第205号 たが為にそれを書く?

たが為にそれを書く?



■今日のフィードバック

久しぶりに、レポートの話しをしてみようと思います。

まず、アナタは『この考察、何をいいたいのかわからない』といわれてしまった事はありませんか?

僕も初めての評価実習で散々言われ、また学校でも『これは考察とはいわない』と言われ……

本気で、考察って何だろう、そう悩んだ事もありました。

まぁ、今でも学生さんのレポートを読んでいて、『考察とは何か?』を教えるのが難しいと思ってしまうことがあります。

どうです?

アナタも心当たりはありませんか?

重要なキーワード

まぁ、考察が何かって話しは、ただ一言で終わってしまうんですけどね。

そう、『自分の考えを相手に伝えること』と僕はかんがえます。

若干飛躍しているので行間を説明します。

まず、考察それ自体は、物事の結果や現在の状況などをふまえて、自ら考えたことを論理的に構築する事です。

でも、それだけでは独り善がりなことにもなりかねません。

まぁ、根拠がハッキリしていて、必要十分なだけそれがあり、関連性に無理がなけりゃぁ相手が理解してくれますけどね。

そう、ただ考察するだけならたぶん誰もがしている事なんですよね。

それこそ、日常的に、無意識的に、ちょっとした場面でちらほらと……

でも、そこには必ずしも相手の存在があるわけではないんですよね。

だから、自分の脳味噌のなかだけでぐるぐるとしているだけ。

誰からのフィードバックもなく、再構築する機会が非常に少なく、限られているのではないでしょうか?

もし、仮に、友人にフィードバックをお願いしても、おそらくお互いに防衛機制が働いてしまったり、多少違う考えがあったとしても、『友達関係を崩したくない』とかいう不思議な発想のもとになんとなく相手に合わせてしまうことはありませんか?

まぁ、そんな『相手』ばかりだったのでは、レポートでいきなり考察を書こうとしても、何を伝えたいのかわからない内容になってしまうこともあるでしょうね。

■ノウハウをちょっと

ついつい文章が熱くなって話しが逸れました。

僕が今回言いたかったのは、考察に他者の考えを入れて再構築する機会を得ることではなく、『自分のなかだけの発想や想い、書きやすい流れなどで書いてしまい、読み手がいるという事が意識されていない』ということです。

そう、『読み手』

今までも何度か話しているのかもしれませんが、読み手の存在を忘れた文章は、結局のところ周囲を置き去りにした、独り善がり――いわば唯我独尊文章になってしまうんですよね。

別に今回はノウハウは準備していなかったのですが、少なくとも、書きあげた文章を音読するであるとか、他の人に読んでもらう機会をもつことが大切だと考えます。

そして、読み手の理解のペースを作ってあげられればベターなのかと思います。

うん、またも尻切れトンボ。僕も文章をもっと書いて、読んで、研究せねばなぁ~

「作業療法塾塾長」齋藤 信

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主宰 齋藤信

作業療法塾塾長、サイトーゼミ主催、IAIRグランドマネジャー! 精神科作業療法士として13年臨床経験を重ねたのち、起業。IAIR×作業療法塾として、若手療法士たちの育成に人生の全てを懸けている。 また、サイトーゼミとして、臨床指導者や管理職向けの講義、コーチングも行っている。