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2010年11月アーカイブ

療法士になって、目標は変わったか?(2)

療法士.comさんのお題ブログの続きです。

いや、続きと云うか、目的と目標の違いについて再度語っておこうかと。

そもそも、目標は大きな目的を成し遂げるためのステップであると僕は考えている。

前回の内容ではやや散文的と云うか、いつもの徒然日記と変わらないというか。

自分のなかで消化不良な部分がありました。

だからという訳でもないですが、少し昨日とは違った書き方をしてみようかと。

だもんで、目的と目標の違いなんて書き出しだったんですね。

さて、僕の最終目的とは一体なんなんだろうと考えると、死生観につながってきました。
えぇ、物書きなんで仕方ない。でも、誰もが共通するものであり、一瞬は共感するはずです。

それは、死ぬ間際に良い人生だった、と思って死ぬことです。

何をそんなこと……と思うことでしょうが、絶対に共感できないと言い切れる人少ないと確信しています。

誰もが間違いなく一度通る道ですもの。

であれば、僕自身が満足して死ねる状態にあると云うことはどういうことか?

僕が望むこと。

僕自身が生み出した思想なり、技術なりを後世に遺すこと、ということに行きつきました。

単純に子孫を残すこともアリといえばそうです。でも、僕の思想を継ぐのは僕の子孫である必要はないですし、仮に僕の血族が生まれていったとしても、僕の思想を押し付けるのは違いますし、それをプレッシャーにして欲しくないんですよね。

ま、もっとも今の段階で僕独自の思想を持てているかといえば、発展途上ですとしか答えようがないですけど。

なので、やっぱりその思想を生み出すに当たって、何をどうするという目標は常に変化を続ける事になると思います。

う~ん……療法士になって変わったと云えばそうですが、成長過程でのキッカケの一つが療法士になったということかもしれません。

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目標は変わり続ける!

 療法士.comさんからのお題でございます。

 療法士になって目標が変わりましたか……。

 変わりましたね。

 何度も、何度も。

 目標って、変化し続けていくものだと思っている部分もありますし。


 最終的な到達地点、目的地は変わっていないんですけどね。

 いや、違うか。

 臨床二年半目に変わったんですよね。

 目的地が。

 それまでは、月並みですけど、自分自身が生きてきた経験を患者さんに還元したい、患者さんの為になる事をしたいと思っていました。

 でも、そういう気持ちだけではどうにもならないということに気付かされたんですよね。

 そして、折れましたね。

 心がポッキリと。

 あの時、母校の教官に紹介されて半年間修行させてもらった老健の作業療法士に出会っていなければ、作業療法士を辞めていました。

 実際、半年という、そこで修行させてもらっている間、辞めるか辞めないかでユラユラしていましたから。

 そして地べたを這いずり回るような、泥水を舐めながらの生活のなかで、本当にやりたいことが作業療法士のお仕事だって気付いたんですよね。

 で、同時に思ったのが、同じような失敗を他の人にもして欲しくないな、という思いでした。
 でも、それは今だから『あの時』と言えるのであって、当時は『自分で病院作ってやる!』って本気で思ってました。

 診療報酬や、ノルマに縛られない、収入源を別に持つ完全無料の医療サービスを提供する病院。

 なんて夢物語。

 でも、それを実現させようと経営やマネジメントを勉強しましたけどね。

 それが不思議なことに、今の職場にきて本格的にマネジメントを学ぶことになり、病院内におけるマネジメントのファシリテーターにおさまっているんだから人生わかりませんね。

 それもあって、ようやく当時の自分の視点の甘さに気付き、そういったマネジメントの視点をもっとはやくに知っておくべきではないかと思うようになったんですよね。

 それが、作業療法塾の原点。

 そして、変わり続ける医療業界のなかにあって、学生さんや新人作業療法士にスポットを当てて、エンプロイヤビリティー(自分自身の雇用を確保する能力)をもてるよう促していくことを目的として、メルマガを発行したり。

 学生さんのうちに、経営やマネジメントの視点を持ってもらうために、やんわりと盛り込んでみた本を執筆してみたり。

 色々、やっちゃってるなぁ。

 でも、結局は到達地点は患者さんのために、なんですね。

 今、気付きました。

 それに到達する下位目標として、後続を育てる、また育つきっかけを作っていくことが自分のなかに形成されたのかも。


 多分、そんなことだと思う今日この頃。


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新しい一週間

さて、新たな朝がやってまいりました。

先週までの二週間が怒濤すぎたのか、今振り返ればストレスをどうにかしようとするもがく日記の数々でした。

とは言え、ようやく自分のなかでの執筆締切にも間に合わせ、残すは加筆修正をするだけ。

でも、実はしっかり全文通して読んではいないので、印刷して赤ペン先生をしなきゃです。

一月締切のエッセイコンテストにも出したいですしね。

さて、それはさておきです。

今週は11月最後の週でもあります。

臨床実習の学生さんも少なくなりました。

忙しい12月にも突入します。

忘年会にクリスマス会に門松作りと慰労会。

リハ科で患者さんに提供する行事も具体的に詰めていく段階です。

でも、それ以上に今年できたこととできなかったこと、来年度に取り組みたいことを分析・検討しなければ。

もっと、患者さんに対して真摯にならねば。

第261回 日曜の朝、町を歩こう

日曜の朝、町を歩こう
■今日のフィードバック
アナタは、日曜日の朝は何をしていますか?

布団の中でぬくぬくとしている?

親に言われて無理矢理起きて御飯を食べたものの、ぼんやりとテレビをみていたり?

遊びに行く準備で逆に忙しかったり?

でも、日曜日の朝早くに町を歩いているというかたはなかなかいないのでは?

どうですか?

アナタは日曜日の朝、町を歩いてみたことはありますか?



■重要なキーワード
さて、今まで僕の話にお付き合いくださっているアナタならピンときたことかと思います。

日曜日の朝、町を歩くことそのものが話の根っこではないことにね。

では、ここでいう日曜日の朝とは何か?

そして、町を歩くということは何か?

すぐにネタバレしてしまうのではなんですから、今一度考えてみてください。


五分経過


はい、しっかり考えました?
この流れ、久しぶりですね。

ちと、原点回帰してみたり。

では――まず『日曜日の朝』ですが、これはアナタの『日常の行動』を示しています。
先に誘導してしまった通り、普通は寝てたいのが休日の朝です。
日常の行動、もっと広げれば固定観念ってことになります。

そして『町を歩く』ということは、日常と違う行動をしてみること――つまりは、『角度を変えてものを見る』ということです。

どうです?

ここまでは気づけていました?

それとも、その先の部分の方が先に思い浮かびましたか?



■ノウハウをちょっと
そう、まだ先があるんです。

『日常の行動を角度を変えて見てみる』

というその先。

つまり、いつも普通だと思っていたことや、常識だとおもっていたこと、そんなものの陰や裏側には、別な姿があるということです。

そしてその別な姿とは、新しいことを発見したり、思いついたりするきっかけであるということです。

さぁ、どうです?

本当は毎日新しい朝を迎えているんですよ。昨日と同じ日はありえないのですから、変わらない日常と思わず、いつもと違う事をちょっとだけしてみてはいかがでしょう?

出勤のルートを変えてみるとか、今まで選んだ事のないランチメニューに手を出してみるとか。

大きな事をいきなりしようとせずとも、ちょっとだけ違う事をしてみましょうよ。

新しい何かにきっと気付けるはずです。

きっと、ね。



「作業療法塾塾長」虎斗町@黒衣の作業療法士


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引きずられたくないという思い

引きずられたくないという思い

人は、どうしても流されてしまう。

それこそ、水が高い処から低い処に流れ落ちるように。
覆水盆に返らずではないが、一度下流に流れた水を上流に戻そうとするときの努力たるや、並々ならぬものが必要となろう。
イメージに難くないと思うがいかが?

一人で流れ落ちて行くならまだしも、組織がそうでは拙い。

かく云う僕自身も、下流に流れずとも、山の中腹に沼を作っていたのかもしれない。

かつては綺麗な清流の流れ込む湖であったはずだが、何時の間にやらその流れに水門が作られ沼と化し、その湖底の濁りたるや明日どころか数瞬先も見えないほど……

そんなことを思った。

まだ何か出来るはずだ、と現状不満足はあるものの、それを具体的な実行に移すための足枷となっていることは果たして何だろう。

相手に期待をしすぎているのもある。

共通言語で話せない相手に辟易しているとも言える。

そこでのガッカリ感に引きずられてしまう。

それが安易な妥協や譲歩につながり、濁りの元になっている様に思えてきた。

自分の強みを制約する条件とは?


人は、自分の弱みを180度真逆の強みに変えるが如き努力をする。
さて、それは果たして正しいのであろうか?

誰もが陥った経験のあるプロセスだけに、読んでいてイメージできたことだろう。

さて、もう一度問おう。

正しいのだろうか?

ここ数年来思っていることがある。

人の強みは砂山に似ている、と。

なぜなら、砂の山は頂上を高くすれば、裾野が広がる。山の中腹を平均として、そこに合わせれば強みがなくなり平地になる。裾野を捨て、頂上の高さのみを追究すれば凝り固まった塔に成り、いずれは折れ崩れる。

頂上を強みが、裾野を弱み――というより、強みから少しずつ離れていった能力と云うべきかもしれない。

どうだろう、砂の山がアナタ自身に見えてきただろうか?

そして、本当の意味での弱みとは、アナタ自身の強みを発揮するときに足枷となる条件ではないか、とか思えないだろうか?

女心と秋の空

いえね、なかなかに難しい問題だと思いまして。

と云うのも、医療の現場って、どうしても女性主体で女性優位。
女の園と云うより、女の世界。
コイツは例外なく悩みどころではないですか?

本質が解っていても、女のプライドが許さない。

矜恃とは言わない。

プライド。

女性蔑視はしていません。

差別しているだけです。

悪い意味でどうしても取りたくなる言葉ですよね。
あぁ、でも、ダメか。デリケート過ぎる問題だ。

差別発言は、今は取り消します。

女性の雇用問題や雇用機会均等について詳しい訳ではないので。

だったら消せよって?

うん、消さない。

だって、要介助の方で体重が重い人のお風呂日に合わせて、出勤が左右される男性職員には公平に業務分担しているといって、他の仕事や待遇に平等を求めるのは変ですもんね。

うん、内容が大きく逸れて来た。

もとに戻します。

あ、でも、発言に不快に思ったり、声は謹んで受けます。


えぇと、女心と秋の空でしたね。

うん、困った。

余計なことを書いていたら、本当に書きたい事を忘れてしまった。


う~ん……

まぁ、あれです。

結論だけ言っておきます。

職員のプライドの方向が患者さんに向いていないのは不味いぞ、って事で。

揺らぎとともに

揺らぎとともに

人の心は揺らぐもの。

さて、それはそれとして、受け止めて行く必要がある。
いや、受け止めると云う表現が適切なのかやや疑問が残る。

と云うのも、揺らぎがあるのは大前提として、その揺らぐものの間で悩む事が重要なのかな、と思ったからだ。

うん、やっぱり受け入れてる事になるか。

まぁ、それはもう良いや。
何かに気づけたらまた追記するだろうしね。

では、その揺らぎを少し考えてみる。

勿論、僕自身の揺らぎに、だ。

昨日は方向性について揺らいでいた。
それは、リハビリテーションのセラピストと云うものが中心となっての揺らぎでもあ。

さて、では、その制約から開放して考えるとどうだろう。

うむむ、とりあえずタイムリミットだ。

次回につづく

ハッピーが死んだ

何のことやらと云う方もいらっしゃる事だろう。

ハッピーとは、職場で飼っていたウサギの名である。
実は、このところ調子が非常に悪く、二週間ほど通院治療を受けているさなかであった。

朝、職場である病院、その敷地内にあるショートケア棟の室内に僕は足を踏み入れる。
男子更衣室もそこにあるため、毎日の事だ。そしてここ最近の日課になっていたハッピーの生存確認。
管理職なんだからゆっくり行けば良いのかもしれないが、ほぼ毎日一番に入るのは僕になっていた。まぁ、やや席朝族なものだから仕方ないが。
と、そんな理由もありつつ、彼女のケイジを覗き込むと、いつものガサゴソ音がしない。
目を開けたまま、手足はピンと伸ばして、硬くなっていたのだ。

ああ、とうとう逝ってしまったんだね。

不思議と悲しさはなかった。

突然の事ではあったが、予期してはいた。

斜視に左半身の麻痺? 餌を見つけられない。見つけても首が動かせないため、餌を口にする事ができないのだ。
食事介助をしてどうにか食べる始末。しかも全盛期の半分量以下だ。

時間の問題だった。

思えば、彼女を捕まえたのは僕だった。
あの時も年末だった。

2005年の12月。クリスマス会が終わった頃だろうか。園芸倉庫の床下にいたのを投網で捕まえたのは。
正月休みに入るから家に連れ帰って、猫が飼いたいと言って聞かなかった当時の彼女(誤解の無いように云うが今の妻だ)に世話をさせて、テストしたり。
そして、新年会で患者さんに、ハッピーニューイヤーと幸せを運んでおくれ、でハッピーと命名されたっけ。

そう、患者さんに慕われ愛されていたんだね。

新棟にリハ室が移ったことでショートケア棟になったもとリハ室の主になっても患者さんからよく「どうしてる?」「また抱かせて」とよく言われるのだから。

そう、愛されていたのはショートケアの利用者さん達からもだ。

これから柿の木の下に埋葬すると話したら、総出で集まってくれたのだ。
入院中の患者さんも噂を聞きつけ、何時の間にやら結構な人数に。

凄い事だと思った。

みんなに、本当に愛されていたんだね。

そして、君の生きた証は病院の柿の木。それ姿を変えて、来年の秋には実をつけて、僕らの血肉に帰ってくるのだろうね。

また、会う日まで、今はしばしの別れ。

ありがとう、ハッピー。

僕自身が目指すべきものはなんだ?

はっきりと言おう。

僕は今、路頭に迷っている。

目指すべき明日が見えないでいる。

何を当たり前なと云うなかれ。

仮にもリーダーを預かり、塾長を名乗っているのだ。
僕のヴィジョンは未来に直結する。

自分一人ならいいが、組織にその影響を与える立場であるからには、皆に見せるべき背中ははっきりとさせておいた方が良い。

いや、違うな。
僕自身がハッキリさせたいのだ。

明日は確かに見えない。
だが、明日に夢を見れない、見せてやれないリーダーはリーダーたる資格はない。

OT概論をひっくり返していて思った。

作業療法国家試験○×問題お試しアレ♪

作業療法国家試験○×問題

作業療法国家試験○×問題

次の文が正しければ○,誤りなら×を選びなさい。

名刺の代わり

僕は以前、あまり名刺というものに対して思い入れがなかった。
あんな名前が書いてあるだけの小さな紙切れにどれ程の意味があるのだろう、と……

今にしてみれば、若かった。

馬鹿とも云える。

名刺は、記憶装置なんだねぇ。

相手に自分の名前を憶えてもらうチャンスを作るものなんだねぇ。

何を当たり前なという方もいることでしょう。

でも、本当に実感しているんです。

僕は最近、本を出したわけですが、その本自体が名刺がわりになってくれているんですから。

いつ、どこで、新たな出会いがあるとも限りませんので、最近、僕は自書を必ず一冊は携帯するようになりました。

もちろん、出会った人に差し上げるためにですよ。
名刺がわりですもんね。

とは言え、流石に何かシッカリした手作り感のない、でも個別性のある名刺を作らなきゃね。

mixiのみんなでケンテイを作ってみました。

『虎斗町のキツーイひとこと【mixi版】』


■虎斗町@黒衣のOTRの検定結果
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

虎斗町@黒衣のOTRさん、アナタへのキツーイひとことは【ゴミ箱に美点を見いだせるか?】です。


どうです? 今のアナタに突き刺さりましたか? それとも何かに気付けましたか? 何れにせよ、この言葉をどう受け取るかはアナタしだいです。

▼ みんなもやってみようヽ(´ω`)ノ
『虎斗町のキツーイひとこと』モバイル版
http://ma.mixi.net/19735/?url=http%3A%2F%2Fshindan.apps.communityfactory.net%2Fmobile%2Fshindanapp%2Fdetail%3Fid%3D51952%26accesstype%3D1%26from%3Ddiary

『虎斗町のキツーイひとこと』PC版
http://mixi.jp/run_appli.pl?id=19735&appParams=%7B%22id%22%3A%2251952%22%2C%22accesstype%22%3A%221%22%7D
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みんなでケンテイを作ってみました。

mixiをしている方は使ってみてくださいませ。





もしもリハの対象者が療法士だったら・・・どうですか?

 さぁ、またもや面白いテーマを療法士.comさんからいただきました。

 なるほど、コレは確かに心構えが必要そうです。

 実際、看護婦長さんだったらしい認知症の患者さまと関わったことがあります。
 ハッキリしている時は色々と口うるさく言われたことがありましたっけ。

 他にも、やたらと内情に詳しいオバちゃん看護婦が看護師さん達に技術がどうだ、やり方がなってない、と食って掛かり、煙たがられていたっけ。

 ま、そこはそれ。

 対象者が療法士だったら……ですか。

 コチラの手の内がわかってる上にスキルも相手が上。

 であれば、これはもう、その方とリハプログラムを作っていくのがベターかな?

「お前にはセラピストとしてのプライドはないのか!」

 とか怒られてしまうかな?
 でも、セラピストのプライドなんて対象者さんにとっては欠片ほどの価値もあるのかしら?

 対象者さんを中心に考えてリハに当たっているかさえ忘れない、真摯な姿勢があれば十分な気が……。

 おっと、話が逸れた。

 よっぽど偏屈な方でなければ、またセラピスト側が(僕自身が)柔軟に対応できるのであれば、対象者さんと一緒にリハ・プログラムを作っていくのは今も変わらない部分ではないのかな?

 うん、でも、対象者さんの障害にはよるのだろうけど。

 う~ん……

 あまり、具体的に考えられていないなぁ~。

 ここは一つ、他のセラピストさんのブログも見せてもらうしかないですね。


 そうそう、知人のホームページの紹介を少し。

 OTオバラのリハビリイラスト集 です。

 痒いところに手が届くイラストが色々更新されています。
 僕のホームページ用のものを依頼しようかしらと思案中です。


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第260回 本物を選ぼう

本物を選ぼう
■今日のフィードバック
最近、よく話題になることがあります。

誤解をされたくない、ということです。

やはり、人と人との関わりで成り立っているのがこの世界です。

どうしても、お互いに理解しあわなければならない場面が出てきます。

歩み寄って妥協点を見つける場合もありますが、でも実際には誤解をさせない説明や語りかけが必要なのかもしれません。

そして、先に云ってしまった妥協点という言葉も、はたして本当に妥協すべき点であったのでしょうか?

アナタも少し考えてみませんか?


■重要なキーワード
さて、ここでキーワードになっているのは『誤解』ではないかと思ったでしょう。

ですが、タイトルは本物を選ぼうです。

うん、実は『本物』って見つけづらかったり、一般に浸透していない事がありますよね。

派生や亜種が一般的になっていたり、本当はこう言いたかったんだ、根本的な理念はコレなんだ、といったものが置き去りにされていることがありますよね。

情報社会の弊害とまではいいませんが、ネット検索で表面的なことを知ることが出来てしまい、その本当の意味を知ることなく済ませてしまっていないでしょうか。

なかには、自分で勉強できるから、と、あえて他者と関わったりせず自習を好んでしまう事もあるでしょう。

実はそうしている限り、表面的なものばかりを収集して、本当に押さえておかなければならないことに到達し辛いのではないでしょうか?


■ノウハウをちょっと
実のところ、この話題は最近理学療法士の友人と話していたり、全くジャンルの異なる人、モデルやデザイナーの知り合いと話しているときに出てきた話題なのです。

デザイナーさんは自分の表現したい世界が一般で認知されているものが安かろう悪かろうの中途半端なものであることにもどかしさを感じているという話をし ていました。そこで、本物とは違う事、本物の理念は全く違うものなのに誤解されたことが本物と思われてしまっているそうです。

で、我々セラピストはどうだろうと考えてしまいました。

我々セラピストがクライアント中心に考えることが本質であるのに、ときにその本質からズレたことをしており、それが取り上げられてしまうもどかしさがあります。

うん、なんていうか、今回のテーマは『本物を選ぼう』ではなく、『本物の生き方を選ぼう』なのかもしれません。

僕自身、まだまだ考えが浅いと思い知らされた体験でもありました。

実のところ、まだまだ整理しきれておらず、でも陶器細工のようになっていた虎斗町の作業療法像を粉々に打ち砕くきっかけになったと思っています。

ついでにいうと、その本物や本質が揺らがなければ、妥協点のポイントも変わってくるはずです。そして、漠然と妥協していた事にも妥協しなくなり、本当に伝えるべきところを伝えるための妥協点を自らの意思で選択できるようになるのではないか、と考えております。

難しい事をさらに難しくしたんですけどね。


「作業療法塾塾長」虎斗町@黒衣の作業療法士


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はじめての座談会

療法士.comさんと作業療法塾のコラボレーション企画として、初の試み。

座談会を先日、17日にぽかぽかフィジカルセンター平尾さんを会場に行いました。
作業療法学生、理学療法学生、それぞれ二名ずつの参加で、実習や国家試験、就職にまつわる悩みや不安を話題に話をしました。

内容は、近く療法士.comさんのホームページ上で公開されます。

なので、内容にはあまり深く触れないでおきますが、初回ということもあり、手探りで話が進んでいたかな、ということが別な意味でも面白かったり。

兎にも角にも、お互いに刺激になる、ひと時でした。

そう、ついでに一言。

実は、僕自身、変わっていると自負していましたが、同じ世代で括るとそうでもないのかも知れません。

自称異端児としては負けてられないな、と思いましたね。





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第259回 常識を疑え!

常識を疑え!
■今日のフィードバック
ここ最近、悩んでいることがあります。

その一つに「常識」と云うものがあります。

僕らの目の前で起きていること、上司や同僚が行っていること、そしてその判断の基準になっているもの……

それらが医療という枠のなかで常識とされ、毎日が動いています。

そう、動いているんです。

どうです?

本当にそれで良いのでしょうか?

常識とされていることが、果たして正しいのでしょうか?


■重要なキーワード

そもそも、何故こんなことに思い悩んでいるのかといえば、専門家、専門職、有資格者のほとんどの人達の意識が低いと感じているからです。

実際、その意識の低さに直面してしまったからです。

え? 失礼なこというな?
作業療法に対して意識を高く持っている?

あぁ、そうですね。専門職ですもんね。

専門職が専門領域に対して意識を高く持っているのは当然じゃないですか。

そんな目に見えてすぐにわかる事……つまり常識とされている事ですよね。

そう、そこではないんです。

専門家ゆえに専門領域の造詣は深いのですが、実はそれ以外には驚くほど疎かったり、気にしていないことが多いですよね。

うん、専門領域にのみ特化しているだけで果たして良いのだろうか、と思ってしまうんですね。

ここでいう常識を別な言葉でいえば、固定観念ってことにもなるのかな?

繰り返しますが、それが今、果たして正しいのだろうか?

時代が変化し続けている今、そのままで良いんだろうか?

そういった疑問を持つべきなのではないのだろうか……

最近、そんなことを考えてしまっているんです。


■ノウハウをちょっと

これは僕自身にも言えることで、僕の今の常識というものは、狭いなかでのものでしかなく、もっと色々な現実を知るべきと思っているんです。

まぁ、それを他者のなかに見て、押し付けてしまうのは良くないことですけどね。

さて、色々と僕の思いばかりを語ってしまいました。ですので、もう一度質問しておわりにしたいとおもいます。

大枠でいうところの常識、そして医療のなかでの常識、部署やセクションごとの常識、それを意識して現実を見極める目を持てていますか?

「作業療法塾塾長」虎斗町@黒衣の作業療法士


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頭の中を整理するには……

やはり自分ではない誰かと話す事が大切だと思う。
何故なら、人は、自ら気付いて成長するようにできていないからだ。
以前も言ったかとおもうが、人は他人に指摘されたり、行動を激しく促されてはじめて動きだす。
人は、飴によってではなく、鞭によって動くものなのだ。

ま、最近のスイーツ脳な方には反論もある事だろうけど、人は他人と対立する事で、自分と他者との違いに気づき、その違いの中から、はじめて自分の信念と未成熟さの相違を理解し成長するものなのだ。

……うん、持論です
えぇ、持論ですとも。

でも、僕の今回の言葉から共感できるところが全くない人は少ないのでは?

って、あぁ、その話しではなかった。

でも、まぁ、だからこそ、自分の考えを整理するためには、他者との会話によってこそ――対話かな――より根拠の強い論理へと昇華されると僕は考ええる。

実は今日、SEをしている弟と三時間近く話していた。

子供の頃の話し、と云うよりは、お互いゲーマーなものだから、ゲームの話しに始まり、人生を変えたとまではいかないが、心に残るマンガの話しなどをした。

長いこと一緒に生活して来たが、今となっては生活の場も変化し、離れて暮らした時間の方が長くなった程だ。

お互い知ってるようで知らない話になり、マンガに始まった話は互いの人生観や、ものの見方の話になっていた。

それはもう、得るものの大きな時間だった気がする。

これを実りあるものとして残せるか否かは、この先の頑張り次第ではあるが。

だが、兎にも角にも、知ってるようで知らない同士で、観点の相違を知るというプロセスを経る事ができたことに意味があると言いたい。

アウトプットとフィードバックの繰り返しによる論理の再構築。

これなくして、さきにすすむことはかなわないだろう。

さて、では未来の話しをしよう。

とは言ったものの、僕一人で考えられる事にも限界がある。
三人寄れば文殊の知恵とも云う。
人に頼るのもまた大切な事だ。

ただ、ここで問題となるのが、他者が介入すると、自身で描いた完成図を100%とすると、80%程度のものになってしまうという。

それでは嫌だという子が専門職や専門家に多いと感じる。

それは彼等が膨大な専門知識に裏付けられた考えや技術を有しているからで、それはむしろ、弱みではなく強みと捉えて、使いこなす者の存在、あるいは専門家の言葉を翻訳してくれる者が不可欠なのだろう。

話しがやや逸れたが、専門家ゆえに仕事を抱え込んでしまう傾向があるのだろうね。

おっと、未来の話しまでいかなかった。

電車で書くには少し考えすぎたか~

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もしドラを読み終わって

うん、まぁ、上手にストーリーテリングされてますね。

読みはじめは「学生のレポートかい!」とか思いましたし、ややご都合主義な展開とも思えなくもないのですが、ドラッカーのマネジメントを伝えるという視点で読めば、気にならなくなる部分でもあります。

主人公や仲間たち、メインプロットとサブプロット、そして、その転回点。伏線の活用の仕方。

良かったと思います。
まぁ、あえて伏線の張り方が良かったとは言いたくないのがミソ。
何故なら、僕も騙されかけたから。

って、あらら。

ドラッカーの話しではなく、物語の話しになってしまった。

うん、考え過ぎず、ドラッカーを物語に乗せて知るという役割を果たしていると思う。
初心者や、マネジメントを難しく感じておりなかなか勉強したくない、させられている感が嫌いな人には良いだろうね。

自分の常識って、何だろう?

今、僕の思っている常識は本当に常識って、言えるのだろうか?

新たに見つけ出すべきこと、常識という枠に制限されていることはないだろうか?

だが、常識と、基本や原則は違う。
それらは、状況に応じて適応させるべきものだが、無視したり、切り離して良いものではない。

人はそれを制限と思ってしまうが、実は制約でしかない。

簡単に言えば、決まりごとだ。

それは守るもので、破るものではい。

むしろ、その制約があるからこそ、新たな発想が出ると思っている。

それが今の僕の思っている常識。

さてさて、それを自ら覆して考えると何に気付けるかな?

もしドラを半分読んで……

本当に性に合わない

何が合わないって、流行っているから手をだすという行為が、だね。

ハッキリ言おう。

ゴシックじゃない。

常々生き様をゴシックでいようとする僕にとっては、流行に左右されると云うものを何より嫌う。

だが、それはあくまで僕の感情の賜物であって、こと仕事と云う視点では優先されるものではない。

自分のしたい事と、しなければならない事とでは、天と地の開きがある。

何を話しているんだとお思いの事だろう。

そう、先に書いた「もしドラ」だ。

何ともはや、なかなかに読み進まない。

何故なら、ドラッカーの言葉の部分を何度も読み返してしまうからだ。

先にエッセンシャル版をナナメ読みしていたせいでもあるが、ドラッカーの言葉が染み込むように物語られている。

なる程、こんな描き方があるのだな。

異端児、天邪鬼おおいに結構!

そう、思っていたが、たまには流行りにも手を出してみるもんだ。

少なくとも、硬直しがちな脳みそを柔らかくしてくれるし、逆に自分の信念のようなものを再認識させてくれる。

さてさて、読破した後、僕は何に気付くのだろう。

それが今は楽しみだ……

もしドラ購入!

photo:01


うん、なんか非常に怪し気な写真になってしまいました。

これから読みます。

一応、ライトのベルの括りらしいですから、ライトのベルの文章を書く参考になるかな?

ドラッカーを簡単に知ること以外にも、色々目論見あってこの本を手にとったからなぁ~

さてさて、僕の創作意欲を刺激してくれるカナ?

切磋琢磨物語の始まりだぁね。

休みの間、考えた

二番煎じはキライだし、流行を追いかけるのもキライだ。

でも、今はそれを言ってられない時期に来てしまったのだろうね。

もしドラを買う
もしドラを読んでみる
もしドラをウチの組織に当てはめる。
もしドラを元にドラッカーのマネジメントを考える。

取り合えずはここまで考えてみた。

誰にでも思いつきそうな事だ。

でも、誰にでも実践できるものではないのかもしれない。

ふふん。
つくづくマネジメントというものが好きなんだろうね。

そう言えば、昔、屋台で一緒になったヨッパライに言われた事があったっけな。

「君は、アーティストと云うよりマネージャーだな」

なんてね。
まさかその通りだとは思いもしなかった。

ずいぶん古い話しだね。
実に6年前のことだ。

あのヨッパライでバクチク好きなオッさんは今どこへやら。

今、ドラッカーを読まなければならないと思う。

えぇ、もうタイトル通りですよ。

なんていうか、危機感を物凄く感じています。

僕が今まで学んできたTQMはどちらかと言えば、システムに強く、学びに時間がかかる。
好みも分かれる。
冷たいだのという印象があるのかもしれないですね。

そこを補うものを考えなければならない。

どうやら、僕自身も一皮剥けなければならない状況のようだ。

ドラッカーの人はコストではなく資源という考えをより具体的に取り入れていかなければならない。

そう、考えています。





追記
ちなみに、明日もしドラを買います。

第258回 受け身でいいのか?

受け身でいいのか?
■今日のフィードバック
昨今の学生さんに見られる特徴的なものとして、『受け身である』というものがあります。

まぁ、おそらく僕らの世代が学生の時にも先輩OTから云われていた事なのかもしれませんが。

とはいえ、最近は『受け身である』というより『受け身に過ぎる』というのかな? 常に待ちの状態であるように思いますが、如何?

実習初日のオリエンテーションを受けて、その感想を書いてこない。
初めて参加したプログラムについての分析を行わない。
行事に参加しても、その行事の分析はおろか感想すら書いてこない。
酷ければ、患者さんの名前を本人に尋ねず、バイザーに訊いてくる始末。

うん、最後はなにやら少し違って見えますが、まぁいいでしょう。

どうです?

これらについて心当たりはありますか?

また、これらの問題点は何処にあると思いますか?


■重要なキーワード
先に『受け身に過ぎる』とかきましたが、それが問題点ではありませんよ。

まぁ、問題点といえばそうですが、根本的な問題、いや原因ではないですよね。

これもよく見られることですが、『根本的な原因に到達できない』なんてものもありますね。

はてさて、いったいどうして受け身なのでしょう?

そもそも、待っていれば教えてもらえるという状況は、義務教育で終わりのはずなんですよね。高校生になれば、勉強は自らの意思で行うのが本来のあり方なのかもしれません。

ですが、今や高校に行くのは当たり前。昔から待っていても教えてくれる状況から変わりはない。

そこで、高校から先に進学するにあたって、初めて学びの方向性が変わるんですよね。

ですが、ここで自ら積極的に学ばなければ教えてくれないということを教えてくれたり、そこに気付かせる示唆をすることがないままになっているのではないでしょうか。

うん、まぁ、それを待っていれば受け身であることから離れられないでいることには違いなく、気付いた人だけ先に進んでいくという状況になっているという事なんでしょうけどね。

でも、やっぱり学びの姿勢を変えなくてはいけないという事を教えなければならないのかもしれません。

今まで上辺だけの学びでどうにかなってきたことから、その物事の本質や理念、理論を知らなければならないところに来たことに気付かなければならないのですから。

そして、実は講義のなかでは本当に基礎的なことしか教えておらず、その後の疑問点などを質問する事ではじめて理解できるということに気付けるでしょう。

それが顕著にでるのが臨床実習になるのでしょう。

今時の学生さんが実習に耐えられなかったり、すぐに破綻をきたすのは……。


■ノウハウをちょっと
あれ?
あれれ?

そうすると、基礎知識が無い以前に学びの姿勢ができてないって事になってしまうのかな?

テストの為の勉強しかしてこないからこうなったんでしょうかねぇ。

では、さて、どうしよう。

いきなり、能動的に、積極的に行動しなさい! とかいっても、なにをしていいのかワカラナイってオチかもしれませんし。

うむむぅ~ん。

じゃあ、事例を出して、出して、出して……。

より多くの状況を情報として提示して、似た状況の時にその事を思い出して行動してもらうしかないのかもしれませんね。

でも、それって、結局、その事例に対して考える人と考えない人が出てくるってことだし、実はもっとも考えて欲しい人が考えないで終わってしまうという、今と同じ状況を上塗りするだけになってしまうのかもしれません。

僕自身も、アナタたち学生さんがどういう状況にあるのかを、より把握する必要がありそうですね。

ふむぅ~。

尻切れトンボで申し訳ない。



「作業療法塾塾長」虎斗町@黒衣の作業療法士




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イメージ力ですよ。

さて、またまたお題をいただきました。


【実習生にお願いしたい「ここだけは・・・」!】
療法士としての基礎を学び、いざ実習へ。しかし実習生と言えども、やはり学生。
実際に臨床に出て働いている療法士と同じ事を求めるのは少し酷かもしれません。
ですが!「ココだけはしっかりして欲しい。」、「これだけは知っていて欲しい」という部分があるのではないでしょうか?「遅刻厳禁」や「元気なあいさつ」など、実習生としての必須項目を教えてください。まだまだ実習を控えている学生さんは是非参考にしてみてください。


とのことですが、他の皆さんと同じ事を書いていても何なんで、ちと変化球。

僕が学生さんにお願いしたいのは、「イメージしてほしい」ということです。

何のことやら、と思う方もいらっしゃるでしょうし、なるほどそうだよね、と思う方もいることでしょう。

そう、この「イメージ力」!

別に臨床現場をイメージして来いなんて無茶な要求をしているわけではないです。

ん~、諺で言えば「一を知って十を知る」――は違うか。

一を聞いて、二をイメージして欲しい、ってとこかしら。


最近、学生さんに指導をしていて、同僚さん達と話題になるのは、

「認知に問題があるのでは?」

ということです。

・入力しても、それが上書きされてしまい、先に話した内容が消えてしまう人。
・手順の話をしても、その結果訪れる像にピンとこない人。
・自分の行動の結果、発生する事に気付かない。
・自分の行動がどんな影響を患者さんに与えているか気付かない。

とかね。


なんだろう。

いったい何が原因なんだろう?

受身に過ぎる学生さん達ばかりですしねぇ。

ちょっと検索しただけで、そのうわべだけを見てレポートに載せてきたり。

レクの企画やプログラムを誰かのレポートからコピペしてきて、こっぴどく指導されてみたり。

本気で作業療法士になりたいのかを疑いたくなる事もしばしば。

ちょっと考えればイメージできそうな事も、「この程度でいいや」と諦めてしまうのですかねぇ。


表面的なテクニックばかりを収集してるから、理念や理論を理解できずに、応用のきかない点の技術に終始するのでしょうね。

点を線に。

線を面に。

面を立体に。

みたいな。

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