまれたカレンは、抗議の声をあげることよりも落とすものかというようにローザをしっかりと抱きしめた。
「そう、それでいいわ――」
一瞬――そう、ほんの瞬き程度、一度閉じた目を開いたとき――景色は全く違うものになっていた。
彼女ら三人が立つその場は、赤い街道と呼ばれる煉瓦敷きの道の真ん中。しかも小高い丘に向かって延びている。丘の上まで歩けば、眼下に町並みが見える――といった場なのだろう。今いる位置から見上げた丘と空の境界に看板が立っている。おそらく道標なのだろう。
ヤヨイの一声でそこまで登ることとなった。
「ヤヨイさま――いったいこれは……」
明らかに王宮ではないこの風景に戸惑いながらも、カレンは疑問を口にせずにはいられなかった。
「あぁ――時空間魔道――いわゆる閉じた空間というやつよ。でも、さすがに参ったわ。まさかこんな処まで跳ぶんだから。さっきの猫にね、目印をつけておいたの。で、それ目指して跳んだのはいいんだけど……あの猫は化け物ね。あの猫だけの力でここまで跳んできたんだから」
どうやらヤヨイにはここが何処かわかっているようであった。だが、こういうときは、決まって悪い予感が的中することをカレンは知っていた。
「さぁ、見えたわ。猫の支配する町。ウルタールよ」
「ウ、ウルタールですってぇ!」
「? ねこ、さん?」
どうしてこんなことになってしまったんだろう――まさか、本当にウルタールに来てしまうとは。
カレンは思わずにはいられなかった。
ウェンデルの王宮から人の足なら十日はかかる距離にあるはずのウルタール。それが本当なら、確かにあの黒白猫は化け物かもしれない。太陽の傾き からして先ほど王宮にいたときから一刻程は経過している。閉じた空間――時空間を操る魔道とはいえ、人よりはやく移動できるだけであって、一瞬にして別な 土地にこれる業ではない。確かに術に乗ってきたカレンとローザには一瞬の出来事のように感じているが、術者であるヤヨイにとっては数時間、人ふたりを抱え て空間を跳ぶという荒技をしてのけたのだ。あなたもたいしたものじゃないですか――と平時なら言いもしただろうが、この状況にあって、カレンの思考は停止 しかけていた。
「つまり――あの猫は、ウルタールを支配する力ある猫の眷族ということですか? あの、月まで駆けていったという伝説の老将軍のような――」
「あはは、そうねぇ。さすがに参ったわ。あたし、ルーの研究中の魔道具を使って閉じた空間を渡ったんだけど、この長距離移動のおかげかしら。魔道具が壊れちゃったのよねぇ」
「まぁ、魔道具の力を借りていたんですね。だからわたくし達も一緒に跳べたんですね……え?」
「うん、三人は多かったかもしれないわね。カレン、アナタ太ったんじゃない?」
「な、何をのんきなことを言ってるんですかっ! 魔道具が壊れたってことは、王宮に戻れないってことではないですか! ヤ――ヤヨイさま! 一体全体、なんのまねですか!」
「まぁ、いいじゃない、カレン。ローザが猫をみてみたいって言ってたんですもの。――ねぇ」
「うん! ヤヨイかあさま、ありがとう!」
「さぁ、ローザ! あの町に猫さんが沢山いるわよ~」
「やったぁ~」
だ、駄目だ、確信犯だ――はしゃぐ二人を見ながら頭を抱えた刹那、三人の眼前の空間が揺らぎ、背景からとけ出すように一人の女騎士が現れたのだ。
短く切りそろえられた鮮やかな赤毛に翡翠を思わせる瞳が映える。可愛いと表現できる柔らかな顔立ちを常に湛える微笑がいっそう引き立てる。
彼女こそ、ミーシャ・アルファイトその人であった。
「まったく、手間をかけさせてくれるね。ボクだって、暇じゃないんだよ。ルーの魔道具をいたずらしてこんなところまで跳んで来ちゃってさ。三人同時で400キルテが限界ってわかって助かったけどさ」
あーあ、見つかっちゃった――とのんきにローザと頬を膨らませて見せたヤヨイは、ねめつけるようにミーシャをみやる。だが、その瞳にはカレンの ような厳しいものはなく、真実残念に思っているだけの純粋なものであった。そう、カレンはちがっているのだ。知っている――ということなのだろう。カレン の目には、ヤヨイが傷つくのを恐れる暗い陰りが明らかなほど混じっていたのだ。
「ミーシャさま、申し訳ありません。わたくしがついていながら」
いっそうの恐れを必死に隠そうとするように、頭を垂れるカレン。だが、それに変わらぬ態度でミーシャは続ける。
「別に気にしなくてもいいよ。これもボクの仕事のうちさ」
「仕事――ですか――」
「うん、お仕事。それだけさ――」
仄暗い何かがカレンのなかを駆け抜けた気がした。だが、ローザの言葉でカレンのきもは凍り付いた。
「ヤヨイかあさま、カレンかあさま、どうしたの? ミーシャさまがいじめるの?」
カレンは慌ててローザの口に手を当て抱きしめると、しどろもどろに言葉が出ていた。
「も、申し訳ありません。その――ローザさまはわたくしどもを慕って下さって――。その、わたくしたちが言わせてる訳ではなく……」
「いったい、どうしたのカレン」
それに反応したのはミーシャではなく、ヤヨイのほうであった。いつも毅然としている頼れるカレンとは思えない反応にヤヨイも困惑したのだった。
ミーシャといえば、その二人の様子にも落ち着いた、というより造られた笑顔の彫像のように、変わらぬ微笑を湛えていた。
「とにかく――ボクは君たちをウェンデルまで連れ帰ることをルーに頼まれたからここにいるんだ。大人しく一緒に帰ってもらうよ」
はい――と、ひとこと言うのが精一杯のカレンであった。そしてそのカレンの様子にただならぬものをようやく感じたヤヨイとローザはそれぞれの思いを胸に顔を見合わせたのであった。
「じゃあ、とりあえずウルタールに入るよ。ボクの盟友にして、君たちが悪さをしてくれた将軍ムゥに手伝ってもらって、王宮まで運んでもらうからね」
言うがはやいか、ローザの頬にぱっとバラ色が広がり、つぶらな瞳をいっそう潤ませて、ミーシャに抱きついたのだ。
「ねこさん! ねこさんにあえるの? ありがとう! ミーシャさま!」
一瞬、微笑を崩さないミーシャの口元が揺れるのに気づいたのはカレンだけであった。そして、抱きつかれたローザを抱きしめるか迷って腕を震わせたのも……。
そう、だが、それもほんの瞬きほどの間。
ミーシャはローザを優しくほどくと、うりふたつの笑顔を投げかけ、頭を撫でたのだった。
ミーシャには、それが精一杯の愛情の示し方だったのかもしれない――そう、カレンは思ったのであった。
赤い街道の煉瓦の上を四人の女が町に向かって歩き出す。ウルタールの町に続くこの道は丘をなだらかにくだっていく。そのとき、一陣の風が彼女らの間を駆け抜ける。風は、赤い街道と対比するかのような青い花びらを舞い上がらせた。
ロザリアの花だ――三人の女は一人の幼女を見つめながら、同時に思った。
この子だけは幸せになってほしい、と――。
ロザリア――紫や青の多弁の花。香料のような甘い強い香りを放つ。花言葉は、貞節と情熱――そして、自由――。
(ロザリアの頃 了)
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